〜 KTRさんからのコメント 〜
「シリアス編」といっても、そう深刻な内容ではありません。タイトルは一種のギャグだと思ってください。
また、未完ですが、完結する見込みは(今のところ)ありません。
(〜 略) いえ、シリアスのほうがいいってワケじゃないんですが、てっきり こんなふうかと……。 ============================================================== 太歩がバトルボックスに歩み入ると、タイパーコロシアムの超大型 スクリーン・東側のLXビジョンにその勇姿が映し出された。 叫び声があがる。 「まだ子供じゃねぇか!」 「あれが今年の東のチャンピオンか?」 観客の声はボックスにも届いているはずだが、太歩の表情はいささ かのゆるぎも見せない。すでに精神集中が始まっているのだ。 大きな黒い影がボックスの反対側から現われた。 観客の熱狂はすでに悲鳴に近い。 「西のチャンピオンだ!」 「あれが神の指を持つ男、ゴッドフィンガー!」 「でけぇ!!なんて身体だ」 西のチャンピオンの身体は確かに大きかった。体重差は100キロ 以上あるだろう。西のLXビジョンの上で、その顔は怪物のように 見えた。しかし指だけは不釣合なほど細く繊細で、まるでピアニス トの指だった。 「チビ、おうちに帰るなら今のうちだぞ」 まるで犬でも追い払うような横柄な口調。しかし太歩はなにも言い 返さなかった。その瞳はゴッドフィンガーを通り越して、はるか遠 くを見つめているかのようだ。 すでに試合は始まっているのだ。ここに人間のレフリーはいない。 すべてのLXに内蔵されているタイパープログラム、それが唯一の ルールだ。 挑発して相手の集中を乱すのに失敗したゴッドフィンガーの顔にか すかに赤みが差した。 「小僧! 貴様誰の前に立ってると思ってるんだ! 俺様は神の指を 持つ男、世界でたったひとりの400タイパーだぞ!」 太歩が初めて声を発した。 「口数が多いな」 「なにっ!」 「タイパーは口でなく指で語るもんじゃなかったのかい?おっさん」 ゴッドフィンガーの顔が見る見る真っ赤になる。 そのとき、開始十秒前のメロディーが鳴った。 太歩を威圧するように肩をそびやかしていたゴッドフィンガーの身 体の緊張が解けた。顔色も平常に戻っている。タイパープログラム が走りだせば、対戦相手は存在しなくなるのと同じだ。本当の敵は 自分自身のうちにいる。そのことを西のチャンピオンも心得ていた。 手元のLXと同じ画面がLXビジョンにも映し出される。それを見 て観客は試合の進行を刻々と知るのだ。 ビッ・ビッ・ビッ・ブー 最初の画面が映し出されるのと同時に、二人の両指は流れるように 動き出した。 ゴッドフィンガーは指を機械的に動かしながら勝利を確信していた。 (ふふふ、完璧だ。私の指はLXの強度が耐えられる限界のスピー ドで動く。誰にも負けはしない) タタタタタタタタタタタタタタ…。 「すげぇ! あれが神の指だ! なんでもすべての画面パターンを記 憶していて、第一画面を見るとあとは最後まで目をつぶってもタイ プできるらしいぜ」 「おい、待てよ! あの子供、ゴッドフィンガーにぴったり付いて いってるぜ! いや、もっと速いっっ!!」 ゴッドフィンガーのリズムにかすかな狂いが生じた。 (ば、ばかなっ! この私より速い人間がいるはずがない!) タタタ、タタ、タタタタタ。 しかし、LXビジョンは巨大なフォントで差がますます開いている ことを告げていた。 ゴッドフィンガーは萎えかかる気持ちをおさえ、最後の気力を振り 絞って指を加速した。 タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ。 ビシッ、ビシッ。 LXのキーが耐えきれずに悲鳴をあげる声だ。 ブッ、ブッ、ブッ、ブーーー。 試合は終わった。 LXビジョンに表示された得点は…。
「世界新記録だ!!!」 「500タイパーの誕生だ!」 観客席の怒号と歓声はとどまるところを知らなかった。 ・・・ チャンピオン、いや、チャンピオンだったゴッドフィンガーは、そ の場に崩れ落ちるように腰を落とした。表情は伏せた頭に隠れて見 えない。 「し、信じられない…」 太歩は、初めて薄く笑った。 「あんたの動きは強引過ぎた。見ろ、あんたのLXを。かわいそう にもうガタガタだぜ。これを見ろ」 太歩は両手を広げて見せた。 しなやかで強靭な指、爪が内側に少し巻き込まれている。 「円の動きだ。キーをただ素早く押すだけじゃ駄目だ。押したキー が戻るのを、円の動きで爪をひっかけて加速するのが500タイパ ーの秘密だ」 「お、おまえ、どうしてそれを俺に…」 タイパーの流派にもいろいろある。流派ごとに秘伝はあるが、門外 不出として他流派の人間に明かすことはありえない。 「俺達は同じタイパーだ。試合はしてもそれは戦争じゃない。俺達 は共にタイパーの限界の先を目指す仲間じゃないか。俺はそう信じ ている。それに、心配するな。あんたがこの技を身に付けたころに は、俺はもう一歩先を行っているさ。あんたと俺と、1000タイ パーになるのはどっちが先かな」 ゴッドフィンガーは、太歩の差し出した手を、再び闘志をみなぎら せた指で握り返した。 タイパーたちの果てしなき挑戦は、まだ始まったばかりだ……。 ============================================================== いかがなもんでしょう(^_^;) KTR 〜 NIFTY-Serve, FHPPC, Mes( 6), #07903 95/03/09 掲載 〜
調子に乗って(^_^;)、第1話「誕生!ローリングタイパー」に続く 第2話「危機!タイパーの穴の刺客(前編)」をお届けします。 ============================================================== 腹の底に響く地鳴りのような轟音がタイパーコロシアムを揺るがせ ている。超満員に膨れあがった観客席の発する熱狂がドームに充満 しているのだ。 喧騒の中、バトルボックスで対戦者を待つ巨漢は、ひとり沈黙の中 に沈んでいた。 「太歩…、お前がここにいてくれたら……」 3年前の対戦で太歩と無二の親友になったゴッドフィンガーは今、 友の不在を痛いほど意識していた。 彗星のようにタイパー界に現われ、前人未到の記録を打ち立てた星 太歩、しかし彼はある日突然、ゴッドフィンガーに「壁を破ってく る」と言い残し、東西統一チャンピオンの座を返上して消息を絶っ た。 あれから2年、順調に発展を続けるかに見えたタイパー界を、突然 の嵐が襲った。 [タイパーの穴]の台頭である。 組織の内実は秘密のベールに閉ざされていたが、[タイパーの穴] 出身者は一様に人間離れした異常な強さで、ローカルトーナメント を席巻した。 その秘密主義と過激な主張「タイパーにあらずば人にあらず」を警 戒した世界タイパー連盟は、[タイパーの穴]を締め付けようとし たが、希望の見えない管理体制に絶望しかかっていた世論は、タイ パーチャンピオンにすべての権力を集中しようとする[タイパーの 穴]の主張を支持し始めており、敗北続きの連盟の権威失墜は致命 的な段階に達しようとしていた。 その最中に開かれた「タイパーチャンピオンシップ」である。 この試合を機に世界が変わる…、そんな漠然とした期待が大衆を動 かしていた。 受けて立つのは、太歩なきあと西のチャンピオンの座を保持してき たゴッドフィンガーしかいなかった。 純朴でどこまでもまっすぐな太歩の心に触れ、[タイパーの穴]の 得体の知れない暗さにいいしれぬ不安を持つゴッドフィンガーは、 なんとしても[タイパーの穴]の野望を阻止しなくてはならないと 決意していた。 「太歩…、お前がここにいてくれたら……」 ゴッドフィンガーは同じ言葉を繰り返した。弱気になっていたので はない。彼はすでに太歩のローリングタイピングをマスターしてい た。太歩の作った世界記録も破った。しかし、太歩の存在は彼を導 き照らし出す光だったのだ。 ゴッドフィンガーの目には、太歩の失踪以来空位となっている東の チャンピオンのパネルに飾られている太歩の横顔がかすかに笑った ように見えた。 (ゴッドフィンガー、自分を信じるんだ。おれたちは負けない) そのとき、歓声がひときわ高くなった。 挑戦者、[タイパーの穴]の刺客の入場である。 異相、いや異形といっていいだろう。毛が一本も生えていない黒光 りする頭、指先だけが異様に太くなった長い腕、ずんぐりした体形 はまさに怪物的でさえあった。 ゴッドフィンガーは「むん!」と意識の内圧を高めた。闘いは顔を 合わせたその瞬間から始まっているのだ。挑戦者はいっこうに気圧 された様子も見せない。自身たっぷりに落ち着き払っている。 観客席から殺気立った凶暴な声があがった。 「やっちまえオクトパスエイト!ゴッドフィンガーなんぞひねっち まえ!!」 「殺せ!殺せ!殺せ!」 今日の観客はいつもと違う、暴徒寸前だ。いつものゴッドフィンガ ーに声援を送るファンは半分にも満たなかった。勝っても負けても 生きてここを出られないかもしれない、そんな思いがゴッドフィン ガーの背中を冷やした。 「お前は勝てない」 オクトパスエイトが、さも当たり前の事実を述べる口調でそう言っ た。 「今日が腐った旧体制の最後の日だ」 「それでお前たちはなにをするつもりだ」 ゴッドフィンガーは言い返した。 「知れたこと。真の強者がそれに相応しい地位に付くだけの話だ。 軟弱で愚鈍な大衆は命令を欲している。それを与えられるのは我々 だけだ。お前らはもう二度とこのコロシアムに立つことはできない」 オクトパスエイトは丸い口を歪めて笑った。 「お前たちの好きなようにはさせない!」 「決着はタイパーがつけてくれるさ」 ビッ・ビッ・ビッ・ブー LXビジョンに映し出される二人の指の動きは対照的だった。渦巻 く水のような円の動きを完璧に再現しているゴッドフィンガーの神 業的な指さばき。対してオクトパスエイトの指は動力ハンマーのよ うに直線的で荒々しい。 タララララララララタララララララ…。 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…。 プレッシャーと闘いながら、しかしゴッドフィンガーの調子は未だ かつてなかった最高の波に乗っていた。 狭苦しい壁を突き破り、高波に乗ってどこまでも進むような昂揚感、 超一流のタイパーにだけ体験できる至福の境地だ。 しかし、高波の向こうに凶々しい暗雲が急速に迫っていた。なんと オクトパスエイトは直線の動きでゴッドフィンガーの円の動きにぴ ったりと付いてくるのだ。 観客席が、次第に水を打ったような静けさに包まれていった。 ゴッドフィンガーの顔が苦しげに歪む。500タイパーを越えるあ たりから、タイパーの肉体には強烈なプレッシャーがかかるのだ。 超絶的な連打は息を止めた無酸素運動によって初めて可能になる。 ゴッドフィンガーは体内の酸素を燃やし尽くして闘っていた。 ダダダダダダダダダダダダダダ! オクトパスエイトの打鍵音が高くなりゴッドフィンガーのそれを圧 倒した。点差が見る見る開く! ブッ、ブッ、ブッ、ブーーー。 無情なBEEP音が響きわたった。 LXビジョンに表示された得点は…。
しばらく呆然自失していた大観衆が、爆発的な叫びを上げる。 「オクトパス!オクトパス!オクトパス!オクトパス!」 ゴッドフィンガーには汗で前が見えなかった。かさかさになった唇 からつぶやきが漏れる……。 「太歩…、負けちまった。おしまいだ…」 ゴッドフィンガーのかすむ目に太歩の幻が映った。幻がニヤリと笑 う……違う!これは幻じゃない! 「遅れちまった、ごめん」 太歩が帰ってきたのだ! 「でも、まだ遅すぎはしなかったようだな」 ============================================================== 第3話「死闘!タイパーの穴の刺客(後編)」に続く(^_^)。 KTR 〜 NIFTY-Serve, FHPPC, Mes( 6), #07992 95/03/13 掲載 〜
期末でなんだかんだと忙しく、第2話の後で間が空いてしまいまし た。しばらくスローなペースを余儀なくされそうですが(^_^;)、完 全に忘れられてしまわないうちにっ!…第3話「死闘!タイパーの 穴の刺客(後編)」をお届けします。 ============================================================== 「貴様は…」 「俺の名は…星 太歩!」 観衆の上げるうなり声が静まった。太歩の起こしたタイパー界の革 命は、まだ忘れられてはいなかったのだ。 「今頃のこのこ出てきてどうしようというのだ? チャンピオンの 座はもう頂いた」 「そうかな?」 「なにっ!」 「西のチャンピオンだけじゃあ、十分じゃないだろう。東西統一チ ャンピオンになって初めて、真のチャンピオンだ。空位になってい た東のチャンピオンの座を賭けて、俺とやらないか?」 オクトパスエイトの胸がしめつけられた。 (なんだ? これは。この俺が、俺様が、こんなガキに気圧されて いるとでもいうのか? こんな、こんなガキに…) 3年の月日も太歩の外見をほとんど変えていなかった。少しは背が 高くなったかもしれないが、幼さを残した顔も、年の割には大人び た眼差しも、昔のままだ。しかし、その体の中で、何かが変わって いた。傍らに立つゴッドフィンガーでさえ感じる無言の迫力が、太 歩を別人にしていた。 オクトパスエイトが太歩の両手に視線を走らせる。しなやかで柔ら かそうな指だ。(勝てる!) ヒュルルルルルーーーッ オクトパスエイトは大きく息を吐いた。 「よかろう、この勝負受けた。これでチャンピオンのタイトルは二 つとも俺様のものだ」 「そううまくいくかな?」 「俺の編み出した秘技・オクトパスハンマーは誰にも破れん!」 「あれが秘技だって? 笑わせてくれるじゃないか。その指を見れ ば秘技とやらの正体は丸見えだぜ」 「…!」 「その太く堅い指先には、キーがぴったり納まるサイズの窪みがあ るはずだ。窪みがタコの吸盤のようにキーに密着して指を上げたと き生じる真空でキーを吸い上げる。それがお前の秘密だ」 「うぬぬ……、だが小僧、この指の秘密が分かったところでお前の 柔弱な指では真似できまい!」 太歩は歯だけを見せて笑った。 「真似などする気はないさ。お前には虫酸が走る。さっきの勝負で 本気を出さなかったな? ワザとゴッドフィンガーのペースに合わ せて最後に突き放した」 「勝負には駆け引きが付き物だろうが」 「いや、あれは駆け引きなんかじゃなかった。お前は獲物をなぶっ て楽しんでいただけだ。違うか?」 「ふっ、若いな、それぐらいの楽しみがなければ、退屈な勝負にな っていただろうぜ」 太歩の目がスッと細くなった。 「俺はタイパー同士なら試合を通じて分かり合えると思っていた。 戦いの中で得た友は代え難い宝だ。しかしお前は別だ。ねじくれた お前の魂には屈辱が相応しい」 「言わせておけば…! お前の記録など過去の遺物にすぎないこと を俺が証明してやろう」 「無理だな。お前の技には致命的な弱点がある」 「ハッタリをぬかすな!」 「決着は、タイパーがつけてくれるさ」 試合開始十秒前のメロディーが鳴った。 太歩は指先に、風を感じた。血の流れまではっきり分かる。アドレ ナリンが血脈を走る。時間がゆるやかになった。 ビッ・ビッ・ビッ・ブー ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ! オクトパスエイトは最初から猛然とスパートをかけた。圧倒的な差 を付けて太歩を打ちのめそうとするかのように。 が…、太歩の指は音を立てていなかった。オクトパスエイトの音に かき消されてしまったのか、いや、太歩の指は動いていない。ゴッ ドフィンガーは息を呑んだ。 (太歩! お前は勝負を捨てたのか?) 観衆の間からざわめきが高まってきた。 「おい、星太歩の指が止まっているぞ!」 「待て、LXビジョンを見ろ! 二人とも互角だ!」 「どうなっているんだこれは」 オクトパスエイトの顔が紅みを帯びてきた。 (なぜだ!なぜ振り切れない!) オクトパスエイトは余裕をなくしていた。限界ぎりぎりまで指のピ ストン運動を加速する。 ダダダダダ(ビシッ)ダダダ(ビシッ)ダダダダダダ…… キーを支える足が次々と破壊される。が、スピードは落ちない。キ ーが指と一体化して動いているのだ。 対照的に、太歩の顔は穏やかだった。眠っているようにも見える。 両手はLXのキーボードにゆったり置かれただけのようだ。だが、 LXビジョンの数字はかつてないペースで上昇している! 観衆のざわめきは、次第に声をひそめた注視に変わっていった。 (太歩、お前は…なんという高みに昇ってしまったんだ。ゴッドフ ィンガーの名前は、お前にこそ相応しい…) ビッ・ビッ・ビッ・ブー オクトパスエイトは、崩れるように尻餅をついた。指が小刻みに痙 攣しているが、震えを止めることができない。唇がひび割れて、口 をぱくぱくさせるだけだった。 何物にも動揺させられることのないLXビジョンが、冷静に結果を 発表した。
「そんな…馬鹿な…イカサマ…」 オクトパスエイトが切れ切れにつぶやいた。777という得点が偶 然のはずがなかった。 「往生際の悪いやつだ。自分がどうやって負けたかも分からないら しいな。お前の致命的な弱点を教えてやろう。お前は指先を鍛えに 鍛えてその吸盤ダコを作った。違うか?」 「そ、そうだ」 「自分の指をよ〜く見てみろ。変形して石のように硬くなった指先 を。指の往復運動を加速することだけに目が行って、指先の持つ最 大の特長を忘れた結果だ」 「特長…?」 「身体中で最も鋭敏な感覚器官……それが人間の指先だ。感覚を研 ぎ澄まし、雑念を払えば、指先の神経から、実に多くの情報を得る ことができる。たとえば、LXのキーの動きとかな。お前がさっき 見せたような動き、あんなものは99パーセント無・駄・だ。指先 の動きを最小限にして、キーを必要なぎりぎりの浅さしか押し込ま なければ、無理矢理キーを戻さなくてもかまわないのさ。これが俺 の編み出した技、“タイピングオブサイレンス”だ」 オクトパスエイトはショックで呆然としていた。太歩の説明が真実 なら−−いや、真実だと分かっていたのだが−−長年にわたってオ クトパスエイトが耐えてきた厳しい修行はいったいなんだったのか ? 単に無駄だったというのならまだいい、一流のタイパーになる には幼年期からのトレーニングが必要だ、この硬くなった指先を柔 らかくし、鋭敏な感覚を取り戻すには5年はかかる、それではもう 遅すぎる……。 今のままでも、しばらくは一流のタイパーとして通用するだろう。 が、太歩が明らかにしたタイパー界の革新はたちまち世界中に広ま るに違いない。そうなったら、もうオクトパスエイトの技はどこで も通用しなくなる……。初めて体験する徹底的な敗北の屈辱がオク トパスエイトを打ちのめした。 がっくりと手を突いたオクトパスエイトを残して、太歩はコロシア ムの中央に歩み出た。LXビジョンに太歩の顔が大写しになる。タ イパーコロシアムを埋め尽くした20万の観衆が、止むことのない 歓呼で太歩を迎えた。 「太歩!太歩!太歩!太歩!太歩!………」 真のチャンピオンの誕生であった。 ============================================================== ふぅ、やっと後編を書き上げました。続きも、一応考えてはいます が、小説の他にもやりたいことがいろいろありますので、発表はい つになるか分かりません。まぁ、このまま終わってもおかしくない ように締めくくってあります(^_^)。では、いつかまた。 KTR 〜 NIFTY-Serve, FHPPC, Mes( 6), #08205 95/03/30 掲載 〜
死ぬほど忙しいとき、急に創作意欲が湧いてくることがあります。 ストレスと疲労が溜まった脳細胞に自己防衛本能でなんらかの麻薬 物質が分泌されるのかもしれません。 というわけで、1周年記念グッズの企画が遅れているときに恐縮で すが、3ヵ月ぶりに、『TYPERの星(シリアス編)』第4話 「恐怖!謎の覆面タイパー(前編)」 をお届けします。 ============================================================== 「太歩…」 ゴッドフィンガーの声は地下通路の壁に反響してわずかにエコーが かかっていた。 「なんだ?」 太歩は隣を歩くゴッドフィンガーに顔を向けた。 「ずいぶん長かったな」 「いや、俺にはずいぶん短かったような気がする」 二人は、すでに多くを語らなくても意思を通じられるようになって いた。もう15年も一緒に仕事をしてきたのだ。タイパーチャンピ オンの権力をフルに使って、世界に平和と秩序と正義をもたらす困 難な仕事を。 それは、一種の革命だった。世界の体制を根本から作り替え、人間 のための世界政府を作る、それが太歩が推進し、ゴッドフィンガー がマネージャーとして助けた長い苦しい運動だった。 それも、もうすぐ決着が付く。不敗のタイパーチャンピオン、空前 絶後のカリスマを持つ太歩が主催する、国家解散・世界統合政府発 足会議のスケジュールが現実のものとなってきたのだ。 そのためにも、太歩は負けることを許されなかった。 太歩の不敗伝説を作った200連続チャンピオン防衛記録。そして それと並行して世界各国で繰り広げた粘り強い交渉が、世界を平和 に保ってきたのだ。 (お前は、本当にたいしたやつだ) ゴッドフィンガーは太歩を横目で見ながら心の中でつぶやいた。1 5年の歳月は、太歩の容貌を大きく変えていた。もともと低い背丈 には変わりはないが、少年といっても通用した幼い顔立ちはどこに も残っていない。 ふくよかだった頬は削ぎ落とされたように鋭さを増し、髪にはすで に白いものが混じってきた。顔のつくりだけ見ると40を過ぎてい るようにさえ見えるが、ただ一つ、強い意志を秘めた静かなまなざ しだけが、昔と逆に太歩を外見より若く見せていた。 観衆のあげるざわめきが聞こえてきた。通路の端の大きな扉をゴッ ドフインガーの大きな腕が開けた。まぶしい光が通路に満ちる。 「………太歩!太歩!太歩!太歩!太歩!………」 コロシアムの反対側で、今日の挑戦者が待っていた。あざ笑うよう なピエロの仮面を被った覆面タイパーだ。 ゴッドフィンガーは、なにか背筋に寒気が走るのを感じた。 (この挑戦者、どこかで見たことがある!) ゴッドフィンガーは、マネージャーとして対戦相手のビデオを研究 済みだった。しかし、ビデオでは戦い方は分かっても本人のもつ雰 囲気までは分からない。この覆面タイパーの発散している「気」は、 ゴッドフィンガーが確かに戦ったことのある相手のものだ。 しかし! ゴッドフィンガーは15年前に引退した。この覆面タイ パーは若い。顔は分からないが、手は明らかに若者のものだった。 (そうだ! こいつは) ゴッドフィンガーが口を開く寸前に、謎の覆面タイパーが声を出し た。 「太歩、よく来たな。また会えて嬉しいぞ」 その声を聞いて、太歩とゴッドフィンガーは凍り付いた。 ============================================================== 短いですが、今日はここまでとします。さて、謎の覆面タイパーと は何者でしょうか? 分かってもネタばらしは遠慮してね(^_^;)。 KTR 〜 NIFTY-Serve, FHPPC, Mes( 6), #09321 95/07/28 掲載 〜