(第33回日本都市計画学会学術研究論文集(1998) pp.103-108掲載)
広域政府による土地利用計画権限の調整
米オレゴン州のメトロに関するケーススタディ
Coordination of Land Use Planing Powers by a
Regional Government
A Case Study of Metro in Oregon, U.S.
村上威夫(国土庁計画・調整局計画課)・大西隆(東京大学先端科学技術研究センター)
Takeo Murakami (National Land Agency) and Takashi Onishi (Univ.
of Tokyo)
Coordination of local planning powers is important in a decentralized planning system. For this concern, we made a case study in Portland, Oregon, U.S., where a regional government called Metro was created over the jurisdiction of existing local governments for this coordination. We found that 1) the development of Metro was promoted by the existence of a strong central city and the state land use planning legislature; and 2) an advisory committee comprised of the local government officials plays an important role in the policy making process of Metro.
Keywords:
土地利用計画,広域政府,政府間調整,米オレゴン州
land use planning, regional government, intergovernmental
coordination, Oregon, U.S.
我が国では現在,都市計画権限の地方分権が推進されている。分権化した都市計画制度の下では,地域の特色に応じたきめ細やかな計画づくりが可能になる反面,広域的課題に対応するためには,それぞれの計画主体が自律的に相互調整を行うことが求められる。
一方,都市計画権限が早くから分権化されていたアメリカでは,大都市問題の深刻化に伴い,都市部の自治体が協力して広域的な計画主体を設置し,相互の権限調整を行う試みがなされてきた。
本論文では,このような広域計画主体の一つである米オレゴン州ポートランド都市圏のメトロ(Metro)を取り上げ,都市部自治体やカウンティの代表によって構成される任意の団体であった同組織が,住民投票などを通して次第にその計画権限を拡大してきたプロセスを追うとともに,現在のメトロが広域調整を行うに当たって既存の地方政府(1)がその意志決定にどのように関与しているかを分析することによって,分権化した都市計画制度下における広域調整メカニズムに関する一考察を加えることを目的とする。なお,研究の手法は文献レビューと関係者インタビューによる(2)。
論文の構成は,まず,メトロの成立と発展の経緯を追い,現在の機構や主な機能を概観するとともに,その発展の政治的・社会的背景に考察を加える。次に,特にその土地利用計画策定に関する法的権限を明らかにし,この分野で近年急速に存在感を増してきたメトロが,既存の市やカウンティとどのように権限を分担しているかを,実際の広域計画の策定プロセスの事例も参照しながら分析する。最後に,以上から得られる考察をまとめる。
なお,オレゴン州やポートランド都市圏の土地利用計画制度に関する邦文の既往研究として,村上・大西(1997a),村上・大西(1997b),浦山(1997)があるが,村上・大西(1997a)は非営利組織の関与の観点からポートランド市及び同都市圏における計画行政の実態に考察を加えたもの,村上・大西(1997b)はオレゴン州の州レベルの土地利用計画制度について主に法的見地から考察を加えたものであり,いずれも本稿とは視点や研究対象が異なる。浦山(1997)は本稿と視点と研究対象をほぼ同じくするが,本稿ではメトロに的を絞り,権限調整の事例も挙げつつより詳細かつ具体的に分析を行っている。
メトロの歴史的な発展の経緯については,Abbott
(1991)に詳しいが,ここでは発展の契機となった出来事に的を絞って概説する。
ポートランド都市圏における最初の広域計画機関といえるのは,1957年に設置された都市圏計画委員会である。これは連邦政府の住宅法に基づく補助金を受け取る目的で設置された政府協議会(COG)で,計画機関というよりは調査研究機関として,都市圏の土地利用現況図の作成や人口予測,用途別の土地需要予測などを主に行っていた(3)。
包括的な広域政府実現への最初の契機となったのが,1961年の州政府特別委員会によって広域政府のあり方について調査審議するために設置されたポートランド都市圏調査委員会であり,同委員会が1966年に発表した中間報告書では,既存の市を飲み込んだ広域自治体(supercity)の提案を含む10の勧告がなされた。しかし,広域自治体の提案は州議会の同意を得られず,漸進的な改革として,1966年にコロンビア地域政府連合(Columbia
Region Association of Governments; CRAG)が,1970年にメトロ・サービス地区(Metropolitan
Service District; MSD)がそれぞれ設置された。CRAGは,当時の連邦政府が各都市に都市圏計画機関(MPO)の設置を求めたことも後押しし,消極的だったカウンティ政府の意向を押し切って設置された政府協議会で,都市圏計画委員会同様基礎的研究をするかたわら,総合計画の策定にも着手した。一方のMSDは,「有権者と州議会が望むだけのサービス供給機能を放り込める『箱』として」(Abbott
1991)設置されたサービス地区である。しかし,当時の都市圏の事実上のサービス供給者であったポートランド市が,水供給をはじめとする機能を奪われることを懸念してMSD設置に反対し,1970年の住民投票で設置が可決された後も,都市圏の公共交通機関であるTri-Metとの合併を認めなかったため,その機能は当初,廃棄物処理計画の策定などにとどまった(4)。
広域政府実現の2度目の契機となり,また現在のメトロ成立の直接のきっかけとなったのは,1975年に全米行政学会が公募した多層制の政府構造をつくるための研究助成の対象地域として,ポートランドが選ばれたことである。助成を受け設置された3カウンティ地方政府委員会は,調査審議を踏まえ,1976年に具体的な提言を行ったが,その中には,新しい広域政府はCRAGの広域計画機能とMSDの広域サービス機能を合体させたものとすることや,その代表者は直接投票によって選出されるものとすることなど,現在のメトロの組織構成を形作る重要な内容が含まれていた。1977年の州議会では,この広域政府の提案について審議が行われ,翌78年の住民投票において,CRAGの計画機能をMSDに統合し,新しいMSDを設置する法案が可決された。この住民投票は,予想外の賛成多数で可決されたが,その背後には,新しいMSDの行政区域から外れることになる郊外の住民の賛成や,広域計画機関の廃止を連想させる住民投票の題名の紛らわしさがあったといわれており(5)(Abbott
1991),当時の都市圏住民の過半が広域政府の機能強化を望んでいたとは必ずしも言えないようである。
いずれにせよ,こうして1979年に,公選制の首長と議会を持つ新しいMSD(以下,メトロと呼ぶ。)が発足した。
現在のメトロの機構は,議会,首長,監査役及び内部部局によって構成される。メトロ議会は,7名の議員で構成され,既存の市・カウンティの境界にとらわれず人口比に応じて設定された区域内の7つの小選挙区より選出される。一方の首長は,区域全体の単一選挙区から選出される。また,首長に統括される内部部局には,成長管理部,交通部,地域環境管理部,地域公園緑地部,管理部,ワシントン公園動物園の6つがあり,832名(常勤職員換算;1997年度)の職員を有している。また,予算額は4億1千万ドル(1997-98会計年度)で,その主な財源は,公債の他,事業収益(動物園,廃棄物処理など),財産税収などとなっている(6)。このように,メトロには州法(7)及びメトロ憲章(8)に基づき通常の地方政府と同様に課税権及び公債発行権が認められており,このことによってメトロの前身のCRAGなどとは異なり他政府からの補助金などへの依存度は5%と非常に小さくなっている。
メトロの行政機能は,CRAGから引き継いだ広域計画機能及びMSDから引き継いだ広域サービス機能があるが,このうち広域サービス機能については,発足時の廃棄物管理計画の策定,動物園の管理から始まり,その後,廃棄物処理(1980年),コンベンションセンター運営(1986年),自然公園の管理(1994年)などと順次拡充していった。
一方の広域計画機能としては,交通計画の分野で強い計画権限を持ち,連邦政府の指定する都市圏計画機関として都市圏交通計画の策定及び連邦補助金の配分を行うとともに,交通計画の策定を支援するための需要予測などのデータ分析も行うこととされた。しかしながら,土地利用計画の分野については,従来その権限が既存の地方政府に属させられていたこともあり,その計画権限は弱く,1973年に成立した州土地利用計画制度に基づく総合計画(comprehensive
plans)の策定は,メトロ発足後も依然として市・カウンティの事務とされた。メトロが担ったのは,同制度に基づく都市圏の土地利用計画に関する非拘束的なゴール・目標の策定及びポートランド都市圏の都市成長境界線(Urban
Growth Boundary; UGB)(本稿5(3)を参照。)策定である。
土地利用計画に関する権限を含め,メトロの権限を大きく拡大する可能性をもたらしたのが,1992年の都市圏住民の直接投票によるメトロ憲章(Metro
Charter)の制定及びそれに先立つ1990年の州議会による憲章広域政府の設置を可能にする州憲法の改正である。これらにより,メトロは,広域計画機能をその第一の任務と規定されるとともに(9),「都市圏に及ぶ事項(matters
of metropolitan concern)」について広範な自治権を有することとされた(10)。「都市圏に及ぶ事項」とは,州法によって直接規定された事項のみならず,メトロ議会が自ら条例によって定めた事項も含むため,制度上メトロは広域行政について無制限の自治権を与えられたことになる。
ここで,メトロがこのように段階的に発展を遂げることができた理由について,幾つかの要因を整理しておく。
最大の原因と考えられるのは,地域の中心自治体であるポートランド市の影響力の大きさである。一般的にアメリカの大都市圏は無数の中小自治体で構成され,中心自治体の影響力が郊外自治体(あるいはその連合)の影響力を下回るため,その中心性を維持できず都市圏の無秩序な拡大や都心の空洞化を招いてきた。しかしポートランド都市圏では,ポートランド市が人口比で都市圏3カウンティ内の37%,UGB内の42%を占める上(1990年),2番目以下の自治体の規模が小さく(11),相対的な影響力が大きい。都市圏の郊外化を抑え,自らの人口と雇用を維持しようとする同市が,都市圏全体の成長を管理する広域計画主体としてのメトロを支持し,自らに有利な広域計画の策定に努めてきた(12)。
また,もう一つの大きな原因は,オレゴン州土地利用計画制度の存在である。特に同制度は,UGBの設定を全ての都市圏に義務づけるなど,農林地の保全の観点から都市化を厳しく抑制しているが,このことは都市圏の側から見れば圏域の拡大を抑えつつ人口増を収容する努力を強いられることを意味し,都市圏内の地方政府の利害調整の場としての広域計画機関の発展を促すことになった。
さらにこの他に,1)2で見たような段階的な発展のプロセスにおける,連邦政府の後押しや研究助成への当選などの外部要因,2)そのプロセスにおいて、直接投票を始めとする各種の住民参加機会を与えられ,都市圏住民が無秩序な都市化の弊害や広域計画の必要性について徐々に認識を高めたこと,3)ポートランド都市圏では白人比率が極めて高く,人種問題をめぐる都心自治体と郊外自治体の間の緊張があまりないため,他都市圏と比べて自治体相互の協調が得られやすいこと,なども要因として考えられる(13)。
次に,特に土地利用計画に関する広域調整を行うために,メトロがどのような手段で都市圏の既存地方政府の計画権限に関与しているかを,メトロの持つ法律上の権限を整理することにより明らかにする。
メトロは地域全体の土地利用計画に関するゴール(goals)と目標(objectives)を定めることとされており(14),これに基づく計画書が1991年に策定されその後憲章の制定などを踏まえて1995年に改定された,広域の都市成長のゴールと目標(Regional
Urban Growth Goals and Objectives; RUGGO)である。RUGGOは,そのゴール2番「都市の形態」に,1994年に策定された概念的な土地利用計画である成長コンセプト(Growth
Concept)の内容が含まれる,即地的な計画となっている。
メトロは,RUGGOや州ゴールに市・カウンティの策定する総合計画が従う(conform)よう,市・カウンティに対して総合計画の変更を勧告(recommend)することができるとされている(15)。しかしながら,この勧告は強制力を伴わない(16)。
州土地利用計画制度では,各市・カウンティの策定する総合計画間の調整機能を各カウンティに担わせているが(17),ポートランド都市圏の3カウンティのうち,メトロの行政区域内については,メトロがこの機能を担っている(18)。
地域の土地利用計画に関する一般的な方針であるRUGGOは市・カウンティの総合計画に対して直接拘束力を持たないが,その一方でメトロは,都市圏への影響の観点から,特定分野について拘束力のある計画を策定する権限を有する。その一つがポートランド都市圏の都市成長境界線(UGB)設定権限である(19)。UGBは都市地域・都市化可能地域と農村地域を区分する我が国の線引き制度に似た制度で,境界内に今後20年間の都市圏の成長に必要な土地が含まれるよう設定され,市・カウンティはそれを踏まえて総合計画の策定・見直しを行わなければならない。メトロはこの権限をCRAGから引き継ぎ,1979年に最初のUGBを設定するとともに,1997年末に最初の大規模な見直しを行ったところである。
都市化可能地域を限定するUGBと並んで,市・カウンティの土地利用計画に対するメトロの重要な規制手段となっているのが,部門別計画(functional
plans) である。部門別計画は,都市圏の秩序ある発展に重大な影響を及ぼす(having
significant impact)分野・地域について策定できる特定目的のための計画で,メトロは,UGB及びこれらの部門別計画に基づいて市・カウンティの総合計画を審査し,必要な変更を勧告または指示(require)することができる(20)。
「重大な影響」を及ぼす分野としては,「大気,水質,交通」が法に規定されているが,メトロはこれら以外の事項についても部門別計画を定めることができることとされ(21),これに基づき従来市・カウンティの権限に属するとされてきた土地利用に関する分野にも近年積極的に介入するようになっている。
特に,1996年に策定された都市成長管理計画(Urban
Growth Management Functional Plan)は,成長コンセプトの早期実施のために策定された部門別計画であり,各市・カウンティごとの住戸・雇用の供給目標や駐車場の設置上限規制,大規模小売店舗の立地規制など,市・カウンティの総合計画の内容を直接に拘束する具体的な目標を定めたものとなっている。
以上の他,メトロは憲章に基づき,メトロがこれまでに策定してきたすべての計画を包含する計画であるフレームワーク計画(Regional Framework Plan)を1997年度末までに策定することとされている(22)。同計画は1997年12月11日にメトロ議会で議決され,前述したRUGGO,UGBの策定・変更手続き,都市成長管理計画を始めとする各種の部門別計画等の内容がすべて網羅された膨大な文書となっている。なお,このフレームワーク計画は,市・カウンティの総合計画と同様,州政府の定める州全体の計画ゴールに適合しなければならないとされている(23)。
5で触れたように,メトロは部門別計画等の計画手段を使い,従来既存の地方政府が担ってきた土地利用に関する分野にも積極的に介入するようになった。このことは直接的には,1992年の住民投票による憲章の制定という都市圏住民の信任を踏まえたものであるとはいえ,既存地方政府との関係において,彼らの相対的な権限縮小を意味する近年のメトロの権限拡大が,なぜ可能となり,また既存地方政府とメトロはどのように相互の権限を分担しているのか。この問題を解く鍵となるのが,メトロに設置されたメトロ政策諮問委員会(Metro Policy Advisory Committee; MPAC)の存在である。以下では,このMPACの構成と役割を,実際の事例も参照しながら詳しく見る。
MPACは,市長やカウンティの評議員など,都市圏の地方政府の代表者によって主に構成されるメトロの諮問機関であり(表−1参照),メトロ議会及び首長に対して必要な助言・勧告を行う。また,MPACはその下部機構としてメトロ技術諮問委員会(Metro
Technical Advisory Committee; MTAC)を持つが,こちらは都市圏の地方政府の計画部局の職員などで構成される。
メトロが策定する広域計画は,実際には都市圏内の各地方政府の行う各種土地利用規制によって実現される。そのため,メトロの計画策定に当たっては,彼らの意見を反映させるための何らかの場が必要となる。このような場としては従来,RUGGO策定時のUGMPAC
(Urban Growth Management Policy Advisory Committee)や,そのRUGGOの規定に基づき設置されたRPAC
(Regional Policy Advisory Committee)があったが,その設置を憲章に規定することによりこのような場を明確に制度化したのがMPACである(24)。
MPACの機能はRUGGOに具体的に規定されている(25)。RUGGOは,前述のゴール2番と並んで,ゴール1番「広域計画プロセス」において,メトロと既存地方政府の権限調整の手続を詳細に定めているが,その中でMPACは,土地利用や成長管理に関するメトロの広域計画活動を支援することとされている(26)。特に地方政府に拘束力の及ぶ計画である部門別計画の策定及び市・カウンティの総合計画と部門別計画との不整合の解決に当たっては,図−2に示すような詳細な手続が規定されている(27)。
次に,実際の計画策定プロセスにおけるMPACの役割を具体例を挙げつつ見る。
一般に,メトロが土地利用に関する計画を策定する際には,1)職員による原案作成,2)MTACによる技術的審査,3)MPACによる政策的審査,4)議会による議決,の4つのプロセスを経ることになっている。しかし実質的には,計画の原案はMTACの協力を受けながら職員が作成し,MPACの政策的な判断を仰いだ上でそれをMPAC推薦案として議会に提出しており,MPACの発言力はかなり大きい。例えば,都市成長管理計画では今後20年間に地域が供給すべき住戸・雇用の目標値を設定しているが,市・カウンティごとの値は職員/MTAC案の段階では空白のままで,実際の目標値の割り当て作業にはMPACが深く関与した(28)。
また,制度上MPACは単なる諮問機関であり,メトロの政策決定権はあくまで議会が有するが,実際にはMPACの合意の得られていない政策を議会が決定することは難しい。例えばフレームワーク計画の策定時にアフォーダブル住宅に関する目標をめぐりMPAC構成員の間で意見が対立し,両論併記で議会に意見が提出された件では,議会はそのうち一方の案に議決することができなかった。
その一方で,メトロ議会はすべての政策判断をMPACに委ねているわけでは決してなく,広範な市民参加と科学的な分析に基づいて,都市圏全体に関わる計画目標を自ら定めている。例えば1997年のUGB見直し作業に当たっては,既成市街地の再開発可能性やこれまでに策定した広域計画の実施なども見込んだモデルを策定し,GISを駆使して今後20年間の土地需要を算出している(29)。
以上見てきたように,メトロと既存地方政府の間の権限調整においてMPACは重要な役割を果たしている。
メトロと市やカウンティなどの既存地方政府を比較すると,メトロはより広域の行政を担っているという点で上位の行政機関であるが,両者の関係は州政府と地方政府の関係とは異なっている。即ち,土地利用規制に関する授権法を含め,あらゆる地方政府の権限は州法に由来するという意味で,地方政府は州政府に従属し,両者の関係は垂直的であるのに対し,メトロは州法により設置された地方政府の一つに過ぎず,市やカウンティなど既存地方政府との関係は水平・対等なものでしかない。
MPACはこのように「対等」でありながら「上位」の計画機関であるメトロにあって,その政策に既存地方政府の意向を反映させるために設けられたフォーラムであり,一面では憲章制定によるメトロの権限強化と引き替えに,その設置を憲章に規定することで既存地方政府の関与を制度化したという政治的な妥協の産物とも考えられるが,その一方でMPACはメトロが実効性の担保された計画を策定する上で重要な役割を果たしており,メトロにとっても必要不可欠なパートナーであるともいえる。
メトロ発展の経緯と既存地方政府との権限調整に関する分析を通して,以下のような考察が得られた。
1.ポートランド都市圏において広域計画主体としてのメトロが成立し,発展してきた背景には,中心自治体の強さ,州土地利用計画制度の存在などがある。
2.メトロの計画策定プロセスには,MPACという諮問機関が深く関与することで,既存地方政府の意向が計画に反映されるとともに,メトロにとっても実効性のある計画策定に役立っている。
(1) オレゴン州の地方政府(local governments)には,市(cities),カウンティ(counties),特別地区(special
districts)及びメトロがある。本稿では,「既存(の)地方政府」という表現でメトロとその他の地方政府を区別している。
(2) インタビュー先の機関は以下の通り。Metro,
Portland State University, City of Portland.
(3)
このような土地情報整備,フレーム予測の機能は,現在のメトロの主たる業務の一つとして引き継がれており,市・カウンティの総合計画と比較して計量的・科学的なメトロの計画策定に役立てられている。
(4) MSDはその設置に当たり地域の公共交通サービス機能も担うことができるとされた。Adler(1986)によれば,当時破産した民営のバス会社に代わる公共交通サービス機関としてポートランド市が州政府に設置を求めたのがTri-Metであるのに対し,拡大する郊外へのインフラ供給機能を担わせるため郊外自治体が中心となって設置を求めたのがMSDであった。結果的にはいずれも設置が認められ(Tri-Metの設置は1969年),公共交通サービス機能のMSDへの一元化は果たせなかった。
(5) 題名は"Reorganize Metropolitan Service District,
Abolish CRAG"(MSDを再編し,CRAGを廃止する)となっていた。
(6) メトロの予算総額と主な財源は以下の通り。
予算 411百万ドル(1997-98会計年度)
54% 公債
21% 事業収益
6% 財産税収
2% 物品税収
5% 補助金
3% 利子収入
7% 政府間移転
2% その他
(7) Oregon Revised Statutes (ORS) Chap. 268.500〜660.
(8) Metro Charter Sec. 10〜14.
(9) Metro Charter Sec. 5(3).
(10) Metro Charter Sec. 4.
(11) 都市圏の2番目の自治体であるグレシャム(Gresham)市と比較してもポートランド市は人口比で6.5倍,予算比で12倍の規模を持つ。
(12)
またこのことにより,都市圏の成長過程において都心に有利な都市構造を作り出す政治メカニズムが働き,モータリゼーションの進展後も都心の中心性があまり失われなかった。例えば高速道路については,1960年代に郊外のバイパスに先だって都心の環状線が完成した。また高速道路建設にための連邦補助金を転用して公共交通(LRT)が建設され,都心のスラムの再生に貢献した。
(13)
ポートランド都市圏における中心自治体の強さが都市圏の形成に与えた影響については,Lewis
(1996)がデンバー都市圏と比較しながら詳細な分析を行っている。また,Orfield
(1997; pp.157-160)
も同様の観点からポートランド都市圏の社会経済的特徴を論じている。
(14) ORS 268.380(1)(a).
(15) ORS 268.380(1)(b).
(16)
この点は,州政府の定めるゴールに総合計画が適合(compliance)しなければならないとされる州―市・カウンティ間の関係とは異なっている。なお,州土地利用計画制度について詳しくは村上・大西(1997b)を参照。
(17)
もっともカウンティはこの調整機能を十分果たせなかった。村上・大西(1997b)を参照。
(18) ORS 268.385, 195.025(1).
(19) ORS 268.390(3).
(20) ORS 268.390(2), (4).
(21) ORS 268.390(1).
(22) Metro Charter Sec. 5(2).
(23) ORS 268.380(2).
(24)
メトロには,連邦政府の補助金交付基準を満たすため,交通計画に関してJPACT(Joint
Policy Advisory Committee on Transportation)という諮問機関が設置されている。MPAC及びその前身のRPAC,UGMPACは,このJPACTをモデルにしている。
(25) なお,フレームワーク計画策定へのMPACの関与は憲章(Metro
Charter Sec. 5(2))に規定されている。
(26) RUGGO Objective 2.i.
(27) RUGGO Objective 5.
(28) See, for example, Metro, Growth Management Services
Department (1996) Phase I of the Regional Framework Plan.
MTAC/TPAC Draft, March 26 Version. これは題名は異なるが都市成長管理計画の原案となるものである。
(29) See Metro, Growth Management Services Department (1997)
Urban Growth Report. Final Draft, December 18, 1997.
なお,このレポートはその後のモデルの改善を踏まえて1997年末に改定されたものであり,UGB見直しプロセスで使われたものとは若干異なる。
Abbott, Carl and Margery Post Abbott (1991) Historical
Development of the Metropolitan Service District. Report prepared
for the Metro Home Rule Charter Committee.
Adler, Sy. (1986) Understanding the Dynamics of Innovation in
Urban Transit. Report prepared for UMTA, U.S. DOT.
Lewis, Paul G. (1996) Shaping Suburbia: How Political
Institutions Organize Urban Development. University of Pittsburgh
Press.
Orfield, Myron (1997) Metropolitics: A Regional Agenda for
Community and Stability. The Brookings Institution and the
Lincoln Institute of Land Policy.
村上威夫・大西隆 (1997a)
計画策定過程への非営利組織の参加――米オレゴン州のケーススタディ.「計画行政」20,
2, pp.41-51.
村上威夫・大西隆 (1997b)
マスタープランによる都市計画権限の政府間調整――米オレゴン州の土地利用計画制度をケーススタディとして.「日本都市計画学会学術研究論文集」32,
pp.175-180.
浦山益郎 (1997)
オレゴン州の土地利用計画制度における広域調整に関する研究――ポートランド都市圏を中心に.「日本都市計画学会学術研究論文集」32,
pp.181-186.
図−1 オレゴン州土地利用計画制度におけるメトロの策定する土地利用計画の位置づけ
図−2 新たな部門別計画の策定プロセス(図−2a)・部門別計画と総合計画の不整合が生じた際の解決プロセス(図−2b)
表−1 MPAC構成員