■後記(02.11.29)
「ピノッキオ」にはその後幾度となく伺っています。村上春樹氏の言うとおりに「小さなレストラン」ではあり、混んだ時間帯には奥の大テーブルで他の客と相席となることもあろうとも、つねに標準以上の味、そして標準以上のサービスを提供してくれます。ピザの味わい深い生地は牛乳のみで練ったものだそう。イカスミのスパゲティを食べている人もよく見かけます。確かに試す価値のある一皿。お歯黒を塗ったようにならぬよう注意しながら?、いただきましょう。
注文の内容によって、最適な順番で、より良いタイミングで供してくれることを、少なくとも意識されていると思います。パスタ〜ピザを食べ終えて、少々喉が渇いたなと思ったまさにその瞬間にさっと冷たい水が供されたときにはさすがに驚きました。
きわめて快適に、しかし気取らずに、美味しい食事がいただけるお店です。
山手幹線沿い、トアロードの一本東の道の角以前から気になっていた店ではあったのですが、昨日機会を見つけて初めて行ってみました。
僕にとっては普段そんなに頻繁に食べるわけではない「ピザ」の善し悪しはだいたい、どういう基準で選ぶものなのでしょう。よくポストにダイレクトに入っているデリバリー・ピザ屋のメニューでは、様々なトッピングのバリエーションがあり、また最近では生地についても2または3種類の選択肢が添えられているようです。
テレビでイタリアのピザ屋さんを見るなどにつけ、生地に単にオリーブオイルを垂らしてバジルを散らしただけのそれを焼いて売っていることなどからすると、トッピングがリッチであるかどうかではなく、生地のおいしさと全体のバランスみたいのがあれば、良いのでしょう。冷凍食品としても売られている「ピザソース、サラミとピーマンの輪切り、オニオン」の定番って、何となく「哀しい」味ですよね。
ここのピザは生地から作っているのでしょうか??、クリスピーではあるのだけれど厚手でボリュームがあり、また香草の類を練り込んであるのか、つぶつぶが生地に見えます。これ見よがしにトッピングを着飾ったデリバリーピザとは逆に、表面はチーズに覆われて胡椒などがちょっと振られただけ、その下に具が隠れているようです。良く伸びるチーズもたっぷりと盛られていて、手頃な大きさのそれであるのに、僕らでも一枚でお腹いっぱいになりそう。
また、このピザには面白いオマケが添えられています。三角形の紙片なのですが、その紙にはIN MEMORY OF YOUR VISITとして、このピザは創業以来何枚目のピザであるという、スタンプが押されています。僕のは980,419枚目でした。100万枚にもそう遠くないこんな枚数を焼いているこの店の創業は、なんと1962年なのですね。まだ日本人の大部分がピザなんていう言葉を知らなかったはずの時代です。
おそらく創業以来変わっていないここの店構えは、ハーフティンバーや煉瓦をモチーフにしたもので、山手幹線という大通りに面しているにも拘わらず、retreat=隠れ家的なところです。昨日などは昼間に行ったものだから、外の日差しから照度を落とした店内に入るとき、はじめのうち目が慣れなくて、ツー・ステップ・ダウンした入口を見落としそうだったくらいです。
明らかに狭すぎる厨房で要領よくピザやスパゲティ(どちらも一品1,000-1,500円)が作られ、明らかに普段使うには低すぎるドアを苦もなげに経由して給仕が持ってくるこの店はなんだか存在そのものが趣味的で、いわゆる「神戸らしい」店のひとつに数えられると思います。
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今日村上春樹の『辺境・近境』を買ってきたら、『ピノッキオ』のことが載っていた。
「運ばれてきたシーフード・ピザには「あなたの召し上がるピザは、当店の958,816枚目のピザです」という小さな紙片がついている。その数字の意味がしばらくのあいだうまく呑み込めない。958,816? 僕はそこにいっ?たいどのようなメッセージを読みとるべきなのだろう? そういえばガールフレンドと何度かこの店に来て、同じように冷たいビールを飲み、番号のついた焼きたてのピザを食べた。僕らは将来についていろんなことを話した。そこで口にされたすべての予測は、どれもこれも見事に外れてしまったけれど…。」
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