インドのカルカッタで売春宿をのぞいた。
ネパールで2ヶ月女の子に触れることなく過ごした僕は無性に女が抱きたくなっていた。
そして、それ以上にインドに来る前に日本で聞いていた噂を本当かどうか確かめたいと言う気持ちがあった。

その噂とは、
カルカッタの売春宿に行ったら娼婦が餓死寸前だった。
処女とやりたいと言ったら自分の7歳になる娘をつれてきた。
娼婦の値段が10円だった。
娼婦がライ病だった。等々

それで「ナイス・ジキジキ」と言って声をかけてくるリキシャのお兄ちゃん売春宿につれていってもらうことにする。(ジキジキとはインド・東南アジアなどでセックスのこと)ここでも十倍くらいの値段をふっかけてくるリキシャの運転手との長い長い交渉があるのだが、その行程省きます。

つれて行ってもらった売春宿の中は建物の中というよりも洞窟の中という感じでいやな臭いがした。「なんか牢獄みたいな感じだな」と思った。
女の子達の質はものすごく差があり、きれいな子、妖怪、白っぽい子、黒人なみに黒い子、東洋人ぽい子、いろいろだ。ただ概してみんな若かった。一番若い子は犯罪じゃないかと思うほど若かった。まあ、若くなくても売春は犯罪だと言われたら確かにそうなんだけれど。売春はインドでも法律上は禁止だ。でも建て前と本音が違うのはどこの国でも一緒。

15〜16歳に見える東洋人顔の娘は一週間ほど前まで滞在していたネパールの女性に似ている。トレキングにでときに覚えた片言のネパール語で試しにその娘に声をかけてみる。
「ネパール ホ?(ネパール人ですか?)」
力無く頷く彼女。やっぱりネパール人だったのか。
「マ ジャパニ ホ(僕は日本人だよ)」
やっぱり力なく頷く彼女
売られて来た子なのだろうか。他の娘のように嬌声をあげて気をひくこともない。
なんかいたたまれなくなった僕は外に出た。とても女性を抱く気分にはなれなかった。

自由意志で売春をするのは規制する必要はないと思うけど、小さな女の子をさらってきて牢獄みたいな所にとじ込めて売春させるのは絶対してはいけない。(実際、そのネパール人の娘がどうして、このカルカッタの売春宿にいるのかはわからないけれど)

外に出ると僕をここまでつれてきたリキシャマンが待っていた。
「オー ユー ハリー ホワイ ノット ナイス ジキジキ」
(「早かったね、なぜしなかった。いいセックスできたのに」と言いたかったのかな。たぶん) 「ユー ゴー アナザープレイス グッドガール ナイス ジキジキ」
そうやって他の置屋に僕をつれて行こうとするリキシャマンに「そんな気分じゃないんだ。ホテルの帰るんだよ」と言ってホテルまで来たときと同じ値段で帰るように言う。
「ユーホテルチェンジ ユーステーホテル ノーグッド アイ ノー ナイス ホテル」
「うるせーさっさとホテルに帰れ馬鹿野郎」

それからも土産物やに行こうとか、この仕事は大変だから(たしかに大変だ)もっと金をくれと騒ぎまくるリキシャマンとの格闘は続く。
気分的にお前と言い合う気になれないけど、お前と言い合ってると気分がまぎれるのも事実だ。最初に交渉した金以外びた一文払わねーぞ。ホテルも変えないし、次の売春宿にも行かないし、土産物やにも行かないし、カメラもフィルムも酒もタバコも売らないぞ。それに、売春宿の前で待っていたのはおまえのかってで俺が頼んだわけじゃない。なんで待ち賃をお前に払う必要があるんだ。さっさとホテルまで帰れ。
本当に疲れる国だぜ。

結局インドにいた3ヶ月も女性に触れることはなかった。

なお、上記の噂が本当がどうか確かめることはできなかった。少なくとも僕が行った売春宿では娼婦は餓死寸前ではなかったが、もしかした他の売春宿では餓死寸前の娼婦がいるかもしれないもんね。

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