日本のインフルエンザワクチン接種はなぜ痛くて腫れやすいのか


  

 

 

 

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以下に意見を述べます。

以前は保健所に対象者を多数集め、一括して予防接種していました。長年かかわってきたのですが、インフルエンザワクチン接種で腕が腫れた経験はありません。これはずいぶん以前にT大小児科元教授のK先生から受けた指導のおかげと思っています。

ところで、他の医院で接種して腕が腫れたり、痛いのが長引いたと聞くことが近年増えてきました。

医師からも、「時々腫れるので、どうしたら良いですか?」と相談を受けたことがあります。
このように回答しています。

歴史的になり、いつも長くなりすいません。 まず、予防接種法は昭和20年代に成立しました。
第一条
 ◆予防接種法◆(昭和二十三年法律第六十八号。以下「法」という。)に基いて行う予防接種の実施方法は、この規則の定めるところによる

(接種の方法)
第十七条
 インフルエンザの定期の予防接種は、インフルエンザHAワクチンを毎年度一回皮下に注射するものとし、接種量は、〇・五ミリリツトルとする。

平成17年にも改正されています。

私が重要だと思うのは、皮下注射です。他の種類の予防接種にも「皮下」は列挙されています。

昭和20年頃は、世界的にも皮下注射が一般的であり、法律は皮下注射と 定めてあります。当時は合理的でありました。 予防接種液の添付文書にも、いまだに規定されているのはそのためです。医師は添付文書に従わないと法的結果責任を問われます。

ところが、世界ではその後多くのstudyが行われ、皮下注射よりも筋肉内注射のほうが 注射局所反応は少ないことが立証されてしまいました。もちろん、他の副作用が 増えることもありません。論文も検索したことがあります。海外では筋肉注射が原則であるのが確立しています。(例外はあります、と書くのを忘れていました。)
世界的には、その結論が反映され、速やかに改定されて、 アメリカ(CDC)もWHOも現在筋肉内注射です。 以下にWHOのHibから転載します。

Where is it given?
Hib vaccine is given by intramuscular injection in the anterolateral aspect of the thigh (infants) or deltoid muscle (older children).It can be given at the same time as diphtheria, tetanus, pertussis (DTP), polio (OPV),and hepatitis B (HepB) vaccines without ill effect. If Hib vaccine is given on the same day as another vaccine, it should not be injected in the same limb. Ask your supervisor what the recommended injection site is foreach vaccine. What are the side effects of Hib vaccine? Hib vaccine has not been associated with serious side effects. However, redness,swelling, and pain may occur where the injection was given. Th ese usually start within one day after the immunization and last from one to three days.

ところが、厚生労働省の役人はこの程度のことで法改正などしてくれません。 面倒だからです。特に、国会に法律を再提出するのは大変です。過去に、小児科の大先生が言っても無駄だったようです。

いまだに、日本では法的には筋肉注射は違法であり、皮下注射すべきなのです。
「世界の常識が、日本の非常識」とはよくあることです。役人に世界の常識は通用しません。人が死にでもしない限り改めないのが役人です。

K元教授の言葉を引用します。 「法律違反はいけませんが、うっかり深く入りすぎて筋肉注射になってしまう ことはよくあります。大学でもそのように指導していました。」

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以上を、あるメーリングリストで公開しました。(わずかに改変)
いわば、天動説の皮下注射で信じて疑わなかった日本の医療界に、私が地動説を持ち込んでしまった感じです。

反論は覚悟の上でしたが、かなり強烈でした。

過去にも経験があります。8年ほど前に「マーガリンは有害だ。」と言ったとたん、総攻撃を受けたことです。良く似ています。日本の常識に反するからです。このときも、厚生省の栄養指導と真っ向から対立していました。狂人扱いにはなれました。それでも地球は廻るのです。

「偉い上司の先生から指導されたのと違っているのはなぜでしょう?」とか、「実験していたとき、皮下にしないと十分な効果が得られませんでした。本当にそれで良いのですか?」「筋肉注射だとすぐに吸収され、皮下なら長く局所にとどまるので、抗体のでき方に差があるはずではないですか?」「筋肉注射ならリンパや血流ですぐにうすまる。」等です。天動説に慣れているのです。

いまだに日本の大学や研修病院では、研修医等に皮下注射を指導している医師が大多数と思われます。法律に規定されているので違法ではありません。

これらは、科学的根拠もないので、無視していましたが、次の匿名の方からの批判は少しこたえました。

http://content.nejm.org/cgi/content/abstract/NEJMoa043555 はNew England J of Medicineという権威ある雑誌に載った論文ですが、皮下と筋肉内とを比較すると、筋肉内の方は2.5倍抗原(素人の方は抗原=ウイルスの量と考えて結構です)量が必要ですと言うものです。

細かい数字が例示されると説得力があります。
権威ある雑誌に反論できるほどの科学的データを、一開業医が提出できるでしょうか?河合医院危うし!震えながら、インターネットを検索してみました。
たった5分で、反論の論文は見つかりました。危機一発でした。

Wyatt KN, Ryan GJ, Sheerin KA.
Southern School of Pharmacy, Mercer University, Atlanta, GA 30341-4155, USA. ryan_gj@mercer.edu

OBJECTIVE: To evaluate the effectiveness and safety of reduced-dose trivalent inactivated influenza vaccine in adults. DATA SOURCES: A MEDLINE search was conducted (1966-May 2006) using the key search terms inactivated, trivalent, influenza vaccine, dose, and intradermal. DATA SYNTHESIS: Four recent studies evaluated the safety and effectiveness of reduced-dose, inactivated, trivalent influenza vaccine. Reduced doses had immunogenicity similar to that of standard dose vaccination in healthy individuals less than 60 years old. Intramuscular administration caused fewer local adverse effects compared with the other routes of administration. The differences in vaccine administration and dosing used in these studies limit the comparison of their results. CONCLUSIONS: The Centers for Disease Control and Prevention does not recommend vaccinating with reduced-dose influenza vaccine. If reduced-dose vaccination is to be employed during times of vaccine shortage, it should be administered only to healthy adults under the age of 60, and the intramuscular route is preferred.

アメリカの保健担当の、CDCも皮下の方が抗原量が少なくて済むと言う論文が散見されるのには気づいている。
そこで、調べてみた。
確かに、少なくても同じ効果がありそうである。しかし、ここでも筋肉注射の方が局所の副作用(腫れたり痛いということ)は少なかった。特別ワクチンの製造が不足して、どうしようもなければ、少ない抗原量を60歳以下健康な人には試してみても良いかもしれないが、そこまではっきりした根拠があるとも言えない。(ワクチン製造が十分量あるなら試す必要もないということ。)不足時でも副作用が少ない筋肉注射をCDCは選びたい。

まあ、これで科学的決着はつきました。反論は封じられたと思います。

さらに補足するなら、
インフルエンザワクチンは各国の流行情報とワクチンの効果がWHOのセンターに集められます。(東南アジアにあり、尾身茂氏が所長)新型ウイルスも送付され、保存・分析・分類されます。ここで、「A秋田型(例)はワクチンに含まれていたにもかかわらず、去年は結構流行した。」とか専門家によって分析されます。そして、世界の流行情報に照らして、「あなたの国では来年の流行はこのように予想されます。このウイルスをワクチン株として指定しました。一緒に送るこのウイルスを増殖させて、ワクチンを作ってください。抗原量はこれくらいとします。(A秋田は去年効果が悪かったので、より増やします)」等と勧告されるのです。各国はそれに従いワクチン製造を業者に委託します。

ところで、インフルエンザワクチン接種量はWHOは筋肉注射と定めています。つまり、筋肉注射で最適化された量が決定されるわけです。

たまに、「ある会社が製造したワクチンのA秋田型は抗原量が少なかったので、不合格。全量廃棄。」などで大騒ぎになることがあります。

したがって、「筋肉注射に最適化された抗原量では、皮下に注射すると抗原過剰になり反応が強く出すぎる。」という可能性さえあります。これはあくまで推論であり、科学的データはありませんが、私の主張はたぶん正しいでしょう。世界の常識に合致しますが、日本の非常識には合致しません。

現在、皮下注射に最適化されたインフルエンザワクチンは世界に存在しません。存在するのは筋肉注射用の製剤のみです。

腫れたとき・痛い時は厚生労働省を恨んでください。医師は法律で定められたとおりに注射しているに過ぎません。

結論
1.科学者の指摘にもかかわらず、厚生労働省はいまだにインフルエンザワクチン接種を皮下注射と定めている。(50年以上も昔の基準)
2.世界の常識は、筋肉注射である。日本は世界の例外である。
3.皮下注射の方が腫れたり、痛いのが増加するのも世界的に立証されている。
4.役人の不作為による怠慢である。
5.役人は国民の利益など何一つ考えない。保身のみである。人が死にでもしないと改定しないのが役人である。

本文終わり

補足

経験もないのですが、今話題の狂犬病ワクチンは皮下注射です。局所副作用率70%以上という記載さえあります。それも、3回以上接種です。抗体がきわめてできにくいので、副作用を犠牲にして注射部位を選ぶのでしょう。もちろん、命と引き換えです。

他国の、個別ワクチンの接種状況は、個人ではつかみにくいものです。アメリカの一般状況がよくわかる、短いマニュアルを見つけましたので、参考に載せておきます。予防接種の接種部位と方法に関して、 アメリカ小児科学会の勧告に基づく簡便なマニュアルです。改訂される可能性もあります。

http://www.cdphe.state.co.us/dc/immunization/immunmanual/sec09.pdf

9-14ページにまとめがあります。9-7にもあります。 一覧としてはこれが一番わかりやすいかと思います。英語が苦手でも一覧できます。絵を見るだけでも参考になります。短く簡便なので便利です。

このマニュアルによると、局所反応減少の目的で、一般的に行われる半分等に減量して注射するのは良くないと記載されています。アメリカ小児科学会の見解です。

CDCの下部組織としてACIPがあります。予防接種の専門集団です。投与ルートは厳しく定め、例外は一切認めません。針の長さも、年齢・体格等により厳しく定めています。頻繁に会合を持ち毎年のように改定しています。「何でも皮下」でほったらかしの厚生労働省とは雲泥の差です。ここにも良い一覧があります。table 1です。これも参照してください。ただし、図解は前者が優秀です。

http://wonder.cdc.gov/wonder/prevguid/p0000348/p0000348.asp#Table_1

インフルエンザワクチンの皮下注はやはり、Japanese local ruleだと思います。世界では通用しません。
もちろん個体差もありますので、WHO・CDC方式でも絶対に副作用が無いというものではありません。相対的なものです。河合医院は責任を取りません。

国民の利益・福祉と法律が矛盾するとき、そして役人どもが間違いかつでたらめなとき、どうすれば良いのでしょうか?どなたか教えてください。


2007.1.1
http://geocities.datacellar.net/kawaiclinic/
〒6050842 京都市東山区六波羅三盛町170 
河合 医院

初級システムアドミニストレーター 河合 尚樹

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