「襲撃されたトラミ」        ’00年9月30日


トラミ

 トラミです。
 朝の6時半頃に、「フギャアッ!」というすさまじい叫び声が聞こえたのだそうです。
 トラミを外に出したばかりのことだったので妻はあわてて2階に駆け上がって来ました。
 起こされた私はもうろうとしたまま階段を踏みはずしそうになりながら大急ぎで駆け降りました。
 もう何年も前のことですが、トラはノラ猫に噛まれた傷がもとで白血病を発病して亡くなりました。
 ゴンも噛まれた傷が化膿して手術を受けなければなりませんでした。
 7月にはトラミも噛まれた傷が化膿しかけて2週間も病院通いをしたばかりでした。
 そんな不吉な記憶ばかりが頭に浮かんでは消えて行きました。
 家の外に出ると、すでにあたりは静まり返っていて、猫たちが騒いでいた気配はどこにもありませんでした。
 十字路の中央に立ち、左右どちらを見ても車1台、人間一人の姿も見えません。
 ただ、トラ猫が1匹だけゆっくりと立ち去ろうとしているだけでした。
 トラ猫は私に気づいたらしく首だけをねじ曲げて振り返りました。
 トラミとおなじキジトラですが、ずっと顔が大きくて毛はボソボソとしている半分ノラ猫のようでした。
 それはよく家に遊びに来る猫でトラミとは仲良しのはずでした。
 トラ猫は黒川さんの家のほうをしきりに気にしているようでした。
 何か気掛かりなことがあって立ち去りかねているというふうなのです。
 大工仕事をしている黒川さんの家の前には板や角材などが積み重ねられたり、塀に立てかけられたりしてありました。
 家の前まで行ってのぞいて見ると、黒川さんが半開きの玄関ドアから裸の上半身を出して家と塀にはさまれた狭い路地の奥を不思議そうにながめていました。
 「いやあ、なんだかガラガラーッ!とものすごい音がしてバケツやなんかをひっくり返して行ったんだね」と、黒川さんは私に気づくとそう言いました。
 路地の一番奥まった所に白茶の猫がいました。
 私と黒川さんの動きに気を配りながら落ち着きはらって居座っているというふうでした。
 私が近づいて行くと白茶猫はしぶしぶと立ち上がり、私から離れるように家の裏手に向かってのろのろと歩きだしました。
 白茶猫はすっかりあきらめたわけではなくて、私が近づくのをやめればすぐにでも戻って来るつもりのようでした。
 その時、立てかけてある材木の陰からトラミが飛びだし、白茶猫とは反対の方向に塀を乗り越えて逃げて行きました。
 白茶猫はぴくっと体を動かしましたが、中間に私が立っていたので追いかけようとはしませんでした。
 私は黒川さんに礼を言うと急いで表に出ました。
 トラミが全速力で走って行ってモモの木に飛びついたところでした。
 モモの木の枝を揺らしながら必死に昇っていくトラミを見ながら私は家に走り込みました。
 階段を駆け上がりガラス戸を開けると、トラミが飛び込んで来ました。
 ひどく興奮していて、心臓が力を振りしぼって乱打していました。
 安全なことをたしかめるかのようにトラミは頭を私の腕にウリウリとこすりつけました。
 私はトラミの背中や腰、腹などを毛をかき分けながらくまなく見ました。
 ケガは右の腰に幅1ミリ、長さが2センチほどの引っかき傷が一つあるだけでした。
 すっかり安心したせいか、眠りが足りなかった私はトラミをなでているうちにまた眠ってしまいました。

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