(「計画行政」第20巻第2号(1997) pp.41-51掲載)

Participation of Non-Profit Organizations in the Planning Process:
case studies in Oregon, U.S.

計画策定過程への非営利組織の参加
――米オレゴン州のケーススタディ――

国   土   庁   村 上 威 夫
東京大学工学部都市工学科教授 大 西   隆

Abstract

In this study, the role of non-profit organizations (NPOs) is focused on as a vehicle for promoting citizen participation in the comprehensive planning process. Two case studies are examined in Oregon, U.S. 1) The city of Portland has a formal structure of citizen participation system, where neighborhood associations play an important role. Their role in the middle stage of planning and for representing the neighborhood need are hilightened. 2) At the state level, there has been a strong support of a `watchdog' organization for the evolution of the state land use planning program. This organization, 1000 Friends of Oregon, maintains the integrity of the program by monitoring local governments' implementation, using various technical tools including litigation, research and education.

Key words: comprehensive planning, citizen participation, non-profit organizations

1. はじめに

 1992年の都市計画法改正にともなって導入された「市町村の都市計画に関する基本的な方針」,いわゆる市町村マスタープラン制度は,計画策定に当たって積極的な市民参加を求めている点が注目される。しかしながら,直接市民に影響を及ぼさない計画策定プロセスへの市民参加は,ともすれば形式的なものにとどまりがちであり,制度制定の主旨である「都市の将来像の共有」を達成するためには,実際の運用時における各自治体による市民参加の方法論の開発が不可欠である。
 本研究では,このような計画策定時の市民参加を促進するための手段の一つとしての非営利組織(NPO)の役割に着目する。NPOとは非政府的で非営利な活動を行う団体のアメリカにおける総称であり,社会の各分野におけるこれらNPOのユニークな活動がアメリカ社会の多様な活力を生む原動力になっているといわれる。
 本論でNPOの役割に着目したのは,地域の将来像を市民が共有するというマスタープランの性格上,従来より用いられてきた公聴会やワークショップといったアド・ホックな市民参加手法だけでは不十分であり,市民参加を促すための基盤としてのある程度恒常的な組織を市民と行政の間に確保する必要があるのではないかという筆者の問題意識によっている。
 これまでにもまちづくり分野のNPOについては,欧米の事例報告を中心にいくつかの研究がなされてきた。平山(1993),林(1994),西村(1993)などである。特にCDCと呼ばれるアメリカ大都市の非営利住宅供給法人の活動については,平山氏による一連の著作によってその背景や役割が詳しく紹介されている。しかしこれらの多くは個別のまちづくり事業に関与するNPOであり,市町村マスタープランなどのプランの策定に関与するNPOについてはこれまであまり紹介がない。このため本稿でプラン策定に関与するNPOの活動が活発なオレゴン州の事例を紹介することは,わが国の今後の計画策定プロセスのあり方を考える上で何らかの示唆を与えるものと考える。
 本研究でケーススタディとして取りあげるのは,住民レベルのNPOである近隣組合の参加を前提とした計画策定を実践している自治体,ポートランド市と,同市の総合計画(マスタープラン)の制度的基盤であるオレゴン州土地利用計画プログラムの維持・強化に深く関わってきたユニークなNPO,「1000フレンズ オブ オレゴン」である。研究の手法は,資料の収集・分析と関係者へのヒアリングによった。なお,文中引用してある文献のうち,当事者・関係者の手によるもの1) は事実関係の引用にのみ使用した。

2. ポートランド市と近隣組合

 まず最初に取り上げるのは,オレゴン州最大の都市ポートランド市において,同市のマスタープラン制度に欠かせない存在となっている近隣ベースのNPO,近隣組合である。
 ポートランド市はオレゴン州西部ウィラメット渓谷の北端に位置する同州最大の都市であり(人口44万人),荒廃したダウンタウンの再生や意欲的な公共交通政策など数々の先駆的な都市計画とそれを支える強い市民参加の伝統で全米に知られてきた。例えば1970年代半ばには,ポートランド市民はダウンタウンを南北に走る川沿いの高速道路を取り壊し親水公園として整備することを選んだ。また1980年の総合計画策定にあたっては初期段階からの入念な市民参加が取り入れられ注目を集めた。2)
 同市における強い市民参加の背景には,各近隣組合の活発な活動と,それを制度として取り込んできた市のこれまでの施策がある。ポートランド市における近隣組合の制度化が市民参加の強化に果たした役割を研究したものとして,制度化によって市民参加の程度が地理的・社会的に平準化されたことを示したAdler and Blake (1990),直接民主主義の実現・市政の向上・市民の参加意欲の向上といった広範な目的と制度化の関係を論じたBerry et al (1993)がある。

2-1 近隣組合

 ポートランド市の近隣組合(Neighborhood Associations)は1960年代に発生したインナーシティ問題に対する住民の自主的な取り組みから生まれた近隣組織である。その後モデル・シティ事業等の一連の連邦プログラムに支えられて発展し,60年代終わりには近隣改善のためのプログラムを盛り込んだ近隣計画を自ら作成するほどの力を備えた組織に成長した。1995年現在ポートランド市にはほぼ全市をカバーする91の近隣組合が存在する。図1は各近隣組合の位置を示している。
 同市の近隣組合の特徴の一つは行政からの強い独立性である。近隣組織を基盤にした強い市民参加制度を持つ地方政府は全米にいくつか存在するが,同市のように近隣組合が行政から独立性を保ったまま発展を遂げた例は珍しい。後述するように市が近隣組合部を設立して近隣組合に制度的位置づけを与えるようになったのは70年代以降のことであり,それ以前の近隣組合はさまざまな政府レベルで下される事業決定に反抗するための住民活動組織であった(Abbott 1983)。
 Berry et al (1993)はポートランドを含む全米の五都市3) で近隣組織を基盤にした市民参加が普及した理由を四点に分けて説明している。すなわち,1)環境問題や高速道路問題などに対する市民のフラストレーション,近隣育成を支持する市長など政府リーダーたちの強い政治理念,連邦による各種プログラムといった「各主体の強い働きかけ」,2)二千から五千人程度の小さなまとまりを市民参加の単位にし,なおかつ全市を初めから対象にしたことや,市民参加を支える政治システムが以前からあったことなどの「初期のデザイン」,3)近隣組織が政策決定には関わっても,特定の選挙候補者に肩入れしたり一方の主張に偏向するといった政治的活動を行わなかったという「政治的なバランス」,そして4)連邦プログラムの終了による資金問題や市長の交代による政策変更が生じる前に参加が一定レベルに達したという「タイミングのよさ」である。

2-2 近隣組合の制度化

 市が近隣組合の制度化に取り組み始めたのは1970年代のことである。1971年には近隣組合と市役所の間に位置する中間層の計画組織がまず考案されたが,これは近隣組合の強い反対によって実現しなかった。しかし73年に近隣活動の強力な支持者であったニール・ゴールドシュミットが市長に就任したことで制度化に拍車がかかり,近隣組合に関する事項を専門に扱う近隣組合部(Office of Neighborhood Association)が市役所の中に設立された。その後時間を経て近隣組合の代表者で構成される地区連合評議会と市の間にしだいに請負関係が生じ,近隣組合と市役所を結ぶパイプ役としての役割を果たすようになってきた。これが現在の地区連合(District Coalition)である(Adler and Blake 1990)。
 制度化によって各近隣組合は,組織の公開性や内規(bylaw)の作成等の一定要件の遵守を義務づけられる半面,認定(`acknowledged')近隣組合として情報提供などの便宜を市から受けることができるようになる。
 また地区連合は認定近隣組合に対する「市民参加サービス」窓口として機能し,市の財政支援4) をもとに専属の職員を雇って近隣組合からの技術的な相談に応じたり機関誌の出版を手伝ったりする(City of Portland 1995)。
 さらに市は土地利用決定に関する決定に際して,近隣組合への事前通知と近隣組合の提出する意見書への報告書の作成を義務づけることで,一般的な計画決定プロセスへの近隣組合の参加機会を保証している。

2-3 近隣計画の制度化

 近隣計画(Neighborhood Plan)は,1960年代に外部から押し寄せた変化の圧力に対して住民が統一した行動をとるためのガイドラインとして各近隣組合が自主的に策定を始めたもので,市議会の採択は得るものの住民間の自主的な取り決めという性格が強かった。一方総合計画(Comprehensive Plan)は後述するオレゴン州土地利用計画プログラムによって各地方政府への策定と定期的な見直しが義務づけられている法定マスタープランである。
 このように両者は性格の異なるものであったが,ポートランド市は1994年にコミュニティ・近隣計画プログラムを発表し,1980年に策定された現行の総合計画の見直し作業に近隣計画を組み込むことを考案した(City of Portland 1994)。同プログラムの主旨はまず全市を八つに区分した地区別計画であるコミュニティ計画(Community Plan)を三年ごとに順次策定してゆくことで総合計画の見直し作業とし,さらに各コミュニティ計画の策定と並行して地区内の近隣組合に対して近隣計画の策定を奨励することで上位計画との整合性を保とうとするものである。このようにして策定されたコミュニティ計画と近隣計画はいずれも総合計画の一部として採択・追加される。
 近年になってポートランド市がこのように計画体系の強化を開始した背景には,1980年代後半以降の都市圏人口の急増と,それに対応するためにメトロ広域政府5) が現在策定中の成長管理計画の存在がある。
 ポートランド市は都市圏の中心都市として同計画の中で特に多くの増加人口を収容することが求められており,ゾーニング緩和やインフィル開発6) などそのために必要な対応策を誘導するものとしてコミュニティ計画は期待されているのである。
 コミュニティ計画はこれまでに三地区で策定を終了し,現在四番目と五番目の地区の策定作業が進行中である。市では2010年までにすべてのコミュニティ計画を策定し終えたいとしている。

2-4 計画策定への近隣組合の参加

 こうして構築された三層建ての計画体系の中で,近隣組合はどのような役割を果たしているのだろうか。分析の事例として1996年に採択された外南東コミュニティ計画(Outer Southeast Community Plan)およびその下のヘーゼルウッド近隣計画(Hazelwood Neighborhood Plan)を取り上げる。

策定プロセスにみる役割 両計画の策定プロセスの相関を示したのが図2である。図ではコミュニティ計画を基準にして便宜的に策定プロセスを四段階に分けてある。外南東コミュニティ計画は1992年1月に策定作業を開始し,1996年1月に市議会採択を受けた。策定プロセスの各段階はおよそ一年間である。図にあるように策定開始期はコミュニティ計画のほうが先であるが,最初の一年間は<現状把握期>として背景書作成のための資料収集などに費やされ,その後も<方針提示期>として計画の大まかな方針を決めることにエネルギーが注がれることを考えると,両計画の実質的な草案づくりを担っているのはむしろ各近隣組合主導で進められる近隣計画の策定プロセスのほうであるといえる。その後<試案作成期>には各近隣組合の議論をとりまとめる形でコミュニティ計画の試案がようやく提示され,最後の<とりまとめ期>に全市レベルの微調整を経てコミュニティ計画と近隣計画が同時に市議会の採択を得る。
 このように,近隣計画の策定プロセスはコミュニティ計画の策定プロセスの中間部に挿入されるかたちを取っている。吉村・原科(1994)は東京23区のマスタープラン策定プロセスへの問題として中間段階での市民参加が確保されているケースが少ないことを指摘しているが,ポートランド市のシステムにおいては近隣計画およびそれを担う主体としての近隣組合の存在が中間期の参加を確保していると見ることができる。

計画内容にみる役割 コミュニティ計画および市の推奨する近隣計画の内容は,政策(policy),政策の詳細な既述である目標(objective),目標遂行のための具体的な行動であるアクション(action)7) の三要素で構成される点は基本的に共通であるが,コミュニティ計画にはゾーニング見直しが含まれるのに対して近隣組合が近隣計画の中でゾーニング見直しに言及することは極力避けるようアドバイスされている(City of Portland)。
 またヘーゼルウッド近隣組合の一帯は,メトロ広域政府の広域計画において成長が促進される「リージョナル・センター」に指定されており,コミュニティ計画もそのことに明確に触れているのに対して,ヘーゼルウッド近隣計画の政策・目標・アクションは成長にあわせたアフォーダブル住宅の確保に言及する程度でこの構想については直接触れていない。8)
 このように,制度化された近隣計画においては,準司法的な利害調整が必要となるゾーニング見直しや,他の地域・公的機関との調整が必要となる広域政策に言及することは極力避けられ,近隣の環境改善ニーズの抽出および近隣の将来像の共有化という部分に主眼が置かれている。したがってその近隣計画の中心的担い手である各近隣組合に期待されている役割も,住民の声の対外的な代弁者といった政治的・権利保障的なものではなく,間接民主主義の補完的なものに限定されているとみるべきである。9)

 ここでコミュニティ計画など,近隣計画の各種上位計画への近隣組合の参加についても触れておきたい。まずコミュニティ計画であるが,近隣計画の策定が基本的に各近隣組合内の運営委員会の主導で進められるのに対して,コミュニティ計画の場合は主導権はあくまで行政側にあり,各近隣組合は,地区内の住民で構成される市民勧告委員会を通じて間接的に意見を述べるに過ぎない。さらに広域圏の計画策定をめぐっては,メトロ広域政府もオープンハウスなど独自の市民参加機会を積極的に設けつつあり,自らの近隣の範囲を超える計画内容に対する近隣組合の発言権はますます弱まっている。ポートランド市では,近隣組合に直接依存しない市民参加機会が増えることで行政の意志決定プロセスが不明瞭になり,かえって市民が行政に不振を抱くようになるという皮肉な現象も見られる(Berry et al 1993)。

3. 州プログラムと1000フレンズ

 次に取り上げるのは,オレゴン州全域を活動対象とし,州政府・各地方政府の土地利用政策を監視する役割を果たしてきたユニークなNPO,1000フレンズ オブ オレゴンである。
 ポートランド市などの各地方政府の総合計画の法的根拠となっているのは1973年に制定されたオレゴン州土地利用計画法(上院法案第100項)である。この法律によって州内の全ての地方政府は州の定めた19項目の州全体の計画ゴール(Statewide Planning Goals)に適合する総合計画を策定することが義務づけられた。州政府自身は総合計画を策定しないが,この計画ゴールは環境保護と成長管理の色合いの強い価値判断を含むものであり,地方政府の計画内容に間接的に影響を及ぼしている。
 州法・ゴール・総合計画というこの一連の州土地利用計画プログラムの特徴は制度体系の一貫性と州政府の強制力の実効性であり,そのことの維持に絶えず貢献してきたのが以下に述べる市民グループ,1000フレンズ オブ オレゴンである。

3-1 1000フレンズ オブ オレゴン

 州プログラム制定の立役者であり環境保護派の州知事として名高いトム・マッコールの支援によって誕生した1000フレンズ オブ オレゴン(1000 Friends of Oregon)は,州プログラムの運用を監視する番犬(`watchdog')として1975年の設立以来一貫して同プログラムの維持・強化に取り組んできた。
 環境問題に関心のある弁護士のグループとして出発した同組織は,農地や海岸の保全を主な関心対象として活動を開始した。彼らの行使する代表的ツールは行政を相手取っての訴訟である。州プログラム運用の初期の段階で1000フレンズは,地方政府の策定する総合計画の内容が州の計画ゴールに違反するとして訴訟を起こし,計画ゴールの解釈をめぐる重要な判決を次々と引き出すことで,州プログラムの持つ意味を明確化させていった(Knaap and Nelson 1992, Liberty 1992)。
 1000フレンズが極めて巧妙だった点は,裁判に勝訴し地方政府の決定を覆すこと自体を目的とするのではなく,もし勝訴すれば今後のプログラムの解釈の有効な手助けとなるような訴訟のみ選んで争ってきた点である。10) そのため訴訟を起こす案件の選択は慎重に行われた。1000フレンズが関与し,その結果確定した裁判所や土地保全開発委員会11) の司法・行政判断には,農地の正確な定義,都市成長境界線(UGB)12) 内への過大な土地編入の禁止,農地・森林ゾーニングへの例外規定の厳格化などがある(Leonard 1983)。
 現在の1000フレンズは14名からなる理事会と13名の専属スタッフ,及びそれを支える約5,000人の会員で構成されている。近年会員数は大幅に増加したが,少数精鋭の専門家集団という組織の性格は変わっておらず,スタッフのうち6名が弁護士,また理事会のメンバーにも多くの弁護士が含まれる。13) 年間予算額は約91万ドル(1995-96会計年度)で,そのうち43%が個人会員の会費・寄付,51%が財団等の助成金によっている。14)

3-2 LUTRAQプロジェクト

 1000フレンズの代表的な支持者層は医師や弁護士などの裕福な個人専門職と大農家であり,1000フレンズの初期の活動も彼らの意向を反映して農地や森林地などオレゴン州の高い自然アメニティを都市化から守ることに注がれてきた。いわばUGBの外側が主な関心事項であったのである。そして同様に高いアメニティ意識を持つオレゴン州の都市住民もこの1000フレンズの活動を支持したことが,彼らの初期の成功につながった。
 しかし,1980年代の不況下で州土地利用計画プログラムに対する風当たりが強くなると,1000フレンズは方針を転換してUGBの内側の問題,すなわち都市問題にも積極的に関与しはじめた。彼らは厳しい土地利用規制に不満を感じる都市住民に対して,州プログラムの履行による計画的な都市化が長期的には住宅価格の低下や交通渋滞の緩和など都市問題の解消につながるということを示して州プログラムへの理解を求めようとした。15) こうした1000フレンズの柔軟な対応が,ともすれば移ろいやすい州プログラムに対する州民の支持を維持してきたといえる。
 以下に紹介するLUTRAQプロジェクトは都市問題に対するこのような新しいタイプの取り組みの一つである。LUTAQにはこのほかにも1000フレンズの持つさまざまな特性が体現されており,組織の活動スタイルを理解するのに適当な事例である。

プロジェクトの概要 LUTRAQプロジェクトは直接的にはメトロ広域政府によってポートランド市西部のワシントン郡に計画されたバイパス道路建設計画を発端として開始された。地域の将来の交通混雑を緩和するために計画された同バイパス案に対し,1000フレンズは地元反対グループのSTOPとともに反対運動を展開し16) ,供給サイドの政策のみに立脚した同パイパス案を含む地域の交通計画および郡の総合計画は州の計画に適合しないとして,土地利用控訴評議会17) に訴えを起こした。控訴評議会は基本的に1000フレンズらの主張を認め,ワシントン郡に総合計画の書き直しを命じた。
 さらに1000フレンズは土地利用計画と交通計画を融合した計画への代替案を自ら作成し(図3),LRTなど公共輸送機関の利用を前提にしたメリハリのある土地利用を誘導することによってバイパスを建設しなくとも交通混雑を緩和することができるばかりでなく,自動車走行マイル数(VMT)を減少させ大気保全にも効果があるとことを定量的に示した(図4)。1000フレンズはこの代替案作成プロジェクトをLUTRAQ (linking Land Use, TRansportation, and Air Quality)と命名し,環境保護に関心のある全米の財団や連邦機関の支持を集めることで,同プロジェクトを国家的デモンストレーションプログラムに仕立て上げた。

プロジェクトの影響 オレゴン州交通省はその後バイパス計画の環境影響調査(EIS)の代替案の一つとしてLUTRAQを採用するなど積極的に取り扱った。一方,1992年のポートランド市議選挙では各候補がいかに自分がバイパス計画に反対であるかを競い合うなど,当初提案されていたバイパス計画への政治的支持はしだいに低下していった。94年にはかつて推進派であったメトロの前議長までもが反対に回り,95年には交通省によってバイパス建設は正式に廃案となった。
 しかしこのプロジェクトによって1000フレンズが狙ったのは,計画の廃案そのものというよりはこれを機会に土地利用計画と交通計画の融合に関する制度の強化を図ることだった。1000フレンズとSTOPの訴えを受けて土地保全開発委員会は州の計画ゴールの12番(交通)に関するルール18) を制定することを決めた。1000フレンズはこのルール制定プロセスを監視し,公共輸送機関の沿線ではその利用を前提とした開発を促進すること,商業施設の建設にあたっては歩行者優先の設計を施すことなどの規定を盛り込むことに成功した(Adler 1994)。
 さらに1000フレンズはメトロとも協力し,同政府の定めるポートランド都市圏の長期計画であるリージョン204019) の中間案,成長コンセプトにLUTRAQと同様のコンセプトを導入することを決めた。例えば成長コンセプトでは無秩序な市街化を防止するために公共輸送機関に沿ってリージョナル・センター(Regional Center)と呼ばれる成長の核を配置することを提案しているが,これはLUTRAQのコンセプトを踏襲するものである。同計画は完成すればポートランド都市圏全体を拘束する広域マスタープランとなるものである。

3-3 1000フレンズの計画策定への参加

 1000フレンズのような組織的なNPOが行政の定める長期計画の内容に対して大きな影響力を及ぼしているケースは日本ではあまり見かけない。LUTRAQプロジェクトの観察から導かれる次のような組織の性格が,20年来にわたって州内の地方政府の土地利用政策に強い力を発揮してきた理由として挙げられるだろう。
 第一点は一貫したポリシーである。1000フレンズの活動内容は農地・森林の保全から,海岸部開発の抑制,動植物の保護,アフォーダブル住宅の供給促進,総合的な交通政策の推進まで実に多岐に及んでいるが,一貫しているのは州土地利用プログラムの維持・強化を組織の活動の目的としてきた点である。そのため州政府の権限の強化という点で州政府と利害が一致しており,安定したスタンスで活動に取り組んできた。
 第二点は高い専門性である。1000フレンズのスタッフは高度な知識を持つ弁護士,プランナー等の専門家集団であり,行政の計画案の内容を監視して裁判所・州機関に対して訴訟を行ったり,高い自主研究能力を生かして行政案に対抗できるような精緻な計画代替案を提示することが可能である。このような活動は,基本的に無償のボランティアで成り立っている基盤の脆弱な草の根のNPOには行えないものであり,1000フレンズの大きな特徴となっている。
 第三点は戦略的な行動である。いくら専門家集団といえ,彼らはスタッフ数十数名の小さな組織であり,その活動内容は限られている。彼らは,一つの訴訟に勝つことで同種の問題の前例にしたり,個別の問題への反対運動を制度の強化に結びつけるなど,持ちうるリソースで最大限の効果を生み出すための戦略的な行動をとり続けてきた。その行動スタイルはある意味で打算的であり,わが国におけるNPOのイメージにはそぐわないものかもしれない。
 最後に第四点は優れた資金調達力と自己PR力である。LUTRAQのケースで見たように,自らの運動を環境保護のリーディング・プロジェクトとして宣伝することで全米の財団や連邦機関からの助成金を獲得したり,個別のバイパス計画への反対運動という分かりやすい活動を使って世論を喚起するなど,彼らは活動を円滑に進めるためのPR力に優れている。
 もちろん,1000フレンズのようなNPOが活躍できる背景には,アメリカやオレゴン州に特有の社会的・制度的枠組みがあることは言うまでもない。
 まずオレゴン州では,上述したように各地方政府の総合計画が州の定めるゴールへの適合性を求められるという計画の政府間協調(intergovernmental coordination)のシステムが出来上がっている。そのため1000フレンズのような州レベルで活動するNPOが,バイパス計画という地方政府レベルの個別の決定に対して,「州ゴールへの適合性」を問うことで関与することが可能になっている。このことを可能にしたのは1973年の州土地利用計画法であり,この法律によって州内の土地利用をめぐる政治構造は一変した(Knaap 1994)。
 また,これはNPO活動の活発なアメリカ全体に言えることだろうが,1000フレンズのような地域のアメニティ保全をうたうNPOの活動が社会全体で広く受け入れられており,行政も彼らと積極的に協調してゆこうという姿勢を持っている。例えばLUTRAQのケースでは,メトロやオレゴン州交通省のプランナーたちは心情的にはLUTRAQ型の計画の導入に共鳴していたという。しかしモデル作成の困難さ,自分たちの職務領域を越えることなどからそれを「実行に移すタイミングを見つけかねていた」のであり,ある意味でLUTRAQは彼らに最後の一歩を踏み進ませただけに過ぎないとも言える。そもそもLUTRAQプロジェクト自体が,交通省から1000フレンズへの代替案提示の「呼びかけ」をきっかけとして始まったという指摘(Bianco and Adler)は興味深い。
 さらに,より広範な背景として,アメリカの知的職業従事者の雇用慣習の違いと,その中におけるNPOの占める地位の高さがあるだろう。他の先進的環境保護団体と同様,この分野に関心のある者にとって,1000フレンズで働くことはまたとないステータス・シンボルなのであり,多くの優秀な人材が1000フレンズに集まってきた。また行政もそのような人材を適宜採用してゆくので,個人にとっては,行政・NPO・一般企業を自由に渡り歩きながらキャリア・アップしてゆくことが可能である。例えば1000フレンズの創設期以来のスタッフ弁護士であったRichard Benner氏はその後州際のコロンビア渓谷の保全計画に関わり,さらに現在は州の土地保全開発委員会の執行機関である土地保全開発部の長官を勤めている。

4. まとめ

 以上,計画策定プロセスへのNPOの参加という観点から二つの事例を見てきた。
 ポートランド市の計画策定プロセスへの市民参加は近隣組合の存在により促進されている。近隣組合は近隣環境に関心のある住民が自主的に集まった「地縁」型のNPOであり,特に計画策定プロセスの中間段階における参加,および近隣の環境改善ニーズの抽出という面で重要な役割を果たしている。
 一方の1000フレンズ オブ オレゴンは豊富な資金力で弁護士・プランナー等を雇い行政と対等な立場で政策論争を行える専門家集団であり,共通の関心をもった人々が地域を越えて集まった,いわば「知縁」型のNPOであると言えるだろう。彼らはさまざまなツールを駆使して各地方政府の策定する総合計画を監視することで,州土地利用計画プログラムというシステムの維持・強化に努めてきた。
 このように性格の異なる近隣組合と1000フレンズであるが,興味深いのは両者の計画策定プロセスへの関与がいずれも計画策定へのさらなる市民参加を促すメカニズムとして機能している点である。
 各近隣組合は市役所から認証されることによって,その活動地域内ではほぼ独占的なポジションを与えられている。しかし,近隣計画を策定するかどうかは各近隣組合の意志に任されており,近隣組合がより積極性を持って計画策定に取り組むほど市役所からさまざまなリソースの提供を受けることができるというシステムになっている。
 一方の1000フレンズは,近隣組合と違って政府から特権的なサポートは受けておらず,業界団体など他のNPOと政策・主張をめぐって常に競争状態にある。そのため彼らは政策論争に打ち勝って支持者を増やすことに熱心となるが,このことは逆に市民の側から見れば計画への市民参加を促すメカニズムとして機能していることになる。
 このような市民参加を促すメカニズムは,NPOという独立した主体が行政と市民の間に存在しているからこそ機能するのであり,ワークショップや公聴会といったアド・ホックな市民参加手法では実現しにくいものと思われる。特に長期的・広域的な問題を取り扱う知縁型NPOの場合その役割が大きい。

――注――

1) City of Portland, City of Portland (1994), City of Portland (1995), Liberty (1992), 1000 Friends of Oregon (1992).
2) 我が国でもそのプロセスは例えば五十嵐・小川(1993)に紹介されている。
3) Birmingham, Dayton, Portland, St. Paul, San Antonio.
4) 財政支援の総額は1995年現在年間約160万ドル。
5) メトロ(Metro)は直接選挙で選ばれた独自の議会を持つ広域の自治体であり,ポートランド都市圏の都市成長境界線および地域の広域計画を管理する。市・郡と州の中間にこのような独立した計画機関が存在して広域調整を行っているケースは極めて珍しい。
6) インフィル開発(infill development)とは,例えば戸建て住宅地で既存の建物の片隅に賃貸用の小さな別棟を建て増しするなどして,近隣環境を破壊することなく住宅地の人口密度を上げる手法。
7) アクションの各項目は事業の実行者(implementer)として市や外部の公的機関の名前が記載されるなど具体的なものであるが,計画のうちアクション部分のみは決議(resolution)として採択されるにとどまり条例(ordinance)として総合計画に組み込むことはされない。
8) これと同様の事例を,1993年に採択されたアルバイナ・コミュニティ計画(Albina Community Plan)とその下のコンコーディア近隣計画(Concordia Neighborhood Plan)の間にみることができる。当初近隣計画に記載されていた小学校跡地の住宅開発の提案(アクション)は,広域的調整の必要性から市議会採択時に削除され,コミュニティ計画の中に盛り込まれることになった。
9) 近隣組合の議長(Chairperson)と理事会(Board of Directors)は近隣組合のメンバーによる投票で決められる。近隣組合の範囲内に住むかあるいは土地を所有している人,その他各近隣組合の内規の基準を満たす人は誰でも近隣組合のメンバーになることができる。(City of Portland 1995)
10) その意味で1000フレンズは問題提起をするのみで州プログラムの解釈そのものは州機関や裁判所の判断に委ねてきたわけだが,彼らは1000フレンズの主張に沿うような判断を下してきた。
11) Land Conservation and Development Commission (LCDC). 州の計画ゴールを管理し,地方政府から提出された総合計画がゴールに適合しているかどうかを審査する州政府の委員会。
12) Urban Growth Boundary. 市街地化可能地と農地を区分するわが国の線引き制度に似た制度で,州計画ゴールの14番(都市化)によってすべての都市部に設定が義務づけられている。UGBはその外側での開発を完全に禁ずるものではなく,その都市化抑制力の強さには都市圏によってばらつきがあるが,ポートランド都市圏に関してはUGBの外側の開発は全体の5%にとどまっている(Nelson 1994)。
13) 弁護士の他,果樹園経営者,セラピスト,海岸保全運動家,公益企業幹部などが含まれる。
14) 企業会員・企業献金は募っていない。
15) 1000フレンズはかつて市民参加には概して冷淡であったが,1980年代以降は徐々に広報・市民教育にも力を注ぐようになった。
16) STOPはバイパス建設による近隣環境の破壊を問題としたが,1000フレンズの直接の反対理由は計画案のルートの半分近くがUGBの外側を通ることだった。
17) Land Use Board of Appeals (LUBA). 地方政府の土地利用決定に対する控訴を取り扱う州の司法機関で,裁判所よりも迅速な判断を下し決定プロセスを早めるため設けられた。
18) ルール(rules)は便宜的に定められる行政上の規則であるが,州の計画ゴールに関するルールは土地保全開発委員会がゴールの内容を解釈する際のガイドラインとなるもので重要な意味を持つ。
19) メトロが現在策定中のリージョン2040 (Region 2040)は,1992年に市民投票で可決されたメトロ憲章に基づいて策定される初めての法定計画であり,1997年に予定されているメトロ議会の採択を経た後は都市圏の全ての地方政府の総合計画を拘束する広域マスタープランとして機能することになる。1995年に採択されたリージョン2040成長コンセプト(Growth Concept)はその中間案であり,コンパクトな市街地の形成など長期計画の大まかな方針を定めている。

――参考文献――

五十嵐敬喜・小川明雄(1993),「都市計画――利権の構図を超えて」.岩波書店.
林泰義(1994),都市コミュニティ再生の中心的役割の担うコミュニティ開発法人.「地域開発」,360, 1-10.
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西村幸夫(1993),「歴史を生かしたまちづくり――英国シビック・デザイン運動から」.古今書院.
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図表一覧

図1 ポートランド市の近隣組合の区分
図2 コミュニティ計画と近隣計画の策定プロセス
図3 1000フレンズが提案した土地利用・交通計画
図4 LUTRAQによる混雑緩和・自動車削減の効果


Copyright (c) 1997 Takeo Murakami
 
 
 
 
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