冬も終わりに近いある日,友人宅にお邪魔した。 彼とは碁を打つだけのつきあいである。 いつもは町内の公民館を利用するのだが,今回は ウチに来い,と誘われたのである。 大きな門構えの洋館である。 高い塀と鉄柵で囲まれた敷地内の様子は 外からはほとんど窺い知れない。 呼び出しボタンを押すと,どうぞおはいりという友人の声がして, 鉄の門がちいさな悲鳴を上げながらゆっくりと開き始めた。 人の家に入るのにこれほど不安を感じたことはない。 見上げるばかりの大木が庭の中に何本もそびえている。 ドーナツ型のプールではイルカたちが泳ぎ回っていた。 こんなところに実際に住むなんて,まるで冗談みたいだ。 芝生の中の小道を通り玄関に入る。だだっぴろい客間に通されて,友人と向き合って座り 世間話もそこそこに,さっそく碁を打ち始めた。 窓の外では風が大暴れしていた。 難しい局面にぶちあたり「次の一手」を打ちあぐねていたとき, 娘さんがお茶と菓子をもって入ってきて,ていねいに挨拶をしてくれた。 まだ16才になったばかりだという。 何か強烈な印象を与える不思議なほどの美貌である。 あまりに美しくて,ほとんど悲しみに似ている。 言葉ははきはきしているが身のこなしは 艶やかでしとやかな,目の大きい人である。 そういえば彼女の父親も大きなはっきりした目をしていた。 この友人に言わせれば,彼女は「目に入れても痛くない」ほどかわいい とのことである。で,さっそくそのことを実証すべく, 娘さんを父親の目の中にザックリ押し込んでみた。 しかし残念なことに,痛いかどうかを本人に確かめることはできなかった。 ちなみに娘さんはますます美しくなり,今は我が家に住んでもらっている。 もうすぐ私の子を産んでくれる予定だ。
目次=ホーム