意 味
ニュートン力学の「意味」を最初に見抜いたのはニュートンその人ではなく、 アインシュタインであった。ここで「意味」とはニュートン力学の「適用範囲」 である。この力学の限界である。この力学が前提している絶対空間とか絶対時間 が陽炎のように消える臨界点を見抜き、ニュートン力学が破綻するまさにその地 点に相対性理論を建設したアインシュタインこそ、ニュートンの思想の本質を見 抜いた最初の人物であった。そしてアインシュタインの創設した理論を腹の底か ら理解するのはアインシュタインその人ではありえない。これは寺田寅彦のつと に指摘するところである。 つまり、人が記号や言語によって建設する意味体系は、それが意味深いもので あればあるほど、建設者自身にも分かっていない意味が必ず含まれていて、理論 の意味を「全面的に」「腹の底から」理解するのは、この理論をのり超えて進む 次の世代の人であり、けっして理論を打ち立てた当の本人ではない。 ということは、人間は自分自身ほとんど分かっていないものを「ある日突然に」 生みだす生き物であるというごく当たり前の、しかし驚くべき事実がふたたび確 認されたわけだ。ここに創造の道の魔術的な側面がある。 母親が自分の生んだこどものことは自分がいちばんよく知っていると思いこん でいるように、ニュートンも自分の建設した力学は自分が一番よくわかっている つもりだったろう。しかし、「こども」というのは父親や母親のうかがい知れぬ 側面を必ずもっている。ものごとの意味が分かっているとかいないとかいう区別 が何を意味するのか、それが問題だ。 創造者自らが、自分の造った作品の深奥の価値を知らないのである。この宇宙 を創造した本人がこの宇宙の意味を理解していないということも充分ありうる。
Raffaello Sanzio(1483-1520) Scuola di Atene
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