ドーピング

スポーツ選手が薬物など不正な手段を用い、競技成績を上げようとする行為をドーピングと言い、IOC(国際オリンピツク委員会)などにより禁じられます。その手法には2種類あり、薬物投与による薬物ドーピングと輸血による血液ドーピングに分類されます。又これを隠蔽する行為も禁じられます。近年、日本選手がドーピングの汚名を着るることも少なくなく、国外競技会はもちろんのこと、国内の競技会においても、その対策が余儀なくされつつあります。
A.指定薬物集  

?ステロイド豆知識
 
 一般にステロイドと呼ばれるものは、単一の物質ではなく、ステロイド骨格からなるホルモンの総称で、その産生器官、作用により男性ホルモン(雄性ホルモン)、女性ホルモン(卵胞ホルモン、黄体ホルモン)、副腎皮質ホルモン(コルチコステロイド)などに分けられます。
 医療機関においては、慣例的に使用頻度の多い副腎皮質ホルモンを指す場合が多く、一方スポーツ界ではステロイドというと暗に男性ホルモン、タンパク同化ステロイド(男性ホルモンを基に合成)を指す場合が多いようです。
 

注意! 以下の薬剤例を含め一例に過ぎません。関連物質は全て含まれます。禁止薬剤例は95年時点のものです。ドーピングとは別に、治療を目的に医師の元での使用はなんら問題になるものではありません
   

A.禁止薬物

1.筋肉増強関連
男性ホルモン、蛋白同化ステロイド、は現在主流の薬物ドーピングと言えます。蛋白同化ステロイドとは、男性ホルモンをベースに、その蛋白同化作用(摂取したタンパクを筋肉に変え同化させる作用)をさらに強めることを目的に人工的に作られる男性ホルモン類似物質です。これらは本来、特殊な疾病の治療薬として開発されたものですが、近年その使用も副作用、代用薬の開発で大幅に縮小されています。参考リンク:ステロイド by(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター
男性ホルモン
(アンドロジェニック・ステロイド)
精巣、副腎などより分泌され、精子形成、男性化、蛋白同化作用を合せ持つ天然ステロイド。ドーピングでは蛋白同化が目的となる。1950年代頃より重量挙げ、砲丸投げ、ハンマー投げ、自転車など強靭な筋肉を必要とする選手で使われた。

Testosteron
 
蛋白同化ステロイド
(アナボリック・ステロイド)
男性ホルモンをベースに合成され蛋白同化作用を特に強めたもの。カナダのジョン・ベンソンが、蛋白同化ステロイドの一種スタノゾールを使用し、金メダルを剥奪されたことはあまりに有名。女性競技においてもその使用が絶え間なくうわさされる。
性腺刺激ホルモン 男性ホルモンの分泌促進
成長ホルモン 筋肉肥大、増強を目的に使用されることがある。ウシ成長ホルモンも禁止されるが、種特異性の為本来これは使用しても無効。
β2作動薬 一般的には、気管支拡張剤として、喘息治療に多用される。しかしレニン・アンジオテンシン系を介し間接的に男性ホルモンの分泌が促進されることが理由で近年これらも禁止された。


筋肉増強関連禁止薬物例
分類 成 分 商 品 名 副作用例
男性ホルモン テストステロン、フルオキシメステロンetc エナルモン、テスチノン、ハロテスチン(医療用)、その他市販の強壮剤(一般的ではないが)に微量ながら含まれることあり。 増性能低下、睾丸萎縮。女性の男性化、無月経、多毛症、性器異常。肝障害、浮腫、胃腸障害等多数
蛋白同化ステロイド オキシメトロン、メテノロン、スタノゾールetc ダナボール、メタナボール、ネロボール(以上主に海外で市販、栄養補給プロテイン剤などに含まれること有り)アナドロール、プリモボラン(以上医家)etc
性腺刺激ホルモン ゴナドトロピン ゴナトロピン、HCGモチダetc ショック、その他男性の場合上記同様
成長ホルモン ソマトレリン、ソマトロピン、 コルポルモン、ジェノトロピン、ノルディトロピンetc 過敏症状、甲状腺機能低下、肝障害etc
β2作動薬 トリメトキノール、サルブタモール、テルブタリン、ツロブテロール、プロカテロール、フェノテロール、クレンブテロール イノリン、ベネトリン、サルタノール、ブリカニール、ホクナリン、メプチン、ベロテック、スピロペント、ブロンコリンetc 心悸亢進、不安、不眠、振戦、高血糖etc
その他 ダナゾール ボンゾール 肝機能障害、過敏症状、男性化



 
ジョンソン、永久追放
国際陸連、「薬物再犯」デーで [パリ5日=ロイター]
国際陸連(IAAF)は5日、陸上男子短距離のベン・ジョンソン(31)を=カナダ=を、ドーピング(薬物使用)違反の再犯により陸上競技会から永久追放すると発表した。ジョンソンは1988年ソウル五輪男子100mで9秒79(後に末梢)で一位となりながら、薬物違反で失格となり、金メダルをはく奪された。五輪史に残る大スキャンダルを起こしたスプリンターは、五年後に再び薬物に手を染め、生涯資格停止処分を受け、競技会から去ることになった。国際陸連は同日、パリでドーピング委員会を開き、ジョンソンの薬物再疑惑を検討した。そして、一月にモントリオールで行われた室内競技会での薬物検査で、ジョンソンの尿から男性ホルモンの一種で禁止薬物に指定されているテストステロンが基準を超える高い数値で検出されたことを認定した。 国際陸連の規約では、筋肉増強剤の薬物違反を犯した場合、初犯の場合は4年間(ソウル五輪当時は2年間)の出場停止となり、再犯の場合は生涯出場停止となり、陸上競技会から永久追放される。ジョンソンは異議申し立ての権利は保有しているものの、国際陸連では処分は直ちに発行するとしている。ジョンソンはスタノゾールが発覚したソウル五輪での違反で2年間の出場停止処分を受けた。処分解除後に、競技会に復帰。91年世界選手権(東京)には、四百メートルリレーのメンバーとして出場し、92年バルセロナ五輪では百メートル準決勝で落選した。今季は各地の室内競技会で好成績を収め、再び注目を集めていた。ジョンソンの弁護士は今回の薬物使用を否定している。
朝日新聞 93/3/6 朝刊

2.興奮薬
かつてはアンフェタミンに代表される、覚醒剤の使用がドーピングの最たるものでした。その使用により、一時的に緊張感を和らげ、気分を高揚させ、又疲労感をなくす効果が現れます。しかしその作用はかりそめであり、心身に過度の負担をかけ、最悪の場合死に至らせしめることもあります。又連用により、精神状態に大変な悪影響を及ぼします。
覚醒剤 疲労感がなくなり、一時的には運動能力が上がったかのようになる。これは単にその薬理で脳をだましているだけで実の心身の状態ではなく、体からの警告をかき消し、最終的には過度の疲労を生み回復不能となるケースもある。又連用により回復困難な精神障害を引き起こす。覚醒剤取締法にて厳重に規制される。参考リンク:覚せい剤 by(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター  
精神刺激薬 本来、抗うつ剤として治療目的に使用される薬剤。
カテコラミン
β作動薬
アドレナリンに代表されるカテコラミン類は本来、副腎髄質ホルモンとして生体が危機的状態(闘争、攻撃、逃走、出血、ショックetc)に陥った場合多量に分泌され、心収縮力増加、血管収縮による昇圧作用をもたらし、その危機を乗り切ろうするものである。よって医療現場では、循環不全(ショック)、低血圧症、あるいは喘息治療などで用いられる。又、外用としては、その局所血管収縮作用から止血剤として用いられる。又、β作動薬に分類される薬剤群は気管支拡張剤として、喘息治療、鎮咳剤として汎用される。ドーピングではこれらの興奮作用を期待し用いられ、最近では94年サッカーのマラドーナがエフェドリンによるドーピングで問題となつた。
その他 カフェインには、心拍数増加、利尿作用などあり、大量服用は禁止される(尿中12μg/mll以上)。普通の範囲でコーヒー、紅茶を飲んでも問題とはならない。



 
?風邪薬とドーピング
市販のカゼ薬や漢方薬でドーピングの汚名を被るケースがあります。これはカゼ薬に広く含まれるdl-塩酸メチルエフェドリンフェニルプロパノールアミンが原因です。又漢方では麻黄(マオウ)という生薬が含まれるものが多数ありますが、この主成分も禁止薬のエフェドリンです。カゼ薬、肩こり薬として有名な葛根湯、鼻カゼ、アレルギーに広く用いられる小青竜湯などに含まれます。
 


興奮剤関連禁止薬物例
分類 成 分 商 品 名 副作用例
覚醒剤 アンフェタミン、メタンフェタミン、エチルアンフェタミンetc ヒロポン(覚醒剤取り締まり法)、その他隠語etc 依存、興奮、心悸亢進、不眠、振戦、幻覚、精神病状態等多数
精神刺激薬 メチルフェニデート、カロパン、ペモリン リタリン、カロパン、ベタナミン 上記類似
カテコラミン
β作動薬
アドレナリン(エピネフリン)、フェニレフリン、エフェドリン、メチルエフェドリン、その他前記β2作動薬も包含される ボスミン(アドレナリン、別名エピネフリン)、ネオシネジン。これらは局所使用以外不可、局所使用は届け出が必要。前期β2作動薬(喘息等で吸入で使用の場合届け出)。その他市販のかぜ薬にdl-塩酸メチルエフェドリンとして含有するもの多数。漢方の葛根湯、小青龍湯など麻黄剤にはエフェドリンを含む。防風通聖散ベースのダイエット薬にも含まれる。 心悸亢進、不安、不眠、振戦、高血糖etc
その他 フェニルプロパノールアミン ダンリッチ(医療用)、その他市販の鼻風邪、鼻炎に特化した風邪薬に広く含まれる。
エチレフリン エホチール(昇圧剤) 上記類似
カフェイン(多量服薬時対象) 医家向け(セデスG、PL)、及び市販のかぜ薬に広く含まれる。その他市販の眠気覚ましはもちろん、強壮ドリンク剤に含まれること多い。 大量時、上記類似
ストリキニーネ 生薬ホミカの主成分で本来猛毒の植物性アルカロイド。海外の強壮ドリンクに含まれることあり。少量で消化機能改善などの目的でに用いられていたが、最近ではその使用はほとんどない。 中毒(強直性痙攣)



「何でも薬で..」の落とし穴
ドーピング、葛根湯も「クロ」とでた
「まさか葛根湯がドーピングで引っかかるとは」−。ロス五輪で田中幹保(新日鉄)と下村英士(専売広島)両選手が相次いでドーピング検査でクロとされ、日本スポーツ界にショックの波紋が広がった。特異体質ながら「執行猶予付き有罪のような判定がくだされた」(松下康隆・日本バレーボール協会専務理事)下村の場合は、国際オリンピック委員会(IOC)相手に医学論争を挑んで徹底抗戦の構えだが、むしろ、あっさり認めざるを得なかった田中の例の方が与えた衝撃は大きかった。葛根湯に含まれていた麻黄が、IOCの禁止したエフェドリン(興奮剤の一種)だったことを知らずに、田中に服用させたマッサージ師を「なんとうかつな!」と笑って済ませるのは簡単。だが、これをきっかけに、高沢晴男チームドクターが選手達に所持している薬物を報告させたところ、出るは出るは、「驚くほどの薬漬けぶり」(同ドクター)だったというのだ。ほとんどの選手が各種ビタミン剤、風邪薬、胃腸薬、強壮アンプルなどを持ち込んでおり、なかには催眠薬を毎日服用していた例もあった 。体調を整えるための心がけといえば体裁はいいが、医師には無届けの市販品がほとんどだった。しかもその多くにIOCの禁止薬物が含まれていたというのだから、ただごとではない。   "ガンバレ!ニッポン"キャンペーンでスポンサーになった「ファイト、一発」がキャッチフレーズのドリンクは禁止された無水カフェインを含み、その他の強力内服液各種にもエフェドリン、カフェインが含まれていた。さらに「副作用が少ない」と人気の漢方薬にもエフェドリンが含まれているケースが多かった。効き目を自覚しなくても尿検査は正直に答えを出してしまう。「アンプル程度で世界新を期待できるわけでなし」の不用意な"常識"が、失格の引き金になるところだったのだ。ドーピングといえば、筋骨隆々とした東側女子選手らを連想して「金メダルロボットを生産する魔の薬」などと思っていたら、とんでもない。町の薬局などで簡単に手に入るところに"魔の薬"が並んでいた、ということだ。「選手や監督に注意したが、十分には浸透していなかった。各競技が専属のドクターを持っていないことも問題だが、根底には、なんでも薬に頼る国民性がある。選手本人だけでなく後援者たちも何かと薬を差し入れますからね」(高沢ドクター)−。耳が痛い。だが、ドーピングに気を使いすぎて、飲みたい薬も飲めず、体調を 回復できなかった瀬古利彦選手の例もある。重箱のスミを突っつくようなドーピンクと投げかけることもできる。しかし、待てよ。それだけ不健康に慣らされているのではないかな? 薬大国ニッポンの落とし穴をのぞき込んだ気がした。(大野)
毎日新聞 84/12/13 朝刊

3.麻薬性鎮痛薬
麻薬性鎮痛剤には植物由来のアヘン系、コカ系と合成麻薬があり、いずれも内臓痛などに対し他にない強い作用を示します。スポーツ界では、けが、故障などの鎮痛目的、不安、緊張、疲労感の除去を求め使用されるケースがあります。いずれも依存性が高く連用すると、離脱が困難となり、心身の疲弊を招くことから禁止されています。一方、医療機関では特殊な痛みの治療、心筋梗塞発作時などかかせない薬剤となっていますが、この場合でも免許性を取りその使用は厳しくチェックされます。その他の使用は麻薬取締法によりありえません。ヘロインはアヘンに簡単な化学的処理を施したもので、嗜好料として悪用されます。
アヘン・アルカロイド ケシの実の乳液を乾燥させたものを阿片(アヘン)と呼び、モルヒネなどの多種のアルカロイド(植物に含有する強い生理活性を有する塩基性物質の総称)を含む。ヘロインはこれに化学的処理をほどこしたものですが、幻覚、禁断症状更に強く、医療用としての使用もありえません。参考リンク:ヘロイン by(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター  
コカ・アルカロイド 南米原産コカの葉から抽出されるアルカロイド。参考リンク:コカイン by(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター
合成麻薬 日本では麻薬取り締まり法に触れない薬剤も禁止薬物となっており、注意が必要。


?ケシとコカ  
 
ケシは鑑賞用のヒナゲシと種を異にし、小アジア原産の一年草、高さ1.5m、5月頃大型の白、赤、又は紫黒色などの4弁花を頂生します。ヒナゲシと比べ全体に大型で、葉が楕円形で茎を包み込んでいることなど特徴です。楕円状の果実は高さ8cmに至り、浅く切傷することにより白色の乳液を浸出します。アヘンはこの乳液を採取したもので、モルヒネを5~10%含有します。主にトルコ、インド、中国などで栽培生産され、又タイ北部とラオスの国境付近では大量の秘栽培がされると言われます。(熊本大学薬学部のケシについてのリンクです。こちらに戻るときはブラウザの戻るボタンで)
 一方、コカは南米ペルー、ボリビアに野生する低木で、インドネシアなどで栽培されます。葉に主成分のコカインを含み、塩酸コカイン製造原料とします。最近は日本でもコカインの不正所持、使用が目立ち、K出版社がらみの密輸などが大きな波紋を呼びました。
 いずれも麻薬取り締まり法により、栽培、所持、使用が禁止されています。


麻薬性鎮痛薬禁止例
分類 成 分 商 品 名 副作用例
アヘン・アルカロイド モルヒネ、ジアモルフィン アヘンチンキ、MSコンチン、オピアト、モヒアト(以上医家向け)、ヘロイン(公共商品としてありえない) 心身的依存性が非常に高い。(禁断症状が強い)呼吸機能その他心身機能を著しく低下
コカ・アルカロイド コカイン コカイン
合成麻薬 ペチジン、ペンタゾシン、ブプレノルフィリン オピスタン、ソセゴン(日本では非麻薬)、レペタン(日本では非麻薬)

注:鎮咳剤としてのコデイン、ジヒドロコデインは認められる。('95)

4.利尿剤
利尿剤は、体内の水分を尿として体外に排出する作用を持ち、心疾患、腎、肝疾患などに伴う浮腫の治療、あるいは高血圧症の治療に用いられます。一般に、この作用は服薬依存であり、健常者が服用した場合、生体必要水分をも強制的に排出させてしまいます。したがって、治療目的以外にこれを使用した場合、脱水、血液成分異常、ことに低K血症を招き、心不全などの引き金にもなりかねません。ドーピングでは次の2件の理由により度々使用されることがあります。
  1. 体重クラス分けのある競技前(例えばレスリング、重量挙げ)の減量
  2. ステロイドなど薬物ドーピングの隠蔽。禁止薬剤の発覚を免れる為、競技前に利尿剤を服用し体外に排出させる。

 

利尿剤関連禁止薬物例
分類 成 分 商 品 名 副作用例
ループ利尿剤 フロセミド、メフルシド、ブメタニド、ピレタニド、ダイアートetc ラシックス(フロセミド)、バイカロン、ルネトロン、アレリックスetc。ラシックスは安易に薬局で市販されることあり、又ダイエットを目的にその手のあやしい健康食品、お茶に混入することあり(薬事法違反、一時的に体重がへっても必要量の水を飲めば元に戻ってしまうのでダイエット効果は全くありません) 低K血症、アルカローシス、胃腸障害etc
サイアザイド ヒドロクロロチアジド、トリクロルメチアジド、ペンフルチジドetc ダイクロトライド、フルイトラン、ブリザイド、その他 高尿酸血症、耐糖能低下、血液成分異常
K保持性利尿剤 スピロノラクトン、カンレノ酸 アルダクトン、アルマトール、ソルダクトン、その他 高K血症、低Na血症、アシドーシスetc
その他 アセタゾラミド、イソソルビット、マンニトール、トリパミドメトラゾン ダイアモックス、イソバイド、マンニゲン、ノルモナール、ノルメラン


体重減らし 利尿剤 専門医警告  
重量挙げ・レスリングで乱用
日本体育協会が国体選手を調べた結果、33人が国際オリンピック委員会(IOC)禁止薬物である利尿剤を使用していたことを突き止め使用禁止を通達したが、これは選手の健康管理上、ぜひ徹底してほしい。体重制のある重量挙げ、レスリングなどでは利尿剤の乱用からリング上で卒倒した例もあって、スポーツ専門医から警告が出されていた。減量というと、かつては蒸し風呂、減食、発汗トレーニングなどで長時間かけた。が、80年代から腎臓病などの治療に使われる利尿剤が一気にスリムな体に"変身"できる、ともてはやされている。利尿剤使用は、国体だけではない。対抗得点を争う高校総体、大学、実業団の競技会でも盛んだ。各級に選手をまんべんなく散らして得点しようと一階級下のクラスに無理に出場させる時使う。重量挙げでは5~8キロの減量は普通だ。 A選手は、試合の2週間前から節食とサウナで水分を抜きはじめ、試合前日、利尿剤2錠を服用、一挙に制限体重まで落とした。おかげで少し食べることができ、飢餓状態による不眠も治まって久しぶりに熟睡、上位に食い込めた。   こうした成功例のかげにすさまじい苦行もある。B選手は試合の直前まで体重が落ちなかった。あわてて利尿剤を何錠も飲み、水分をしぼり出した。それでもダメ。そこで浣腸の世話に。やっとパスしたものの、急激な減量で足がつり、ぶっ倒れてしまった。利尿剤は体内残留薬物の濃度を下げる働きもすることから、違反薬物の筋肉増強剤などを検出しにくくする。このため87年からIOC禁止薬物リストに加えられ、ソウル五輪柔道と重量挙げで金メダリストなど4人が失格となった。筋肉増強剤などと違って副作用は少ない、という。だが、健康な人が服用すると体がカラカラになるほど大量の尿を出し、体調を崩す。また、不正薬物使用を消すのに悪用されないとも限らない。今回の禁止通達はむしろ遅いくらいだ。(武田 文男)

朝日新聞 91/10/12 朝刊

5.その他
 
副腎皮質刺激ホルモンは、副腎皮質ステロイドの生成を促進する作用を有し、結果的に副腎性男性ホルモン、副腎皮質ホルモン(コルチコステロスド)の分泌を高めるため、禁止されます。また、エリスロポエチンは、腎臓で作られるホルモンの一種で、赤血球の産生を促進します。本来、貧血などの治療に用いられますが、これを選手に、競技数週間前より、注射すれば、赤血球数が増えていき、競技時の酸素摂取量の増大から持久力を高めること可能です。血液ドーピングと同様、禁止されます。
その他の禁止薬物例
分類 成分例 商品例 副作用例
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH) コルチコトロピン、テトラコサクチド コートロシン ショック
エリスロポエチン エリスロポエチン
隠蔽薬として プロベネシド ベネシッド、プロベネミド 胃障害、血液成分異常



B.使用制限薬物


使用に当たり、用方別(外用か、内服か..)での可否、事前届けを要するものなど一定の規制がある薬物です。
副腎皮質ホルモン
(グルココルチコイド)
副腎皮質ホルモン、(または副腎皮質ステロイド、コルチコイド、コルチコステロイド)は広義には、副腎(左右の腎臓の上にへばりつく小臓器)より産生分泌されるステロイド骨格を有するホルモンの総称です。これらはその作用によりグルココルチコイド、ミネラルコルチコイドに分類されます。男性ホルモンの一部も副腎で産生されますが、これには含めません。一般的には、副腎皮質ホルモンと言うとグルココルチコイド(糖質代謝性皮質ホルモン)を指します。又、医療現場で単にステロイドと言うとこれを指します。ここで言う副腎皮質ホルモンもグルココルチコイド及び類似合成品が対象となります。
 前置きが長くなりましたが、この作用は広く、複雑です。免疫系の抑制、炎症反応の低下作用などは代表的で、全般的には生体組織反応を低下せしめる働きを持ちます。多くの類似物質が合成されており、医療においては、ショック時の救命からリウマチなど免疫性疾患、喘息などアレルギー性疾患、各種外用薬としてなど広く適応があり、なくてはならないものです。
 スポーツ界では、外用抗炎症剤として使用されますが、その使用に当たっては別表のような制限がるので注意が必要です。
 
β遮断薬
(ベータブロッカー)
アドレナリンの心臓刺激作用を遮断し、心活動を抑制する作用があり、治療用として、頻脈など不整脈、高血圧症に用いられます。除脈作用があることから、いわゆる緊張からくる心臓のドキドキを抑え心身の平静を維持できることも期待できます。スポーツの中には、射撃、アーチェリーなど静的集中力が要求される競技もあり、これらの選手にβ遮断薬が使われるケースがあるようです。
局所麻酔剤 痛み止めとして使用されますが、診断書、用法、用量など事前申請(IOC)が必要とのことです。
カテコラミン 外用として局所止血剤として使用する場合、やはり届けが必要となります。
アルコール スポーツ競技において飲酒によるメリットはないと思われますが、エタノールの検査を実施することができとのことです。(IOC)
大麻(マリファナ) 直接の競技ではプラスになることは少ないと考えられますが、緊張感をいやすなどで乱用されることがあります。参考リンク:大麻 by(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター


A.雌株 B.雄株
?大 麻
大麻、又はインド麻(アサ)は中央アジア原産の1年草で高さ2mに達し、雌雄異株です。日本で繊維用として許可制で栽培、又は野生する麻は、繊維が発達し樹脂分少なく、種子は七味唐辛の一味となり、鳥のえさにもなります。未熟な果穂のつく枝端を採集したもの、あるいは樹脂により団塊状となるものを麻酔性嗜好料として悪用されることがあります。古来インドでHashishなどと称し、薬用とされたこともありますが近代医薬としての使用はなく、連用すれば、幻覚、幻聴、不安感を生じることもあり、国際条約でアヘン、コカインと共に栽培を含め厳重に取り締まられます。(熊本大学薬学部のアサについてのリンクです。こちらに戻るときはブラウザの戻るボタンで)
 


使用制限薬物例
分類 成分例 商品例 備考
副腎皮質ホルモン コルチゾン、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾンetc コートン、プレドニン、レダコート、オルガドロン、デカドロン、リンデロンetc(多くの剤形が存在するので注意) 可能な用法は、局所使用(皮膚、眼耳)、吸入、関節内あるいは局所注射。これらの使用にあたっても届けが必要(IOC)。よって不可は内服、静注、筋注、(坐薬、口腔用)
ベータ遮断薬 プロプラノロール、ピンドロール、カルテオロール、アテノロール、アセブトロール、メトプロロール、カルベジロール、その他多数 インデラル、カルビスケン、ミケラン、テノーミン、アセタノール、セロケン、アーチストetc 事前届け(IOC)
局所麻酔剤 リドカイン、プロカイン、ブビバカイン、 キシロカイン、マーカイン 事前届け(IOC)。アドレナリン(エピネフリン、ボスミン)はこれらと併用し局所に限定し許可される。コカインはこの場合でも使用不可。
カテコラミン アドレナリン(エピネフリン)、フェニレフリン ボスミン、ネオシネジン、ミドリンP 同上、事前届け
アルコール 酒類 関係団体の同意に基づき、検査を実施することもできる。
大麻 カンナビノイド マリファナ、ハッシッシュ(日本では大麻取り締まり法で禁止) 同上



            ドーピング 尿検査の管理に自信

第三の手を徹底排除
  
「クラッペがここへ来ないことを望んでいた」。バルセロナの薬物検査の責任者、ジョルディ・セグーラ博士は選手村を望むドーピング対策研究所で、ホッとした表情を浮かべた。女子陸上短距離二冠、美貌の女王、カトリン・クラッベ(22)(独)のドーピーング疑惑は、この十日余りで「嫌疑不十分」−「五輪参加へ」−「参加辞退」と急展開を見せた。しかしいまだに真相は分からないとあって、検査を実施する立場の博士は”クラッペ事件”への感想を聞いても言葉をのみ込むばかりだ。クラッベ事件は、合宿先の南アフリカで採尿したクラッベら旧東独出身三選手の尿が、同一人物のものだった。あらかじめ健全な人の尿を袋に詰めて自分の体内に入れておき、採尿の時、袋の尿を出したとの疑いがかけられた。しかし、国際陸連は最終的に「白」の結論を出した。「採尿された検体は封印がずさんで、第三者が悪意の手を加えた可能性がある」ためとも言われている。真相はともかく、セグーラ博士は「バルセロナで第二のクラッベ事件は起きない」と自信をのぞかせる。ソウル五輪のベン・ジョンソンが百メートルの金メダルをドーピングではく 奪された時も、「尿を早く出すために飲んだ水が自分を陥れた」と言い訳したように、問題になるケースはほとんど、検査過程の管理の不備だ。 この二つを教訓にバルセロナの検査は厳重な封印とコンピュータで「完全管理」を目指している。採尿は、医師と助手が立ち会い、いろいろな角度から監視できるように鏡つきの部屋で行われる。二つのフラスコに尿が採られ二重の封印がされた後、一つは分析され二十四時間内に百二十以上の禁止薬物の検出が行われる。陽性の場合は、本人立ち会いで二つ目のフラスコの尿が分析される。「分析機器はコンピュータにつながれ、検査過程に第三者の手が加わる余地はない」という。しかし、これでドーピングがなくなるとは言えない。薬物検出の機器の開発とドーピングはイタチごっこを繰り返している。また、何ヶ月前に自分の血を抜き、大会前に輸血して運動能力を高める”血液ドーピング”は「判定が難しい」と博士も言う。クラッベが五輪に出ない経済的な損失は三億三千五百万円と地元ドイツで報じられたが、五輪の活躍で選手の広告出演料など収入が跳ね上がる現実がある限りドーピングの誘惑は付きまとう。ジョンソン事件の激震は、四年後のバルセロナでも余震が続いている。(バルセロナで・木佐貫至)
読売新聞 92/7/9 朝刊
  スポーツ先進国の事情
米国では84年のロサンゼルス五輪前に、オリンピック委員会(USOC)が設立。9人の専門担当者がいて、ドーピング検査、アンチ・ドーピングの教育、調査活動、選手のリハビリなどを主な活動としている。フランス、スペインは国のスポーツ担当者が、英国、イタリア、ドイツは政府系機関が主体となって作っており、麻薬や覚醒剤なども含めた広い意味での「ドラッグ・コントロール」に当たっている。    
読売新聞 95/11/8 朝刊

  



C.血液ドーピング

 
競技に先立ち事前に血液を抜き取り、赤血球の不足した状態を人為的につくり、これに身体を順応させた上で、競技直前に輸血により赤血球を増大せしめようとする行為を言います。酸素運搬の役割をする赤血球が増えれば、酸素摂取量が増え、運動能力が高まることが期待できるという訳です。言わゆる高地トレーニングと同様の効果を人為的に作ることであり、本来のスポーツの精神から逸脱していると言わざるおえないでしょう。持久力を要するノルディスク、長距離、自転車などの競技で、しばしば用いられるようです。他人血、自己血、赤血球製剤及び、関連製剤が該当します。前記、エリスロポエチンも同様に禁止されています。

<参考文献>  
薬まみれの英雄達(永井辰男、柳沢裕子)青雲社
ホルモン内分泌学入門
生薬学、薬用植物学各論(廣川書店)
陸上競技マガジン(ベースボールマガジン社)
月間陸上競技(講談社)
朝日新聞、読売新聞、毎日新聞

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