インプラント・ティアドロップス 〜浅い眠り〜

横森 健一

 

 世界は、さまざまな雑音に満ちている――それも、こんなにもよく晴れた朝の日は、特に。

 

 あたまが重い。割れるように痛い。
 何だかあたま全体に、ヘルメットか何かを無理やり被させられてるような感じがする。
 まるで、孫悟空みたいな金色の輪っかで、頭がい骨を締め付けられてるような感じがして。じんじんと痺れるような感じが止まらない。鈍痛のヴェールが、まるで挙式一週間前のウェディング・ブルーみたいに、あたしの脳みそをすっぽり覆ってしまっている。
 まだ、寝しなに飲んだくすりの代謝が、抜けきってないんだ――多分。
 あたしはまだ、うすぼんやりとぼやけているあたまで、そんなことを考えたりしていた。
 ぼーっとしながら、うつらうつらと。うつぶせのまま、ほおをベッドに押し付けて。薄もやのかかった視線で、シーツの網目模様を見つめながら。
 眠剤――アモバン。白いおくすり。かなり強力な、シクロピロロン系の睡眠導入剤。
 クリニックで、眠れないってお医者さまに言ったから、急におとつい、今まで飲んでたハルシオン――こっちはベンゾジアゼピン系だ――から変わったばかりの白い錠剤。
 苦い。すっごく苦い。
 お医者さまからは、半減期は三〜四時間くらいだって聞いていたんだけど、やけに口の中が苦いせいか、飲んでから、とっくに八時間以上も経ってるのに、今になってもまだ、抜けてる気が全然しない。ざらざらに乾いた舌の上に、白いねばねばの苦い澱が、べっとり張り付いているような感じがする。良薬、口に苦しとは言うけれど、これじゃあまりにもあんまりだ。
 正直、今、起きぬけ。耐えらんないくらい気持ちが悪い。
 胃の奥から、苦い唾液だけが、えずいて込み上がってくる。吐き気はするけど、ここんとこ、ろくに固形物を入れてない胃からは、吐くものなんて何ひとつ出てきやしない。
 それになんだか、のどもすごく渇いていて。いがらっぽさが、のどの奥でがさがさ乾いた音を立てている。くすり飲むとき、いつものくせでアルコールを併用したのがよくなかったのかしらん。ううぅ。
 そんな、最悪に近い気分で目覚めさせられた朝は、いつもにもまして雑音の刺激が強くて――トゲトゲしい雑音が、あたしの皮膚にチクチク突き刺さってくるのを、あたしは一人、お布団の中で、じっと耐えてなければならなかった。
 ちくちく、ちくちく。
 泡が弾けるような音を立てて、雑音があたしを苛んでいく。今朝は、やけに敏感になっているあたしのお肌。少し、アトピー。普通のせっけんだと、すぐに赤くなってしまうほどの。
 あたしは拳を固く握り締めながら、皮膚の表面に粟立っているザラつきを懸命に堪えていた。うぶ毛の間を、爪やすりみたいな固い空気が、ゆっくりと這い回っているような感じがする。いたたまれない。
 あたし、ひざを抱えてかめのこみたいにぎゅっと丸くなる。
 せめて、柔らかいお腹だけは守るように。じっと体制を低くとって、流れ弾に当たらないように。
 でも、そんな防御姿勢をとっているあたしにも、雑音は容赦なく降りかかってくる。
 身体に、皮膚に、髪の毛に。お布団もパジャマもすり抜けて、ちくちくちくちく、細かな針で何度も何度も幾度となく突付いてくるような鈍い刺激で、あたしの身体に襲い掛かってくるのだ。
 あたしはぎゅっと首をすくめたまま、ぼやけた視界――自慢じゃないが、あたしの裸眼視力は〇・一以下だ――で、あたまの上の方、一番たくさんあたしに雑音を降り注ぎかけてくる源を見上げた。目を、細める。
 そこは、部屋のちょうど真東に位置する窓。全面がガラスの、ベランダに出るための大きな一枚戸。そこから差し込んでくる、キラキラ輝いている太陽の日射し。
 緑色のカーテンの隙間から、木漏れ日みたいにはっきり輝いて見える光の粒が、ばしばしあたしの身体に降り下りてくる。雨粒みたいに跳ねて。ぶつかって。乱反射して。
 そのたびにそれは、ちくちくちくちく爪痕を、あたしの皮膚に刻み付けていく。まるで、生きていることへの喜びを、強制的に喚起させるかのように。
 すごく、偽善的に。
 それから、そこの窓から見える、青葉がキラキラと生い茂ったさくらの樹。端っこがギザギザになってる、柔らかそうなうすみどり色の葉っぱ。
 葉脈。すじ。虫食い穴。そこからこぼれる光の粒。
 葉脈の、道管を流れる水の、こぽこぽいう音。気孔から漏れている、水蒸気の粒。
 それを嗅いだてんとう虫が、飛んで逃げていくところ。赤地に黒い点々、ななほし。
 その硬い羽根の中に隠されていた、折り広げられた透き通った翅。琥珀色の翅脈。すじ。
 晴れ渡った空。青空。飛ぶ鳥。鳴く声。もずかすずめ。ぴーちくぱーちく。
 電線の上から、ごみ集積所を見つめているからすの、何か物言いたげな眼差し。
 あちこちから押し寄せてくる人の足音。人の音。人。ざわめき。生活音。
 たくさんの、本当にたくさんの車の流れ。タイヤの鳴る音。ブレーキの鳴る音。排気ガスの吐き出される音。低周波。青紫色にたなびく、排気ガスのすっぱい匂い。
 吐き気。レモン。ヨーグルト。半分溶けかけた錠剤。黄色い胃液。洗面器。
 ベッド脇のくずかごから漂ってくる、金気臭い血の匂い。くしゃくしゃに丸めて捨てられている、いくつものいくつものテッシュのくず。暗褐色に染まっている。
 暗褐色。昏い血の色。表面は血の色で黒い黒くどす黒くガビガビにガビガビに乾いてしまってしまっている。そんなの見なくても分かる。見たくない。
 血の色は嫌いだ。嫌い。嫌い。特に時間が経ってどす黒くくろく乾いてしまった奴は。
 いくら乾いても乾いても乾いても乾いても、そこからは生体から切り離された怨念が、腐臭になって鼻にのどの奥にぷんぷんぷんぷん、いつまでもいつまでも匂って漂ってきそうな気がする。
 ううん、血の匂いだけじゃない。光もざわめきも、視線も、目に見えないはずの電磁波も、怒りも、血も。みんな、みんな。
 あたしは嫌いだ。大嫌いだ。
 あたしをとりまく全ての粒子が、あたしに敵対するありとあらゆる雑音が、まるで誘蛾灯に惹かれる羽虫のように、あたしめがけて一直線に襲い掛かってくるのだ。
 シネシネシネシネ。
 キエロキエロキエロキエロ。
 イラナイイラナイイラナイイラナイ。
 オマエナンカオマエナンカオマエナンカオマエナンカ。
 あたしを否定しようとする、悪意にまみれた刺激の噴流。あたしの中に入り込んでくる、敵意を持った攻性体。あたしの身体をずたずたにざくざくに切り裂いていく。
 光が網膜に突き刺さってくる。ちかちかと視神経を灼く。
 音が鼓膜を突き破ってくる。剥き出しの脳をかき回そうとする。
 匂いが鼻腔に押し寄せてくる。吐き気を催す。どんなにえずいてもえずいても、気持ち悪さはのどの奥から去ってくれない。
 どうしてみんな平気でいられるんだろう? みんな普通でいられるんだろう? こんなにも痛いのに――痛くないの?
 あたしは、本当に、痛くて、怖くて、不安なのに。
 あたしは無意識のうちに、あいつの名前を呼び探していた。
 タク――たくやぁ。怖いよ。お願い早くあたしを抱きしめてよ。どうして抱いてくれないの? 何で側にいてくれないの? なんでなんでなんで。
 理性の奥底ではもう、拓也がいないことはよく分かっているはずなのに、それでもあたしは幼児がないものをねだるかように、右手をそっと宙に伸ばしていった。
 指先が蠢く。何度もむなしく空中を掻く。その、あまりにもあっけない手ごたえのなさに、あたしはもはや拓也がここにはいないのだという現実を、改めて思い知らされることになる。分かっていても打ちひしがれるあたし。
 あたしはのろのろと腕を戻し、自分自身をぎゅっと抱きしめるより他なかった。拓也の温かい腕の代わりに、あたし自身の細い腕で。だって、拓也がいないから。
 いない。拓也はもういない。あたしを守ってくれる人は、もうどこにもいやしない。
 守らなきゃ――あたしはあたしをあたし自身で守らなきゃいけないんだ。タクはもうあたしを護ってはくれない。そうだ早くバリヤーを張らなければ。バリヤーだ。バリヤーを。早く。
 あたしはTシャツのすそをぎゅっと握りしめると、両ひざをシャツの中へと抱え込んでいった。お腹の上に、太もものひんやりとした感触を感じる。あたし、そうこうしてるうちにも、次々と襲いかかってくる雑音の恐怖と必死に戦いながら、いつものように右脚に手を伸ばして、すねの辺りをそっとさすり始めていった。
 こりこりとした、5ミリくらいの大きさの小さな物体。それを指先で転がしているだけで、あたしの心の中に、ほっとした安堵感が波動となって広がっていくのが分かる。
 すねに埋め込まれた涙型の欠けら。皮膚の下で、わずかに動くくらいの余裕がある。
 インプラント・ティアドロップス。
 あたしはそれを、そう呼んでいた。
 あたしが世界からこんな迫害を受けている、そもそもの元凶でもあり、拓也がいない今、あたしを護ってくれる唯一のものでもあった。
 今のあたしを形作るもの。あたしがあたしである証。あたしがまだ小さい頃に、右すねに埋め込まれたゲルマニウム・ユニット。あたし固有の、全宇宙でユニークにあたし個体を識別している監視装置。
 いつの日かあたしを、ここではない天へと連れて行ってくれる、約束の印。
 これが埋め込まれた日の事は、正直言ってよく覚えていない。多分、記憶が操作されたんだと思う。本来であれば、ユニットが埋め込まれた事実すら、約束のその日まで、ずっと気が付かないほどに、精巧に施された施術であるはずなのだから。すねには一切、埋め込まれた傷痕がない事も、その証拠だ。
 けれどもあたしは、ほんとうに小さかった頃にはそんなものがなかった事と、ある日突然、ティアドロップスの存在に気付いたその日の事だけは、よく覚えている。
 それは、小学校六年生の時。
 理由はよく覚えていないけれど、何か嫌な出来事があったか何かして、平日の昼間に、自分の部屋でひざを抱えて泣きじゃくっていた時の事。あたしはふと、『それ』を見つけた。傷口も何もないのに、右足のすねのちょうど弁慶の泣き所の辺りに、こりこりと動く小さな物体がある。
 それがティアドロップスだった。
 あたしはそれを見つけた時、なぜだか泣いていた事も忘れて、しばらくの間、その物体を指でころころ転がすのに夢中になっていた。その時はよく分からなかったけれど、それに触れているだけで、妙に落ち着いた心持ちになれたのだ。
 じんわりと、暖かい波動がそこから身体中に広がっていくというか。
 身体全体がそこを中心にして、柔らかな繭の中に包まれているような感じがするというか。
 何かふわふわと、身体が浮くような心持ちがしていたのだ。
 その時はまだ――というか当然というか――あたし自身、性的な悦びについてちゃんと知ってはいなかったのだけれど、後になって思い返してみればそれは、間違いなく男性としている時に包まれている感触、それに類似したものだったのだった。
 正直あたしは、今でも自分を慰める時、あそこに触れるという直接的な刺激よりも、ティアドロップス、こっちを転がす方を選ぶ。と言うか、あたしにとっての一人遊びとは、そのやり方を知るまではむしろ、こっちの方だったのだ。
 ティアドロップスを転がしていると、そこからじんわりと、まるで温泉にでも浸かったような温かさが、身体のすみずみまで広がっていった。それを指先で転がすだけで、だんだんと息が荒くなっていくのが分かる。身体の他の部分も、同じように硬く尖っていく……。
 やめようだなんてこと、ほんの少しも思いつかないまま、中指で円を描くように、ティアドロップスを指の腹でこね回し続ける。声が漏れる。
 擦る事によってティアドロップスが刺激され、そこからエンドルフィンが分泌されるのだ。そういう事を、あたしは後で知った。ティアドロップスが教えてくれたのだ。
 それどころか、固いそれをきゅんと押すと、ぷちゅっとそこから生体ホルモンが放出されて、すねから身体全体に電気が走っていく――そんな快楽の引き出し方さえ、あたしは中学の頃に覚えてしまっていた。
 濡れるという事も、あたしは初めてそれで知った。
 ひざを抱えて、右手の中指ですねにあるティアドロップスをこねながら、左手で胸を弄ぶ。ときおり、あそこから蜜をすくい取っては、硬く尖ってしまっている乳首にそっと塗り付けていく。それがあたしの覚えた一人遊びのやり方だった。
 いけない事をしている、そんな罪悪感はあまり感じなかった。むしろ、本当の意味での秘め事を行っているような気さえ、あたしはしていた。
 何故ならばそれ、ティアドロップスは間違いなく、選ばれし者の識別の証だったのだから。来るべき日に地上を離れ――捨てていく者たちに与えられた裏切りの印。けして、残される者には知られてはならない、箱舟に乗るためのプラチナチケット。
 たとえ仮に、あたしが選ばれたのが単なる偶然だったとしても。
 たぶん偶然。というよりきっと、無作為なのだろう。そうでなければ、こんな特徴も何もない、ごくごく平凡なあたしが何ものかに選ばれるなんて事、絶対あるはずがない。ある訳がない。
 拓也でさえ、選ばれてないのに。
 あたしなんかよりタクの方が、これからもずうっとずうっと生きていく価値があると思うのに。生きのびるべきなのに。
 あたし、指を動かしながら、タクのきれいな横顔を思い出していた。
 真夜中の暗い部屋の中。窓から漏れ入る街灯の光で淡く照らされた、拓也の白い寝顔。男のくせに、わりと長めのまつ毛。すっきりと鼻梁が通った顔立ち。安心しきっている顔付きで、あたしの横で眠っている。
 そんな拓也の顔を、いとおしげにそっと胸に抱くと、拓也はむずがるように鼻を鳴らした。眉を少し、しかめたりする。それでも目を覚まさない拓也。髪の毛にキスをする。
 乾いた干草のような匂いを胸一杯に吸い込む。拓也の髪の匂い。
 そうしてる時のあたしは、それだけでいきそうなほどに気持ちがよかった。
 そして拓也とのセックス。拓也の腕――胸――身体。本当の快楽、包まれる快感をあたしは知った。
 タクがいれば、拓也がいればあたしは他に何もいらない。天に行けなくても、この世界で朽ち果ててしまっても構わない。あの頃は本気でそう、思っていた。
 本気でそう、思っていたのに――。
 拓也はもう、あたしの側にはいない。あたしのところから去ってしまった。地上はますます雑音に満ち溢れていって、いがらっぽくささくれた空気が、あたしをここに居たたまれなくしている。
 早く――だれかはやくきてよ。あたしが押し潰されてしまう前に。
 耐え切れなくなる前に、どうか助けに来てください。
 どうか……どうか……。
 あたし、そのだれかとの唯一の通信手段であるティアドロップスを、必死にこね回した。すねにごりごりと硬質のそれが当たって、ぴちゅぴちゅと快楽物質が分泌されていく。そのたびに薄い膜が、あたしの身体の回りに張り巡らされていくのが分かる。目には見えない、虹色の繭。
 あたしをこの世界から護ってくれるバリヤー。通信用のアンテナ。
 あたしはここにいます。ここにいます。どうかあたしをはやくここからつれだしてください。
 そんな声にならない声を思いに込めて、ティアドロップスをこねていく。もう指が止まらない。助けを求めて、あたしはひたすらに指を躍らせていく。
 左手を股間に滑らせる。そこはもうとろとろに潤んでしまっていて、すねのティアドロップスとともに、熱い火照りを身体に世界中に発信し続けている。
 中指を挿れて、奥に溜まった蜜を掻き出す。その一瞬、脳裏に拓也の顔が浮んでは消える。あたし、その幻影にいやいやと首を振る。消えない拓也の顔を消したいいやだ振り払うかのように。
 いやなのもうたくやはいないのいらないの。もうあたしをだいてくれないの。だからだからだから。
 熱い涙がひとしずくこぼれる。シーツに染み込んだ涙が、急激にその温度を奪われていく。冷ややかにほほを濡らしていく。それは真夜中の屍体のように、残酷で冷たい。あたし、その冷たさに背を向けて、そこから逃げるように、より一層の快楽の中へと溺れていく。
 シャツをはだける。バリヤーに護られているせいか、雑音はもうあたしには届いてはこない。仰向けになって素肌をさらす。柔らかく尖った乳首。指でつまむ。
 思わず引き攣れたような声が漏れる。
 朝、まだ肌寒い季節であるはずなのに、剥き出しの肌はほんのりと汗ばんでいて、わずかにぬめりさえ感じている。あたし、指ですくったとろとろの蜜を、それに混ぜ合わせるように、乳首の付け根から先っぽにかけて、丹念に指先で塗り込んでいく。そのたびに、ぞわりとした快感が身体中に広がる。うぶ毛がそそけ立つ。
 うぶ毛の一本いっぽんが、まるで高感度のアンテナになったよう。大気中に溶けているいろんな種類の快楽を、身体全体で受信している。あたし、アンテナになってる。
 きこえますか? あたしのこえがきこえますか? いきていますか? みんな、みんな……。
 あたしの快楽が、あたしの身体をアンテナにして、世界中に響き渡っている。誰かあたしの声が聞こえるならば、早くあたしを迎えに来てください。早くはやく。
 あたしはもうここにいたくない。あたしをはやくつれていって。
 ぷちゅぷちゅぷちゅ――ぴゅっぴゅっぴゅっ――ぷちゅぷちゅぷちゅ――。
 無線信号で助けを呼ぶように、あたし、ティアドロップスを断続的に押しつづける。強制的に吐き出される快楽のエキスが、あたしの身体を震わせ、うぶ毛を震わせ、世界中に救難信号を送りつづけている。あたしを、あたしを、あたしを――。
 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン。あたしを月に連れて行って。
 ここじゃない、どこかへ。くるしみのないせかいへ。あたしは、あたしは、そこに、そこに。
 ――いく。
 あたしは力の限りにティアドロップスを押し込んだ。火花が弾ける。網膜が真っ白な光で灼かれる。ぱあっと視界が開ける。あたしは、あたしは――。

 宙を、飛んだ。

 

 ミルク色に濁った薄もやの中、あたし、息を荒げながら、ゆっくりと墜ちていく感覚を味わっていた。ふうわりと、おふとんの中に沈んでいく感触。温かいベッドの中。
 終わった後、ジグジグしてるくせに、妙に冴えわたっているあたま。あたし。
 墜ちていく感覚に、そのまま意識を引きずられていきそうになりながら、思った。

 あたし、まだここにいるんだ――と。

 そして涙を一粒こぼしながら、あたしは再び浅い眠りへと落ちていった。

おしまい


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