血圧の薬は、一人に何種類必要か


日本の医師は薬を使いすぎるのか?


  

 

 

 


先日、アメリカの偉い腎臓学者との触れ込みで、マイアミのEpstein教授の講演会があり、聞きにいって来ました。腎疾患にはあまり詳しくないので、どれくらい偉い先生かは私には判断できませんが、アメリカのガイドライン作成にも関与する大物だそうです。
厳重な血圧管理と糖尿病の管理で、失明が47%減ったとか、心不全は半分になるとか、特に日本のデータと異なることはありませんでした。また、治療に困っている点も、その対処法も同じようなものです。講演会にいっても得られることは少ないのですが、少なくとも自分の行っていることが、世界標準からはずれていないことを再確認できるという点では意義があります。

さて、それでも面白いデータはありました。 イギリスの高血圧の治療には74%の人が複数の薬を必要とするという結果です。このホームページで何度も取り上げているように、国家管理がきつく、医療費総額が決められている、イギリス医療はひどいものです。その、薬を出しにくいイギリスでさえ、ほとんどの患者さんは薬を多く使用しないと十分血圧を下げられないということです。
さらに、大規模臨床試験でどのように薬が使われているかを、この教授は分析して表にされていましたが、面白いものでした。大規模試験は、本来ひとつの薬の効果を実証するためのものです。つまり、Xという薬で血圧を下げ、その薬で心筋梗塞の死亡率がどうなるか、心不全の発生は減るか、脳梗塞は減るかなどを実証するためのものです。

本来の目的がそれですから、できるだけひとつの薬で血圧を下げるように努力し、どうしても下げられない場合は他の薬を追加使用してもよいというのが前提です。ひとつの薬は最大限の許容量まで増やし、それでも下がらないときは追加するのが大規模試験の原則です。もちろん、マスコミの言うような「金儲けを目的とした多剤併用療法」など入り込む余地はありません。そもそも、臨床試験の薬剤は無料提供が原則です。

数千例以上の大規模試験でも、彼の分析によると、死亡率等からみた望ましい血圧に全員到達できたわけではありません。望ましい血圧にまで下げなくとも、比較が適切なら、薬の効果は証明できるものです。
望ましい血圧に到達できた人々を抽出し、彼らがどれくらいの血圧の薬を必要としたかを一覧表にして提示されていました。

その結果によると、最低のグループでも2.8剤、最大は3.8剤でした。

つまり、世界的にみてもひとつや二つの薬で望ましい血圧に下げることは、ほとんどの人で無理だということがいえます。最近の先進的な治療法や薬でさえ、これは真実なのです。これこそ、証拠に基づいた結論です。

平均で3.8ということは、もちろんそれ以上使っているひとも多いということで、5剤以上も結構いるということです。ひとつの薬で簡単にコントロールできる高血圧などまれであるということが、このEpstein教授の分析です。

マスコミの医師攻撃は執拗です。日本の医師だけが特殊であり、海外とくらべて悪徳医が多いような表現です。厚生労働省も自分たちの都合のよい情報だけを流し、マスコミが尻馬にのって「薬の使いすぎキャンペーン」を行います。これらには科学的根拠は無いのです。そもそも、血圧の薬など投与量を多くしすぎると、ふらついたり気分が悪くなります。金儲けのために増やすことは考えにくいのです。

金沢大学で、823人のコレステロールの治療成績を調査したところ、学会の指針まで十分治療できていたのは、たったの35%だったそうです。医師が治療してもその程度なのです。十分な薬が投与されていないのか、患者が服薬を守らないのか、多分両者でしょう。日本でもこんなところなのです。コレステロールの高い理由はほぼ解っており、一般的な治療法は高血圧よりもむしろ単純なのにこの成績です。メカニズムが複雑な高血圧なら、複数の治療薬が必要なことは多いのです。

マスコミは薬は有害であり、日本の医師は薬を使いすぎる、金儲けのためであるなど喧伝します。
しかし、明確で科学的な根拠などみたことがありません。先月も述べたように、イギリスとフランスを比べても、圧倒的に薬の消費量の多いフランスのほうが健康なのです。

でたらめの情報も何度も流されると、本当なのかなとさえ思えてきます。ばかな医者もいるので、医者でもマスコミに乗せられて信じ込んでいる場合があります。実証的データを示さないマスコミの情報など、まったく意味の無いものです。信じ込むほうがバカなのです。

レベルの低いマスコミの、非実証的「インフルエンザワクチン無効キャンペーン」の尻馬にのった、レベルの低い医師も結構いたのは情けないことです。寄生虫でアレルギーを減らすなどというのも、同じような現象と思っています。

 薬剤費の占める率が日本で高いのは事実です。厚生労働省の情報べったりのマスコミなど、すぐに医師悪人説にすりかえますが、薬剤費が高いのはむしろ厚生省を追求すべきなのです。役人が薬の価格を決定し、市場原理が働かないことこそ問題なのです。規制緩和どころではありません。エイズ薬害を引き起こした、ミドリ十字の社長こそ厚生省天下り官僚でした。

マスコミは官僚の情報操作にはやすやすと乗るのです。

マスコミの作り出す、「たくさん薬を出すのは、医師が儲けるためであり、悪徳医に違いない」などという、単純明快なバカ話を信じてはいけません。先進国で比べても、多数の薬が必要な場合が多いのです。

そんなでたらめが正しいのなら、薬の消費量が少ないほど健康寿命が長くなるはずですが、事実と相違するのです。
医師でもアメリカを引き合いに出し、批判すれば高級とでも勘違いしている連中もいますが、寿命はアメリカよりも、フランスよりも日本が長いのです。

役人はつねに医療費を規制しようとしています。いつも犠牲の羊が必要です。役人の裁量が強く、厳しい制限のあるイギリスでは、医療の改革が政治の争点です。規制が厳しいために、十分な医療が国民に行き渡らないのです。

ベータブロッカーは脈を減らし、カルシューム拮抗剤は脈を早くします。両者をうまく使えば副作用が減らせます。ACEIとARBを併用すれば寿命が延びるというデータが増えています。少量ずつ多種類の併用が理想です。血圧のコントロールがうまくいっているのなら、薬を減らす必要などありません。(最近は120以下が正常値となり、より厳密に下げるのが推奨されています。)

他の例をあげてみましょう。白血病の治療には4種類くらいの薬を併用します。一つの薬で闘おうというのは馬鹿です。種々の異なった作用点を攻撃し、腎臓などへの副作用を減らせるからです。

白血病の多剤併用は正義のためであり、高血圧に多剤併用を行えば「医者の金儲けのたくらみ」なのでしょうか。自分が考えつくことしか、相手の気持ちを思いやれないものです。こんな論理を叫ぶのは、叫ぶ人間の考え方のさもしさが反映されていると思います。マスコミの単純な論調など信用できません。

もちろん、種類が多くなると飲み方が複雑になるとか、忘れやすいなどは、理解力のない人間には問題です。私は、薬局の協力で複数の薬を一つの袋に入れるなどで対処しています。納得できなければ、医師に相談するのは良いことです。一つの薬で血圧が下がるなら、それは結構なことですが、逆の多種類が悪いということにはならないのです。これが科学的な考え方です。

あまりに単純な話は警戒すべきなのです。それらには、科学的根拠はないのです。何事にも責任を持たず、言いたい放題のマスコミを信じていては、自身の健康は守れないのです。お気軽健康テレビなど信じることはおろかです。

2000.07.01
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初級システムアドミニストレーター 河合 尚樹

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