あなたが居てくれるだけで心が高鳴る。


あなたの声を聞くだけで頬が染まる。


あなたを見ているだけで声がでなくなる。


だから...



私の気持ち、あなたに伝えたい。


あなたのその瞳の中にいつも私が居たい。


あなたという存在を私の中で感じたい。


だから...




第三章 幸福−あなたの中に私を感じたい




終わりのベルが鳴った。

生徒達が一斉に教室から出ていく。楽しい放課後の時間が訪れる。

「じゃ。ヒカリ、また!」

ヒカリと呼ばれたそばかすの少女に声をかけるのは惣流アスカ。いつもなら一緒に帰っている二人だが、今日は事情が違った。

`シンジ...イクワヨ、アスカ!!’

彼女はシンジの事を考えていた。それはとても幸せなことだということに、彼女はまだ気付いていなかった。

「うん。じゃあね!」

はきはきと返事するヒカリの目の前を、いそいそとジャージ男とメガネが通り過ぎようとしていた。

「じゃ。イインチョ、また!」

アスカの声色を真似るトウジ。その声で、教室があまりの不気味さに凍り付く。ダミ声はさすがに隠せない。

「エェーイ!気色悪い声だしてんじゃないわよ!!」

ボク

奇声と共にアスカの飛び膝蹴りがトウジの頭に炸裂する。ついでにケンスケにも。

「グェ...」

崩れ落ちる二人。その前にヒカリが手を腰にやった仁王立ちポーズで、二人を睨み付ける。さすがにアスカの親友だけのことはある。

「鈴原さん、一体、今まで何回週番さぼったと思っているのかしら?ネェ?」

穏やかな、しかし不気味な静けさを持った声でヒカリが尋ねる。

「さ、さあ?」

ゴク

冷や汗。そして寒気。トウジは生まれて初めて血の気が引く音を聞いた気がした。

「37回よ!!分かったらさっさとゴミ捨ててこーい!!!」

「ヒェー!!」

ヒカリの飛び蹴りに吹っ飛ぶトウジ。ちなみにケンスケも。

「な・ん・で・俺・ま・で・・・・・・」

そんなケンスケの悲鳴に近い叫び声は誰の耳にも届かなかった。いや、届いたのだが、気付かれなかった。

それは、ごくごく日常的な出来事であった。






レイはそのころ帰り支度をしていた。

`シンジさんが待ってる。早く行かなきゃ...’

いそいそと嬉しそうに支度するレイの前に影が広がった。

「...?...」

顔を上げるレイ。その前にはアスカが仁王立ちで立っていた。

さすがは元祖。そのフォームは威厳を通り越して、気品をも漂わせていた。

しかし、そんなことはどうでも良いレイ。そんないわれのない怒りを受けたときの、彼女の対処法はこうだった。

「...」

黙って無視する。単純だが、最も効果的なそのやり方はさすがはレイであろう。黙々と鞄に端末を詰めている。

「ちょっと!無視すんじゃないわよ!」

怒鳴るアスカ。しかし鞄を詰め終わったレイは平然と教室を出ていく。

「...あなた、じゃま...」

痛烈な捨て台詞を残して去るレイ。アスカに反撃の余地を与えずに歩き出す。

「キィー!!なんですって!!」

ドタドタと騒がしいアスカが急いで追いかける。後には呆然としたヒカリが残った。

「アスカ...かばん...」

やれやれといった感じで、ヒカリは後で家に寄ろうと決意していた。






校門の前に停まっているダークグリーンのシックな車の前で、シンジが待っていた。そんなシンジは木洩れ日の中で、下校する女子生徒達の赤い顔を微笑みながら見ていた。

彼のその穏やかな表情は誰もを魅了した。その優しげな瞳はしっとりとした憂いを持ち、彼を実年齢より若く見せていた。

日差しは綿毛のように柔らかく、辺りの桜をより一層、艶やかにしていた。

「シンジー!!」

突然、元気な声がした。

振り向くと力一杯、走ってくるアスカとレイが居た。

お互い、無言のまま競争しているのか、どんどん速度が上がってくる。

`この女、やるわね。’

`猿のくせに早い...’

お互い、同じ事を思っている。この二人、結構似たもの同士である。

「ちょっと、ハァハァ。遅いわよ!!」

「シンジさん...ハァハァ。」

後からきて遅いも何もないのだが、シンジはそれがアスカの親しい者への挨拶だという事を十分承知していた。

「ハイハイ。じゃあ、行こうか。」

「はい。」

「私、助手席!」

ちゃっかりとシンジの隣を確保するアスカ。悠々と乗るアスカを恨めしげにレイが見ている。

「ほらレイ、乗って!」

シンジに促され、渋々乗り込むレイ。

そんなレイに苦笑するシンジ。黙ってドアを開けてあげる。

「どうぞ、お姫様。」

そう言ってにこっと微笑むと、レイが顔を赤く染めながら嬉しそうに乗る。

「では、出発!!」

シンジがエンジンをかけた。






車の中での少女達はまさに対照的であった。

今日の出来事を事細かに説明するアスカに対して、レイはただ静かにシンジの方を見ていた。

しかし、シンジがきりの良いタイミングでレイの方に話をふるので、孤立するといったことはなかった。

「...でね、シンジ。私の飛び膝蹴りがそのバカに見事に決まったのよ!!」

嬉しそうに自分の活躍をシンジに言うアスカ。

「アスカ、もっとお淑やかにならなきゃダメだよ。もう十六歳なんだから。」

「何よ!私は何処から見ても完璧なお嬢様じゃない!!」

「...猿山のお嬢様...クスッ。」

突然のレイの突っ込みにアスカが怒る。

「キィー!!言ったわねー!!」

「ほらレイ、ダメだよ。それにレイは反対に、もう少し社交的にならなきゃね。」

喧嘩が始まる前にさらりと話題をかわすシンジ。だてに保護者をやっているわけではない。

「アスカとレイを足して二で割ればちょうどいいのにねぇー。」

フーっとため息をつくシンジにアスカとレイが怒る。

「シンジ!私とこんな女と一緒にしないで!!」

「シンジさん。私、畜生の身には墜ちたくない...」

それぞれ睨み合う二人を横目で見ながら、シンジは自分が爆弾を踏んでしまったことに気付いた。やはりまだまだである。

「まあまあ、二人とも。そうだ、レイ。アスカを降ろしたらショッピングに行こうか?」

それを聞いてレイの頬がバラ色に染まる。

「本当!?嬉しい!!」

「ちょっと待ちなさいよ!!そうは問屋がおろさないわ!!!」

いきなりバンッとアスカがダッシュボードを叩く。ジーンと言う振動に、思わず顔をしかめるアスカ。

「ほぇ?アスカ、どうしたの?」

「シンジィー。私も連れていってくれるんでしょうねぇー!?」

「まぁ、別にいいけど。でも日常品を買うだけだから行っても面白くないと思うよ。」

「ちょうど私もリップスティック切らしてたの。クスッ。」

アスカが不気味に微笑む。

`シンジとレイをできるだけ引き離しておかなきゃ。’

反対にレイは機嫌が悪くなる。

`あの女。危険ね...’

そんな二人の気持ちには全然気付かず、シンジは黙って車を進めた。






ジオタウン。

数年前に建てられた全東京都市の中で最大級のショッピングセンターである。

その近代的な容姿は皆に愛され、一種のシンボルとなっていた。

また、最も都市の税金に貢献しているありがたい所だとも言えた。


「レイ、アスカ。着いたよ。」

車を駐車場に停めて外にでる三人。気持ちのいい風が鼻をくすぐる。

辺りには、レイ達ぐらいの子供がガヤガヤと騒いでいる。

揃って外にでる三人。さりげなくアスカがシンジと腕を組む。その浮かれた表情に、何も言えず困った顔をしているシンジ。

レイはアスカをジトっと見ている。

「...ん?」

その視線に気付いたシンジがさりげなく手を差し出す。

嬉しそうに顔をほころばしながら手を握るレイ。結構、単純である。

そうして三人はビルに入っていった。






「ふぅー。」

一通り、買い物を終えると、時計は四時をまわっていた。

一休みするために、アイスクリームショップによった三人はそこで奇妙な人溜まりを見つけた。

「ハイハイ!一回、100円だよー!!」

覗きに言ったシンジが戻ってくる。

「レイ、アスカ。つかみ取りだって。やってくれば?」

そう言いながら財布から小銭を出そうとするシンジを、馬鹿にしたように見るアスカ。

「ちょっとシンジ!小学生じゃないんだから、つかみ取りなんて冗談じゃないわよ!!」

レイもちょっと、といった顔だ。

「そう?でも景品、たがね焼きだよ?好きでしょ、二人とも。」

「え!たがね焼き!?」

「...タガネ...」

とたんに眼が輝き始める二人。

眼をウルウルさせながらシンジの方を見ている。

「はいはい。じゃあ、これお金。僕は上の本屋にいるからね。」

こくんと頷く二人に小銭を手渡すシンジ。

元気よく走っていく二人を見ながら、シンジはクスッと笑った。

その二人のあどけなさが残る仕草が、妙にシンジに安心を与えた。

「やっぱり、単純だな...」






つかみ取りのエリアは、さすがに小学生らしき子供達が主流だった。

「オッチャン、一回ね!!」

その間を年相応なく駆け抜けていくのはアスカ。威勢良く手を箱に突っ込むと、いつの間にか手に張り付けていた両面テープにほとんどのたがねがくっついていた。

しかし...

「ちょっと!この箱の口、小さすぎるわよ!!インチキじゃないの!」

自分のことは棚に上げて、係りの人に掴みかかるアスカ。

「そんなぁー、お嬢ちゃん。だいたい...」

「アァー!!うるさいわねぇ!だいたい、たかがたがね焼きごときで客を釣ろうって言う方がずうずうしいのよ!」

`釣られたくせに...’と言おうと思ったが、異様な妖気を感じてビビルおっちゃん。

冷や汗が玉のように流れ、背筋が凍る。

ガヤガヤとうるさいアスカ。辺りに群がっていた小学生はもう消えていた。いや、少し距離を置いて一部始終を見ていた。

ちなみにレイは、試供品のお試し用たがねを食い尽くしている。

その頭にほっかむりをかぶっているのはなぜか?

ぽりぽりぽり

意見が合うときは、無敵の二人であった。

「レイ、何であんた、そんなの被ってんの?」

「...絆だから。私とたがねの...」

「そ、そう...」

二人はひたすら食べ続けた。






帰りの車では、比較的穏やかだった。

バリバリバリ

レイとアスカは揃ってぶんどってきたたがねを食べており、シンジはシンジで今晩の夕食のことを考えていた。

`帰りにスーパーよって行こうかなぁ...’

「ねぇ、シンジ。」

バリバリバリ

突然アスカに声を掛けられたシンジ。しかし、彼は今、引っ越しそばを出前にするか自分で作るかで迷っていた。

`この辺の店、もう覚えてないしなぁ...やっぱ作ろうかなぁ...’

「ねぇ、シンジ!」

アスカがイライラしながら怒鳴る。

`でもなぁ...まだ、お鍋洗ってないしなぁ...そうだ!ミサトさんにメニュー借りればいいんだ!どうせあの人のことだから、毎日店屋物だろう...’

「ちょっと、シンジ!!」

バゴン

小気味よい音がしてアスカのげんこつが飛ぶ。

「イッッ...アスカちゃん、運転中は止めようね。危ないから。」

「なによ!!シンジが悪いんでしょ!ふんっ!」

煎餅が無くなったので、手持ちぶさたのアスカ。

そんなアスカを見てシンジがクスッと笑う。

「だいたい、シンジは...ムギュ...!?」

「いちごキャラメル。アスカ好きだっただろう。よく僕のポケットからくすねてたもんね。」

そう言って笑うシンジを見てると何も言えなくなってしまうアスカ。ポォーっとしてる間に、シンジがレイにもアメを投げる。

「...で、なんだい?アスカちゃん?」

「モグモグ...そう!シンジ明日、暇?」        

ちなみに明日は土曜である。シンジとしては、家の掃除や洗濯などをしようと思っていたのだが、せっかく直ったアスカの機嫌を損ねたくはなかった。家族、と思われている物も含む、には、とことん甘いシンジだった。

「別に用事はないよ。どこか、連れていって欲しいのかい?」

「じゃあ、ハイキングに行きましょう!」

「ヘ...?」

おませなアスカのイメージがまだ強く頭に残っているシンジは、いささか拍子抜けしていた。以前の彼女なら、映画に連れて行けだの、食事に連れて行けだの、うるさく騒いでいたはずだった。

「ハイキングよ!高雄山まで行きましょう!」

「うん。レイはそれで良いかい?」

こくんと頷くレイ。

彼女はシンジとどこかに行けるだけで嬉しかったので、場所は関係なかった。たとえおまけが付いてきたとしても。

アスカもアスカで同じ事を考えていた。

レイはダメ!と言わないのはアスカの良いところだったが、彼女の頭の中には明日の計画が、綿密に計算されていた。

`ふふっ。可哀相だけどレイには消えて貰うわ。’

ちなみに、全然可哀相だと思っていないところは、彼女の悪いところなのだろうか?

シンジはそんなアスカの心には全く気付かず、まだそばのことで悩んでいた。

`あの高いかつお節、もう無かったんだよなぁ...やっぱり出前かな?’

ダークグリーンの車は、街を静かに駆け抜けていった。






「レイ、アスカ。下りて。」

着いたところは、アスカの住んでいるコンフォート17マンションの駐車場であった。

`なんで、シンジ達も下りるんだろう?’

疑問に思いつつも、口には出さないアスカ。彼女としては、長くシンジといられる方が嬉しかった。

エレベーターに乗って、アスカの住んでいる階まで行く。

アスカが不思議そうな顔でシンジを見ても、シンジは黙って微笑んでいる。

チン

エレベーターが開く。

揃って下りる三人。アスカは何が何だか分からなかった。

`シンジ?’

アスカの家の前まで来るとシンジがいきなり振り向いた。

その顔には、ちょっといたずらっぽい笑顔が浮かんでいる。

「隣に引っ越してきた、碇です。またお隣さんだね、アスカ。」

子供っぽいそのシンジの笑顔はまぶしく輝いていた。

アスカはポカンと口を開けたまま立っている。

「ア...アア??」

そんな三人を、優しい日差しが照らしていた。

余談だが、アスカは鞄を忘れたことに、とうとう気付くことはなかった。




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こんにちは。CARLOSです。


「陽のあたる場所」第三章、いかがでしたでしょうか?


始めは6000ヒット更新のはずが、あっと言う間に10000ヒット更新になってしまいました。(平謝り)


この章はかなり苦労しました。少し短いですけど、バランスなどを考えると、ここで切るのが一番に良い気がしました。(早くカヲル、そしてマナを登場させたい...)


今、私は第三作目に取りかかっております。

第一章は二、三日で出来るかな?早く続きが書きたいです。


ではまた、


PS: 更新は、感想メール五通で行います。続きが読みたい人は、メールお願いします。

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