かえるさんレイクサイド (14)



犬上川はいつになくにぎわっていた。今日は琵琶湖ビールのビール工場祭りだ。ふだんは2時間に1本しか出ないいかだが、30分に一本出る。ビール一杯か琵琶湖げこげこ天然水一杯が一杯無料で試飲できるというので、昼間からビールを飲みたいかえるでどのいかだも満員だった。


かえるさんがビール工場に着くと、「九死に一生すべり台」や「電撃けろけろ棒」のあたりにかえるだかりがしていた。すべり台は葦で作った手製で、葉っぱの逆毛でなかなかすべらない。みんなわざわざ尻を浮かせて無理矢理下へ滑っている。とても九死に一生には見えない。


げこげこ天然水をもらって試飲場に着くと、目の前にぼうっと空を見ているのが二匹いる。かえるさんは小さく礼をして二匹の前にあるストロー入れをこちらに引き寄せた。二匹はまだぼうっとしている。ビールで酔っぱらっているのだろうか。でも顔は赤くない。かえるさんは天然水を少し吸い上げてから、また二匹を見た。どうも暇を必死でがまんしているらしい。たぶん、空を見ていないと、ここに居るのが耐えられないのだ。


その向こうで、ちきちきと鳴っているのは、将棋の駒の音だ。こってりした色の竹でできた将棋盤をはさんで、考え込んでいるのがいる。片方はあしのひらに二枚の駒を持っていて、それをときどきすりあわせながら考えている。それがちきちきと鳴る。さっきの空を見ていた二匹がめんどうくさそうにちらりと将棋指しを見た。どうやら父親らしい。


向こうのカエルヴィジョンで「げこげこ天然水世界紀行」が始まった。世界各国の川の名水と精製工場の旅を、かえるコーラスで綴った番組だった。いまはヨーロッパだ。まだ間がある。かえるさんは急いで外に出て、屋台でボウフラミックスを頼んで戻ってきた。二匹は机に突っ伏して寝ている。ちゃりちゃりと音がする。父親の取った駒が増えている。 ヴィジョンに上海が映った。音が止まった。将棋は一時休戦だ。食事をしていたのもビールを飲んで騒いでいたのも、みんな手を止めてカエルヴィジョンの方に向き直った。次はいよいよ琵琶湖が映るのだ。





第十五話 | 目次

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