かえるさんレイクサイド (20)



える議院が解散して選挙が決まった。犬上川の南にいると、選挙カーが行き来するのがよくわかった。見渡す限り田んぼなので、声をさえぎるものがない。選挙カーの声が互いに近づいたり離れたりしながら、それぞれの立候補者の宣伝をする。音が車といっしょに移動して立体音響になる。かえるさんはイタドリの葉の下で、その立体ぶりを聞いていた。


暑い中、ご声援ありがとうございます」驚いて目の前を見ると、ちょうど日本かえる党の選挙カーがスピーカーのスイッチを入れたところらしかった。白手袋をした候補者がかえるさんを見つめていた。「長引く不況の中、国会にかえるのコーラスを」かえるさんは目を伏せた。


はなかなか進まない。エンジンがかからないらしい。「この夏、稲田かえるはイタドリの葉っぱを大切にします」候補者は明らかにかえるさんにターゲットを絞って声をかけてきた。「頭に葉っぱを。おなかに水を。けろっと湿ったやすらぎを。稲田かえる、稲田かえるです。」白手袋が車の窓から握手を求めてきた。かえるさんは握手はかなわないと思ったので手を振った。


を振ってのご声援、ありがとうございます、お名前はなんとおっしゃいますか」「かえるさんです」「かえるさん」候補者が大声で繰り返した。かえるさんの名前は田んぼを駆けめぐった。「かえるさんのご声援にわたくしはきっと応えます」マイクがハウリングを起こした。白手袋がもう一度握手を求めてきた。


えるさんは立ち上がって、吸盤で白手袋に触った。「ありがとうございます、かえるさんの吸盤ひとつひとつが、稲田かえるの力です。」ようやく車のエンジンがかかった。「かえるさん、いま、稲田かえるのエンジンはフル回転です。」かえるさんは白手袋を見つめて吸盤のあとを探した。「立ち上がってのお見送り、ありがとうございます」声が遠ざかっていった。かえるさんはイタドリの葉っぱの下に戻った。それから、吸盤で葉っぱに触ってみた。





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