かえるさんレイクサイド (11)



かえるさんが犬上川を琵琶湖に向かって進んでいると、向こうから大きな音でけろけろ言うのが聞こえてきた。音のする方に灯りが見える。湖から来た風が今日は生ぬるくて、跳ねると顔に虫がちくちく当たるときがある。かえるさんはそのたびに、顔のまわりをひとなめした。


灯りは最近できた自販機だった。明るさにひかれてくる虫を、集まったかえるがぺろぺろなめている。自販機の前にはずらりと車が並んでいる。どの車も後ろを開けて、そこに積んだスピーカーからときどき思い出したように大音量でけろけろを流している。車の間を、かえるたちは虫をなめながら歩き回っている。


琵琶湖からの風がからだをなでていった。おなかが少しかわいたので、かえるさんはげこげこ天然水を買おうと自販機110かえる円を入れてボタンを押した。何も音がしない。あしをぺったり押しつけたがうまくいかない。かえるさんは右端を押したり左端を押したり、そっと押したり強く押したりした。ボタンは吸盤のあとでべたべたになった。べたべたを拭おうとして値札が違うのに気づいた。


飲み物は120かえる円になっていた。いつからそんなことになったんだろう。かえるさんはきっかり110かえる円しか持ち合わせていなかった。返却ボタンを押すのも忘れてぼんやりしていると、後ろからにゅっとあしが伸びてきた。あしは10かえる円を投入して「げこげこ天然水か?」とたずねた。振り返ると、かえる番長がいた。「よくいるんだよ、おまえみたいなのが」その声はエンジンの音に勝ってよく響いた。まわりにいたかえるがこちらを向いた。


「またこんど返してくれよ」かえるさんはうなずいたが、番長は、いますごい速さで突っ込んできた車に目をやっていた。「ラジオ体操か」とひとりごとのようにつぶやくと、番長は「ラジオー」と叫んだ。あちこちから「ラジオー」「たいそうー」と声が飛んだ。車はトランクを跳ね上げると、大きなスピーカーからかえる体操第一を鳴らし始めた。番長は割れたピアノの音に合わせて二三度、ひざの運動のまねをしてから、また「ラジオー」と叫んだ。かえるさんは天然水をひとくち飲んだ。おなかがラジオで震えていた。





第十二話 | 目次

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