[魔淫すいーぱー]


 魔淫すいーぱー

横森 健一

 

 はっきり言ってザコキャラである波多野忠雄(二十七歳、独身)は、オノレのヨコシマなもーそーに股間を膨らませながら、一人、シャワーを浴びていた。
 場所は、駅前からちょっと離れたラブホテルの一室。バスルーム。
 思わず、ふんふんなんて鼻歌なんかも出ちゃったりしてる。それも年甲斐もなく、RASH!!の『愛ってマジ!?』だ。
 何せ、女子高生なのだ。ぢょしこーせー。
 その甘美な響きを口の中で転がすだけで、忠雄は次第に頬が緩んでくるのが分かった。
 実際、水都駅の駅前で声をかけられた時は驚いた。
 彼女――遠藤紗月ちゃんって言ったっけ――の年齢や外見については、いちおー電話でも聞いてはいたのだが、そろそろ五年にもなる忠雄のテレクラ歴の中でも、ここまでのヒットは実に久しぶりなのであった。
 テレクラではみんな、電話で話してる時はオノレの姿が見えない事をいー事に、好きほーだいに自分の顔や体型について表現してくる。閉店間際のスーパー並みに、二割三割引きは当たり前の世界である。
 忠雄も実際に会ってみて、これのどこが水月あいりやねんっ!! とか、この顔と身体で菜沢里美だっつーんかいっ!! などと、思わず裏拳と関西弁でツッコミたくなるよーな娘に遭遇した事は、それこそ幾度となくある。
 とは言え、それでもまだ来てくれるのはいい方だった。
 たいてい、いや、『お金がらみ』でなければほとんどの場合は、女の子と待ち合わせに決めた場所で、一人、待ちぼうけを喰らわせられるのがほとんどであった。それも、真っ赤なバラの花束を持ってだとか、ファンディーズのトリプルが溶け落ちそうなのを必死で舐めながらだとか、そーゆー情けない格好で。
 しかも、そーゆー時には『なぜか』回りでファンデーズを食べてる男が多い。
 で、そーゆー幾多の苦難を乗り越えて今の忠雄がある訳なのだが、それでも実際の性交――いや、成功率は一割に満たないのが現状なのであった。
 今回も、さほど期待していた訳ではない。
 いちおーお金がらみとゆーか、紗月ちゃんとは電話口で二万とゆー話まではしていたのだけれど……どーも話ぶりが慣れてなさそうだというか、時々ちょっと内気っぽいしゃべり方をしていたのが気になっていたのだ。こーゆー娘は、電話で話してる時はこっちの勢いに押されて会う約束をしてしまったとしても、いざ出かける段になってどたんばで怖気づいて、そのままぶっちされるとゆー事が以外とよくある。
 今回も、そのケースかと思っていたのだ。
 待ち合わせは、テレクラから出て程近い、水都駅の駅前、地下街に降りる階段の所。紗月ちゃんはそこから私鉄で二駅の所に住んでいて、今から電車で出てくるという。
 紗月ちゃんは携帯やPHSは持ってないとゆー事なので、こっちの携帯の番号と着てる物とを教えて、待ち合わせ場所に着いたら声をかけてもらうという寸法にした。これもこれで、典型的なぶっちされるパターンである。
 それでも忠雄は、アポが取れたらとにかくこっちからはすっぽかさないとゆー、テレコミュニケーションの信条に基づいて、店を出て、件の待ち合わせ場所へと向かった。
 途中で今日発売のImageCaの今週号を買う。待ち合わせの時間が午後三時だから、すっぽかされるにせよそうでないにせよ、それで三十分くらいは時間を潰せるだろう。
 ほどなく忠雄は待ち合わせの場所に着いた。タバコに火を着け、背を階段の壁にもたれかからせながら、雑誌をぱらぱらとめくり始める。
 そして、ほどよく時間が過ぎた頃。
「……あの、波多野さん――ですか?」
 と、少し聞き覚えのある、か細い声が聞こえてきた。慌てて雑誌から目を離して、そっちの方を向く。
 三秒ほど、忠雄の時間が止まった。
 ぽと。
 忠雄の咥えていたタバコが、無造作に階段に落ちていった。くすぶり続けているその先端からは、紫色の煙がゆらゆらと立ち上っている。
 予想外、だった――それも、いい意味で。
 そこには、身長が百五十五センチくらいの細っこい女の子が、少しうつむき加減で、忠雄の方を向いて立っていたのだった。もちろん、紗月ちゃんに違いない。
 電話では歳は十七歳と言ってたのだが、見た目の印象は、それよりもう少し幼いような感じだった。肩にようやく届くくらいの栗色の髪も、抜いたのではない、自然な茶色のままである。
 服装は電話で言ってた通り、ブルーのチェックのミニスカートに、生成りの青いシャツを着ていた。その上に白色の薄いニットを羽織っている。紺のハイソックスに、もちろん、生足である。
 はっきり言って、めちゃくちゃ可愛かった。
 目を引くような美人、というと必ずしもその範疇でもないような気もするが、身体中からにじみ出るような女子高生のオーラというか、すれてなさそうなその雰囲気が、もろに忠雄の好みにはまっていたのだった。
 とても援助交際をするような子には見えない。
 忠雄は、なぜか舌が自由に回らないのを感じながら、彼女に答えた。
「あ、ああ――遠藤紗月――ちゃん?」
「はい――」
 そう言って彼女――紗月ちゃんは、恥ずかしげにこくりとうなずいた。
 その仕草に忠雄の心臓が、どくり、と一つ跳ねた。
 慌てて言葉を継いだ。
「あっ、えと、はは初めまして、波多野忠雄です。えと、どうしよっか、ごっご飯でも何か喰いに行く?」
 緊張のあまり、忠雄は言葉遣いまで変になりかけていた。
 普段であれば、どうせ行きずりの関係であるし、特に援助の場合はどっちかというとビジネスライクな感じであるので、あまり気も使わずに即座にホテルに誘うのだが、どうも今回は勝手が違うようであった。
 ところが。
 紗月は、忠雄の言葉にふるふると首を振った。
 そして何も言わず、じっと忠雄の目を見つめる。
 忠雄はそんな彼女の姿に、喉の奥がからからに乾くのを感じていた。
 かすれた声を押し出すようにして、言った。
「すぐに――いいの?」
 紗月がこくりとうなずいた。
 忠雄はぐびりと一つ、喉を鳴らした。

 

 忠雄はまだ、バスルームで念入りにシャワーを浴びていた。
 昨日、風呂に入らなかった訳ではなかったのだが、何となく紗月ちゃんの目を見て、そうしなくてはいけないような気がしたのだ。
 特に、ムスコは丁寧に洗わなければならない。
 そう思ってイスに腰掛け、スポンジにボディソープを出していると――忠雄はふと、背中に風の流れを感じた。
 何だろうと思い、ドアの方に振り向く。
「……っ!?」
 息を、呑んだ。
 思わずぎゅっと握り締めたボトルからは、だらだらとボディソープの白い液が垂れ流れ続けている。
 とはいえ、忠雄の目がそれを見てる訳ではけっしてなかった。むしろ忠雄の視線は、目の前の光景に釘付けになっていたのだった。
 そこには――。
 そこには、胸にタオルを当てただけの格好の紗月が、頬を染めて立っていたのだった。
 紗月の透けるような肌の白さが、忠雄の瞳孔に焼き付いていた。思いのほかタオルで隠されている面積は少なかったのだが、忠雄がそこまで認識できていたかどうかは、定かではない。
 そして紗月が、脳みそウニ状態で座っている忠雄に対して、こんな事を言った。
「波多野さん、一緒にお風呂に入ってもいいですか?」
 忠雄はしばしの間、ただぼーぜんとスポンジを握り締めているだけだった。自分の目に何かが写っているという事までは分かっているようだったが、『何が』写っているのかは、まだきちんと認識していないようであった。
 が。
 自分をじっと見つめている、不安げな紗月の視線に気づいた途端、それまで自失していた忠雄の意識が、はっと我にかえった。今、目の前で起こっている現実と、紗月が今、何を言ったかを、よーやくすみずみまで理解する。
 その瞬間、忠雄は反射的に、思いっきりかくかくと首を前後に振り動かしていた。下手をするとムチウチを起こしかねないほどの速度であったが、今の忠雄には、そんな事に気づく余裕はなさそうであった。
 それを見た紗月は、ようやく一つ、ほっと安堵の表情を浮かべた。ドアをそっと閉めて、バスルームの中へと入っていく。イスに腰掛けている忠雄の背中に、ぴたっ、と張り付く。
「ごめんなさい。一人で待ってるのって、何か怖くって」
 そう、耳元で囁いた。
 囁いた紗月の息が、忠雄の耳朶をくすぐっていった。
 すでに忠雄の心臓は、早鐘のようにばくばくとその鼓動を鳴らしていた。ひょっとすれば――いや、ほぼ間違いなくそれは、一分前の倍は脈拍を刻んでいるようであった。
 忠雄の背に張りついた紗月が、そのままの格好で忠雄の身体に腕を回した。頭を忠雄の肩にもたれかからせて、うっとりと目を閉じる。
 さらさらの髪が、忠雄の首筋を心地よく刺激する。
「うっ!?」
 気が付くと、密着した背中に、紗月の胸がぎゅっと押し付けられていた。それも、いつの間にタオルが落ちたのか、布ごしではない、ぷにぷにとした生の感覚である。
 先ほど服を着てる時はさほどあるようには見えなかったが、実際に背中で感じて見ると紗月の胸は、けして大きいとは言えないにせよ、それなりのボリュームは保っていそうだった。
 それが、紗月がちょっと身体を動かすたびに、きゅっきゅっと擦れる。何やら、小梅ちゃん大の固いものが、肩甲骨の辺りをくすぐっているような気もする。
 ひょっとしたら、わざと押しつけているのかも?
 そんな想像をするだけで、忠雄は股間のモノが激しく充血していくのが分かった。
 紗月と忠雄はしばらくの間、そのままの格好で身体を寄せ合っていた。忠雄のどきどき感とは裏腹に、紗月の方は非常に落ちついている感じである。むしろ、忠雄には見えなかったのだが、半眼っぽく開けた薄目が、ぞくりとくるほど色っぽい表情を形作っている。
 ほどなくして紗月が、忠雄の左手に握り締められているスポンジに気づいたようであった。
 そして言った。
「あの……お背中、流しましょうか?」
 お背中、流す?
 忠雄の脳裏に、一つの妄想が浮かんでいった。頭の中を、ヨコシマなイメージが瞬く間に駆け巡っていく。
 それってひょっとして、このまんまの姿勢で、だろうか?
「し、してくれるの?」
 忠雄がどもり声でそう言うと、紗月はにっこり笑ってそれに答えた。
「あたし、男の人が喜んでるの見るのって、好きなんです」
 喜ぶ……ッ!!
 そのセリフが、ピンポイントで忠雄の妄想中枢を直撃していた。かしゃかしゃとパズルを組み立てるように、いけないグラビアイメージが脳裏に一気に構築される。その想像が、忠雄の背中の産毛を逆立たせていく。
 忠雄は言った。
「そっ、それじゃ、お願いしよおかなぁ……」
 結果忠雄は、ひたすらさりげない風を装いながら、紗月にスポンジを手渡していったのだった。
 スポンジを渡す際、忠雄の後ろ手に、ぬめらかな泡が紗月の指に触れた。そのうち背後から、しゃこしゃことスポンジを揉みほぐす音が聞こえてくる。
 忠雄の期待は、否が応にも高まってきた。
 すでに背中の神経は、綿毛一本でも触れたら感じるほど、びんびんに研ぎ澄まされていた。
「それじゃ、いきますよ」
 そのセリフに、忠雄が思いっきし期待してうなずいた途端。
 ぺと。
 背中に泡まみれの柔らかいものが押し付けられた――そして。
 ……こしゅこしゅこしゅ。
 軽快に聞こえる、泡を作っては押しつぶすような音。
 もちろんそれはスポンジだった。
 あううぅ……。
 忠雄は心の中で、だくだくと滂沱の涙を流していた。股間のモノも、こころなしか勢いを失ってきている。背中から聞こえるリズミカルな音が、妙に心に物悲しい。
 世の中、そんなに甘くないようであった。
 そうこうしてるうちに、紗月が手を動かしながら忠雄に話しかけてきた。
「波多野さんの背中って、結構大きいんですね」
「そ、そうかな?」
 なぜか少し照れて、忠雄が答える。
「そうですよ。何か、お父さんみたい」
 その『お父さん』というセリフに、もう少しだけ、忠雄のモノが勢いを失った。
 やっぱ、そんなうまい具合にはいかないよなぁ。さっきも何か、恥ずかしがってたみたいだったし。やっぱ実は、こーゆー事には慣れてないのかも。
 そーなると、どこまでえっちな事を迫れるかも考え直さなきゃいけないかもなぁ。ムリヤリってーのだけは避けたいし。……何か、いい娘だしなぁ。
 と、忠雄がそんなよしなし事を考えてるうちに、紗月の手は、忠雄の肩から腋、腋から背中、さらには腰へと移動していった。えっちな気分とは程遠いとは言え、可愛い女の子に背中を流してもらっているという感触は、それはそれで気持ちがいい。
 それでもいいかな、と、忠雄がほんわかとした気分になりかけていた――その時。
「うわわっ!!」
 思わず忠雄が声を上げていた。
 いきなり紗月の手が、忠雄の腿の上をすり抜けて、忠雄の股間へと滑り込んできたのだ。
 柔らかなスポンジと指が、忠雄のモノと茂みを泡で擦り上げていく。ぬるぬるとしたその感触が、一気に忠雄に性感を取り戻させてくる。
 ついさっきまでジッサイそういう事を望んでいたにもかかわらず、なぜか忠雄はどぎまぎとしていた。
 慌てて忠雄が紗月に言った。
「そっ、そこはいいよ。自分でするから」
 ところが紗月は少しの慌てる様子もなく、落ちついた口調で忠雄に答えた。
「遠慮しないでくださいよ。あたし、別に嫌じゃないですから」
 それどころか紗月は、スポンジを離して、直接指で忠雄のモノを握ってきたりした。泡でぬめりのよくなった指が、こすこすと忠雄の欲棒を刺激する。
 一時勢いを失っていた忠雄のモノが元の硬度に復活するまで、さほど時間はかからなかった。
「おっ……うっ」
 うめき声なんかも、出ちゃったりしている。
 背中を洗っていたのと同じリズミカルな音が、今度は忠雄の股間から聞こえていた。
 ただ――。
「ん……っと」
 距離が少し遠いのと、忠雄の身体でブラインドになっているためか、紗月も幾分、やりにくそうではあった。
 身体を忠雄の背中に寄せてはいるが、それでも『現場』が見えない事に変わりはない。
 紗月もどうにかそのまま行為を続けようとしていたようだったが――ようやく諦めたのか、いったん、忠雄のモノから手を離した。
「ちょっと、ごめんなさい」
 そう言って紗月は立ちあがると、壁にかかっているシャワーのノズルをその手に取った。カランをひねって、お湯の温度を調整する。
 そして紗月は、呆然と座り込んでいるだけの忠雄に向かってちょっと会釈すると、忠雄の背中の泡を、シャワーで洗い流し始めていったのだった。
 さわさわとしたお湯の雫が、忠雄の背中に降り注いでいった。
 柔らかな紗月の手と温水が、忠雄の肌を心地よく這い回って、身体中から泡を落としていった。忠雄はただ、されるがままに座っているだけである。
 あらかた泡が落ちたところで、紗月が忠雄に言った。
「あの、そこに、腰掛けてもらえますか?」
 紗月の顔は、まだお湯をはってないバスタブのふちの方を向いていた。
「あ、ああ」
 忠雄は、言われるがままにイスからバスタブへと腰を動かしていった。
 まだ少し、頭の中がぼおっとしている感じだった。何か、ただ紗月の言う事さえ聞いていればいいような気にすらなってきている。
 紗月は、自分が言った通りに忠雄がバスタブに腰掛けたのを確認すると、シャワーを止めて、ノズルを壁にかけていった。そして、いそいそと忠雄の前に回る。
 忠雄が、惚けた頭で自分の股間を見下ろしていった。
 そこには、ちょうど忠雄の両足の間に挟まれるかのような格好で、ひざまずいた紗月の姿があった。その手には、先ほどのボディーソープと、泡だらけのスポンジとが握られている。
 紗月は、手桶に少量のお湯を張ると、ボディソープをスポンジの上に垂らして、手桶の中でそれを揉みほぐすようにした。桶の中に、大量の泡を作り出す。
 桶の中が、みるみるうちにきめ細やかな泡で一杯になった。
 作業をしている紗月も、何だかおままごとをしているようで楽しそうだ。
 紗月は、作り出したそれを両手にたっぷりと塗り付けると、ひざまずいた格好のまま、えへっと忠雄に笑いかけた。
 少し、照れくさそうな表情で、こう言った。
「この方が、洗いやすいから」
 まだ『洗う』という口実を忘れてはいないようであった。
 そして紗月は、おもむろに忠雄のモノへと手を伸ばしていった。
「あっ……あひっ」
 ぬめりのよくなった紗月の両手が、半勃ち状態の忠雄のモノを包み込んでいった。
 滑らかな指先が、袋から竿、裏筋から鈴口までを這い回っていった。さわさわとしたタッチが次々に忠雄のモノを撫で上げていく。紗月のその指の動きは、無数の白魚が忠雄の回りを遡って行く――まるでそんな感じだった。
 紗月は泡まみれになったそれを、右手でマイクを持つように掴むと、左手で袋を揉み上げながら、しゃこしゃこと上下に擦り上げていった。
 ちょうど紗月の親指の腹が、忠雄の裏の縫い目の辺りを往復する感じになる。そのくびれの辺りの粘膜では、押しつけられた紗月の指の指紋のざらざら感すら、直裁に感じ取れるほどであった。そしてそれが、貪欲に快感へと転化されていく。それが忠雄には恐ろしいほど気持ちよかった。
「どうです? 気持ちいいですか?」
 忠雄は紗月のそんな問いにも、うなずくのが精一杯なほどだった。
 紗月は忠雄のそんな様子を、無邪気そうな笑顔を浮かべながら、その実つぶさに観察していた。
 まるで忠雄のどこを擦ったら、忠雄がどう反応するのかを、あらかじめ理解しておこうかとしているように――。
 自分の指戯で喘ぐ忠雄を見て、紗月が言った。
「よかった……それじゃあ」
 そして紗月が、にっこりと笑って指の速度を上げた。男の生理を知っていないとなかなかできないほどの激しい速度で、忠雄の欲棒が擦り上げられる。
「うおおおっ!?」
 すでに忠雄の棒全体は、ボディーソープの泡だけでなく、先端からほとばしっている先走り汁によって、ぬめぬめにぬめりまくっていた。そうでなければ、下手をすれば痛みすら感じかねないほどの激しいストロークだったのだが、熟れまくった忠雄のそれは、紗月の攻撃を全て、確実な快感として受け取っていた。
 しかも紗月は、左手でタマを転がす事も忘れてはいない。
 ヤバいっ!!
 忠雄がそう思う間もなく、噴流の予感が根元から急激に高まってきた。紗月の手のひらに包まれたタマが、きゅっと上方に縮み上がる。
「ちょっ……ちょっと待っ……」
 忠雄の必死の我慢は、きっかり三秒しか持たなかった。
 熱くてドロドロにたぎった塊が、細い尿管を押しのけるかのように一気に駆け上っていく様相が、忠雄の脳裏にはまるでリアルタイムの映像であるかのように映っていた。
「うくっ!!」
「きゃっ」
 忠雄が声を引き絞った瞬間、大量の白濁液がすさまじい勢いで紗月めがけて放出されていった。驚くべきは、その量と濃さである。昨晩、確かに自分で出しているはずなのに、それは学生時代に勝るとも劣らない量と濃さで、紗月の顔面を汚し続けていた。
 それどころか、すでに全部放出し終わった後でも、忠雄のモノは紗月の指に包まれて、びゅくんびゅくんと繰り返し蠕動している。
 もちろん忠雄が、これら全てをきちんと認識していた訳ではなかった。忠雄はただ、股間に発生した爆発的な快感に圧倒され、身体中で快楽を享受するだけで精一杯だったのだから。
 一方、紗月は、いきなり忠雄に顔面にぶっかけられたにも関わらず、以外にも平然そうな顔をして、忠雄のその様子を見つめていた。
 いや、よく見てみると、紗月の表情には僅かに後悔の跡があったかもしれなかった。
 しかしそれは、自分がしてしまった行為に対する後悔かというと、必ずしもそうではないようであった。それよりむしろ、自分の想定していた事態とは違う、予想外の出来事が起こってしまった事に対する後悔、そんなような表情だった。
 紗月は軽く舌打ちをすると、まだ息を荒げている忠雄から無造作に手を外して、カランをひねって、手に付いている泡をきれいに落としていった。そして洗った手で、顔じゅうにへばり付いている精液を丁寧に拭い取って、しげしげとそれを見つめる。
 にやりと一つ、嫌な笑みを浮かべる。
 そして紗月は。
「おぅ、もったいなやもったいなや」
 忠雄には聞こえないくらいの小声でそうつぶやいて、指先に取ったそれを、自分の口腔へと含み入れていったのだった……。
 ピンク色の舌が、ゆっくりと指先からジェリー状のそれをねぶり取っていった。目を細めながら舌先でそれをころころと転がして、じっくりとその味を堪能する。そして、口内で温められたそれを嚥下する。
 喉が、ぐびりという音を立てる。
 紗月は一滴でも余すのが惜しいかのように、顔から精液をこそげては舐め回していた。指先を、しつこいくらい何度もしゃぶっている。
 その忠雄のモノを飲み込んだ紗月は、何とも言えないような至福の表情に包まれていた。まるで、そう、究極の美味そのものを味わっているかのように――。
 忠雄は、紗月が精液をあらかた処理し終わったその頃になって、ようやく息が収まったかのようであった。
 今の自分の格好と、股間に座りこんでいる紗月とを見て、自分が何をしてしまったかを遅まきながらも理解する。
 理解した忠雄が、慌てて紗月に謝った。
「ごっごめんっ!! あのその、あんまりにも気持ちよかったもんだから……」
 忠雄の様子は、端から見てておかしいくらいにわたわたしていた。
 紗月はそれで、忠雄が現実世界に戻ってきた事を悟ると、瞬時に顔をくったくのない笑顔に戻して、忠雄に向かって微笑みかけた。
 落ちついた声で、忠雄に言った。
「いいんですよ、あたし、別に平気ですから。……それより、出ちゃいましたね」
 忠雄のうなだれたそれを、指先でつまむ。
 忠雄は実に情けなさそうな顔で、自分のそれを見つめていた。紗月はそんな忠雄に穏やかに笑いかけると、シャワーのノズルを取って、忠雄の股間にまだこびりついている泡を丁寧に洗い流していった。
 きれいになったそれを、もう一度、右手でつまんだ。
 そして、忠雄の顔を見上げて、んふって笑う。
 忠雄はただ、惚けた顔で紗月に笑い返すだけであった。忠雄の思考力は、まだこの一連の流れについていってないようであった。
 それには構わず、紗月は言った。
「また、大っきくしてあげますね」
 そして紗月は、おもむろに忠雄のモノに喰い付いていったのだった。
 まだ柔らかいそれを持ち上げるかのように指で支えて、紗月は忠雄の亀頭のみを含んでいった。剥けて粘膜が剥き出しになっているそれを唇で挟んで、舌先でちろちろと先端を舐め回していく。敏感な粘膜同士が絡まり合い、ぬるぬるとした唾液で適度に弱められた刺激が、交感神経へと伝えられていく。
 徐々に血流が、忠雄のモノに集まりだしてくる。
 そのうち、忠雄のモノがある程度の硬度を取り戻してくると、紗月は指を根元の方に持ち替え、ディープなストロークで忠雄の棒全体を愛撫していった。唇で肉茎を締め付けながら、口内では柔らかな舌が待ち受けている。もちろん空いている手で、袋をやわやわと揉みほぐす事も忘れてはいない。
 紗月の絶妙な舌戯に、忠雄の立ち直りは思った以上に早かった。出してまだ五分もたっていないのに、忠雄のモノはすでに先ほど以上の硬度を取り戻している。
 忠雄は熱い吐息を漏らしながら、コトが行われている現場を見下ろしていった。
 そこではもちろん、紗月が一生懸命に自分のモノをしゃぶっているという、信じられないような光景が確かに展開されているのであった。
 紗月の髪が汗でおでこに貼り付いている。上気した顔をして、ときおり髪をかきあげる仕草が、今更ながらめちゃくちゃに色っぽい。ぴちゃぴちゃといういやらしい音が、忠雄の鼓膜を直接刺激する。
 忠雄はこんな可愛い娘に口でされてると思うだけで、危うくまた達しそうになった。
「も、もすこし緩めて……。このままだと俺、また出ちゃうよ」
 思わずそんな情けないセリフまで出てしまう。
 紗月は、今の忠雄のセリフが聞こえたのか、いったん攻撃を止めて、忠雄のモノから口を外していった。
 ちゅぽん、と水音が一つ、する。
 そして紗月は、にやりと意味ありげな笑いを浮かべて、忠雄に言った。
「もっと、気持ちよくしてあげる。この世で最高の快楽をあげる」
「へっ?」
 忠雄は、紗月が何を言ったのかよく分からないようであった。
 一方の紗月は、忠雄のほけら顔も気にせずに、ふんと一つ鼻で笑うと、もう一度忠雄のモノを咥え直していった。
 ぐぐっと喉元奥深くまで咥え込み、忠雄のモノを唇と口腔とで締め上げていく。ぬろぬろとした口内粘膜で全体を包み込み、激しい勢いで吸引する。
 たちまち忠雄に射精感が走った。
 まるで、欲棒全体が柔らかな肉壁に包まれているかのようであった。その上、先端が喉元近くまでいっているはずなのに、なぜか鈴口を舌がちろちろと這い回っている感じがする。まるで、細いこよりで割れ目を押し広げられているかのようで、それが忠雄にはとてつもなく気持ちよかった。
 今までに味わった事のない種の快感だった。
 その攻撃に、あっさりと忠雄は臨界点を突破していた。
「待った……だから出ちまうって……ひっ!?」
 どくっ。
 その、今にも精液が噴出しようとしたその瞬間、いきなり忠雄のモノに爆裂的な快感が走った――這い登ろうとする精液の流れに逆らって、何か細いものが一気に尿道を遡っていくのだ。
 細いながらも弾力のあるそれが、ペニスを内側から直接擦り下りていった。痛みにも似た恐ろしいほどの快感が、一直線に根元までを貫いていく。
「ひいいいっ!?」
 その異様な感覚に、忠雄は立て続けに達していた。
 だが、いくら達しても、精液は根元で直接堰き止められたかのように、一滴たりとも外に出て行きはしなかった。それでもいき続ける忠雄の付け根に、暴力的と言ってもいいほどの快感が溜まっていく。溜まった快感が、さらに次の絶頂を引きずり出してくる。
「あがががががががががっ」
 もはや忠雄は、意味のある言葉を吐く事ができなかった。
 一つうめくたびに一つ達する。そしていくら達してもそれは、ただ積み上がっていくだけで、解放されるような事は決して、なかった。
 忠雄はその絶え間ない快楽の渦に呑み込まれて、絶頂のまま、意識がホワイトアウトしていったのだった……。

 

 ――その男は、とにかくでかかった。
 顔が、でかかった。
 口も、でかかった。
 目も鼻も耳も、目の穴も鼻の穴も耳の穴も、手のひらから足のサイズにいたるまで、とにかくその男は構成している身体の部品全てが、常人のサイズを軽くオーバーしているかのように思えた。
 思えたというより、それは完全に事実であった。
 何よりも、ベースになっている身体そのものがでかかった。
 幅や厚みでいうと、普通の成人男子の軽く二倍はありそうである。身長も、そうとう高い。
 スペック的には、身長は百九十センチを幾分か越え、体重も同じくらい――とまではいかないまでも、ゆうに百五十キロは越えていそうな感じであった。百七十から百八十キロといったところか。
 しかしただでかいと言っても、その男の身体が脂肪によって、単純にぶくぶく太っているという訳では、けっしてなかった。表面にこそ、うっすらとした脂肪層が覆い被さっているようではあったが、その内側に岩のような筋肉の束が詰まっているだろう事は、その男を見た誰の目にも明らかであった。
 何よりもその印象は、丸いというよりは、むしろ四角い。
 そう、例えて言うならば、ぬりかべが一番近い生物かもしれなかった――むろん、ぬりかべが生物としての話ではあるけれども。
 そのぬりかべにごっつい手足を付けて、その上に狛犬というか、沖縄地方でよく見られるシーサーの頭を乗っけている――それがその男を描写する、もっとも適切な例えかもしれなかった。
 その例え通り、その男の顔の中央には、どっしりとした獅子鼻があぐらをかいて座っていた。太くて濃い眉の下では、目玉がぎょろりと睨みを効かせており、大きな口は何やら先ほどから頻繁に開け閉めされている。ぼさぼさの髪の毛はごわごわとこわく、ヘアスタイルもさほど気にしてはいないのか、ところどころぴょこんと癖っ毛が跳ねていたりもしている。
 部品部品を単体で見ると、そもそも人として規格外でありアンバランスなのであるが、トータルで顔全体の作りを見ると、なぜだか不細工という印象を受けないのが、不思議と言えば不思議だった。むしろ顔面に浮かべている豪快な笑顔からは、一種の愛嬌すら感じられる。
 ただ、間違いなく『濃い』事だけは確かだ。
 暑っ苦しい夏の夜には、あまりお近づきになりたくないタイプではある。
 その男は幸いな事に、今はほどよく冷房の効いた店内で、どっしりといすに腰を下ろしていた。
 もっともそれも、壁に作りつけになっている長いすだからよかったようなものの、普通のいすだったらまず、最初に尻が収まらないのは、それこそ火を見るより明らかであった。また、仮に収まったとしても、この男の体重を支えきれる既製のいすが、いったいどれだけあるかという事は、実のところかなり疑問であると言えた。
 その男は、洗いざらしのシャツの上に、かなり年季の入った登山用のベストを羽織っていた。下半身には、すその擦りきれたジーンズを穿いている。質素と言えば聞こえはよいが、どちらかと言えば薄汚いという印象の方が強い。
 そしてその男が、さっきからわしゃわしゃと忙しそうに手と口とを動かしている。
 いったい何をしているかと言うと――。
 その男は、ファミレスで背中を丸めて、一心不乱にチョコレートパフェを喰らっていたのであった……。

 

「それにしても、あんたねー」
 と、少女が言った。
 ちょうどファミレスのテーブルを隔てて、男の真向かいに座っている格好になる。
 その少女は、男とは対照的に、えらく小柄な体型をしていた。身長で言えば百四十センチくらい、体重は三十五キロあるかなしかといったところだろうか。
 肉付きの薄い、ほっそりとした体つきは一見、小学生に見えなくもなかったが、やや吊り上がり気味の瞳と、そこに宿っている、常人とは異なる強い意志のようなものが、少女が実は成熟した女性だと思わせるのに、十分すぎるほどの魅力と迫力とを備えていた。
 肩より少し下あたりで切り揃えられた髪は、艶やかな漆黒のストレート。
 そして、肌の色が透けるように白い。
 何やら少女の回りだけ、冷ややかというか、二、三度、低い温度の空気が漂っているような――そんな錯覚すら覚えるほどだった。
 その雰囲気はまるで、等身大の日本人形を思わせるかのようだ。
 とはいえ、身につけているのは和風の着物ではなく、純白のふわふわとしたサマーセーターと、鮮やかな赤色のミニスカートではあったが。
 その少女が、先ほどから妙にイラついた顔で、目の前の男を睨んでいた。心臓の悪い男であったら、そのまま視殺できそうなほどである。
 その視線を、当の本人の目の前の男は、まったく気にしていないようであった――それがさらに少女をイラつかせているという事に気づいていないのか、それとも気づいていてわざとそうしているのかまでは、分からなかったけれど。
 とにかくその男は、ただひたすらに、手に持っているガラスの器に全てを集中しているようであった。
 ユリの花弁様に型取られた容器の奥底から、長い銀のスプーンで、ホイップ、チョコ、アイスの、三種のクリームの混合物を掬い取る。色とりどりのディップが散らされた、文字通りマーブル状のそれを、あんぐりと開けた大口の中に放り込む。舌先でそれを転がしながら、至福の表情を作って、目を閉じて、鼻の穴をぷっくりと膨らます。
 この世の春、ってな感じだ。
 そりゃあ、春にもなるだろう。
 何せ、二人の間を隔てているテーブルには、チョコパフェのみならず、セットメニューやら単品やらサラダやら、それこそメニューに載っている料理すべてと言っても過言でないほどの皿が、ところ狭しと並べられているのであるから。
 具体的に例を挙げると、イタリアンチーズハンバーグセットとか、若鶏の鉄板焼きガーリックソースセットとか、海鮮丼とか、特製ミックスピザとか、きのこの和風スパゲティとか、有機豆腐サラダとか、トマトとバジルのサラダとか、紅茶のシフォンケーキとか……その他もろもろ。
 ちなみにその皿のうち約半分は、すでに空になってしまっている。言うまでもなく、全て男の腹に納まったものだ。
 少女はその様子を呆れ顔というか、半ばうんざりとかげっそりとかいった類いの表情で見つめながら、こつこつと根気よく、爪の先でテーブルを鳴らせていた。
 もちろん、無意識にやっている行為ではない。男が気づくのを期待しての事である。
 ――まだ、男は気がついていないようであった。
 もしくは、気がついているのに、少女よりもチョコパフェの方を優先しているのかもしれなかった。
 男の瞳が先ほどからちらちらと少女の方を盗み見ている様子からすると、どうやら後者の確率の方が高そうではある。
 少女はしばらくの間、そのまま男を睨み続けていたが――このままではどーにも埒があかないと踏んだのか、ついに再び、口を開いた。
「あのね、聞いてる?」
 か弱げな外見からは一見、想像しかねるほどのぞんざいな口調で、少女が言った。しかも、きっちりと一音節ずつ、区切るようにして、発音している。
 その言い回しには、『これで聞こえてないなんて言ったら、即ぶっ殺すんだからねっ!!』といった意味が、母音と子音の間に、即物的なリアルさでもって示されていた。
 ――当然のごとく、男は聞いちゃいなかった。
 それでも少女は男の返事を、しばらくは黙ってじっと待っていた。眉間のしわが、だんだんと深くなっていってる事からも、それが非常な努力を少女に科していたという事が、如実に見て取れる。
 普段の彼女を知っている者からすると――それほど多くはないだろうが――それは、信じられないほどの忍耐力であった。
 だがそれも、男が三杯目のチョコパフェに手を出すまでだった。その瞬間、少女の堪忍袋の緒は、驚くほどあっさりと引きちぎられていた。
 どんっ!!
 すっくと立ちあがり、思いきりテーブルに手を突いて、叫ぶ。
「ちょっと雷太っ!! あんた、あたしの言ってる事が聞こえないのっ!?」
 少しばかり、ヒステリー入ってたかもしれない。
 さすがに男――雷太と呼ばれた――も、少女のこの行動は無視しえないようであった。ちらりと、少女の方に目をやる。
 もっとも、雷太のもう一方の目が、今の振動によって倒れかけたフルーツパフェのグラスに向けられていたとゆー事は、隠しようのない事実であった。
 雷太はひとまず、テーブル上の飲食物が全て無事である事を確かめて、ほっと胸を撫で下ろしてからようやく、少女の方を向いて言葉を返した。
「んご……んだ? はほほ」
 もちろん、雷太がこのようにしゃべったからといって、直前の少女のセリフと同様に、少女の名前が『はほほ』である訳は、もちろんなかった。単に、雷太の口の中がクリームで一杯であったため、うまく発音できなかっただけである。
 そしてこの事は、もう一つの不幸な事故を引き起こしていた。
 当然ながら、そーゆー状態でしゃべった雷太の口からは、言葉とともに大量のクリームが、辺りじゅうに撒き散らされていたのである。
 当然、それは少女の方にも飛来した。
 慌てて少女が身体をよじって、飛んでくるクリームを避ける。
「ちょっ……やだっ!! 口の中のもの、飛ばさないでよっ!! 汚いじゃないのよ、もう。あれほど、ものを食べながらしゃべんないでって言ったのが、まだ分かんないの? この筋肉バカっ!!」
 少女は手でクリームを払いのけながらも、反射的に雷太に文句を言う事を忘れてはいなかった。しかも、立て板に水というか、垂直落下式のブレンバスターというか、とにかくマシンガンのような怒涛の勢いで、である。
 それでも雷太は、まだのほほんとした口調で、言葉を継いでいた。
「ふぉれはほーも、ふぁふふぁっふぁふぁあ、はほほ」
 また、クリームが舞った。
 ひょっとしたらこの男、やっぱり分かっててやってるのかもしれない。
 と、その時。
「――」
 突然、すっ――と、沈黙が降りた。
 ただならぬ気配に、雷太が上目遣いに少女を見上げる。目が合う、瞬間。
 ぎろっ。
 少女は仁王立ちの格好のまま、ぶっ殺しそうな視線をして雷太を睨み付けていた。
 思わず雷太が、精神的に及び腰になった。
 殺意を含んだ青白い色のオーラが、少女の背後におどろ線を伴っておどろっていた。キルリアン写真を通さずとも、それが肉眼で確認できるくらいだ。少女のストレートの黒髪も、重力に逆らってゆらゆらと揺れ動いていたりする。
 さすがの雷太も、少女のこの様子には、いささか身の危険を感じたようであった。
 慌てて手近のコップを掴んで水でクリームを飲み下し、よーやく口内をきれいにする。
 そして改めて、先ほどのセリフを繰り返した。
「んぐ――それはどーも、悪かったな、サヨコ――これでいいか?」
 どうやら、件の少女の名前はサヨコと言うらしかった。
 しかしサヨコは、そんな事にはお構いなしに、引き続き、絶対零度並に冷たい視線で雷太を睨み続けていた。イヌイットでさえも、びびって凍てつくほどの温度である。
 場の雰囲気が重い。
 そしてサヨコは、たっぷりと三十秒ばかし、無言で雷太をねめつけた後、汚らわしいものでも吐き捨てるかのような声で、ぽつりと一言、雷太に言った。
「……あんた、いっぺん死んだら?」
 そう言い放って、サヨコはすとんといすに腰掛けていった。
 幸いな事に、サヨコの怒気はかなりヤバめのところまではいったけれども、どうやら臨界点までは突破しなかったようであった。
 それを確認したからか、ぶつくさと、雷太が口の中だけで文句を言った。
「まったく、何でメシ喰ってるだけでそこまで言われにゃーならんのだ?」
 もっとも雷太の行動が、自分自身で言ってるように、メシ喰ってる『だけ』だったかどーかは、諸氏の判断が待たれるところだが。
 と。
「何か言った?」
 耳ざとく、それをサヨコが聞きつけた。まるで、野生の狼並みの聴力である。
 とはいえ、言った雷太もサヨコに聞かれるのを承知で口にしたようではあった。さほど慌てもせずに、わざとらしく肩をすくめて、サヨコに答える。
「気にしないでくれ。俺の口は時々勝手に動く癖があるんだ」
 きっぱりと、そう言い切った。
 なかなか便利そうな口ではあるが、雷太がそうだと言い張るからには、実際にそうなのかもしれない。
 サヨコは、雷太のその返事にまだ納得がいかなさそうな顔をしていたが、サヨコが深く考え始めるより前に雷太が、強引に話題を元に戻していった。
「それより、何か用があったんじゃねーか? サヨコ」
 サヨコは一瞬、きょとんとした表情をした。
 それから二、三回、軽く頭を振って、雷太の先ほどからの行動を追及するのを諦めると――おもむろに心底呆れた表情を『作って』、雷太に言った。
「もう言う気もなくしたわよ――大の大人がチョコパフェなんか食べてて恥ずかしくないのっ? それも三つも――なんてコトは」
「しっかり言っとるじゃないか」
 サヨコのセリフに、雷太が唇を尖らせた。
 まるで、自分の金で好きなもんを喰って何が悪い、とでも言いたげな表情である。
 それに大体、サヨコはチョコパフェばかり槍玉に挙げているが、雷太はけっしてさっきからそれだけを喰ってた訳ではないのだ。たかがチョコパフェ三つなど、トータルで喰った料理に比べれば、ごくごく一部である。
 ま、それはそれで問題なよーな気もするが、それはともかく。
「あんたと違って、あたしは正直者だもん」
 しれっとした顔で、サヨコが言った。
 それを打てば返す的に、雷太が答える。
「嘘を言うと閻魔さまに舌を抜かれるぜ? ――あー、もちろんこれはあくまでも一般論だが」
 あー言われればこー言い返す、口の減らない雷太であったが、サヨコに再び睨み付けられた途端、慌てて前言をごまかし始めた。
 このあたり、二人の間の力関係が、微妙に象徴されているようではある。
「何くだらない事言ってんのよ、もう」
 それを見てサヨコは、自分の睨みが適切に作用した事を確認してから、唯一サヨコのオーダーである、薄いプレーンティをまずそうにすすった。
 そして言った。
「大体、ゴハン食べてる最中に、よくそんな甘いものが食べられるわねー。あんた、味覚おかしいんじゃないの?」
 サヨコのそのセリフに、雷太が心底、意外そうな顔をした。
 唇を尖らせながら、サヨコに向かって言い返す。
「おめーに味覚うんぬんたー言われとーないが……こりゃー口直し――じゃねーな、箸休めってーか、その手の類いのもんだ。懐石にだって箸洗ってーのがあるだろ? それと同じおなじ」
「あんたのそれと同じにされちゃあ、千利休が泣くわよ?」
 サヨコはジト目で雷太を睨むが、雷太は怯む様子もない。
「よーは美味けりゃいーんだよ。山岡鉄扇もそう言ってる」
「……山岡鉄扇って誰よ?」
「誰かさ」
 そう言って雷太は一つ、不器用なウインクをした。
 サヨコがあっけに取られている内に、雷太は次の皿へと手を伸ばしていった。今度の目標は、チキンのガーリックソテーのようだ。ナイフとフォークで器用に一口大の大きさに切り分け、ひょいぱくと口の中に放り込んでいく。
 サヨコはしばらくの間、口をぽかんと開けてそれを眺めていたが、ついに雷太にこれ以上何を言ってもしょうがないと悟ったのか、ようやく、話を本来の話題へと戻していった。
「ったく、そーやってすぐ誤魔化すんだからぁ……。ま、いいわ。それより、これ見た?」
 そう言ってサヨコは、さっきからの雷太の暴飲暴食中に読んでいた、スポーツ新聞を雷太に向かって突きつけていった。
 どちらかというと、こーゆー俗な記事が苦手なサヨコがスポーツ紙を読んでいるのも珍しい事ではあったが、どうやらそこに書かれている記事は、プロ野球欄でもプロレス欄でも、ましてやアダルト欄でもなく、社会欄――とはいえ、スポーツ新聞であるから内容は推して知るべし――のようであった。
 しかし雷太は、鉄製のプレートに伏せったままで、顔一つ上げようとはしない。
 がつがつとチキンを噛み千切りながら、言った。
「あいにくと俺は透視能力がないんでね、お前が読んでる側の記事は読めん――」
 殺気。
「――から、今、見せていただいてるんだよな、うん」
 生命の危険を察知する能力だけは長けている雷太が、慌てて顔を上げた。
 もちろん、両手にはナイフとフォークを握り締めたままだ。口中ではまだ、もぐもぐとニンニク風味の鶏肉を咀嚼している。
 雷太はサヨコの視線の圧力に、名残惜しそうにそれを嚥下してから、フォークとナイフをプレートに置いて、サヨコが差し出している新聞を受け取っていった。
 ざっと、書かれている新聞記事に目を通す。アダルト欄を見たいのはやまやまではあったが、さすがに雷太もそこまで危険な賭けに出るような真似はしない。
 とはいえ、性懲りもなく右手はグラスを掴んで、オレンジジュースをがっぱがっぱと口内に落とし込んではいたけれども。
 雷太は、いかにも自分がちゃんと記事を読んでるんだぞと言わんばかりに、声を出して、差し出された新聞記事を読み上げていった。
「何なに、水都駅近くのラブホテルにて身元不明の死体が相次いで発見? 推定年齢はいずれも六十〜七十歳、死因は心臓発作、いずれも性交のあとがあり、警察は事件との関連も含め捜査に当たっている――と。ふぅん、元気なじーさんもいるもんだな」
「何よぉ、あんたの感想って、それだけ?」
 思っていたのとは少し異なる、雷太のあまりと言えばあまりのあっさりした反応に、サヨコはぷうっと頬を膨らました。明らかに、不満げな表情である。
 それをちらりと横目で見た雷太は、わざとスケベそうないやし笑いを浮かべながら、さらに言葉を続けた。
「感想っつーか、こりゃー、どー見ても腹上死だろ、ふくじょーし。ほれ、例のボッキするクスリか何かをキメて、年甲斐もなく若い女の子と――熟女かもしれんが――セックスしてて思いっきし腰振ってたら、心臓にきちゃってそのままイッちゃったんじゃねーの? 文字通り極楽にさ、うへへへ」
「らら雷太っ!! ここここんなとこでいきなりそんな恥ずかしい事、いい言わないでよねっ!!」
 雷太のセリフを聞いて、いきなりサヨコがあたふたあわあわと慌てまくった。もろに、動揺しまくりとゆー感じである。
 どうやら、雷太の吐いた単語に過敏に反応しているらしい。
 しかし雷太はそれにしっかりと気づきながらも、しごくへーぜんとした顔で言葉を継いだ。しかもわざと、問題と思われる単語を繰り返す。
「ボッキもセックスも、ちゃんと辞書に載ってる言葉なんだがなぁ。差別はいかんぞ」
 と。
 だんっ!!
 いきなりサヨコが、両手をテーブルに勢いよく突いて立ち上がった。
 お人形さんのような顔を、耳の先まで真っ赤に染めている。怒りでか恥ずかしさでか、身体中がぷるぷると細かく震えてるのが見て取れる。
 そして。
「だから言わないでって言ってるでしょおっ!!」
 声を限りに、言い放った。当社比、約三・五倍くらいはありそうである。
 ぜーはーぜーはー。
 息も、荒い。
 雷太は、きーんと響いた今の衝撃波を、小指の先で耳からかっぽじりながら、しかめっ面をしてサヨコに言った。
「叫ぶなって。客観的に見ると、お前の方がよっぽど恥ずかしいと思うぞ?」
「もうっ。雷太が変な事言うからじゃないっ!!」
 どすんっ。
 音も荒々しく、サヨコがいすに腰を下ろした。
 いかにも、『悪いのはぜぇんぶ雷太なんだからねっ!!』とでも言わんばかりの態度である。
 それを見て雷太は。
「はいはい、俺が悪うござんした」
 と、その場は素直に矛を収めたようであった。
 それも、十分にサヨコの恥ずかしがり様を堪能したからなのか、これ以上おちょくると後が怖いと思ったからなのかは、定かではないが。
 で。
「ま、それはそれとして、だ」
 急に真顔になって、サヨコの瞳を見つめ、言った。
「こりゃー、やっぱり、アイツの仕業か?」
「うん……多分、間違いないと思う。この街のそこかしこに、あいつらの残留思念がぷんぷん匂ってるんだもの。ホント、臭いくらいに。もっとも、今は多分、この辺りにはいなさそうなんだけどね」
 サヨコも、元の雰囲気を取り戻して、雷太に言った。
 慎重に言葉を選ぶようでありながら、それでいてはっきりと、何かの存在を確信しているかのような言い方であった。特に、ぷんぷんと匂うと話したくだりでは、実際に嫌な匂いでも嗅いだかのように、鼻頭を少し、しかめたくらいだ。
 それをじっと見つめていた雷太が、ゆっくりとうなずいた。
「ともかく、この辺がやつらの行動範囲なのは、間違いなさそうってな訳だな」
 さっきまでの、おちゃらけたのとは完全に異なる重々しい声で、サヨコに確認した。
 サヨコがうなずいた。
「そゆこと。で、雷太。あんたの方は、何か分かりそ?」
「まずは、占ってみるけどな」
 そう言って雷太は、ベストのポケットの一つから、何やらプラスチックのケースをむんずと掴んでテーブルに置いた。雷太の手のひらにすっぽり収まっているため、あまり大きくは見えないが、それは単なる目の錯覚である。
 よく見ると、それは花札のケースであった。
 雷太は手際よく、テーブル上に食い散らかした皿を一つにまとめると、自分の前に、ある程度の大きさのスペースを作り出した。お絞りでざっとそこを拭き清めて、四隅にぱっぱっと食卓塩を振る。
 略式とはいえ、清別された易壇を作る。
 雷太はそこに花札を開けて、手で軽くかき混ぜそれを一つにまとめると、ちゃっちゃっとシャッフルしていった。易壇のおおよそ中央にそれを横向きに置き、三回、手刀を切った後で、ざっくりと三つに分ける。真中の山が一番高く、左右の山がそれの大体半分くらいの高さになるようにして、アルファベットのHの形になるように配置する。
 そして、真中の山から二枚、一番上の札は時計回りに四分の一回転させて山の上方に、次の札は逆に四分の一回転させて下方に、左右の山からはそれぞれ一枚ずつ、スライドさせるように札を配置し、最終的にダイヤモンド形の四枚の札を選び出す。
 そこまでの作業を、息を止めながら行っていた雷太は、札を並べ終わると、緊張が解けたかのようにふうっと息を吐き、それからは無造作に四枚の札をめくっていった。
 それぞれの札は。
 上方に配置された札が、十一月の絵札、雨と蛙と小野道風。
 下方に配置された札が、三月の桜、カス札が逆さま向きで。
 右方に配置された札が、九月の菊の青短冊札。
 左方に配置された札が、一月の松の赤短冊札、これも逆向き。
 であった。
 雷太はそれを、ためつすがめつ観察しながら、ぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
「――んーと、因が雨の正位置で、果が桜のカス札の逆、応と報はどっちも短冊で正位置と逆位置が一枚ずつ、か。雨の札の意は出会いだから、何本もの枝に飛びつくような感じで文のやり取りがあって、サクラはカス、と。ふんふんなるほど。多分、菊と松は、聞くと待つのアナロジーだろうな……と。んで、こっちは」
 と、今度は別のポケットから何やらちっちゃいものを取り出した。
 直径五センチ、高さ二センチほどの、安っぽそうなプラスチックの物体であった。上三分の一が透明の硬質プラスチックで、下の部分が水色をしている。
 一見、軟膏か何かを入れておく、薬の容器に見えなくもなかったが、よく見るとそれはただの方位磁針であった。それも、学習雑誌の付録に付いてくるような、ちゃちい奴である。
 雷太はその透明なふたをぽんと取り外し、ぶっとい人差し指で直接、磁針を弾いた。
 磁針は弾かれた勢いのままに、しばらくぐるぐると回っていたが――そのうち、北ではない、ある方向を指し示しながら、ゆらゆらとその振動を止めていった。
 雷太はその方向に顔を見やり――偶然にも、窓から外が見渡せる方向であった――うんうんと何度かうなずいてから、無造作に磁針をポケットの中に仕舞い戻した。
 そして言った。
「あっちの方角か。ま、札の出かたからしても、まず間違いはなさそうだな――サヨコ」
「何?」
 じいっと頬杖を突きながら、黙って雷太の行動を見ていたサヨコが答えた。
「どーやら、あっちの方角にあるテレクラに行って待ってんのが、一番確実らしいぜ?」
 そう言って雷太は、奉還町のある方向を指し示した。奉還町とは、水都駅から歩いて程近い、全国的にも有名な歓楽街である。
 当然そこには、テレクラのみならず、ピンサロやらファッションヘルスやら、その手の性産業がてんこ盛りになって栄えていた。昼間ならずとも、若い女の子一人だと、なかなか入りづらいような所である。
「ふうん」
 サヨコはそれを、どっかよその国の出来事ででもあるかのような顔をして聞いていた。
 まるで、そんな事あたしには関係ない――そうとでも言いたげな雰囲気であった。もしくは無関心な振りをして、内心の動揺を押し隠そうとしているのか。
 その雰囲気を敏感に察知した雷太が、あっさりとサヨコに向かって言った。
「で、どーするサヨコ、おめーが張るか?」
「あああんた、いきなり何言い出すのよっ!?」
 実に分かりやすく、面白いほど簡単に動揺するサヨコであった。
 雷太はそんな内面の思惑など、おくびも表面に出さずに、飄々とした顔のままでサヨコに言った。
「いや、どっちが張りに行こーかってゆー相談をしてるだけなんだが?」
「そそそりゃそーだけど、でもでも、そう、あんなとこにあたしが行ってもしょーがないんじゃない? ここはやっぱり、雷太が行くべきよ、うん」
 必死に言い訳というか、行きたくない理由をでっち上げるサヨコ。しかしそれは結果的には、墓穴をさらにスコップで掘り下げる行為に他ならなかった。
 にんまりと、サヨコの語尾をとっ捕まえた雷太が、いやらしそうに笑う。
 ゆっくりとからかうような――もちろん、実際にからかってるのだが――口調で、言った。
「しょーがないって何がだ? おりゃー確か、テレクラってーのは電話が掛かってきて、お話をする『だけ』の所だと思ってたんだが……それとも何だ、サヨコ様はあーゆーとこで、何か他の事があると思ってる訳か? ん?」
 いやし笑いを浮かべながら、雷太は顔をサヨコの前に突き出した。大きな鼻の穴を、ひこひこと細かく蠢かす。
 言われた事を理解したサヨコが、瞬時にかあっと頬を染めた。同時に、雷太にからかわれている事にも気が付く。途端。
 ぴんっ。
 サヨコの右手が、見事に空間を一閃した。
 思いっきり雷太から顔を背けて、捨て台詞を吐く。
「バカっ!! 知らないわよっ!!」
 もちろんサヨコの頬は、上気したまんまであった。
 そしてなぜか雷太の左頬も、同様に見事に真っ赤に染まっていた。
 雷太はそれを左手でさすりながら、そっぽを向いてしまったサヨコに対して言葉をかけた。
「ま、サヨコ様がそーまで知らないとおっしゃるんだったら、この俺様が出張るしかないが……で、おめーはどうしてるんだ? 何なら前で待ってるか?」
「バカ言わないでよっ!! あんた、あたしみたいなか弱い美少女に、あんなぴーな所で待ってろってゆー訳!? それも一人で。もし、変なおぢさんにでも絡まれたりしたら、どー責任取ってくれるつもりなのよっ? もう、信じらんないっ!!」
 サヨコはまだ、怒りが収まんないといった感じだった。がううっ!! ってな擬音付きで、雷太に噛みついてくる。
 ひょっとしたら、ほんとに犬歯の一本や二本、伸びてるのかもしんない。
 雷太はその、ぽんぽん投げつけられてくるサヨコのセリフを器用に避けながら、密かに口の中だけでぼやいていた。
「自分で、か弱いだの美少女だのってゆーか? ――あ、いや、単なる一人言だ。んじゃ、どーしてる?」
「そこら辺をてきとーにぶらぶらしてるわよ。どーせ、奴が来たらあたしには分かるんだし……。それじゃ、そーゆー事で、後よろしくね」
 そう言ってサヨコは、ぶすったれた顔のままで席を立った。去り際に、雷太のふところからぴっと一枚、カードを抜き取る。
 一人残された雷太が、いささか慌てた様子でサヨコに声をかけた。
「おっおいサヨコ、ちょっと待ってくれよ。おらーまだ、全部喰い終わってねーんだがよぉ」
 サヨコはその言葉に、歩きかけた通路でいったん立ち止まった。そして、両手を後ろで組んだまま、頭だけを振り向かせて。
「あんたみたいな食欲バカに付き合ってられるほど、あたし、ヒマじゃないの。これ、取ってっとくから、ちょっと服でも見てるわね。じゃっ!!」
 と、冷たく言い放った。
 後ろ手にクレジットカードをぴらぴらさせながら、軽い足取りで入り口の方に向かっていく。
「おーい、サヨコぉ――」
 そこには一人、ぼーぜんと取り残された、雷太が残った。
 雷太は去っていくサヨコを見送りながら、ぽりぽりと右手で頭をかいた。
 プレートの上に置きっぱなしになっているフォークを掴んで、少しばかり冷めかけたチキンを突っつく。口の中に放り込んで、咀嚼する。
 そして言った。
「あーあ、行っちまいやがった。ちと、からかいすぎたかなぁ?」
 そう、ぽつりとつぶやいた。
 その時の雷太の顔は、何とも言えないほどの、柔らかい表情をしていた。

 

 雷太はサヨコが去った後、ゆっくりとテーブル上の料理を――追加オーダー付きで――平らげてから、ファミレスを出て、奉還町の方へと向かっていった。
 爪楊枝でしーはーと歯の間をせせくりながら、のそりのそりと足を進める。
 時々、ポケットからコンパスを出して、方角を確かめながら歩いていく。
 そうやっておおよそ十分も歩いた頃だろうか――雷太は、奉還町二丁目に位置する、とある一軒の店の前に辿り着いていた。薄汚れた、雑居ビルの入り口である。
 そのビルに入っていく階段の上方には、赤地に黄色のゴシック体で、ド派手な惹句が書かれた看板が、ところ狭しと飾られていた。ご丁寧にもその回りには、きらぴかの裸電球の装飾まで付けられている。
 そしてその惹句は、つり看板のみならず、ぐるぐる回る立て看板や、そこらに据え付けられたスピーカーから流れる音声に至るまで、すべて同じセリフを繰り返していた。
 もちろん雷太が辿り着いたのは、テレフォンクラブ、通称テレクラの店舗の前であった。しかも、業界でもかなり大手のところだ。雷太も何度か、奉還町のみならず、郊外の私鉄ターミナル駅の近くとかで、見かけた覚えがある。
 なぜ雷太が、そんなものを見かけた覚えがあるのかとゆー事は、この際、大した問題ではない。
 ともかく雷太は、無造作に階段を上がって、フロントへと足を運んでいった。尻ポケットのサイフから、あっさりと当テレクラの会員証を取り出し、二時間分の利用料を支払って、三階の個室へと向かう。
 三畳ほどの広さの個室には、一対のテーブルとソファとがあって、テーブルの上にはイルミネーション付きの電話とティッシュペーパーのボックス、作り付けの台にはビデオデッキとテレビとが置いてあった。歓楽街にあるテレクラの割に、平均よりちょい上クラスの装備である。普通はもっと、せせっこましいのだが。
 そしてその部屋に入った雷太は、アダルトビデオが流れっぱなしになっているテレビにはとりあえず目もくれず、ソファに座って、またごそごそとポケットを探り出した。
 何やら奇妙なものを取り出して、テーブルの上に、置いた。
 雷太がポケットから取り出したのは、一般に水呑み鳥とか不思議鳥とか呼ばれている、鳥の形をした玩具であった。よく縁日の屋台等で売られているガラス製の奴で、お尻のところに色の付いたアルコールが入っていて、水の入ったコップをくちばしのところに置いておくと、こっくりこっくりうなずき続けるアレである。ご丁寧に、山高帽まできちんと被ってたりしている。
 まったくこの男のポケットには、何が入っているのやら、まったく油断はならなかった。どこぞの四次元ポケット並の収容力である。
 もっとも、さすがに水の入ったコップまでは、出てこないようではあったが。
 そこで雷太は、ちょんと指先で水呑み鳥の頭を突っついて、それを揺り動かしていった。毛細管現象と蒸散現象とを利用せずに、水呑み鳥はゆらゆらと揺れている。
 水呑み鳥は、まるで動摩擦係数など存在しないかのように、一定した振幅でいつまでも滑らかに単振動を続けていた。
 そうしておいて雷太は、受話器を肩に挟み、フックに指をかけて、ちょうど繋がるか繋がらないかのところで、フックの位置を調整しだした。
 その途端。
 ゆらゆら揺れていた水呑み鳥が、いきなりくちばしでこつんとテーブルを叩いた。続いて、電話機のイルミネーションが緑色に点灯する。
 雷太の指がフックから外れたのは、それとほぼ同時だった。恐らく、コンマ数秒も遅れてはいまい。電話のベルすら、リ……としか鳴らなかったくらいだ。
 雷太は受話器を注意深く持ちなおすと、通話音を聞いて、今のコールをうまくキャッチできた事を確認した。
 そして雷太は軽く息を整えると、少しばかり緊張した面持ちで――とはいえ軽妙さは忘れないように注意しながら――電話の相手に向かって話し始めた。
「もしもし、こんにちは。えと、俺、いちおー二十六歳の会社員なんだけど、キミは?」
 声まで、よそ行きのさわやか系にシフトしている。
「……」
 一方、受話器の向こうは無言であった。
 緊張しているのか、それとも警戒されているのか、それまではよく分からない。
 ただ、微かに聞こえる息遣いからも、相手が受話器を顔に付けているだろう事までは、想像できた。恐らく、雷太の声を聞いているだろう事も。
 それを聞いて雷太は、何でもない風を装いながら、言葉を継いだ。
「もしもーし? 聞こえてる? あ、ひょっとしてキミ、こーゆーとこ掛けるの初めて? 俺も何度かここ利用してるけどさ、別にここ、そんな怖いよーとこじゃないから安心してよ――って、見ず知らずの人に言われても説得力ないか、あはは」
「……」
 まだ、無言である。
 自慢ではないが、雷太の声は女性に対して、比較的受けがいい。特に、今出してるようなよそ行きの声は、高すぎもせず低すぎもせず、ある行きずりの女性に言わせると、警戒心の隙間を縫って、すっと入ってくるような、そんな声である。
 そんな雷太であるから、この手のしゃべりについては、ある程度の自信というか、プライドのようなものを持っていた。また、ある程度のパターンという奴も。
 雷太はそのパターンの一つを用いた。
「でさ、俺の方の名前は雷太ってんだけど、まずは君の名前、教えてくれないかな? もし何だったら、別にペンネームでもいいからさ?」
「……」
 まだ、無言である。
「もしもし? どうしたの? せっかく掛けてきたんだからさ、お話しようよ。別にえっちな話じゃなくったっていいからさ。ま、俺の方はどっちかっつーと、えっち系の話の方が好きなんだけれどね。ははは」
「……」
 まだ、無言である。
「えーと、もしもーし?」
 さすがの雷太も、電話の相手のこの態度に、少しばかり自信が失われてきたようであった。一般にムックと呼ばれる、無言の相手もいない訳ではないが、それらの強豪をことごとく撃破してきた雷太である。それだけにテレクラでの話術――そして自分の声――には、かなりの自信を持っていたのだ。
 それに、少なくとも水呑み鳥が反応しているのである。これがただのいたずら電話であるはずがなかった。
 ひょっとしたら、送話口だけ口の方に当ててて、スピーカーの方は耳から外しているのかも? もしくは、向こうかこっちの電話機が壊れてるとか。
 そんな事まで思い始めた、その時。
「……ずいぶんと慣れてらっしゃるようですわね、雷太さん」
 いきなり受話器から、どこかで聞き覚えのある声が飛び込んできた。しかも、思いっきり不機嫌のオーラが漂っている。
 それは、比較的音質の悪い公衆電話回線を通しても、聞き間違えようのない声であった。
 それを聞いて雷太は、驚きのあまり、素のまんまの叫び声を上げた。
「げっ、その声、ひょっとしてサヨコかっ!?」
「ひょっとしても何もないわよ、もうっ。あんた、あたしの相棒のくせに、それくらいの事が分かんないのっ!? この筋肉バカっ!!」
 聞き慣れたサヨコのキンキン声が、受話器から直接、雷太の耳に響き渡った。
 マンガであれば、カミナリのマークが受話器から勢いよく飛び出してきてるところである。
 思わず雷太は受話器を耳から遠ざけていた。サヨコの声の直撃を受けた鼓膜が、まだじんじんと熱を持ってうずいている。まったく、物理的な暴力とゆー奴だ。
 大体、それくらいの事が分かんないのとか言われても、電話が繋がってからずっと、黙っていたのはサヨコの方ではないか。
 雷太がそう、文句を言おうとした矢先。
「それに雷太、大体、あんたいったいいつから勤め人になった訳っ? あたし、そんな事、聞いた覚えないけどっ?」
 サヨコの追求の二の矢が、ぐっさり雷太に突き刺さってきた。
 ターゲットとアクセスしようとしているのであるから、別に悪い事をしている訳でもないのであるが、サヨコの勢いに押されて、慌てて弁解モードに入ってしまう、雷太。
「あーいや、それは言葉の綾ってゆーか――」
「どーだかっ。どーせあんたの事だから、あたしに隠れて、陰でこそこそぴーな事してんでしょ? たくもう」
 ぐさっ。
 図星であるだけに、雷太はすぐに言葉を言い返す事ができなかった。
 一瞬だけ、間が空いた。
 と、サヨコは、その沈黙をどう勘違いしたのか、妙に慌てた口調で言葉を継いだ。
「……べっ、別にあたしには、あんたがどこで何してよーが関係ないけどっ!!」
 なぜだか今、受話器から飛び出しているのは、『汗っ』のマークであった。
 ただし雷太は、それにツッ込むよーな無謀な真似は、一切しなかった。生存ラインをぎりぎりの線で見極める、野生のカンとゆー奴である。
 むしろ、必死にサヨコをなだめにかかった。
「おっ、怒るなよぉ、サヨコ」
 ……しかし今回に限っては、それも完全に逆効果であったようだ。
 今のセリフのせいか、サヨコの血液の温度が急激に沸騰していくのが、電話線を通じていても、なぜか雷太には分かった。
 その一瞬後。
「怒ってなんかないわよっ!! あたしのどこが怒ってるってゆーのよっ!?」
 と、デシベルを無視した怒鳴り声が、室内に響き渡っていた。
 言葉とは裏腹に、サヨコは、完っ璧に、怒っていた。
 しかもどちらかとゆーと、逆ギレに近い状態である。
 こーなったサヨコは、すでに理屈ではない。雷太は長年の経験上、それがよっく分かっていた。もはや手の付けようがないのである。
 ただひたすら低姿勢に、機嫌が直るまで、謝りまくるしかなかった。
「あー、俺が全面的に悪かった。すまん。謝る。このとーり」
「だ・か・ら、怒ってないって言ってるでしょっ!!」
 雷太の卑屈な態度に、ますますサヨコのボルテージが上がった。
 まずい。
 火に油を注ぐとゆーことわざの意味を、雷太はひしひしと感じていた。
 とにかく雷太は、言葉を絶やさないように注意しながら、何とかなけなしの知恵をフル回転させて、サヨコをこれ以上怒らせない、うまい言い方をひねり出そうとした。
「いや、だから、その――これは、サヨコ様が怒っていると『勘違いしてしまった事』への謝罪であって、その件について、非常に申し訳なく思ってるんだが、あー、許しちゃあもらえない……だろーか?」
 どーにか、うまい落としどころが見つかったようだ。
 このセリフが、少しだけサヨコの勢いを弱めたようだった。電話越しに、怒りの波動が徐々に収まっていくのが感じられる。
「ふっ、ふんっ。分かりゃーいーのよ」
 吐き捨てるように、サヨコが言った。
 ひょっとしたらサヨコも、これ以上、この話題について追求されたくなかったのかもしれなかった。
 ま、それはともかく。
 サヨコは改めて声を睨み付けモードに変化させると、雷太に対して念を押してきた。
「で、雷太。あんた、状況は分かってんでしょーね? もし、ターゲットの娘以外と、さっきみたいな馬鹿話してたら、今度こそ本気でぶっ殺すんだからねっ!?」
「はいはい、分かりましたよ、サヨコ様」
 少しだけ心に余裕のできた雷太が、軽い口調でサヨコに答えた。
 サヨコもさすがに、今のセリフにいちいち噛みつくような事はしない。
「『はい』は一回でいいわよ。それじゃあたしは、水都駅の西口辺りにいるから、ターゲットと待ち合わせするんだったら、そこの前にしなさいよね」
「分かった。お前も変なおぢさんにナンパされて付いてくんじゃねーぞ?」
 いつの間にか軽口を叩く余裕ができるほどに、雷太は力関係を対等まで引き戻していた。
 逆にこのセリフに、サヨコの方が慌てた。
「だだ誰がそんな事するってーのよ!? 人を子供扱いしないでよねっ、もう!!」
 サヨコの文句をさらっと受け流して、ごくごく真面目な声で、雷太が答えた。
「いや、俺は、サヨコ様くらいの可愛い子が立ってると、きっとナンパするやろーも出てくるんだろーなと思っただけなんだが?」
 と、ここでさりげなくフォローを入れとく辺り、如才のない雷太であった。
 案の定、電話線を通じて『赤っ』の波動が伝わってくる。
 サヨコは内心の動揺を必死に押し隠しながら――もちろん雷太にはバレバレであるが――努めて平静な声を作って、雷太に答えた。
「何バカな事言ってんのよ、もうっ。じゃ、切るわよ」
「ああ」
 そう言って雷太は、ゆっくりとフックを沈めた。
 声に出して漏れないように、唇の端だけでにんまりと笑顔を浮かべていたのは、もちろんサヨコには内緒だ。
 そして雷太は、もう一度水呑み鳥を揺り動かすと、フックに指をかけて、電話を待つ作業へと戻っていったのだった。

 

 しばらくの間、雷太は微動だにせずに、流れっぱなしになっているアダルトビデオに見入っていた。
 そうしている間にも、電話機のイルミネーションは何度か点灯しているようであったが、雷太はそれには目もくれないようだった。
 指は指で、フックに掛けたまま、中途半端な位置で空中に浮かせたままである。よく指が攣らないなと感心してしまうほどだ。
 水呑み鳥も、ただゆらゆらと揺れ動いているだけであった。こっくりこっくりと、規則正しく振り子運動を続けているだけだ。
 そうして、三十分も過ぎ去った頃であろうか。
 モニター上のAV女優が、男優の激しい突きに三回目の絶叫を上げたちょうどその時――再び水呑み鳥が反応した。こつんという音が、三畳一間の個室に響き渡る。
 すかさず雷太がフックを上げた。回線が接続される。その間、顔はモニターからぴくりとも動いてはいない。
 女優が顔射で喘ぐ姿から、まったく目を離さずのこの行動、やはりこの男、ある意味ただ者ではない。
 雷太は、しかめっ面をしてじっと画面を凝視したまま、顔の下半分だけの緊張を解いていった。口を二、三回、わきわきと開け閉めする。
 そして雷太は、再びよそ行きの声を作って、受話器に向かって話しかけていったのだった。
「もしもし、こんにちは」
「……」
 今度の相手も、最初は無口のようだった。
 雷太も内心、またサヨコじゃねぇだろーなぁ? とか疑いつつも、とにかく会話を繋げるため、言葉を続けた。
「えーと、俺、二十六歳の会社員で轟砲雷太ってんだけど、君は?」
「……あの」
 雷太の左眉が、ぴくりと跳ね上がった。
 受話器から微かに、しかし確実にサヨコとは音質の違う声が流れてきたのだ。
 とはいえ雷太は、そんな内面の心の動きなど、カケラも表には出さなかった。
「ん? 何?」
 それどころか、ごくのんびりとした、絶妙のタイミングで合いの手を入れる。これが、長年の経験で鍛え上げられた話術という奴だ。
 そののほほんとした口調に思わずつられるかのように、電話口から、相手の娘の返事が引き出されてきた。
「えと、高校生です。高校二年生」
 今度こそ雷太は、電話の声がサヨコとは違うという事を、はっきりと確認する事ができた。どちらかというと、少し低い、おとなしめの声である。
 想像するに、クラスで背が前から四番目くらいの、物静かな感じの子ではないだろうか。あまり、すれてなさそうな感じがする。
 いつの間にか雷太は、軽く舌なめずりをしていた。眼光が鋭くなっている。得物を狙う狼の目だ。
 いや、この際、赤ずきんちゃんを狙うスケベったらしい狼と言った方が適切か。
 とにかく雷太は、何食わぬ顔をしながら、言葉巧みに女の子との会話を続けていったのであった。
「高校生かぁ、いーねぇ。今日はお休み? ……って、今の高校生って土曜日って休みなんだっけ? 俺んときはまだ授業があったけど」
「いちおう午前中だけなんで、さっき、家に帰ってきたところです」
「そっか。じゃ、今、家からなんだ。一人?」
「はい。おかーさんも仕事に出てるから、今は家にあたし一人しかいないですよ、うふふ」
 女の子は、何か含むところがあるような言い方で、ころころと笑った。
 なかなか会話慣れしている様子である。会話の流れが思ったよりスムーズだった。
 どちらかというと、最初の第一声から受けたのよりは、明るいというか、軽いような印象を受けた。これがこの子の本性なのか、それとも別の何かなのかまではまだよく分からなかったが、どちらにしても、この方が話は早そうであった。
 そこで雷太は。
「で、こんなところに電話してる訳だ。悪い娘だねぇ」
 わざと小悪そうな声を作って、女の子のセリフにツッコミを入れた。
「こんなところって、そんな変な所に雷太さんはいるんですか? なぁんて」
 女の子も、雷太の誘うようなセリフを受けて、すかさず雷太にツッコミ返した。特に今のセリフに、嫌悪感を感じているような様子もない。
 その女の子の反応の素早さに、雷太は思わず苦笑いをした。
「ま、変っつえば、電話機とビデオしかないし狭いしで、確かに変な部屋だわな。こーゆーとこ、見た事ある?」
「まさかぁ、ないですよぉ。電話じゃそっちは見えないし」
「じゃ、電話は何回かした事あるんだ?」
 カマをかける。
「だって、今、掛けてるじゃないですか。うふふ」
 まったく動じる様子もなく、女の子はさらりと雷太をかわした。
 誘うようでいて、なかなかえっちな話題にはストレートには乗ってこない。水呑み鳥が反応した以上、その可能性は低いだろうが、もし悪質テレクラのサクラだとしたら、なかなかの強敵のようであった。こーゆーのと長時間話した挙句、結局アポが取れずに電話を切られたとゆー経験は、雷太といえども少なからず、ある。
 今こそその時の雷太の経験を、最大限に活かす場面だ。
 雷太はとにかく、女の子の警戒心をほどくようほぐすように、努めて明るく、ほどよくえっちな話題も取り入れながら、女の子との会話を続けていった。
 そうして、十五分も話した頃であろうか。
 女の子が雷太の持ちネタにウケてひとしきり笑った後、一瞬の間をおいて、ぽつりとつぶやくように、言った。
「雷太さんって面白い人ですね――雷太さんなら、いいかな?」
「え? 何が?」
 言った意味が分からないはずがないだろうのに、あえて雷太はとぼけてみせた。さりげなく、女の子に聞き返す。
「えっとその……」
 女の子が今までのテンポよい話し口調から外れて、ちょっとだけ口ごもった。
 少し、何かを逡巡しているような雰囲気が伝わってきた。言おうか、言うまいか、迷っているような……。
 雷太は辛抱強く、女の子の言葉を待った。
 そして数瞬後、ようやく思い切ったように、女の子が口を開いた。
「あの、あたし、本当は、その――いわゆる『大人の付き合い』……っていうか、その、『割り切った関係』で付き合ってくれる人、誰かいないかなって、電話したんです。でも、やっぱり、全然分かんない人だとちょっとやだし、どうせなら話の合う人がいいかなって思ってたんですけど――」
 女の子が、とつとつとしゃべり続ける。
「……」
 雷太はじっと黙って、女の子の言葉を聞いていた――が、その沈黙を拒絶と受け取ったのか、ふと、女の子が言葉を切った。
 ぽつりと、つぶやく。
「――軽蔑、しました?」
 女の子のその言葉に、雷太はおちゃらけの混じらない、落ち着いた声で、答えた。
「いや、俺もこーゆーとこ来てるくらいだから、そーゆーの期待して来てるし、もちろんタダにこした事はないけど、とにかく会おうってゆーのは大賛成だよ。いくら?」
「二万――くらい、欲しいんですけど」
 女の子は申し訳なさそうな口調で、そう言った。
 女の子の質とえっちの内容にもよるが、高校生であれば、ま、相場の範囲であった。
 雷太はうなずきながら、女の子に答えた。
「おっけい。それじゃ悪いんだけど、水都駅の駅前まで来てくれない? 階段のとこで突っ立ってるバカでかい男がいたら、それが間違いなく俺だから。一目で分かるよ」
 確かにそうかもしれない。
「それじゃ、三十分くらいで行きますね」
 女の子は、交渉がまとまった安堵感からか、ほっとした雰囲気を声に表して、雷太に言った。
「期待して待ってるよ」
 あらゆる意味で本心から期待しながら、雷太が答えた。
 と、そこで雷太が、ふと思い出したかのように、付け加えた。
「あ、そー言えば、まだ名前、聞いてなかったよね。念のため、教えといてくれる?」
 女の子が答えた。
「あ、あたし、遠藤紗月、って言います」

 

 雷太はテレクラを出ると、さっき来た道をほぼ逆向きに辿って、水都駅の方に向かって歩いていった。途中、ハンバーガーショップに寄って、チーズバーガーのみを単品で、十個ほどまとめて買う。もちろん、お持ちかえりで。
 雷太は紙袋に入ったそれを左手に抱えて、右手だけで器用に包み紙を剥いては、歩きながら二、三個ぱくついていった。さっきお昼ご飯を食べたばっかりであるから、ちょうどいい腹ごなしにでもなるのだろうか。普段の雷太であったなら、十個くらいのハンバーガーでは、とてもじゃないが三十分は間が持たないのであるが。
 駅の西口に着いた。
 階段の壁に背をもたれかけさせて、ざっと辺りを見回してみるが、サヨコの姿は見えないようだった。土曜の午後のこの雑踏だ、無理もない。
 もっとも、サヨコの方はこっちを探る事ができるだろうから、さほど問題はないのであるが。
 雷太は体重を背中にかけて、サヨコに聞こえやすいように思考をフラットにしながら、次のハンバーガーへと手を伸ばしていった。
 ほどなくして。
「……あの、轟砲雷太さん――ですよね?」
 階段の下の方から、そう雷太を呼ぶ声が聞こえた。どことなく、聞き覚えのある声である。
 雷太が振り向くと、そこには身長百五十五センチくらいの細っこい女の子が立っていた。少し緊張気味に、こっちをじっと見上げているその子は、天然っぽい栗色のショートカットをしていて、なかなか可愛い部類に入る女の子であった。
 雷太は器用に片眉だけを上げて、それに答えた。
「おう、君が紗月ちゃん?」
「はい――びっくりしちゃいました。ホントに大きいんですもん」
 雷太の返事に、その女の子――紗月ちゃんは、ほっとしたように相好を崩した。それだけで可愛さが、約三割ほど増す。
 普段の紗月の性格も、こうなのかどうなのかは雷太には分からなかったが、おとなしくしているよりも明るくしていた方が、この子の魅力はより引き出されるようであった。
 雷太は紗月に向かってウインクをしながら、言った。
「だから一目で分かるって言ったろ?」
「ふふっ、そうですね」
 素直に紗月が笑顔で答えた。結構、いい雰囲気である。
 とても、今日初対面の行きずりの男女のようには見えなかった。もっとも、付き合っているカップルに見られたとしても、この二人の場合、美女と野獣に例えられる事は、ほぼ間違いなかった。そしてそれは多分に、雷太のせいではあるが。
 それはともかく、ちょうどハンバーガーの最後の一個を喰い終わった雷太が、紗月に向かって言った。
「で、どうする? まずは軽くメシでも喰いに行くか?」
「ううん、お昼は家で食べてきちゃいましたから、いいです」
 あっさりと紗月は雷太の誘いを断っていた。
「……あ、そう」
 むしろ雷太の方が、がっかりといった表情をする。
 雷太は残念そうに、手の中の紙袋をわしゃわしゃと丸め、手近のゴミ箱へと放り投げていった。そこそこ距離はあったが、狙い誤たずに見事にカップインする。
 と、そこへ。
「それより――」
 抑え目の声でそう言うのと同時に、いきなり紗月が雷太の腕へと寄り添っていった。雷太の腕に、柔らかい膨らみが当たる。
 雷太がそれに驚く間もなく、紗月が軽く、雷太の腕に顔を擦りつけた。
 布越しとはいえ、柔らかくて張りのある十代の頬を押しつけられる感覚は、これはこれで意外に心地よい。
 そして雷太の体温を十分に堪能してから、紗月は、少し潤んだような色っぽい瞳で雷太の顔を見上げて、こう言った。
「雷太さんの事、もっとよく知りたいな――」
 もちろん雷太に、否応があろうはずがなかった。

 

 場所は、あっさりと手近のラブホテルの中へと移っていた。
 土曜日であるからサービスタイムではないにせよ、まだ日中のせいか、どの部屋もかなり空いているようであった。
 雷太はその中で、比較的シンプルな部屋を選んだ。ホテルに入る時、紗月が少し童顔なのが気掛かりではあったが、私服を着ている以上、特に問題はなさそうであった。
 部屋に入るまでずっと、紗月は雷太の腕にぶら下がっていた。
 雷太は紗月をそうやってしがみつかせたまま、部屋のキーを開けると、何か意味があるのか、くるっと指先でそれを回してから、部屋の中へと入っていった。
 紗月を部屋に導いてから、そっとドアを閉める。
 部屋の中央には清潔にメイクされたベッドが、調度よくしつらえてあった。ベージュ色をしたベッドのサテン地が、間接照明のオレンジ色に照らされて、ほどよく薄桃色に色づいている。
 二人はそのままベッドの方まで歩いていくと、どちらからともなしに腕を外し、お互いに顔を見つめ合った。本当に、援助交際だとは思えないくらい、恋人的な雰囲気である。
 そして雷太が膝を折ると、二人はゆっくりと、くちづけを交わしていったのだった。
 たっぷりと舌を絡め合い、唾液を吸い合った。その勢いに押されるように、雷太が自然にベッドへと倒れ込んでいく。倒れ込んでもまだ紗月は、雷太にしがみついたまま、唇を離そうとはしない。雷太に覆い被さったまま、ぺちゃぺちゃと舌を絡ませ続けている。
 どちらかというと、雷太の方が完璧に受身だった。
 そうやって一分以上も経った頃であろうか、ようやく紗月が唇を離していった。
 ほ。
 そんな満足げな溜め息を一つ、吐く。
 紗月は目をとろんとさせたまま、ベッドの上に寝転んだ雷太の上に跨っていた。まだ、靴すら脱いではいない。
 二人とも、口の回りが唾液でべとべとになってしまっていた。まさか、キスだけでいってしまった訳でもないのだろうが、その表情はまるで、何度も達している熟女のように、色っぽく、そして淫蕩に溶ろけていた。
 そのまま紗月は雷太の上にしなだれかかった。身体中にキスをしながら、器用に雷太の服を脱がせていく。
 ベストを脱がせ、シャツをたくし上げて、瞬く間に雷太の上半身を裸にする。その間にも、雷太の首筋、肩、鎖骨、胸板、乳首、わき腹、おへそなど、ポイントポイントにくちづけするのを忘れてはいない。
 そのたびに、ちろちろと舌をそよめかす。その舌の動きは、とても高校生とは思えないほどの絶妙さであった。雷太ですら、乳首を攻められた時は、思わず、むぅと唸り声を上げてしまったほどである。
 紗月は雷太を脱がせてからも、ほおずりや指やくちづけで、雷太の身体に着実に愛撫を加えていった。雷太の胸板に顔を寄せて、舌で右の乳首を転がしながら、もう一方の乳首を濡らした指でころころといじり回している。
 甘えるような口調で、紗月が言った。
「雷太さん、本当に会社員なんですか?」
「ん? どーしてそう思う?」
 身体中にちくちくと溜まっていく快感を心地よく感じながら、雷太はしごく平静な声で紗月に問い返した。
 紗月が、ゆっくりと雷太の胸板に指を這わせながら、雷太に答える。
「だって、こんなに凄い筋肉してるんだもの。まるで、プロレスラーか何かみたい。ひょっとして何か、格闘技でもやってるんですか?」
 その問いに、雷太はちょっとだけ苦い顔をして、紗月に答えた。
「……昔、ちょろっとな。今は、軽くトレーニングしてるだけだよ」
 その割に、雷太の大胸筋や僧帽筋、三角筋の盛り上がりはとても人並みどころではなかった。腹筋も、その上に薄く脂肪層が乗っているとはいえ、しっかりとその段差を数える事ができる。腕の筋肉も、ごりごりとした見かけだけのものではない、しなやかな疾さと強さを持った、実用的な筋肉である。
 とてもそれらは、軽いトレーニングだけで維持できるような身体ではなかったが、雷太はそれ以上、詳しく説明する気はないようであった。
 もっとも紗月の方も、それ以上追求する意図も、そして知識も無いようであった。雷太の説明に納得したのか、軽くうなづく。
「ふぅん。だから、こんなに逞しい身体なんだ……。食べちゃいたいくらい」
 そう言って、つつつっと胸板に舌を這わせる。
 はむはむと乳首を唇でついばむ。
「おいおい……むぅ、ん」
 柔らかな粘膜での刺激に、雷太は再びうめき声を上げざるをえなかった。
 実際に紗月の口戯――特に舌使いは、並大抵の巧さではなかった。
 舌先をつっと細めて、雷太の快楽点を的確に刺激してくる。その精度はミリ単位も狙い過たず、そしてその端点上で、微妙に舌先を振動させてくる。その動きは直接、バイブレーションを経絡に打ち込まれるような感じで、並の男であれば、これだけで二、三度達していてもおかしくないほどであった。
 もちろん雷太とて、いつまでも我慢できるものではない。
 そこで雷太は一転、受身一辺倒から、攻撃モードへと身体を切り替えた。紗月のシャツの裾からさりげなく右手を侵入させ、一挙動でブラのフロントホックを外す。
 重力でたわんだ乳房を受けとめ、くりっと乳首を擦り上げる。
 紗月の身体がびくっと反応する。
「あんっ……」
 跳ね上がろうとする紗月の頭を抱えて、耳元で囁く。
「けどよ、紗月ちゃんだって結構いい身体してるぜ」
「やだ、いきなり触らないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
 紗月の吐息混じりの声が、雷太の胸をくすぐった。
 確実に感じているはずの粘りのある声であったが、その中に少しだけ、非難の色が隠れていたのを雷太は聞き逃さなかった。
「すまん、痛かったか?」
 こういう時は一応、謝っておくに限る。実際には嫌でなくとも、男の側から強引にされたのだという言い訳を欲しがる女性というのは、意外と多くいるものだ。
 紗月も、実際にはさほど嫌そうではなかった。雷太の胸から顔を上げて、目を合わせてふるふると左右にかぶりを振る。
「そんな事ないです。でも、今はダメ」
「どうして?」
 雷太が聞き返す。
「だって」
 紗月は、にっこりと笑いながら、それでいてきっぱりと言い切った。
「今は、あたしがしてあげる番だから――」
 そう言って紗月は再び、雷太の身体へと舌を這わせていった。
 今度は紗月は、先ほどとは微妙に異なり、ほとんど指は使わないようであった。両手で雷太の腕を押さえつけて動けないようにしてから、舌と唇とで身体のすみずみをついばんでいく。
 顔であれば、こめかみ、目尻、眼球、鼻の頭、耳たぶ、耳の裏、耳の穴、唇、唇の裏、歯茎、舌、舌の裏側、おとがい、首筋など。
 身体に移って、喉仏、頚動脈、鎖骨、腋、胸筋、乳首、水月、肋ら骨の間、わき腹、腹筋、へその穴など。腕も、肩の辺りから指の爪先の一本々々に至るまで、丁寧にねぶりつくしていく。
 誇張ではなく、それこそあらゆるところをねぶっていく感覚に、雷太の身体はまるで、全体が一つの粘膜になったかのように、ぬめって、熱く火照っていた。
 今も紗月は、雷太のへその穴の襞々を、ほぐすように開くように、念入りに舌先で掻き分け続けている。その感覚は、まるで仮想の女陰を押し広げられるかのようで、雷太にはそれがとてつもなく気持ちよいものであった。
「どうです? 気持ちいいですか?」
 ねぶりながら、紗月がそう聞いてくる。
「ああ、すごい気持ちいいよ。紗月ちゃん、舌使うの、上手だね」
 雷太は息を荒げながら、正直にそう答えるしかなかった。
「そうですか? ふふっ」
 その雷太の痴態に、紗月が小悪魔っぽく、くすくすと笑った。たあいもない、というか、しょせん男などこんなもの、といったような念が、その笑いには多少なりとも込められていたのかもしれない。
 紗月はそのまま、にやにや笑いを顔に浮かべながら、雷太の身体から唇を外して、顔を、雷太の股間へと擦りつけていった。固くて熱くて大きな塊を、ジーンズの布越しに確認する。
 ぺろりと一つ、舌なめずりをして、言った。
「それじゃ、こっちの方も舐めてあげますね」
 そして紗月は、口だけで器用に、雷太のジーンズのジッパーを下げ降ろしていったのだった。
 すでに雷太のそこは、紗月の執拗なまでの肉体への愛撫によって、一切触れられていないにも関わらず、すでにぎんぎんの状態になってしまっていた。とはいえ、比較的ゆるめの、柔らかい生地のジーンズを穿いていた事もあって、さほど苦労する事もなしに、紗月は雷太の前を開く事ができたようであった。
 屹立してしまった雷太のそれは、特製のブリーフでさえも、押さえ切れないようであった。固く、四十五度に角度を保ち、先端を半分ほどブリーフの上からはみ出させている。
 さすがに先走り汁でどろどろ、などという恥ずかしい事にはなっていなかったが、赤銅色に充血した鈴口には、透明に光る水滴がひと筋、間違いなくこんもりと溜まっていた。
 しかし、驚くべきはその大きさであった。確かにこの男、全体的に規格外の体型をしてはいたが、それはこの部分においても例外ではなかった。
 よく巨大なそれは、馬とかおっとせいとかに例えられるが、そこまではいかないまでも、並の欧米人よりは大きさも、そして当然ながら固さも確実に勝っていた。雷太自身に言わせれば、それに持久力と、使った時の具合のよさも付け加えられる。
 その真偽はともかく、紗月はブリーフからはみ出している部分に直接頬を擦りつけながら、うっとりとした口調で雷太に言った。
「あん……おっきい……。雷太さんって、こっちの方も逞しいんですね」
「ま、よく言われるよ」
 あっさりと、雷太は肯定した。しごく当然といった口調である。
 紗月の怒涛の攻めが一段落したせいか、少し、余裕を取り戻したかのように見える。
 紗月はそのほおずりをしていた顔を上げて、今度はまじまじと雷太のモノを見つめた。
 距離ができたせいで、紗月の頬と雷太の先端との間に、ねっとりと濃い銀色の橋がひと筋かかる。紗月は粘度の高いそれを、美味しそうに舌で舐めちぎりながら、ぽつりと一言、こうつぶやいていた。
「こんな凄いの、今まで見た事ないです。――ま、顎がくたびれそうじゃがの」
 にやりと顔を歪め、老獪ともいえる嫌らしい表情をする。
「え? 何か言ったか?」
 雷太が、のほほんとした声で聞き返した。
「ううん、何でもないです。それより男の人って、こういうとこ舐められると気持ちいいんですよね?」
 雷太の声を聞いて、紗月は慌てて表情を元に戻した。ごまかすかのように、おもむろに雷太のモノへとかぶりついていく。
 紗月は右手でブリーフをずり下げながら、左手で雷太の竿を支え、ちょうど口内に雷太の先端を含む格好になった。唇で雷太のカリの部分をほどよく締め上げ、舌先で割れ目を擦り上げていく。ぷっくり膨らんだ肉の実を、唾液でべたべたになるまで濡らす。
「おっ……ふん」
 雷太が思わず、うめき声を漏らした。
 紗月はそうやって、十分に先端部分をいたぶってから、ぐぐっと一気に雷太のモノを喉元奥深くまで呑み込んでいった。先端が紗月の喉を突く。
 その時すでに、紗月の唇は限界近くまで開け広げられていたのだが、それでも雷太のモノは、半分ほどしか咥えられていないようであった。紗月はそのまま、二、三度ストロークを試みるが、さすがに雷太のモノが相手では、思い通りには動けないようである。
 やむなく紗月は、ちゅぽんという水音とともにいったん雷太のモノから唇を離して、舌先中心の攻撃へと切り替えていったのであった。
 紗月は手のひらでたまをころころ転がしながら、裏筋をゆっくりと舐め上げていった。割れ目に軽くキスをしてから、カリ首の傘のところを舌先でせせくっていく。
「そう、そこのくびれのとこ」
 粘膜をほじくりだされていく感覚に、雷太が思わずおねだりをしてしまう。
「ふふっ。雷太さん、何か子供みたい。ここはこんなになってるのに」
 くすくすと可笑しそうに紗月が笑う。
 それでも紗月は、ちゃんと雷太の願い通り、ポイントを丁寧に舐めほぐしていった。それどころか唾液で濡らした指で、竿をしこしこと擦り上げるような事までする。
 その攻撃で、雷太のモノがまたしてもびゅくんと膨れ上がった。
「紗月ちゃんの舌が……う……気持ちよすぎるんだよ」
 雷太はそんな紗月の攻めに、もはや息も絶え絶えの状態であった。先端の粘膜はぱんぱんに腫れ上がり、その色は凶悪なまでに赤黒く染まっている。硬度も温度も、とっくにレッドゾーンに突入しているかのようだ。
「はあぁ……紗月ちゃん、いいよ……くっ」
 雷太はただ、紗月にされるがままに、うめき声を上げるだけだ。
 紗月は雷太の先端をしゃぶりながら、手の速度をさらに速めた。その攻撃で、さらに激しく雷太が喘ぐ。紗月が意地悪そうな口調で雷太に尋ねる。
「そう? そんなに気持ちいい?」
「ああ」
 すでに雷太の目はとっくに蕩けてしまっていた。紗月の問いにも大儀そうに、そう答えるのが精一杯のようである。
 紗月はそんな雷太の痴態を冷ややかに見下ろして、にやりと一つ、いやし笑いを浮かべた。邪悪な笑みが顔全体に広がっていく。それから紗月は、まるで唄うようになめらかに、雷太をより深い快楽の渦へと誘っていった。
「それじゃ、もっと気持ちよくしてあげる。ひょっとしたら、天国に行っちゃうくらい、気持ちよく――」
 そしておもむろに雷太のモノに喰いつこうとした。
 瞬間。

 

「そこまでよっ!!」
 ばたんっ!! といったドアの開く音とともに、部屋中に甲高い声が響き渡った。その物音に、紗月の動きが一瞬止まる。振り返る。
 ドアの入り口のところに人影が見えた。
 そこには、顔を真っ赤に赤らめた美少女が一人、仁王立ちをしながらこっちの方を睨み付けていた。走って来たのかどうしたのか、なぜか、ぜーはーと息を荒げていたりもする。
 むろん、この美少女はサヨコであった。
 サヨコはベッドの上で絡まっている二人をぎろりと睨み付けると、息を整える事もせずに、力の限りに言い放ったもんだ。
「あんたっ、早く雷太から離れなさいっ!! 雷太、あんたもいつまでもほーけた顔してんじゃないわよっ、このウルトラバカっ!!」
 怒り心頭に発す、という言葉の意味が、これほど如実に示された場面もなかった。
 その言葉通り、サヨコの髪は見事なまでに逆立っている。それどころか、まるで大量の静電気でも含んでいるかのように、ぱちぱちと先端がはぜてたりするくらいだ。
 その割に雷太は、のほほんとした声でサヨコに答えた。
「おう、サヨコ。遅かったじゃねーか」
 とてもさっきまで恥ずかしい声を上げていたようには思えない、非常に落ちついた声であった。もっとも、股間のものは未だ、へそを越えて勢いよく反り返ったまんまである。
 赤黒く唾液で光ったそれは、硬度はそのままに、実はまだまだ余力を残しているかのように思えた。雷太はそれを示すかのように、わざとひこひこと細かく蠕動を繰り返させている。
 実はこの男、さっきまでのは演技というか、単純に与えられた快楽をそのまま享受していただけなのかもしれない。
 雷太のその余裕をぶっこいた態度に、息せき切って駆けつけてきたサヨコが、さすがにイラついて噛みついていった。半ばヤケに、雷太に向かって思いっきり文句を言う。
「遅かったな、じゃないわよ、雷太っ!! それもこれもあんたが、こんなぴーな所にコイツを引っ張り込んだからでしょ!? もうっ、あたしがここに来るまで、どんなに苦労したか分かってんの?」
「単に、恥ずかしくって入ってこれなかっただけだろーが」
 雷太が冷静に事実のみを指摘する。
「ううううるさいわねっ!!」
 痛いところを突かれたサヨコが、慌てて雷太のセリフをごまかそうとした。
 大声で辺りにわめき散らす。顔は、さらにも増して真っ赤である。
 しかしサヨコもこのままでは分が悪いとふんだのか、強引に追求の矛先を紗月の方に方向転換していった。
 だんっ!! と腰を据えて構え、人差し指でぴっと紗月を指すと、大上段に言い放つ。
「それよりあんた、もう正体はバレてんのよ。大人しくその娘の身体から出ていきなさい!! ――って、今までも出てったためしはないんだけどさ」
 それだけ言ってサヨコは、やれやれという感じで軽く肩をすくめた。つんと顎を上げて、紗月の方を見やる。
 一方、紗月はまだ、雷太の股間にうずくまったままであった。何が起こっているのか、まったく訳が分からないという感じの、惚けたような無表情だ。
 だがそれも、雷太が股間から軽く気を送るまでの事だった。
 雷太の気でびくっと体躯を震わせた紗月は、ようやく雷太と、目の前の少女とを交互に見比べだしたようであった。ほどなく、二人がぐるであり、自分が罠に誘い込まれたのを、否が応にも悟る。
 その途端、紗月の容貌が一気に変化していった。
 今までの無表情をかなぐり捨てて、顔付きを悪鬼のそれへと変移させていく。その顔面の動きは、まさしくモーフィングのそれである。
 見ているのが雷太とサヨコであるため、二人とも驚いた表情ひとつ浮かべていないが、普通の人間がこれを見たら、失禁する事、必至である。
 変容を終えた紗月が、しゃがれたような、喉の奥から絞り出すような声で、サヨコに向かって言った。
「……だれだ、おまへらわ?」
 そう言った紗月の目は妙に座っていた。とても十数年しか生を過ごしていない、女子高生の視線とは思えない。老獪な、人ならぬ気配を持った視線である。
 それを臆する事なく真正面から受けとめて、サヨコが言った。
「誰って、あんたみたいなぴーな淫魔を退治するスイーパーよ。見たところ、蛟の眷属と見受けたけど?」
 蛟とは、龍や蛇に代表されるような水生の妖魅の事であった。川や湖沼を主たる棲み家とし、その性質は概して粘液質でしつこい。
 もっとも紗月は、そのように言われても、さほど驚くそぶりも見せないようであった。
 むしろ鼻で笑うような感じで、サヨコに向かって言い返す。
「さういふおまへこそ『く』のものでわないか。なぜくが、ひととともにおるのぢゃ?」
「あんたには関係ないわよ」
 と、サヨコはあっさり紗月の問いを一蹴した。
 どちらかというと、触れられたくない話題なのかもしれない。
「で、どうすんの? あんたも大人しく封されるならよし、そうでなけりゃ、ムリヤリにでも落とさせてもらうわよ!?」
 そう言ってサヨコは、大仰に腕を組んだ。偉そうにふんぞり返る。
 まるでいつでも落とせるんだと言わんばかりの、余裕しゃくしゃくの態度であった。
 だが、そのサヨコの態度を見ても、紗月にはまったく動じる様子がなかった。
 逆にサヨコに向かって、脅すような口調で、こう言う。
「やれるものならば、やつてみるがよい。いまやこのむすめのからだわ、すべてわれのしはいかにおる。むりにわれをおとせば、このむすめのいのちわないぞ?」
「そう言うと思ってたわよ――雷太っ!!」
「おう」
 サヨコの掛け声に、今まで気配を落としていた雷太が声を上げた。すわ何事かと振り向いた紗月の額に、雷太の人差し指がぶんと突き出される。紗月の挙動が一瞬、止まる。
 その隙を逃さず、雷太は一気に一筆書きで六芒星を描いた。
 クロウリーの六芒星である。
 その軌跡が一瞬、金色に光り輝いた瞬間、紗月の身体にびくっと震えが走った。そしてまるで、両脇から紐で吊るされたかのように、身体全体が勝手に海老反りに固まっていく。
「な……なにおする……?」
 紗月は今の雷太の行動で、何が起こったのか、すぐには把握できないようであった。
 ともかく身体がきりきりと絞り上げられていき、唇すら自由には動かせない。そのせいか、声も、喉奥からのかすれた音しか出す事ができない。
 ぎろりと目を剥いて、雷太を見下ろす。
 驚愕と怨嗟の入り混じったその表情は、とても十七歳の女子高生には見えなかった。
「な……にお……す……」
 再び紗月が問うた。
 しかし雷太はそれには一切答えずに、自分の顔の前に、左手の指を二本立てていった。そして、三白眼の入った重々しい表情で、粛々と言を唱え始めていく。
「ウメヤ、フエヤ、ハエヤ、ハラメヤ――」
 祝詞――とも異なる、それは確かに呪言であった。
 低音で絞り出される声が――雷太一人の声であるはずが――音響効果もろくにないこの部屋で、響々と響き渡っていた。まるでゴスペルのように――それもむしろ、音同士が互いに喰らい合い、まぐわい合っているゴスペル――そう表現せざるをえないほど、その響きは重々しい雰囲気に満ち満ちていた。一種の禍禍しさすら、感じられるほどだ。
 だがそれは、確実に紗月に効果をもたらしていた。
「ぃひ……い」
 眉間を中心に、紗月の顔面の皮膚が、見えない手で背後から引っ張られるかのように歪んでいった。まぶたが、唇の端が、徐々に外側に吊り上がっていく。
 雷太はそれが見えているのか見えていないのか、顔色一つ変えず、読々と一本調子で呪言を唱えていった。
「イミキ、オクケキ、ホフレキ、ホツケキ――イザヤ」
 しゃん。
 どこかで鈴の音が鳴った。確かに幻聴などではない、リアルな音だ。
 呪言は続く。
「ハイミテノ、ウトケキキミニ、サキオリテ、イヤタチワタル、カスガネノ――」
 しゃん……しゃん……しゃんっ。
 それにつれ、紗月の顔がだんだんと恐怖に歪み、引き攣っていった。青筋が何本も浮いている。
 部屋には雷太の声と鈴の音だけが、朗々と響き渡っていく。
「ホフカミ、ウブスナホツルカミ――」
 しゃんしゃんしゃんしゃん――。
 いつしか鈴の音が狂おしいほど早く拍子を打っていた。それに伴い、雷太もボルテージを高めていく。喉を吼え、震わす。
「オシオミノ、イザリノミコニアマクタリテ――ヨアケホホテリ、ハハハウルワシ――カシコミ、イザヤ、タテマツルラン――」
 そして雷太が一気に紗月の眉間を突いた。
「吩ッ!!」
 裂帛の気合が紗月に向かって打ち込まれる。
「……ぃぐっ!!」
 その瞬間、まるで雷にでも打たれたかのように、紗月の身体がびくんびくんと痙攣を始めた。身体を海老のように反りかえらせ、歯をぎゅっと食いしばって、半分白目を剥きながらのけぞっている。
 そうして二、三度も跳ねただろうか……紗月は、急に吊っていた糸が切れたかのように、一気にその身体を脱力させていった。粘度の塊が落ちるように、雷太の上へと覆い被さっていく。
 雷太はそれを、落ちついて両腕で抱きとめていた。
 崩れ落ちた紗月は、身体全体から力が抜けて、顔つきも穏やかな表情へと戻っているようであった。先ほどまであれほど荒げていた息も、どうやら元通りに落ちついている。
 雷太はざっとそれだけの事を確かめると、ベッド脇に立ったまま、じっと今の事態を見つめていたサヨコの方を見やって、言った。
「さ、こっちの準備はできたぜ? サヨコ様」
 だが、サヨコの顔はなぜか、先ほどまでとは微妙に温度が違っているようであった。ちょっとしかめっ面というか、どちらかというと、あまり乗り気ではないような雰囲気すら漂ってくる。
 その点、雷太は対称的であった。むしろ浮き浮きした様相すら、その表情からはうかがい知れる。
 雷太が言った。
「んじゃ、落としにかかりますか」
「うん……」
 雷太にうながされ、サヨコが靴を脱いで、ベッドの上に上がっていった。
 しぶしぶ、といった感じだった。

 

「……それにしても雷太。あんた、毎度々々、嬉しそうな顔をしてやってるわね?」
 意識を失った紗月から、服を脱がせようとしている雷太を手伝いながら、サヨコは厭味たらたらとゆー感じで雷太に言った。
 それに対して雷太は、まるで誠実そのもののような、晴れやかな声で答えた。
「そーか? それはお前の邪推ってもんだ。おりゃーいつも、やるべき仕事を淡々とこなしてるだけなんだがね」
「――そうかしら?」
 雷太の返事にも、何か、いくぶん不満げな顔のサヨコであった。
 もっとも、淡々と、とか言ってる割には、雷太の動作はあまりにもてきぱきとしすぎていたし、それこそ背後から、るんるんという擬音が聞こえてくるくらいであったから、サヨコが文句を言いたくなったとしても、ま、無理もなかったが。
 とはいえ、淫魔を落とすという大義名分のためか、サヨコとしても、あまり文句が言えないのは事実であった。また、雷太の態度の『何』に対して文句を言うかとゆー問題も、なきしにもあらずではあったし。
 それに確かに、方法論としては、雷太のしている事はけっして間違ってはいないのだ。サヨコ自身だって、今までこうやって雷太と組んで仕事をした事は、幾度となく、ある。
 いや、だからこそサヨコは、雷太とこーゆー『仕事』をするのが、何となく気に入らないのかもしれなかった。ここら辺、サヨコの微妙な乙女(?)ごころとゆー奴だ。
 と、サヨコがそんな事を考えてると、逆に雷太の方から文句が飛んできた。
「それよりお前も、手を休めんじゃねーぞ?」
「分かってるわよ。うるさいわね、もう」
 とりあえずそう文句を言い返しておいて、サヨコは紗月のスカートを脱がしていった。
 腰を浮かさせて、チェックのミニスカートを下ろしていく。ついでに、すべすべとした太ももを撫でる。
 さすがに高校生らしい、張りのある肌であった。むろんサヨコも、それに負けず劣らず肌理細やかな肌を保ってはいたが、これは年齢やお手入れによるものというよりも、むしろその体質というか生まれによるものの方が、多分に影響しているようではあった。
 そしてサヨコが紗月から、くつしたと、ごくシンプルなショーツとを下ろしていくと、紗月が身に着けているものは、もはや何もなかった。今は、ほどよく翳った下腹をさらして、ベッドの上ですうすうと穏やかな寝息をたてている。
 雷太はそれを優しそうな、それでいてやはり少しスケベそうな笑顔で見つめてから、おもむろにサヨコの方へと目をやった。
 その当のサヨコは、紗月の足元で何やら少しふて腐れたような顔をしたまま、脱がせた衣服をいつまでもぐずぐずと、所在なげにいじり回していた。
 サヨコが顔を上げて、雷太と目が合った。
 しばらくの間、二人はじっとお互いの顔を見つめ合っていた――そして、いくばくかの沈黙の後、ふいに雷太がにかっと笑顔を見せた。サヨコに何かを促すかのように、うんうんと二、三度、うなずいたりする。
 それを見たサヨコが、ぷいっと視線を外した。何が気に入らないのか、さらに唇を尖らせたりしている。
 もちろんサヨコは、雷太が何を言いたいかは、分かっていた。
 よく分かってはいたのだ……が。
 そう、いつもの事ながら、これも『仕事』だとゆー事は、サヨコにもよーく分かっていた。とはいえ、そんなに簡単に『仕事』だと割り切れるほど、サヨコの気持ちは単純ではなかった。やはり、自ら進んでそーゆー事をするには、少しばかし抵抗感があるのだ。
 ましてや、雷太がじっとこっちを見てるのである。サヨコとしても、どーしても恥ずかしいという気持ちが先に立ってしまうのは、自分自身どうにも押さえようがない事ではあった。
 と。
 そんなサヨコをじっと慈しむような目で見ていた雷太が、いきなりわざとスケベそうな笑みを浮かべて、言った。
「どーしたサヨコ。おめーも俺に脱がさせてほしいのか? ん?」
 ぐいっと顔をサヨコに寄せて、鼻の穴をひこひこと膨らませたり、する。これも、雷太がサヨコをからかう際に、ついやってしまう仕草である。
 それに対して。
「ばばば馬鹿言わないでよっ!! 何いやらしい事考えてんのよ、このえっちすけべ変態っ!!」
 弾かれたように、雷太の言葉に過敏に反応するサヨコであった。ずざざざっと、ベッドの上を後じさっては、裏声で悲鳴を上げる。どっどっと心臓が音を立てる。
 まるで、マグネシウム片を燃やすとゆー化学実験並みに、激しい反応速度であった。見ればその顔色も、炎色反応でも起こしたかのように、真っ赤に染まっている。
 雷太は、サヨコのその反応と罵声を微笑ましげに受け止めながら、半ば苦笑を混じえて、言った。
「何って……脱がんでする気か、おまいは」
 その言葉に、サヨコがさらに吠えた。
「誰もそんな事言ってないでしょっ!! もう、あっち向いててよっ」
 そう言ってサヨコは、ぷいっと雷太に背中を向けた。膝立ちになって、サマーセーターの裾に手をかける。
 後ろ姿なので顔は雷太には見えないが、いささか緊張気味のようでもある。
「何も、今さら、気にするよーな事もないと思うのだがなぁ……」
 雷太がぼそりとこうつぶやいたのも、耳に入っていないようだ。
 もっともこれも、男の側の勝手な論理とゆー奴で、女の子の気持ちとゆーものは実際、そこまで単純ではない。
 それでもサヨコはしばしの間、気持ちを落ちつけているのか、じっとその姿勢で、固まったままでいた。そして、ようやく思い切ったのか、一気に上を脱いでいった。
 くるくるとセーターが巻き上げられ、すぽんと首から抜ける。桜色に染まったうなじが、その瞬間だけ垣間見える。直後、たくし上げられた黒髪が、ふわさっ……と、うなじから肩甲骨の辺りを覆っていく。
 ほぅ。
 雷太は思わず溜め息を吐いてしまいそうになるのを、必死で押さえていた。こんなところで軽々しく弱みを見せる訳にもいかない。
 いつ見ても、サヨコの身体は美しかった。透けるように白いその肌が、この時ばかりはほんのりと薄く色づいている。肉付きの薄いその後ろ姿は、何とも言いようがないほどに華奢で可憐で、少し強く抱きしめただけで、簡単に手折れてしまいそうなほどだ。
 サヨコが後ろ手にブラジャーのホックを外した。ほのかな膨らみを、そっと押さえる。
 微妙と言ってもいいほどに盛り上がりに欠けるそれは、しかし驚くほどに感度がよくて、そっと手のひらで触れるだけで、先端の小さな突起がふるふると細かく震える事を、雷太はだれよりもよく知っている。
 そしてサヨコがスカートとショーツを下ろすと、腰からの滑らかなラインに導かれて、まるで若鹿のようなすらりとした臀部が露わになった。サヨコは、ゆっくりと片足づつ足を抜くと、腕で股間と胸とを隠して、膝立ちのまま雷太の方へと向き直っていった。その顔は、無表情に下の方をうつむいている。
 雷太も、サヨコがこっちを向いてからは、さすがに露骨にじろじろと眺めるような事はしなかった。それでも時折、目線がちらちらと向いてしまうのは、男の性としてしょうがない事ではあった。
 サヨコが目線を合わせないまま、ぽつり、とつぶやいた。
「……いいわよ」
「あ、ああ」
 雷太が慌てて生返事を返した。尻の辺りまで、中途半端に下げられていたジーンズとブリーフとを、さっさと脱ぎ捨てる。
 そして素裸になった雷太は、ぐったりと横たわった紗月を後ろから抱きかかえるように持ち上げて、自分の上へと乗せていった。あぐらをかいてベッドの上に座り、自分のモノと腕とで紗月の身体を支える。まだ硬度を失っていないモノの上に、紗月の股間を押しつけるような格好になる。
 用意のできた雷太が、サヨコに言った。
「じゃ、始めるぞ」
「うん……」
 そう言って二人は――雷太は背後から、サヨコは前面から――動く事のできない紗月を攻めたて始めていったのだった……。
 雷太は、腋から片手を回すようにして紗月の身体を支えて、主に唇と、空いてるもう一方の手で、紗月の身体をいじり回していった。わき腹を柔らかいタッチで撫でさすりながら、紗月のうなじ、耳たぶをついばむ。雷太の舌が、紗月の耳の裏側をゆっくりとした速度で這い上がっていく。
 もちろん、腰は微妙に振動させて、股間全体に刺激を与えたりもしている。さほど大きな動きではないが、じきに股間からはにちゃにちゃという粘度の高い音が響き始めてきた。
 一方のサヨコは、まずはキスから始めたようであった。
 雷太に抱きかかえられた格好になっている紗月に寄り添い、その顔を両手で挟み込んで、濃厚なキスを交わしていく。紗月は当然、目を閉じたままであるが、サヨコもうっとりとした表情で目を瞑って、紗月の口内に舌を這わせていく。ねっとりと、そして執拗に。
 舌……歯の裏側……歯茎……頬。
 まるで紗月の口内に潜んだ悪気を拭い去るかのように、丁寧に舌でねぶり取っていく。
 はふ。
 唇を離した途端、サヨコと紗月、二人はどちらからともなく溜め息を吐いた。意識を失っているとはいえ、紗月の身体も、与えられている愛撫に対しては敏感に反応しているようだ。息も多少、荒くなってきている。
 そのままサヨコは、紗月の顔の至るところにキスを降らせ始めた。
 とはいえ、そっと唇を押し当てて、舌先をちろちろとそよがせるような、優しいキスである。そのうちに、耳たぶを攻める雷太とも舌を合わせ、軽く唇を触れ合わせる。
 雷太が思わず微苦笑を浮かべて、言った。
「おいおい、相手が違うぜ?」
「分かってるわよ、もう」
 サヨコが少し頬を染めて、紗月から身体を離した。
 次にサヨコは、首筋から胸の辺りをターゲットとしたようだ。鎖骨の辺りに唇を付けて胸を合わせ、そのまま紗月に体重を預けていく。雷太がそれに押され、まるでシートをリクライニングさせるように、ゆっくりとベッドに寝そべっていく。
 ちょうど雷太を下にして、紗月がサヨコと雷太との間に挟まれる格好になった。
 そしてサヨコは、身体の上を這い下りていくようにして、紗月の胸へと愛撫を広げていくのであった。
 紗月の、確実に自分よりはある胸を手のひらで包み上げながら、先端の突起を口の中に含んでいく。すでに固くしこっているそれを、唇で挟み込み、舌先でころころと転がしていく。
「ん……っふん」
 紗月の息がだんだん色めいていった。
 サヨコは唇で乳首をしつこく愛撫しながらも、同時に左手で乳房の方もやわやわと揉みほぐす事を忘れたりはしていなかった。また、もう片方の手は、いつの間にか紗月の股間の方に伸びていったりしている。
 丘の上に萌えている柔らかな茂みの上に手を置いて、サヨコは指先を紗月の秘所へと侵入させていった。手の甲に、押し当てられている雷太のモノが触れる。それが、まるで火傷をするほどの熱さに、サヨコには感じられる。
 にゅるっ……という擬音とともに、サヨコの指が第一関節までたやすく侵入した。
 ぬるぬるとした粘液がこびり付いている紗月のそこは、雷太からの刺激で、指先をひらめかせるだけで、くちゅっ、という、いやらしい音を立てるまでとろとろに溶けてしまっていた。
 サヨコは指先でそれを確認すると、指全体を、紗月のあそこと雷太のモノを這い回るように、ごく軽いタッチで躍らせていった。ぬめりを紗月のあそこから掬い取り、それを雷太のモノになすり付けていく。ぬめぬめのサヨコの指の腹が、雷太の尖った茎を撫でる。
 雷太もそれがけっして気持ちよくない訳ではないのか、サヨコの指が触れるたびに、一瞬、息を詰まらせたりしていた。
 いつしか逆に雷太の指の方も、紗月のわき腹をさすっているようでありながら、時折、間違えた風を装って、サヨコの身体にも伸びていっているようであった。サヨコもそれを感じながら、文句一つ言わずに、雷太の愛撫を受け入れている。
 ――部屋の中には、ぴちゃぴちゃいう水音と、三者三様のそれぞれの息遣いとが、互いにこだましあっていた。
 そのうちサヨコが、攻撃地点を少しずつ下へとシフトし始めていった。右手の動きはそのままに、唇を胸から乳房、乳房から鳩尾、鳩尾からおへそへと、だんだんと下方にずり下げていく――ついには紗月の秘所まで辿り着く。
 サヨコは紗月のすべすべとした太ももを押しのけ、顔を紗月の股間に埋めていった。
 雷太の強張りを頬に熱く感じながら、そっと茂みに舌を伸ばす。淫猥に開いている花びらの蜜を、ゆっくりと舐め取っていく。
 紗月の腰が、びくんと震えた。
 サヨコはそれでも容赦せずに、より深く、より強く、紗月のそこを掻き分けていった。じゅくじゅくとしたゼリー状のものを舌先で掬い取り、さらに奥から涌き出てくるものを掻き出そうとする。じゅるるっ、と、吸いつく。口内が、酸味を帯びた芳香で一杯になる。
 きつい女の薫りがする。
 サヨコには同性のそれは、けっして好ましい薫りだとは思えなかったのだが、その強引なまでに煽情的な匂いに脳髄を直接刺激されて、本能的に自分の身体も熱くなってくる事実を、身体で感じずにはいられなかった。
 サヨコがさらに多くの蜜を求めて舌を伸ばしていく。入り口を指で広げ、舌先を奥の方までこじ入れていく。
 と。
 一瞬、サヨコが妙な表情を浮かべた。紗月のそこから口を外し、軽く小首を傾げる。
 何か納得がいかないというか、奇妙なものでも見つけたかのような顔つきであった。
 サヨコはその何かを確かめるように、舌先を紗月の中へと忍ばせていった。探るように調べるように、尖らせた舌先をれろれろと中でひらめかす。だが、やはり舌だけでは、中の様子はよく分からないようであった。
 やむなくサヨコは、舌先での探索を諦め、指での触診へと切り替えていった。
 自分の中指を唾液で濡らして、紗月のあそこに当て、ごくゆっくりとしたペースで中へと沈めていった。つぷつぷという擬音を伴って、指がだんだんと中に埋まっていく。
 しかし、間違いなく溶ろけているはずの紗月のあそこは、意外にもきつく、中指をぎゅうぎゅう締め付けては頑なにその侵入を拒んでいた。紗月の様子も、先ほどまでの快楽に溺れ切った感じではなく、少しばかり苦しそうな表情も見せたりしている。
 サヨコはそれでも何度か中指を出し入れして、紗月の様子を観察していた。
 指先で、こりこりと紗月の内壁を引っ掻く。指の腹に何かが引っかかるような感じがして、そのたびに紗月が僅かに顔をしかめる。その事実を確認して、ようやくサヨコも納得がいったのか、紗月の中から中指を引き抜いていった。
 抜き出されたそれは、第一関節、第二関節に至るまで、べっとりとゼリー状の白濁液にまみれていた。サヨコはそれをぺろりと舐め取り、美味しそうに目をすがめる。
 それからサヨコは、もう一度紗月の股間に顔を埋め、今度はクリトリスを中心に紗月を苛み始めていったのだった。
 舌先を丸め、たくまった襞々に埋まっている肉の芽をほじくりだす。クリトリスの付け根を掻いてやるように、舌先でそこをしつこく擦り上げる。少し強引に、尖った芽を唇で挟み付ける。ついでに――あくまでもついでに――空いている右手で、雷太のモノをしごき上げてやる。
 サヨコの攻撃が加わるたびに、紗月の身体が、活きのいい海老のように跳ねていった。
 これだけの愛撫を受けてさえも、紗月の意識は戻ろうとはしなかった。しかしその息は荒く不規則になっており、固いとはいえその洞穴は紅く充血して、入り口の花びらは開き、ひくひくと物欲しげに蠢いていた。
 それを見て取って雷太が、頃合やよしと、紗月の股間にうずくまっているサヨコに声をかけた。
「それじゃー、そろそろいくとしますか」
 そう言って雷太は立ち上がると、おもむろに紗月を抱え上げて、ベッドの脇に下りた。対面に向かい合うような格好で紗月の尻を抱え、いわゆる駅弁のスタイルで紗月に自分の巨大なモノを挿入しようとする。
 それを見てサヨコが、慌てて止めに入った。
「ちょっと雷太っ!! あんた、そんなの突っ込む気!?」
「おう。それがどーかしたか?」
 邪気のない――と、表現していいのかよく分からんが――天真爛漫そーな声で、雷太が答えた。見ればその顔は、今にも何かしたくてうずうずしている子供のようでもある。
 もちろんそれは紗月への挿入であり、子供がそんな事をするはずもないが。
 サヨコはその浮き浮きした雷太の表情に、なぜだか理不尽な怒りを感じながら、それも含めて思いっきり雷太に向かって怒鳴りつけた。先ほど、指で触診した事実を雷太に告げる。
「あんたバカぁ? 取り憑かれたせいでこんな事してるけど、この娘、まちがいなく処女よ、処女。あんたのその馬鹿でかいぴーなんか入れたら一発で壊れちゃうに決まってんでしょ!! ちっとは頭使いなさいよ、この筋肉バカっ!!」
 サヨコ、お得意のセリフであった。
 確かに雷太のモノは、化け物とまではいかないまでも、平均サイズより、かなりでかくはあった。それは、よく練れた蜜壷であれば、けっして受け入れられなくもないのであったが、セックスに慣れない女体には、なかなか厳しい大きさであった。紗月が処女ならなおさらである。
 雷太は今までの経験上、その事はよーく分かってはいたのだが、とはいえ男性諸氏なら分ってもらえると思うが、シロモノとゆー奴は、そう自在に小さくできるような類いのものではなかった。ましてや、使えるような硬度を保ってそうするのは、ほとんど不可能に近い。
 かように、でかい男性にはでかいなりの悩みとゆー奴もあるのだが……それはともかく。
 しょうがないとはいえ、せっかくの行為を中断されかねない状況に陥った雷太が、サヨコに対して文句を言った。
「おめーはそーゆーけどよー、この際、イかせねーと話になんねぇだろーが」
 雷太の言う通り、実際、淫魔を落とすためには、体内の淫魔を一時的に封した状態で、依代となっている肉体を、一気に緊張状態から解き放ってやる必要があった。
 早い話が、イかせる必要があるのである。
 その事自体は分かっているサヨコが、雷太に言った。
「あんたはせーぜースマタで我慢してなさいっ!!」
 と、今自分が言ったセリフと、今から言おうとしているセリフとに、サヨコがいきなり頬を赤らめた。そして、ごにょごにょと歯切れが悪そうに、少しトーンダウンした口調で言葉を続ける。
「……その、あたしが一緒に、口でやってあげるから」
 それだけ言って、サヨコは恥ずかしげに下を向いた。
 もっともそれを聞いた雷太は、少しばかり不満そーに唇を尖らせていた。
「まぁたお前の口かよ。お前の舌って時々、ざりざりして痛ぇんだよなぁ」
「何よぉ!? 何かあたしに文句ある訳?」
 その、オトメゴコロとゆー奴を思いっきり逆なでするよーな雷太の態度に、サヨコが反射的にぶん切れていた。つい今しがたまでのしおらしい態度はどこへやら、きっとまなじりを吊り上げて、目の前の雷太を睨み付ける。
 吠えた。
「そんな事言ってたら、今度あんたが目を覚ました時に、あんたご自慢のそのぴーがいつの間にか半分の長さになってても、あたし、知らないんだからねっ!!」
 スルドい牙を剥き出しにして、サヨコは雷太を威嚇していた。
 具体的に、どーゆーシチュエーションでどーやるかは想像に任せるとして、意外とサヨコは本気かもしれなかった。
 サヨコのその態度に、雷太が思わず苦笑を漏らした。ふと、口の中だけで呟く。
「……ったく、毎度々々怖い事を言いやがる」
「何か言った!?」
 がうぅ。
 喉は震わせていないので、声が出てるはずもないのに、サヨコは雷太が何かを言った事を――しかも、恐らく悪口を――敏感に察知して、瞬時に雷太に吠え掛かっていった。
 雷太は、なんつー耳聡い奴だと思いながらも、それを一切顔には出さなかった。
「いや、サヨコ様に舐めていただけるとは、おりゃーまったくの果報者だねぃ、などとゆー感謝の言葉を述べていたのさっ」
 本当にしれっとした表情で、こんな恥ずかしげもないセリフをへーきで吐いた。
 もちろんサヨコとて、雷太のこのセリフが、何のてらいもない本心だとは露ほども思っていないのであるが、嘘でも雷太がそう言ってくれた事で、何とか矛を収める気になったようであった。
「たくもう、分かりゃーいいのよ」
 不承不承そう言って、雷太を睨み付けるのを止める。
 それを受けて雷太が、ベッドの上に女の子座りをしているサヨコに声をかけた。
「じゃ、サヨコ。すまんがちょっとそこをどいててくれ。この娘、持ち替えるぞ?」
 そう言って雷太は、紗月をいったんベッドの上に下ろしていった。
 そして今度は、背後から幼児におしっこをさせるような格好で、太ももの下から手を回して、軽々と紗月を抱え上げる。
「ほい……っと」
 そして雷太は、そのまま自分の硬直したモノの上に紗月を乗せ、ゆっくりと紗月の足を閉じさせていった。一瞬、雷太の剛直だけで紗月の体重を支える事になるが、それでも雷太は顔色一つ変えない。まったくもって規格外のシロモノである。
 その規格外のモノは、紗月の太ももに挟まれて、なおいくらか先端が余っているようであった。赤黒く剥けた先っぽが、まるで紗月自身の男根であるかのように、紗月の股間から雄々しくそそり立っている。
 サヨコはベッドを下りて、ゆっくりと雷太の前にかしずくと、両手で雷太のモノを紗月のあそこに押し付ける手伝いをしながら、その突き出た先端を、愛おしげにその唇へと含み込んでいったのだった。
 ちゅぱっ……ちゃぽっ……という水音が、だんだんと室内を満たしていった。
 雷太はサヨコに舐めさせたまま、具合を確かめてみるかのように、二、三度、腰を揺り動かしてみた。雷太の先端が、ぐちゅぐちゅとサヨコの口内を突き回す。
「おっ、これはこれでなかなか」
 けっこう悪くない感じであった。
 サヨコの手で押さえられた雷太の棒が、紗月のあそこと擦れ合って、ねちゃねちゃといやらしい音を立てていった。隙間からはじゅぶじゅぶと、際限なく白い泡が漏れ出してきている。棒だけでなく、先っぽにランダムで当たるサヨコの歯も、それはそれで微妙なアクセントになっている。
 ただ、雷太の動きが幾分激しすぎるせいか、時々雷太の先端が、サヨコの口から外れるようではあった。そのたびに膨れ上がった先っぽが、サヨコの口元やら頬の辺りやらを突く事になる。サヨコもそれを再び頬張ろうとはするが、なかなかそうはうまくいかない。
 さすがのサヨコも、これには少々閉口したようであった。
「ちょっとっ!! あんまり激しく動かないでよっ。その……舐めにくいじゃないのっ」
「そう無理ばっか言わんでくれ……こんなもんか?」
 言われて雷太が、少しばかり腰の動きを押さえ目にした。紗月のそこにモノをあてがうのを完全にサヨコに任せ、正確なストロークで割れ目とクリトリスとを擦り上げる。
「ん……ふぐ……むぅ」
 今度はサヨコも、どうやら唇で全てを受け止めきれているようだった。
 サヨコはそのまま、口を雷太に突かれるがままに、喉元深くまで雷太のモノを呑み込んでいった。そして、鼻先を紗月のクリトリスに押し付けるようにして、紗月自身を責め立てていく。
 ぷるぷるとした肉の芽が、揺れて鼻の頭に擦れた。鼻の奥に、つぅんと酸味を帯びた、甘くていがらっぽい薫りが広がっていく。男と女の混じり合った匂いだ。
 その匂いに官能を刺激されたのか、サヨコのあそこが勝手に、じゅん、と音を立てた。熱い、疼きだ。
 そんなはずはないとは思っても、内股を液体がつうぅ――っと滴り落ちていくような、そんな錯覚さえしてきてしまう。
 結局サヨコは、そうなってないのを確かめるという口実の元に、紗月を攻めるのを口唇に任せて、空いている左手を自分の下腹部へと下ろしていったのだった。
 サヨコの左手が、ほんの和毛が生えているくらいの草叢を通り抜け、自身の秘所へと辿り着いていった。太ももをさすり、そこには汗の玉が浮いているだけである事を確認する。
 そして、左手を下ろしたほんのついでに、自身の状態も調べようと、そっと真珠に指先を伸ばしていく。擦っていく。
「!!」
 脳天から足のつま先まで、電流が走った。
 そこはいつの間にか、ぷくぷくに固く尖っていた。赤く腫れ上がった粘膜が、表面まで神経組織を剥き出しにさせている。
 サヨコはあと一回、もう一回と言い訳を続けながら、何度も指先でそこの表面を刷いていった。そのたびに身体中に電流が走る。それが、溜め息が出るほどに気持ちいい。
 実際、本格的にサヨコがそこをこね始めるまでに、さほど時間はかからなかった。サヨコのそこが、雷太のモノを受け入れ可能なほどに、充分潤うのにも。
 今度こそサヨコの内股を、透明な液体がつうぅ――と流れ落ちていった。それはけっして、汗などではなかった。
 ちゅぽん。
 突然サヨコが、雷太のモノから口を外した。うるうるに潤んだ瞳で雷太を見つめ、上気した声で雷太に言う。息が、荒い。
「雷太……らいた、そろそろ……」
「おう」
 もちろん雷太に異存はなかった。
 雷太は紗月を抱え上げた格好のままでベッドに上がり、そこに自分の身体を横たえた。
 紗月の太ももを両腕で抱え上げ、足をMの字のような格好にさせ、雷太の竿の前面と紗月の局部の一点だけが、ちょうど重なり合うように調節する。そこまでの準備をして、視線でサヨコを促す。
 サヨコはとろんとした目つきで、促されるままに雷太の股間へと近づいていった。
 惚けたような顔で雷太の身体を跨ぐと、指で自分のあそこを広げる。膝を突いて、そそり立った雷太のモノにゆっくりと腰を下ろしていく。同じ色をした粘膜が、そっと重なり合っていく。
 先っぽが入ったかどうかというところで、いきなり雷太が腰を突き上げてきた。
「ひうっ!!」
 意表を突かれて、サヨコが身体をのけぞらせた。
 それにはお構いなしに、雷太がそのまま腰を使い始める。
 間に紗月が挟まっているため、挿入自身はさほど深いわけではないが、それでも赤黒く染まった雷太の先端部が、容赦なしにサヨコの内面を掻き回していた。
 中でも、矢印のごとく尖ったカリの部分が引き抜かれようとするたびに、サヨコの襞々からとろとろの粘液をこそげ取っていく。その粘液にまみれた肉棒が、サヨコと紗月、二人のクリトリスを擦り上げていく。
「あ……あん……あぅ」
「ひぐぅ……ひっ」
 部屋の中に、喘ぎ声の女声二重奏が響き渡っていた。
 雷太はそのうち、抱えていた紗月の両足を離して、両手で紗月の肩を押さえるようにして、よりあそこの密着度を高めるようにしていった。腰の動きも、割れ目を擦り上げてくような方向に、ストロークの向きを変えていく。結果的にそれが、よりサヨコの前面の方を突いていく格好になる。
「あああああっ!!」
 ちょうどGスポットの辺りを突かれる事になったサヨコが、雷太の激しい突き上げに耐えきれず、たまらず前に倒れ込んでいった。紗月の胸に顔を埋める格好になるが、サヨコはすでにそんな事に気を留めている余裕などなかった。本能的に紗月の乳首へとむしゃぶりついていく。
「ひいいいいっ!!」
 紗月もそれでさらなる嬌声を上げた。
 雷太も半ば強引なまでに、さらに紗月の身体を己の肉棒へと押し付けていった。
 サヨコの粘液と紗月の粘液とが混じり合って、そこは一種のカオスであった。三様の高まりあった粘膜同士がぶつかり合って、二乗ならぬ三乗の快楽を生み出し続けていた。
 紗月は口の端に泡を浮かべながらも、与えられている快楽を全て肉体で享受してるようであった。時折、不規則にびくんっ!! と身体を震わせたりもしている。
 そろそろフィニッシュの時間が近づいたようだ。
 頃やよしと、雷太が一気にストロークを激しくした。
「ひっ……ぎっ……いっ」
 その雷太の強烈な攻撃に、紗月の顔がさらに歪みを増した。苦しいのか気持ちいいのか、気持ちよくて苦しいのか、よく分からないような表情であった。
 さらに雷太の攻撃は続く。
 あまりに激しい腰の動きに、雷太のモノがサヨコから外れた。
 偶然か――それともひょっとしたら狙ったのか――次の突き上げで雷太のモノが、サヨコと紗月との身体の間に押し込まれていった。草叢を掻き分けて、割れ目に誘導されるように二人の秘肉を押しのけて進む。雷太のカリが、直接紗月のクリトリスを擦り上げていく。
 それが結果的には最後の引き鉄を引いた。
「いっ……いぐ……がっ!!」
 二人に挟まれて身動きのできない紗月が、それでも強引に背をのけぞらせた。弓なりに腰を浮かせ、びくんっ!! びくんっ!! と身体を激しく痙攣させる。顔に苦悶の表情を浮かべ、口をめいっぱい大きく広げて喘いでいる。
 と。
 ――ぬろり。
 限界なまでに大きく広げられた紗月の口から、何やら半透明のゼリー状の『もの』が押し出されようとしていた。ふるふると先端を震わせながら、もがきいずるように紗月の口から這い出ようとしている。
 それは、子供の腕ほどの太さをした、半透明の蛇のようなものであった。ご丁寧にもその口からは、二つに先割れした細い舌をちろちろと閃かせたりしている。目のようなものまで、確かにある。
 作り物の巨根の張り型を、根元の側からフェラしているような、それはシュールな眺めであった。
 そして蛇が十センチほども這い出た頃であろうか。時間にして、紗月が達してから三十秒とは経っていない頃。それまで紗月の胸に顔を埋めていたサヨコが、ふいに顔を上げた。
 目の前のものを見つめる。
 半透明の蛇と目が合った瞬間、サヨコの表情が獣のそれに変わった。
 修羅のごとく目を吊り上がらせて、一気に蛇の喉笛に噛みつく。四つん這いのまま首の勢いだけで、ぐいっとそれを引っ張り出す。一気に引き出されたそれは、全長が一メートルほどの、確かに太い蛇であった。
 サヨコはそれに噛みついたまま、胴体を両手でベッドの上に押さえ付けると、容赦なく脳天の辺りを噛み砕いていった。びくんびくん震えるそれを押さえ付けながら、何度も何度も、執拗に噛みついては咀嚼し、呑み込んではまた噛みついていった。
 ぞぶりという肉を穿つ音がリアルに響く。ごりごりと骨が砕かれていく。
 血こそ飛び散ってはいないものの、それは明らかに殺戮――そして、捕食であった。
 サヨコは四つん這いのまま、半ば狂ったかのようにそれを喰らっていた。
 まるでサヨコこそ、何かに取り憑かれたかのようであった。サヨコの目には雷太はおろか、喰らっている対象のその蛇すら映ってはいない。ただひたすらに、熱に浮かされたように目の前にあるそれを喰らっているだけである。
 雷太はそれを、何とも言えないような哀しみを含んだ表情で見つめていた。
 サヨコから目を離さないように注意しながら身体を起こして、紗月の身体をベッドの端にそっと横たえる。紗月は、何事もなかったかのように穏やかな寝息を立てながら、ゆっくりと胸を上下させている。
 それを確認した瞬間だけ、雷太の表情に僅かに笑みが戻っていた。
 優しい笑みだった。

 

 しばらく部屋の中は、くちゃくちゃという肉を喰む音が支配していた。
 サヨコはいつしかベッドの上に座り込んで、両手も使って淫魔を貪り喰らっていた。
 がつがつと喰らうその姿は、さながら地獄絵図に描かれた餓鬼とも見まごうほどである。すでに淫魔の身体は半分以上サヨコに喰われており、残っている尻尾の部分もだらりと垂れ下がったままで、ぴくりともそれは動きはしない。
 淫魔は完全に息絶えていた。もっとも、プラナリアならまだしも、ある程度の知性を持った淫魔で、そこまで生命力が強いものは滅多にいない。恐らく、脳天への最初の一噛みで昇天していたはずである。もっともこれも、淫魔の魂が天国へ昇る事ができるとしての話であるが。
 そうこうしているうちに、サヨコは一メートルほどもあった淫魔をあらかた喰い終わったようであった。今や、そこらに食い散らかした肉の欠けらを、あさましくも口で拾いついばんでいる。一片たりとも余らせる気はなさそうであった。
 行動が、完全に獣のそれである。
 と、四つん這いになって肉を漁っていたサヨコが、いきなりその動きを止めた。ちょうどか偶然か、淫魔の最後の一片を口にしたところである。
 サヨコは急に力が抜け落ちたかのように、ぺたんとお尻をベッドに下ろしていった。両手で自分をかき抱いて、ふるふると瘧りのように、身体を細かく震わせ始めている。
 見れば唇の色は真っ青に蒼ざめ、目の焦点も定まっていない。半開きになった唇からは、意味不明の低いうなり声が漏れ出している。
 雷太が眉をしかめた。
 どうやら、始まったようだ。
 雷太はサヨコに近づいていくと、震えているその身体を全身で包み込むかのように、サヨコを前から優しく抱きしめていった。幼な児を抱え上げるように胸を合わせ、虚空を向いて固まってしまっているサヨコの顔にほおずりをする。背中をそっとさすり上げてやる。
 サヨコはしばらくは雷太のされるがままになっていた。
 かすれたようなサヨコの荒い息が、雷太の耳朶をくすぐる。その苦しげな吐息でさえも、己の肉棒を充血させる材料にしてしまう男の本能を、雷太は耐え難いほどの心苦しい気持ちで受け止めていた。
 そしてそれは突然来た。
「いぐっ!!」
 ひくひくと細かい痙攣の前兆があった後、サヨコがいきなり雷太の腕から逃れるように、二、三度、身体をのけぞらせた。サヨコの華奢な身体からは想像もできないほどの凄まじい力で、雷太の肩を突いては逃れようとする。雷太でさえ、押さえるのがやっとなくらいだ。
 と、今度は逆に、雷太の首筋にむしゃぶりついて、半狂乱のようにいきなり腰を振り出し始める。うきゃとかあきゃとか、意味をなさない奇怪な声を上げながら、ただひたすらに腰を上下させる。
 はっきりいってむちゃくちゃであった。
 当然、そんな動きできちんとモノが収まるはずもなかった。何度も雷太の先端が、サヨコのお尻やら太ももやらに突き当たっては弾かれている。敏感に充血している先端をそんな目に合わされて、雷太が痛くないはずはなかったが、雷太は僅かに眉をしかめるだけで、サヨコの好きにさせている。
「ぐひぃ」
 十回以上も失敗を繰り返した挙句、ようやく先端がサヨコの中に収まっていった。サヨコは一度咥え込んだそれを、けっして逃さずにぐっと奥まで突き入れて、ぬっちゃぬっちゃと出し入れを繰り返し始めていた。
 サヨコのそこは、先ほどまで雷太のモノを受け入れていたとはいえ、その時とは比べ物にならないほどにどろどろに熱くぬかるんでいた。長さ的にはさすがに全てを咥え込むのは無理としても、常人よりはだいぶ太い雷太のモノを、サヨコの小さな洞穴は何の苦もなく、驚くほどあっさりと受け入れている。
 痛々しいまでに押し広げられたあそこは、充分な弾力を持って雷太のモノを包み込み、むしろ積極的に肉棒を絞り上げていた。肉襞が奥へ奥へと雷太をいざない、強直で子宮を突かれては歓喜のうめき声を上げる。身体を抉られる事それ事体が、強烈な快楽へと転化されていっている。
「あっがっがっがっ……」
 サヨコは目を尖らせ、口角泡を飛ばしながら、激しく腰を揺り動かしていた。腕は雷太の広い背中にしっかりと回され、それどころか尖った爪が、深々とハーケンのように背中に打ち込まれている。血がにじむ……どころではない、汗に混じって赤い雫が、幾筋もベッドに滴り落ちている。
「……ッ!!」
 与えられる――自ら強引に奪い取っている――快楽の波に耐えようとしたのか、サヨコが突然雷太の肩口に噛みついていった。甘噛みではない、先ほどまで淫魔を喰らっていた時のような、肉を穿ち骨を砕く、容赦のない噛みつきである。
 サヨコの牙が、雷太の鎖骨の辺りの肉を食い破っていく。ごりごりと鎖骨が鳴る。骨ごと噛み千切られなかったのは、何もサヨコが手加減したからではない、ひとえに雷太の肉体の強靭さゆえである。
 それでも雷太はサヨコのするがままにさせていた。さすがに幾分、苦しそうな表情はしているが、何もそれは、肉体的な痛みによるものだけではなさそうである。むしろその目は、限りなく慈愛に満ちたまなざしで、サヨコを包み込んでいる。
 雷太が暴れるサヨコの髪を、何度も何度も繰り返し撫でていく。サヨコの頭にほおずりをする。まるで、がんぜない赤子をあやすかのように。
 そう、雷太はサヨコの全てを受け入れていた。
「ひぅ……ひっ……いん……」
 雷太がサヨコの髪を撫で始めていくらか経った頃であろうか、いつしかサヨコの声の調子に、僅かながら少しずつ変化がみられていた。
 苦しそうなうめき声が鳴りをひそめ、それに替わって、確かな甘い響きが混ざり始めている。肩に噛みついている力も弱まっており、快感をきちんとした快感として受け止められているのか、時折首をのけぞらせるような動きさえ見せている。
 それに伴い、雷太も少しずつストロークを使い始めていった。けっして激しくはないゆったりとした調子で、サヨコの内壁を刺激していく。サヨコの身体を左手一本で支え、右手でサヨコの胸を揉み上げていく。
「ひっ……ぅん」
 サヨコはそれが、確かに気持ちいいようであった。肌の色も、先ほどまでの病的に蒼ざめた白い肌ではない、紅潮して桜色に染まってきている。身体全体も薄っすらと発汗している。
 雷太がサヨコの腋をすっと撫で上げた。
「ひぅっ!! ……んふぅ」
 サヨコがひくっと身体を震わせた。きゅんとサヨコのあそこが締まる。軽く、達してしまったのかも知れない。
 サヨコはここが弱いのだ。いつもの敏感な身体に戻ってきている。
 雷太はもう少し腰の動きを早めてみた。サヨコも、まだ意識は宙に飛んでいるようではあったが、さっきまでの乱暴な動きではなく、雷太の動きに合わせて腰を使い始めている。小気味のいいリズムで水音が響き渡る。
「あぅん……いぃ……らいたぁ……いいよぉ……」
 サヨコの響きも、より色気を増してきていた。すがるように雷太にしがみつき、唇をさまよわせる。雷太もそれに応じて、身体を折り曲げるようにしてサヨコと唇を合わせる。貪り吸う。舌と舌とを絡ませ合い、お互いの甘い唾液を吸い合う。
 サヨコの身体が再び震える。キスだけで、またいったようだ。むろん、その間にも腰を使う事を二人は忘れてはいない。
 いつの間にか二人の動きは、先ほどと遜色がないほど激しいものになっていた。ただし、先ほどと異なるのは、二人がお互いにリズムを合わせて腰を揺り動かしている事である。
 サヨコが欲しがっているタイミングで雷太が突き、引き抜いてはサヨコの肉襞を掻いてやる。サヨコも抜かれまいときゅんきゅん締め付ける。多少タイミングがずれる事があっても、それは相手を裏切った行為ではない、むしろ、意外な所を突かれる事が新たなる快感を生み出していく。
「やはぁ……雷太……らいたぁ……んむぅ」
 サヨコが再び唇を求めてくる。雷太も唇を合わせようとはするが、それを求めているサヨコの方が、押し寄せてくるあまりの快感に首をふるふる振り乱しているため、なかなか長くは続かない。
「ひぅっ!!」
 ついにサヨコが耐え切れずに、ぐっと背中をのけぞらせた。腕を雷太の背中から放し、後ろ手にベッドに突く。自由度が高くなった腰を、ぐりんぐりんと振り回す。白い粘液に包まれた肉棒が出し入れされている結合部がはっきりと見える。
 サヨコの充血した淫唇もぷるぷると広がっては震え、雷太の動きに合わせて、抜かれてはめくり上がり、突かれては肉棒に絡みついて狭い洞穴へと巻き込まれていく。ぐちゃぐちゃと粘度の高い音も、より一層よく聞こえる。
「やあぁ……見ちゃやっ……雷太、見ちゃやああっ!!」
 サヨコが叫んだが、そんな事を言っても、これだけあからさまに目の前にあると、目に入らない訳がなかった。
 とはいえ、せっかくのサヨコの頼みだ。雷太は、右手でそこを包み隠す事によって、サヨコの願いを間接的にかなえてやる事にした。必然的に、股間に置かれた右手の親指が、腰を動かすたびにクリトリスをつんつん突っつく事にはなるが、それはそれでしょうがない事ではある。
「ああん……やっやっ、らいたっ……ダメ、そこ……っ!!」
 なぜだかサヨコが、より一層の啼き声を上げた。うるうると瞳を潤ませて、いやいやと首を振っている。せっかく願いをかなえてやったのに、まったくもってしょうがない奴である。
 そこで雷太は、右手であそこを隠す事を諦め、両手でサヨコの腰を固定する事によって、より激しい勢いでサヨコの蜜壷を抉る事にした。ずんっ!! と奥まで一気に突き上げ、根元の方まで一気に引き抜く。それを遅滞なく繰り返す。
「ひやっ……ひっ……やっ……」
 子宮の入り口をずんずこ突かれるたびに、サヨコが悲鳴にも似た嬌声を上げていった。サヨコはここを突かれるのも弱い。奥に刺激が加わるたびに、身体中に痺れにも似た振動が走りまくる。そこを強く突かれれば突かれるほど、それはものすごい勢いで身体中の細胞全てを震え上がらせていく。
 サヨコは自分が叫んでいるとも気付かずに叫んでいた。
「あああっ!! いくっ、らいたっ……いっちゃうよおぉ」
「サヨコ……いくのか!? いいか? いくぞ」
 雷太はサヨコが限界に近い事を悟ると、今度はさらにグラインドまでを使い始めた。
 ストレートな動きだけではなく、捻じり込むような動きで膣内の肉壁全体をまんべんなく突きまくっていく。サヨコの肉襞が引き伸ばされ引っ張られ揉みくちゃにされる。サヨコの腰が上下左右前後に激しく揺れる。
 サヨコの脳髄は、もはや限界までに痺れていた。その身体も、受け止められる負荷をとっくの昔に超えている。
 サヨコは長い髪を振り乱しながら、何度も細かい痙攣を繰り返していった。そのたびに小さな山を一つ一つ越えてはなお登っていく。いくつ山を越してもまだ先に登れるほど、サヨコは繰り返し繰り返し頂点を目指して登り詰めていった。
 八回目の山が頂上だった。
「ああっ、いやっ……いいっ、いくっ、らいた、いくうぅ!!」
 サヨコの足の指先がぴんと伸びた。息を止め、限界までに身体を反らす。凄まじいまでの膣圧で雷太のモノを締め上げる。
「んむっ!!」
 雷太もその締め上げに耐えかね、一気に精液を放出した。
 熱くどろどろに滾った粘液の塊が、大量にサヨコの子宮を直撃する。
「ひやああああっ!!」
 どくどくと際限なく打ち付けられる熱い塊に、サヨコはさらにもう一段、高い所へと駆け上っていった。身体の細胞のすみずみまで雷太が滲み通ってくるような、そんな多幸感が広がる。身体中が雷太で包み込まれている感じ。身体中が幸せで溢れている。
 ふっと気が遠くなった。
 雷太……らいたぁ。
 薄れゆく意識の中で雷太の名前を呼びながら、サヨコは至福の表情で雷太の胸へと倒れ込んでいった。
 もちろん雷太は、優しくそれを受け止めていた。
 そして雷太は、サヨコの意識が戻るまで、何度も何度もサヨコの背中をさすり続けていったのであった。

 

 気が付けば、街はもはや夕暮れ時であった。古典的ではあるが、カラスの鳴く声すら聞こえてくるようである。
 と、そこへ。
 ひょこん。
 ラブホテルの入り口の所から顔だけを出して、しつこいくらいに前の道の人通りを警戒する、一人の少女の姿があった。言うまでもないが、もちろんこれはサヨコである。
 はっきり言って、あからさまに怪しい。
 それでもサヨコは、充分に回りを見回して人が通っていない事を確認してから、本人はひたすらさりげない風を装って――その実がちがちに緊張しまくった様子で――ホテルを出て、どこか明後日の方向へ向かって歩き出していった。
 雷太はそれを苦笑いで見つめながら、こちらは飄々とその後ろに付いて出ていった。
 数メートルほどもいった所で、雷太はサヨコに追い付いて、並んで歩く。
 雷太がサヨコを見やり――ちょっと眉をしかめた。
 がちがちに緊張しているせいかと思っていたのだが、どうも少し、足を引きずって歩いているような感じなのである。
 雷太が言った。
「どーした、サヨコ。身体、痛いのか?」
 サヨコはそのまま歩みを止めずに、雷太の顔を見上げた。ちょっとだが、怒っているような表情である。
 少しばかりトゲを含んだ声で、サヨコが言った。
「痛いなんてもんじゃないわよ。あんた、自分のぴーがどれだけ非常識なものか分かってんの? もう、これだから筋肉バカって言われるのよ」
 そうお決まりのセリフを言って、サヨコは少し、顔をしかめた。
 言ってんのはお前だけだろーがと雷太は思ったが、もちろん口には出さない。軽く、肩をすくめるだけにする。
 ともかく誰のせいにせよ、サヨコの肢体の具合があまりよくないのは確かなようであった。
「それにしても危なっかしいなぁ。ほれ、掴まれよ」
 雷太がそう言って、サヨコに腕を差し出した。
「もう、あんたのせいなんだからねっ」
 サヨコは少し逡巡して、それからようやく渋々といった感じで、差し出された雷太の腕に手を回していった。ぎゅっと、雷太の腕を引き寄せる。嫌々そうしてる風を装っている割に、その癖なぜか頬まで擦り寄せちゃったりもしている。
 そんな仕草を見て、サヨコに優しく微笑みかけた雷太に。
「何よぉ」
 サヨコが唇を尖らせて文句を言った。
 それでも雷太は表情を変えなかった。ただ、お日さまのような微笑みを浮かべるだけである。
 それを見て、サヨコがさらに唇を尖らせた。
「何にやにやしてんのよっ、もうっ!!」
 そう言ってサヨコはぷいっとそっぽを向いた。それでも手は、雷太を放してはいない。
 ゆっくりと、穏やかな流れで夕暮れの街を歩く二人。
 ビルの谷間から覗く夕日が、いつまでも暖かく二人の姿を包んでいた。

おしまい


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