首
自分は誰かと問うことさえ知らぬ幼い頃,
私の中に暗い宿命が芽を出し,
おぞましい勢いで成長しつつ
無数の蔓を伸ばしていった。
やがて花が咲き,花は果実になり,
宿主たる私の青春を犯しはじめた。
顔に表情はなく,心に望みはなく,
死の観念は長らく私の唯一の友であった。
自殺の周りをうろついていた私であったが,
ある修道会の教えに両腕をつかまれて
ふたたび人生へと引き上げられた。
長老はまず私に前世を思い出す訓練に
励むようにと命じられた。
長い修業の末に前世が少しずつ見えてきた。
前の世において私はロシア正教会の神父であった。
冬の日,私は戦場を歩いていた。
フランス軍が攻め込んだあとの雪原には
あたり一面,視線の届くところにはどこにでも
死体が見捨てられ横たわっていた。
ロシア人であれフランス人であれ,
天の国では仲良く暮らすべき者たち,
つい先ほどまで暖かい息を吐いていた者たちのために,
祈りを捧げつつ,雪と血の上を歩いた。
若いロシア兵の亡骸のそばにひざまづいて
祈りをあげていたとき,耳を聾する号砲が轟いた。
と,その瞬間,私の首がゴロゴロと
谷底へ転がり落ちていくのが見えた。
私は驚きのあまり祈りをはやばやと切り上げ,
自分の首を求めて谷底へ駆け下りた。
雪をかき分けながらしばらく探しまわったが
なかなか見つからない。わたしは,いまだに
"自分の目"でものを見ようとしている愚かさに
ようやく気がついた。気がつくとすぐにそれは見えた。
首は杉の木立に隠れるように転がっていた。
その顔は死の恐怖に醜くゆがんでいた。
まさしく私自身の首だった。
「おお,私の首よ,なぜ,死を恐怖する?
おまえは主イエスに命を預けた者ではないか。
私を離れてこの谷底に朽ち果てるのが,
それほど恐ろしいのか」
泣きながら私は首をひろい上げ,
いとしい者にくちづける男の心をもって,
血に濡れたその唇にくちづけした。
たちまち地上の景色は霞み,
首はもとの位置にぼとりと落ちた。
生まれ変わった今も,記憶は夜毎の眠りを切り刻む。
たとえ前世のこととは言え,信仰に身を捧げながら
あのようにあさましく死を恐れた自分が恥ずかしく,
ここに懺悔の一文をしたためるものである。
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