小さい頃テレビっ子だった私(中毒だったかも。。。)は、大きくなってもテレビが好きだった。よく見たのがドラマ。いいドラマは主題歌もよかったりしたので、それがまた楽しみだった。特に好きだったのが、いえ、今でも好きなのが、倉本聡の作品。残念ながら、ショーケンの “前略おふくろ様” は見たことがないのだけれど、“たとえば、愛”、“大都会”、“君は海を見たか” なんかすごく好きだった。もちろん、あの “北の国から” も。
けれど、倉本聡の作品の中で今でも一番心に残ってるドラマが「昨日、悲別で」。これは1984年に一度放送されたきり、少なくとも中部地方では一度も再放送されていないというドラマです。とても素敵なドラマだったのに、なぜだろう、あれ以来一度もテレビ欄で見かけたことがない。当時、神田まで出掛けたついでに買ったこのシナリオ本は、今でもたまに読みたくなります。
内容は、一流のタップダンサーになるために北海道から東京に上京してきた青年の話。彼の故郷に対する想いや、家族への想い、恋人や友達への想い、そしてもちろんダンスに対する想い。。そのすべてを丁寧に描いた上質ドラマです。この青年自身のことだけではなくて、お母さんの人生のことも、となりの映画館のおじさんの人生も、そして妹の人生もきちっと描いてありました。また、恋人の黒い部分をもかばってあげられる、優しい主人公の青年の心がとても印象的でした。
BGとして“二十二歳の別れ”PERFORMED BY 風
スタッフ: 音楽:坂田晃一 制作:吉川 斌 演出:石橋 冠 他
主人公・竜一の母に対する想いがとてもよくわかるセリフがあります。竜一の彼女である由美が、妻子ある人と付き合っているというダンスの女講師のことを噂しています。実は、竜一の母親も不倫をしていたのですが、その母親のことを想って、由美にそんなことしゃべらないで欲しいと心の中で叫びます。
語り
「女が妻子ある男を愛する。それがいったい何だっていうンだ」
間。
「オレのおふくろだって同じなんだ由美ちゃん。
----“そんな人だと思わなかった”
-----君はそう言ったけどおふくろもそうなネャン唐セ。まさに君のいうそんな人なンだ。
だけど---。
母さん」
イメージ
悲別。炭坑。
働く母。
語り
「かまいません。」
竜一
「オレは許します」
イメージ
働く母。
語り
「周囲の人たちが何といおうと、あなたが一人で懸命に生き、懸命に働き懸命に恋をする。それはあなたのまさに権利です。
他人がとやかくいう資格なンてありません。
母さん---。
僕はあなたを許します。
噂をするやつより、されても耐えているあなたを本気ですてきだと思います。
母さん---」
「一流ダンサーを目指して、昼はダンスのレッスン、夜はタップダンスのショーが呼び物の店で働く竜一。オーディションの日、何年かぶりに同級生の “オッパイ” (ゆかり)と出遭う。彼女もダンスのレッスンを受けているという。二人でオーディションに出ようと意気投合し、店が終わった後、二人は夜の公園でダンスのレッスンをする。レッスンから帰ったその明け方、竜一はゆかりを胸に抱いて、カーテンの隙間から見える外の風景を眺めながらコーヒーを飲む。」
後の回になってわかるのですが、この東京の朝の景色をゆかりは「初めて見た美しい東京の朝」と表現しており、そしてこの体験がこの二人の大切な想い出となりました。私は、この場面の意味を知ったその後、東京の美しい朝を一度見てみたいと思ったような気がします。とても印象的でしたから。ゆかりは同郷の悲別の仲間と一緒にいる時だけ、本来の素直な“オッパイ”でいました。
石田えりはこの役を好演していました。仲間の前では本来の素直な自分を出していたのだけれど、本当は体を売ってダンスのレッスン料を稼いでいる、陰のある女の子の役でした。ゆかりは、現実の自分の姿を知らない仲間に本当のことを隠さなければならなかった。そこのところの苦悩を石田はきちんと表現していました。ゆかりの行動を見守る私達まで、胸がつまる想いでしたから。
この言葉を最初に聞いた頃、私はこのゆかりの気持ちがわかりませんでした。マザコンなんて嫌な言葉、としか思っていない歳ごろでしたから。セリフとしてはとても印象的だったのですが。でも、今はわかります。母親を大事にする男の人は素敵だと。ここでお断りをしておきますが、母親を大事にすることと、母親から自立していることは別問題です。きっとゆかりはこういうことを竜一に言いたかったんじゃないか、とちょっぴり大人になった私は勝手に想像しています。
竜一のゆかりに対する想いが出ている場面はたくさんありますが、ここの語りは特に印象的なので、ご紹介します。きっと、倉本さん自身がマスコミに対してこのように感じているのだと思います。
テレビ画面
うつむき、マイクの集中砲火を浴びているゆかり。
竜一の語り
音楽 --- 鈍い旋律で入る。B・G。
語り
「ただしそれはもう、政治とか事件とか、そういう次元から大きく逸脱した、一人の女へのあばき立てだった。
ただ、ドキドキとオレはふるえていた。
このテレビが今、遠慮会釈もなく彼女のくにであるこの土地に流れている。
くにの人々がそれを見ている。
一人の女の私生活を、一人の女の恥の部分を --- たとえそのことが事実であるにせよ、無関係な人々の好奇心の前に情け容赦なくさらけ出すこと。
オレは声をあげ家を飛び出し、町中のテレビをぶちこわしたい、そんな衝動に必死に耐えていた。」
春子のセリフ(第13話より)
ゆかりが、高級官僚の汚職に関わる「愛人バンク」、今で言う「テレクラ」?に関係していることがテレビで報道され、郷里の人々の間に知れてしまいました。そして、そのことをおもしろ半分に、そして本人の前だとは知らずにうわさする人々に対し、五月みどり扮する主人公の母親がこんなセリフを言っています。
春子のセリフ
「人の噂をする権利なンてね、・・本当は誰にもありゃしないんだよ。」
「人の生活をとやかくいう権利もねッ!」
「世の中にはさ・・・」
「何のかのいわれて怒りたくても、怒れない立場の人間だっているンだ! そういう人をさ・・・。怒れないと思って、寄ってたかっていたぶるンじゃないよッ!!」
このドラマを見て、五月みどりという女優が好きになりました。この時は、咎められてもどうしても奥さんのいる男の人を好きになってしまう母親役をやっていたけど。でも、とても一生懸命生きている母親で、昼は土方、夜は自分が経営する飲み屋で一日中働く人という設定でした。このどうしようもない母親を懸命に演じていた五月みどりは素敵でした。
この番組で忘れてはいけない人は、千秋実の演じた「悲別ロマン座」の館長、二口伸吉です。業績不振のその映画館は今度閉館することになり、ふと思い立って東京にいる竜一に会いにきます。そして、竜一のステージを涙を流しながら見た後、悲別に帰っていきます。「君たち (竜とゆかり) 二人のちゃんとしたステージを悲別ロマン座で打ってやりたかった。」と言い残して。その後、閉鎖される「ロマン座」で最後の上映映画 「生きる」 を見終わった後、凍死してしまうのですが。
このおじさんが涙を流した時、何かじーんと暖かいものが心によぎりました。いつも竜一とゆかりを応援していた信吉さんでした。千秋実さんはこの番組で本当にすばらしかったです。
当時、“悲別青年3人組”(だったかな。)という触れ込みで出てきたのが、雨宮良、布施博、そして梨本健次郎。雨宮良はこの番組にも出てくる “タップチップス” のダンサーで、当時はこのお店も随分繁盛したようです。実際にいた、オカマのマーサとマンディと共に。 「ミスタースリムカンパニー」 の布施博は、この当時からTVに出始めていて、私はこの頃から “この人いいなぁ” と思っていました。梨本健次郎もあまり目立たないけれど、とても味のあるいい役者さんだった。主役になることはあまりなかったのですが、端役でいい味出していました。近頃はあまり見ないけど。。。
これを書くのに随分かかったような気がするのですが、なんだかつらつら書いてしまいました。少しでも興味を持っていただけたらいいのですけど。