自然界にも放射線は存在します。地面からの放射線は平均で0.46mSv/年くらいです。1年間に0.46ミリシーベルトという事です。単位は素人には混乱を招くので,ここではあまり気にしないことにします。これには大地の構造や,鉱脈が関係しますので地域差があります。地球規模では中国に非常に高い地域がありますが,国連科学委員会では発癌性に差は見られないとしています。日本国内でも差がかなりあり,岐阜県では0.78mSv/年で,低い神奈川県では0.42mSV/年です。胸部間接撮影で0.05mSV,比較的大量にレントゲン写真をとる,胃の集団検診で1回0.6mSVくらいです。
これを考えて見ると,(0.78-0.42)/0.05=7.2となり,岐阜県にすんでいる人は,神奈川県に住んでいる人に比べて,1年間に7.2枚,20才で144枚,50才で360枚胸部レントゲン検診を余分に受けているのと同じことになりますが,癌や白血病の発生率に差はみられません。また,このために引っ越しをした人を知りません。
さらに,宇宙からの降ってくる宇宙線で毎年0.38mSv,空気中に存在する主にラドンから受ける体内被爆1.30mSv,体内に取り込んでしまった放射性同位元素(主にカリウム)で0.23mSvの被爆を受けます。
また,飛行機で高いところを飛ぶと宇宙からの放射線を多く受けます。太平洋を横断すると,片道で肺のレントゲン5枚位になりますが,放射線がこわくて旅行をやめた人を知りません。スチュワーデスに奇形児や癌が多いというデータもありません。
岐阜県の人が引っ越しをしなくてよいのは,以下のような科学的根拠があるからです。
広島長崎のデータや,動物実験で,癌や白血病が増加するのには閾値(いきち)があるのがわかっています。難しい言葉が出てきました。いきちとは,ある量以下ではまったく効果がみられないが,ある量を境に(いきちを境に)効果がみられるというものです。いきち以下ではまったく効果がみられないというのが重要です。癌発生のいきちは400mSvです。
健康診断の胸部写真は0.05mSv,胃の集団検診で0.5mSV,乳癌検診で使う予定のマンモグラフィーで0.1mSV,比較的多くフィルムを使用する病院で行う大腸の精密検診で2.5mSvです。どう考えても,レントゲン検査で受ける被爆量は癌発生の1000分の1から数百分の1くらいの単位ですので心配はありません。
白血病に関して,骨髄の被爆量を考えても,ほとんど同じで,被爆量は閾値の数百分の1となりますので,心配いりません。
以前,ウランの鉱脈や残滓のある人形峠付近で,低レベルの放射線の被害を調べようとしました。しかし,出てきた結果は,低い放射能を浴びているほうが長生きして健康であるというものでした。その他にも似たような結果があります。有為差があるかどうかは解りませんが。
結論として,レントゲン検査を受けても,自然に存在する放射線が生活環境で変化する量より非常に少ないか,せいぜい同程度のレベルであるので,問題にならないということです。これは,統計をとってみても証明されています。
影響を受けやすい胎児ではどうでしょうか。
胎児の影響にも閾値があります。ICRPという国際機関の勧告が出ています。 単位がかわりますが,奇形に対して0.1Gy,精神遅滞発生に対して0.1から0.2Gyです。胸部レントゲンで胸の前側で吸収されるのは0.00001Gy,胸の後ろで0.00015Gyです。胎児は胸より下にいますので,さらに被爆は急激に減少します。胃のレントゲンでもこれらの10倍を考えていれば良いのです。もちろん,閾値は最も奇形などの影響を受けやすい妊娠週を考えて決められています。
これらも,あまりに閾値より低いので影響はまったくないと考えて良い量です。つわりと胃癌恐怖症とが重なって,たまに妊婦に胃のレントゲンを行ってしまう場合がありますが,心配はいらないという事です。
不必要な検査を避けるのは当然の事ですが,症状などがあるのに検査を拒否するのは愚かなことです。結核や癌などの発見が遅れて,とんでもないことになり,周囲にも迷惑をかける事があります。
親は子供の事に関して敏感で,胸のレントゲンなどを拒否する事がありますが,ツベルクリン反応が強陽性などというときも,すぐに胸のレントゲンをとるべきです。学校などで,時に集団発生がみられます。
反省もこめて,忙しい診察時間にここまで説明できません。つい「病気だったら大変だよ」と脅かす医師が多いと思いますが,裏には十分な科学的な根拠があります。