挿入曲・・・「大江戸ラブソング」by NON
その13 そして最後の夜
初めまして、田中勇気です。
只今17歳、帰宅部で、少々暇を持て余してる、高校2年生です。
今日は、幼なじみの公二君がタイムマシーンの試乗会をやるとかで、ご招待をうけた
ので、いつものジョークだろうと、軽いのりでやって来ました。
公二君ちは、格式ある旧家なので、物置だってすごーく大きい。
その物置が彼の実験室なのだ。なーるほど、部屋の真中に、へしゃげた自動車のよう
な物体がころがっている。
「へー、試乗会だっていうから、おおぜい来てるのかと思ったら、私ひとりだけなの。ふーん」
「勇気と二人で実験してうまくいったら、みんなにも言うつもりだけど、今のところ、二人だけの ヒ・
ミ・ツ。勇気、どこでも好きな時代に連れてってやるぜ。いつがいい?」
いい年して、なにおままごとみたいなことやってんのよ、と怒鳴ってやりたかったけど、公二君はこ
れに何年も打ちこんできて、いくら遊びとはいえ、気合がはいっているのだろうから、少しはのって
あげないと・・・と姉のような心境になって、「そうね、お江戸華やかなりしころがいいな。場所ももち
ろんお江戸のど真中よ」
「はいはい、かしこまりました」とかなんとか言いながら、スイッチをガチャガチャやっていたら、急に
ポンコツ車にエンジンがかかったみたい。ブルブル、ガタガタ・・・えーー、どうしよう、ドアが開かな
いよー。出られないよー。
まさか、まさか、公二君、本物のタイムマシーンンなんぞを作ったんじゃないだろうな。それも私一人
実験台にするとはそこまでで、思考回路はストップ。もちろん意識ストップ。バチバチ・・・ドッかー-
ん!!!!!
うーーうん、頭いたーい。手も足もずきずきする。私、車から放り出されたみたい。はるかかなた
に、バラバラになった元タイムマシーンもどきが見える。
えーっ、ここ、公二君ちの物置じゃないよ。きっと車が暴走して、遠くまで来ちゃったんだ。でもここ
はいったいどこ?
あたりは薄暗く、とても寒い。なんかいやに埃っぽいとこだな、としばらくあたりを見まわしていると、
えーっ何、ここ京都、太秦の撮影所かなんかなの?目の前に、時代劇から抜け出てきたような
若侍が、ちょこんと立ち、私の方を、不思議そうに見下ろしている。
私は、さっきから腰が痛くて地面にころがったままなのだ。
「そこの娘、何をしておるのだ?どこぞ怪我でもしているのか?」
もうー、やめてよね、そんな時代劇ごっこしている暇なんかないのよ。
と起きあがろうとしたとたん、いやーな予感。
なんかいつもの空気と違って、こうピーンと張りつめたような気配がする。ま
さか、ウソでしょ、あのポンコツが本物のタイムマシーンで、ここが本物の江
戸時代のお江戸のど真中だなんて、いったい誰が信じるの?
「えーと、わたし、ケガしちゃったみたい」と小さい声で言ってみたんだけど、前の若侍は疑いの眼で
じっと見下ろしたまま。
「そなた、名はなんと申す?拙者は南町同心、結城新八郎と申す者だ。住まいはどこじゃ、送ってい
ってしんぜよう」
「は、はい、名は、田中勇気、いえ、ゆきと申します」
おっと、危ないところだった。フルネームなど言ってはいけなかった。それに、時代に合った名前に
しとかないとね。
「ゆきと申すのか。で、何処に住んでおるのじゃ?」
そ、そんな、答えにくい質問をされても、困っちゃう。
「あの、わたし、上方から参りましたが、江戸は初めてで右も左もわかりませぬ。それに、ちと、けが
をしておりますゆえ・・・」となんとか、ごまかせた。
それにしても私って、こんな非常事態に陥っても、ちゃんと時代劇調のせりふがスラスラ出てくるな
んて、さすがー。
と自分で感心している内に、いつのまにか新八郎とかいう若侍におんぶされていた。
昔の人はあまりご馳走食べてなかったらしいし、本当にこの人もガリガリで背も私と同じ位なのに
大丈夫かな、との不安も疲れには勝てず、なんと私としたことが、見知らぬ侍の背中でぐっすり
眠りこけてしまったのだった。
気がつくと、いやに薄暗い、湿っぽい部屋だった。
電気くらい、ケチらないでつけてよ!と怒鳴りそうになって、ハッとした。
そうだった、ここは江戸時代。未来からワープしてきた私は、一人ぼっち
でどうすればいいの?・・・とそこで、パニックに陥るのは、普通の女の子
われらが「勇気」、いや、今や改め、「ゆきちゃん」は、とたんに、空腹を
覚えたのだ。「ぐえーー」なんとお品のない おなかちゃんだこと。
今も昔も、お腹が鳴ると空腹のしるしーというのは変わりないようで、
「何もないが、茶漬けでも・・・」と、おっそろしく冷たいご飯に、お茶だけは
熱いのを入れてくれた。
ほんとに、何にもないのね。お茶漬けのり頂戴!とは言わなかったわよ。
こう見えても、順応性だけはバツグンなんだから。
慌ててお茶漬けを食べてしまうと、しばし、沈黙。何からどうやって 切り出
そうかと、ない知恵をしぼった結果、理解してはもらえなくても、やはり、
真実を話すしか道はないのだ、と私は固い決意をして、話し始めた。
私が、ずっと未来の日本からタイムマシーンというものに乗って、ここにやってきたこと。
でも、その機械もこわれてしまったので、元の時代に戻れるかどうかわからないこと。
今より300年も未来である、平成の世は、着るものも、文化も何もかも違っていること。
新八郎さまは、始めのうちは、私のことをまるで、エイリアンかなんかのように見ていた
けど、無理もないかな。私だって、突然、へんてこな格好をした女の子が現れて、ずっと
未来の30世紀からきたのよ、なーんて言われても、まるで、ドラえもんの世界だと、バ
カにするのがオチだものね。
でも、私が、あまりにも事細かに話すので、全部とは言わないまでも、少しくらいは、信
じてくれて、ま、すこうし変な女の子だな、くらいに思っていたようだった。
向こうも、へんてこな服を着た、変な言葉を話す女の子を、急にしょいこんで、途方にく
れているようだったが、こっちの方が何倍も不安だわよ。平成の世に帰れるかどうか、
という不安はさておいても、この新八郎なる人物が、安全な人かどうか、まるきっり
わからないんだもの。明日になれば、色街に売り飛ばされて、せっかくここまで守りぬい
た純潔を奪われてしまうかも・・・いやそれより早く、もうそろそろ、おそってくるかもしれ
ない、と二人とも、それぞれの疑惑を隠し,じっと見つめ合っている。
でも、ほら、きれいな目、こんなに澄んだ瞳、見たことないかも。
あんまり,私が遠慮なく、くいいるように見つめすぎたせいか、新八郎さまの頬は赤くな
ってしまった。
「あ、あの、ゆきどの。お話はだいたいわかりました。
とても真実とは思えませぬが、さりとて、あなたが、とても嘘をつくような方には見えま
せん。ともかく,落ち着くまで、しばらくはここにいてもらってかまいませんが、そのなりで
は、外には出られませんので、おさとの着物を出しますので、着替えてください。
おさとは、いつも家の中のことをやってもらっている者ですが、しばし、田舎へ帰っ
ておりますので、どうぞ遠慮なく」
エーっツ,着物、きもの、KIMONO!そんなもん,一人で着れないよ、とはいっても、
新八郎さまに手伝ってもらうわけにもいかず。でも、普段着なので、帯もぐちゃぐちゃ
だけどなんとか結べた。
とにかく,ぼろっちい、汗臭い着物に着替えて、三つ指ついて、
「突然、かなたより現れまして,ご迷惑をおかけいたし,申し訳ありません。
さりとて,他に頼る者とてありませぬ。よ、よ、、、あなたさまにおすがりするほかは・・・」
とせっかく,歌舞伎口調で熱弁をふるい始めたのに、新八郎さまったら、く、く、く、と
笑い出した。
「ハッ、ハッ、ハッ、ゆきさんにとっては、とっても昔の言葉なのに、お上手ですね。
でも、この頃の娘さんは、もうそんな古めかしい話し方はしないんですよ。
それに、私も、お役目上、格式ばった言い方をする時もありますが、ふだんは、ござる、
とか、拙者、とかは、ほとんど使わないんですよ」
「えーっ、ほんと、バカみたい。私、一生懸命、時代劇のせりふを思い出していたのに。
でも、よかった。アー。肩こっちゃった」
「色々とお聞きしたいこともあるのですが、今日のところは、もう、お休みになった方が
ふとんはそこの押入れに入っておりますので。では、おやすみなさい」
えー、こんな寂しい部屋で、黒ずんだせんべい布団に、シーツもなしで寝ろっていうの。
もう、公二のやつめ、もし今度会ったなら(もし、とつくところが悲しいよ)怒りをぶちまけ
てやる・・・
やだ、ポタポタ、目からしずくが、涙なんて私の辞書にはなかったはずなのに。
よ、よ、と本人ははかなげに泣いているつもりだったが、真実はいかに??
ためらいがちに、新八郎さまが、ふすまの陰から、顔を出した。もう、寝巻きに着換えて
いる。次の瞬間、思わず、不覚にも、わたし、彼の胸に顔を埋めて泣きわめいてしまっ
た。
「新八郎さま、一生のお願い!今晩だけでいいから、あなたの部屋で一緒に寝かせて
大丈夫よ、絶対、何もしないから」
これって、男のせりふのような気もするが、どうせ、私しゃ、彼にとっちゃ、エイリアン
だわよ、かまうもんか。
「えーっつ」と一瞬、絶句。そして、下を向いてしまった。それから、おそるおそる、私の
顔を見上げて、
「そのー、えー、あなたのいるという平成の世では、その-、夫婦でない男女がひとつ
の布団に寝るしきたりでもあるのですか?」
しきたりもへったくれもあるもんか。いくら、何百年経とうが、初めて出会った男と女が
その日の内に、ひとつ部屋で寝る、と言えば。真実はタダひとつ。うーん。でも、待てよ、
そんなこと、彼が、平成の世にワープしてこない限り、わかりっこないし
「え、ええ。何しろ、300年近くも経つと、男女の仲も色々変わってきまして、そういうこと
が、平気なんですのよ」と、なぜか、奥様言葉になってきた。
それでも、きっちり、布団を丸めて、移動体勢に入り、(ほんとにすばやいこと)
相部屋を拒否する暇も与えず、しっかり、彼の後ろから部屋にもぐりこんだ。
あんな女中部屋で、ねずみやゴキブリと眠るよりは、多少危険でも、こっちのほうが
いいもんね。ほんとに横になったとたん、爆睡。 いい性格だこと・・・
布団の上から誰かが私を揺さぶっている・・・
せっかくいい夢見てたのに。江戸時代にワープして、東山君そっくりの若侍と
いいとこだったのに。
でも、ママにしては、起こし方が、ちと優し過ぎるし。
ウン!!目の前には、本物の侍!
そうだ、そうなんだ。思い出した。聞くも涙の、ゆきちゃんの悲しい現実を。
それにしても、こんな朝っぱらから人を起こさなくてもいいじゃないの、と再び
目を閉じようとしたら、「あ、あの、ゆきどの。私、奉行所へ参らねばなりませんので、
失礼とは存じますが、お起こし致しました。朝ご飯の用意は致しておりますので、どうぞ
召し上がってください。
それから、あの、身なりだけ見れば、普通の娘ごと変わりはないのですが、その・・・
髪の毛が、そのままでは、やっぱり普通ではないので、私が戻りますまで、外には出られ
ませぬように。
おいおい、私がご近所の人に紹介いたしますので、今日のところは・・・」
と、長々とそんなに回りくどい言い方をしなくっても、「おまえの頭はザンギリ頭なんで
皆に変に思われるから出歩くな」ですむことじゃないの。
いくら、馬鹿丁寧に言ったって、同じことよ。ふんだ、わかったわよ。意地でも一日中
家の中にいてやるわよ。
でも、ほんとになーんにもないんだ。テレビもパソコンも本もお菓子もコーヒーも。
猫でもいれば遊んでやろうと思ったけど、ネズミ相手じゃ、ちょっと気色わるいしね。
平成に生きるまともなセブンティーンの女の子なら、間違いなく発狂してしまうだろう。
ホンと、まともでなくて、よかった。
せめて、ジーンズのポケットに何か入ってないかと期待してみたが、なんせ、こんなに
遠出するつもりはなかったので、ティッシュとハンカチ、10円玉ひとつに、ちびたエンピツ
一本。あ、それにコーラキャンデー、わびしい現実だこと。
ま、でも、無人島でサバイバルするよりはましよね。だって、食べるものの心配だけは
しなくてもよさそうだし。
そうだ!朝ご飯でも食べたら、少しは元気がでるかもね。
いつもの癖で左手の時計を見ると、えっ なんてミラクル。動いてるんだ。
こんなことって 信じられる? ちょっと明るい気分になれそう。
不幸のどん底にいても、明るい希望の灯りを求めつづけてる、けなげな少女、ゆきちゃん!!
(みなさん、ゆきちゃんに 励ましのメールを ・・・ ゆき@江戸・同心長屋)
でも、いくら私が小食でも、一人分くいぶちが増えることには変わりなく、新八郎さまに
迷惑のかけどうしなので、せめて 今夜からでも、ご飯の支度くらいはしなくては。
というものの電気釜があるわけじゃなし、火のつけ方もわからない。
あれこれ考えてるだけで、お腹が減ってきた。
あー ハンバーガーが食べたいよー。
カフェオーレが飲みたいよー。
電子レンジよ、ワープしてこい!
せめて 海苔でもないかと捜したのに、出てこんのよ。(なまってきた?)
やっとの思いで梅干を見つけたときには、飛び上がるほどうれしかった。
これ以上エネルギーを費やしてはいけないので、しばし横になることにした。
他にすることなーんにもないし、いったいこの頃の人は何が楽しみで生きて
いたのかしら?
ワープするなら、いっそのこと、大奥とか、もっと華やかなとこがよかったのに・・・
仕方がないので、この悲惨な江戸での生活を書き残そうと思ったけど、紙が見当たらない。
そうこうするうちに、うつらうつらしていたみたい。
「ゆきどの、ゆきどの、どこぞ具合でも悪いのですが?」の声に、ハッと飛び起きた。
そうだ、昔の女性は昼寝や夕寝の習慣などなかったのだ。(現代でもない、という声もあり)
「あ、ごめんなさい。つい、退屈のあまり、眠ってしまって・・・
お勤めごくろうさまでした。晩御飯の支度をと思ったのですが、何から手をつけたらいいか
火のつけ方も分からないし。ほんとに、役立たずでごめんなさいね」
「いえ、そんな、ご飯の支度なぞ、この私が致します。
一日中一人きりにさせて まことに申し訳ない。実は、ゆきどののことが気になって、あまり
ボーっと致しておるので、同僚にからかわれてしまいました。
それで、上方から遠縁に当たる娘ごが遊びにきていると申しておきました。
ゆきどのが 未来からワープとやらをしてきたと言うことは、誰にももらすまいと思っていました
が、やはり、私とて男ゆえ、お教えすることにも限りがあります。
実は、この同心長屋の突き当たりに、筆頭同心の村上光三郎と言う方がおられるのですが、
その妹ごが、ちょうどゆきどのと同じ年くらいで、なんというか、とてもすすんだ娘ごなのです。
その志のさんなら、口もかたそうだし、きっとあなたの見方になってくれると思いますので、
ゆきどのさえよろしければ、明日にでもお顔合わせ致したいと思いますが・・・」
「その、志のさんて方は、新八郎さまのいいなずけかなんかなの?」
「えー、そんな、めっそうもない。志のさんとは、幼なじみなだけで、私は、まだ誰とも言い交わ
してなどおりませんから」とムキになって否定するところが、あやしいわよねぇ。
まあ、それほど新八郎さまが信用しているのなら、大丈夫だろう。
何しろ、いくら無口な私とて、新八郎さまの留守の間中、今日のようにずっと半日黙っていたの
では、失語症にでもなりかねない。ワーイ!明日が楽しみだ。どんな女の子だろう?
またまた寝る時間になってしまった。
今日はやっぱり、あの布団部屋で寝ないとだめだろうな、と覚悟していると、新八郎さまは
何も言わずに、二人分の布団を敷いてくれた。
そして、にっこり笑って、「昨晩は、約束どうり、ゆきどのが何も手出しなさらなかったので、
安心しております。これからも、どうぞ、ここでお休みになってください」とのたもうた。
横になってから、平成の世での私の生活ぶりを、色々と話してあげた。
新八郎さまったら、何にでも驚いてばっかし。無理もないよね。
私だって、昔のことは、歴史の本や時代劇でおおよそ分かっているけど、未来のこととなると
きっと、びっくりしっぱなし、だと思う。
もし、出来ることなら、今度是非、平成の世に連れて行ってくれ、と本気で頼んでいたけど、
できることならねえ、うん、私もそうしてあげたいわよ。
ザンギリ頭が珍しいと、見世物小屋に売り飛ばされようとしているのに、
新八郎さまは、どこにもいない。
本物の化け物?と一緒に、オリに入れられて・・・なんで、なんで、こうなるの?
どうせ売り飛ばされるのなら、せめて、色街くらいにしてよね。
それで、その化け物が、いっせいに私に襲いかかってきたので、思わずギャ―っと悲鳴を
あげ、「あれえーー、新八郎さま・・・」と叫んだような。
自分の大声で目が覚めた。冷や汗びっしょり。
横で、心配そうな顔して、新八郎様が、私の顔を覗き込んでいる。
「ゆきどのが、大声で拙者の名を呼ばれたので・・・恐ろしい夢でもごらんになったのですか?」
新八郎さまが、「私」でなく「拙者」という時は、かなり緊張している証拠だ。どうしよう。
こうも真近に、しかも真夜中、こわばった男性の顔があると、いくら私でも、ドギマギしてしまう。
「こんな丑三つ時に起こしてしまって、ごめんなさいね。とても怖い夢を見たの。
悪人に遊郭に売り飛ばされる夢だったの。(本当は見世物小屋なのに、見栄張りめ)
いくら捜しても、新八郎さまが見つからなくって、こわくて、こわくて・・・」と言っている内に、
あの悪夢がよみがえってきて、ブルブル震えてきた。
「ゆきさん、よほど恐ろしかったと見えますね。まだこんなに震えているなんて、かわいそうに。
私は、どこにも行かないから安心してください」と、驚いたことに、新八郎さまは、私の震える肩
に、優しく、温かい手を置いてくれたのです。
もう、私、プッツンして、涙がどーっと流れてきてしまった。
今、この世の中で頼れるのは、この新八郎さましかない。感極まって、
「アーなた―が、望むなら わたし なにを されてもいいわー」という気になったのに、残念!
彼は、何も望んではくれなかった。
翌朝、新八郎さまは、約束通り、こっそり志のさんを連れてきてくれた。
ワッ!可愛い、日本人形みたい。
いいな、こんなに優しい新八郎さまに想われて、こんなに近くに住めるなんて。
新八郎さまには、私とひとつ部屋に寝ていることは、志のさんには、内緒にしてくれと、
ひつこく念を押されていた。わかっているわよ。私だって、ご恩ある方を裏切ったりは
致しませんわよ。
志のさんて、本当に新八郎さまの言った通り、江戸時代にしては、翔んでる女の子なのだ。
このまま平成の世に連れてきても、なんの違和感もない、というか、もしかして、志のさんの
方こそ、未来からのワープ人間なんじゃないかと疑いたいくらい。
「お二人のおっしゃること、わかりましたが、あたし、どうしても目に見えるものがないと、
もひとつピンとこないから、なんか、未来から来たという証明になるものなーい?」
そうだ、あの10円玉、あれには確か年号と日本国って書いてあったはず。
ポケットから取り出すと、「えーっ、ホンとだ。日本国って書いてある。それに、平成2年とも。
ワーッ、信じる、信じる。これ、もらってもいい?」
それから、新八郎さまは、晴れ晴れとした表情で、奉行所へ出かけて行った。
志のちゃんと二人、ワイワイ、ペチャクチャ、とっておきのお饅頭も食べられたし、久しぶりに
思う存分しゃべって、涙が出るほど笑った。
翌日から、志のちゃんが色々なところに、連れて行ってくれた。
八幡さまの縁日にも行ったし、両替商、呉服屋さん、油問屋、お米屋さん、ホンとに時代劇の
セットに迷い込んだみたい。
一度だけ、新八郎さまのお勤めする奉行所の前まで連れて行ってくれた。
テレビの時代劇のように、毎日血生臭い事件があるわけではなく、事件と言っても、スリ程度、
だから、同心とはいっても、ほとんど危険な仕事はなくて、町内見回りと帳面つけばかしのよう
だ。平成の世の中の方が、よっぽど、凶悪事件が多発しているかもしれない。
ところがある日のこと,火付けがあってから見回りが強化され、新八郎さまも、連日連夜の
ハードな仕事のせいで、ついにダウンしてしまった。
夜中にあんまりうなされているので、おでこに手を当ててみると,火のように熱い。
でも、バッファリンもアイスノンももちろんないし、お医者さんもどこか知らないので、ひたすら
手ぬぐいを絞って冷やしてあげた。
「もし、ゆきどの」と言う声でハッと目が覚めた。
いやだ,私ったら新八郎さまの胸におおいかぶさるようにして、眠りこけていたのだった。
「ごめんなさい,つい眠ってしまって。どう,少しは楽になった?」
「夢うつつに、ゆきどのの顔がちらついておりました。ご面倒おかけして申し訳ありません。
お陰で,だいぶ良くなったようです」
そんなに感謝されると,かえって心苦しい気がする。彼にもしものことがあっては、私はたちまち
路頭に迷ってしまうのだから。
その日以来、新八郎さまは私にすっかり気を許してくれたみたいで、夜遅くまで二人で話込んで
しまうことも度々あった。今までは、やはり完全に信じては貰えてなかったようね。
このまま、このお江戸で、こうして新八郎さまと一緒の暮らしを続けるのもいいかもね・・・
お江戸の暮らしぶりにも ようやく馴染んできて、そろそろ一人歩きもできるようになったある日、
小間物やさんで、うろうろしていると、何かが袂にいれられた気配がする。
そっとあたりを見回すと、人相の悪い男が、チラッと見えた。
これはきっと万引きの罪をおっかぶせようとしてるに違いない。
と思って、袂に入っていた櫛を戻そうとしたが、いや、まてよ、これはこのまま黙って、だまされたふり
をして様子をみよう。もしかしたら、新八郎さまのお役に立てるやもしれぬ。
でもどうせ万引きするなら、もうちっとましなやつにしようと、さっと、鼈甲のとすりかえておいた。
ここはゆきちゃんの演技力に物言わせ、後ろめたそうな顔をして、そっと店を出たとたん、来た来た、
来ましたよ、悪の手下が。「ちょいと、そこの娘さん、お待ちなすって。その袂に入ってるもの見せて
おくんなさい」
私は訝しげに袂を探ると、「エーっこれ何かしら、私こんなもの知らないわ」と、白々しくも言った。
「冗談いっちゃいけねえよ。えっ、知らないでこんな上等の櫛が勝手に飛び込んだっていうのかい。
言い訳はゆっくりと番屋でしてもらおうか」と言いながら、ぐいぐい私を引っ張って行く。
自分の放り込んだ櫛と違うのも気が付かなくて、よく悪者やってられるね、おじさん!
うわー、これこれ、これが、テレビでよく見る「番屋」っていうものなんだ。
中には、いかにも ”おかっぴき”らしいおじさんがいて、先ほどの悪者は、ことの顛末をさも得意げに話し
ている。ホンとにいつの世にもこういうケチな野郎がいるのよね、とかひとごとのように眺めていると、
おかっぴきが、偉そうに何やら言い出したかと思うと、いやらしい目つきで私のことを、上から下まで
なめまわすように見ているの。職務権限とやらで、着物でも脱がされたらどうしよう、と少々心細くなった所
へ何者かが、ドタドタとあわただしく飛び込んで来た。そして、かなり上ずった声で、
「ゆ、ゆきどの、いったい何事ですかー」そ、その声はまさしく新八郎さま。
彼は、手早くさっきのいやらしいおかっぴきを追い出した。
なんたって、同心だもの。いくら若くてもおかっぴきよりは偉いのだ。エヘン!と感心しておりますと、
「ゆきさん、欲しいものがあったのなら、どうして私に言って下さらなかったのですか?
あなたにお小遣いも差し上げなかった私が悪かったのです。今日のところは、お店の方にお代を払って
うまく収めておきましたが、お願いですから、もう二度とこんな真似はしないで下さい。
いくら平成の世でも、好きなものをタダで持って帰ってもお咎めなし、なんてことはないのでしょう?」
あったりまえだわよ。何百年経とうが、そんな楽な世の中にはならないよーだ。
それにしても、私の話も聞かないであんまりだわ。この天使のようなゆきちゃんが、どうして万引き
なんぞするものか。まるで私を罪人扱いなんかして、ひどいょ!見損なったわよ、新八郎!!
これこれしかじかと真実を告白すると、新八郎さまは真っ青になって、「そ、そんなおとりのような危ない
真似をゆきさんにさせるわけにはいきません。きっともう一度同じ目にあって、今度はただではすみません
よ。ゆきさんがそんな危ない目に会うのなら、まだ本当に万引きでもしてくれたほうがましです」
なーんてこというの、せっかく私が世にはびこる悪を裁くお手伝いをしようって言うのに、当の役人がそんな
へっぴり腰でどうすんのよ。
「大丈夫よ.絶対危ない真似はしないから」と言ったけど、全く信用してないようだった。
新八郎さまは家に帰ってから、なにやらずっと考え込んでいた。
早速志のちゃんがすっ飛んで来て、一部始終を話すと、「やったね!ゆきさん」と言ってくれた。
「でもね、ゆきさん、その手の連中は、ホンとに何するか判んないわよ。万引きした事を内密にする代わり
にと、どっかへ連れ込まれて,手ごめにでもされたらどうするの。いくら平成の娘って言っても、その、まだ
ゆきさん,生娘なんでしょ」
新八郎さまったら、真っ青になって,こちらをみている。
「う、うん。まだ,経験はないけど」もう,大きな声でそんなこと聞かないでよね。
その翌日から、新八郎さまは,万引き事件のことをぱったり口にしなくなった。
何か怪しいのよね。
その代わり,私が外出していると、いつも誰かに見張られているような気がしてならない。
あまり何日も続くので,志のちゃんに調査してもらったら、なんと、新八郎さまの下っぴきの
平助さんが,私のことを監視しているらしい。
あれだけもう事件に首を突っ込まないって,言ったのに、ちっとも信用されてないのね。
そんなある日、前と同じ小間物問屋で、またまた袂に何か入れられた。今度は「かんざし」のようだ。
何食わぬ顔で外に出ると、前回と同じ、あの悪者、鬼八がいやらしく笑って近寄ってきた。
ほんとにワンパターンなんだから、笑っちゃうわ。いつも、時代劇はワンパターンだと馬鹿にしていたが、
現実もワンパターンだったのね。
「おゆきさん、とかいいなすったね。その袂に入っているものを、ちょっと見せておくんなさい」
「えーっ、そんなものなんにも・・・」とまたまた、わざとらしく驚いてみせると、
「おゆきさん、同心の結城さまのお知り合いだとかで、一度お目こぼしして貰ったのをいいことに、
こうも度重なるんじゃぁ、もう伝馬町送りですぜ。これじゃ結城さまにまで、お咎めがいくやも
知れませんぜ。下手をすると、お役御免ってことにも・・・」
「ひゃぁー、そ、そんな困ります。新八郎さまにまでご迷惑がかかるなんて。
どうぞ、見逃してくださいまし。あなたのおっしゃること、何でも聞きますから、番屋にだけは
突き出さないで、お願い」とゆきちゃん、アカデミー賞ものの名演技!あっぱれ アッパレ
筋書き通り、事はうまく運び、鬼八は私の腕をむんずと掴み、スタスタと夕暮れの小路を歩いていく。
今日に限って、平助さんのいる気配がない。段々暗くなってくるし、心細かったけど、もう引き返せない。
イザとなれば、鬼八の急所を蹴り上げて逃げればいい・・・でもこのところ肉も脂も抜きなので、
体力に自信ないしなぁ~~~
「おまえ、さっきから何をぶつぶつ言ってやがる」
気がつくと、きたない小屋の前にいた。のみやしらみが大歓迎してくれそう。
おまけに、鬼八のきったない手でそこに押し込まれてしまった。
とても、得意の足蹴りなど披露できる状態じゃない。
「生娘をものにするのは、ずいぶん久しぶりだなぁ、ゆっくり可愛がってやるぜ,ヒヒヒッ」
と云いながら,ぐいっと私の着物の前をはだけてしまった。マズイ、ブラジャー着けてきた、
とまるで見当違いの心配何ぞしだすようでは、このおゆきさんも、もうかなり動転してるのだ。
この私の清らかな真綿のごとき胸に、汚れきった手を押し当てるなんて、ひどい。ギャ―ッ
このおっさん、私の両足をガバッと押し広げ始めた。
こんなことなら、いくら嫌がられても,新八郎さまに,この身を捧げておけばよかった、と
後悔何ぞしている場合か?早くなんとか撃退せねば、と気ばかりあせって、のたうちまわったので、
よけい着物の前ははだけ、裾は乱れきってしまったのだ。
・・・と・・・そこへ・・・
「鬼八、それまでだ。御用だ,御用だ!!!」と新八郎さまの 凛々しいお声。
ハチマキにたすきなんかして,カッコ良く登場はしたものの、そこには、肌もあらわ、
髪振り乱し,胸は丸出し、というとても恥ずかしくて云えない(云ってるやん)
ゆきちゃんがころがっているのに気がつき、
「平助、早くこやつをお縄にして連れて行け」と偉そうに云うと,こちらに近寄って来た。
さすがの私も,場面の急展開についてゆけず、乱れきった状態で、ぐったりしたまんま。
「ゆきさん、あの、ともかく無事で何よりでした。もう安心していいからね。
それから、そのぉ できたら、着物ちゃんと前を合わせてくれるかな」と私の方をまともに見られず
目を反らしたまま,そう云った。私はというと、どっと一気に緊張が解け、
「どうして,もっと早く駆けつけてくれなかったのよ。私の清らかな体が、あんなやつのせいで
汚れてしまったじゃないの,ワォーーン!」
と吠えながら、新八郎さまに抱きついていった。
あまりの迫力に、か細い新八郎さまは、どーんとひっくり返ってしまい
「けっ、けがれてしまったって、もしや まさか よもや ゆきさん・・・」
「そうよ、あの鬼八のやつ,汚い手で私の胸元をぐいっと押し開き,その上私の両足を掴んで・・・」
と云いかけると、新八郎さまは、今にも泣きそうな声で
「ゆきさん、何もそんなに克明に再現してくれなくても いいのですが」
「でも、こういう取調べって、こと細かく述べないとダメなんじゃないの?」
[取調べって,別に私はゆきさんの事を役人として取り調べているわけではなくて」
「そりゃ、まぁそうだけど」と私も結構疲れているので、そのまま黙っていると、
「それで、それからどうなったんですか?」
って、やっぱり本当は事件の模様を再現して欲しかったくせに、ヤラシイワねえ。
「それでって、それで、おしまい。だってそこに,新八郎さまが現れたんだもの。
それとも、なあに、もっと先があったほうが良かったっていうの。
だいたいね、お役人がしかっりしてないから、こんなか弱い娘が危うい目に会うんじゃないの。
もう,お役人さん、ちゃんと見回り強化しといてよネ!」
危機一髪のところを助けに来てもらっといて、それはないんじゃないかとは思うのだけど、
どうもああいう取り乱した姿を、モロ見られてしまったので、こうでも云わないと、カッコつかない。
新八郎さまは取調べがあるとかで、奉行所に戻って行った。
貞操の危機を免れた御祝いにと,せっかくご馳走を作って待っているのに,まだ帰って来ない。
私の腕時計では、もう9時。いつもなら5時に帰ってくるのに。
でも、まあ、ご馳走っていっても、魚の焼いたのと、菜っ葉の煮浸しくらいしかできやしない。
毎日こんなお決まりの食事しかしないから、発想が貧困なのに違いない。
私も昼間の疲れが出て、ついうとうととしかけていると、ドンドン戸を叩く音がする。
なんだか調子はずれの唄のようなものが聞こえてくる。声はまさしく新八郎さまのようだが、
まさかね、彼がこんなに陽気に騒ぐわけないし、と思って そっと戸を開けてみると、
そこにはベロンべろんに酔っ払った新八郎さまがいた。
「ずいぶんとご機嫌のようですわね。私、ご飯も食べずにお待ちしておりましたのに、
その分では、お食事もすでにお済ませのご様子で・・・」
と嫌味たっぷりに言ってやったのに、てんで気にもせず、
「ゆきさんの御蔭で悪人を捕らえることができて、お奉行より直々にねぎらいのお言葉を
賜ったのです。その上、金一封まで頂戴致しました。今度ゆきさんにかんざし、買ってあげますね」
ふん、こんなザンギリ頭に、どうやってかんざしなんか挿せるっていうの。
カッカしながら二人分の冷ご飯をかきこみ、ふと彼のほうを見ると、その場に横になって、
グーグー寝ている。ホンとに、もう、頭にくる!
なんで、こんな薄汚い底冷えする台所で、手の切れるような冷たい水でお皿洗いしなきゃいけないの。
家にいれば、なーんでもママがやってくれたのに。いつでも暖かいご飯が食べられるのに。
江戸時代にワープして来て、初めて平成の世に戻りたくなった。ママやパパに会いたくなった。
一人娘の私が急に神隠しにあったように消えてしまって、どんなに嘆いていることだろう。
それに、公二君は、皆にどんな言い訳してるんだろう。
本人はしくしく泣いているつもりだったが、新八郎さまは急にガバッと飛び起きた。
「ど、どうしたのですか?」と寝ぼけてうろたえている。
「もう、私、我慢の限界がきたわよ。
ナンデ、こんな狭くて湿っぽくて薄暗いところで、電気もガスもテレビもパソコンもケーキも
コーヒーもとんかつもラーメンもマンガもアイスもチョコもなーんにもないとこで、一人淋しく
お皿洗わなきゃいけないの!おまけにこんな薄汚い着物しかなくって、お風呂も入れない。
いったい私が何をしたっていうのよ。17年も真面目にいきてきてたのに、ワー――ン」
「ここでの暮らしがそんなにつらかったなんて、ちっとも気がつきませんでした。
ゆきさんは毎日とても楽しそうに色んな事をやってくれたし、すっかり江戸の娘になりきっている
ように見えてましたが。私にもう少し金があれば・・・」と彼の声が子守唄のように優しく聞こえてきて
だんだんと遠くなってきて・・・ついに眠ってしまったみたい。
気がつくと、なんと私、新八郎さまと 一つの布団に寝ていた。
エーッ、どうしようと彼のほうを見ると、まさしく徹夜を物語る真っ赤な目、そして目の下には隈が・・・
私の鋭い視線を感じたのか「拙者、な、なにもしておりませぬ。神にも仏にもお誓いいたします。
絶対、金輪際、全く、ゆきさんには、指一本触れてはおりません」
こんなに密着しといて、触れないほうが不思議なくらいだけど、まあ、何しろ寝ていないようだし
今日のところは信じてあげるとするか。
でもね、こう、なーんか唇のあたりに、もやもやっとした感じが残っているような気がするんだけど。
この頃あんまり暇なので、志のちゃんにお裁縫を教えてもらっているんだ。その代りに、私は英語を
教えている。この時代にオランダ語ならともかくも、英語なんか何の役にも立たないとは思うんだけど、
どうしてもっていうんで、仕方なしに、ネ。
今日も二人で縫いものを広げていた。私はせめて新八郎さまの浴衣でも縫ってあげようと、真面目に
針を動かしていたら・・・
ドッドッドッと新八郎さまが、息を切らして帰って来た。昨晩遅くて文句を言われたからって言ったって、
何も昼日中に帰って来なくてももいいじゃないねえ。
「ゆ、ゆきさん、ゆきさんがタイムマシーンとやらに乗っていらっしゃった時、倒れていたあの場所に
若者が同じように倒れているのです。それも、ゆきさんとそっくりの着物を着て・・・」
「ヤッターッ、それはきっと公二君よ。やっと私を迎えに来てくれたんだわ」と出て行こうとすると、
ちょうどそこへ、平助さんと誰かが、その若者を運んでくるところだった。
「公二君、やっぱり公二君だ!やっと来てくれたのね」
あちこち傷だらけで、痛々しい公二君は、やっと目を覚ました。
「オッ!勇気、ほんとに勇気なのか、夢じゃないよな。ここは本物の江戸なのか?
オレのマシーン成功したんだな、ワオーッ!!」
と私の両手を握りしめ、ひとり感激の泪にむせかえっていた。
「公二君、この人が私を助けてくれて今まで面倒を見てくださった、結城新八郎さま。
そして、こっちが、そのお友達の志のちゃんです。
このお二人にはほんとのことを話してあるので安心してね」
「はじめまして、オレ、公二です。助けてもらってどうもありがとうございました。
えっと、ところでオレのマシーン、どこにあるのかな」
新八郎さまはためらいがちに、「それがそのマシーンとやらは、ゆきさんの時と同じく
四方八方に飛び散ってしまったようです」
「エーっ、そりゃ大変だ。部品だけでも早いとこ集めてこなくっちゃ、一生戻れなくなるぜ、やばい」
というなり、新八郎さまを引っ張って、到着現場へすっ飛んでいった。
半時ばかりして(一時間くらい)しょんぼりと公二君が帰って来た。
「なんとか部品を拾い集めたけど、すごくバラバラになってるんで、大丈夫かな?元通りなるかな。
これ作るのに、一年もかかったんだから、こんな何にも手に入らないとこじゃ、一体何年かかるか
わかんねえや」
「ちょ、ちょっと待って、公二君。今一年かかったって云わなかたっけ」
「そうだよ。勇気が、どっかんと消えちまってサ、オレもうパニックのかたまり。
死に物狂いで、アトリエにこもりっぱなしで、それでも一年もかかって、御蔭でオレ留年。
まあ、そんなこと今更いいけどな。勇気に一年もこんなとこで寂しい思いさせたんだもんな。
ほんとに、ごめんナ。一生かかってもオレつぐないするからな」
「えーっ、私がここに来てから、まだふた月ちょっとしか立ってないはず、よね」と新八郎さまの方を見ると、
「そうです、忘れもしません。ゆきさんに初めてお会いした時のことは。ふた月と五日になります」
「なんてこった!まるで浦島太郎だな。ってことは・・・こっちで一年かかるとしたら、
平成では数年もたっちまうんだ」
「わー、いやだよ~ん。一番楽しい青春時代の数年が煙の如く消えちゃって、年だけ取るのなんて、
ぜぇったーい、イヤダ!」ともうすでに、半狂乱。
「もう今さらじたばたしたって、どうなるもんでもないし、せっかく江戸時代に来れたんだから、
じっくりお江戸の生活を楽しもうや。それに勇気、もう一人じゃないぜ。オレという強ーい仲間が
来てやったんだからな。勇気が手伝ってくれたら、もっと早くマシーンが完成するかもしれないし」
と、それまで、ひたすら黙って、というか、あっけに取られて、二人のやり取りを見ていた新八郎さまが、
「あの~、先ほどからお聞きしておりますと、公二どのは、ゆきさんのことを、『勇気』と呼んでらっしゃる
ようですが・・・」
ア、まずい、名前の事はともかくも、誰も知らないのをいいことに、平成でのことも、ずいぶんいい加減に
自分に都合よく話してしまったのだ。
「新八郎さま、ごめんなさい。本当は、わたし、田中勇気っていうの。
平成では、誰にでも名字がつくのよ。勇気って、男の子みたいな変な名前だから、ここでは
『ゆき』にしておいたの。だから、今までどおり、ゆきって呼んでね」
志のちゃんは、もう帰ってしまって、私達三人、ほとんどご飯ばっかりの夕食を
食べ終えようとしていた・・・
「勇気、おまえ、ずっとこんなもんばっかし、食ってたのか?どうりで スリムになったな。
それにしても、もうちょっと腹の足しになるものないのか。あ、そうだ。
カップラーメンとインスタントコーヒーとロングライフミルクとチョコレートを
バックパックに詰めてきたんだけど、大丈夫かな。ワープしてきたもん、食っても」
「もう、どうなってもかまわないよぉ。未来食品が食べられるんなら」
早速、カップラーメンにお湯をいれ、とても3分間なんて待ちきれず・・・
わ~い、やっと平成の味!
「おい、勇気、どうした?ラーメンが喉につまったのか。
おまえ、もしかして、泣いてんの?」
「泣いてなんかいないわよ。グッスン・・・久しぶりの香辛料が、目にしみただけよ」
「結城さん、こんな意地っ張りとずっと一緒で、大変だったでしょ。
一日も早く平成へ戻れるように頑張りますから、もう少しの辛抱ですよ」
「そ、そんな、辛抱だなんて、私は別に・・・でもゆきさんにとっては
やはり、一日も早く帰れた方がいいのでしょうね」
とか何とか言っているうちに、夜も更けてきた。
どうしよう、この家には、二組しか布団がないんだった。
「公二君、どうする?お布団、二組しかないんだけど、
やっぱし、布団なかったら、寒いよね」
「あったりめぇじゃないか。ところで、おまえはいつもどこで寝てたの?」
やばい、こういう質問は、予想してなかった。
私がちっとも返事しないので、かわりに新八郎さまったら、
「ゆきさんは、ずっと、この部屋で・・・」
「えっ、この部屋で、って、すると、何か、勇気、ずーっと新八郎さんと
同じ部屋で寝てたっていうのか?!
オレが優等生の顔に泥を塗ってまで、必至でマシンこさえてたというのに。
その間、勇気ときたら、オレのことなんか忘れて、新八郎さんと仲睦まじくやってたって
わけか。ふーん、いい気なもんだな」
それを聞いて真っ青になった新八郎さま。
「ゆきどのは、平成の世では、男女が一つ部屋に寝るのは当たり前と
確かに申されたではありませんか、あれはウソだったのですか?」
「ゆきどの!」
「勇気!」
「ごめんなさい、だって、あんな寒くて暗い部屋に、一人で寝るなんてこと・・・
そうだ、お布団ふたぁつ くっつけて、真ん中に私が寝るってのは?
少しきゅうくつだけど、押しくらまんじゅうみたいで、あったかいわよぉ~」
「オレ、そんなのイヤだ」
うン、もう、公二君のわがまま。
「どうせ、私の事、女だなんて思ってないんでしょ。だったら、ごちゃごちゃ言ってないで
それがイヤなら、そのへんで転がっとけばぁ」
というわけで、人間サンドイッチという、一生に一度の奇妙な体験をしたのだった。
さすがに新八郎さまは、昨夜に引き続き2度目なので、余裕。
ぐっすりお休みになり、公二君もなだかんだ言っても、ミラクル体験で
疲れてるらしく、いびきと歯軋りと寝言の大洪水。
わたし?もちろん、ぐっすり眠りましたわよー。
次の日からは、志のちゃんのうちで、空いている部屋があるというので、
公二君はそっちで、寝ることになった。一件落着。
公二君は、昼間は、マシンの製作に没頭していた。
志のちゃんは、ずっと公二君に付ききりで手伝いしている。
公二君が現れてから、志のちゃんは、キラキラ輝いているようだ。
二人に未来はないのだから、あまり入れ込まないほうがいいのにね、
とは思うけど、こればっかしは、止められないよね。
お陰で、私は唯一の遊び相手、志のちゃんを失い、公二君の手伝いするのも
なんか二人のお邪魔虫みたいだし・・・一人で暇を持て余していた。
なんなら、私のかわりに志のちゃんを平成の世に連れて行ってくれてもいいけど・・。
もう、これって、ひがみ?それとも嫉妬?なのかな。 ま・さ・か・ネ
あ~暇じゃわいなぁー。公二君も来た事だし、そのうちここともお別れなんだから、
今のうちに、江戸の町をじっくり見ておこうと、一人で「お江戸ウオッチング」を始めた。
無事平成に戻れたあかつきには、(お江戸へワープ体験記)を
雑誌社に売り込みにいかねば・・・
ここに来てから、ずっと草履ばっかり。始めの頃は指の付け根が痛くって
水ぶくればかし出来てたけど、今じゃすっかり馴染じゃって。
このぶんでは、もう24cmのくつなんて、はけないんじゃないかな。
お風呂もシャワーもないならないで、どうってことなくなったし、
根がズボラなもんで、ここののんびりした生活の方が合っているのかも。
などと、ぶつぶつ、つぶやきながら歩いていると、前方から、何やら楽しそうな
カップル。えっ、なんと新八郎さま。
そして、お相手は、江戸小町と名高い、ゆりさん。
新八郎さまの、あんなに楽しそうな顔、今まで見たことない。
きっと、いつもは、未来から飛び込んで来た、はねっかえり娘に、
ほとほと手を焼いてるんだろうな。どんなにひっくり返っても、、
この私じゃ、あのゆりさんのように、おしとやかにはなれそうもないもんね。
とっさに、わたし、物陰に隠れてしまった。
天真爛漫、快活だけがとりえの勇気ちゃんなのに、いつの間に、
こんなにいじけた性格になってしまったのかしら。
いくら江戸時代になじんだと言っても、性格までなじまなくってもねえ。
「ゆきさん、そんなところに隠れて、どうしたのですか?」
えっ、なんと言うこと!私が一生懸命隠れてるのに、どうして分かったの?
「か、かくれんぼ、してるのよ」
「一体誰とですか?見たところ、オニはいないようですが・・・
本当に、ゆきさんて、ゆかいな人ですね。
平成の娘さんは、みなそうなのですか?」
まさか、ね。こんなわたしみたいなのが、そこらあたりにうじゃうじゃいたらコワイわよ。
「あれっ、江戸小町はどこへ消えちゃったの?
それにしても、まっ昼間から逢引とは、すすんでるのね、新八郎さま!」
志のちゃんと言う彼女がいながら、一方ではあんな美人とデートだなんて、
意外や意外、この新八郎、プレイボーイなのかも。
それにしても、このわたしに見向きもしないのは、どうしてぇー。
「逢引だなんて、そんなー、ばったりそこで会っただけですよ。
ははーん、それでゆきさん、隠れていたのですか。
ふっ、意外とかわいいとこあるんですね」
ふんだ、意外だけよけいだわサ。
「私も、お役目が終わって帰るところなので、一緒に行きましょう。
それとも、まだかくれんぼの続き、やりますか?」
二人きりで江戸の町を歩くのは、ホントに久しぶり。
でも、もう二度とないのかもしれないな。
西の空は茜色に染まっていく。
早春の宵、ほんのり暖かいもやが、二人を包み込む。
ふと気がつくと、家路に急ぐ人々も途絶え、
掘割の側には、私と新八郎さまだけ。
新八郎さまの温かい手が私の肩にかかる。
ドッキンドッキン 私の胸が高鳴っていく。
そして、ゆっくりと彼の唇が重なってきた。
うっとり、夢の中を彷徨っているみたい。
どのくらい、私、新八郎さまの腕に抱かれていたのだろう。
それから、家までは二人ともずっと黙っていた。
新八郎さまは私の手を優しく握っていてくれた。
この雰囲気のまま、二人きりの家に戻れば後はどうなるかわかりまする。。。
が催眠術にかかったみたいに、彼に寄り添っていた。
・・・と家の中から「勇気か、おっそいじゃないか。オレ腹へって死にそう。
いったい今までどこほっつき歩いてんだ!」
もう、公二君たら、私たち二人せっかくいいムードに盛り上がってるというのに、
ぶちこわしじゃないの。
でも、ま、冷静に戻れてかえってよかったのかもね。
急いでご飯の仕度をして食べ始めたが、新八郎さまは、一言もしゃべらない。
公二君に変に思われるじゃないの。でも、必至で食べまくっている公二君は
人のことなどかまってられないようで、よかった。
「あ、そうそう、勇気、喜んでよ。もうすぐマシーンが完成するからな。
早く平成に戻って腹いっぱい食いたいよな。
勇気はまず一番に、何食いたい?」
「それより、うちのパパとママには何て説明してるの?
それから、学校とか友達にも・・・」
「おまえの両親には、本当の事を打ち明けたけど、こっちがびっくりする位
すんなり、オレの言うことを信じてくれたぜ。さすが、勇気の親だけのことはあるよな。
学校とか友達には、まさか本当の事は言えないんで、おまえはアメリカに留学
してることになってるらしいぜ」
「エーッ、そんな、どうしよう。何年もアメリカに行ってることになってるなんて、
私、英語なんてぜんぜんしゃべれないよ~。」
なんだかんだ行っても、やっぱり元の生活に戻れるのはうれしいので、
二人ではしゃぎすぎて、新八郎さまの存在を忘れてしまっていた。
「公二どの、あとどのくらいで、そのマシーンとやらは出来上がるのですか?」
「うーん、そうだな、あと2,3日ってとこかな」
「そんなに、はやく・・・ですか。 よかったですね」
と消え入りそうな声で言った。
「じゃあ、オレ、志のちゃんちへ寝に行くから。明日また頑張るナ。おやすみ」
公二君が帰ってしまってからも、新八郎さまは暗く沈みこんでしまったまま。
かぐや姫を月へと見送る翁のような心境なのかな?
(いったい,誰がかぐや姫だって?)
やがて,ついに、かぐや姫が月へと旅立つ日がやって参りました、
ではなく、私と公二君がマシーンに乗って,平成へ戻る前日、
志のちゃんと新八郎さま,それにご近所の人達も集まって、
盛大にお別れ会を開いてくれた。
ちょうど桜が満開だったので,皆でお花見に出かけた。
もちろん,ご近所の人達は,我々が上方に帰るものと思っているので、
陽気に騒いで,「また,遊びに来てね」と気安く言ってくれるが、
さすがに我々四人は浮かぬ顔だった。
できるものなら、新八郎さまも志のちゃんも一緒に連れて帰りたいよ。
新八郎さまにジーンズはかせてみたい。TVも見せたいよ。
この何ヶ月かずっと新八郎さまと一緒だったというのに、
もう,逢えないんだ、FOREVER.
涙がとめどなく流れてくる・・・
「勇気、カメラ、写るかどうかわかんないけど、やってみるか」
新八郎さまと志のちゃんに,カメラの説明をして,何枚か写した。
でも,きっとワープの途中でバラバラになっちゃうんだろうな。 クスン。
とうとう江戸最後の夜になってしまった。
話したいことは山ほどあるはずなのに、新八郎さまも私もなかなか言葉がでてこない。
「新八郎さまに買ってもらった、この櫛とかんざし。ゆきは一生大切にいたします。
ずっと,何もかも新八郎さまにお世話になりっぱなしだったのに、わたし,なんにも
お返しできないまま,お別れするのは、本当に心残りです」
ずっとうつむいて私の話を聞いていた新八郎さまは,突然、顔をあげると、
キッパリした表情でこう言った。
「ゆきさん,お願いがあります。あなたが、ここにいらっしゃった時に着ていた
あの「ジーンズ」と「トレーナー」とかいうものと、それから「くつ」も
想い出に頂きたいのですが・・・
「あんな物でよかったら,どうぞ貰ってください。」
「それから、ゆきどの。あともうひとつだけ」
「なんでしょうか,遠慮なさらず、おっしゃってください」
そういいながら,新八郎さまの顔を見て,私はすべてを理解した。
情熱ほとばしる眼差し、かれのドキドキが、ここまで伝わってくる。
あっと思うまもなく、新八郎さまの力強い腕に抱きしめられた。
「嗚呼、ゆきどの。毎夜あなたがすぐ横で寝てらっしゃるのに、
手を触れることもできず,どんなにつらかったことでしょう。
でも,見ず知らずの私を信じている,無邪気なあなたの寝顔を見ると、
何もできなかったのです。
しかし,明日の夜に、もうあなたはいない。
今、はっきりとわかりました。自分の本当の気持ちが。
ゆきどの,私は、あなたと身も心も、ひとつになりたいのです」
障子越しに月明かりが差し込むだけの 同心長屋の片隅で
私は新八郎さまと結ばれた。
これが「愛」というものなら、なんて甘く、そして哀しいものなのだろう。
翌朝早く、決行することになった。
「ON」のスイッチは、新八郎様が押してくれる手はずだ。
公二君と私は普段の着物姿で,マシーンに乗り込んだ。
私は宝物の櫛とかんざしを袋に入れて、首からぶらさげている。
衝撃でぶっ飛んでしまわないように・・神様お願い!
公二君のバックパックには、江戸での想い出の品、きっと
志のちゃんからのプレゼントも入ってるのだろう。
志のちゃんは,真っ青な顔で、新八郎さまの横に立っている。
新八郎さまはさすが、武士だけあって、緊張はしているが、
決して取り乱したりはしないだろう。
公二君の合図で、新八郎さまは、頷くとスイッチを入れた。
ガタガタ、がたがた・・・前のようにマシーンが動き始めた。
私は公二君の手をきつく握り締め、目をつぶった。
ドン,ピカピカ、ガチャ==ン
バチバチバチ>>>>>・・・・・>>。。。。。。。。。。。
どーんと床に投げ出された。
いたーいぃぃぃ~~
なかなか目が開けられない。
頭、クラクラ、ジンジン、ガンガン・・・・・・・
かすんでいた目が、ようやく明るさに慣れてきて、
やったー!!成功! 戻ってきたんだ。
公二君ちのアトリエだ。
バラバラのマシーンが見える。
首からぶら下げた、櫛とかんざしは無事だったみたい。
やっぱり夢じゃなかったのねえ。
えっ、公二君はどこ?
「いてててぇー、志のちゃん、ムニャ、ムニャ・・・」
「公二君、起きて、おきてよ。成功よ。戻れたのよ、現在へ」
「ワァオー!勇気、よかったなあ」と私たち二人は固く抱き合ってよろこんで、
ハッと、我に返って、離れた。
「オホンッ、とにかく、そろっとオレの部屋に戻ろう。
いろんな事を確認して、策を練らないとな。ハラも減ってることだし」
二人して、そろーり、そろーりとこそ泥のように、足音忍ばせて行った。
二人とも汗の染み付いた、きったない着物をきてるんだもん、
誰かにみつかったら、どう言い訳するのよ。
公二君は時計の日付を見て、何度も首をかしげている。
「えーっと、たしか勇気が消えたのが、1999年2月で、高校2年生の時だったよな。
あれから、マシーン作りに一年かかり、2000年2月にオレがワープした、と。
少なくとも、2001年2月くらいには、なってるはずなのに、
どうしてだろ、時計は1999年2月11日になってるぜ」
「えーっ、あたまこんがらがってきちゃった。とにかく服着換えて、
新聞でもみてきたら・・・」
新聞の日付も、やはり同じ。テレビでも、同じ。
「それで、今は何時頃なの?朝、のようだけど」
「今朝7時だ。これが合ってるとすると、今日は祝日だから、
学校行かなくていいんで、助かったな。
オレ、ちょっとお袋の様子見てくるわ。オレの顔見ても驚かなかったら、
ホントに昔に戻ってるはずだからな」
公二君が様子を見に行っている間に、私は彼のトレーナーとジーンズに
着換えた。ダブダブだけど、文句は言えない。
しばらくして、公二君がキツネにつままれたような顔をして、戻ってきた。
「やっぱし、2月11日みたいだ。お袋、オレの顔見て、『オハヨウ』って言ったもん。
とすると、オレは1999年をもう一度繰り返すことになるんだけど、おかしいんだ。
勇気が消えた翌日からの記憶が全くないんだ。覚えてれば、大預言者に
なれたのになあ。江戸でのことは全部はっきり覚えてるのに、変だな」
「う~ん、これって、やっぱし、よかったのよね。
でも、でも、もしかして、私、公二君の部屋で一夜を明かしたことになる訳じゃないの。
いくら相手が公二君でも、これはちょっとやばいかも」
「あっ、その点は大丈夫!うちのお袋、勇気が泊まってるの知ってたよ。
おまえのママも知ってるらしいぜ。なんか信じられない話だけど、
そんなにオレ達って親に信用されてるのか?それとも、ふたりとも
まるっきり、お子様にみられてんのかな」
もう、そんなこと、どうでもいいから、早く家に帰りたいよ。
パパとママの顔が見たい。
公二君は、二人の話が食い違うと困るので、私の家まで付いてきてくれた。
「いいか。くれぐれも、注意しろよ。ママの顔みて泣き出したりすんなよ。
オレが変なことしたと、思われるからな」
ふんだ!そのくらいの精神コントロールができなくて、どうして、
この江戸~平成のワープショックが切り抜けられるのよ。
「あ~ら、勇気ちゃん、おかえりなさい。初めての朝帰りの気分はどう?
公二君とこで、もっとゆっくりしてればいいのに。
ママはこれからパパとゴルフに行くから、じゃあ、公二君ごゆっくりね」
と、飛んでいった。パパは心配そうな顔をして、私たち二人を見比べてから
ママの跡を追って行った。
こんなにも、娘の朝帰りを容認する親がいてもいいのか!!プンプン!
冷蔵庫を覗くと、わー、入ってる、入ってる。何から食べようかな。
「勇気、今さっき、うちで朝ご飯3人前くらい平らげといて、まだ食う気かよ。」
夢にまで見た、ケーキ、チョコレート、アイスクリーム、何でも食べ放題。
ウン! 公二君、まだいたの?
「なぁ、、勇気、えっと、そのぉ・・・ちょっと聞いときたい事があるんだけど、
ホントに、新八郎さんとは、何にもなかったのか?
最後の晩くらい、盛り上がって、どうにかなったんじゃないのか?」
ドキッ、今、そんなこと話題にしなくてもいいじゃないの。
「別にぃー、何にもおこらなかったわよ。ほら、わたしって、ご覧の通り、
お色気もないし、男の人にそういう気を起こさせるタイプじゃあないでしょ」
「ホントに、何にもなかったのか、そりゃよかった、えっ、いや、
ま、そう言われれば、そうだよな。女だと意識しないよな」
もおぉ~、人が下でに出たのをいいことに、なんと乙女心を傷つけることを言うやつだ。
「それよりか、公二君の方こそ、志のちゃんにせまられたんじゃないの?」
すると、公二君ったら、ポッと顔が赤くなった。
「ほんと言うとね、もう志のちゃんともこれっきりだと思うと、オレの方が
気持ちが高ぶって、せまったんだけど、NO,って言われちゃった。
どうして、江戸時代の女の子に英語で拒絶されるわけ?
今度いつか、平成にくる時まで、お預け、だってサ」
公二君は、私のウソの告白に安心したのか、久しぶりにベッドでぐっすり
眠れると、機嫌よく帰って行った。
私も、何ヶ月かぶりに、我が家のお風呂にゆっくりとつかり、
江戸の土ぼこりと垢を、さっぱり洗い流し、
グレープフルーツジュースをゴックリと飲み干し、
ああ、これで、やっと普通の高校生に戻れるのだと、
単純に喜んで、眠りについた。
ほんのつかの間の平穏だとも知らずに・・・・・
前編・完