エンドルフィンの詩

        エンドルフィンの詩

                          written by 岩屋山椒魚

 人生は不条理である。働かなければメシが食えないし、働いても稼ぎは少 ない。そのうえ、叱られたり、馬鹿にされたり、失恋したり、騙されたり、 病気になったり、ありとあらゆる挫折を繰り返しているうちにいつのまにか よぼよぼの老人になり、死んでしまう。人間の一生とは何と阿呆らしいもの であることか。

 ところが、世の中には、必ずしもそのように考えない人間がいる。彼らは 人生に不満や不安を覚えることもなく、明日に希望を抱いて生きている。そ して何が面白いのかよく笑う。バッカじゃなかろうか。

 要するに、彼らは単純なのである。感受性が鈍く、想像力に乏しい。そん な連中とはつきあってはいられないと私は思っていたが、最近になって、彼 らのなかにも百人にひとり位は、それほど単純な馬鹿ではないということに 気がついた。つまり、彼らの少数派は、人生が不条理であり、人間が死すべ き運命であることを承知の上で明るく、陽気に振る舞っているらしいのだ。

 それなら私の複雑な知性と感性も受け入れる余地があるかもしれない。そ う思って、彼らの少数派の一人が書いた本をひそかに読んで、その理論を調 べてみた。それによると、どうやらプラスの発想をして、ものごとを肯定的 に考えれば、エンドルフィンという快感ホルモンが脳から分泌されて、生理 的見地からも人生が楽しく感じられてくるという説のようだ。

 たしかに、人間は生理的な存在であるといえる。ほんのちょっとした刺激 で血や涙を流すし、尿や汗や精液ならしょっちゅうたれながしている。まこ とに不潔きわまりない動物であるが、体内で分泌されるエンドルフィンのよ うなホルモンは、それほど不潔には感じられない。こころに快感だけを伝え てくれるありがたいホルモンのようである。どうせ人間はいつかは死ぬので あるが、体の構造が快感ホルモンを出すような生理的なしくみになっている なら、せめて生きている間は、なるべくエンドルフィンとやらを分泌するよ うに心がけた方がトクかもしれない。

 そこで、私もためしに、偉大なる詩人になった自分を夢想しながら、詩を つくってみた。それによってどれほどのエンドルフィンが分泌されたかは知 るよしもないが、ある種の快感を覚えたことだけは疑いのない事実である。

 

--- Every day in every way I'm getting better and better. ---

今日も十万個の脳細胞を失い
ますますもの忘れがひどくなった
きみの名前も思いだせない
それでも昨日よりは少しだけ
ましな私になっているようだ

今日も朝から酒を飲み
夕方までにボトルを一本あけた
とうとうきみにも愛想をつかされたが
それでも昨日よりは少しだけ
幸せな人間になっているようだ

今日も原稿用紙を何枚かひろげ
稚拙な文を書き散らした
きみは読んではくれないだろうが
それでも昨日よりは少しだけ
詩人らしくなっているようだ

今日も太陽が西の地平線に沈んだ
私ももうすぐ沈むだろう
エンドルフィンを分泌し続け
死に向かって燃えつくす者たちよ
GOOD BYE !

© 1996 岩屋山椒魚

RMF61678@pcvan.or.jp

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