薄亜麻色の月の雫
頚を絞めてみようか……。
自分の腕の中で、無防備に寝顔を晒している智里を見下ろしながら、香月夜はふと、そんな事を思い浮かべていた。
深い藍色に染め上げられた寝室。空気も凍るような静寂の闇。
そんな中で、たった一つ。
窓から漏れいずる月の明かりに照らされて、この智里の咽喉だけが、白々と、その暗闇の中に映えていた。
薄いチャイナボーンのような、頑なに冷たい磁器の色合い。
片手で簡単に縊れそうなほどに、それはきゃしゃで儚く脆い。
そしてそこから続いている、智里のきめ細やかな白い肌。寝乱れたシーツに包まれて、僅かに上下を繰り返している。
それは少しも男臭くなく、むしろ少女と見紛うほどに滑らかで、冴えざえと艶やかに色めいてさえいたりした。その薄い胸板には、うっすらと寝汗が浮かんでいる。ほのかに立ち昇る塩甘い香り。虚ろなミルク。
今は穏やかに鎮まっているそこは、唇を軽く押し当てるだけで、肌の方からしっとりと吸い付いてきて、唇を外すと、まるでその事を辱らうかのように、ほのかに赤く充血してしまう事を、香月夜は誰よりもよく知っている。
そう、誰よりも――。
香月夜の指が、その思いに引き付けられるように、智里の胸板に伸びていった。
触れる指先。柔らかい触感。
うぶ毛の存在すら感じ取れないほどに滑らかなそこは、まるで屍蝋のように冷ややかだ。僅かに尖った頂頭部だけが、淡く桜色に色めいている。
その回りを香月夜は、柔らかな羽毛で刷くように、そっと二本の指で撫でていく。
そこには先ほど香月夜が付けた、いくつもの内出血の痕が、薄桃色にはらはらと散り、なお溢れるようにこぼれていた。夜桜の、暗闇に舞うひとひらの花びらのように。
香月夜はそれを、一つひとつ確かめるように、指の腹で微妙になぞっていく。
時折、くっ、と力を込める。
「んふ……ぅ」
その感触に、智里がむずがるように眉をひそめた。かすかに顔をしかめたりもする。濡れた唇から、悩ましげな吐息が漏れていく。
その息の熱さが、言葉通り香月夜の胸を焦がしていった。熱く、熱く――灼熱の神フェーンの息吹くホーンホルンのように。
だが、智里の反応もそこまでだった。
疲れきって深い眠りに堕ちている智里は、このくらいの刺激では、まだ目覚めはしないようであった。疲弊しきった身体が、香月夜の胸の上でゆったりと弛緩している。
まるで熟れた花嫁の屍体のように、身じろぎ一つ、しない。
――。
その様子を固唾を飲んで見守っていた香月夜は、いつの間にかじっと溜めていた息を、そっと、音を潜めて吐き出していった。
熱い呼気の塊が重く圧し掛かって、香月夜の咽喉を押し広げていった。香月夜はそれを、どこか遠い国で起きた戦争のように、空虚な思いで感じている。
渇えた砂漠のように乾燥しきった唇。さらさらと、指の隙間からこぼれ落ちる砂の息。汲めども汲めども、渇きの癒える事のない砂の海。砂の舟。心の渇望。
そしてまた香月夜は、自分の付けたマーキングを一つひとつ確かめるかのように、智里の身体中に散った桜色の散華を、丁寧に指先でなぞっていくのであった。
胸板……鎖骨……首筋……頚動脈……。
咽喉元。
――あぁ。
再び深いため息を吐く。どうしてもまた、ここに視線が戻ってきてしまう。指が引き付けられてしまう。
魅惑的なまでに白い、智里の咽喉元。
その無防備なまでの危うさが、まるであどけない幼女の娼婦のように、香月夜の心を妖しく誘っては、また無造作に引き裂いていった。どす黒い破壊衝動が、徐々に香月夜の心を侵していく。
じくり、じくりと。
古紙を食む紙魚が、密かに綴じ込められたページを、心静かに蝕んでいくように。
香月夜はまるで、その衝動に後押しされるかのように、智里の咽喉元に置いた指先に、少しずつ力を加えていった。
沈む指先。たわむ圧力。捺し込まれた智里のその部分に、はらりと薄く紅が射す。
「く……ぅ」
智里が苦しげなうめきを漏らす。僅かに眉を寄せる。息を呑む。
ごくりごくりと、海棲の軟体生物のように咽喉が蠢く。
――だが。
それ以上は何もない。何もなかった。
ただそこにあるのは、真摯な顔付きで智里を見下ろしている、たった一人の香月夜であった。
香月夜がいくら智里の咽喉を捺そうとも、智里はまるで、硬質プラスチックで形取られたマネキンのように、黙ってそれを享受しているだけであった。いや、受け入れているという意識すら、なかったのかもしれない。
そう。
そこには、智里という個は一切存在していなかった。
今、香月夜が自分に何をしているのかすら、気が付いていない。気に留めてすらいない。ただ、薄く死に化粧を施されたような安楽の表情で、何事にも冒される事なく、そこに臥しているだけだ。
ただ、そこに――。
そんな智里の様子に香月夜は、その事に否応なく気付かざるを得なかった。すっと、智里の咽喉元から視線を反らす。ほんの僅かだけ、目を細める。いたたまれなさそうに、顔を歪める。
むしろその苦しげな表情は、香月夜の方が咽喉を圧されているかのようだ。
実際に咽喉を捺しているのは、香月夜の方であるというのに。
捺されているのは、智里の方であるというのに――。
だが、その事に気付いていてなお香月夜は、さらに力を込めるのを、けっして止めようとはしていなかった。むしろ強く、より強く――悲壮に顔を歪めながら、指先の圧力を、さらにいや増していく。
ぎりぎりと音を立てて、香月夜の指が智里の咽喉に喰い込んでいく。咽喉元に、赤黒い爪痕が滲んでいく。それはまるで、何も知らない仔牛に捺し付けていく焼印のようだ。
お前は間違いなく俺のものだと、お前に今こうしているのは、まぎれもなく俺なのだと――そういう証を身体に刻み込むかのような、一方的な契約の印。罪人の烙印。
そして気管がごりごりとたわむ。肉を、潰す。潰れる、瞬間。その時。
――こり。
張り詰めたプラスチック板に弾かれたような、そんな硬質の音を立てて、香月夜の指が智里の咽喉元から滑り落ちていった。支えを失った身体が流れる。勢いあまって、智里の上につんのめりそうになる。肘を突く。
ぴっ――。
そんな流れた指の先に、軽く――ほんの軽く、薄布を切り裂くような違和感が走っていった。なぜかその瞬間、ぞくりと甘い電流が、背中から首筋まで這い上がっていく。
見れば、香月夜の長い爪先に引っ掛けられて、智里の咽喉元の薄皮が一枚、数センチくらいの長さで裂けていた。見るみるうちに、ピンク色をした生肉の上に、一条のぷつぷつとした血玉が浮かんでくる。
それは、二ミリくらいの間隔に並んだ、針の先ほどの赤い粒。色鮮やかに彩られた、赤い破線。その艶かしいまでの赤色に、香月夜はしばしの間、目を奪われ――そして、はっと打たれたように我に返る。
錯綜する意識の中で、どうにか現状を認識する。
眼下にあるのは、相変わらず無表情のままで、一人静かにベッドに横たわっている智里。その身体に覆い被さっている自分。
そして、指先にこびり付いている、ほんの僅かの皮膚片――智里の肉体の一部。半透明の、ほんの一ミリにも満たないほどの肉の欠けら。
香月夜は、つい先ほどまで自分が何をしていたのか、その事すらまったく信じられないようなそんな驚愕の面持ちで、己の指先を、ただ茫――と見つめていた。そしてそこと、今しがた自分が付けたばかりの、智里の咽喉元の傷跡との間とを、おののくように視線を二、三度、さ迷わせていく。
もちろんそんな事をしても、目の前の現実が変わるような事は、一切起こりえなかった。夢であろうはずもない。歴然とした事実が、そこにあった。
――だが、智里は。
智里は、己の肉体が傷付けられたというのに、それでもなお、未だに目覚める気配を見せようとはしてくれなかった。まったく今までと変わらぬ様子で、呼吸に合わせて、緩く胸を上下させているだけだ。
その事に香月夜は、ひとまずほっと安堵の溜め息を漏らし――またそれと同時に、ここまでの事をしても気付きさえしない智里を思い、苦渋の入り混じった自虐的な笑みを、一つ、頬に浮かべた。
そして、香月夜は。
僅かに己の口元を歪ませると、智里の肉片の付いた指先を、そっと、口の中に含んでいったのだった。
ゆっくりと舌先で、爪の間にこびり付いたそれを丁寧にこそげ落とす。歯列と舌先との間で、じっくりとそれをこねまわす。僅かな量ではありながら、間違いのない智里の肉片をねぶり味わう。
当然それは、味が感じられるほどの分量ではありえなかったのだが、香月夜の舌先の感覚はそれを、神の肉片、マナにも匹敵するほどの甘さに感じとっていた。
むろんそれが、偽りの味覚という事は、香月夜にもよく分かっている。だが、それが分かっていてなお香月夜は、執拗に智里の肉片を、味わい続けていったのだった。
ぴちゃぴちゃと水音を立てて、智里の細胞片を舌で転がし、潰し、滲み出る体組織液をすすり味わう。
そして、その行為が香月夜の理性を剥がしていくきっかけになったのか、香月夜はそれだけでは飽き足らずに、血玉の浮いた智里の首筋へと、そっと、唇を押し当てていったのだった……。
香月夜が、唇で傷口を包み込むようにして、ちろちろと舌先で生の肉を舐めていった。
ぴりぴりと、舌先に刺すような痛痒感を感じる。今度こそ、間違いのない智里の体液――血の味だ。甘い香りが、香月夜の口内に広がっていく。
僅かに塩く、また鉄臭いそれは、やけに甘美な味わいで、その痺れるような感覚が、否応なく香月夜の心と、そして身体をも興奮させていった。
香月夜は、傷口にたっぷりと唾液を塗りこみながら、智里の頭を抱え込むようにして、徐々に智里の咽喉元、その頂きへと舐め昇っていった。そこを舌先でこねるように、そして包むように、香月夜は智里の咽喉を、ゆっくりと嬲りねぶり回していく。
それはまるで、母親が仔猫をあやしているかのようで――ごろごろと咽喉を鳴らしながら、気持ちよさそうに寝そべる仔猫を、丁寧に毛づくろいしている母猫のようでもあった。
智里の咽喉元に口付けていた香月夜が、ふと、何かに気付いたように顔をしかめた。
そこには、ほんの僅かではあるけれど、先ほどの香月夜の指を弾いた圧力――間違いない――肉の引っ掛かりが、香月夜の舌先に、確かな感触として感じ取られていた。
生ゴムのような弾力を持ったその頂き。不完全な雄のシルシ。
みずみずしい透明感を伴った、智里の声の源だ。
智里の、声。
ひっ……ぅん……。
ふと香月夜の思考野に、つい一時間ほど前にベッドの上、この場所で行われた、香月夜と智里との、生々しい情景が浮かび上がってきた。
すすり哭いているような、それでいて謳っているような智里の声。それを奏でているのは、まぎれもない香月夜の指や舌先――そして器官。執拗に智里の表面を這い回っては、また、内部にも差し込まれている。
淫蕩に溶ろけた身体。すがりつくような視線。
自分の全てが、智里の中で絞り包み込まれている。暖かくぬめって窮屈な、智里の中。
香月夜はそれを思い浮かべるだけで、自分の股間に熱がこもっていくのを、改めて感じずにはいられなかった。奇妙なまでの納得感が、すとんと胸に落ちていく。
さっきまで智里の中で熱くぬかるんでいたそれが、徐々に硬くそそり立ってくる。
鼓動も早くなっている。
まるで、想像の智里の声が、直接、香月夜の脊髄を擦り上げているような感じだった。ヴィジュアルがストレートに、脳裏に浮かび上がってくる。
智里の苦しげに歪められた表情。どうしても堪えきれずに漏れる声。腕に抱え上げられた智里。その薄い胸を這い回る指先。
一つ腰を突き入れるたびに、智里は全身の息を吐き尽くすかのように喘ぎ悶える。
そのイメージが、さらに香月夜の肌を粟立たせていった。
腰を、ゆっくりと振り始める。振動とシンクロした智里の声が、香月夜の腰骨から延髄の先まで、じわりじわりと駆け上っていく。髄膜を震わせながら、智里の声が鳴り響いていく。ぷるぷると、ゼラチン質の髄液が揺れては踊る。
骨の間をせせくるように、しゃぶるように、智里のすすり上げる声が、香月夜の身体の隅々までもねぶり回していった。わき腹から肋の先まで、数え切れないほどの天使の舌先が、こびり付いた肉片を丁寧にこそげ落としていく。どうしようもないほどに、甘やかすぎる響きだ。
もし、いまわの際に天使が歌う賛美歌というものがあるならば、まさしくこれがそうなのかもしれない。
そんな想いを胸に、香月夜は思わず、智里の身体をぎゅっと強く抱きしめていった。荒々しく猛った自分のものを、智里の腹部に押し付けていく。
柔らかな脂肪に包まれる己の肉体。その感触に、それがまた一段と雄々しく膨らんでいくのが分かる。
「――?」
それを感じてか、また智里が無意識のうちに眉根を寄せた。智里の睫毛が、ふるふるとうち震える。
月の光に照らされたそれは、しなやかな猫科のひげを想像させるほどに、細く、長い。艶やかな黒色。漆黒のオニキス。猫目石。
くねらせている身体の動きも、まさに猫科のそれだ。
もっとも智里の身体には、明らかに自分の体温より高いものが押し付けられているのだ。無理もない。
だが、そんな風に悩ましげに身体をくねらせる智里を眼下に、香月夜は、そのままの勢いで腰を動かしてしまいそうになるのを、必死の自制心で押さえ込まねばならなかった。
智里をぎゅっと抱きしめる――そして、自分のいきり立ったものを擦りつける――そんな甘美な囁きが、堪えがたく香月夜の心を揺さぶっていった。
いや、擦りつけるだけでは、香月夜はもはや満足できないのかもしれない。
仮にそうしたところで、どうせ智里はその事にも気付かずに、ただマネキンのように横たわっているだけなのだろうから。
それならば、いっそ。
――それならば、いっそ。
香月夜の思考に、密やかに悪魔が囁きかけた。
智里のこの柔らかな腹部、そこをすっと切り裂いて、これ、この硬く尖った陰茎を突っ込んだなら――そうすれば智里も、自分に気が付いてくれるだろうか……?
香月夜は自分の陰茎が、まるで温められたバターナイフのように、すっと智里の腹部に吸い込まれていくところを想像した。それだけで陰茎が、一回りも大きく膨らんでいく。
血まみれになった陰茎を、まだとくとくと血が溢れ出している傷口に押し当てていく。ゆっくりと、だが確実に腰を押し進める香月夜。生々しい傷を押し広げながら、さらに肉塊を埋め込んでいく。
血と肉と脂肪層とに陰茎が包まれる。智里の熱の残滓を味わい尽くす。
その感覚は、まだしばらくは暖かい。むしろ、抜き差しするたびに絡まりつく血潮は、煮えたぎるように熱いくらいだ。
香月夜はそんな、徐々に冷たくなっていく身体を固く腕に抱きながら、狂ったように己の腰を、智里の腹部に打ち付けていった。
ぐちゃ――ちゃぷっ――ねとっ――。
そんな擬音を伴いながら、固まりつつある赤い血糊と、つぶつぶにこぼれる黄色の脂肪とに、陰茎をまみれさせていく。何度も何度も、繰り返し智里を冒していく。
もはや何度となく達しているはずなのに、香月夜の陰茎は、一向にその勢いを衰えさせる事を知らない。いや、むしろそれは、智里の生肉の精気を吸って、より凶悪に猛っているかのようだ。
うずくまった熱が、身体中にまとわりついて離れない。
精液と血と脂肪の入り混じったマーブル状のペーストが、香月夜の陰茎に絡み付いては、またさらなる射精を引き出そうとする。香月夜はその欲望に引きずられるがまま、もはや何度目か数え切れないほどの射精に向かって、幾度となく腰を打ち続けていく。
振動のままに、智里が揺れる。智里の肌にこびり付いた血が、パラパラと乾いてシーツに落ちる。動く事のない智里を抱きしめて、香月夜は一人、いつまでも身体を揺らし続ける。智里はもはやうつろに目を見開いたまま、香月夜の動きに身を任せるだけだ。
その胸はもう刻を打つ事はない。その腕も香月夜を抱く事もなく、だらりと垂れ下がったままになっている。
その事に香月夜は、二度と取り返しのつかない事をしてしまった絶望感と――そして、それ以上に限りない喜悦を覚えながら、そのままの勢いで腰を振り、さらなる絶頂へと駆け上っていく。
一気に欲望が駆け上がる。吹き上がる。
上がる上がる。
出る。
噴出――大量に噴出する。
肉を押し広げ、脂肪層を掻き分けて、大量の精子が智里の腹膜へとぶちまけられる。
全身を貫く、圧倒的なまでの快感。
快楽。
そして、身を切られるような――心が剥げ落ちてしまうような喪失感。
そんな、愛憎入り混じった感情の奔流に身を震わせながら、香月夜に、これまでにないほどの征服感と安堵とが訪れる――そんなイメージ。
香月夜はこの、猟奇的とも陵辱的とも言える想像を、心のおもむくまま実行したいという熱い陰りを、智里をぎゅっと抱きしめる事で、必死になって堪えねばならなかった。
智里の頭をきつく抱きしめる。まるで、貧者が聖者に赦しを乞い願うかのように、首筋に思い切り頬を擦り付ける。
想像してしまった自分を許すとか許さないとか、そういう問題ではありえない。ただ、この恐ろしいまでに甘美な誘惑に囚われた自分を、無理やりにでもそこから振りほどこうかとするように、香月夜は必死になって智里の首筋へとすがり付いていった。
と、その時。
「――したいの?」
そんなぽつりとつぶやくような声が、香月夜の耳にするりと入り込んできた。
瞬間、香月夜の機能が全て麻痺した。
狂乱の熱から、いきなり極寒の闇の中に叩き落とされたような感じがした。心も身体も、一瞬にして凍り付いていく。身体中に、嫌な感じの冷たい汗がじわりと湧き出――瞬時にそれが引いていく。
思考が硬直する。心が冷える。冷えていく。
もちろんそれは、先ほどからあれほどまでに熱望していた智里の声であった。けして他人とまごう事のない、そんな事はありうるはずもない、鼓膜を柔らかく包み込んでくるような智里の声。
なのに。
それなのに。
そんなにも恋い焦がれ、空想の中でさえ、あれほど身を蕩けさせていた智里の声なのに――なぜに今は、こんなにも心を凍えさせるのか。
心を絞り上げるのか。
その理由は、もちろん香月夜には分かっていた。分かっていた。間違いなく。香月夜の考えている通りだった。
だが、それが分かっていてなお、香月夜は。
混乱した思考の中、せめて表面だけでも取り繕おうとするかのように、凍て付き強張った表情を、無理やり捻じ曲げ、なるべく冷静に保とうとしていた。
それが、己すら騙しきれない事を自覚しながらも。
ゆっくりと、声を紡いだ。
「智里……? 起きてたのか?」
かすれた声が、咽喉を重く通り抜けた。絶望の入り混じった昏い視線が、暗がりの中、智里をじっと見下している。
――智里は、香月夜の声にゆっくりと目を細めながら。
「ううん、今起きたとこ」
そう言って、軽く目をしぱたたかせていった。目元をごしごしと擦る。ふぁふ、と、あどけなく、あくびを咬み殺したりもする。
まだ、意識の半分くらいは、夢の中に飛んでいるような感じだった。
眠たげに目を擦るその様子は、まるでつい今しがた、濡れ縁で昼寝から覚めたばかりの仔猫のようだった。惰眠を充分にむさぼった幸せぶりが、その満ち足りた表情に現れている。
どうやら、本当にたった今、目覚めたばかりのようだった。
「そうか……あ、悪い」
香月夜は、その智里の様子に幾分ほっとしながら――その、ほっとしてしまったという自分自身の心の動きに、幾分の後ろめたさを感じつつも――今さらながら智里に覆い被さっている自分に気付き、慌てて身を剥がそうとした。
だが、香月夜のそんな動きに、智里はすかさず反応していた。するりと香月夜の背に腕を回し、香月夜に、けして離れる事を許そうとはしない。
「あっ……おい」
あたふたとうろたえる香月夜をよそに、くすくすと軽い笑みを漏らしながら、智里が言った。
「いいよー、このままで」
そう言って、ぎうと香月夜を抱きしめてきた。目を細めて、軽くほおずりをしたりもする。
当然そんな事をされると、香月夜の硬く火照っているものが、智里の腿に強く押し当てられると結果になる。慌てて腰を引こうとする香月夜に、そうさせまいと智里が脚を絡める。
「こ、こら智里、止めろって」
「いーじゃん、香月夜」
「やっ、ヤバいって……お、おい!?」
「ヤバいって、何が? ふふっ」
「だ、だから腰、押し付けんなって……智里っ!?」
ベッドの上ではそんな、雄猫同士がじゃれあうような他愛のない争いが、しばらくの間、繰り広げられていた。
もっともこの勝負は、かなり香月夜に分が悪かった。
むろん体力的には、身長が百八十センチ近い香月夜と、百六十センチ半ばで、むしろなよやかな体型の智里とでは、比較するまでもないのであったが、それゆえに余計、香月夜としては本気で智里を組み伏せるような真似はしづらくもあった。
また、先ほどからの思いが、香月夜の心の中に昏いヴェールを掛けているというのもある。
その結果――。
「……」
そこには軽く息を荒げながら、それでもしっかりと香月夜を自分の胸に抱いた、智里の姿があった。満足げに、香月夜の髪に頬をすり寄せている。
香月夜のものはまた、元の通り、柔らかい智里の腿の内に包み込まれていた。智里のものは、まだ柔らかいまま、香月夜の腹筋で押し潰されるようにして挟まれている。
そんな智里の顔を見てられずに、思わずそっぽを向いてしまった香月夜に、智里はくくっと、底意地の悪い笑みを浮かべた。微妙に身体を揺らしながら、智里が言う。
「香月夜の身体って、暖ったかいね」
「……ばか」
そんなありきたりの言葉にさえ、ぴくっと反応してしまう、自分のもの。そんな自分に、余計に智里の顔が見づらくなった香月夜が、さらに智里から顔を背けていった。智里は、さらにくすくす笑うと、そんな香月夜をあやすかのように、やんわりと香月夜の頭を抱え込んでいく。
すりすりと、頬を香月夜の髪にすり寄せる。そっと、香月夜の頬を撫でる。
智里の指が、心静かに香月夜のうぶ毛を慰撫していく。
「……ぅ」
思わず香月夜の唇から、かすかに湿度を含んだ吐息が漏れていった。
柔らかなその指使いを通して、智里の暖かい波動が、香月夜にじんわりと流れ込んでいった。ほのかに香り立つような、森林で深呼吸した時に感じる生命の息吹。瑞々しく溢れるフィトンチッド。ふいに、そんなイメージが浮かんでくる。
智里の肩口に押し当てられている耳からも――とくん――とくん――急に心臓が鼓動を打ち始めたような、そんな音が聞こえてきたような気がした。まるで、おとぎ話の姫君が、永遠の眠りからようやく目覚めたばかりみたいに。
今、再び心臓が動き出したなんて――けして、そんなはずはないというのに。
そしてしばらくの間、そんな疑念を打ち消そうとするかのように、智里の胸の音に耳を済ませながら、お互いの体温を感じ合っていると。
ふいに。
「ねぇ、香月夜?」
智里の落ち着いた声が、するりと香月夜の耳に滑り込んできた。
「ん?」
智里の身体に身をゆだねて、ゆったりとまどろみの中に落ちていた香月夜が、そんな、ぬるま湯のような生返事を返した。その、香月夜の生温そうな返事に、智里が可笑しげに咽喉を鳴らす。
そして智里は、軽い含み笑いを浮かべながら、香月夜の耳元に唇を寄せると、いたずらっぽそうな口調で、そっと囁いていった。
「また、したくなっちゃった?」
「え……あ、う……」
あまりにもストレートで、かつ的を射すぎた智里の台詞に、香月夜は一瞬、言葉を失っていた。落ち着かなさそうに、目を左右に踊らせる。
香月夜を胸に抱いた智里に、その表情が見える訳もないのに、智里はまたしても、くくっと咽喉を震わせて笑った。その声が、自然に香月夜の頬を熱く染める。
香月夜としても、先ほど――智里が目覚める前の自分――吐き気がする――ほど、狂的に切羽詰っているという訳では、もちろんなかったのだが……智里に頭をかき抱かれ、智里の匂いを感じて、智里の鼓動を聞いていて、それでいて香月夜が、生理的に興奮していないはずがなかった。
むしろ香月夜の心臓は、一定の速度で動きながらも、さっきよりもハイテンションに時を刻んでいる。太ももで柔らかく包み込まれた香月夜のものも、相変わらずびんびんにさかっている。それは、智里が微妙に腰を動かすたびに、とろとろに甘い悦楽を、香月夜の脳にダイレクトに送り込んでくる。
「その……何だ、智里……うっ!?」
そんな、ぬるま湯でふやかされたような思考の中、何とか言葉を探そうとしていた香月夜の脳に、ふいに冷水を浴びせかれられたような、直接的な刺激が走っていった。
思わず咽喉から声が漏れる。息を呑む。
智里の太ももに挟まれていたはずの股間が、急に冷やりとした感覚で包まれたのだ。
ものを包み込んでいったその冷たさが、次第に猛った肉の熱を吸って、だんだんと温度を同化させていった。そして、溶ろけるようにそれと一体化していっても、変わる事のない、適切なまでの絞り具合――智里の手のひら。
智里の指が、香月夜のものを柔らかく締め上げている。
「これ」
その肥大した雁首を擦り上げるように、智里がやんわりと手を上下に動かしていった。指のリングで弾かれる、肉鰓の感触。図らずも香月夜が声を漏らす。
「うっ……はっ……」
息を呑む。苦しいほどの快楽が、香月夜の咽喉を詰まらせていく。
「我慢しなくていいよ、こんなに硬くしてるくせに――さっき出したばっかりなのに、香月夜ってホント、元気だよねー」
言葉でも香月夜を嬲るように、含み笑いを浮かべながら智里が言った。
それでいて智里は、けして指の動きを止めようとはしなかった。慣れ親しんだ香月夜のものを、ひとつひとつポイントを確かめるかのように、絞り、握り、擦り上げ――確実に高ぶりへと導いていく。
そのたびに香月夜の腰が、意思とは関係なしにびくんびくんと跳ね回る。行き場のない快感が、香月夜の腰に溜まっていく。
「智里、やめ……」
上ずった声で智里に呼びかけても、その言葉にはまったく説得力が欠けていた。智里ももちろん、指の動きを止めたりはしない。
かえって、囁くように香月夜の耳元で謳い上げる。
「だからいいよ――しても。香月夜の、好きなようにしていいんだよ……」
耳元を指が這い回る。舌先が耳の先端に触れる。
「ひぐっ!!」
電流に打たれたように、香月夜の身体が反り返る。
「だって」
こり、と甘噛みする。
「ああ……」
「香月夜と、ずっと……ずうっとこうしていたいから――」
智里の尖らせた舌先が、ぺちょぺちょと濡れた音を立てて、香月夜の耳襞を丁寧についばんでいった。こもったような水音が、香月夜の聴覚を徐々に冒していく。
湿った吐息と智里の透明な声が、香月夜の鼓膜を甘やかに震えさせていった。うぶ毛をそっと撫でられていくような微細な振動が、直接脳髄を溶ろけさす。
何も考えられない。
理性も自責も疑念も――智里とこうしたいという気持ち、それ以外の邪魔な思い全てが、舌に絡め取られた淡雪のように、跡形もなく消え去っていく。智里の魔法。
「智里――」
香月夜は腕を起こすと、覆い被さるように智里の顔を見下ろしていった。
月明かりで、智里の顔が柔らかく照らされている。それはやはり、透き通るような白さで。
それでも、僅かに火照った頬の桜色と、艶やかに濡れて光る智里の瞳が、けして人形などではない、生身の肉を持った智里として、より一層、艶やかに智里の顔を彩っていた。
薄紅を引いたような唇から、智里の甘い誘惑の言葉が漏れる。
「ねぇ、香月夜。キスして?」
その魔力に引かれるように、香月夜の唇が、ゆっくりと智里のそれに重なっていった。迎えるように突き出された、智里の舌先を吸い込むように、半開きの唇の中に、思いのたけをねっとりと侵入させていく。
「んっ……ん……」
重なり合った唇の端から、唾液が一筋、つっ――と垂れていく。智里の頬を滴り落ちる。
口腔の中では舌そのものが、まるで独立した軟体生物のように、互いに身を絡ませ合いながら、溶ろけた粘膜を吸い合っていた。唾液を交互になすり付け合いながら、相手の舌を消化して、それと自分の粘液とを、どろどろに混じり合わせようと蠢いている。
その溶ろけた甘露の蜜を、貪るように吸い合う。それはまるで、尽きる事のない神々の楽園の泉のようで――水蜜桃、ネクター――至福の味わいが、ねっとりと香月夜の咽喉を潤していった。
「ん……あふぅ」
漏れるでもなく、熱い吐息が二人の唇を焦がしていく。息をするのももどかしげに、さらに互いの唇をきつく吸い合う。呼気を吸い尽くしていく。
酸欠でぼーっと痺れた頭に、快感だけがダイレクトに流れ込んでくる。
そのまま、どれだけの時が経っただろうか。二、三分――いや、もっと長く――時が止まるほどの時間と空間。
ようやく香月夜が唇を、そっと智里のそれから外していった。はふ、と、魂が抜け落ちるような溜め息をつく。智里を見つめる。
「香月夜――」
そこには、聖母のような笑みを浮かべた智里と、淫婦のような笑みを浮かべた智里、この二人の智里が、まるで矛盾なく混じり合って存在していた。
真っ赤に彩られた舌先で、濡れた唇をぺろりと舐めまわす。唇を開く。
「ねぇ、もっとキスして……身体中に、香月夜の痕をいっぱい付けて」
そう言って智里は、香月夜が応える間もなく、自分から唇を押し付けてきた。
柔らかい唇。香月夜に絡みつく智里の舌。
香月夜はその、自分のものとも智里のものともつかない唾液を、たっぷりと舌先にまとわりつかせながら、智里の身体のそこかしこに、自分の痕を付けるかのように、キスの雨を降らせていった。
「ああ、そこ……そこも」
唇から顎、咽喉元から首筋へと、香月夜の唇が、てらてらとその痕を光らせていった。ゆっくりと這い下りる。道程を記すかのように、時折、唇を押し当てては軽く吸う。薄桃色の吸い痕を残す。
「……うくっ」
智里が軽いうめき声を上げる。
首筋の、先ほど傷付けたばかりの傷跡にも、唇をつける。すでにそこには血は滲んでいないものの、それでもそこを味わい尽くすように、丹念に舌先を這わせていく。
「ああぁ……香月夜、それいい」
そのくすぐられるような痛痒い感覚に、智里が痺れるような声を上げた。
香月夜もより一層、智里のよい声を引き出そうと、舐める舌先に力を込めていく。裂けた肉をほじくるように、傷口に沿って舌を這わせる。
「ひぃ……ひくっ……うんっ!!」
智里が眉根をしかめながら、いやいやとむずがるように首を振った。それに振りほどかれるように、香月夜の唇が外れる。
しかしそれが、必ずしも嫌がっての事ではない事を、智里の股間にそそり立ちだしたものが、はっきりそれと示していた。香月夜もその事を、自分の腹部でしっかりと感じ取っている。
香月夜は少し身体をずらして、智里のものを天へと露出させた。まだそれは、完全には立ち上がりきっていないものの、それでも己をぴんと主張させていて、浅い角度を保ちながら、ふるふるともの欲しげに身を震わせていた。
香月夜はそれを、右手でそっと包み込むと、愛おしげに上下に擦り始める。
「ひあああぁ……っ!?」
智里が背筋をぴんと反らした。浮いた手が苦しげにシーツを掴む。
「あ……あっ……くっ……」
目をぎゅっと瞑り、与えられる快感に必死で耐えようとする。それでも耐え切れずに、漏れてしまう吐息。断続的に智里の唇から溢れ出していく。
香月夜はそんな智里の様子を、熱いまなざしで見下ろしながら、智里の薄い胸板に、幾度も幾度も、嵐のようにキスを降らせていった。
「んあっ……はっ……んっ!!」
何枚もの桜色の花びらが、春の嵐で一気に智里の胸に散らされていった。先ほど付けたばかりの、すでに色褪せはじめた散華の上に、また新たな花びらが降り積もっていく。そのたびに智里はうぶ毛を逆立てて、ひくひくと身体を震わせていく。
香月夜は、よりいっそう色づいている、桜の実にも唇を寄せていった。
「くあああああっ!!」
米粒大に尖ったそれを舌先で弾くたびに、智里は、嬌声とも悲鳴ともおぼつかないような、甲高い声を上げて悶えていった。その先端は、小さいながらもきちんと硬度を保っていて、尖りを下側から舐め上げてやるだけで、ざわつくように皮膚が震え、回りのつぶつぶが怖気立つように尖り出すのが、香月夜の舌先には、はっきりと感じられた。
智里も口の端からよだれを垂らし、がくがくと何度も身体を引き攣らせている。
香月夜は、智里の乳首を転がすように何度も舐めしゃぶりながら、すでに硬く尖ってしまっている智里の陰茎を、壊れ物でも扱うように繊細に、それでいて大胆なストロークで擦り上げていった。
香月夜のものと比べても、さほど見劣りしないほどのそれは、熱い飛沫をまとわりつかせながら、ねちねちと湿った音を立てて、より一層熱く膨らんでいく。
「やっ……いいっ、それいいっ……やめっ、やっ、香月夜ぁっ!!」
智里は、胸にきつく香月夜の頭を抱き締め、いやいやと激しく頭を左右に振りながら、激しく悶え苦しんでいった。もちろんいやと言いながらも、香月夜の頭を押し付けた手を、智里はけっして離そうとはしない。
香月夜は、顔を智里に押し付けられるがまま、胸に合わせた舌先を、れろれろと幾度となく回転させていった。指の方も、粘りを指全体にまとわりつかせたまま、その速度を緩める事なく、しゅこしゅこと智里を擦り上げていく。
押し付けられた頬に、びくんびくんと不随意の痙攣を感じる。耳を焦がす息も荒い。智里はもう、一度目の限界が近いのかもしれない。
それならばいっそ――と、さらに指の動きを早めた香月夜に、泣きそうな声で智里が懇願した。
「やぁ……香月夜ぁ。指だけじゃ……や。香月夜の――口で、口で……お尻も一緒に……してぇ……」
はしたなくも智里は、今まで以上に激しい快楽を香月夜に請い願っていた。
もちろん香月夜にも異論はなかった。ずり下がるように智里の股の間に身体を移すと、湯気を孕ませて赤黒く腫れ上がったそれを、躊躇なく口の中へと含んでいく。
「あああっ!! 気持ち、いい――っ!!」
智里が、感極まった叫び声を上げた。
香月夜は歯を立てないように注意しながら、唇で智里のものをしごき上げていった。
青臭い匂いを放つそれは、香月夜の舌の上でやけに甘美で、間違いなく硬いはずなのに、その感触はレアステーキのように熱く柔らかく、香月夜の口の中で溶けていった。
先端から滴り落ちる肉汁を、香月夜は音を立てて吸い上げていく。吸っても吸っても、先端からは熱く煮えたぎった先走りが、次から次へとほとばしっては止まらない。
香月夜は、喘ぎ悶える智里の顔を見下ろしながら、智里の脚を抱え上げていった。
ほかほかと湯気を立てる股間の奥では、智里の褐色のすぼまりが、ひくひくともの欲しげにヒクついているはずだった。そんなものは見るまでもない。分かりきっている。
だから香月夜は、それを確かめもせずに、口の端から溢れ出して智里の陰茎を伝っている唾液で、丹念に指先を濡らすと、おもむろに智里の後ろへと、指を二本、差し入れていったのだった。
「ひぁああああっ!!」
智里がいきなり、咽喉を締め上げられたような叫び声を上げた。びくんと香月夜の咽喉を突くように、腰を一つ跳ね上げさせる。
「ああああああ……」
だがそれは、必ずしも苦痛の声ではなかった。なぜなら、何度となく繰り返し使い込まれた智里のそこは、あきれるほどあっさりと、香月夜の指をくわえ込んでいったのだから。
「ひっ……ぐっ……うっ!!」
香月夜は、第一関節まで差し込んだ指の先で、中を擦り上げるようにかき回していった。こりこりと引き締まった筋肉の感覚が、指の腹に感じられる。そこを何度も何度も繰り返し撫でていくと、女性の愛液とはまた粘度の異なった粘液が、じんわりと腸壁から沁み出してくるのが分かる。
そのたびに智里のものが、香月夜の口の中でさらに大きく膨らんでいった。湧き出すように溢れだす、苦みばしった腺液。もう限界がすぐそこまで来ているようだ。
智里ももはや、気が狂わんばかりに悶えよがっている。
「やだっ……!! 香月夜っ、そんなとこ擦られたら――っ、我慢できない……でちゃ、出ちゃうよおおっ!!」
だが香月夜は、そんな智里の訴えにも、一切手は緩めなかった。それどころか、智里の体内で指をひらめかせたまま、空いている左の手で、智里の陰茎を擦り上げていく。先端の部分を口に咥え、雁首を唇でぎゅっと締め付けながら、唾液と淫液にぬめる指先で、智里の幹をしごいていく。
「ああ……だめ……香月夜……ぁ……っ!?」
暴発は突然訪れた。
「くううっ……!!」
何度目かの痙攣の後、智里の腰が、香月夜の咽喉を突き破らんばかりに、一気に跳ね上がっていった。そのまま激しく腰を振る。智里の熱くたぎった欲棒が、香月夜の絞め込んだ唇にキツくしごかれながら、ずぶずぶと香月夜の口内を犯していく。
先端がぴんと引き伸ばされる。尿道口が開く。歯止めが利かなくなったそこを、香月夜の咽喉の粘膜が、包み込むように押し広げる。
途端。
「――っっ!!」
びくん――びくん――!!
頭ごと持っていかれそうな蠕動が、香月夜を襲った。それと同時に、灼けるような熱い飛沫と、むせ返るような青臭い芳香が、香月夜の口内一杯に広がっていく。
脳髄を芯から痺れさすような濃厚な香りが、鼻の奥につんと抜けていく。
ああ――これだ。
何度も慣れ親しんだ、智里の匂いだ。
香月夜はそれを、咽喉の奥、一番深いところで愛おしげに受け止めながら、別のところ、智里に差し込んだ指先、二本の指が、まるで喰いちぎられんばかりにぎゅうぎゅう締め付けられてくるのを、恍惚の面持ちで感じ取っていた。
智里が俺を感じている――俺も智里を早く感じたい。
智里の熱く締まったここに、俺のものを早く挿し入れたい。
智里の溶ろけた後ろの肉を、心ゆくまでぐちゃぐちゃにかき回したい。智里のこのキツキツの締まりを、根元が引き絞られる感覚を、早く俺自身で味わいたい――。
だから香月夜は。
「んあっ!?」
そんな欲望で白く澱んだ思考のまま、智里のものをぐっと唇でしごき上げていった。智里にへばりついている精液を、一気に唇でしごき取る。
歯の裏側に粘りつくそれを、丁寧に舌先でこそげ落し、舌の上で唾液とこね合わせる。じっくりとその味を堪能する。甘露のようなそれを、押し頂くようにぐっと飲み干す。
粘っこい塊が、咽喉をずるりと通り抜ける。紛れも無い智里の味。
「――はふぅ」
吐息を吐いた香月夜の心に、何ともいえない充足感と、それに倍する渇望感とが、うねり合うように駆け巡っていった。
もっとだ――もっと。こんなものでは全然足りない。
智里をもっと感じたい。智里をもっと感じさせたい。
見下ろせば、智里ははぁはぁと息を荒げながら、ぐったりとその身体を弛緩させていた。そのくせ智里のそれは、たった今放出したばかりだというのに、先ほどとまったく変わらぬ緊張感で、股間の上にそそり立っている。
赤銅色に光るそれは、薄白い月の光に照らされて、ぬらぬらと妖しく濡れそぼっていた。かすかに立ち昇る湯気が、まるで淡い陽炎のように、先端でゆらゆらと揺れている。
香月夜は、そんな智里を優しげに見下ろすと、まだ息を荒げている智里に、そっと唇を重ねていった。口内に残っている生命の残滓を、智里と共有する。
「あぅ……ん……香月、夜ぁ……」
ぐじゅぶじゅと唾液を泡立たせながら、ねっとりと舌全体を絡ませていった。互いの歯列を、こそぐように舐めまわす。精液混じりの唾液を、互いに吸い合う。
智里の唾液は、甘く、そして柔らかい。
香月夜はそれを、もっと楽しんでいたいと思いつつも、自分の身体の中心に澱む、痺れるように熱い別の欲求に抗いきれず、そっと唇を外していった。
「あ……」
粘りの強い液体が、智里と香月夜の間に、キラキラと儚い橋を渡らせ――途切れた。
そしてそこには、唇を半開きにしたまま、瞳を濡らして弛緩している智里。香月夜はそっとその腰を掴んで、力の入らない智里を、ころんと俯伏せに転がしていく。
「んんぅ……」
智里は顔をベッドに押し付けながら、肯定とも不満とも取れるような、そんな微妙な温度の溜め息を漏らしていった。とは言えそれ以上は智里は何も言わずに、僅かに背中を上下させながら、息を整えているばかりである。
だから香月夜は、さほど抵抗もなく、後ろから智里の脚を割っていった。力なく崩れ落ちている智里の腰を抱え上げると、脚を押し広げ、その間へと身体を押し入れていく。智里の内ももに手をやる。
「あふっ……!!」
智里のそこは、まるで愛液でも滴らせたかのように、汗でじゅくじゅくにぬめっていた。粘り気の強いそれを、ローションのように手のひらにねっとりと絡みつかせながら、背後から智里のもの――会陰――肛門を、ゆっくりと擦るようにマッサージしていく。
時折、智里の先端の方まで手を伸ばしては、性懲りも無く溢れ出している先走りを指に絡め、竿や袋に、揉み込むようにまぶしていく。ねちねちと音を立てて擦っていく。
「あく……ん……んぅ……」
そのたびに智里の肛門は、嬉しそうにひくひくと、すぼまってはまた開いていった。その回りを彩る襞も、沁み出してきた汗にまみれ、露となって零れ落ちそうなほどに濡れそぼっている。
そろそろ頃合か――というより、香月夜にはもう我慢がならなかった。
香月夜は、智里の背中に圧し掛かるようにして、耳元に唇を近づけると、かすれたように熱い息で、智里にそっと囁いていった。
「入れるぞ……いいな?」
――こくん。
無言のまま、ベッドに突っ伏している智里からは、何の表情も見取れなかったが、それでも僅かに顎を引いたのを、香月夜はけっして見逃したりはしなかった。
香月夜は身体を起こすと、先ほどからもうどうしようもないほどに猛っている自分のそれに、智里の内ももに浮いた粘り気を、たっぷりとまとわりつかせていった。張りのある表面が、べっとりと智里の体液で覆われていく。そのぬめりだけで、香月夜は自分自身の感度が、何倍にも増したように感じられる。
そして香月夜は、昂ぶるそれを押さえ込むように、先端を下に向けると、ひくひくと息づいている智里のそこ、後ろの穴に、赤黒く尖った先端を、ゆっくりと挿し入れていったのだった……。
「ん――っ」
にちっ。
そんな粘っこい音を立てて、先端がほんの数ミリほどだけ、智里の中に埋まり込んでいった。それだけで智里の襞は、香月夜のものを吸い込もうとするかのように、ふるふると細かく蠕動する。香月夜の先端を柔らかく内側から掻いていく。
その感触に、香月夜の背筋がぞわりとざわめく。早くも達しそうになる。
香月夜はその誘惑を、必死の面持ちで堪えながら、先端が固定された事を確認すると、少しでも抵抗を和らげようとするかのように、智里の双丘に手を添えていった。外向けにそれを、軽く押し広げる。引っ張られた智里の後ろが、ぱくっと物欲しげに口を開ける。粘膜が擦れて、ねちゅっと湿った音を立てる。
そして、香月夜は。
「いくぞ、智里」
今度こそ香月夜は、智里の返事も聞かずに、ずっ、と腰を押し進めていった。
「ん……はあっ!!」
智里の背がびくんと震えた。肺の底から、声が空気ごと押し出される。
「はあっ……ああっ……」
一気に息が荒くなって、はぁはぁと、渇えた犬のような喘ぎを漏らす。
だが智里のそれは、けっして香月夜の行為に苦しんでのものではなかった。あくまでもそれは、腹の中に異物を埋め込まれた事による、生理的なものだ。むしろ智里のそこは、呆れるほどあっさりと、香月夜のものを受け入れていたのだから。
それでも香月夜は、間違いなく自分の分身に、身を絞られるほどの圧倒的な圧迫感を感じ取っていた。ぬるりと先端が入り込みはしたけれども、智里のそこは、相変わらずキツキツに香月夜自身を締め付けてくるのだ。
一杯に引き伸ばされた襞が肉鰓を乗り越え、すっぽりとくびれを咥え込んでいく。こりこりとした括約筋が、香月夜の先端を包み込む。
まだ香月夜のものは、先端部分しか埋まり込んでいなかったのだが、智里のこなれたそこは、香月夜が僅かに力を込めただけで、自ら誘うように襞が伸縮して、香月夜をさらに奥に迎え入れようと、緩やかに前後に蠢いていた。そのたびにぞわぞわと、微妙なバイブレーションが香月夜自身に伝わってくる。硬質ゴムで神経を直接擦られるような快感が、香月夜を襲う。
「く……うぅ」
思わず香月夜が、うめき声を上げた。
いつもの事ながら、智里の具合は本当によかった。痛いほどに引き絞られた入り口のこの感覚は、絶対に女では味わう事ができないものだ。
それも、よいのはその入り口だけではない。今味わっている、入り口のキツい締め込みを乗り越えたなら、その先にはまた感触の異なる内壁が、じんわりと香月夜のものを包み込もうと、てぐすね引いて待ち構えているのだ。
香月夜は、早くそれを味わいたいと気をはやらせながらも、智里の粘膜を傷つけないように気をつけながら、ゆっくりゆっくり、たぎる肉棒を智里の中に埋め込んでいった。
「あ……あ……あぁ……」
一センチ――また一センチと、一杯に広げられた襞を擦り上げながら、香月夜のものが智里の中へと埋まっていった。そのたびに智里が、胸を詰まらせるような呼気を漏らす。ぎちぎちと、重なり合った陰部が音を立てる。押された肉が、圧力でたわむ。
そしてついに。
「あはっ、はあぁ……」
シーツに顔を押し付けられた智里が、まるで肺の空気を全部吐き出してしまったかのような熱く濃い溜め息を吐いて、身体ごとベッドに崩れ落ちていった。淫蕩に溶ろけた唇の端からは、とろりと粘度を伴った唾液が、湿った息とともにシーツに零れ落ちている。
その智里の中でただ一箇所、割り広げられた臀部だけが、香月夜と繋がっている部分で支えられるかのように、腰高に宙に突き上げられていた。
根元まで香月夜を咥え込んだそこは、色素が薄く見えるほどに広げられていて、それでいてけっして切れてもおらず、生ゴムのような弾力で、ぎちぎちと香月夜のものを締め付けていた。
智里が身を震わすたびに、ぶるぶるとその振動が根元に伝わる。睾丸を痺れ溶かす。
香月夜はその振動に、智里が息を落ち着かせるまで耐えると、そっけないほどに短い口調で、智里に向かってこう告げていった。
「智里――動くぞ?」
「う、うん、香月夜……いいよ、動いてい……やはっ!? やぁんっ!!」
智里の許しを得るや否や、香月夜は最後の腰を、ぐいっと奥まで突き入れていた。
けっして香月夜も、智里にそっけなくしたかった訳ではない。ただ、もはや言葉にするのももどかしいほどに、香月夜のものは焦らされるだけ焦らされて、限界近くまで昂ぶっていたのだ。
香月夜は、固く閉じられた智里のそこを無理やりこじ開けるかのように、細かいストロークで智里の中を、何度も何度も抉っていった。じゅるじゅるにぬめった感覚が、香月夜の幹を擦り上げていく。
根元をぎゅんぎゅんに絞め込んでくる入り口こそ、あまり自由度はなかったものの、むしろその括約筋ごと引きずり込むような感じで、香月夜は幾度となく智里の中を往復していった。
剥き出しになった先端が、じんわりと熱を持った腸壁に包み込まれていた。幾条もの柔毛が、ねとねとと吸い付いては離れていく。それは女の中ほど、ペニス全体を柔らかく締め付けてくる訳ではなかったのだが、根元の引き絞られるようなキツさと、粘液でぬめった襞がまとわりついてくるその感覚は、他の何ものにも変えがたい快感として、香月夜の脳を溶ろけさせていた。
ましてや、それが智里のものだと思うと、余計に。
「やだ……っ、香月夜、激し……いっ」
智里の声も聞こえなくなるほどに、香月夜はただ行為に没頭していた。
だが智里も、苦しげな息を吐きながら、けっして香月夜の動きを拒んでいるという訳ではなかった。むしろその声には、多分に快楽の色が混じっている。
香月夜に突かれ慣れている、智里の中。
香月夜の圧力を、微妙に逃したり反らしたりしながら、それでいて一番、自分が快楽を引き出せるところを、それとなく誘うように香月夜の前にさらけ出している。
その智里の様子は、微妙に手馴れた娼婦めいていて――香月夜はその事にうすうす感づきつつも、より強い快感を求めようと、一心に智里の中を突き進んでいくのだった。
「うあっ、あっ!!」
香月夜に深いところを突かれて、智里が身体を小刻みに痙攣させた。香月夜のものは、もはや、智里の中を縦横無尽に動き回っている。入り口の襞も、ぐじゅぶじゅにぬめって、締め付けの強さは変わらないながらも、その柔らかさはだいぶ自由度を増してきているようだ。
香月夜が腰を動かしながら、背後から覆い被さるように、智里に身体を重ねていく。
身体が密着する。差し込まれたものの角度が変わる。香月夜の唇から漏れる熱い息が、智里の耳朶を焦がしていく。
智里は顔を背けると、泣き笑いのような表情を浮かべて、香月夜に懇願した。
「かっ……香月夜っ!! ねぇ、抱いて……キスして……えっ」
そう言って智里は、香月夜と唇を合わせようと、必死に首をひねろうとした。だが、このように後ろから突かれている格好では、どこをどう足掻こうとも、体位的に香月夜と唇を重ねる事はできなかった。
「ああ……やあぁ……」
それに駄々をこねるように、智里がいやいやと首を振った。顔をベッドに擦り付ける。泣き笑いのまま、きゅっと顔を淫蕩に歪ませる。
そんな仕草が、よけいに香月夜の嗜虐心に火を点す事にも気付かずに。
だから香月夜は、その思いに流されるように。
「ひぐっ!?」
香月夜は無言のまま、さらに深く、智里にものを挿し入れていった。思わず反らした智里の咽喉に、すかさず手を差し入れて、反動を付けて一気に智里を抱え上げる。
「はああっ!!」
咽喉元と、局部のみに身体を支えられたまま、智里の身体が宙に浮いた。そのまま、身体を起こした香月夜の胸の中に、背中向きに抱え上げられる。
抱き締められた智里の身体が、重力に引かれるがまま、ずぶずぶと音を立てて、香月夜のものに沈み込んでいく。
「いやああああああっ!!」
根元まで香月夜に串刺しにされた智里が、初めて苦痛の叫び声を上げた。
「あ……あ……」
がくがくと腰を震えさせながら、掴まるところもない宙を虚しく掻きむしる。背筋をぴんと張り詰めさせ、声にならない悲鳴を上げ続けている。
香月夜はそんな智里を支えるように、咽喉に置いた手のひらに、さらに力を込めていった。智里の位置を慣らすように、ゆっくりと腰を揺らし続ける。
「あぐ……う……」
局部を無理やり貫かれ、咽喉を絞められた智里が、苦しげに首を左右に振った。バランスを崩しかけた香月夜が、より一層強く、智里の頚を掴まえる。その圧力がそのまま、香月夜の根元へと跳ね返ってくる。締まる。
「う……」
香月夜も苦悶に眉をしかめながら、お返しのように智里の咽喉を絞めた。
また締まる――絞める。締まる。絞める。
視界がだんだんと白く真っ白く泡吹いていく。
それはまるで、互いに絡まり合うシックスナインのようで――快楽とも苦悶ともつかないものが、香月夜と智里との間で無限に加速して高め合って、ぐるぐるぐるぐる回っていった。
それは、意識が遠くなってしまうほどの快感。ホワイトアウト。天国への扉。
そこを突き抜けた先、網膜の裏側に、輝かんばかりのピンク色の光が見える。
もう少し――あと一歩――踏み出すだけで――このまま――一緒に。
二人で。
――このまま、バランスを崩さなかったら、どうなっていたのだろうか。
「ごふっ!! げへっ!!」
いきなりの智里のむせ返る声に、香月夜がはっと我に帰った。慌てて、智里の咽喉に置いた手を緩める。
「ごほっ……げっ……げふっ!!」
支えを失った智里が、おもむろに身体を折り曲げて咳き込んでいった。身体を激しく震わせながら、苦しげに息を絞り出している。振動が、ダイレクトに局部に伝わる。
その振動にバランスを崩した香月夜が、智里を抱えた――繋がったまま、背中からベッドに倒れこんでいった。
ごりっ。
「ひあっ……!? うっ、げほっ、げっ!!」
中を強引にしごかれた智里が、さらなる悲鳴を上げて身悶えた。それが再び、智里の咳を誘発していく。香月夜の胸の上で、智里の身体が幾度となく跳ねる。
そのたびに香月夜の根元は、痛いほどの快楽でぎゅんぎゅんと何度も締め付けられていって――その感覚は、少しでも気を抜こうものなら、すぐにでも暴発してしまいそうなほどに強烈だった。
そんな、気が狂わんばかりの快楽をたっぷりと享受しながら、ふと、甘黒い想像が、香月夜の心の襞に、そっと絡まりついていった。
智里がこんなにも苦しんでいるのに、その震えさえも、俺は快感として受け取っている。俺が智里を苦しめている――それがたまらなく心地よい……。
その思いが香月夜を、より深い背徳感へと導いていった。そして、そんな背徳感の自覚が、さらに己の感情のボルテージを高めていく。
「智里――」
湧き上がる感情の赴くまま、香月夜は下から智里をきつく抱き締めていった。まだ息を荒げている智里を背中から抱え、腰を突き上げるように、さらに深く自分のものを押し入れていく。
「あひぃっ!?」
根元まで刺し貫かれた智里が、再び甲高い叫び声を上げた。ようやく落ち着きかけた身体が、もう一度、波打つように大きく跳ねる。
香月夜は、震える智里を両腕でしっかり抱きとめながら、それでも確かなストロークで、抉り込むように智里の後門を犯していった。
「あ……あ……あ……」
ぬちゃぬちゃした腸液が、粘るように香月夜のものに絡み付いてきた。緊張した括約筋が、それを全部こそげ取ろうと、キツキツなまでに絞り上げてくる。それでも智里のそこは、ぬめりよく、香月夜の出入りを許している。
「あぁ……いいよぉ……」
智里の声も、まだ幾分苦しそうではあるものの、そこに香月夜の動きを責めるような響きは含まれていなかった。むしろ、身体を緩やかに揺らしながら、よりしっとりと絡みつくような声で、香月夜の耳朶に囁きかけてくる。
「いいよ、香月夜……何をしてもいいから……どうしてもいいから……もう僕を離さないでぇ……」
うわ言のようにそうつぶやきながら、智里の指が、香月夜の腕を求めてさ迷っていった。自分の腰に回された香月夜の腕に、捨てられそうな子供のようにすがりつく。きつく手首を握り締める。
「離さないで……もう二度と……離ればなれになんかなりたくない……よ」
そして智里は、首を捻って香月夜の唇を求めてきた。懸命に伸ばしあう舌と――舌。ようやく舌先だけが触れ合うような、おぼつかないキスを交わす。
たったそれだけの事なのに、智里は、泣き笑いのような笑顔をこぼす。
ベッドに手を突き、ゆっくりと自ら腰をグラインドさせながら、智里が歌うようにつぶやいていく。
「香月夜と……いつまでもこうしてたい……死ぬまで……死んでもいいから……いっそ殺して……ずっと……うっ!!」
まるで、先ほどからの香月夜の思いを見透かしたかのような、智里の台詞だった。そんな智里の言葉に、胸を突かれた香月夜が、びくんと身体を強張らせる。
「んっ!?」
その動きがさらに、智里の奥を深くふかく抉っていった。智里の肌に爪を立てて、膨らんだ陰茎をさらに奥へと突き進めていく。
「やだ、香月夜……すごく……大き……い」
奥まで埋め込まれた智里が、咽喉を反らして、感極まったような声を上げた。はあはあと、熱い吐息を口の端から漏らす。甘い唾液が、一筋垂れる。
「こんな……おっき……のぉ」
智里の指が、互いに繋がっている部分に伸びた。
根元まで自分に喰い込んでいる、香月夜のもの。それを確かめるかのように、智里は二本の指でそれを、ぎゅっと挟み込んでいった。そして、一杯に広げられた自分の襞、繋がっている場所に、自ら弄るように指先を這わしていく。
柔らかく香月夜の根元を刺激する、智里の指。中とは異なるぞわぞわした感覚が、そこから香月夜の先端に向かって走り抜けていく。
「くうっ……!?」
思わず漏らしそうになった香月夜が、きゅっと肛門を締め付けてそれに耐えた。その結果、さらに一回り膨らんだ陰茎がより一層キツく、智里の中で己の存在を主張していく。
「やっ、また膨らん……でるぅ」
智里が、新しく与えられた快楽に身をよがらせながら、そんな嬌声を上げて震えた。その身の震えが、香月夜のものにも響いて伝わってくる。肉茎にまとわりついた腸壁が、ぷるぷると微細に振動する。それが、何とも言いようがないほどに心地よい。
「くぁあ……」
その痺れるような感覚に、香月夜が長いながい溜め息を吐いた。
智里の指が、踊るように包むように、香月夜の陰嚢を刺激していった。それに呼応するように、香月夜もゆっくりと自身のストロークを取り戻していく。
「ああぁ……香月夜ぁ」
柔らかさと固さとを兼ね備えた結合部から、ぬっちゃぬっちゃといやらしい水音が溢れていった。腸液と汗の入り混じったものが、中から掻き出されては、智里の指を濡らしていく。智里はそれを指にたっぷりと絡め、やわやわと掻き上げるように、香月夜の陰嚢へと塗りつけていく。
指先で転がされる睾丸が、痛いほどに快感だ。
香月夜はその痛みをお返しするかのように、目の前で震える智里の耳たぶに、そっと口付けをしていった。こり、と軽く甘噛みをする。
「ああ……」
智里が切なげな溜め息を漏らした。身体を細かく痙攣させる。
「して……もっとして……」
目をとろとろに潤ませた智里が、自ら腰を動かしながらおねだりをした。
もちろん香月夜に否応はなかった。智里が腰をぐりぐりとひねる。その、咥え込んだ香月夜の肉棒を左右に振り回す動きに抗うように、勢いよく腰を跳ね上げ、智里の中を直線的に貫いていく。互いの動きが相まって、さらに智里の中を三次元的に擦り上げていく。
「ああああっ!!」
腸壁を激しく抉られる感覚に、智里が身体を大きくしならせて身悶えた。
智里の中は、もはやにじみ出た腸液でぐちょぐちょに溶ろけきっていた。香月夜のどんな動きすらも柔軟に受け止め、それに倍する快感へと転化させている。香月夜の先も、吸い付くような智里の感覚に我慢しきれずに、大量の先走りをほとばしらせている。それがさらに絡み合って、ぬちゃぬちゃと淫猥な音を立てている。
「智里……ともさと……もぅ……」
「香月夜……いい……いいよ……もっと激し……くっ!!」
二人の声も、次第に意味をなさなくなってきていた。
そんなさなか、おもむろに香月夜が、片腕で智里の腰を固定したまま、右手を智里のものに伸ばしていった。膨れ上がった智里の肉棒を掴む。
「ひうっ!?」
激しく天を突いているそれは、先から垂れている汁で、すでに根元までねとねとに粘っていた。香月夜はそれを、自分の腰の動きに合わせて一気にしごき立てていく。
「いやっ!! やっ、やあっ!!」
智里が香月夜の上で、半狂乱のように首を振った。
今、自分の身に起こっている事が信じられないように、大きく目を見開いて叫ぶ。よだれが垂れるのにも構わずに身悶えする。その動きは、香月夜の身体の上からずり落ちかねないほどの激しさで――それでも智里は、香月夜に支えられながらも、香月夜のものをしっかりと咥え込んで離さないでいた。
香月夜は、智里のものを引き付けるようにしごいては、腰をぐっと押し出していった。また今度は、逃がさないように智里をしっかり掴みながら、中から自分の腰を引き抜いていく。そのたびに二つの肉棒から、にちゃにちゃと泡立つような音が響き渡る。
それはさながら、互いを喰らい合う双頭の蛇のようで――香月夜の指の締め付けが、そのまま智里の締め付けとなって、ストレートに香月夜のものへと舞い戻ってきていた。
「ひやあああっ!!」
智里がまた激しく、その身体を震わせていった。
震える智里の身体から、大量の汗と体液とが飛び散っていった。それが、香月夜の身体を熱くしとらせていく。
びくんびくんと、智里の身体に不随意の痙攣が走る。その振動が、咥え込まれた部分から、香月夜の体内に伝わってくる。快感が、確実に根元に溜まっていく――。
睾丸が押し上げられる。今にも堤防が決壊する。溢れる。溢れ出す。もうすぐ。もう。
「智里……ともさとっ、いくっ、いくぞっ!?」
「香月夜っ!! いって……出してっ!! 僕も……僕も、いっ……いくうっ!!」
その瞬間、ちぎれんばかりに香月夜のものが引き絞られた。
「くううっ!?」
それが最後の引き金を引いた。
半固形の塊が、一気に香月夜の中を駆け上がっていった。狭い尿道を擦り上げながら、そのままの勢いで、智里の奥に突き刺さっていく。
腸壁に当たる。弾ける。跳ね回る。
熱い飛沫が、香月夜の想いが、智里の腸内に大量なまでにぶちまけられていく。
香月夜の脳裏が真っ白に染め上げられた、その瞬間。
「いやあああっ!!」
びゅくんっ!! びゅくんっ!!
香月夜の手のひらの中で、智里のものがいきなり弾け飛んだ。猛々しい蠕動が、指の中で暴れ狂って跳ね回る。香月夜の指を溶かしていく。
智里の先からは、先ほど瀉したばかりとは思えないほどの大量の精液が、きれいなアーチを描いて、高く天に舞い上がっていった。
それはまるで、智里の身体を突き抜けて、香月夜が射精したかのような勢いで――大量に放たれた半透明の液体が、月の明かりに照らされて、きらきらと智里と香月夜の身体の上に降りかかっていった。
ああ、それはまるで――
暗闇の中、薄亜麻色にきらめく、月の雫。
香月夜はその、幻想的なまでのイメージに身を包まれながら、力の抜けた智里の重みを胸に、意識をすっと闇の中に引き込まれていったのだった……。
――ぴちゃぴちゃと、水のしぶくような音が、香月夜の耳に聞こえてきた。
うっすらと、目を開ける。ぼやけた目に、智里の髪が映っている。ほのかに甘い精液の匂いが、香月夜の回りを包み込んでいる。徐々に五感が戻ってくる。
局部に軽い締め付け――まだ、智里とは繋がっているようだった。さほど、時間は経っていないのかもしれない。
見れば智里は、身体中に散った精液を指で集め、それをすくい、丁寧に舐め取っているようであった。水音とともに漏れる湿った吐息が、熱く香月夜の胸を焦がしていく。
「智里――」
香月夜がそっと、智里の耳朶に語りかけた。
ひくんっ。
反射的に智里が身を固くする。きゅっと差し込んでいる根元が締まる。
「んっ」
香月夜が思わず息を呑んだ瞬間、やんわりとその締め付けが緩められた。
「あ――あぁ、香月夜――起きたんだ」
香月夜と分かったのか、緊張が抜けたような声で、智里が言った。ただ、まだどことなく、とろんと蕩けているような感じでもある。
その、何とも言えない智里の危うさに、香月夜は一瞬、返す言葉を失っていた。
「智さ――」
「ねぇ、香月夜――」
二人の声が重なり合う。
微妙に不透明な色合いを含んだ、智里の声。そんな声色に押し込まれたような格好で、香月夜の方が口をつぐんだ。
「お願いが、あるの」
入れたままの格好で、智里が上半身を捻る。顔を香月夜の方に向ける。香月夜と顔を合わせる。
月明かりに白く照らされた、智里の顔。表情が、まるで見えない。
香月夜をじっと見つめながら、智里が言った。
「これから先、どんな事があっても、たとえ、僕が消えていなくなったりしても――お願いだから僕の事を忘れないで――覚えていて――お願いだから」
それを聞いた香月夜は何も――一言も発する事ができなかった。
智里の目は、香月夜を見ているようでありながら、けっしてその瞳を捕らえてはいなかった。虚ろな瞳は、香月夜の顔を通り抜けて、その先のどこか遠くを見ているかのような――そんな感じが香月夜にはした。
智里が、壊れた時計のように、繰り返しつぶやく。
「お願い――だから」
絶望という名の黒い塊が、香月夜の胸に込み上げてくる。心臓に絡まりついてくる。
香月夜はその、張り裂けんばかりの痛みに胸を締め付けられながら、ただ、きつく智里の身体を抱き締める事しかできなかった。
うわ言のように、智里に囁きかける。
「忘れるもんか」
囁く。
「忘れる――もんか」
それで智里の心が安らぐならば――。
ふわ……ぁ。
ふいに智里が、幼子のように顔をほころばせた。表情が、淡雪のように柔らかに溶けていく。そのままゆっくりと顔を近づけ、香月夜と唇を重ね合わせる。
口内に広がる、智里の味。
香月夜は、それを咽喉奥にしっかりと受け止めながら、智里の甘い香りに包まれて、勢いを取り戻しつつある自分のものを、再びゆっくりと、智里の中に挿し入れていったのだった……。
おしまい