講義ダイジェスト

 私は、1999年秋から2年間の予定で、ハーバード大学ケネディスクール(John F. Kennedy School of Government)にて行政学を学んでいます。以下では、これまでに受講した科目の内容を簡単に紹介いたします。

※科目名は正確な和訳ではありません。科目名の右の番号は科目番号です。

 
 2001年春学期

コーポレート・ファイナンス (API-142)
先学期に引き続いて取ったファイナンスの授業。先学期の授業が理論中心だったのに対して、この授業は、企業価値の評価や資金調達の方法など、投資家や企業経営者が実際に直面する課題に即して、理論と制度的な知識を同時に学んでゆく。経営コンサルティングや投資銀行への就職を希望する学生にとっては、事実上の必須科目のようで、ケネディスクールのなかでも一番大きな教室がいつもあふれるほどの人気がある。しかし教授は先学期のファイナンスの教授に比べると教え方がはるかに下手で、あまり知的な刺激をかき立てられない。

地方財政学 (STM-410)
財政自治が進んでいるアメリカでは、財務管理は自治体経営の基本である。講義の前半では、資金調達手法の一つとしての課税を扱い、どのような支出にはどのような税源が望ましいかを理論的に考察する。その後、講義の残り半分以上は、地方債の発行による資金調達にあてられ、コーポレート・ファイナンスで学ぶのとほぼ同じような金融市場の知識を学んでいく。先生は投資銀行で行政向けの金融コンサルティングをしている実務家で、知的でユーモアに富んだ授業はたいへん面白い。アメリカの自治体経営には、企業の経営者なみの金融知識とセンスが必要だということを実感した。地方交付税制度などの<制度>を学ぶのに終始する日本の地方財政学とは大違いである。

インフラ整備論 (BGP-256)
先進国・途上国を問わず、民営化や規制緩和によって、インフラ整備に対して民間資本や民間企業が果たす役割が世界的に高まりつつある。この授業では、インフラ整備への民間参加にともなう諸課題をケースメソッドで学んでゆく。講義は大きく民営化・ファイナンス・規制の3つに分けられる。民営化のセクションでは、ラテンアメリカ各国の水道事業の民営化を事例に、民営化にまつわる技術的・政治的な障壁を学ぶ。ファイナンスのセクションでは、イギリスの発電所建設プロジェクトなどを事例に、リスク分析等いわゆるプロジェクト・ファイナンスの基礎を学ぶ。規制のセクションでは、ニュージーランドの電力規制緩和などを事例に、市場支配力を持つ公益企業を規制するための経済理論や金融理論を学ぶ。公益企業の民営化や規制緩和が進む日本でも非常に重要になってくるテーマであり、大変興味深い内容だが、何人もの教授が入れ替わり立ち替わり教えるので、内容にムラやばらつきがあってストレスを感じる。

中国語 (Chinese Bb)
先学期に引き続き取った中国語の授業。先学期とはうって変わって急に高度になり、若くて物覚えの早い学部の学生たちについていくのが精一杯になってしまった。中国語には、ラテン系言語のような複雑な文法が存在しないので、はじめは取っつきやすいものの、言い回しにルールというものがほとんどないので、細かなニュアンスの表現まで習熟するのは外国人には難しいのではないだろうか。この点は日本語と同じかもしれない。

 

 
 2000年秋学期

ファイナンス (API-141)
金融理論に関する最も基本的な授業。先学期に取った交通政策の授業で、基盤投資の評価のためにはファイナンスの知識が欠かせないと感じたので取ることにした。CAPMやオプションプライシングなど、投資や金融市場の理解に必要な基本的な理論を学ぶ。先生はケネディスクールでも随一の分かりやすい授業をすることで有名な先生で、うわさに違わず大変素晴らしい授業だった。単に説明が分かりやすいだけでなく、教材から宿題、試験問題までが見事に組み立てられており、未知の分野の科目であるにも関わらず、大船に乗ったような安心感があった。

不動産開発 (HUT-265)
デベロッパーの視点から不動産開発の実務全般を学ぶ授業。主な焦点は資金面からのフィージビリティー分析で、ROTAなどの重要な指標やキャッシュフロー分析のやり方を学ぶほか、税制等の制度的な知識も多少勉強する。最後はグループに分かれてケネディスクールの対岸の空き地の開発案を提案するというグループワークもあり、実にもりだくさんな内容。先生はビジネススクール卒の実務家で、MITやビジネススクール等他校からの聴講生も多く、他のケネディスクールの授業に比べるとかなり異色な科目であった。

不動産開発の法律問題 (MIT11.340J/15.658J)
MITの不動産研究センター(Center for Real Estate)の必修科目の一つ。上記「不動産開発」と併せて聴講すると役に立つのではないかと思って取ったが、上記の「不動産開発」が、不動産開発の<さわり>を教える授業だとすれば、こちらは本当に実務で役立つ知識を教える授業で、あまりに専門的過ぎて中盤からほとんど授業についていけなくなった。3つあるレポートを人の手を借りてなんとか書き上げるのが精一杯だった。

計画法と環境法 (GSD5206/HUT-263)
デザインスクールで教える法律の授業。先生は今年から教えることになった新しい先生で、デザインスクールの卒業生であり、最近ハーバード・ロースクールで法律の学位も取ったという人。現在は、マサチューセッツ州環境保護庁に勤務している。授業は、判例を読み進めてゆくオーソドックスなロースクール式の授業。計画法(ゾーニングなど)と環境法(NEPA、CAAなど)の二つの分野を1つの学期で教えるので、授業の内容はそんなに深くない。しかし、このような授業は、まさに自分がアメリカで学びたかった分野であり、大変ためになった。

中国語 (Chinese Ba)
今学期は、専門科目とは別に、長らく勉強したいと思っていた中国語を取ることにした。ハーバード・カレッジ(学部)の授業で、学部の1年生たちに混じって学ぶ。中国語を英語で学ぶなんてまどろっこしいとも思ったが、逆に英語を介して学ぶことで、言葉や語法のニュアンスの面で中国語と日本語がいかに似通っているかを実感することができ、とても面白い体験だった(例えば、"What do you have in your house?"と「あなたの家には何がありますか?」の構文の違い)。英語と日本語のニュアンスの違いに苦労してきたこれまでの10数年間をまるで追体験するかのようであった。

 

 
 2000年春学期

環境経済学 (ENR-201)
アメリカ滞在中に環境政策に少しは詳しくなりたいと思って取った授業。環境経済学は、学問上はミクロ経済学の応用だが、扱うテーマは深遠で興味深い。先生は地球温暖化対策(特に排出権取引)の専門家で、ハーバードに来る前は有力環境保護団体のスタッフエコノミストだったという人。とはいえ、環境保護対策に関する分析はきわめて冷静かつシニカル。ハーバードの学部(undergraduate)と共通の科目なので、若い学部生がたくさん来ているが、ハーバードの学部生は皆まじめで物静かである。良くも悪くも口やかましいケネディスクールの学生とは大違いである。

交通政策・交通計画論 (HUT-251)
私のアドバイザーの先生が教える授業。実際は交通経済学の授業である。需要予測、料金設定、基盤投資、民営化などのトピックについて、政策立案に用いられる経済理論とその限界をケース・メソッドで学んでいく。ケースを使う授業では先生の力量の差がはっきり出るが、この先生の場合、料金やコストの数字を黒板に並べて、なんでこんな分析が必要なんだろうと思うような細かな議論を学生にさせ、その意味がようやく分かりかけてきたところで最後にあざやかに結論に結びつけるので、毎回感心させられた。

民営化論 (BGP-257m) (春学期前半のみ)
民営化といってもPFIのような基盤投資の民営化ではなく、行政効率化のための「行政サービスの民営化」を学ぶ授業である。日本のいわゆる「独立行政法人」化のお手本の一つであるアメリカの取り組みを学ぶのは面白いと思って受講した。民営の消防署、民営の刑務所、公園の清掃をユニークなしくみで民営化したブエノスアイレスのケースなど、興味深い事例をいろいろ扱う。ただし先生はあまり熱意がなく、授業は学生のしゃべりたい放題になっている感じがした。

意志決定論 (API-301)
人間の意志決定のプロセスを科学的に分析するという授業。迷惑施設の立地など実際の政策課題を題材に、リスク選好や錯誤など、意志決定に影響を与えるさまざまな要素を学んでゆく。後半では、ゲーム理論等を使って集団の意志決定メカニズムの分析も行う。ミッドキャリア・コースのおじさん・おばさん学生が多く、彼らに合わせるため、授業の内容はかなり初歩的。紙を配って実際に意志決定の実験をしたり、さながら大学の市民教養講座のようであった。ただし、宿題やグループワーク等、負担は大きいので気が抜けない。

成長管理政策 (GSD5400-07) (春学期後半のみ)
ハーバード・デザインスクールのセミナー(少人数によるディスカッション形式の授業)で、いまアメリカ都市計画界で最もホットなテーマである"Smart Growth"(都市成長管理政策)について、その歴史的背景や各地での取り組みを学ぶ。先生はニューヨークの地域計画協会(RPA)のディレクターで、ニューヨーク近辺のみならず、全米各地の事例をよく知っている。小レポートが4つあり、日本やオレゴンの政策についてまとまった文章を書く良い機会となった。
 

 1999年秋学期

ミクロ経済学 (API-101A)
ミクロ経済学の基礎を学ぶ授業。一般のミクロ経済学の授業と比べると、厚生経済学や「市場の失敗」など、政策に関係する側面を比較的詳しく教えている気がした。微積分を使うコースを選択したので、効用最大化問題などで昔大学で習った「ラグランンジュの未定定数法」が出てきて懐かしかった。先生はケネディスクールでは新人の若い男の先生で、練習問題の不手際などで学生にさんざん文句を言われ、改善しようとあれこれ努力しているところが健気だった。最後の授業では拍手で送り出されていた。

マクロ経済学 (API-121)
ミクロ経済と並行してマクロの授業も取った。人気のある女性の先生の授業で、内容のバランス、説明のわかりやすさ、練習問題の質など、すべての点で素晴らしかった。特に、財政政策で日本を取り上げ、為替政策でEUを取り上げるなど、話題がアメリカに偏らない工夫をしていたのは好感が持てたし、学生からの質問にも、重要と思うものは黒板を使ってていねいに説明するかと思うと、細かい質問は「それは授業後に」とバッサリ切り捨てるなど、見ていて気持ちよかった。

都市政治学 (HUT-201)
秋学期に唯一取った自分の専門分野の授業。都市政治学という学問は日本ではあまりなじみがないが、アメリカで都市政策や都市計画を学ぶ際にはもっとも基本となる科目の一つである。大学でオレゴン州の成長管理政策のことを勉強して、政治学的分析の必要性を痛感していたため、この授業にはかなり期待していたのだが、残念ながら授業構成があまり秩序だっておらず、また先生の言い回しが難しくてよく理解できなかったので、学んだ成果はあまりなかった。都市政治学はできればもう一度チャレンジしたい。

非営利セクター論 (NPS-100)
NPO(非営利組織)について根本から学ぼうと思い、奮起して取った授業。期待に違わず、たいへん奥深くためになる授業だった。アメリカの非営利セクターの過去と現在を、あらゆる角度から分析してゆく。授業はディスカッションが中心で、自分は英語力のなさからほとんど参加できなかったが、先生のリードがうまいので実に深遠な会話が交わされる(ように聞こえる)。リーディングの量も半端でなく、しかも実際のNPOを各自が一つ選んで取材をし、レポート作成&発表しなければならないので大変だったが、それでも受講して良かったと思った。
 

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