デヴィルズ・フード
「……何だ、これは?」
テーブルの中央にでんと置かれたその物体を見て、俺は思わず、そう呟いていた。はっきりと自分でも、呆れ声だと分かる。
「えと、今日の夕ごはんだよ? 健一、あたしそう言わなかったっけ?」
すかさずルーシアが、きっぱりと答えた。
一点の曇りも迷いもない、むしろちょっと意外そうな声である。俺が何を問題にしてるかさえ、ひょっとしたらまだ、気付いてないって感じだ。ひょこんと不思議そうに、小首を傾げている。
「お、お前なあぁ……」
ルーシアのその邪気のなさそうな表情に、俺は思わず頭を抱えた。
あのな、ルーシア。
いくら今日がヴァレンタイン・ディだからって、夕食に『これ』はないだろう?
目の前にある、これ。
そう、俺の目の前のテーブルの上には、直径二十センチくらいの黒い塊、ヘビーウェイトのチョコレートケーキが、どでんと鎮座ましていたのだ。
それもチョコレートケーキ『だけ』である。白いテーブルクロスに映えてる事、この上ない。
チョコレートでハードコーティングされたその表面は、魅惑的なまでにブラックに光り輝いていた。黒々と艶光りさえしているそれは、まるでしなやかな黒人ランナーを思わせるくらいだ。
そしてその上に、でっぷりとココアブラウンのクリームが乗って。ご丁寧にもデコレーションとして、二重にハートマークが書かれていたりもする。
胸焼けしそうなまでに高そうなそのカロリー、まさしくダイエット中の女性にとっては、悪魔のケーキそのものであった。
ま、俺もルーシアも、食べてもあんまし太んない体質だから、その点はいいっつったらいいんだけどね――じゃないって。
太るとか太らないとか、もしくはケーキは別腹だとか、今はそーゆー問題ではない。
問題は、これが夕飯だって事である。
で、それをやらかした当のルーシアはってーと、俺の向かいに陣取って、こぽこぽと暖かそうな音を立てて、紅茶を淹れたりしている。
「はい、健一」
柔らかく湯気の立った白いティーカップを、俺の方に差し出してくれる。
「おぅ」
思わずそれを、受け取ってしまう。
カップを持った俺の鼻先に、ぷぅんと鼻腔をくすぐるダージリンの香り。ん? こりゃルーシアの奴、新品を奢ったな? ダージリンも新品の内はいいんだけど、さっさと飲んでしまわないと、どんどん香りが抜けてくからなぁ……。
いやだから、問題はダージリンが新品だとか、そーゆー事ではなくてだな。
「ね?」
何が『ね』なのかよー分からんが、ルーシアがそう言って、にこっと俺に微笑んでくる。ぐっ。ダメ押し。
俺はその、悪魔とゆーよりも、むしろ天使っぽい笑顔に誤魔化されつつあるのを感じながらも、そっと諦めとゆーか、ある種の諦観と達観の混じった溜め息を一つ、吐いた。
時は、二時間ほど前にさかのぼる。
今日も俺は一人、真面目に仕事場件リビングにこもっては、黙々と、やるべき『仕事』をこなしていた。
そう、仕事、である。仕事、なのだ。
何せ前回の原稿、『傷痕の塩味』の件では、掲載誌を始め、お世話になってる方々に多大なご迷惑を掛けてしまったもんだから、今回はそーゆー事がないようにと、なるべく早い内から原稿に取り掛かっているのだ。
そーそー、同じよーな事を繰り返す訳にもいかない。
いくら少しずつ、固定的なファンが付き始めてるとは言え、俺みたいな弱小えっちマンガ家が連続して原稿を落とすよーな事をしてみれば、どーゆー状態になるかとゆーのは、想像してみるまでもなく明らかであった。つーか、想像すらしたくない。
実際、各所に謝って歩くだけでも大変だったのだ。
某印刷所では嫌みったらしく、急病と伺ってましたが意外とお元気そうですね、とか言われてみたり。ぐあぁ。
早く某氏みたいに、原稿を落としても芸だと認められるまでに成長したいのだがなぁ……って、オフレコ、オフレコ。
つー訳で俺は、今日もせっせと仕事のために、リビングの片隅に置いてある、自分のパソコンの前に座っていたのだった。
このパソコン、実は結構ご自慢の自作ウィンドウズマシンなんである。CPUこそ最新鋭とゆー訳ではないが、ビデオカードとメモリ搭載量にはかなり奢っている。えっちマンガ関係の友人とかだと、どっちかってーとマックの方が多いんだけど、俺は大学の時からもっぱらウィンドウズ派だ。
時たま、UNIX系を使わないでもないんだけどね。でもさすがに、UNIXを仕事に使うにはちょっとばかし厳しいものがあるんで、それはあくまでも趣味としての範疇だ。
で、パソコンの前に座ってて何で仕事かってーと――実は前回の原稿、あれだけ不義理を重ねてしまったにも関わらず、なんと今回、センターカラーを貰ってしまったのだ。それも四色四ページ。
受ける俺も俺だが、くれる編集部も編集部である。まったく無謀な事、この上ない。
で、舞い上がった俺は、そっこーでネームだけは通したんで、まず頭の四ページから、頭押しに描いてってる訳なんである。
下絵はいちおー作成済みで、すでにスキャナで取り込んである。後はペイントソフトを立ち上げて、二値補正を掛けてオモ線修正かまして、レイヤ別に色を置いてって、ちょいとエフェクト掛けるだけだ。って、何事も、口で言うだけならば簡単である。わはは。
ここら辺の作業には、さすがにルーシアは使えない。技術的な問題もともかくとして、あいつは機械とゆーか、パソコン関係にはめっぽう弱いのだ。おかげで俺が裏で何をしていても、バレる心配などカケラも……おっとと。
いやいや、俺は本当に仕事をしているのですよ。まぢでまぢで。
だーかーらー、パソコンの横でTAのランプがちかちか点灯してるみたいだけど、多分それも気のせいなんですってば。きのせい樹の精ドライアード。何のこっちゃ。
――こほん。
ま、作画のための資料を探して歩くのも、これも仕事の内って事で。
いちおー今回俺は、せっかくのカラーページでもある事だし、色彩豊かに、外国人どーしのえっちシーンから始めてみる事にしたのだった。
場所はどっかの大浴場。登場人物はビッグなチョコレートマッチョマンと、金髪碧眼の肉感的美女。涛々とお湯が流れる浴槽をバックに、ホワイティ美女がマッチョマンの股間にひざまずいて、黒光りしてるビッグマーラーを、お口いっぱいにほお張っているってシーンだ。男の脚の間から垣間見える、たわわに揺れるその胸も、俺の作画にしては珍しく爆乳だ。
つー事は、ほら、やっぱ、実際のアメリカン美女ってのがどーゆー肉付きか知っとかなきゃいけないし、舞台となってるロココ調の大浴場のサンプル、果ては外国人男性のモノの本当の大きさまで、調べなきゃいけない事はいっぱいある訳ですよ。いやあ、こーゆー時、インターネットってホント便利ですよねぇ。
便利と言えば、こーゆーふーに作業中に情報収集するって場合、パソコンがマルチタスクになってるってーのは、実にありがたい事なのである。俺はここ十年以上、パソコンを使い続けているんだけど、ウィンドウ(ズ、にあらず)になる前は、シングルタスクが当たり前の世界だったのだから。
平たく言えば、ペイントソフトで絵を描いてる最中に、通信ソフトでパソコン通信したり、さらにはレスポンス用にエディタを立ち上げて、バックでは音楽を流したりするってのが、十年位前、当時はなかなか難しかったのだ。
うーむ、こーゆー事を言ってるから、ルーシアに、おやぢだの年寄りくさいだのって言われるのかなぁ。ま、とにもかくにも、技術の進歩に感謝、感謝である。
つー訳で。
仮に今、画面上、ペイントソフトを差し置いてブラウザが前面に出ていたり、そこにアダルト画像の貼り付け掲示板が開かれていたり、その裏では自動HTTPクライアントが着々と画像ファイルをダウンロードしていたり、ましてや別のウィンドウではICQが開いていて今にもチャットの真っ最中だったりしていても、あくまでもそれは、技術の進歩によって可能となった、まさに仕事のマルチタスク化なのである。うんうん。
だから俺は。
「ねぇねぇ健一、何やってんの?」
いきなり真後ろから、ルーシアにそう声を掛けられたとしても、慌てず騒がず、タスクバーをクリックして、ペイントソフトを前面に出す事に成功したのであった。
ふぅ、危ないあぶない。って、何がだ?
もちろん俺がそうしたのは、情報収集が一段落ついたため、それを原稿に活かすべく、ペイント作業に入ろうとしたからだ。けっしてルーシアの声に驚いて、急いで仕事をしているふりをしよーとした訳じゃないぞ、うん。
背中がびくっと震えたよーに見えたのも、それは単なる目の錯覚である。
むしろ、今のルーシアの声で、今にも仕事に取り掛かろうとした、せっかくの俺のやる気がそがれてしまったくらいだ。まったく、いつもいいところで邪魔しやがってぇ。
だから俺は。
結構いい値段のした、生体工学の粋を集めたロッキング・チェアをぐるりと半回転させると、ルーシアに対して正面し、引き攣ったよーな渋面を作っては、震える声で苦情を言い放ってやったのだった。
「ななな何って、仕事してんのに決まっとるだろーが」
心臓がどきどき鳴っているみたいだが、これはけっして動揺しているからではない。と思う。
そのルーシアは、ちょうど俺の正面、三十センチくらいのとこに、腰に手を当てて、かがみ込むようにして立っていた。幾分、不審げな表情である。
今日のルーシアは、オレンジ色のぶかぶかのトレーナーを着て、その下には赤いミニスカートを身に着けていた。いつものごとく、そっからぴょこんと尻尾を覗かせて。
背中の羽根は見えないけれど、多分中で、小さく折りたたんでいるんだろう。
まったく、この冬の真っ只中にミニスカートなぞ穿いとるもんだから、ジッサイ暖房費も馬鹿にならないじゃないか……ま、俺自身も、あまり厚着するのが好きな方じゃないから、いいんだけど。
そしてそのトレーナーの上に、白いフリル付きのエプロンを付けている。キッチンから何やら甘い匂いが漂ってきてる事からすると、そろそろ夕ごはんの準備でもし始めてたのかもしんない。
そのルーシアが。
「ふぅん」
何か言いたそげな顔で、ひょこんと画面を覗き込もうとした。どうせ見たって分かりっこないのに、妙にそーゆーカンだけはスルドく働く奴である。
だから俺も、NBA並みの鉄壁ディフェンスで、それをけっして許そうとはしない。
「おいこらっ、何見てんだよっ!! 仕事してんだから、邪魔すんなよなっ!!」
ディーフェンス、ディーフェンスっ!!
「仕事、してたの? 健一」
だから、仕事、に妙なアクセント付けるなって。
「そそそそーに決まってんだろーがっ!! だーかーらー、今月のはカラー原稿あんだよっ!! 仕上げに入んのはもーしばらく先だし、そん時になったら嫌っつっても手伝わせるから、それまであっち行ってろってば、しっしっ!!」
じゃれ付く猫を追い払うみたいに、手の甲であっちけっ!! ってする。我ながら、アヤしい事この上ないが、ここは勢いで押し切ってしまうのが得策と見た。
もっとも、ルーシアの方も、ちらりと見ただけでは、俺が何してたかまでは確信が取れないよーではある。
「……ま、いっけど、ね」
不承不承そう言って、追求の手を緩めてくれた。元よりそれが、用件の本筋でもないみたいだ。
ふぅ。俺は一息吐いた。
大体、まだ〆切までには間があるってのに、敬介――担当だ――にならともかく、何でルーシアにまで進行具合を気にされなきゃいけないんだ。
「ったく、人の仕事を邪魔しといて、何つー言い草じゃ」
ルーシアが引いた事を確認して、俺はようやっと落ち着いていすに座り直した。いちおー、ぶつくさと文句を言っとくのを忘れてはいない。
何たって、俺は仕事の邪魔をされたんだからな。うん。当然の権利だ。
だもんで俺は、腕を組んで脚も組んで、しごくおーへーな態度でもってルーシアに言った。
「んで、るー。いったい俺に何の用だ? おまい、俺がいったん集中力を切らしたりしたら、それが復活するまで、すげー長い時間が掛かるの、忘れた訳じゃあるまい?」
「それはそれで健一、すごい問題だと思うんだけどなぁ……」
「何か言ったか?」
ルーシアが不用意に呟いたセリフに、ぎろりと視線で睨み返してやる。
「あ、ううん、別に」
慌ててゴマカすルーシア。ぷるぷると、首を左右に振っている。まぁ、俺も鬼じゃないから、一回くらいの失言は見逃してやろう。
「……まぁ、いいや。で、何の用だっつーの」
ついでにちらりと、横目でスタンド上の時計を見上げたりする。あれだけネットをさ迷ってた割には、時刻はまだ、午後四時過ぎのようだ。夕飯に呼びに来たとしたら、いささか早い。
――え、夕飯って何の事だって?
あー、いや、その――エプロンを付けている事からも想像できたかもしれんが、基本的にウチの家事は、ルーシアの担当とゆー事になっていた。悪魔とは言え居候してる身、メシも食えばフロにも入る。それくらいやらせても、けっしてバチは当たるまい。
俺自身、何も料理するのが嫌いな訳じゃない――つっか、むしろ趣味だ――んで、原稿が上がったばっかの、比較的余裕がある時とか、逆に切羽詰って、どーにも現実逃避したくなる時(おひ)とかは、俺がメシを作ったりもするんだけれど、普段はいつもルーシアにやらせていた。いわゆる一つのメシスタントとゆー奴だ――だいぶ、ドジだけどな。
つってもルーシアは、多少天然ボケが入ってるとは言え、やらせてみればそこそこ無難に一通りの家事はこなしてはいた。もっとも五年近くもやってれば、いい加減慣れもするだろう。
料理もまぁ、まずくはない。ただ時々、思いついたように、奇妙奇天烈な創作料理を作ったりするのが、こいつのいくつかある悪い癖の一つである。研究熱心なのはいい事だけれど、少なくともレシピ通りに作ってくれと、俺は言いたい。
まぁ、八割方は喰えるからいいけれど。残りの二割? ……すまん、言及させないでくれ。
今も、夕飯の準備をしている最中なのか、キッチンからはほのかな甘い香りと、暖かそうな湯気が漂ってきていた。
それをバックにしょい込みながら、ルーシアは何故だか、つと俺から目を反らしていった。そして、明後日の方向を向いたまま、びみょーな口調で俺に言う。
「えっとね、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
いつになく殊勝な態度のルーシアに、俺はわずかに眉をひそめた。
「うん」
こくんとうなずくルーシア。
だが、そう言いつつもルーシアは、エプロンの端を指でいじくるだけで、なかなか次の言葉を発しようとはしなかった。顔も、俯き加減である。
よー分からんが、何かを恥ずかしがっているらしい。
――何を、だ?
しばらくの間、何とも言いよーのないよーな、静寂の時間だけが過ぎていった。ハードディスクの回転音とエアコンの音だけが、妙にリビングの中に響き渡っている。
そーこーしてる内に、ディジタル時計の下一ケタが、パタンと音を立てて一分進んだ。ただいま、四時十三分だ。
そして俺が、いーかげん焦れかけて口を開こうとした、その矢先。
「あのね、健一」
ふいにルーシアが顔を上げた。よーやく、何事かを言う決心が付いたらしい。
そしてルーシアは。
さて何を言い出すんだと、器用に片眉上げた俺に、いきなりにぱっと顔をほころばせては、こんなトンでもないセリフを口にしたのだった。
「精液、ちょーだい★」
まるで、お菓子でもねだるかのよーな、お気楽な口調であった。その発音が、ぎぶみーちょこれーとでないのが、不思議なくらいだ。それくらい、実に罪のない笑顔である。
少なくとも、こんな天使みたいなあどけない顔から発せられるべきセリフではない。
当然、俺の第一声は。
「ほぇ?」
だった。
ルーシアのその突拍子もない性格は、今までの生活である意味、ヤになるほど知り尽くしているはずだったのだが……それにしても、あんまりっつったらあんまりだった。
そもそも最初は、何を言われたか、単語がよく分からなかったのだ。
えと、せーえきって、あの、精液、か? 白くて苦くて、ねっとり咽喉に絡みつく(なぜ知ってる)、あの……?
そして俺の脳細胞に、ルーシアの言った言葉の意味が、徐々に浸み込んでくるにつれ、軽い頭痛とパニックとが、ずどどと俺に襲いかかってきたのだった。
慌てていすごと後ずさりながら、ルーシアに向かって大声で叫ぶ。
「いいいいきなり何をいーだすんだ、おまいわ」
「えーっ、いーじゃない。そんなけちけちしなくてもぉ」
そんな俺の非協力的な態度に、ルーシアは不満そうに唇を尖らせていく。
俺は、口角泡を飛ばして反論する。
「ばーろーっ!! けちとかけちじゃないとか、そーゆー問題ぢゃねーだろっ!! ……大体そんなもん、どーしよーってんだよっ!?」
「てへっ、ひみつだよっ★」
てへっ、じゃな〜いっ!!
ずずずと後ろに下がった分、ルーシアがぢわりぢわりとその距離を詰めてきた。
にんまりと意地の悪そーな、それでいて無邪気そーな笑みを浮かべながら、俺をけっして逃がさぬよう、左右に牽制しながら追い詰めてくる。
前言撤回っ!! やっぱこいつぁ悪魔だっ!! それも、正真正銘のっ!!
ついにがたんと音を立てて、いすの背がパソコンラックに突き当たった。これ以上、下がりようのない俺の身体に、ルーシアが甘えるようにしなだれかかってくる。
「うひっ!?」
重みが、掛かる。
「ねぇ、いーでしょいーでしょ? 健一の悪いよーにはしないからぁ」
ルーシアが、俺の耳元に顔を寄せて、つつつっと俺の胸に指を這わせてきた。ぞくぞくっと背筋に、震えが走る。
ルーシアの細い金色の巻き毛が、俺の鼻先をくすぐっている。ほのかに香るシャンプーの匂い。ルーシア自身の、甘い香りと合い混じって。
あ――これっていつもとおんなじ感じだ……。
そう思った瞬間、俺の中にあった混乱と困惑とが、すっとどっかに抜け落ちていった。それこそ、憑き物が落ちたみたいに。
そうだよ。これはいつもと変わらないルーシアの重みと甘い香り……そして何よりも暖かさ。ある種、心地よく感じないでもない。
――感じないでもないんだけれど。
「お前の悪いよーにしないは当てにならん」
そんなこんなで、いつもと同じルーシアの触り心地に、少しずつ平静心を取り戻しつつあった俺だけれど、それでも未だに憮然とした顔付きで、ルーシアにぶつくさ文句を言った。
ったく、悪いよーにしない、だと!? どの口がそんな事を言う!? この口か? この口か?
今まで俺が、そのセリフを信じたがために、何度ヒドい目に遭ってきた事か。
ジッサイこいつは、最初のえっちの時もそー言ったのだ。んでその結果が――。
「あー、ひっどぉい」
とか考えてたら、案の定ルーシアが、俺の上でぶーを垂れた。
軽くほっぺを膨らませて、眉をいからせて、俺に向かって文句を言う。
「健一がそーゆー事ゆーんだったら、ムリヤリしてもいーんだよ?」
ムリヤリ、ね。
「あん時みたいに、か?」
さっきからのお返しとゆー訳ではないが、俺は俺で、にやっと意地の悪そーな笑みを浮かべて、ルーシアに言った。
そう、あん時――ルーシアとの初めてのえっちの時――も、ルーシアは嫌がる(?)俺をムリヤリ動けなくして、いきなり襲い掛かってきたのである。こちんこちんに固まっちまってる、俺のぐれぇとな(おいこら、笑うな)ナニを、さんざじらすように弄んでから、おもむろにその唇に含んでいったのだ。その後は――推して知るべし。
ルーシアいわく、俺の深層心理ではそれを望んでたと言ってるのだが、俺はいまだにそんな戯れ言ぁ信じていない。何せそのせいで俺は、大事な卒業論文を出し損ね、見事に五年目の大学生活を謳歌しなければいけない羽目になったのである。
まぁ、過ぎた事はともかく。
「あん時って……? ばっ、馬鹿ぁ」
こくんと小首をかしげて、当時の自分を思い返すルーシア。少し考えて、ようやく思い当たったのか、瞬時に頬を真っ赤に染めて、俺からいきなり目を反らす。俺の胸に顔を埋めて、小さな握りこぶしを口元に当てて、羞ずかしそうに俯いている。
ばっ、ばーろー。おまい、ここまで迫ってきて、今さら恥ずかしがってんじゃねーよ。……かーいーぢゃねーか。
そー言えば、ここんとこのルーシア。
思い返してみるに、数年前、出会ったばっかの方が、どっちかってーとえっちに積極的だったよーな気がしてきた。
えっちしてる最中は、けっこー可愛く乱れるこいつではあるが、普段は無邪気にじゃれ付いてくる事はあっても、自分からえっちしたいとは、なかなか言い出したりはしないのだ。むろん、俺から迫っていっても、けっして嫌がりはしないけどね。
で、いきなりのルーシアの爆弾発言に、ちょっとばかしビビり加減だったこの状況、よくよく考えてみれば、久しぶりにルーシアの方から迫ってきた、なかなか生つばごっくんのシチュエーションなのであった。
何も最近、えっちがマンネリ気味だったっつー訳ではない。ちゃんと昨日だって、きっちりえっちはしているのだ。
それでもこーゆーふーにルーシアからおねだりしてくるってシチュエーション、これはこれで、なかなかそそるものがあるのは事実であった。
つー訳で俺は。
にやりと一つ、わざとらしくもいやらしそーな笑みを浮かべると、舌なめずりしながら、ルーシアの顔を見下ろしていった。そして、妙に含むものがあるよーな声で、ルーシアに言う。
「はっは〜ん、なるほろ、そーゆー訳ねん」
うんうんと、訳もなく二、三度うなずきながら、粘っこい声でルーシアに絡みついていく。ねめつけるように、這い回るように、じろじろとしつっこくルーシアの顔を見つめ続けていく。いかにも小悪そうに、目をすがめる。
「えっ、何っ? そーゆー訳って、健一、なに?」
急に積極的になった俺の視線に、ルーシアはどーも落ち着かないようだった。攻守交替とゆーところか。
きょときょとと、まるで怯えた仔兎のように辺りを見回しては、結局俺の視線に捕まり、しばらく目を合わせては、またそこから視線を外す。
俺は、今さらではあるけれど、ルーシアが逃げられないようにと、支えている腕にちょっと力を込めていった。それだけでルーシアが、きゅんと身体を強張らせる。
その仕草の一つひとつを、にたにたとやーらしー視線で見つめながら、俺はルーシアの耳元に口を寄せて、低い声でそっとささやいていった。
「る〜うぅ? ――おまい、それって、フェラしたいって事か?」
こりっ。
ついでに耳たぶを甘噛みしてやる。ルーシアの身体がぴくっと震える。透き通るように白いルーシアの肌が、かーっと一気に紅潮してってるのが分かる。
ルーシアは、俺の腕の中でわたわたと手足をばたつかせながら、いかにも言い訳然とした感じで、俺に言った。
「べっ、別に、健一が手でしたっていーんだよ? あたしはただ……」
「あー、分かったわかった。皆までゆーな」
俺は、暴れようとするルーシアをよしよしとなだめながら、押さえておさえてってジェスチャーで、その言い訳をごーいんにさえぎっていった。ムリヤリ押さえ込まれたルーシアが、ぷぅと膨れっ面をしながらもそれに従う。
よーしよし、素直な事はいい事ぢゃ。
俺は、拗ねたよーに押し黙っているルーシアを見下ろしながら、にんまりと悪い笑みを一つ浮かべた。
そして、一言ずつはっきりと聞こえるように、ルーシアに言葉を紡いでいった。
「そーまでゆーなら、俺も鬼ぢゃない。どうかフェラチオさせてください、ってお願いするんなら、させてやらなくもないぞ?」
特に『フェラチオ』ってとこを、ゆっくり、はっきりと。
「え? えぇーっ!?」
俺のセリフに、ルーシアが目をまんまるくして叫んだ。口元に手を当てたまま、固まってしまう。
ふっふっふ。物は言いよう使いよう。鬼じゃないってんなら、俺は悪魔か。何せ、悪魔のルーシアに、淫猥語を強制しようってんだからな。
俺は、コーチョクしてしまっているルーシアに対し、ざーとらしくも軽薄な感じで、次の言葉を続けていった。すがめでちらりと見やりながら、軽く身体を押しのけたりもする。
「あ、そかそか。嫌ならいーんだ。何も俺も、無理にとは言わん」
もちろんそれが、俺の本心であるはずはなかった。俺がこーゆー言い方をした時に、実際には何を求めてるか、ルーシアに分からないはずはないはずだ。
俺はそれ以上、何も語らなかった。目でもの言うように、柔らかい眼差しで、ルーシアの瞳をじっと見つめていく。ルーシアも、その視線に惹かれるように、少し怒ったような目付きで、じっと俺を見つめ返してくる。
二人の間に、光の橋が掛かった。アイコンタクト。意識が疎通する。
しばらくの間、互いの橋頭堡において、びみょ〜な圧力を伴った無言のやり取りと、攻防とが続く――そして。
「もぉ……」
俺の、ごーいんなまでの押しに負けたルーシアが、呆れたよーな、ちょっとばかり不機嫌っぽいよーな顔を作って、俺からすっと目を外していった。つんと唇を尖らせて、文句を垂れる。
「これって、健一の為なんだけどなぁ……」
「――いいから、早く言えよ」
俺は、期待通りになってる展開に、胸をどきどき打ち震わせながらも、ごく低い声で、ルーシアに肝心の一言を促していった。
実際、ルーシアのこの愛らしい唇から、この手の淫猥な言葉が出てくるかと思うと、それだけで俺は、胸が詰まるほどに興奮する。
「ったくぅ……」
そんな俺の様子を見て、ルーシアが、しょうがないなぁ、って感じで肩をすくめた。そして、まるで柔らかな仔猫のように、するっと俺の腕の中から抜け出していく。
床にひょこんと降り立ったルーシアは、俺の前に立っても、俺とけっして視線を合わせようとはしなかった。そして俯いたまま、頬をばら色に染めて、ゆっくりと俺の足元に膝を折っていく。
ひざまずいたルーシアは、大股に開いた俺の股間に膝を進め、内ももにそっと頭を預けるようにして、ゆっくりと俺のモノに顔を擦りつけていった。まるで仔猫が毛玉にじゃれ付くように、うっとりした顔付きで、股間にすりすりと頬を押し付けてくる。
ルーシアの暖かい体温が、ジーンズ越しに俺のモノに伝わってくる――その重みも、その触感も。
俺もルーシアも、お互いたっぷりとその感触を楽しんでから、ルーシアが。
「ね、お願い、健一」
すがるような目付きで、俺の方を見上げてきた。瞳が、うるうると潤んでいる。
俺も、その瞳を捕えて放さない。目を外す事なんて、許してやらない。
そしてルーシアが。
俺の目をじっと見つめながら、言った。
「どうかルーシアに、健一のこれ……おちんちんを、ふぇっ、フェラチオさせてください……」
声を震わせてはいたけれど、それでもルーシアははっきりと、自分の望みを口に出した。羞恥で顔を真っ赤に染めながら、精一杯頑張って、俺の瞳を見続けている。
その事に俺は、身体中のうぶ毛がそそけ立つほどに興奮した。
もちろん俺に否応はなかった。
「よし、いいぞ……やれよ」
「うん……」
ようやく俺の許しを得たルーシアが、ジーンズへと手を伸ばしていった。今までのルーシアとのやり取りで、そこはとっくに突っ張らかってしまっていたけれども、それでもルーシアは器用にジッパーを下ろして、俺のモノを露出させていった。
剥き出しにされたそれが、ちょっとばかし外気に冷たい。
ルーシアは、トランクスの前開きから取り出したそれを、しゅこしゅこ軽くしごきながらも、緊張が解けたような感じで、くすっとあどけない笑みを漏らした。
「んもぉ、健一だって、しっかり期待してるんじゃない……」
るさい。
「いいから、早く舐めろって」
「ん……」
俺が低い声でそう急かすと、ルーシアは素直にうなずいて、俺のモノにゆっくりと顔を寄せていった。うっとりとした表情で目を細め、半開きにした唇を、俺の先端に被せてくる。
ぺちゅ……。
そんな柔らかい水音を立てて、ぬめらかなルーシアの舌が俺の先端にまとわりついていった。暖かく湿ったルーシアの粘膜が、じれったいほどのゆっくりさで、俺の粘膜の上を這い回っている。
「お……ぅ」
思わず声が出てしまうほどに、それは甘美で――そして、狂おしいほどに物足りなくもあった。
ルーシアの舌が触れた部分、ぬろりと濡らされた薄皮の上だけが、ちりちりと微弱な電流を蓄えていた。むず痒いような、ひんやり冷たいような、そんな妙にもどかしい感じ。
ルーシアは、舌先の、ほんの先端だけを触れさせるようにして、つつつっと俺の表面をなぞっていった。くびれの、溝のところをほじくるように、カリの裏っかわをぐるりと一周させていく。
柔らかな舌先が、ぞくぞくするほど気持ちいい――でもそれは確かに気持ちいいんだけれど、男が求めてる生理とは、微妙にどこかが異なっていた。
俺としては、もっとルーシアに強くしゃぶって欲しいのだけれど、いきなりそう言うのも、何だかルーシアに弱みを見せるよーで、いささかオトコとして情けないものがあった。あくまでも俺は、ルーシアに請われて、舐めさせてやってるのだから。
だから俺は、ルーシアがしゃぶる気になるまで、じっと耐える、我慢する――男の意地にかけて、そうするつもりだった。
――が。
数分後、俺はその事を、心の底から後悔していた。かえってそれは、逆効果であったようだ。
耐えれば耐えるだけ、我慢すれば我慢するほど、ちろちろと焦らすように先端を突っついているだけのルーシアの唇に、俺はもう、思い切り突き入れたくてたまらなくなってしまったのであるから。
「ねぇ、健一、気持ちいい?」
そんなルーシアが、くすくす笑いを押し隠しながら、俺に聞いた。
ばっ、ばーろー。そんなん、俺の顔見てりゃ分かるだろーがよ。いいからさっさと……その、しゃぶれよ。
そう言いたくても言えない、オトコの意地と辛さ。
その、しかめっ面で返した俺の顔がよっぽど可笑しかったのか、ルーシアは、んふっと一つ、吹き出すように笑った。悔しいけれど、余裕たっぷりである。
くそぉ、絶対こいつ、俺を焦らして楽しんでるなっ!?
それでもルーシアは、俺のしかめっ面で充分に満足したのか、よくできましたってご褒美に、ちゅっと先端にキスをすると、その口を大きく開けて、ようやく俺のを根元深くまで含んでくれた。
「ああぁ……」
俺自身を包み込んでくる暖かい感触に、我慢し切れず吐息が漏れた。
「んあ……むぅ」
そのままルーシアは、舌をシャフト全体に絡めるように吸い付かせながら、適度なストロークで、そこを唇でしごき立てていった。擦られてる棒が、痛いほどに硬い。すぼめられた口腔で、ぎゅっぎゅっとそこを締め付けてくる。
ぐじゅっ……ぶじゅ……。
そんないやらしい音を立てて、ルーシアが俺のものをしゃぶっていった。
唾液がたっぷりと俺にまとわり付いてくる。ぬるぬるした感覚がとても気持ちいい。ぬめぬめぬめった口内はすごく暖かくて、まるでそこだけ、温泉の中にでも浸かってるような感じだ。
それにしても、俺も着衣のまま股間だけをさらけ出して、エプロン姿のルーシアをひざまずかせて、俺のここをしゃぶらさせてるだなんて、なかなかシュールなシチュエーションだった。
俺には特に、コスプレの趣味はないはずなのだが、それでもこのメイドさん――っつーより、お手伝いさんだな――風の、ご主人さまへの奉仕シーンは、これはこれで、かなりハートにクるものがあった。
強要している訳でもないのに――そうか?――ルーシアが自ら望んで、俺のモノにしゃぶりついている。ルーシアのあどけない顔が、俺の股間に埋まって上下している。愛らしい唇に、俺の剛直が躊躇なく呑み込まれていたりもする。
それらを目の当たりにするだけで、俺の胸に、嗜虐的な興奮さえ沸き起こってくる。
俺は、根元にじんわりと溜まってきているその快感を、暴発させないように必死にコントロールをつけながら、少しでも気を紛らわそうと、ルーシアの、カールがかった細糸のような金髪に、そっと両手を伸ばしていった。ルーシアの動きを邪魔しないように気をつけながら、ルーシアの耳たぶを、やんわりといじくっていく。
「あ……ぅん」
その攻撃を、ルーシアがちょっと嫌がるように首をよじった。
ぐいっ。
それでかえって思いがけないほどの勢いで、俺のモノがルーシアの口にしごかれてしまった。一瞬、ヤバそうなまでにボルテージが高まっていく。
まずい――ッ。
慌てて俺は、腰をルーシアから引きはがす。抜こうとした瞬間、先端の逆鱗が唇で擦られた時、最大のピンチが訪れかけたけど、どーにか臨界点は突破しなかったようだ。
「あん」
むしろ、いきなり口内から引き抜かれたルーシアが、不満の声を上げた。
ぴたん。
それに呼応するように、唾液でぬれぬれになった俺の暴れん棒が、ぴたぴたとルーシアの頬を叩いた。
そこは真っ赤に火照っていたけれども、それでもまだ俺のモノの方が温度が高いのか、妙に冷たい感触が心地よかった。うぶ毛のざらざら感が気持ちいい。
ルーシアはそれを追うように、舌を伸ばして、ねっとりとシャフトに絡み付いていった。起立する俺を支えるように、根元と棒を指先でつまんで、根元の方から舐め上げていく。やわやわと、袋にも微妙な圧力が加えられている。
手のひらの中で、たまを転がされるその痛むず痒いような感覚に、俺はまるで犬のように、はっはっと断続的な短い吐息を漏らしてしまう。
「あぁ……るうぅ……」
どこをどうして欲しいというのではなくて、ただ、与えられる感覚のあまりの気持ちよさに、思わずルーシアの名前を呼んでしまう。
「あむぅ……あん、健一ぃ……」
ルーシアも、その問いかけに応えるように声を上げ、よりいっそう激しく、俺のモノに舌を絡め、這わせていった。
ぴちゃっ……くちゅっ……。
そんな水音を立てて、大量の唾液が、俺のモノになすり付けられてくる。
その量のあまりの多さに、表面に留まり切れなくなった唾液が、シャフトを伝って、つうぅーっと根元の方までこぼれ落ちていった。糸を引いてるその感覚は、まるで何匹もの小蛇が、そこを這ってるような感じだ。
ルーシアは、さらにそれを指先に絡め、粘るっこく袋を刺激し続けている。そのぬるぬるした感触が、根元にすごく心地いい。輸精管を一本一本、まるでバイオリンの弦でも押さえるかのように、丁寧に指先で押さえつけてくる。
「あぁ……そこ、もっと……」
俺もルーシアの流れるような運指に、あられもない楽の音を上げてしまう。男のプライド? そんなもん知った事か。
俺を弾いてるルーシアは、俺の願い声が聞こえたのか、おもむろにシャフトから唇を外しては、ちぅーと粘っこい音を響かせながら、俺のたまへと吸い付いていった。
「ひうぅ……」
片いっぽのたまが、ルーシアの口内に含まれていった。唇と歯茎で、ころころと柔らかく転がされている。ぬめったシャフトはルーシアの指で、しゃこしゃことリズミカルに擦り上げられている。
それが、どうしようもないほど気持ちよかった。
気持ちいいって思っちゃった瞬間、どうにも歯止めが利かなくなった。
「ヤバっ――くっ!?」
俺は、情けなくも焦った声で、ついに音を上げた。
「るー、すまん、もう出る……」
たまの奥でカウントダウンが始まっていた。発射体勢に入っちまった。後一分、保つかどうかも分からないくらいだ。
「やだっ――まだ出しちゃ、や」
俺の切羽詰った声に、ルーシアが俺から唇を外して、泣き笑いの顔で駄々をこねた。
だっ、だからっ、やだってんなら、その指の動きを止めなさいって……くっ!?
俺の心の声にも構わずに、ルーシアが再び、俺の先端に顔を近づけていった。すがるような目付きで、俺を見上げる。
そして言った。
「ね……健一、お口に出して」
「ど、どこに欲しいって?」
決壊まで幾ばくもない防衛線を必死に守りながら、かすれた声で、俺はルーシアに聞き返していった。ルーシアと目が合う。
ルーシアが、ふっと柔らかな笑みをこぼして、言った。
「ルーシアの……おくちのなかに……ちょうだい」
かぷっ。
ルーシアは俺の返事も待たずに、ギリギリまで張り詰めた俺の先端にかぶりついていった。途端に回転し始める、唇と舌の乱舞。ダイレクトな快感が、俺のモノを直撃していく。
そればかりじゃない。ルーシアの唇から出た、『おくち』って言葉。そのいやらしい響きに、俺の最終防衛ラインはあまりにもあっけなく突破されてしまっていた。もはや俺は、ルーシアの怒涛の攻撃に蹂躙されるがままになっている。
「よっ、よしっ!! るーの……くっ口の中に、だっ、出すぞっ!?」
俺はもう、ルーシアが逃げられないよう、その頭をしっかりと掴んだ。
ルーシアはそれでも嫌がりもせずに、くびれんとこをぎゅっと締め付けては、舌全体で先端をぐちゅぐちゅ舐め回してくる。唾液がたっぷりまとわりついたシャフトは、手でしゅこしゅことしごかれている。袋は袋で、ぬめらかにぬめった指先で、二つのクルミを転がすように、ころころと微妙な刺激を与え続らけている。
先端とシャフトと袋、これ以上はないほどの三点責めだった。
もう我慢の限界だった。
すさまじいまでの勢いで膨れ上がった臨界が、一気にルーシアの口中で爆発した。
「くっ!!」
目の奥が真っ白にスパークするような火花が、断続的に脳裏を直撃した。ぎゅっと引き絞った唇から、それでもうめき声が漏れ出てくる。絶え間ない蠕動。ルーシアの口の中に、俺の熱い情熱が、たっぷりとほとばしっていく。
ルーシアはそれをむせもせずに、全て口内で受け止めてくれていた。
俺は、だらしなくも腰をヒクつかせながら、先端を執拗に舐めまわすルーシアの舌に、ルーシアが全て受け止めてくれた事、その事だけを、薄ぼんやりと感じ取っていた。
しばらくの間、そんな気持ちよくもこそばゆいような後戯が続き。
ちゅぽん。
ようやく満足したのか、ルーシアが俺の先端から唇を離してくれた。むろんそこには残滓など、ひとかけらたりとも残されてはいない。
開放されてようやく、はあぁ〜っと、心の底から安楽の溜め息を吐く俺に。
「へんひひ、はひはほ」
ルーシアが、そんな風に口をもごもごさせながら、俺のほっぺにちゅっとキスをしてきた。脱力しきった俺は、それを避けるべくもない。
そのままルーシアは、まるでスキップでも踏むかのように、キッチンの方へと戻っていき――文字通り、根こそぎ気力を吸い取られた俺は、呆けた頭で何をするでもなく、あてどもないネット探索へと、だらだらと戻っていったのだった……。
そして。
「健一〜っ、ごはんできたよーっ」
呼ばれてここに、いる訳なんである。
「はい、健一。聖ヴァレンタインのチョコレートだよ」
などと、とても悪魔の口から出たとは思えないよーなセリフを言って、ルーシアが、目の前のケーキを取り分けてくれた。まったくお前、毎度の事ながら、悪魔としての自覚、あるのかよ?
ま、ルーシアの自覚うんぬんはともかくとして、ケーキそのものについては、その切り分けられた断面までもが、悪魔めいた黒褐色に彩られていた。
ココアパウダーをふんだんに使ったのであろうそのスポンジは、チョコレート色にこんがりと焼き上がっており、ラムかブランデーでも染み込ませてあるのか、断面はしっとりほどよく湿っていた。
三段に重ねられたそのスポンジの間には、もう少し色の薄い、ココアブラウンのクリームが挟み込まれていて、ところどころそこから顔を覗かせてる薄黄色の物体は……えーと、バナナか?
まぁ、確かにバナナとチョコレートは合うけどもよ……。
そして表面には、冷やし固めたハードブラックのチョコレートが塗り込められていて、その上には、絞り口から絞り出されたココアクリームが、見事なまでにでっぷりとデコレーションされている。おまけにさらにその上には、チョコレートチップまでもが、ぱらぱらと振り掛けられてさえ、いたりするのだ。
まったくそれは、これ以上はないとゆーほどに、チョコレートの塊、そのものなのであった。これで飲み物をココアにしなかったのは、せめてものアクセントとゆーか、慈悲のつもりなのだろーか。
「で、だ。ルーシア」
俺は、湯気を上げている紅茶と、問題のケーキを目の前に、こほんと一つ咳払いをした。無駄な事だとは思いつつも、いちおールーシアに問い質してみる。
「おまい、まさかこれが夕ごはんだと、本っ気で言い張るつもりじゃねーだろーな?」
多少なりとも、言葉に殺意を込めたつもりだったが、都合のいい時だけ鈍感なルーシアは、見事にそれに気付かなかったようだ。
「うん、そうだよ。だって今日、聖ヴァレンタイン・ディ、でしょ」
「いやその、それは確かにその通りなんだが……だからと言って、それと夕ごはんとは別物だと思うのだが……なぁ」
あまりにも堂々としたルーシアの言い草に、俺は言葉の勢いを失っていた。
胸を張ってこう答えられると、何だか俺の方が間違っている気が、ちょこっとだけ、してこないでもない。何故だか後半、ごにょごにょと誤魔化すようになってしまう。
「それにね」
ルーシアが言葉を続けた。
「チョコレートってね、実は強壮剤でもあるんだよ。昔は、お薬としても使われてたみたいだし……」
それは確かにその通りだが――いつの時代の話だ?
もっとも、チョコレート自体にそーゆー作用があるのは事実ではあるし、最近特に、カカオに含まれるポリフェノールがどーたらで、酸化を防いでこーたらとゆー話も聞かないでもない。
んな事をルーシアが知ってるとは思えないけど……いや、ひょっとして、知ってたのか?
それで、わざわざ?
「でね、ここんとこ健一、元気なさそうだったから、ちょっと気になっててね……だから栄養、付けて欲しかったんだけど……健一、チョコレート、嫌いだった?」
そう言ってルーシアが、ちょっと寂しそうな顔をして、こっちを見つめた。
ばっ、ばーろー。そんなつぶらな瞳で見つめるなって。それじゃまるで、俺の方がいぢめてるみたいじゃないかよっ。
とは言え、このセリフからするとルーシア自身、栄養とカロリーとを思いっきし勘違いしてそーな気がするんだが……でも、こーゆーふーに俺の事を真摯に思いやってくれてるルーシアに、いくら鬼畜な俺とは言え、冷たい言葉で返せそうはずがなかった。
俺は苦笑いを浮かべながら、頭をぽりぽり掻いて、言った。
「あぁ……いや、まぁ、たまには、こーゆー夕食もいいか、な?」
ホントか?
それでもちょっぴり、本当にこーゆー夕食がアリかどーかは、自信がないけど。
「うんっ」
ルーシアが嬉しそうにうなずくのを見たら、俺としてはそれ以上、何も言えなくなってしまった。
まぁ、いいさ。カロリー『だけ』はあるんだろーし。それに普段の生活からして、そんなにバランスのいい食事を、毎日摂ってるって自覚もない。
なぁに、明日たっぷり、ビタミンとタンパク質を摂ればいいってだけの事よ。明日は、久しぶりに鍋でも作るかな。鱈と鶏肉とつみれと、あと大根と白菜もたっぷり入れて……。
なんて、明日の献立まで考え始めた俺に。
「ねーねー健一。食べてたべて」
ルーシアが無邪気な声で、考え込んでた俺に、目の前のケーキを促してきた。
「あっ、あぁ……」
そうだ。まずは今日の食事をクリア(?)しなければ、明日の夕食など巡ってこないのである。明日の鍋より今日のケーキだ。
俺はその、見た目は確かに美味しそうなケーキを、フォークで一口分、切り取っていった。さくんとその先に突き刺して、口の中へと運んでいく。
あんぐりと口を開ける。含む。咀嚼する。
「ねぇ、どう?」
もぐもぐと口を動かしてる俺に、期待に満ち満ちた声で、ルーシアが感想を求めてきた。胸元で小さくこぶしを握り締めながら、わくわくって波動を、容赦なく俺に降り注いでくる。
その勢いに俺は多少、気圧されながらも。
「まっ、まぁ、うまい……かな」
いちおーそう、言ってやった。
もっともそれは、うまいとゆーよりも、かなり、いや、すんごく甘いって感じなのだが……かと言ってそれが、俺の口に合わなかったかとゆーと、そんな事は全然なかった。むしろ、ケーキとしては立派な味である。
柔らかいスポンジは、やっぱりブランデーに漬けられていたようで、噛み締めるとじゅわっと、芳醇な香りを漂わせてきていた。ココアクリームとバナナの相性も最高で、とろっとろに熟したバナナの甘みが、カカオの香りに包まれて、最大限に口の中で広がっていっている。クリームにはナッツも混ぜられてるみたいで、噛み締めるたびの、かりこりしたアクセントが新鮮だ。
そして何より、全体に漂う、ちょっぴり妙にほろ苦い感じ。どことなく、大人の味とゆー感じがしないでもない。
やるな、ルーシア。ここまでの仕事だとは思ってもみなかったぜ。
俺は正直、心の中で舌を巻きながら、ルーシアに驚嘆の意を込めて言った。
「いや、るー。まぢにうまいよ。ホント、お世辞抜きで」
こいつも甘やかすと付け上がるのだが、たまには誉めてやってもいいだろう。
「よかったぁ……」
それを聞いたルーシアが、心底ほっとしたような、安堵の吐息を漏らした。
ほにゃあんと溶ろけた、ふわふわの綿菓子みたいな笑顔を、顔じゅう満面に、ふにゃっと浮かべる。いっぱいの幸せが、溢れだしてるって感じだ。
そんな安心しきったルーシアの表情に、何故だか胸がきゅんっと鳴った。
慌てて俺は、ルーシアから目を反らすと、意図的にちょっと怒ったような顔を作って、ひょいぱくと、目の前のケーキを突ついていく。
「うん。まぁ、うまいぞ。お前にしちゃあ、なかなかだな。うん」
一応言っとくと、夕飯としてじゃなく、あくまでもチョコレートケーキとして、だぞ。でもま、それは、言わぬが花。
「えへへ……ねぇ、健一。どんどん食べて」
ルーシアがさんざ照れまくりながら、さらに一切れ、もう一切れと、俺に勧めた。
見れば、ルーシアがさっき、自分用に切り分けた分も、俺に食べるようにと寄越してくれてるようである。何もそこまで、と思わんでもなかったが、そこまでして俺に食べて欲しいのであれば、俺としても、むげに断る事はできなかった。
「おぅ、喰ってやるわい」
白い皿を受け取りながら、俺は次々と、黒褐色のスポンジにかぶりついていった。
それにしてもこの二十センチ径の塊、ひょっとして全部、俺一人で喰えとゆーのか?
そーゆーある種怖い考えとゆーか、むしろこのままだと、ほぼ間違いなく実行されそうな恐ろしい事態が、ひょいと頭の中をよぎっていったが……でもまぁこの際、物理的に喰えない量とゆー訳でもなし、ルーシアの意を汲んでやるのも男としての甲斐性だと、俺は思い直した。
覚悟を決めて、差し出されるケーキを、次から次へと口に運んでいく。フォークを持つ手を休めずに、スポンジを幾度となく口の中に放り込んでいく。甘ったるい塊を喰いちぎり、咀嚼しては呑み込んでいく。
たっぷりと脂肪分が乗ったそれは、明らかにこってりしつこいはずなのに、それでもなぜかすいすいと、俺の腹の中に収まっていった。その辺り、妙に不思議なケーキではある。
そしてしばらくの間、頬杖をついて、ばくばくケーキを喰ってる俺を、幸せそうに見つめていたルーシアだったが。
「ねぇ、健一。元気出た?」
突然、無邪気にそう、尋ねてきた。
あ、あのなぁ……。
俺は、甘いケーキを喰いながらも、ルーシアのあまりのせっかちさに、思わず苦笑せずにはいられなかった。
わくわくと期待を込めて、俺の顔を見続けるルーシア。まるで今にも形になって、元気が出るとでも思ってるような、そんな感じだ。
そんな、あどけない表情のルーシアに、俺は優しく笑いかけてやりながら、幼い子供でもさとすような柔らかい口調で、ゆっくりと言い聞かせていった。
「るー、あのな、いくら美味しいケーキっても、そんなにすぐに効果が出る訳が……ひっ!?」
どっくんっ!!
セリフの途中で、いきなり身体が脈を打った。
どこが、とゆー訳ではない。身体全体が、一気に脈を打っていったのだ。余裕が根こそぎ引っぺがされる。
突然、全身がかあーっと熱くなった。身体中の血液が、燃えるように熱くなっている。そこら中で、びゅくびゅく脈動が走っている。目に見えて身体がヒクついている。
まるで、身体中の血脈が、一気にその流量を倍加したかのようだった。
血の流れが、まぢで暴走を始めていた。膨れ上がらんばかりの圧力が、毛細血管の一本一本に至るまで、怒涛の勢いで押し寄せてくるのだ。
「うぐっ!?」
思わず鼻に手を当てる。つぅんと鼻の奥が熱い。鼻血が吹き出ていないのが、不思議なくらいだ。
そんな俺の変化を目ざとく見やったのか、ルーシアが嬉しそうにはしゃぎながら、テーブルを乗り出さんばかりに顔を近づけてきた。
「出た? ねぇ、元気、出た?」
「おおおまおまいっ……いいいいったいこのケーキに、何を入れた!?」
俺は鼻頭と股間を押さえながら、慌ててルーシアを問い詰めていった。
そう、股間もだ。
ついさっきまで、ふにゃふにゃと柔らかくしぼんでいたそれは、いきなりどーゆー了見か、一気にそこに血液を集中させていた。しかも普段より、当社比一・五から二倍は大きい、はいぱぁぐれぇとなナニである。硬度も熱も、かちんこちんのホットである。
言っちゃあ何だが、ジーンズを破かんばかりの勢いで、俺のウタマロは、ごーいんなまでにハードに突っ張らかっていた。
そんな、中腰でおろおろしている俺を見ても、ルーシアはちっとも悪びれもせずに。
「えっ? だから、強壮剤、だよ」
そう、あっさり言いのけやがった。
「きょっ、強壮剤って……」
ヤバい。これは確実にヤバい。
心のどこかで、それを聞いちゃあおしまいだと、最終警報がガンガン鳴っていたのだが、切羽詰った俺の口からは、そんな疑問の言葉が、ついつい漏れ出してしまっていた。
だがルーシアは、そんな俺の気も知らず、ご丁寧にも指折り数えて教えてくれた。
「えっとね、干したヤモリの粉末でしょ、ガラナでしょ、それから海狗腎とぉ、闇夜茸の胞子と、シルデナフィルクエン酸と、赤玉とぉ……」
聞いた事も見た事もないよーな、何やらアヤしげな恐ろしげな名前が、どんどん列挙されていた。それも何故だか、名前が一つ挙げられるたびに、俺のナニが、まるで返事をするように、ひくんと一つ痙攣し、どんどん一回りずつ大きくなっていくのだ。
いまやそこは、破裂せんばかりに、真っ赤に膨れ上がっていた。
そして最後にルーシアが、にこっと一つ、笑って言った。
「あ、それからもちろん、健一の精液も入ってるよっ★」
ばっ、馬鹿もぉ〜んっ!!
「ルーシアっ!! てってめー、人になんつーもん、喰わすんだよっ!?」
「えー、でも健一、元気出たでしょお?」
ばーろーっ!! これを元気出たっつーのかっ!? 元気出過ぎじゃああっ!!
もはや俺の身体は、いても立ってもいられないくらいに、ぽっぽと熱く火照っていた。心臓はどくどくとハートビートを刻んでおり、押し出される血流が、身体のすみずみまでを精力的に擦り上げている。まるで、血管の中からタワシで擦られてるよーな感じだ。
ナニはもはや、常人の倍以上の大きさに膨れ上がっており、その張り詰めた表面は、びんびんなまでに引き伸ばされて、血走らんばかりにもう、痛いくらいだ。
そこがトランクスの布地に触れるだけで、そのざらざらだけで、俺はもう、痺れるほどにそこに擦り付けたくてたまんなくなっており、えーと、つまり、だから、その、ぐああっ!?
つまりはお下劣なナニがやりたくてたまんなくてしたくてもう我慢ならんのだっ!!
俺は、狂おしいまでに身体を焦がす劣情に、半ばヤケになって、ルーシアに叫んだ。
「おいっ、るー!! ちょっとこっちこいっ!!」
「えっ、何? 健一、なに?」
妙に嬉しそうな顔をして、ルーシアがこっちにやってきた。
てめーっ!? 知っててわざとやりやがったなあぁ!? つーか、もし知らなかったとしても、こいつの事だから、ろくに調べもせずに使いやがったに違いないっ!!
このド阿保がああっ!!
身体中を駆け巡る、熱く煮えたぎる感覚に、苦しげに身もだえする俺の目の前で、ルーシアはにこにこしながら、俺の言葉を待っている。
くそぉ……さっきの意趣返しとゆー奴かぁ!? 俺が何かゆーまで、おまいからは何もしないつもりかよっ!? くううっ!!
俺はぎりぎり歯軋りした。だがその歯軋りの振動すら、ホットに灼けてるビンカンな皮膚には、充分すぎるほどの余計な刺激だ。
癪とゆーかなんとゆーか……だがはっきり言って、このままじゃどーにもならん。
俺は歯を食いしばりながら、悔しげに顔をしかめて、ルーシアに言った。
「……ルーシア」
「何?」
くそぉ。にこにこするんじゃないっ!!
それでも俺は、言うしかなかった。他にどーしよーがある!?
「……元気出た分、責任取ってもらおーか」
「うんっ!!」
嬉しそうにルーシアが抱きついてくる。ぷっつん。
その甘い匂いに、ついに理性の糸がブチ切れてしまう。がおぉと一声、虚空に吼える。ルーシアを横抱きに抱えたまま、寝室へと直行する。
ルーシアを押し倒しながら、俺は思った。
こりゃまた原稿が遅れるな、と。
――ところで。
その数時間後、ベッドの中。ぜーはーと息を吐く、俺の横で。
「ねーねー健一っ、ホワイトデーのお返し、期待してるねっ★」
「ばーろー……さっきからたっぷり、返してるだろーがよ」
「……おやぢ」
おしまい