生涯学習と市民参加のまちづくり

東京大学大西研究室 村上威夫
補筆:株式会社地域まちづくり研究所 伊藤光造

はじめに

 掛川市が昭和54年に生涯学習都市宣言をしてから、すでに16年が経過した。この間にわが国の都市計画をめぐる様相も変化し、これまでの行政主導、上意下達型の都市計画の一方で、都市計画の分野でも「まちづくり」という言葉が一般化してきた。
 そもそもまちづくりとは何か。「まちづくり」には、物理的環境の改善という意味での従来の都市整備に加え、福祉政策や産業振興などソフト面も含めた計画づくりという点での「総合性」と、地域の住民が地域のために行うという点での「地域性」という二つの重要な意味が込められている。
 折しも掛川市では、生涯学習の目的として「まちづくりと人づくり」を掲げている。いわゆる一般的な意味での「生涯学習」が、学校教育・社会教育の延長線上で、主として「人づくり」の面のみを目指すのに対して、掛川市のユニークな点は、それを単なる人づくりに終わらせず、生涯学習を、自分のまちを住みやすくしてゆく「まちづくり」に結び付けている点である。「生涯学習まちづくり土地条例」のような、一風変わった名前の条例が作られたのも、そのような趣旨があってのことである。
 本論では、この「まちづくり」の観点から、掛川市の生涯学習への数々の取り組みを検証してみる。またそこで感じられた問題点を整理することで、今後一層の市民参加型まちづくりを進めるための方策について何らかの提言を行いたいと思う。

1.生涯学習とまちづくり 〜これまでの施策を検証する〜

 一口に都市計画・都市整備分野におけるまちづくり活動といっても、その内容は、都市の将来像をイメージすることから、具体的な整備事業の実施に至るまで、実に幅広い。ここではまず、そのようなまちづくりの分野をその性格によって5つに分類し、それぞれの分野に当てはまる市のこれまでの施策を整理してみることにする。

(1) まちづくりのコンセプト立案と市民への浸透

 「どんな都市をつくるのか」「何のためにまちづくりをするのか」考えるのがまちづくりのコンセプトを立てる作業である。掛川市が昭和54年の生涯学習都市宣言以来、ユニークな施策を進めることができたのは、一つには市長の強力な主導のもと、このコンセプトづくりに十分な力が注がれてきたからであろう。
1)市長レポート、市長の「寸感千字」、市民対話集会
掛川市では、市長による市広報への精力的な連載や市民対話集会によって、市長や行政の考え方が頻繁に市民へ提示されている。

2)市長の著書、シンポジウム等の開催
数多くのシンポジウムの開催や、市長のさまざまな著書を通して、掛川市のイメージや政策は対外的にもPRされている。

3)数々のキーワード
ユニークな数々のキーワードで市の政策がうまく表現されており、市職員や市民の意識昂揚につながっている。

(2) シンボルプロジェクトへの市民の参加

 掛川市ではここ十年足らずの間に、新幹線駅の開業(昭和63年)、東名インター開設(平成5年)、掛川城天守閣復元(平成6年)など、数々の大規模事業を成功させてきた。これらの事業は、まちづくりを進めるうえでの全市をあげてのシンボルプロジェクトとして位置づけることができる。これらのシンボルプロジェクトでは、個々の事業の推進は行政のリードによってきたものの、募金運動などを通して市民も関与している。
1)新幹線掛川駅の開業
昭和63年3月開業。新駅建設にあたっての地元負担分は、超過課税でまかなうか、市民の自発的な募金に期待するかで当初議論が分かれたが、結局「一戸10万円、一社100万円」を目標に募金で集めることになり、市民から10億円、地元企業から19億円もの募金が寄せられた。

2)掛川城天守閣の復元 天守閣
全国初の本格木造復元で、平成6年4月開門。こちらも総建設費10億円を、地元篤志家の5億円の寄付と市民募金の4億6千万円でまかなった。

3)フヨウ・ムクゲ百万本植栽運動 フヨウの花
「緑化は絶対善である」という考えのもとに、昭和63年より全市生涯学習公園化計画を実施。その一環として、生涯学習のシンボルフラワーであるフヨウやムクゲを全市に百万本植栽しようという運動を、市民を巻き込んで推進している。市民の間に生涯学習運動を浸透させる教育的効果もある。

(3) 地域学習とリーダー育成・仲間づくり

 以上の二つの分野では、行政や市長によるトップダウン型の施策が目立ったが、それに対する草の根的な生涯学習が、この地域学習やリーダー育成・仲間づくりである。これらは、市民に対する啓蒙・教育運動であり、従来型の生涯学習といえるが、ここでも掛川市の特色となっているのは、「とはなにか学舎」の例に見るように、その「人づくり」の成果をそれだけにとどめず、「まちづくり」にも結び付けようという意図が込められている点である。
1)とはなにか学舎(地球掛川学研究所)
本年度開講された単位制の生涯学習講座で、地域学習を通して生涯学習のリーダーを育成することを目的とする。一学年36名の受講生に限定した、密度の高いカリキュラム。

2)年輪の集い
成人式の以後も自分の人生を振り返り、死ぬまで成長するよう心がける機会として、昭和55年より開催されている。それぞれの世代における地域の関わりを触発する契機となっている。各年代とも30%程度の出席率がある。

3)女性会議
昭和56年から行われている連合婦人会の活動を引き継ぎ、平成2年に発足。女性の視点を市政に反映させるために、教育委員会の委嘱を受けた女性の会議員による会議を毎年定期的に開催するというもの。女性が地方自治を学習し、市政に提言する機会であるとともに、女性リーダー育成の場ともなっている。

4)生物循環パビリオン
新市庁舎とともに「新行政ゾーン」を構成する屎尿処理場を、生物循環を学ぶ生涯学習の場として活用するという、逆転の発想。見学希望者が募集人員を上回るほどの人気がある。

(4) 近隣レベルの環境改善運動

 (3)による草の根からの市民参加を、目に見えるまちづくり活動として具体化させたのが、近隣レベル(自治区など)の住環境改善運動である。これらは、具体的な環境整備事業に結びつくことが多いので、この分野の生涯学習も、独自の施策によるのではなく、もっぱら区画整理や土地改良といった事業を通して進められていると見るべきである。その中での唯一の例外は、「土地所有と土地利用についての生涯学習の推進」をうたった土地条例であろう。
1)土地条例 グラフ
土地条例(生涯学習まちづくり土地条例)は、バブル期の地上げ懸念を直接的なきっかけとして平成3年に策定された。その詳しい内容についてはキャラバンの別の報告で触れるが、住民の合意プロセスを重視し、合意に基づいて立てられる「まちづくり計画」を地域の土地利用コントロールの手段として活用しているところに特色がある。そのため、住民同士の話し合いの場である集会・勉強会は頻繁に行われており、市職員が立ち会うものだけでも82回(平成6年度)にも及ぶ。

(5) 地域・全市レベルのまちづくりシステム

 最後に取り上げるのは、近隣レベルを超えた地域(旧村、小学校区など)や全市レベルのまちづくりである。前述の(1)(2)が、どちらかというと行政主導のトップダウン型、(3)(4)が逆に住民主導の草の根型であったのに対して、この地域レベルのまちづくりとは、その中間の性格を持ち、両者を結び付けるものとして位置づけることができる。
 掛川市では、全市レベルと自治区レベルの中間層に位置する旧村単位(小学校区とほぼ一致)のまとまりを活用することで、三層建ての生涯学習システムを構築し、この分野に取り組もうとしている。
1)三層建ての生涯学習施設ネットワーク 三層建ての図
掛川市では、昭和58年の中央生涯学習センターの完成にあわせて、三層建ての生涯学習施設ネットワークを築き上げてきた。すなわち、全市を対象とした中央施設群、その下に小学校区を単位とした学施設群、さらに自治会を単位とした自治区施設群の三層構造である。特に、地域生涯学習センターなど、中間層の学区施設群を充実させてきたところが掛川市の特色である。

2)市民総代会システムと自治区の集会・勉強会
生涯学習施設ネットワークを三層建てシステムのハード面だとすると、そのソフト面を担っているのがこの市民総代会システムと、それを支える自治区の活動である。市民総代会システムとは、市の担当者と市民の直接対話を通して、市政への市民の意見の反映させるためのシステムとして、昭和54年度より実施されている施策である。その核となっているのは、毎年春に開催される全市レベルの「中央集会」と、秋に開催される学区レベルの「地区集会」であり、上で述べたハード面での三層ネットワークを基盤とした活動である。

2.市民参加まちづくりの基盤としての三層建てシステム

 前章では市民参加まちづくりの観点から、主として市の生涯学習施策を整理してきたが、この章ではその最後に述べた地域・全市レベルのまちづくりを含む、掛川市独自の三層建ての生涯学習システムに着目したい。
 今回のキャラバンを通して筆者は、三層システムの基層に当たる自治区の勉強会と、第二層に当たる市民総代会の地区集会という、二つの集会の様子を見学する機会を得た。ここでは、その印象を中心に、この三層建てシステムが実際にはどう機能しているかを考察する。

(1) 自治区レベルの活動 〜集会・勉強会〜

位置図

勉強会の中のやりとりの一例

住民A 西山地区は50年前の耕地整理で環境が改善した。今回のこと(道路計画)も同じようなチャンスと考えて有効に活かしたい。
住民B そのためには、何を改善すべきか考えるため、まず土地利用の現状把握が必要だ。
市職員 現状把握を含め地域の課題を抽出する手法にワークショップというのがある。これは住民が集まって、白地図の上に地域の課題をどんどん書き出してゆくというものだ。
議員 課題を地図に落とせば地区住民全員の意見を整理できる。これは他の地区でもやった手法だ。
住民C それはよい。道路の話など地図上で考えれば分かりやすいだろう。西山地区の白地図を市役所で用意してもらうことは可能か。
市職員 可能だ。
議員 このことも含め、(土地条例の)促進区域に指定されれば市の支援を得やすくなる。とりあえず促進区域になってみて、うまくゆかなければその時(協定区域指定を)あきらめればよい。まずは促進区域を目指してはどうか。
 掛川市には現在140の自治区(いわゆる自治会)がある。それぞれの自治区は10〜20戸をひとまとまりとした組(隣保組)にさらに分けることもできるが、掛川市の場合、やはりこの自治区が住民組織の基層として重要な役割を果たしている。
 筆者が訪問したのは、市西部に位置する西山地区という自治区である。西山地区は、市境の丘陵部に程近い静かな集落であるが、第二東名の建設に伴って、掛川西環状線(通称インター通り線)が、ちょうど地区の中央を東西に分断する形で計画された。これを機に、地域の将来を考える会が住民自らによって結成され、これまでに三回の勉強会が行れたという経緯を持つ。今回四回目の勉強会は、渇水問題などでやや間が空いての開催とのことだった。
 これまでの議論の流れから、地区では土地条例の手続きの導入を検討することになっていた。今回の勉強会では、本当に土地条例の促進区域(協定区域の候補地)指定を目指すかどうかについて、集まった各組の代表同士で議論を交わすという、非常に重要な局面を迎えていたが、住民代表の積極的なリードと、市職員のポイントを押さえた説明、それに加えて市議会議員の助言で、議論はスムーズに進み、約二時間強の勉強会の終わり頃には、促進地域区域を目指すという方向でおおむねコンセンサスができあがったように感じた。さすがにこのようにトントン拍子で議論が進むのは稀なようで、職員の方の話によると「今回は出来すぎ」とのことであるが、やはり掛川市の生涯学習運動の底力を見せつけられたような気がする。
 筆者が興味深く感じたのは、その後の市職員の方の話で、今回のように話がうまくまとまりそうな地域でも、決してこの先行政のほうから協定推進のために働きかけたりはしない、と聞いたときである。あくまで住民の発意によるまちづくりを尊重し、行政はその手助けをするに過ぎない、またその立場を崩さないほうが結局より遠くまで到達できるのだ、という市の姿勢が感じられた。

(2) 学区レベルの活動 〜市民総代会の地区集会〜

位置図

地区集会の中の市長の発言の一例

 各自治区から道路整備の要望が相次ぎ(○○線の整備計画を伺いたい、○○線の拡幅を願いたい、等)、市幹部職員がそれぞれの要望に対する市の取り組みを説明したのを受けて――

市長 今の土木課の発言を少し弁護することになるのですが、市では4年前から3億円の資金を使って、百万円以下の小さな要望についてはその場で対処するよう努めているのですが、いかんせん要望が多すぎて対応が追いついていないというのが現状です。
 昔の農村では、貧しくて屋根一つ葺き替えるのも大変だったものです。雨漏りするようになった、そろそろ屋根を葺き替えにゃならん、しかし金がない、どうしよう、なんていうのを「漏る漏る3年葺く葺く3年、親父の決心でもう3年」などと言いまして(笑)、都合10年くらいかかっていたものです。
 掛川市はいまでもあまり豊かでないものですから(笑)、しかも住民の生活は広範囲に渡ってきて要望はどんどん増えてきているので、対処にどうしても時間がかかってしまうわけなのです。

 掛川市はもともと16の町村が合併してできたまちであり、現在でもこの旧村単位のまとまりは、生活圏、小学校区などの面で市民生活に影響を及ぼしている。市民総代会システムの地区集会は、この小学校区を基本的な単位として、17の会場で毎年開催されている。
 筆者が見学したのは、このうち桜木小学校を中心とした桜木地区と呼ばれる地区の地区集会である。桜木地区は、市街地の西側に位置し、宅地造成などを通して次第に市街化が進みつつある地区であり、8つの自治区から構成されている。
 桜木地区は今年度第一回目の地区集会開催地とのことだったが、さすがに過去16年の蓄積があるだけあって、実にそつなく議事は進行した。開会とともに、まず地元住民代表の挨拶、議員などオブザーバーの挨拶があり、続いて市長による市政全般に関する話題提供が約20分あった。ここまではプログラム通りである。ところが、それに続く120分の討議では、プログラムに記された福祉、安全、女性、戦争と平和など市政の重要課題についての議論は行われず、もっぱら地元の用意した別紙の要望書に基づいて、道路拡幅や河川改修などの要望を各自治区の代表者が順番に発表し、それに対して担当課の職員が対応策を説明するするという、陳情集会のようなものになってしまった。
 若干の救いは、自治区の要望と職員の答弁の間に市長が必ずひとこと発言し、投げかけられた個別の要望を、全市的な問題点に置き換えて、市政全体とのつながりについてユーモアを交えた解説がなされた点である。もし市長の発言によるワンクッションがなければ、集会の雰囲気はもっと緊迫したものになっていたかもしれない。
 無論、各自治区の代表者である地区集会の参加者にとって、市長を含む市の幹部が一同に会する地区集会の場は、地元の要望を市にアピールするまたとないチャンスであり、討議が陳情に傾きがちであるのはやむを得ないといえる。しかし、今回のように討議のすべてが地元の要望で終わってしまったケースはやはり珍しいそうだ。通常の地区集会では、討議全体の7割くらいが要望に使われ、残りの3割くらいで全市的なテーマについて話し合うことが多いとのことであった。

(3) 全市レベルの活動 〜中央集会〜

集会の様子  前述のように中央集会は例年四月に開催されるため、今回のキャラバンに当たっては残念ながら見学することはできなかった。
市職員の方の話では、中央集会では地区集会に較べると全市的なテーマについて議論されることが多く、個別の自治区の要望などは出されないとのことだった。しかし中央集会はやはりトップダウン型で、住民への浸透性に欠ける面があり、トップダウンとボトムアップの両方の側面を持つ地区集会の存在なくしては、十分に機能しないものと思われる。

3.市民参加まちづくりのさらなる発展を目指して

 最後に、これまでの議論や、市職員の方へのヒアリングを通して感じた印象などをもとに、掛川市が今後市民参加まちづくりを深化してゆくための方策について、いくつかの提言を行いたい。

(1) 市民ひとりひとりが地域の将来を考える

 掛川市は、自治区の高い組織率にも見られるように、良い意味での農村社会的伝統が残っており、都会では考えられないような密度の濃い近隣活動が行われている。また、親、子、孫と代々同じ土地に住み続けることが珍しくなく、目先の利益だけにとらわれない、長期的視点に立った活動を行うことが可能である。
 掛川市の生涯学習施策のねらいも、そのような市民ひとりひとりの意識の昂揚にあるわけだが、このことはまちづくりの観点からも強調してしすぎることはない。特に、バブル期に押し寄せた外部資本による開発の波がひとまず去り、地元市民による主体的なまちづくりが求められている現在、バブル期のような在来環境消去型まちづくりを、住民自らの手によって再び繰り返してしまう愚は避けなければならない。
 その場に住み続ける者のみ持ちうる本来的な視点、深慮遠望により、より質の高い環境づくりを目指してゆくことがまちづくりの根幹である。このためには、生涯学習システムのなかで、掛川の良さ、掛川のライフスタイルなどまちづくりの基本となる部分について認識をより深め、市民ひとりひとりが自らの地域の将来について深く考えをめぐらす場を増やしてゆかなければならない。「とはなにか学舎」のような密度の高い地域学習や、市民総代会システムのいっそうの活用が求められる。

(2) 地域レベル・全市レベルの土地利用ビジョンを市民が共有する

 前述のように、市では土地条例の今後の運用にあたって、協定をこれまでのように具体的な事業とリンクさせることにはこだわらず、近隣住民自らの発案による土地利用計画としての性格をむしろ強めてゆきたいと考えている。そしてゆくゆくは、協定区域の網の目を全市にくまなくかけることで(全市土地条例化)、地域や全市レベルの土地利用計画と結び付けてゆきたいとの意向であった。
 土地条例制定の当初の目的の一つであった土地投機の防止、あるいは無秩序な開発の抑制という目的が一応達成された現在、市は地区の望ましい土地利用のあり方を追求するという、土地条例の本来的な方向性を模索しているところであり、全市土地利用計画に向けた草の根からの第一歩として土地条例を位置づけるという市の方針は評価できる。
 しかしながら、個々の協定の積み重ねが、そのまま地域・全市レベルの土地利用計画に結びつくわけではなく、近隣環境単位ごとの計画相互の調整や、上位計画との整合性を考慮しなければならない。そのため、市民参加による土地利用計画の策定も、それが近隣レベルにとどまるのであれば片手落ちであり、地域レベル、全市レベルの土地利用計画への参加も促進されなければならないだろう。
 このことは突き詰めれば、市民の間で市や地域の土地利用についてのビジョンを共有する必要があることを意味する。ビジョンの共有とは、用途指定をどうするかとか、道路をどう配置するかといった具体的な計画について住民のコンセンサスを得るということのみならず、都市として、あるいは地域としてその土地の将来がどうあるべきか、どんな都市像を目指すのかについて、その地域の住民が共通のイメージを共有することを指す。イメージの共有が達成されてこそ、さまざまなレベルの土地利用計画のスムーズな連携が可能になるのである。

(3) 三層建てシステムの有効利用

 市民参加のまちづくりを考えるにあたって、やはり掛川市の最大の強みといえるのは、市が生涯学習施策の中で築き上げてきた、三層建ての生涯学習システムの存在だろう。特に、基礎住民組織である自治区と市全域の中間に学区・旧村単位のまとまりを設けて、地域生涯学習センター、地区集会等、ハード・ソフト両面からのバックアップを行っている点はきわめてユニークである。
 (2)で述べた土地利用のビジョンの共有にあたっても、この三層建てシステムを活用することが考えられる。すなわち、近隣レベル、地域レベル、全市レベルのそれぞれの土地利用計画策定を、それぞれのレベルの三層建てシステムと連動させて考えてゆくのである。段階的な計画プロセスを踏むことによって、下からと上からの計画相互の整合性が保てることだろう。
 しかしながら、今回地区集会を見学させてもらった印象からは、地区集会が必ずしも本来の機能を果たしていないような感じを受けた。つまり、本来、地域全体の課題について話し合ったり、全市にわたる課題について地域としての意志を表明する場であるはずの地区集会が、各自治区ごとにバラバラな要望を述べ合うだけの場になってしまっていると感じた。
 掛川市では、道路改修など、地域ごとの細かな要望に答えるため、平成四年度から「地域環境整備総合事業」を導入し、予算100万円程度で済む要望であればその場で対処するなど、地区集会をいわゆる「どぶ板要望」の陳情の場に終わらせぬような努力している。しかし理想と現実のギャップはなかなか埋まらないようである。

(4) 市民参加まちづくりのための新たな方法論

 それでは掛川市に市民参加まちづくりがまだ根付いていないのかというと、決してそうではない。西山地区の住民勉強会に見たように、近隣レベルでは市民参加の確固とした基盤がある。問題は、いかにそれを地域レベル、全市レベルまで持ち上げてゆくかである。
 近隣レベルのまちづくりでは、計画が具体的かつ事業直結型ですぐさま自らの生活に影響を及ぼすものであるため、住民はその立案に積極的に関わってくるのに対し、地域や全市レベルといったより広域の計画はとかく抽象的になりがちで、また事業との結びつきも間接的であることが多くなる。このため、地域・全市レベルのまちづくりには、近隣レベルとは異なる方法論が必要になってくる。
 具体的にいえば、広域の土地利用計画を近隣レベルのそれとリンクさせることで、議論を具体的にし、市民に当事者意識を持たせる努力が必要である。また、全くの白紙から広域の土地利用計画を立案するのはノウハウを持たない市民にとっては負担であるので、行政や専門家の手助けも必要となってこよう。それには例えば、行政または専門家(ドイツでは議員の例もある)が地域の土地利用ビジョンについていくつかの代替案を作成し、それに対する市民のリアクションから土地利用計画を定めてゆくといった方法が考えられる。その代替案のなかに近隣ごとの計画の内容も盛り込み、その整合性をはかってゆくことで、市民の関心も高まってくるだろう。

総合計画への市民の参加を呼びかけるビデオ(米ロサンゼルス市)

長期計画についてのアンケート付きパンフレット(米ポートランド市)

(5) 都市計画マスタープランの策定を通して

 平成四年の都市計画法の改正によって、「市町村の都市計画に関する基本的な方針」、いわゆる都市計画マスタープラン制度が創設された。これは市町村に対して、自らの都市の土地利用に関するビジョンを定めることを義務づけるものであり、国や都道府県ではなく住民に最も近い立場にある市町村が定めるものである点、またその決定にあたって住民の意見を反映させることが強調されている点の二点で注目されている。掛川市でもその策定作業を本年度より開始しており、数年中にはこのマスタープランが策定される見通しである。
 この都市計画マスタープランの考え方は、筆者がこの章で述べてきた市民参加まちづくりによる土地利用のビジョンづくりと非常に近いものがある。特に建設省通達ではその計画項目を、全市レベルを対象とした「全体構想」と、地域ごとの計画である「地域別構想」に分けているが、これは掛川市の三層建てシステムにそのままマッチする。
 しかしながら、ヒアリングで受けた印象からは、市担当課の都市計画マスタープランへの考え方はやや消極的であった。すなわち、都市計画区域外など計画策定がさほど強く求められていない地域については、都市計画マスタープランであまり細かい計画を立てることはせず、土地条例などその他のツールで対処してゆきたいとの意向だった。
 確かに、都市計画区域外や用途指定外の地域を多く持ち、土地利用計画を考えるにあたって「都市」と「農村」の両方の側面を考えなければならない掛川市のような地方都市では、都市計画マスタープランが十分に機能するかはまだ不明であり、同制度がむしろ足枷になりかねないという懸念もある。また、土地条例が国土利用計画との結びつきを強調しているように、国土利用計画の市町村計画や、市町村の建設に関する基本構想など、その他の法定総合計画との関係にも配慮する必要がある。
 とはいえ、都市計画マスタープラン制度の創設はやはりタイムリーであり、自治体に都市計画の原案作成の権限が付与された点で画期的である。確かに消極的に考えればプラスになりにくい面も予想されようが、自治体の取り組み方、同制度のしくみの活用の仕方によっては大きな効果を持つ可能性もある。マスタープラン策定へ向けて基本的なしくみがすでに整っている掛川市では、ここで述べたような提案を試す試金石としてこれを積極的に活用し、市民参加まちづくり推進の好機会として位置づけることが妥当と思われる。

掛川市の小学校区分図(地区集会の区分)

三層建てシステムと計画づくり

都市計画マスタープランと土地条例を組み合わせる

おわりに

 今回のキャラバンを通して最も印象的だったのは、良質地域課をはじめとする市職員の方々の市政に対する熱意だった。西山地区の勉強会では、夜の10時過ぎまで続いた住民同士の話し合いに職員の方が最後まで立ち会われ、翌日の地区集会では朝早くから会場の小学校で準備に追われていた。また、我々キャラバン隊を現地に案内していただき、我々のさまざまな質問にも丁寧に答えていただいた。
 このような熱意を持った職員の方々が、最大限に努力して現在の数々の生涯学習施策が進められているわけで、我々が端的な印象のみで提言めいたものを発表するのはおこがましい限りであるが、今回の発表が掛川市のこれからにとって何らかの形で役立てば幸いである。

掛川市のまちづくりをめぐるダイアグラム


本稿は、1995年11月18日に静岡県掛川市で開催された都市計画家協会大会中の、キャラバン隊報告において筆者が発表したレポートを、なるべくそのままの形でhtmlフォーマットに直したものである。

26 February, 1997 / Takeo Murakami
 
 
 
 
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