砂の惑星
フランク・ハーバード
Frank Herbert

(著者紹介)
 1920年生まれ。砂の惑星シリーズで有名なSF作家。既に故人。

「砂の惑星@」 1965

「砂の惑星A」 1965

「砂の惑星B」 1965

「砂の惑星C」 1965

「デューン 砂漠の救世主」 1969
 
 
 
 
 
 

「砂の惑星 @ABC」 DUNE 1965
 矢野 徹訳 ハヤカワSF76/SF83/SF88/SF94
 
 砂の惑星シリーズ

(@あらすじ―本書1pより)
 アラキス……砂丘……砂の惑星。ポウルの夢に一面乾ききった死の世界がひろがる。そこが、彼がこれからの一生をすごすところなのだ――アラキスは過酷な星ではあったが同時に唯一の老人病特効薬メランジの宝庫でもあり、皇帝の直命を受けたアトレイデ公爵にとって、そこを仇敵ハルコンネン家に変わって支配するこの上ない名誉と富を意味した。一人息子ポウルに、より豊かな未来を継がせるのだ。ハルコンネンの復讐の罠を、皇帝の恐るべき奸計を、充分承知しながら公爵はあえて砂の惑星に乗り込んでいく……! SF界最高の栄誉ヒューゴー賞、ネビュラ両賞受賞に輝く大傑作巨篇、ここに堂々の開幕!

(Aあらすじ―本書背表紙より)
 悲劇は、アトレイデ公爵家がアラキスに着いて始めて催した晩餐会の後に起こった。酒宴が終わって自室に戻りかけたレト公爵は、廊下に倒れている人間に気づく。抱き起こしてみるとそれは背中にナイフを刺されたフレーメンの家政婦メイブズ――はっとする間もなく麻酔銃を撃たれたレトのかすむ目に、悲しげな表情を浮かべながら近づいてくる裏切者ユエの姿が映った……。やがてハルコンネンの総攻撃からかろうじて母と共に砂漠に逃れたポウルは、一瞬、父の死を知った。いつのまにか、かれの心は時間と空間の彼方に果てしなく広がっていく能力を身につけていたのだ!

(Bあらすじ―本書背表紙より)
 アトレイデ家滅亡の時、からくも逃れた砂漠でポウルは母に言った。「フレーメンの中に身を隠そう。彼らが僕達を助けてくれる」 父の副官アイダホと惑星生物学者カインズの死を賭した献身により追手を振り切った二人は、ハルコンネンから、皇帝から、そしてギルドの監視からさえ自由な広大な奥地をめざしひたすら砂の上を歩みつづけた。宇宙船ほどもある巨大な砂虫の恐怖。絶え間なく彼らを苦しめる“熱”と“乾燥”。だが、この想像を絶する苛酷な環境こそが、超人類たるポウルの予見した栄光の未来への、最も大切な切り札だったのである! 白熱の長篇第二章!

(Cあらすじ―本書背表紙より)
 復讐の時は来た。フレーメンの一員となりきり、その超能力の故に、無数の時空の流れを自在に動くことのできるもの、“ムアドディブ”として砂漠の民の宗教的畏敬の的となったポウルはやがてフレーメン全部隊を組織統率、様々な生態学的手段を講じて砂漠の緑化をはかると同時に、またアトレイデ大公家当主として、敢然と帝国の陰謀に挑戦する。すなわち皇帝とハルコンネンがアラキスの情勢を危惧しサルダウカーの圧倒的軍勢をもって再び砂の惑星に攻めよせてくるやフレーメンは総力を上げてこれを迎えうったのだ! 壮大なスケールの傑作SF巨篇第一部完結。

(書評:@1998-07-08、A1998-07-10、B1998-07-11、C1998-07-11読了)
 軽いつっこみを許さない重厚かつ難解でエコロジカルなSF。エコロジカルといっても「イルカの島」とはえらい違いだ。映画を先に見ていなかったら特殊用語と特殊設定の羅列でチンプンカンプンだっただろう。デビッド・リンチの映画はそれなりにいい出来映えだと思う。なにをしゃべっているのかさっぱりわからないけれど、登場人物のほとんどが頭脳派というのがいい。頭の弱いキャラが世の中には多すぎる。とりあえずSFファンなら絶対にはずせないシリーズ。

「デューン 砂漠の救世主」 DUNE MESSIAH 1969
 矢野 徹訳 ハヤカワSF100
 
 砂の惑星シリーズ

(あらすじ―本書背表紙より)
 ポウルが権力を握り恒星間帝国の王座に着いて12年――いまベネ・ゲゼリット結社、宇宙協会、ベネ・トライラックスの顔の踊り手(フェイス・ダンサー)たち旧勢力は糾合してムアドディブ皇帝に対する陰謀をたくらみ、アラキスの宮廷めざしひそかにその恐るべき策略の手を伸ばし始めていた。フレーメン内部の裏切り、名義上の皇妃イルーランの暗躍、そして死から甦えさせられ彼を殺すよう訓練された<ゴーラ>ダンカン・アイダホの登場……。だがすべてを予見したポウルは、全人類の平安な未来におのれの愛を、おのれの肉体を捧げる決意を固め、ここに物語は偉大なる悲劇となって読者を思いもかけぬ衝撃の結末へいざなう!

(書評:1998-08-19読了)
 前作は砂漠で繰り広げるバトル・アクションものだったが、続編であるこちらでは、うってかわって人間ドラマになってしまっている。登場人物が全員超頭脳派集団なので、セリフがただひたすら難解。一言一言に壮絶な駆け引きがくり広げられる。あんまり面白くなかったけど、前作を読んでしまった人は、読まなければならないだろう。悲劇的な終わり方をするが、後味はそう悪くはない。挿絵は石ノ森章太郎だが、おどろおどろしいデビッド・リンチの映画のほうが、原作の雰囲気に合っていると思う。

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