29-Mar-98 更新

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ブドウ日記  (98年 その2)



3月10日(火)

平日ではあるが、仕事もちょっと一段落ついたので、年度末を迎えてまだ2割も消化していない年休のなかから半日分を取り、ブドウ散歩に出かけた。自分の誕生日くらいはのんびり過ごしたいという理由もあって。

今日の行き先は、ヘシッシェ=ベルクシュトラーセ(Hessische Bergstrasse)地方。フランクフルトの南方、ダルムシュタット(Darmstadt:直訳すれば「腸の街」というすごい名前)から観光地として有名なハイデルベルク(Heidelberg)まで続く旧街道の、東側の山の西斜面の所々にブドウ畑が散らばり、途中の州の境界線の手前側(ヘッセン州側)がワイン法に定めるブドウ栽培地域としての「ヘシッシェ=ベルクシュトラーセ」である。境界の向こう側(バーデン=ヴュルテンベルク州)は「バーディッシェ=ベルクシュトラーセ」(Badische Bergstrasse)と呼ばれ、ワイン法上のブドウ栽培地域としてはバーデン(Baden)地方の一部である。途中にはヴァインハイム(Weinheim:直訳すれば「ワイン村」)という、そのものずばりの名前の街もある。ちなみに、「ベルクシュトラーセ」(Bergstrasse)は直訳すると「山の道」であるが、ここのは「山の上の道」ではなく「山沿いの道」である。今は「ベルクシュトラーセ」との名称は、街道のことではなく、この地域を指す名称として使われる。この辺りはドイツの中でも比較的温暖で、「春の訪れが早い」と言われる。今日敢えてここへ来てみた理由の一つでもある。

昨年5月1日の「ブドウ山大散歩大会」(Weinbergwanderung)でこの辺りを一通り歩いたので、それなりの土地勘はある。今日はヘッペンハイム(Heppenheim)の街に車を停めて、裏のブドウ山へ向かう。車窓からも、ブドウ畑の所々に「桜のような花」が咲いているのが目立つ。実はこの花、これまでずっと桜だと思っていたが、実は桃やアーモンド等も混じっていて、この時期(3月上旬)に咲いているのは桜ではないらしい。そういわれて近くで見ると、確かに花は大きいし、幹の皮の様子も見慣れた桜の木とは違う。それに、一部の木々では足元にいっぱい梅干しの種みたいな格好をしたものが落ちているところを見ると、少なくともこれらは桜ではないことは確かだ。いかにこれまで漫然としか見ていなかったかがばれてしまう。

ブドウの方は、10日前に見たラインガウより剪定やしつけの作業がずっと進行している。斜面の下の方の畑はほとんどしつけまで終わっていて、未剪定の畑は上の方で一部見かけるだけだ。平日ということもあってか、畑作業をする人影も一際濃い。前回、ラインガウでは枝のしつけ方としては「Γ字」型と「への字」型が対等に普及していると書いたが、ここベルクシュトラーセでは「への字」型が圧倒的に多いようだ。

実はもう一つ、違いを感じることがある。ラインガウでは、斜面の畑の垣根は、縦に(すなわち最大傾斜線の方向に)作ることが多いが、ここベルクシュトラーセでは横に(最大傾斜線に垂直の向きに)作られている畑も少なくない。視覚による大雑把な比率としては、ラインガウでは9割方が「縦」なのに対して、ベルクシュトラーセでは「半々」といったところか。なおこの地方の主力栽培品種はリースリングであるが、ヴァイサーブルグンダーやミュラートゥルガウも結構多い。もちろんぼくには、樹を見ただけでは区別がつくはずもない。

ブドウから話が逸れるが、この後近くのシュパルゲル(Spargel:アスパラガス)畑の様子を見に行った。ドイツの人達がこよなく愛する初夏の風味である白アスパラガスは欧州全土で栽培される(他の季節にはアフリカからも来る)が、このダルムシュタット周辺は一際有名な産地らしい。この収穫風景もまた面白い。機会があったら紹介したい。(今度こそ、デジカメかスキャナーが必須だなぁ。)


3月21日(土)

先日(3月1日)ラウエンタールの州営醸造所の畑で「ちょっと変わった剪定方法」に気が付いて新たな興味が沸いてきたので、今日は隣村のキートリッヒ(Kiedrich)へ。目的は目下ラインガウで評判最高のロバート=ヴァイル(Robert Weil)醸造所の畑の剪定具合の見物である。

どうやって畑の所有者を見分けるかって?? 特別なカンバンでも無い限り、普通ぼくには見分けはつかないが、ここの場合は比較的簡単だ。述べ11ha程あるグレーフェンベルク畑のうちの約9haがこの醸造所の所有だという(97年9月13日の項を参照)から、この畑の中は大部分がヴァイル醸造所の畑だと思えばよい。

ではどうやって、どの部分が「グレーフェンベルク畑」かを見分けるかと言うと、これは「The Concise Atras of German Wines」という、ブドウ観光ガイドみたいな本(英語)の畑の地図で分かる。ついでながら、この本のことを我が家では単に「ブドウ地図」と呼んでいて、ブドウ観光の際の必携の「虎の巻」である。もう一つついでに言うと、この本を買ったのは東京大井町の「小西屋商店」という酒屋さんで、ここのご主人の安藤隆紹さん(実は面識はない)はアムプロージ博士による「銘醸ドイツワインの故郷」という一種の醸造所ガイドみたいな著書を、日本語にて翻訳出版されている。勿論この本もまた、我が家の大事な「虎の巻」の一つである。

さて、同じ醸造所が所有するブドウ畑内の垣根の作りかた(杭・針金の高さや間隔等)は統一が取れているのが普通であるが、ここグレーフェンベルク畑のそれは、11ha中9haをヴァイル醸造所一社が所有しているという割には随分バラエティに富んでいる。これにはそれなりの訳があって....後者の「虎の巻」(日本語翻訳は89年の出版)ではヴァイル醸造所のこの畑の所有分は3haに過ぎなかったとのことだから、この10年程で随分買い足したことになる。一方、ブドウの樹というのは植えてから7〜8年たってようやく一人前の若木(?)となり、その後数十年は活躍するものらしいから、10年やそこらで植え替えられる範囲というのは限られている。かくして、今はヴァイル醸造所の所有であっても、ブドウの樹や垣根の杭は以前の所有者によって植えられ・作られたものが、まだまだ健在なわけだ。

ついでにもっと細かいことを書くと、この界隈では一纏りの区画(垣根の形態やブドウの樹の年齢が揃っている)の両端の杭に、青と黄色の2色のペンキでマークされた物をしばしば見かける。ぼくは勝手に、これはヴァイル醸造所の畑の目印ではないかと思っている。何となれば、グレーフェンベルク畑の中ではこのマークが最も優勢だからだ。他には紫色のペンキのマークや黄色いビニールを被せた目印なんかもちょくちょく見かけ、それぞれ別の所有者の目印であることは想像に難くない。地方によっては、明らかに所有者が解るような標識を打ちつけてあるのも見かけるが、ラインガウでは少ない。

さてこのように垣根の様子はバラエティーに富んでいるが、枝の剪定は至ってシンプルで、昨年の新枝を1本だけ、70〜80cm程の長さに残す方法で完全に統一されているようだ。更に垣根へのしつけ方だが、今日見て作業が済んでいたところはすべて「への字」型であった。もっともこちらは、しつけ済みの部分はまだ一部だったので、結論つけるにはちょっと早い。それともう一つ、これは「目下評判最高の」ということの先入観にも影響されているかもしれないが、ヴァイル醸造所の畑と思しき区画は、どこも一段と丁寧に手入れされているような印象を受けた。

なお、これまた昨年9月のところで書いたが、昨年までぼくはこの醸造所の最近の名声のことを良く知らず、殆ど飲んでいなかった。「最近はここが評判No.1なんだよ!」との話を聞いて買おうと思った時には、96年物も殆ど売り切れてしまっていた。今年こそは出遅れないようにせねば、と張り切っているところだ。


3月22日(日)

連日であるが、今日もまたブドウ散歩に出かける。今日の行き先は超有名中の超有名、シュタインベルク(Steinberg)畑だ。昨日のキートリッヒの西隣に位置する35haの畑は、100%州営醸造所の所有である。ここはまた、石垣で囲まれていること、その石垣に沿って植えたブドウからは一段と高品質のワインが採れることなど、巷の書物でもいろいろ記述に事欠かない。ここも毎年2〜3回はぶらぶら散歩に訪れてはいたが、今回は昨日と同様「剪定方法」見物が目的だ。

さてその結論であるが、ここでもまたラウエンタールで見たのと同じように(同じ州営醸造所の所有だから当たり前と言えば当たり前だが)、従来の「昨年の新枝を1〜2本ヒョロっと残す」剪定方法に加え、「古い枝を長めに残し、昨年の新枝は短いのを10本かそこら、プチプチと残す」剪定方法も取り入れられている。但し、ここではラウエンタールのように狭い区画の中にいろんな剪定方法が入り乱れることはなく、一つの区画の中の剪定方法は揃っており、その大半は「ヒョロっと長く、『への字』型」である。

実はこの畑、いつも入り口の近くをちょっと散歩するだけだったが、今日は初めて、ぐる〜っとほぼ一周した。結構な傾斜地にあるので、なかなかいい運動になる。上部から見る景色もまた、なかなか優れものだ。(入り口は比較的下の方にあるので、上まで行ったのは初めて。)

ラインガウでのブドウ散歩が習慣化して久しいが、土・日に連続して来たのは初めてかもしれない。以前は土日のどちらかは仕事でツブれることも多かったし、ツブれなかったときは大抵どこかへ遠出をした。今はちょっと訳あって、遠出ができない。仕事の方は....決してヒマになってはいないが、通信インフラ発達のおかげ(?)で、そこそこの仕事は家でも出来るようになった。そういう仕事をなるべく週末に回すようにしているので、週末の出社は随分と減った。....おっとっと、この辺は「駐在員の独り言」の方の話題でしたね。


3月29日(日)

素晴らしい好天のもと、しばらく訪れていなかったプファルツ(Pfalz)地方へ向かう。「剪定」の見物が第一の目的で、「ザウマーゲン」(Saumagen)を食らうことが第二の目的である。折角の好天なのだから他にもやることがありそうなものだが、こうなると一種の意地である。

プファルツと言ってもいささか範囲が広いが、行くのはほとんどいつもダイデスハイム(Deidesheim)やフォルスト(Forst)の街とその周辺である。前にも書いたが、ともすればガブ飲み用ワインを多く産するこの地方において、抜きんでた品質のワインを産出する一流の畑や醸造所のほとんどは、この2つの街(村?)と、その北隣のヴァッヘンハイム(Wachenheim)に集中している。もっとも今日は、まずは腹ごしらえ(遅めの昼食)のため、バート=デュルクハイム(Bad Duerkheim)の北数キロの村、カールシュタット(Kallstadt)へ立ち寄った。

なぜこの村かと言うと....この村に属するブドウ畑に、この地方の名物である「ザウマーゲン」をそのまま名前に冠する畑があるからだ。別に著名な畑でもなんでもないが、食べる方の「ザウマーゲン」が一際お気に入りの我が家にとっては、この名前がなんとなく魅惑的に響くのだ。昼食は、その名もずばり「ザウマーゲン・ケラー」(Saumagen Keller)という名の飲み屋兼食堂みたいな所で、当然のごとく「ザウマーゲン」を食べ、「ザウマーゲン」畑のワインを飲む。食後の酔い冷ましは「ザウマーゲン」を冠するブドウ畑の散歩で、行ってみると「ザウマーゲン・ルート」なる散歩コースの標識まで立っている。

<<< 補足 >>>
「ザウマーゲン」については、前にも何処かで書いたような気がしていたが、見当たらないので簡単に説明しておこう。直訳すると「雌ブタの胃」という結構おぞましい名前であるが、事実ブタの胃袋を使う食べものだ。ブタの胃袋に、挽肉、タマネギのミジン切り、サイコロ状に切ったジャガイモ、香辛料などを詰めた、一種のソーセージのようなものである。元の塊は直径10センチ、長さ20〜30センチ位のものらしい(あまり原形を見た記憶がない)が、これを厚さ1センチくらいに切って、単にフライパンで焼いて食べる。なんとも素朴な、肥沃な農業地帯の雰囲気がプンプンと漂う食べ物である。お察しの通り決して上品な食べ物ではないが、あまりに名物なので、この地方のレストランでは少々上品な店でも必ず置いている。一軒だけ、フレンチっぽい飯を食べさせる店のメニューに、これが載っていないのを見た記憶がある位だ。(当然、そういう店は縁が無いので入らなかった。)

さて本来の第一目的に戻る。プファルツのブドウの樹の新枝の剪定は、ほとんどが、ヒョロっと1本新枝を残して「への字」型にくくりつけるタイプで、「逆さL字」は全く見かけない。この他、古い幹を長く残して、短い新枝を多数残す剪定方法の所も、ごく一部で見かける。また、これは「剪定」の話ではないが、畑の垣根の間に植えるものが結構いろいろあるのが目に付く。ある所では菜の花が植わっていてボチボチ花が咲いているかと思えば、別の畑ではマメ類の植物が植わっていたり、また別の所では菜っ葉みたいなのが植わっていたりする。きっと、畑の立地(土質や、地下水の状態)や、ブドウの樹の状態等を鑑みて選んでいるのであろう。ちなみに、いつも行くラウエンタールの州営醸造所の畑では、普段は芝生みたいに見える草が生えているだけで、それ以外のものと言うと、春にタンポポが満開になるくらいだ。もっとも、ラインガウでも他の畑では、菜っ葉みたいなのや、麦類の植物が植わっているのを見たことはある。

こうして、フォルストの村の裏のブドウ畑(「ウンゲホイヤー」(Ungeheuer)や「イェズイッテンガルテン」(Jesuitengarten)等の著名畑がここにある)をぶらぶらしているうちに、教会の鐘が7つ打った。まだまだ日が高く、つい先日は6時半には暗くなったのがウソのようだが、実はこれにはワケがある。今日3月29日未明から夏時間に移行したのだ。だから、時計は7時を指している(きちんと夏時間に合わせ直してあればの話だが)が、太陽は昨日までの6時の位置にあるのだから、まだ明るいのは当然だ。これからますます日が長くなり、薄明るいベランダでビールでも飲みながらの夕食が気持ちよい季節となる。
(補足: 過労気味の駐在員の我が家においては、22時以前の夕食は希であるが、6月〜7月はそれでもまだ真っ暗にはならない。)

実は今日、ブドウ散歩へ向かう前に、気になるシュパルゲル(Spargel:アスパラガスのこと)畑の様子も見に行ったのだが、まだまだ「準備中」の様相であった。また時間のあるときに報告したい。





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