ハナ カムズ ホーム

前に飼っていた犬が死んで1年、私の人生の中で、その犬の死をどう消化するかということが大きな課題になった。いわばペットロスな日々である。ほんとに、親が死んでもここまで悲しむかというくらい、ペットロスはつらかった。我が身をひきさかれる思いとはこのことだろうと、このトシになって実感したくらい。おおげさでなく。ま、そのへんのお話はまたあらためてするとして、冬も近づくある日、ウチの居間に犬が入ったダンボールがどかんと置かれた。今回はそのお話。


うちの近くに大型ショッピングセンターがオープンして、例の悪名高きペットショップKがテナントで
入っていた。「ここはやばいよなー」と思いつつ、やっぱり犬といえば、嗚呼、気になるじゃあないですか。それでのぞいてしまったのがまったく運のつきであった。忘れもしない、入り口から数えて2番目のおりにちびハナが「どうもー」という感じでこっちを向いていた。
その顔を見て何を驚いたかって、前の犬にうり2つ。犬種は違えど、目元口元、「なに?」とこっちを見るその斜め目線といい、誰を見ても「えへへ、どうも」と挨拶をせずにいられない性分といい、生き写し。しかし後に、ハナは決定的に前の犬と違う点があることが分かってそこが大問題となるのだけど、そのときは知るよしもなし。でももう犬飼うのはやめと思ってたし、私にできるのは、早くだれか優しい人にもらわれてくれよ、君よ幸多かれと祈るばかりであった。

しかしどうしても気になる。その日から毎日、毎日Kに通わずにはいられなかった。あれだけ、あいそ良くふるまってるのだから、すぐ売れるだろうという予想に反して、他の犬が飛ぶように売れていくなかでハナはいつまでも残っていた。
まあ、確かに誕生日が名札に書かれてないし、ちょっと分かる人なら、誰でも出所が怪しいことはばればれだもんなあ…。
しまいには、さしものKである。値段は下がるは、耳にリボンつけられるはの売らんかな攻撃。ハナときたら、だいぶストレスがたまってきたのだろう、おねしょシートをびりびりにしておりの中から「まだなんスよ」と、うらめしそうにわたしを見てる。そんなこんなで私のやきもきも最高潮に達したある日、入ってきたわけ知りおばさんのこの一言が私の背中をどかーんと突き飛ばしたのだった。

「あーあ、こりゃ、あんたはダメ犬だわー。こんな犬売ってはいかんわー」

…あったま来た。確かにハナは怪しい。股関節は脱臼気味だし、誕生日は明記されてないし、血統書も後から送られるってパターンだし、もしかしたらパピーミルとかで生まれた犬かもしれん。
しかしそれは人間がダメなのであって、犬じゃない。人を憎んで犬を憎まずなのだ。などとよく分からんフレーズが頭の中でぐるぐる渦巻いた。だいたいこうやって犬そのものにうわべだけの「いい悪い」のレッテルを貼る輩がいるから、悪名高き犬ビジネスがこの世に横行するのである。
確かにおばさんの後半部の意見は正しい。犬全体の幸せを考えたら、こういう店で犬を買うこと自体、控えた方がいいに違いない。おっしゃる通り。でも頭では分かるけど、この目の前にいて、「まだなんスよ」と言っているこの犬との出会いはどうなるのか。犬との出会いこそまさに一期一会。名刺交換するわけにもいかんし、ケータイの番号教えてもらうわけにもいかん。

もう悩んでる時間なんて必要なし。私の選択は決まっていた。
私はこの犬に「あんたはダメじゃない」って言うために、
ずっと一緒にいることに決めたのだ。



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