24-May-98
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ドイツのベビーカー事情 (24-May-98)
この前の水曜日、新車を買った。それもかなりの高級車である。
と言っても、自動車のことではなく、ベビーカーの話。話はそれるが、いつから「ベビーカー」という言い方が一般的になったのだろうか。ぼくの場合どうしても「乳母車」という言葉が先に出て来るが、今回いろいろ目にした「出産・育児のHow to本」のどこにも乳母車という表現は見当たらない。そもそも、普通の人の世界からは「乳母」なる存在自体が消えて久しいのだから、今更「乳母車」と言わないのも道理ではある。
話を本題に戻そう。実はちょっと前に同僚駐在員がお古のベビーカーを残していってくれたので、敢えて買い替えるかどうか随分迷ったのだが....その「お古」、なんでも我が家で6代目になろうかという相当の年期物で、あちこちスリ切れているほか、開閉機構にもちょっとした故障があって片手での開閉が出来なくなってしまっていたこともあり、結局買い替えることにした。....と言うのは一種のタテマエであって、実は「ドイツ風ベビーカー」を、ドイツにいるうちに経験してみたかったという動機のほうが決定要因となったのかもしれない。
どんな所が「ドイツ風」なのかって?
とにかく、デカいのだ。いや、巨大だと言ってもよかろう。実物の写真をお見せしたいところだが、買ったばかりのベビーカーを写したフィルムは、まだ途中までしか使っていなくてカメラの中にある。よって、とりあえずはパンフレットに出ている類似のものの写真でもご覧いただこう。
ん、そんなに巨大でもないって? いやいや、一緒に写っている女性は当地のモデルであるからして、その身長は180cmほどはあるのが普通だとお断りしておこう。
と、このように書くと、まるでぼくが「ドイツと日本のベビーカーの違い」を以前から認識していたかのようだが、実はその違いに気が付いたのは最近のことである。なぜなら、「ベビーカー」というもの自体、つい最近まで我が家には縁が無かったからだ。いよいよ出産が迫り、日本の「How to本」を見ては買い物の準備などしている中で初めて、日本では「がっしりしていて大き目のA型」と「小さくで軽いB型」があることなどを知った。
同僚駐在員家庭では、日本製のベビーカーを持ってきている人達も結構いるとは聞いていたが、こちらで売っているわけでもなし、「日本製を買う」という発想は無かった。後で、ちょっと後悔するのだが。
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話は前後するが、ここでちょっと当地のベビーカーの概要に触れておこう。当地でのベビーカー類は、下の3種類に大別される。(日本でも似たようなものだろうが。)
@ Kinderwagen
直訳すると「子供車」である。新生児を寝かせたまま運ぶ為の、立派な「桶」が付いている。しかしながらこの「桶」、ドイツの標準的な大きさの子供の場合6ヶ月くらいまでしか使えない。いくらなんでもそれでは困るので、この「桶」の部分を取り外して、「座席」に交換するようになっているのが殆どである。上の写真もこの分類のものであり、3種類の中ではもっとも大柄である。このタイプでも、座席にした状態になると次の「Sportwagen」と呼ばれる。
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A Sportwagen
どうやら「座席」になったベビーカーの総称らしい。どう訳しても「スポーツ車」であるが、どの辺がスポーティーなのかぼくには分からない。とにかく、そういう分類になっている。背もたれを倒して真っ平らに出来るものは新生児から使用可で、日本の「A型」に近いイメージのようである。一般に@よりは小柄であるが、日本の感覚から言うと十分デカい。
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B Buggy
いわゆる「バギー」。日本のそれと同様、小さく折りたたむことのできるやつを指すが、日本のに比べると圧倒的に頑丈に出来ていて、これまた十分重い。
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しつこく「デカい、デカい」と書いたが、日頃目にするのはこれらドイツ式(というか、ヨーロッパ式)のベビーカーばかりだったので、「まあ、こんなものか」と思っていた。つい先日までは....
我が家が「新車」を買ったその日の夕方、同僚駐在員の一人が家族共々帰国の日であったので空港まで見送りに行った。そこで見たものは....何と「日本製」ベビーカーのオンパレード。日本では「大きくて不便なこともある」と言われる「A型」も含め、何とコンパクトに出来ていて、かつ軽そうなこと!
承知の上で「ヨーロッパ式」を買ったばかりであったが、あまりの違いに愕然として、ちょっぴり後悔し始めた。とは言え、今更返品も出来ないし、「日本製」が簡単に手に入る訳でもないので、これより「何とか、自分の判断が正しかった」との結論に持って行こうと努力することにしよう。
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視点をちょっと変えてみる。なぜ、日本のベビーカーはかくも小柄で軽いのか?
それは、「そうでなくては肩身が狭い」というか、もっと言えば「そもそも、ベビーカーそのものが社会で邪険にされている」からではないかと思う。分かりやすい例が公共交通機関。だいたい、ベビーカーを広げたまま乗ったりしたら大目玉ですよね?(少なくともぼくの記憶によると。)それに、電車のホームに辿り着くのにだって、大抵は階段の昇り降りが付きまとう。エスカレータなんて一部にしかないし、あっても「ベビーカーは畳んでお乗り下さい」ではなかったか。また、街を歩いていても、都会では方々に歩道橋や地下道が。これらの障害物を何とか避けたとしても、ガードレールで仕切られた狭い歩道の真ん中には電柱があったり、自転車が所狭しと停められていたり。
そんなこんなで日本では、ベビーカーはとにかく小柄で小回りが利き、お母さん達が左手で子供を抱えて右手でベビーカーを持って階段の昇り降りができるくらい軽いことが要求される。上の写真みたいな巨大なベビーカーは、こういう社会では受け入れられない。それになにより、都会の庶民が普通に暮らす団地やアパートでは、そもそもこんな大きなものを置くスペースがない。
ここドイツの街のシステムは、そのあたりが随分違う。近距離・中距離電車、地下鉄、市電、バスなんかには、ベビーカーのまま乗り込むのが当たり前になっている。市電やバス等、入り口に段差のある乗り物は多いが、一人で乗り降りしようとしている人が居れば、近くの人が手助けする習慣が確立している。ホントに誰も居ない時は、バスや市電の場合は運転手が手助けしてくれるそうな。(まだそういう景色に遭遇したことはないが。)
街では、歩道橋というものをほとんど見かけない。そもそも、都心の商店街なんかは車を締め出してホコ天にしているところが多い。車道と交わる場合も、歩行者にわざわざ階段を昇り降りさせたりはせず、信号になっているか、あるいは信号もなく、車の方はひたすら歩行者が途切れるのをじーっと待つしかないようになっている。どうしても交通量の多い道路が街中を突っ切るような場合は、時に地下道になっていたりするが、かなりの確率でエスカレータが付いている。近郊電車や地下鉄の駅でも、都心部ではほとんどの駅に昇り下り両方のエスカレーターがついている。
....と言うわけで、ベビーカーを畳んで持ち歩かねばならないような状況は、日常生活では滅多にないことになっている。これを折り畳むのは、もっぱら自家用車に積み込む時くらいだろう。こんな状況だから、「軽薄短小」なんていう単語とは全く縁もないような「長大重厚ベビーカー」が主流となっている。少なくともベビーカーの乗客たる赤ん坊にとっては、「長大重厚」の方が乗り心地が良くて快適なことは言うまでもないので。但し....エレベータの無い建物の地上階以外に住んでいる人にとっては、家から玄関の外までの出入りがちょっと大変だ。そして、困ったことに我が家はそのケースに該当している。
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このように、「家から玄関の外までの出入り」の問題は残るが、その他の面では「ヨーロッパ型巨大ベビーカー」の方が、少なくとも当地で生活する分には利点が多そうだ。いや、買ってしまったからには、ムリヤリにでも(!)そう結論付けることにする。
さて、このドイツ式というかヨーロッパ式ベビーカー、大きさと重さの他にもいくつか違いがあることに気が付いた。
一番面白いと思ったのは、「車輪の向きが固定式」になっていることだ。大昔の日本の「乳母車」もこんな構造ではなかったかと思うが、ちょっと記憶に自信がない。他方、今日の日本のベビーカーは、雑誌やHow To本の写真で見る限り、4輪全部(もしくは少なくとも前の2輪)が、クルクル回って向きを変えやすいようになっている。
当地のベビーカーの場合、バギーや小型のSportwagenでは車輪の向きが変るようになっているが、「桶付き」のような大型ベビーカーでは、ほぼ例外なく車輪は固定式である。では、どうやって進行方向を変えるかというと....これは至極単純。柄を押し下げるが持ち上げるかして、前後どちらかの車輪を浮かせて、車の向きを変える。
この様に書くと使い勝手が悪そうに思われるかもしれないが、やってみるとこれが全く問題なし。片手で簡単に、何の苦もなく自由に操れる。なお、街で見ていると大抵の人達は「柄を押し下げて」、すなわち前輪を持ち上げて方向転換しているようだが、我々のこの3日間の経験では、「柄を持ち上げて」、すなわち後輪を浮かせる方が、より力も要らず、積み荷(即ち、赤ん坊)への衝撃も少なそうだ。
この「固定式車輪」、その不便さを帳消しににしてなお余りあるメリットを実感した。一番顕著なのが石畳みの道である。車輪の直径が小さい上に向きが自由にクルクル回るタイプでは、石畳のデコボコに車輪を取られ、実に操作性が悪いし、中に乗っている赤ん坊にとっても乗り心地が悪そうだ。もうひとつは、横方向に傾斜の付いた道での使い勝手。例えば、歩道に面して車の出入り口があって、そこがスロープになっているような場合。「自在式」のベビーカーは勝手に低い方を向いて行くので、力を加えて「軌道修正」する必要がある。その点、「固定式」の場合は何もしなくてもよい。意識的に方向転換しない限り、直進してくれる。先週まで例の「お古」を少し使っていて、これが「自在式」だったので、この使い勝手の違いは身を持って経験した。
ただ、これが日本で普通にあるような狭い通路のスーパーの中だとか、歩道に一杯障害物のあるような場合だと、逆に非常に使い勝手が悪くなる。反面、日本では「石畳」なんて、滅多に無い。....ということで、日本のベビーカーもヨーロッパのベビーカーも、それぞれの環境に順応して進化したものと言えよう。
この他にももう少しいろいろ書きたいことが無いでもないが、今日はいい時間になってしまったので、この辺で一旦UPしよう。続きはまたのお楽しみ。(実を言うと、いつ続きを書くことができるか自信がないのでUPしてしまおう、と言うのがホンネである。)
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