ケアレス・ミス
銀河系から遠く離れたある星に人間によく似た知的生物が棲んでいた。
その星のある国のある美しい町でのお話。
空に雲ひとつないある日のこと,
好奇心の強い少年Kは自作の望遠鏡で夜空を覗いていた。
そのとき偶然,ひとつの恒星が爆発し消滅するのをKは目撃した。
ところが天文学の教科書によれば
その恒星はまだまだ老い先長いはずだった。
Kは自分の望遠鏡で集めた観測データをもとにして,
自分の最新理論で恒星の寿命を計算しなおしてみた。
というのも,それまで常識と思われていたことが,大間違いであったり
単なる偏見にすぎないということが,いろんな学問のいろんな分野で
近ごろはっきり分かってきたからである。
それで,いまこうして恒星の寿命を自家製の新理論で計算してみたのだが,
その結果は,標準的な教科書とピッタリ一致した。
Kはこう考えた。
自分の理論にしたって,この星の人間の考えた物理学を
基本にしたものにすぎない。
だから他の連中と同じ間違いに落ち込んでいるのに違いない。
とすれば,数学と物理学をもう一度根本から
洗い直す必要があるかも知れない。
そこでKは残りの人生を新しい数理物理学の建設に捧げた。
Kは300年かけて新しい物理学を打ち立てた。そしてもう一度,
消えたあの恒星の年齢計算をやってみた。ところが,その結果,
あの星は今でもあの空のあの場所に輝いていなければならない
という結論に達した。
Kはため息をついた。
「われわれは決して正しい物理学を手に入れることが
できないのかも知れない。神がそれをお許しにならないらしい」
しかしKの理論には何の間違いもなかった。
彼はただ,あの消滅した恒星の周りに,
かつて地球という惑星が回っていたことを計算に入れなかっただけである。
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