(4/4)

 その後、俺達は京極沙々羅という少女と知り合うことになった。
 沙々羅は常識をほとんど知らない子で、京極さんの話によると父親から監禁同然の扱いを受けていたためらしい。ちなみにその父親である神主は、足利さんが神社の実権を掌握したことで権力を失い、これまで黙認されてきた異常行動を咎められる形で、遠くの地へと追放されたとのことだった。
 沙々羅は世間知らずではあるものの素直な性格で、俺や上坂さんとすぐに仲良くなった。しかし、その同じ沙々羅が、母親の京極さんだけには素っ気ない態度を取るのに俺達は気付いた。何やら二人の間には確執があるらしい。
 もっとも、沙々羅は決して京極さんを嫌っているわけではなさそうだった。京極さんが移動する際には必ずその手を引いてあげるし、体調が思わしくないときには率先して看病に当たる。おそらくは、時間が解決する問題なのだろう。
 けれども、京極さんにはその時間がどれだけ残されているのか分からない。巫女のお役目を解かれてからは体調も持ち直しているようだったが、それでもどうにか二人の関係を修復する手伝いができないものかと、俺と上坂さんは考えを巡らせているところだ。
 足利さんと出会うことは滅多になかったけれども、今のところ特に体調の変化はなさそうだった。別の志願者二人とともに巫子を務めることで、体への負担はほとんどないのだと言う。しかし、この人のことだから辛くても口に出すとは思えず、そこが少し心配ではある。
 取りあえず、沙々羅と京極さんの関係修復については、ミホさん達に助言を求めてみるのもいいかもしれない。親子の問題に関しては、やはり経験者に尋ねるのが得策だろうから。(上坂さんの家では、上坂さんが病気がちだったこともあってか、あまり喧嘩らしい喧嘩をしたことがないようだ)
 二人の関係が早く良くなって欲しい――沙々羅が後で悔やむことにならないよう。そう願わずにはいられない俺達だった。

「朝倉さーん、こっちです!」
 青い空と大きな風車を背景に、白いワンピースを纏った上坂さんは、麦わら帽子を片手で押さえながら俺の名を呼んだ。
 これまでも家族の人物画を描いていた上坂さんは、俺の絵を描きたいと言ってきたのである。少々照れくさくはあったものの、自分がどんな風に描かれるのか興味があり、応諾した。謙遜しているけれど、実際上坂さんの絵はかなり上手い。
「上坂さん、あんまり崖に近寄り過ぎちゃ駄目だよ。それと、麦わら帽子を飛ばされないようにね」
 上坂さんの方へ歩きながら、俺はそう注意した。上坂さんの頬が少し膨れる。
「大丈夫ですよ。私、そんなに子供じゃないです」
「前は大丈夫じゃなかったけどね」
「そ、それは……」
 上坂さんの頬が赤くなった。
「でも、私には素敵な王子様がいますから。きっといつでも、どんなときでも溺れた私を助けて、口づけで目覚めさせてくれます」
 人工呼吸のことを言っているのだろう。今度はこちらが赤くなる番だった。
 目を逸らし、照れ隠しに俺は言った。
「その王子、寒いの苦手だからなぁ……。いつでもは無理だから、水が冷たくない季節限定ということで」
 上坂さんはくすくすと笑った。
「一年中、助ける気満々じゃないですか。ここは常夏の島ですから」
 そう、一年を通して夏の暑さに包まれた不思議な島、塔弦島。その裏に隠された真実を、俺達二人は知っている。
「そう言えば、ですね。朝倉さんはムギワラギクって覚えてます?」
 話題を振ってくる上坂さんの隣に辿り着いた俺は、聞き覚えのある言葉に首を傾げた。
「ムギワラギク? ……ああ、上坂さんの浴衣の図柄だったよね?」
「そうです。その花言葉を調べてみて、ちょっとびっくりしました」
「何か変わった意味だったの?」
 俺が尋ねると、上坂さんは微笑んだ。
「ムギワラギクの花言葉は……『永遠の記憶』なんです」
 永遠に繰り返される三日間を超えて、時の流れすら遡って、その記憶は今俺達の中にある。別の世界の俺達が願った、そしてこの世界の京極さん達が願ったことで俺達はここにいる。
 だからこそ、この幸せを決して失うことなく守っていこう。俺は決心を新たにする。
 そして俺は上坂さんの肩を抱き寄せ、そっと口づけを交わした。

Fin.

前へ   1  2  3  4   −−
1