高血圧ガイドラインを深読みする


  

 

 

 


日本の高血圧ガイドライン、ヨーロッパの2003ESH-ESC、アメリカのJNC-7expressが、つい最近そろいました。  どれも120/80未満を正常とし、140/90以上は治療対象としているので、にかよったものです。対象に関して混乱は少ないでしょう。その中間は前高血圧などと呼ばれ、監視対象です。糖尿病があれば120から130以下にする必要があります。

アメリカは、誰がおこなってもほぼ同じになるよう、標準化に熱心です。最近発表されたALLHATという論文を特別重要視し、第一選択薬には利尿剤を強く推薦しています。これ以外は悪とまでもいいませんが、よほどの根拠を示さないと使えないような感じです。

アメリカでは、企業が医療界に進出し、営業的観点から経済的制限を執拗に求めています。無保険の人が異常に多い、世界でも特殊な医療環境です。さらに、保険に入っても、支払いには厳しい制限があり、医師の診察代などは保険から支払われますが、薬代は全額自分で払うというのも世界的に見て特殊な慣習です。(日本やフランスでは3割とかの負担。同じ値段なら、アメリカの薬代は3.3倍から10倍)ここからも、薬の値段にはきわめて強い圧力が患者にも医師にもかかっています。ここから、最も安い利尿剤を何とか推薦しようという圧力が常にあります。

日本でも医療経済の観点からアメリカを礼賛し、利尿剤をあまり用いない日本を批判する論調さえ見られます。何でもアメリカ経済を礼賛するどこかの経済新聞や、医師は金儲けの悪徳としか考えないA新聞などから日本医療は非難されかねません。

アメリカ人口の60%以上が肥満者であるというのも、世界では特殊です。

アメリカのガイドラインは、よく言えば治療の単純均一化、悪く言えば画一化で、利尿剤一辺倒です。

一方ヨーロッパのガイドラインは、冒頭にはっきり教育的に提示するものであると記載され、強制的では無いのです。考え方の例示が多く、示唆に富むものです。「ベストと思われる治療を強制する。」というのが少ない感じです。歴史を感じる思弁的・教育的です。マスコミ好きの単純な方法を押し付けたりしません。 1万件以上の論文にあたり、約350の引用論文を示しているのは両者似ています。

少し引用してみましょう。

140から160の間の血圧を平均12下げると、10年間で11人中の一人の死亡を防げるそうです。(JNC7)単に死亡率の調査でなく、実際の治療効果ですので、驚くべき数字です。悪性度の低い癌を治療しているような感じさえします。

逆にいえば、140以上あれば、10年以内に9%以上は死亡するということです。140よりもっと、120位まで下げたいというのが専門家の国際的合意です。

さらにJNC7では115/75から20/10血圧が上昇するごとに、心臓に関するリスクは倍々になっていくと述べられています。

アメリカの利尿剤一辺倒に対する、暗示的批判は随所に見られます。

「高リスクの患者にだけ薬物治療を制限することは、関係者に節約にはなっても患者にとっては最善とはいえない。120を越えると、合併症は連続的に増加する。(ESH-ESC)」

(患者の治療は5年程度の臨床試験では効果に差のない、)カリウムのわずかな変動、尿酸の変動などがより長期の現実の治療(ときに30年)においては、影響がある可能性があるとヨーロッパのガイドラインでは述べてあります。これは、アメリカのALLHAT偏重・利尿剤偏重の明確な批判と考えられます。アメリカと大きく異なっているのです。

また、別のページでは「第一選択薬の決定を強調するのは、(中略、)おそらく現代の趨勢からはずれているのではないだろうか。(ESH-ESCp30)」という記載は暗にアメリカを批判していると思われます。

2種類以上の薬を初めから使うというのは、両者で一致しています。

しかし日本の現実では、ほとんどおこなわれません。

アメリカのガイドラインJNC7には配合薬27種類65剤も記載されています。

日本でも以前は、痰を溶かす薬と気管支を広げる薬を一緒にした錠剤など多数ありました。しかし、新薬を高く売るためか、副作用が出たときの責任が厚生省にいくのを恐れたのか、厚生省はほとんどこれらの薬を駆逐してきました。

患者さんの利便性や医師の利便性など考えもしなかったのです。

このため、日本では錠剤には一種類の有効成分しか入っていないのが原則です。しかも、厚生省は薬使いすぎキャンペーンを行い、複数の種類の薬を出すと、医師の収入を削るという暴挙を現在も続けています。

マスコミのなんでも医師の金儲け批判も、厚生省を利す事により、患者さんの利便性、治療成績を妨げているのです。

たとえば、ベータブロッカーを使い血圧が下がらなかったとします。ペナルティーを避けるためには、同じくすりを徐々に増やして強くしないといけません。種類が増えてはいけないのです。

ところが、世界の趨勢は弱い薬を複数併用することです。ひとつの薬をたくさん使うと体に与える効果が強く、副作用も出やすくなるからです。ひとつでは効きにくい薬でも、他の薬と併用することにより、欠点を補い合って効果が増すばかりか、低容量では副作用はきわめて少なくなるからです。

このような、低容量の薬を併用するのは日本でも広く行われていたのですが、厚生省は制度上行えないよう妨害しているのです。

アメリカの薦める利尿剤は、単剤でも日本の4分の1くらいの濃度です。これなら、使ってみようかと私も思います。先ほどの配合剤ならもっと濃度の低いのさえあります。日本の濃度では低カリウムや糖尿病の悪化、痛風の誘発など、副作用が怖くて使う気になれないのも、日本でアメリカのガイドラインが通用しない理由の一つです。製薬会社に談判しても、安い薬を(低容量のため)さらに安い値段で売るために、巨額の再審査費用をまかなえないそうです。厚生省の利権・制度的欠陥のしわ寄せは、患者と医者に行くのです。

例外はあるとしても、多種類の薬の併用は病状の結果であり、数種の薬を増やしたからといって、医師の収入はほとんど増えません。むしろ、世界のガイドラインは、併用を薦めています。

あっけらかんと「最善の方法」を提示し、押し付けがましいアメリカのガイドライン。よく言えば思弁的・多眼的、悪く言えばずるい・融通無碍のヨーロッパ。「単純な正義・価値観」でイラクに戦争をしかけるブッシュ。単純な「善玉・悪玉」論で政治家や医師を断罪する朝日新聞・筑紫 哲也・久米 宏・立花 隆。

河合 医院はもちろん、融通無碍でしぶとくやらないと、多様な疾患や価値観の異なる病人に対応できないわけで・・・。現実は単純ではありません。

追記
JNC 7作成委員 Suzannne Oparil氏の証言
コストの問題が大きな影響を与えました。JNC7は米国立心肺血液研究所(NHLBI)がスポンサーであり、医療費抑制という国の姿勢に配慮する必要があったのです。サイアザイド系利尿剤の副作用である低K血症や新規糖尿病発症検査増加と治療の薬剤費の増加を考慮すると、利尿薬が低コストであるというメリットが帳消しになるかもしれません。今後コストに関する分析が必要です。とにかく結論を出す必要があったのです。

コメント
どこの国の役人も目先の財政しか眼中に無く、削減ばかり叫ぶものです。患者さんの本当の幸福・利益は眼中にありません。糖尿病から腎臓を悪くすれば、もっと金がかかるのですが・・・。人工腎臓(透析)で日本の医療費の約一割が消費尽くされているのです。透析の最大原因は糖尿病です。複数の視点から考慮しなくてはいけません。もちろんマスコミも近視眼、短絡的に断罪するものです。

2003.10.1
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河合 医院

初級システムアドミニストレーター 河合 尚樹

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