(「地域開発」1998年10月号pp.19-25掲載)
特集・地域開発の新展開 ポートランド・メトロの発展と広域計画 村上威夫 |
本稿では、アメリカ・オレゴン州のポートランド都市圏における広域計画策定の取り組みを紹介する。ポートランドでは、去る1997年12月に、都市圏の包括的な広域計画であるフレームワーク計画が策定されたが、これは、都市圏全体をカバーする広域行政機関であるメトロによる1992年以来5年越しの計画策定プロジェクト「リージョン2040」の成果であり、その策定経緯はそのまま広域計画機関としてのメトロの発展の経緯でもある。
複数の自治体がバラバラに都市計画を行っていることの多いアメリカ大都市圏において、地域住民の合意と自治体の協力の下に自発的に広域計画機関を発展させ広域計画を策定したポートランドのような事例は珍しく、その経緯を追うことは我が国の今後の地域計画のあり方を考える上での一助になると思われる。
以下では、まずメトロのあらましを紹介し、幾つかのステップを踏んで進められてきたリージョン2040の経緯を順を追って説明する。最後に、メトロの広域計画策定をめぐる若干の考察も行いたい。なお、本稿中の考察に係る記述は筆者の個人的な見解である。
ポートランドの位置するオレゴン州は、アメリカ北西部の太平洋岸に位置する自然の豊かな州であり、その豊かな自然資源を開発から保護するため、全米でも有数の厳格な土地利用計画制度を1973年に導入したことで知られる。
ポートランド都市圏は、同州の北西部、肥沃な農業地帯を流れるウィラメット川がワシントン川に合流する地点に位置し、古くから材木の積出港として栄えてきた。近年ではインテルなどのハイテク産業の工場が立地し、またスポーツ用品メーカーの「ナイキ」の本社があることでも知られる。都市圏人口は約103万人(1990年)で、そのうち40%強を中心自治体であるポートランド市が占める。
メトロは、このポートランド都市圏の3カウンティ・24市の行政区域にまたがる広域行政サービス・計画機関であり(図−1)、公選制の首長と議会、それに独自の憲章を持つ独立した地方政府である。このような形の地方政府は全米で唯一のものである。ポートランド都市圏には、かつて廃棄物処理や水供給などの広域サービス機能を担うため設置されたメトロ・サービス地区(MSD)と、連邦政府の要求で各地に設置された都市圏計画機関(MPO)の一つであるコロンビア地域政府連合(CRAG)という二つの広域行政機関があったが、両者が1979年に統合されてできたのがメトロである。
メトロの行政機能には、大まかに言って、MSDから引き継いだ広域サービスに関するものと、CRAGから引き継いだ広域計画に関するものとがあるが、ここでは特に広域計画に関する分野で、メトロがどのような役割を担っているかを見てゆく。
まず、広域計画のうち交通計画の分野については、メトロはその前身のCRAGから都市圏交通計画の策定及び連邦補助金の配分の権限を引き継ぐとともに、交通計画の策定を支援するための需要予測などのデータ分析技術についても蓄積があった。
しかし、土地利用計画の分野については、従来から市やカウンティにその権限が与えられていたこともあり、メトロの権限は弱く、当初メトロが担ったのは、都市圏の土地利用に関する非拘束的な計画であるRUGGO(後述)の策定と、ポートランド都市圏についてのUGB(都市成長境界線;Urban
Growth Boundary)の設定のみである。UGBは都市地域・都市化可能地域と農村地域を区分する我が国の線引き制度に似た制度であるが、これはいわば土地利用計画の「外枠」を決めるだけのものであり、広域計画としての機能は十分ではなかった。
広域計画に関するメトロの権限を大きく拡大する可能性をもたらしたのが、1992年の都市圏住民の直接投票によるメトロ憲章(Metro
Charter)の制定である。従来、メトロの権限はオレゴン州法により授権された範囲内に限られ、その権限を拡大するためには州議会の合意が必要であったが、いわゆるホームルール憲章(home-rule
charter)と呼ばれるこの憲章の制定により、メトロは「都市圏に及ぶ事項(matters
of metropolitan concern)」についての包括的な自治権を与えられた。
とりわけ広域計画機能については位置づけが強化され、憲章においてメトロの第一の任務と規定されるとともに、今後50年以上先を見通した地域の将来像である「将来ビジョン(Future
Vision)」を1995年7月までに、将来ビジョン実現に向けて地域の成長を望ましい方向へ誘導するための包括的な広域計画である「フレームワーク計画(Regional
Framework Plan)」を1997年12月までに策定することがそれぞれ義務づけられた。
メトロの広域計画機能の強化を求める声は、一つには前節で述べたメトロ憲章の制定という形で結実したが、一方、メトロ内部においても、これを受けて本格的な広域計画の策定に向けた取り組みが開始された。これが、1992年に開始された長期計画策定プロジェクト「リージョン2040(Region
2040)」である。その直接の成果は、1994年に策定された成長コンセプトであるが、この"2040"という名称は、メトロ憲章の制定を踏まえてその後引き続き策定に着手したフレームワーク計画等の策定プロセスも含めて、1992年以来の5年越しの計画策定プロセス全体を指す通称として使われている。
包括的な広域計画であるフレームワーク計画の策定までの間、メトロはこの"2040"プロセスを通じて、科学的な分析と広範な住民参加に基づいて慎重に計画内容の深化を図り、より詳細かつ具体的な計画を段階的に策定していった。以下では、"2040"プロセスの前提となったRUGGOの策定を含め、この期間に策定された重要な計画について順を追って解説する。
1991年9月に策定されたRUGGO(Regional Urban Growth Goals and Objectives; 広域の都市成長のゴールと目標)は、地域の土地利用に関する基本的な方針を定めたもので、州法によりその策定がメトロに義務づけられている。策定当初のRUGGOは、広域計画策定に当たっての住民参加や政府間調整等の手続を詳細に規定している一方、実際の計画内容については分野別の目標を簡単な文章で示してあるに過ぎず、広域計画そのものというよりは、広域計画策定の手続を規定した文書であるといえる。近年のメトロの計画権限の拡大に伴い、既存の市やカウンティとの間の権限調整の手続を整備する必要が生じたが、RUGGOはこれに対応したものであり、その後のメトロの広域計画策定ための基盤となっている。
1994年12月に策定された成長コンセプト(Growth
Concept)は、リージョン2040の直接の成果物であり、"2040"プロセス全体の中でも特に重要な計画の一つである。この計画では、今後50年間の地域の将来像が初めて即地的に――つまり計画図によって示された。示されたのはあくまで将来「像」であって、この計画あるいは計画図が直接に市・カウンティや住民の活動に影響を及ぼすわけではないが、同計画はその先策定されることになる都市成長管理計画などの拘束力を有する計画の規範となるものであり、極めて重要である。このため、成長コンセプトの策定に当たっては、詳細なモデル分析が行われるとともに、アンケートやワークショップなどの広範な住民参加機会が与えられ、住民のコンセンサス作りに力が注がれた(図−2)。
なお、成長コンセプト自体は法定の計画ではないが、その成果はRUGGOの改正によりその一部として組み込まれた。
1996年11月に策定された都市成長管理計画(Urban
Growth Management Functional Plan; 都市成長管理部門別計画)は、"2040"プロセスの中で策定された計画のうち、市・カウンティに対して拘束力を有する初めての計画であり、成長コンセプトと並んで重要なものである。都市成長管理計画の目的は、実際の地域の成長パターンを成長コンセプトに示された将来像に近いものに誘導してゆくため、市・カウンティの総合計画やゾーニングを変更させることである。そのため、各市・カウンティが達成すべき目標として、各々の住戸・雇用の供給目標値等を具体的に定めている(表−1)。
この計画は、メトロ憲章制定後、地域の人口が急激に増加し続け、成長管理が緊急の課題とされたことから、フレームワーク計画の策定に先立ち、その一部を構成するものとして前倒しで策定されることとなったものである。
1997年12月に策定されたフレームワーク計画(Regional
Framework Plan; 広域フレームワーク計画)は、RUGGO、成長コンセプト、都市成長管理計画など、メトロのこれまでの広域計画を集大成した包括的な計画であり、土地利用、交通、公園緑地、水資源、自然災害などの広範な分野をカバーしたものとなっている。同計画は、メトロ憲章に基づく法定計画であり、メトロの今後の政策立案の指針となるとともに、幾つかの分野については市・カウンティを直接拘束する具体的な目標を定めている。
同計画の策定をもって、延べ5年以上に及んだメトロの広域計画策定の取り組みは一応のピリオドを打った。今後は、都市成長管理計画等(及びそれらを内包するフレームワーク計画)に基づいて各市・カウンティが各々の総合計画やゾーニングを見直すことになる。現在メトロは、その見直し作業のためのマニュアルを作成するなどして、特に中小自治体の支援に取り組むとともに、計画の達成度合いを測定するための指標の作成を進めているところである。
前節で述べたメトロによる5年越しの取り組みにより、都市圏にとって初めての包括的な広域計画であるフレームワーク計画が策定されたわけだが、これに関して注目すべきことは、次の2点であろう。
すなわち、まず第一に、都市圏住民の合意と地方政府の協力の下、従来の州−市・カウンティという2層制の政府構造に割り込む形でメトロという新しい政府が設立され、新たに広域計画が策定されたということ、そして第二に、こうしてできたメトロの広域計画が、市・カウンティに対して一定の拘束力を有し、市・カウンティがおよそ自らは率先しては行わないような痛みを伴う総合計画の見直しが現実のものとなろうとしていることである。
なぜ、ポートランド都市圏においては、全米の他の大都市圏と異なり、このような広域政府の発展と広域計画の策定が可能となったのか――このことにきちんとした回答を用意することは筆者の能力の限界を越えるが、少なくともメトロとその広域計画をめぐる以下のような特徴が、そのことを可能にした理由の幾つかであることは間違いない。
(1)
まず重要なのは、メトロの広域計画の本質は成長管理計画であり、その役割は限定的であるということである。つまり、メトロの計画の主眼は「増え続ける都市圏の人口をいかにうまく収容するか」という一点に置かれているのである。
例えば成長コンセプトでは、中心都市(Central
City)、タウンセンター(Town Centers)、大通り(Main
Streets)といった「デザインタイプ(design types)」により各地区の性格を類型化し、都市圏全体をそのいずれかに大まかに塗り分けて将来像を示しているが、一見すると地区の開発の方向性を定性的に示した単なる「塗り絵」に見えるこの計画図は、実は、それぞれのデザインタイプごとに割り当てられた想定人口密度に割当面積を乗じたものの合計が、今後50年間に予測される都市圏全体の人口増加を収容するよう計算された結果なのである。つまり、主眼はあくまで成長管理にあるのである。
このように、市やカウンティの総合計画が、あらゆる事項をまんべんなく盛り込み、個々の土地利用規制の直接の指針となるのに対して、メトロの計画は、主に成長管理の観点から、限定的に市やカウンティの政策に関与するものであり、総合計画と広域計画、あるいは既存の地方政府と広域政府の役割は基本的に重複していないといえる。
(2)
第二は、メトロの発展の背後には州とポートランド市の強力なサポートがあったということである。メトロの広域計画の本質は成長管理計画であるとは既に述べたところであるが、州とポートランド市という既存の政府が、それぞれの立場から成長管理政策を支持したことが、ポートランド都市圏において広域政府が発展した大きな要因となっている。
州政府は、本稿の冒頭でも触れたように、環境保全の立場から都市の郊外化をなるべく押さえ込もうとし、都市成長境界線などのツールをメトロに担わせた。一方、都市圏の中心自治体であるポートランド市は、都市圏における自らの優位性を維持するために、都市圏の成長に伴う人口や雇用の増加をできるだけ自らの市域で吸収しようとし、そのために都市圏全体の成長管理計画の策定とそれを担う広域政府の発展を支持してきた。特に、ポートランド都市圏では、全米の他の大都市圏と比べて中心自治体である同市の規模が大きく、このことにより郊外自治体の声が相対的に抑えられ、都市圏全体として成長管理政策を支持する世論が作り出された。
(3)
第三は、メトロの広域計画の正当性は、策定主体であるメトロの独立性と、策定プロセスにおける科学的な分析及び徹底した住民参加によって支えられているということである。
メトロは全米で唯一の公選制の首長と議会を持つ広域政府であり、既存の市やカウンティとは異なる立場から広域計画を策定することができる。ここが、複数の地方政府が集まった協議会が広域計画の作成主体となっている他の大都市圏とは決定的に異なる点である。
また、既存の計画体系に後から入り込むことになったメトロの広域計画は、否応なくその正当性や必要性を常に試される立場にあるが、メトロはモデル分析等の客観的、科学的な分析を行いながら計画を作成するとともに、その策定プロセスにおいてさまざまな住民参加機会を確保することにより、計画が不要あるいは不適当であるといった批判が生じるのを抑えている。科学的な分析については、交通計画策定で培った分析手法と、全米でもトップクラスの高度な地理情報システム(GIS)を駆使して、都市圏の土地利用パターン等に関するモデル分析を行っている。また、住民参加については、都市圏住民に対するメトロの知名度を上げるためにも必要なものであり、専門の職員を配置して、ワークショップやシンポジウムの開催、パンフレット配布、電話調査、あるいは変わったところではPRビデオのレンタルビデオ店での貸し出しなど、さまざまな住民参加機会を設けている。
以上見てきたように、ポートランド都市圏における近年のメトロの発展と広域計画の充実には目を見張るものがある。計画がより具体化し、メトロの存在感が増すにつれ、当然のことながら既存の市・カウンティや住民との間であつれきも生じている。
例えば、メトロは各市・カウンティの総合計画図の内容を計量的に処理するために、表現や用途区分が互いに微妙に食い違うそれぞれの計画図の内容を抽象化、簡略化し、一枚の図にまとめた地域ゾーニング(Regional
Zoning)というものを作成しているが、これに対しては、例えば地区のアイデンティティの保全といった、本来の総合計画に含まれている大事な計画内容が捨象されてしまうとして、市・カウンティの計画部局のプランナーたちには悪評が高い。
また、メトロが主催した住民向けのあるワークショップでは、メトロ職員が自慢のGISを駆使して、(将来の人口増を収容するために)地区のゾーニングを全体的に高密度のものに変更してみせるコンピューター・シミュレーションを実演してみせたところ、これを見たある住民は、「これ(コンピューター)は、"Dense-Automatic"だ。こんな機械を使って計画を作るのなら、我々が地区の将来像を一生懸命議論したって意味ないじゃないか」と叫んだという。
1990年代のポートランド都市圏にとってある意味で幸運だったのは、地域の好景気が持続し人口増が引き続き深刻な問題であり続けたことである。このことが、広域計画策定に向けた都市圏全体の熱気を持続させてきたからである。果たしてこの熱気が、これから進められる個々の総合計画やゾーニングの見直しという実際に痛みを伴う作業の過程でも持続できるかどうかは、今後の展開を見守るしかない。だが、少なくともポートランド都市圏でこの5年間に策定された広域計画や、その策定主体であるメトロをめぐっては、我が国の地域計画のあり方を考える上でもいろいろ参考になる部分が多いと思われる。
(参考)メトロの広域計画やその他の活動については、メトロのホームページに詳しく紹介されています。http://www.metro.dst.or.us/
図1 メトロの行政区域(図中太線)
図2 成長コンセプトの策定プロセスで示された「3つの選択肢」
表1 都市成長管理計画における住戸・雇用の地方政府ごとの割り当て