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	        THE CASINO CONNECITON
		        〜『狩篠コネクション』〜
		       DESIGNED BY MORIVER & GIO
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			『風立ちぬ』の巻・後編





				−8−

 (ここはどこだ?)
 トオルは黄金の園にいた。見渡す限りの大地が、まばゆい光につつまれてい
る。
 『トオル……』
 呼び声の方を向く。と、そこに一人の若い女性が立っていた。誰だろう。見
覚えはあるのだが思い出せない。白い丸首シャツに紺のフレアスカートをはい
ている。
 『まあ、こう何度も来てくれて。嬉しいけれど、なんだか悪い気もするわ
ね』
 おさげ髪を揺らしながらその女学生は言う。トオルはしばたく。
 『えっと、どちらさまでしたっけ?』
 『まあ』
 彼女は大きな目をさらに大きく見開いた。それから微笑して二三度首を振っ
た。
 『……そうね、来る度に忘れてしまうのね。私ですよ。トヨ子』
 『トヨ……え? おばあちゃん?!』
 『だから、その言い方はよして頂戴。トヨ子で結構』
 『結構って……ん、ということは。ということは、ですよ』
 トオルは自分の姿を眺めた。いつの間にか学生服姿に変わっている。頭をさ
ぐると何かに触れた。ひっぱるとそれはアメ細工のようにぐにゃりと伸びた。
銀色に輝く細い紐がつむじから地面の下までずっと続いている。
 『俺、死んだの?』
 『まだ、死んではいませんよ。ほら』
 トヨ子が地面を指差す。すると、その一角から嵐吹き荒れる狩篠の街並みが
覗けた。トオルはひざまずきその光景を凝視した。
 『皆がいる』
 装置の傍で、マスター、圭一郎、美里、委員長は何かを取り囲んでいた。
 『俺だ』
 マスターがトオルの体に跨がって心臓マッサージをしている。その横では圭
一郎がゴム製の器具を当てがい口に空気を必死に送っていた。声も次第に聞こ
えてくる。
 「……大丈夫、持ち直しそうだ」
 「もう……心配かけんなよ、こら」
 そう言って委員長は目もとをこすった。
 「ふむ、しかし却って手間が省けたようなもんだ。クロロホルムも結構高い
からな」
 マスターはそう言って、トオルの両肩の下に手を入れる。
 「圭一郎は、そっち持って。よし、いくぞ」
 「あ、水野は装置のハッチ開けといて」
 鼻にティッシュをつめた圭一郎が言う。
 『おい、おい、何する気だよ』
 トオルがつぶやく。
 『ほら、トオル、こっちでお茶でも飲んでゆっくりしなさい』
 顔をあげると、懐かしい実家の居間の中にトヨ子が座っていた。
 『あんたにはできることないんだから。また、耳かきしてあげようか?』
 『い、いいよ』
 赤面しつつもトオルは、部屋の真ん中を陣取る炬燵の布団に足を入れた。そ
れは記憶にある通りの堀炬燵だった。
 『しっかし、あいつら俺をどうする気だ?』
 『ちょっとの間、体を借すだけよ』
 ミカンの皮をむきながらトヨ子が言う。
 『体?』
 『そう、変わりにもっと強力な魂を呼び込むためにね。ほら、筋もきれいに
とってあげたからね』
 受取ったミカンを一房、口に入れると、トオルは下界を覗き続けた。
 トオルの体は装置の中へ消えていた。
 「ねえ、平気なの? こんなことして?」
 委員長がそわそわしながら三人の行動を見守っている。
 「委員長」
 圭一郎はそう言って、彼女に近付くとその両肩に手を当てた。
 「僕の目をしっかり見て」
 委員長は吹きだした。
 「……鼻、ごめんね」
 慌てて鼻栓を外す圭一郎。
 「集中して、もう一度」
 「ちゃんと説明してよ」
 「いいから」
 「……」
 強気の圭一郎におずおずと委員長は従った。
 「これでいい?」
 「僕の瞳に何が見える?」
 「……私が映ってる」
 「そう、君だ。そして君はライオンの夢をみている」
 とたん、くたりと委員長の体が後ろに倒れた。
 「やった」
 傍らのマスターを圭一郎は振り替える。
 「私がキーワードを後暗示しておいたからだ。誰でもできる。しかし、中条
くんのかかりやすさはまた、関原くん以上かもしれんね」
 「繊細なだけですよ」
 『勝手言うよな……そういえばおばあちゃん、さっき、何度も来て、とか言
ってたけど、前にも、俺は、その、ここへ……?』
 『そうですよ、これでもう五回目になるかしら』
 『五回!』
 『まあ、あなたはおじいさんに似て体だけは丈夫だから、平気ですよ』
 『……実験の最中の、ありゃ眠らせられてたのか……』
 「でも、お父さん、きちんと委員長に説明したほうがよかったんじゃ」
 装置からケーブルの束をテントの方へと美里はひっぱっていく。
 「駄目駄目」
 圭一郎が鼻栓をつめ直しながら言う。
 「あいつにトオルを触媒に使うなんて言ったら反対するに決まってる。まし
て、自分のためだなんて知ったら尚更だ」
 「そういうことだな。それに中条くんにわざわざ余計な心配を与える必要も
あるまい。うまくいくか、保証は無いのだし」
 「いくわよ、うまく」
 美里はテントの中に入ってケーブルをノートパソコンに接続する。その横の
毛布の上に委員長が眠っていた。
 『思い出したぞ!』
 トオルは立ち上がった。
 『そうだ、あの転校したばっかりの日だ。委員長に心を読まれて……ちくし
ょう、俺だけなんでこんなんばっかり』
 『あなたも来る度に同じこと言うのね。少しは大人になりなさいな。人には
それぞれ事情というものがあるんですよ。あなたのためを思ってしたことでし
ょう』
 『それは……そうかもしれないけど……なんか面白くないよな』
 『お役に立てることに感謝しなさい』
 「よし、コード送信開始!」
 マスターが叫ぶ。テントの内で美里がキーボードを数度叩いた。ディスプレ
イに無数の文字が表示されては消えてゆく。
 嵐の激しさは最高潮に達していた。
 「きゃあ!」
 街路樹の一つに稲妻が落ちて燃えあがる。
 「お父さん!」
 「次こそくるぞ」
 「マスター伏せて!」
 『何が始まるんだ?』
 『まあ、とにかく座りなさいな。今、ホットカルピスいれてあげましょう
ね』
 トオルのもどかしさは増すばかりであった。







				−9−

 一条の稲妻が装置のアンテナを襲った。その瞬間、スチールのそれは白金色
に輝きを見せた。
 装置の中に鎮座したトオルの目が開く。
 『あれ?』
 慌ててトオルは体を探るが何も変わった所はない。
 しかし、地上のトオルはゆっくりとその体を立ち上げてゆく。そして両手で
顔を確かめた後、その顔を薄暗闇の中かすかに見えるスリットに近けた。
 テントの中でうつ伏せになっていた美里は高鳴るビープ音に目覚めた。ノー
トパソコンの画面が変化している。
 「美里!」
 外からのマスターの声に彼女は眼鏡をかけ直す。
 「わかってる」
 おそるおそるキーボードを美里は叩いた。そして、画面に現われる幾つかの
数値とグラフを、一瞥すると叫んだ。
 「大丈夫! 成功してる! 今、ハッチを開くから!」
 豪雨の中で、圭一郎は目を必死に開こうと努力するが装置からの熱気も凄ま
じい。ハッチの隙間から水蒸気が漏れ始めた。
 『おばあちゃん、これは……』
 『おや、ありゃテンレイさんだね』
 湯気のたつカルピスに口をつけるとトメ子は言った。
 『テンレイさん?』
 『昔はちょっと名の知れた霊能者とかいう人だよ。そう、あの子たちはテン
レイさんを呼ぶつもりだったんだねえ』
 ふうと溜息をついて彼女はコップを置く。
 『そんな人を呼び出してどうするのさ』
 『あたしが知るもんですか』
 トオルは両手でコップを握ったまま下界を見つめた。マスターは懐からCD
大の金属製メダルを取り出すと装置の方へ近付いてゆく。
 ハッチが開いた。現われた男の顔を見てトオルは驚いた。確かにそれは彼自
身の顔に違いなかったが、眉間と口元のあたりには力みのためか齢を重ねた者
のように深いしわが何本も現われている。
 「オカモト・テンレイ氏ですね」
 装置の上におかれた投光機の光にマスターは目を細めている。
 テンレイと呼ばれたトオルの肉体は落ち着き払った様子で視線を周囲に向け
た。それからマスターの持つメダルを見つめた。二秒程して、テンレイは口を
開いた。
 「フジワラの円盤だな」
 低音が良く響く声であった。
 「フジワラ博士からは三年間御教授を賜わっておりました。その際、博士が
この星見盤を私に」
 「承知。委細はよい。用件を聞こう」
 「感謝いたします。圭一郎、中条くんをここへ」
 圭一郎は鼻を押さえながらテントの方へ走った。
 「今から連れてくる娘の力を鎮めてもらいたいのです。星のめぐりのためか、
この所彼女は人の心を感じすぎております。これ以上の力は彼女にとって苦に
しかなりません」     テントの中から委員長を抱えて圭一郎と美里が姿を現
わした。テンレイは重い足取りで歩み寄ってゆくと、委員長の濡れた額に手を
当てた。
 「以前にも処置を施したことがあるようだな」
 「幼い頃に、はい」
 マスターはそう言って圭一郎の方をふりむく。圭一郎がうなずく。
 テンレイは目を閉じていた。
 「かなりの力を秘めている……解放してやるほうが却ってよいかもしれぬ
ぞ」
 「それは駄目なんです……彼女には、その、子供の時に一度……」
 圭一郎が歯切れの悪い口調で言う。マスターと美里がそれを見守る。
 「とにかく、彼女のためにも、力はこのまま眠っていたほうがいいんです…
…お願いします」
 雷がどこかに落ちた。辺りが一瞬、白の世界につつまれる。
 「よかろう」
 テンレイの言葉に、圭一郎は笑顔を浮かべた。
 『あいつが笑ってるよ』
 つい、つられてトオルまで顔をゆるめてしまう。
 『あら、何がそんなにおかしいの?』
 『だって、あいつのポーカーフェイスは筋金入りだったのにさ』
 無意識にトオルはコップに手を伸ばしていた。そして、ぐいと一気に飲みこ
む。
 『あちーーっ』
 『気をつけなさい。猫舌なんだから』
 トヨ子は呆れ顔をしていた。







	   		     −10−

 オカモト・テンレイは星見盤を掲げると、一言二言聞きとりにくい発音の言
葉をつぶやいた。そして口を丸めて静かに息を吸った。こぉぅ、という低いう
なり声が響き渡る。装置の熱気が増した。
 『嵐が』
 トオルの目は遥か上空から狩篠町一帯全てを捉えていた。装置のある西区を
中心に、風の流れが変わってゆく。それは最初オレンジ色の点に見えた。やが
て波紋を描くように光の輪が広がった。風が凪いでいるのだ。街燈や家々の明
かりがネオンとなって赤々と輝く。
 視界は上昇を続ける。関東平野が眼前に広がり、台風らしき灰色の渦が北へ
と移動してゆくのが分かった。いずれ、狩篠付近も完全に暴風域から逃れるだ
ろう。
 『こうして眺めてるのわるくないだろう?』
 そう言って、トヨ子は両おさげ髪を自らつまみあげてみせる。
 『うん』
 つい答えてしまってからトオルは慌てた。
 『いや、でも、やっぱり帰りたいよ。うん。まだまだ死ぬのは早い』
 『当たり前ですよ』
 トヨ子は微笑んだ。
 『ほら、そろそろテンレイさんも帰ってくる』
 トオルは下を覗き込む。
 雨が再び地上を見舞っていた。しかし、かつてほどの勢いはもう、無い。
 「できる限りの処置はしたつもりだ」
 テンレイは立ち上がって言った。
 「だが、完全ではない。娘の力は生来のもの。あまりに強い感情に対しては
時に抵抗をやぶってしまうやもしれぬ」
 それから、圭一郎の方を向く。彼はこわばった顔をして眠る委員長の顔をみ
つめていた。テンレイが圭一郎の肩を叩く。
 「それほど憂うこともない。普通の者より多少察しがよい、といった程度に
すぎん。最前の通り、確かに娘には荷の重いことかもしれぬが、これを財産だ
と感じうるかどうかは、一重に周囲の人間次第だ」
 「はい」
 圭一郎の言葉には力がこもっていた。
 「さて、これ以上長居もできそうにない。体を操るのは久しぶりで疲れた。
これは返しておこう」
 テンレイはマスターにメダルを返すと装置に向かって歩き始める。
 「そうそう」
 ふと立ち止まり彼はふりむく。\
 「この体を提供してくれた少年に一言伝えておいてくれ。なかなか具合がよ
かったとな」
 「そうでしょう。自分でも初めて見た時は驚きでしてね。これほど触媒とし
て質が高い肉体は滅多にないですよ」
 「同感だな」
 『何言ってやがる』
 憤慨してはみるものの、不思議にトオルは悪い気がしなかった。
 『これで委員長にも、いや圭一郎にも貸しができたってもんだしな。いやあ、
これは強力なネタですよ……ん、まてよ』
 トオルは頭をかいた。
 『おばあちゃん、元に戻ったら、全て忘れちまうって言ってたよな。ここで
のこと全部』
 『そういうことだね』
 『そりゃないよなあ。またまた俺だけのけ者かよ』
 『しかし、あんたあの娘さんの秘密をずっと守ってられるかい?』
 『え?』
 『もし、あんたが忘れずにこのまま戻ったら、おしゃべりなあんたはきっと
話さずにはいられなくなっちまうよ』
 『そう、言われれば……そうかなあ。でも、できないこと無いと思うけど』
 『そりゃあ、本当にぺらぺらしゃべっちまうようなら男じゃないさ。けどね、
あんたには相当辛いことになりに違いないよ。ちょっとでも自信がないのなら
ここに全て置いていったほうが、あの子のためじゃないかね』
 『わかったよ。おばあちゃんにはかなわないな。それにどうせ俺がどうこう
できる問題じゃないんだろ』
 『そうでもないさ。あんたが本当に望めば、いつかは思いだすだろうよ』
 『いつかは、ね』
 『さ、お別れだ。私はいつでもここで待ってるから。しっかりやってきなさ
いよ』
 『ねえ、おばあちゃん、一つ聞いていい?』
 『なんだい』
 『俺とさ……あの、水野さんと俺って、その、うまくいくと思う?』
 『あんたには不釣り合いな程立派な娘さんだね』
 『……やっぱり』
 『しっかりおし。まだまだかもしれないけど、すべてこれからじゃないか』
 『そ、そうだよね』
 『元気が関原家のモットーだよ。おや、お迎えが来たようだね』
 トヨ子が背伸びしてトオルの後ろを眺めた。
 とたん、トオルは白い光に包まれた。微笑むトヨ子がファイティングポーズ
を取っているのが最後の光景であった。
 『またな。おばあちゃん』






			        −11−

 けたたましいベルの音にトオルは薄目をあけた。布団に潜り込む。ベルはま
すます高鳴りを上げてゆく。
 「うりゃあ」
 右手を伸ばし、枕元の目覚まし時計を叩いた。が、あたり所が悪く、停止ス
イッチを押すどころか、本体そのものがさらに遠くへと転がっていった。
 「ノォー」
 しぶしぶ立ち上がり、スイッチを押す。冬の朝ほどつらいものはない。
 「もう一度寝よ」
 布団に入りかけた所で、今度は柱にとりつけたコードレス電話が鳴り始めた。
無視しようかとも思ったが、十コールたっても鳴りやまない。布団を肩にかけ
ながら膝足で進み受話器をはずす。
 「はい」
 自分でもいささか悪意に篭もった声で応答した。
 「関原くん? おはよう」
 よく響く聞き覚えのある声。
 「み、水野さん?」
 思わず、トオルはその場で直立不動をとってしまう。
 「寝てた?」
 「ううん。もう、ぱっちりしてますです」
 ぶんぶん首を横に振る。
 「今、新しいコーヒーを入れてるの。降りてこない?」
 「すぐ行きます」
 受話器のフックボタンを押すと、たっぷり三秒は余韻と楽しんだ後、両手を
掲げて無言で喜びの叫びを上げた。
 殺風景な部屋の一角に下げた鏡の所へ駆けより寝癖をチェックする。毫毛に
手こずりながらもドライヤーとスプレーで何とか形は整った。目やにを指先で
簡単に落とすと、布団の脇に置いた服の所へジャンプする。どれもきちんと畳
んであるのは死んだ祖母のしつけのたまものである。
 ジーンズを履きシャツに袖を通した時、トオルはふとデジャビューを覚えた。
何か、まだ実家にいるような感覚に捕らわれたのだ。目をつぶった。再び開け
ば祖母の顔がそこにあることをかすかに期待しながら。だが、もちろんそんな
はずは無かった。
 「馬鹿馬鹿しい。俺はもう高校生だぜ」
 口に出してみてからトオルは苦笑する。
 すばやくシャツのボタンを止めてしまうとハンガーに掛かったフライトジャ
ケットを纏い部屋を出た。日はもうすっかり上がっている。そういや、今何時
だろう。

 外づけの階段を降りると、青草亭の勝手口がそこにある。冷たいノブに手を
かけた所で嫌な予感がした。
 「まてよ」
 おそるおそるドアを開け、薄暗い廊下を少し進むとカウンターの脇に出る。
 「やっぱり」
 「よお、おめざめ」
 スツールの上には意地悪そうな顔をして手をひらひらさせる委員長の姿があ
った。その奥のソファでは圭一郎がすまし顔でコーヒーカップに口をつけてい
た。
 「委員長、今日は機嫌いいじゃん」
 多少の嫌味を込めながらトオルは委員長とは一つ席を開けてスツールに座っ
た。
 「お影さまで」
 軽く流すさまはいつもの委員長通りだ。
 「関原くんもエスプレッソでいいよね」
 エプロン姿の美里がカウンターの内からカップを一つ取り出して言った。
 「マスターは?」
 トオルは狭い店内を見回したが他に客の姿は見当たらない。
 「まだ、寝てるみたい。どう、関原くん、夕べは良く眠れた?」
 「うん。頭も、もうあまり痛まないし」
 「あんたは丈夫なだけが取柄だもんね。飛び降りたって死なないんじゃな
い?」
 委員長が挑発する。
 「失敬な。まだコブだってあるんだ」
 「どれどれ」
 トオルの頭を覗き込むと、委員長はそのままつむじ近くを人差し指で強く押
した。
 「いててて」
 「おうおう、良くふくらんでるねえ」
 「あんた、しまいにゃ怒るよ」
 そう言いながらトオルはソファに座る圭一郎を見た。相変わらず無関心を決
め込んでいるようだが、視線は時折カウンターの方へ泳いできている。
 「ところでさ、実験の方、結局あれは成功だったの?」
 ぴくり、と圭一郎が反応した。
 「ほら、夕べは俺が目が覚めたらもう嵐も過ぎちゃってて、いきなり『撤収
だ』とか言われたじゃない。そんで、結局はどうだったのかなあ、と思って」
 「どう思う武藤くん?」
 美里はそう言って、コーヒーカップをカウンターに置く。
 「まあまあの成果じゃない」
 圭一郎は、その後は無言で、傍らにあった朝刊を広げた。
 「まあまあ、ね」
 トオルはつぶやき、コーヒーに口をつける。
 「あちーーっ」
 慌てて置いたためカップからコーヒーが皿に飛び散る。
 「大丈夫?」
 美里は素早くカウンターを布巾で拭く。委員長がトオルをこづいた。
 「なーにやってんだよ。第一、甘党のあんたが砂糖も入れないで。寝ぼけて
んのか?」
 「ただ猫舌なだけさ」
 トオルはつとめて冷静にそう答えると、ブラックコーヒーをすすり始めた。






					      (おしまい)

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WRITTEN BY MORIVER (1995.10.24 〜1996.1.14)/SPECIAL THANKS TO GIO


		   ※この物語はフィクションです。


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