かえるさんレイクサイド (2)




かえるさんは郵便の束を一枚一枚調べていたが、さくら色の封筒を見てふと手が止まった。「マシヤデンキ春のご商談会!かえるさん様だけにお知らせします」かえるさん様とは語呂が悪いが、それはかえるさんが以前、記名欄に「かえるさん」と書いたからだった。それよりかえるさんの目を引いたのは「ご来場のみなさまに進呈かえるクロック」という文字だった。うちのそっけない目覚まし時計がかえるクロックになったら、朝は朝になるだろう。昼になったり夜になったりしなくなるだろう。


ヘルロードに面し、一階に大駐車場を擁したマシヤデンキは、ほんらい車でのりつける場所だが、もちろんかえるさんはかえるなので自力で向かった。時差信号がトリッキーな魔の交差点を渡り、お食事処ちわを越え、メガネの哀願を越え、つくしだらけの緑地帯を越え、マシヤデンキの階段をのぼると「春のご商談会」だ。入口に並んだ紙の手提げ袋の中には、紫の風呂敷がちらりと見えた。かえるさんはダイレクトメールを差し出した。「お客様、申し訳ございませんが、かえるクロックはご好評につき、切らしております。こちらの粗品になっておりますが、よろしいでしょうか」「はい、でも後で受け取ります」と、かえるさんは平静を装って中に入った。


手前に並んだカラオケシステムは周波数特性がどれもかえる向きではなかったので、かえるさんはテレビコーナーに進んだ。春の選挙に当選したかえる市長が32インチに大きく映っていた。市長はかえるさんよりずっと大きかった。どれくらい大きいのだろう。かえるさんはブラウン管のはじから手で計ることにした。画面の半分まで来たところでで店員が声をかけてきた。「お客様、恐れ入りますが、画面に直接吸盤で触れぬようお願いいたします。」店員は化学ぞうきんを手にしていた。かえるさんは最後につけた吸盤のあとをこすって洗濯機コーナーに進んだ。


かえるさんは脱水機のスイッチを入れて中をのぞいてみた。脱水機は止まった。どうして止まるのだろう。少しだけ開けてみた。ぞ、ぞ、とゴムが擦れるような音がしてやはり止まる。ほんの細目にあけてみた。回っている。どこかにスイッチがあるらしい。かえるさんは手を差し込んでスイッチを探ろうとしたが、脱水ドラムにひっかかって体ごとひっぱりこまれてしまった。しまったことをした。このままでは脱水されてしまう。脱水されたらがまの油もからからになってしまう。ヘルロードで轢かれて干からびたかなへびと同じになってしまう。


気がつくとかえるさんは、マシヤデンキの奥のベッドで寝かされていた。「お客様、この度はご災難でした。お見舞いのしるしといってはなんでございますが、これをお受け取りください」包みをふると、けろけろと音がした。かえるクロックを手に入れた。





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