おしゃべり吸血鬼
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ぼくは吸血鬼である。もちろん若い女が大好きだ。
女の繊細な首すじに,ぼくの異常に発達した犬歯を突き刺して,
丸めた舌の先からチューチューと血を吸い込むときのあの快感。
一度やったらやめられませんぜ,ネッ,そこのだんな。
で,もし,ぼくが吸血鬼でなかったら?
ぼくのこの異様な趣味は,単なる痴漢行為になる。
だって,いい年こいたオヤジが(といってもたったの303歳だが)
見ず知らずの女の首根っこにいきなりかじりついて
なおかつ思いっきり吸いつくなんて,
こりゃもう痴漢以外の何ものでもありゃしまへんがな,皆の衆。
逆に言えば,ぼくが自分の趣味というか生き方にプライドを持つためには,
ぜひともぼくは吸血鬼でなければならなかった。
「吸血鬼である」というステータスを免罪符として,
ぼくは堂々と女の首にかじりつくのである。
そう,スタイルが大事なんだ。堂々とやらなくちゃ。
あくまでも二枚目スター気取りで,美女のからだをぐっと引き寄せ
がばっとおおいかぶさる。
そこに1ミリグラムでも照れとかハニカミなんかがあったりしちゃあ
絶対にいかん。顔にぬったくったおしろいがはげて,
しみそばかすだらけの地肌が出てきちゃう。
豪華絢爛なウソをつらぬきとおす覚悟がなけりゃ
吸血鬼なんて勤まらないのよ,きょうびぃ。
そりゃね,世間のみんなが吸血鬼なんてよく思ってないのは知ってるわ。
あたしだってできれば普通の生活がしたいわよ。
これだけの男前なんだし,女のひもになって生きてくぐらい
簡単にできるのよ。
昨日だってサンダルばきでプラッと紀伊国屋まで出歩いただけで
コギャルが山のようにたかってきたわ。なんか,まわりを取り囲まれた
と思ったら,いつのまにか奇妙な機械の前に立たされて
ひとりずつ一緒に写真にとられたんだけど,なんなのあれ。
コギャルに回されたって感じ。ほんとに強引なのよあいつら。
あれ,何の話,してたっけ?
そうそう,吸血鬼がまだまだ世間から冷たい目で見られているってこと。
でも,あんたよく考えてみてよ。
人間なんて,誰でも誰かの血を吸って生きてんのよ。
ぼくらは,単に,人間たちのそういった生きざまを
臭いほど分かりやすい形に演出し,かつ
ドラスティックにパフォーマンスしているだけなんだ。
な,ぼくは,君と同類だろ?
そんなに冷たい目で見るのはやめろよ。
これはあまり知られていないんだけど,
ぼくたちは目玉を取り外せるんだ。いや,実を言うと,ぼく自身も
最近までそのことを知らなかった。プルタルコスを読んでたら
「吸血鬼は取り外しのできる目を持っている」って書いてあったんで,
ほんとかよそれってなもんで,自分の目で試してみたら
じっさい出来てしまったんで,目玉がとび出るほどおどろいた。
今では,家に帰ったら真っ先に両目をはずし,白いケースに入れて
戸棚にしまうようにしている。この方が気持ちいいもんね。
目玉を抜くときの格好はひとにはちょっと見せられないな。
どんな風にやるかって?
まず大きめの洗面器を用意してそこに顔をつっこむ。
左右のこめかみを両手で挟みこんで強く押し
両目の奥に息をためこんで一気に吹き出すんだ。
スポンと音を立てて目玉が器に落ちるんだけど実に爽快だ。
君も一度ためしてみるといいよ。
ある夜,公園で知り合った女を家に誘い込んで,
トランプゲームして遊んだ後で目玉をはずして眠った。
次の朝,「おはよう」って彼女に声をかけたら「ギャあああああ」。
目をはずしたままなのをうっかり忘れてた。
ぼく,女には目が無いんだ。
それにしても,毎晩女を襲ってその血ばっかり飲んでいるのも
栄養が片寄るんじゃないかと,最近ちょっと気になってるのよねえ。
骨粗鬆症なんてこわい症状がそのうち出るんじゃないかなんて・・・。
メニューに血しかないなんて,貧しすぎる食生活。
あきあきしちゃったわ。
インスタントラーメンだって,たとえば7種類あるとして,あんた
いろんな順番で食べれば,何週間もちがう順番で食べれるのよ。
以前,ためしに王将の餃子をひとつ口に入れてみたんだけど,
やっぱり体が受けつけなくて,こんなのありってぐらい苦しんだわ。
いくら苦しくても死ぬことができない体質なもんだから
地獄なのよこれが。あの腹痛はすごいのよ。****を蹴られたときの
強烈な痛みをさらに過激にして,それがいつまでも続くっていえば,
ある程度近いかも。あら,お下劣。ごめんなさいネ。
あのときは全世界が自分の皮膚の周りにギュットちぢこまってしまった。
ほとんど身動きできないくらい痛みがきつくて体中から冷や汗が出た。
何もかも吐き出して,それでも吐き気がおさまらない。
内臓を吐き出さないとおさまりそうも無いって感じ。
それに光がますますまぶしく感じられて,部屋のカーテンを全部締めて
明かりも全部消してすごしたのよ。部屋の中は真っ暗なのに
閉じた目の中で青い光がボーと揺らめくのが見えたわ。
あぁあ。とうとう感覚が狂ってきた。次は気が狂うかも
知れないなって,ちょっと思った。そうこうしているうちに
痛みがフッと消えた。魔法にかかったような気分だった。
ふん,痛みも夢のように消えてしまうんだ。
なんてたよりないんだなんて,わけのわからない感想がうかんだわね。
その夜は,さっそくとびきりの美人をひとり飲み干してしまった。
ぼくにはやっぱこれしかないのかな。
自分の好きなひとが死んだら,ときどきどうしても
そのひとに会いたくなって,でも会えないもんだから,両手を合わせて
せめてあの世では楽しく暮らしてくださいとか,お祈りする。
死んだひとたちは遠くにいっちゃんたんだ。生きているきみのすぐ
そばにいるような気もするけど,どうしようもなく遠いところに
いったこともきみは知っている。それで,そのどうしようもない距離を
なんとか焼いてしまえないかとお祈りする人もある。
ぼくら死から蘇った人間は,じっさいは死んでいるくせにこうして
きみらのいる世界で活動している。これはある種の祈りを
ただひたすら実践して可能になる。
吸血鬼が女の首から血を飲む姿は,あれは,ぼくらの祈りなんだ。
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