持続的・環境保全的農業における
食糧供給基地としての北海道の役割

Ancha Srinivasan (アンチャ・スリニヴァサン)
地域科学研究所上級研究員・農学博士

 

はじめに

 わが国において、北海道は国土面積ではその22%、農耕地面積では24%もの面積を占めている。また、コメ、畑作物、家畜の生産量において重要な地位を占め、わが国における食糧供給基地としての役割はよく知られている(表参照)。北海道は日本全体に占める農家戸数の割合は少ないが(国内総農家戸数の2.3%)、農業生産量においては約10%を占めている。
 北海道は、農業生産において将来的にも有望であり、世界的にも最も発展が期待できる地帯である。石狩川、天塩川、十勝川流域、および海岸地方の広大な平野を持ち、農耕地にとって地形的にも恵まれている。北海道は人口密度が低く(全国平均325人/km2 に対して72.3人/km2 )、中程度の肥沃度を持つ平地の割合が高く(40%)、農家1戸当たりの耕地面積が広く(他の都府県1ha に対して14.2 ha)、農家のうち専業のものの占める割合が比較的高く、機械化の進行も顕著であり、耕地化可能な土地にも恵まれている。
 さらに、栽培期間中の豊富な日射量や、気温の大きな日較差は、高品質の穀類、豆類、根菜類生産に有利である。北海道において、労働時間の短縮にも関わらず食糧生産が増加したことは、とくに注目すべきことである。例えば、1965年から1993年にかけて、労働時間は1,180時間から270時間に短縮されたのにもかかわらず、コメの生産量は ha 当たり3.9tから5.1tに増加している。同様に、牛1頭の飼育時間は376時間から105時間に短縮されたにもかかわらず、乳生産量は3.8tから7tに増加している(Iwafune,O. 1995)。これらのことをみると、北海道はわが国の他の都府県に比べ、農業の発展において大いなる将来性を持っていると言えよう。
 しかし、恵まれた状況の反面、北海道も多くの問題を抱えているのは事実である。日本の他の地域と同様に、農家戸数の減少(1975年の135000戸から1994年には85,000戸)、農業就業人口の減少(同じく303,000人から189,000人)、農業従事者の高齢化(60歳以上が35.4%)、農業後継者の不足、農業における雇用機会の減少などが起こっており、これらに加えて、地理的に遠隔地であること、作期が比較的短いこと、若齢層の北海道離れなどの北海道固有の問題もある。さらに、農業への補助金の削減、農産物の貿易自由化促進に向けてのガットウルグアイラウンド合意、地球環境や食糧の安全性に対する関心の高まりなどから農業再編成を余儀なくされており、競争力強化が求められている。また、北海道農業を考えるとき、約2.4兆円もの生産額を持つ農産物加工業分野の存在を差し置くことはできない。農家だけでなく農産物加工業分野においても、収益性の確保だけではなく、それを環境保全と両立させることが重要な課題である。
 この章では、農業の持続性、農業の地球環境に与える影響、農業における技術的な変革、を考慮した上で、これらの目標に向かって北海道が何をなすべきかを提言したい。畜産、林産、水産の分野についてはそれぞれの専門家が執筆する予定であり、ここでは問題を作物生産に限定して述べることにする。

 

農業における持続性

 「国際稲研究所」(IRRI)や「国際半乾燥熱帯作物研究所」(ICRISAT)など全世界に14の国際的研究機関をもつ「国際農業研究協議グループ」( the Consultative Group on International Agriculture Research、CGIAR) の「技術諮問委員会」(Technical Advisory Committee 、TAC) は、農業の持続性を「農業に対する人類の需要に応えながら、環境の保全および改善、天然資源保護も可能にするように資源を有効に活用すること」(successful management of resources for agriculture) と定義している(TAC, 1989)。  上のような定義は漠然とした主観的、定性的なもので、分かりにくい。農業の持続性に関係する主な物差しは次のようなものである。すなわち、環境保全と採算の上から最適な生産性、土壌・水質の保全、劣化土壌の修復、汚濁あるいは溶解物質の水系への負荷軽減、農業生産系からの大気汚染物質発生低減、農業生産系外からの資源投入の最適化、農業生産系内のエネルギー変換と利用の効率化、労働の効率化、高水準の生活と農家の職業的地位の向上、等である (Lal, 1994)。
 北海道ではすでにクリーン農業を推進しているが、今後もこのような問題を着実に改善していくための努力が必要である。しかもそのような農業は、生産性や収益性が高いばかりでなく、生態に調和するものであり、社会的にも広く受け入れられるものでなくてはならない。しかし、持続的農業生産系を確立できるかどうかは、農業が相互に関連した全体的なシステムであることを認識できるかどうかにかかっている。例えば、農業生産活動は土地利用の面から見ただけでも、自然保護、観光、林業などと切り離して考えることは困難である。土地利用方式は、水系資源や景観の管理に影響を及ぼし、さらには雇用や教育に関連した社会的なサービスにまで関係していくからである。

 

農業が地球環境に与える影響

 国土や天然資源の利用者として、農業は重要な環境の管理者である。農業は、環境に対してプラスにも、マイナスにも作用する。地球温暖化、砂漠化、森林破壊、生物的多様性の消失などの環境問題は、新聞の見出しをにぎわしており、農業は資源の減少や環境の劣化に対して責任を負わされている。しばしば、マスコミは、農家を生産性や利益のみを追求する者として、環境保護論者をいかなる犠牲を払っても環境を保護することを要求する者として、描写している。しかし、実際には、ほとんどの農家はそれぞれの土地を丁寧に管理しており、ほとんどの環境保護論者は農業が盛んになることを願っている。こうしてみると、農業にとって大事なことは環境問題を解決すること、そして、それをどのようにして低コストで達成するかを考えることである。それゆえに、適正な土地利用と適正な農業生産システムを併せて取り入れていくことは重要である。土地利用の形態は、農耕地、草地、造成林や、これらの複合したものであり、農業生産システムも、単純型あるいは複雑型、天然資源依存型あるいは合理的管理、資源低投入型あるいは多投入型、自給自足型あるいは採算重視型といったいろいろの選択肢がある。土地利用形態をどうするかによって、農業は土地荒廃あるいは保全の、持続的あるいは非持続的のどちらにも変わりうる。賢明な土地利用を行うことがなにより大事である。
 農業が与える地球温暖化への影響を正確に評価することは困難であるが、炭酸ガス濃度の上昇(1970年の330ppmから1980年には340ppm、1990年には352ppm)は純然たる事実である。現在の予測通りであれば、地球温暖化は、北海道にとっては作期の延長といったように有利に働くかもしれない。しかし、農業が地球環境の保全に対して負っている責任を考えれば、オゾン層の破壊や地球温暖化に関与している農業資材から発生する化学物質(臭化メチル、NO2、CH4など)の削減に努めなければならない。他の地域の調査結果ではあるが、日本でも土壌浸食、家畜糞尿、肥料および農薬の流出は、深刻な表面水および地下水汚染の原因となっているという。このような地球温暖化や環境汚染を防ぐために、コストの削減にもつながる投入資材の削減に努力することは必要である。
 日本は世界最大の農産物輸入国であり、日本人1人あたりが適正値である1.7tをはるかに越える炭酸ガスを放出していること(これは、産地から消費地までの長距離の輸送など、食糧供給における低いエネルギー生産性に由来していることも関係している)を考えれば、日本は地球環境の保護に対してもっと責任を負うべきだとする国内的、国際的な批判は当たり前のことであろう。日本は年間約3200万トンもの穀物を輸入しており、穀物の国内自給率は30%以下にまで低下している。国際貿易の3分の1を占めるエビ(日本の最大の輸入食料)も含めて、世界の総量の約20%もの海産物、木材、鉄鉱石、石炭、15〜20%にのぼる石油、等が日本に輸入される。同様に、野菜類で25:1、果物類で37:1と、日本の輸入量は輸出量を大きく上回っている。農業基盤がしっかりしている北海道は、a) 食糧自給率を可能な限り向上させるために、また、b) 環境に優しい農業を推進していく国際的な協力関係を築いて行くために、日 本のなかで指導的な役割を果たせるはずである。

 

技術革新の影響

 急速に進行しつつある技術革新は、農業の持続性に大きな影響を及ぼしている。得られる利益は技術の型により変わってくる。機械技術は、労働者の代わりに機械が置き換わるので労働の省力化あるいは精密化となる。他方、生物化学的な技術は土地の節約となり、生産量が増大する。生物的技術もまた、化学肥料、新しい種子、殺虫剤、新しい作業形態への変革を容易にする。
 新技術(バイオテクノロジー、情報テクノロジー)も重要である。バイテクはおもに、種子、肥料、農業、家畜衛生の分野に応用されだしている。バイオテクノロジーによって生産力が上がれば必要な土地面積を減らしたり、天候、病害によるリスクや不安定性を軽減したりすることが可能になるかもしれない。バイオテクノロジーが機械や化学技術と結びつくならば、病虫害の全体的管理、耕作方法がもっと効率的で経済的なものになりうる。もし、バイオテクノロジーによって、現行技術よりも農薬や肥料に依存しなくても良いような農業になれば、多分、今の環境調和型農業よりも良いものになるかもしれない。バイオテクノロジーは経営規模が大きいほど利益が大きくなるので、北海道にとっては有利な技術となるかもしれない。
 農場管理者にとって、情報はこれまでも重要であったが、近年、その重要さはいよいよ増大してきている。これまでの農業は、土地、労働、資本のような目に見える資源を、少しの知識と情報で運用すれば十分に運営できたのであるが、これからは多くの知識と情報が、農家経営でも非常に重要となってくると予想される。経営規模の大きな農家ほど、特殊な技術を採用したり、色々な部門に費用をかけたり、また、それらから利益を得ることができるので、情報テクノロジーを採用して、利益を得やすくなると思われる。空間情報技術(Spatial Information Technology、SIT)は、作物のモニタリングや管理のための核になる情報システムである。SITは地理情報システム(Geographic Information Systems、GIS)、地球位置決定システム(Global Positioning Systems、GPS)、リモートセンシング、デジタル画像処理システムなどのいろいろなコンピュータ技術を含んでいる。インターネットや小型円盤(small-dish)衛星のような遠隔通信技術によって、空間データや情報資源を容易に得ることが可能になるとおもわれる。
 コンピュータ取引システムやデータベースまでをも含むテレコミュニケーションテクノロジーにより、生産者、加工業者、小売業者の間のコミュニケーションが改善されると、市場を飛び交う情報量が大幅に増えるものと考えられる。農業関係者に他の市場へチャレンジする機会を増やしたり、取引コストの軽減となるなど、この技術は、農家レベルにおいてよりも、その関連産業へのインパクトが大きいと予想される。
 生産者側からみた完全なGISとは、農場に関するハードウェア、公共機関が持っている土壌やその他の情報、ソフトウエアーやそれを使う際の指導・助言までを含んでいる。これによって、土壌や排水、作付と収穫記録、土地保有、管理などの様々な情報を、作付計画、圃場管理、マーケティングやその他の目的のために集約したり、分析したりすることができるようになる。もし、農作業を大規模に行おうとするならば、土地や農業機械の管理にはGISが必要となるであろう。GPSユニットは、圃場の中の収量変異、土壌特性、その他の土地情報を得るのに役立つ。圃場の特徴を表すマップを容易につくることができるので、次の作付に使う肥料や農薬の量を調節することに役立つ。それゆえ、GISとGPSは、各地域における生物的、物理的、そして社会・経済的な資源の特徴がどのようであるかを知ることができ、冷害、旱魃、養分不足などの障害が生ずる確率、農業の持続的発展のための適切な資源管理システムの開発に役立つ。
 精密圃場管理(Precision Farming)システムは、農業資源と生産情報を管理する新しい方法で、GIS、GPS、精密農業機械などの技術を組み込んだものである。この方法により、農業者は生産量を増大させ、生産コストの軽減、収入をより安定させることが可能となる。例えば、精密圃場管理システムでは、GPSに連動した収穫機により、圃場内の収量変異が、圃場ごとに記録されていく。これと土壌調査などを用いて、GISによって圃場内の精密な肥沃度分布図が作られる。翌年の作物の施肥は、 GPSと連動しながら場所ごとに施肥量を自動的に調節できる散布機似よって行われる。こうして、生産力の向上と、施肥量の軽減が可能になるのである。このような技術を採用するには資本がいるので、ある会社が保有しているような農場でまず始めるのが望ましい。
 また、精密圃場管理システムは、農場内の野生動物の保護のため、農薬散布や農作業をさけるべき場所を知るのに役に立つはずである。また、様々な農家で養分循環、病虫害の生活史、生物防除などに基づいた複雑な輪作を考えていくうえでも大いに役に立つ。例えば、米国のチェサピーク湾水系は生物的多様性に富むところとして知られているが、長い間、地域の農家が湾やそれに注ぎ込む支流の水質を悪化させてきたと言われてきた。レミントン農場プロジェクトは、およそ1,340haの中で農業生産と野生動物保護区を生存させるもので、生産性が高く、環境保全的で、採算性に富み、かつ、社会的に受け入れられやすい持続型農業システムを作りあげるために、Precision Farmingが使われている。そこでは、精密土壌区分、土壌養分、pH、収量、病虫害発生などの地図が作られ、肥料や農薬などの資材投入量と生産量がモニタリングされている。そして、それに基づいて、各種の生産物の栽培管理がきめ細かく行われている。また、農場は生産方法と水質の関係を理解する良い機会となっている。北海道では、サロマ湖の水質汚染が問題となっているが、精密農場管理システムによる汚染軽減の可能性は高そうである。
 これら革新技術の中で、バイオテクノロジーが本当に実用化されるには、まだ時間が必要と思われる。しかし、SITや精密農場管理システムはすでに農業に広範に使われだしており、栽培管理の精密化が可能になることを考えれば、持続型農業にとっては重要な技術となっていくものと思われる。

 

収益性の高い環境調和型農業の実現のために

 1.総合的農場管理計画(Whole Farm Planning)の推進
 このプランは、農家における意志決定のための包括的なやり方で、意志決定の過程の中に、農場全体と活用できるあらゆる資源を視野に入れて考えていくものである。このプランは、農業者の目標達成を支援すると同時に、自然資源方は、農業関係者は、利用可能な資源や問題の解決策などの情報を多く持つほど、賢明な選択ができるようになるはずだというものである。一つの目標だけを達成しようとする単純なプランとは考え方が逆である。この考え方の利点は、環境保護と水質保全の推進、環境保全と経済性の調整、持続的農業の推進、生活の質の向上を考慮しながら、農場経営の様々な方針を決めていけることである。総合的農場管理計画の重要な要素は、農業者家族の目標、農場の経営可能性、水質、土壌保全、養分管理、水管理、病害管理、土質、輪作、耕起法などである。このプランによって、これら雑多な要素を統合し、それが農家の目標達成に利用されるようになれば、ある作業が他の作業に、また、ある資源が他の資源にどのように影響していくのかが容易に理解できるようになる。要素を統合していく過程とは、農業者がどの問題が最も重要であるかを決め、それに対する色々な解決策のうち、どれが達成したい目標に最適であるかを評価することである。こうして、それぞれの目標を達成する、最も採算の合う解決策を見付けていくことができるのである。
 米国では、CROPS(Comprehensive Resource Planning Systems、バージニア工科大で開発)やPlanetor(ミネソタ大学の農場財政管理センターで開発)のような総合的農場管理計画用のコンピューターのソフトウェアーがすでに使われている。“CROPS”は、それぞれの農場で、家畜、土壌類型、圃場面積、傾斜度、水路に関する詳細な情報を地図上に描き出し、汚染や土壌浸食の危険性のある地点を示すことができる。農業者は、環境保護、目標利益についての情報が得られ、ある特定の作物をどのくらいの面積栽培すれば良いのかの目標が立てられる。“Planetor”もまた、土壌浸食、農薬の溶脱、流出、毒性、窒素の溶脱、リン酸の流去の評価に使うことができる。このプログラムは、農薬使用、耕起、養分管理、あるいは輪作方式が農家経営にどのように影響していくかを予測することができる。

 

2.農業関連分野での改革

 農業の持続性には、農業の生産現場だけでなく、それ以外の部門も重要であることも認識する必要がある 。流通、貯蔵、加工部門における投入と産出の生産性改善は、食料品の実際の消費者価格を引き下げるのに極めて重要である。これを実現するには、農業の生産現場はもちろんのこと、流通、加工部門についても技術と機構を改善していかなくてはならない。

 

3.「第6次産業」の振興

 「第6次産業」は第1次産業である農業と、農産物を加工する第2次産業(工業)、及びその加工産物を流通させる第3次産業(サービス業)とが結合したもので、1+2+3=6から第6次産業と呼ばれる。第6次産業は高価値の食品を生み出す、新しい分野である。第6次産業を発展させていくことにより、農業地域に新たな雇用の場が生み出されるだけでなく、農地のさらに効率的な利用にもつながっていく。例えば、大豆と小麦の1ヘクタール当たりの総収入は、それぞれ50万円と60万円にすぎないが、もし、消費者の好みにあった良質の製品を加工・生産する措置がとられるならば、収入は何倍にもなるはずである。日本のばれいしょの80%近くが、北海道で生産されている。このうち、53%は澱粉原料となり、20%が加工食品、16%がそのまま市場に出る。ばれいしょを加工した食品材料の消費が増加しているので、北海道では加工食品にもっと適した品質の素材(品種)を広めていく必要がある。ばれいしょの需要は、澱粉工業の副産物である食用色素のような製品を生産する技術を開発することによっても、増大させることができる(森・梅村、1992)。

 

4.研究・普及関連の民間機関振興

 新しい食物、及び農作物の食用・非食用の新用途を創造する農業の研究開発に、民間機関が加わる機会が増加してきている。特に、新たに開発される技術は資本集約的であり、民間機関の役割は重要である。北海道グリーン・バイオ研究所といった民間研究所では、ウィルス病抵抗性のばれいしょ、数系統を開発する先端的なバイオテクノロジー研究を行っている。私どもの機関、地域科学研究所(Regional Science Institute、RSI)では、農業を含むさまざまな分野の空間的情報技術の普及を始めている。私どもは現在、アメリカ合衆国ミシガン州にある国際地球科学情報ネットワーク財団(Consortium for International Earth Science Information Network、CIESIN)と協力して、北海道のための地域農業と環境情報システムを開発中である。RSIとCIESINはアメリカ合衆国の農業生産者と日本の消費者を結びつけるための「食料生産情報データベース」の開発も計画しており、日本で栽培されている主な食用作物の品種をそれに組み込むことによって、CIESINの「農作物監視・生育評価サービス」の日本版の開発を計画している。

 

5.高収益性特定分野(niche)市場の開拓

 都会に住む人は付加価値のついた食品を好むようになってきており、食品ビジネスはさらにサービス指向になってきている。環境保護と自然への関心が高まってきたことによって、地域特産品の市場を開拓する機会は増大している。このような市場を開拓するには、地域の資源を使った多様かつ特殊な高品質な食品を地域が自ら率先して開発しようという決断と、都市消費者の好みの変化や、作物の生産と販売市場取引の好みの変化によく注意を払うことが重要である。この戦略に取り組むには、地域の資源が何であるかを認識し、その経済的価値を見積もることが、最も良い方法である。地域の食品を都市の消費者に普及させることも重要である。例えば、ベリーの仲間であるハスカップの栽培は、一村一品運動を通じて地域特産品として急増した。

 

6.作物の多様性の強化と新作物の栽培

 農業製品の貿易自由化は、今後ますます加速すると思われるので、作付する作物の多様化が必要である。これまで作られてはいないが、北海道での栽培に適した作物は数多くあるものの、その潜在的な市場がどのぐらいなものかという情報がないことが、農家の挑戦意欲を減退させている。例えば、最近まで、ヒマワリは北海道に適した作物として考えられてはいなかったが、北竜町ではヒマワリを導入することにより町興しに成功している。ヒマワリは良質な食用油として、また、その黄金の花は観光資源としても大きな価値があり、現在では北海道各地に広がりつつある。農水省北海道農業試験場の最近の試験によれば、ヒマワリは経済的な意義だけでなく、畑地生産力改善の観点からも価値があることが明らかになっている(有原、私信)。ヒマワリの後作の小豆や小麦は、他作物の後作の小麦より、収量がかなり高い。また、北海道農業試験場育成の新しい品種も普及に移されている。
 さらに、既存の生産物の品質の向上、全く新しい食糧・食品の創造、あるいは農産物の新しい用途の開発のための技術開発が必要である。北海道北部へのホップ、ライコムギを含む様々なムギの導入や、地ビールの生産は、北海道北部地域の経済を活性化する可能性がある。新たな製品の中には、生産コストは高くつくかも知れないが、環境や健康に望ましいものであれば、有機農産物のように付加価値がつくものもある。一例を挙げれば、日本には有機栽培大豆に対する明らかな需要がある。多くのアメリカ企業(例えばJAT International Inc.)では、種子の臍と呼ばれる部分が明るい色のいわゆる白目大豆(HP204)や納豆用の大豆品種(P&T)を日本市場に供給することを目的に、大面積で大豆の有機栽培を展開している。関係機関が一致協力して努力をするならば、北海道はこの需要に食い込むことができるはずである。稲の場合においても、収量改善に関してはこの15年間に進歩が得られていないが、アミロース含量が低くアミロペクチン含量が高い新しい品種は、餅に類した付加価値のついた製品を開発するために有効である。さらに、花卉に対する需要が都市地域で高まることが期待できるので、カスミソウ、カーネーション等の花卉の生産を北海道中央部の稲作地帯で促進することが重要である。

 

7.最新の科学技術と既存の土地利用システムの融合

 空間情報技術のような新しい技術は、環境にやさしい農業システムをつくるうえで非常に有益である。Precision Farming(精密農業)は、作物の施肥反応を高めるとか、施肥量を決めるために土壌診断を行うというようなこれまでの技術と、農業生産に必要な情報をうるために人工衛星からの情報をコンピューターで処理するというような進んだ技術を組み合わせることである。この技術を活用することによって、コストの削減や、品質の向上が可能であり、消費者や農産物加工業者の需要に沿った生産をしていくことが可能になる。農業経営規模の大きい北海道はこのPrecision Farmingを導入しやすい。ただ、農家がこの最新技術を理解して、直接導入することは考えにくく、この技術を普及して行くには“農協”のような共同組織が、民間機関と共同で取り組むことが必要である。帯広におけるアグリポリス計画、十勝における酪農経営情報システムの利用や、オホーツク地域における野菜栽培の組織培養のなどのプロジェクトなどのようなやり方が、良い例になる。

 

8.国際共同研究の推進

 アメリカやヨーロッパの農業の概念を導入することができるのは、日本では北海道ぐらいしかないように思われる。持続可能な農業技術を導入して行くには、諸外国の経験に学ぶことが必要である。例えば、北海道でも広く使われている除草剤のアトラジンは、圃場から地下水や表層水に移行することがアメリカ合衆国で明らかになり、ドイツとオランダではすでに全廃されている。硝酸態窒素による地下水の汚染は、オランダでは大きな問題であり、厳格に管理されるようになっている。畜産農家は、堆厩肥の量も養分収支に基づいて計算しなければならない。すなわち、売却した家畜、購入した飼料、化学肥料、作物の種類、栽培面積などをきちんと計算し、作物にはその生育に見合うだけの量しか施肥ができないようになっている。全ての堆厩肥には雨で養分が流れないよう覆いをかけておかねばならないし、施用する時には土壌に混和しなければならない。ヨーロッパでは、サイロなどの飼料貯蔵施設から発生する亜酸化窒素やアンモニアなどのガス状窒素化合物、ならびに水質汚染の原因となる糞尿の液肥散布を、規制の対象にしようとしている。このようなやり方が北海道農業に適当であるかどうか、どの程度でまで取り入れることができるかを決定することが重要である。北海道の研究機関やシンクタンクは、関係者の要求を満足させ、環境保全型農業に極めて有効な生産手段、最適な環境保全的資源管理システムを選択し、または開発することが重要である。
 環境に優しい農地管理政策の制定も是非とも必要になると思われる。北海道のような寒冷気候下にあり、環境保全に先進的なフィンランドでは重要な環境管理計画はすでに実行されている。そのほとんどが農作物栽培や景観保存に関するものである。この計画により、農業者は環境に優しい手法を実行するときには、費用補償を申請することができる。最近、全世界的に“汚染者負担の原則”の重要性が増してきている。北海道で同様な政策を採用することが大事と思われるが、その際には生産者や消費者を含めた専門家会議で議論することが必要である。

 

9.自然環境と農耕地における生物多様性の維持

 食料生産の点からは、北海道のいくつかの地域には限界があるように思われる。これらの地域では農業を振興するよりは、むしろ自然修復を目標にしたほうが望ましい。そのような地帯は湿原や氾濫原であり、そこでは湿原生態系を回復させることがむしろ重要であろう。また、農耕地においても生物多様性を改善するための努力が必要となろう。食料用作物は、高い生産性のみが追及されてきたため、短期間の間に限られた種類と品種しかみられなくなってしまっている。最近の研究によると、1903年にアメリカ合衆国農務省に登録されていた商業作物の96%はもはや消滅している。その当時、消費されていた7,000品種以上もあったりんごの86%、2,683種類の西洋なしの88%は、今日ではもう食べることができなくなっている。日本でも、例えば、213のうるち米在来品種がなくなり、現在10品種だけで全稲作面積の66.6%を占め、上位5品種だけで50.6%が占められている。北海道の農耕地は比較的規模が大きいので、遺伝学的多様性の保存が可能と思われる。北海道は生物多様性を保護するために“GAP (Gap Analysis Programme)”解析とか地理情報システムなどの新しい技術を率先して導入できる日本では数少ない地域と考えられる。

 

10.高度技術化農業への若年層従事促進政策

 これを推進する戦略の一部として、国の食料事情と自然環境保護に果たしている農業の役割を、都市部の消費者に広く理解してもらうことが先ず重要である。また、都市住民に帰属意識が生じるような観光農業事業を推進することも重要である。農業活動は、子供や若者、さらにはサラリーマンのレクリエーション活動になるはずであり、実際、そのような機会を持ちたいと考えている都市生活者は多い。持続的農業を支えるための消費者教育、若者を農業に引き付けるなどの運動を、もっと推進する必要がある。消費者が、地元でとれ、季節感があり、輸送コストのかからない、信頼できる有機栽培もしくは無農薬栽培農産物を率先して購入するように、十分な広報活動が必要である。例えば、英国では、土壌協会(the Soil Association)によってはじめられた野菜ボックス計画(vegetable box schemes)のような、地域農産物の販売ネットワーク形成計画は顕著な成功例である。これらの組織は、消費者に毎週新鮮な季節の野菜を供給する。同様な組織は、北海道でも行われており、さらに拡大していくことは間違いない。

 

 これまで述べてきたさまざまなこと関して、北海道ではすでに大きな前進が見られている。私は農学関係者の一人としてこの文章を書きながら、北海道が環境管理と持続的農業を推進する上で、先導的役割を果たせることを確信できた。真摯な努力を続けるならば、北海道は、農業の持続性と環境保護に関して、日本の他の地域のみならず世界へも大きく貢献できるはずである。人類の将来の挑戦への機は既に熟している。それが出来るかどうかは、北海道が進んでこの事態を受け入れ、実践する決意があるかどうかにかかっている。

参考文献

Iwafune, O. 1995. Agriculture in Hokkaido 1995-96. Hokkaido Kyodokumiai Tsushinsha, Sapporo. 30 pp.

Lal, R. 1994. Guidelines and methods for assessing sustainable use of soil and water resources in the tropics. SMSS Technical Bulletin 21, The Ohio State University, Columbus, Ohio, 78pp.

Mori, M., and Unemura, Y. 1992. Current situation of potato processing in Japan. JARQ 26, 157-164.

TAC, 1989. Sustainable agricultural production: Implications for international agricultural research. FAO Research and Technology Paper No. 4, Rome, Italy.

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