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兎狩

狂気の沙汰だ。最初に感じたのはそのことだった。
こんな少年一人で、小隊一つが丸々おびき出されたのだ。
「ふふん、ざまあみろだ」
「残念だな、坊主。一隊はもう一つのお前の仲間たちのほうに向かった。我々は馬鹿ではない」
「そんなっ」
また暴れだそうとするので、銃の台尻を鳩尾にしたたかめり込ませる。少年はつんのめって倒れこんだ。

あの小屋の中に、何人かが篭っている。それはもう間違いがなかった。指サインで入り口と周囲を固めて、突入の準備をする。隊長が、指で三、二、一、とカウントダウンした。
「出てこい、もう逃げ道はないぞ」
民間人とはいえ、この辺りは民兵なので、どこまでが兵士でどこまでが一般市民か区別がつかない。GOTSがこの近辺に逃げ込んだ以上、徹底捜索するしかなかった。
突撃要員が隊長に目で問い掛ける。まだ待機のサインのままだった。
「もう一度だけいう。出てこい。投降すれば協定がある」
まだ動きがない。もう一度、突撃要員が動こうとしたとき、小屋のドアがゆっくりと開いた。出てきたのは、まだ中学生かどうか、というほどの少年一人だった。両手を上げると、辺りをゆっくり見渡して声をだす。
「ここには俺一人だ。投降する」

奥まったところに横穴があるようだ。小隊でじわじわと包囲網を狭めていく。入り口のすぐ後ろに人の影が見える。サインが出ると、上尾と柳川が同時に飛び込んだ。
「動くな!」
薄暗がりのなかにいたのは、六人の子供だった。驚いたのは、一番年長の十二、三才の男の子が、奥でかたまっている子供たちの前で狭い穴を通せんぼしていたことだ。恐怖に震えているはずなのに、その態度は堂々としたもので、口をぎゅっと結んでこちらを睨み付けていた。柳川は上尾に銃を降ろさせると、無線に囁いた。
「クリアです」
上尾が驚いて柳川をみるが、柳川は上尾を制止する。
『よし、戻ってこい』
「了解」
柳川は銃を降ろすと、正面の少年に近づいた。
「いいな、俺達は今から西に向かう。お前たちはこの南の谷のほうに住んでるのか」
返事はない。よく見ると、奥のほうの小さな子供たちを、年長の女の子が抱き寄せていた。
「物音を立てるな三十分したらここから出て、真っ直ぐに家に帰るんだ。いいな」
「やなさん」
「いいさ、どうせ俺達がこの辺りまで進出してるのはGOTSにはばれているんだ。知らないのは住んでる人たちだけだぜ」
正面の少年はぐっと胸を反らせて立ちはだかったまま、こちらを睨み付けている。上尾にはその少年の緊張が彼の喉元で観察できた。
「しばらくは、もっと南に疎開させてもらえ。いくぞ、上尾」
少年が黙ってうなずいたのをみて、二人は引き返していった。

「どうするんですか、隊長、そんな少年」
「おめえだってひよっ子だろうが。黙ってな。まったく、第二のほうは」
目隠しがあっても、一目見てわかった。あの洞窟の少年の兄弟に違いない。
「とにかく第一小隊は先行しなくちゃいかんので、お前らに任せるわ。吊るすなり、好きにしな。おい、お前ら、行くぞ」
猿轡を噬まされた少年を置いて、偵察第一小隊は次の偵察経路に入っていった。しかし、第二小隊もすぐに出発する。殺めるのは問題外だとしても、連れて行くわけにもいかない。隊長が困った顔をしていると、上尾が前に出た。
「任せて下さい」
彼は少年のところまでいくと、耳元で何か囁いた。少年の顔が強張り、ついでうな垂れる。最後に、こっくりうなづいた。隊長には手品のようだった。
「口封じと、これからはただ逃げるように言い伝えました。もう大丈夫でしょう」
「ほんとうか」
「南方人に二言はないよな、少年」
目隠しを外された少年は大きめの目で隊長を睨み付けて、うなずいた。
「そうか」
「それ、行け、少年」
「長治だ」
「じゃあな、長治くん」
枷を外された少年は、それでも落ち着いた足取りで去っていった。
「ひゅう、あれは大物になるね」
「やっつけといたほうが良かったんじゃない」
「もう会いたくはないね。棒切れを銃に見せかけただけで第一小隊を釣ったほどの糞度胸だ」
「さあ、無駄口はやめて行くぞ。これからはきつくなる」
三日もすれば、この谷も戦場になる。村の人たちの何人かは犠牲になるだろう。上尾の心は重かった。俺達の命、彼らの命。ここでは、吹けば飛ぶような軽さしかなかった。みんな傷ついて、得られるのは何なのだろう。


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