イチ・ニ・サン……

数えていこう

七つの色を

数えていこう



七つの色

それはなに?



七色の光を放つプリズム?

空に架かる七色の虹?

……七色唐辛子じゃぁないよね?



七つの色

それは花

七色に変わる

それは紫陽花

 


一つ一つ七色に

色を変えるカウントダウン

 


イチ・ニ・サン……

数えていこう

七つの色を

数えていこう

 


七色に変わる紫陽花の

それは夏へのカウントダウン













 




「もうすぐ夏ね・・・。」

彼女は、車の窓から外を見ながらつぶやいた。

そして、信号は赤から青になり、彼女の黄色い車は、雨の中を走り去って行った。

車の止っていた場所。

その道路脇には紫陽花が、五月雨の中、色鮮やかに大輪の花を咲かせていた。

 

 










...with Maya-san

"Almost Summer"






 

 




五月雨という言葉の持つ響きは、何やら叙情的な物があるような気がする。

今では、六月雨、と書いた方が現実的に正しいかもしれない、この梅雨をあらわす言葉は、だがやはり、五月雨、と書かなければしっくり来ない。

それは、英語において、September, October, November, December, が、本来の意味では78910月を指すのに、やはり9101112月でなければしっくりいかないのと、どこか通ずるものがある。

しかし、そんなこととは関係なく、月の名前とは関係なく、この梅雨は存在するし、その意味も、中国は揚子江の流域で梅の実が熟す頃に降る雨、ということらしく、月には全く関係がない。

そして、今では一般的になっている『ツユ』という呼び方も、そんなに古くもなく、江戸時代以降に広まったらしい。

それまでは、『梅雨』という言葉が伝わってきた平安時代からずっと、『バイウ』とだけ呼ばれて来たのだろう。

『ツユ』という呼び方の語源は、諸説はあるが、雨露のツユからとか、「実が熟す」の熟すの古語の『ツユ』から来た、というのが有力な説らしい。

そんなことを授業で習ったような気がする。

 





そんなことをぼんやりと考えながら、シンジは、シトシト降る五月雨の中を独り歩いていた。

雨は、まさに『シトシト』といった擬音が相応しく、決して弱くはないが強くも無い。

傘一本でちゃんと移動するのにも困らない。

まあ、さすがに晴れている時の歩幅と同じように歩くわけにはいかなかったが、それはこの時期に少し贅沢を言いすぎだっただろう。

だからこそ、シンジもこうして買い物に出てきたのだから。

しかも、今日の買い物は、いつものように近くのスーパーにお買い物、という生活上必要に迫られたものではなかった。

せっかくの週末、街まで足をのばして、色々と欲しかったものを探してみよう、と思い立っての行動だった。

梅雨が始まってからはすっかり出不精になってしまっていたので、結構色々と欲しいものはたまっていたのだ。

はじめは、誰かを誘って行こう、とも思ったが、どうも間が悪かったらしく、誰も捕まらなかった。

まあ、週末の朝にいきなり思い立っても、なかなか予定は合わないのが当たり前だろう。

そんなわけでシンジは、独りで家を出て来たのだった。

独りで歩くのも、気が楽だ、と言えばそうなので、たまには良いと思った。










この街の中心街までは、リニアで数駅。

シンジの最寄りの駅までの道のりも、そんなに遠くはない。

シンジは、ゆっくりと駅までの道を歩いていた。

ふと視線を横に向けると、ちょっとした公園に咲く紫陽花が目に入る。

大きく鮮やかな色に咲く花と、青々とした葉に、シトシトと降る五月雨の雫を受けている姿は、まさに今の季節を体現していて目に美しい。

シンジは、思わず足を止めていた。

カタツムリがモゾモゾと動く姿などに頬を緩ませる。

そうしていると、

キキキキ・・・。

車のとまる音とともに、

「・・・シンジ君?」

シンジを呼ぶ声が聞こえた。

「・・・え?」

シンジが後ろに振り向くと、そこには、

「・・・マヤさん。」

車の窓から微笑んでいるマヤさんがいた。

五月雨の中にも鮮やかな黄色い車体が雨の雫を撥ねているその車は、最近リニューアルされた、ドイツの誇る大衆車、ぱっちりしたお目目の愛らしい、フォルクス・ワーゲン社のビートルだった。

20世紀の終わりに一度リニューアルされて再販されているので、今回が2回目のリニューアルになる。

それでも、基本的なフォルムは、ちゃんと踏襲されていて、誰が見てもVWのビートルだった。

「やっぱりシンジ君だ。今日はどうしたの、こんな所で独りでぼーっとしちゃって?」

振り向いたシンジにマヤさんは、笑顔でたずねる。

長く降る雨の季節にあっても、鮮やかな黄色と彼女の微笑みは、なにかここだけ明るい雰囲気に包まれているような、そんな感じがした。

そんな雰囲気に気持ちを暖かくさせられて、自然とシンジも微笑んだ。

「ちょっと街まで買い物に行こうと思って駅に向かう途中だったんですけど、この紫陽花がすごくて・・・。」

シンジが自分の後ろの方に目配せすると、マヤさんもそちらの方に視線を移して、

「わぁ・・・、ホントにすごいわねぇ。」

シンジのがすごいと言うのももっともだと思ったようだ。

「梅雨なんだな、って気がするじゃないですか。」

「ホントね。」

2人は、和やかな雰囲気で鮮やかに咲く紫陽花を見ていた。

「ところでシンジ君。」

「はい、何ですか。」

「街まで行くのなら乗っていかない?私もちょうど買い物に行く途中なのよ。」

「え? いいんですか?」

突然の申し出にシンジは少し戸惑った。

だが、

「いいじゃない、ね。」

との彼女の微笑みに、シンジも、

「はい、じゃあお願いします。」

素直にうなずいていた。

そして、2人を乗せたビートルは、一路、街へと向かっていった。










ブーン、と軽いモーター音をたてて黄色いビートルが止まる。

ここは、街の中心街にある立体駐車場だ。

かなり規模の大きいこの立体駐車場は、街にくる買い物客やビジネス客、その他諸々の車をほとんど一手に引き受けていて、ショッピングモールやホテル、コンベンションセンターなどには、遊歩道などで直接つながっている。

これなら、雨が降っていても濡れることを気にすることなく買い物が出来るわけだ。

「それで、マヤさんは何から先に見たいですか?」

車でこちらに向かう途中、どうせだから2人で一緒に買い物をしてまわろう、という合意に至った2人は、とりあえずモールへ向かう動く遊歩道に乗っていた。

急ぐことはないので、2人とも、動く遊歩道の上を更に歩く様なことはせず、遊歩道の行くがままにさせていた。

「うーん、そうねぇ……。私の場合、夏物を色々とそろえたいと思ってるから、結構色々見てまわりたいのよね。」

マヤさんは、頬に人差し指を添えるようにあててそう言うと、今度はシンジの方を向いて、

「そういうシンジ君の方はどうなの?」

そう聞いてきた。

「僕は、音楽楽器店にちょっと。欲しい音楽DVDと楽譜があるんで…。」

シンジがそう答えると、マヤさんは、

「じゃあ、シンジ君の方から先に見てまわりましょう。お昼も近い事だし。」

と言って、シンジもそれにうなずいた。





2人の来たこのショッピングモールは、この街最大のショッピングモールで、流石に百には満たないものの、それに限りなく近い数の店が出店していて、更に4っつのデパートが併設されているという規模の大きな物だった。

シンジの目的の店は、デパートではなく、モールに建ち並ぶ店の中にあった。

その音楽楽器店は、本当だったら有名なブランド物の店でも建っているべき、モール内の一等地にあった。

それはこの店が、このモールの出来る以前からここにあり、モール建設時の土地売却条件として、モール内での出店優先権を得たからだった。

 

店の中は大きく分けて2つのセクションに分かれている。

一方が、DVDなどの音楽メディアを売っているセクション。

他方が、楽器や楽譜などを置いてあるセクション。

客は、双方ともそれなりにいるようだ。

もちろん、音楽メディアを置いてある方のセクションの方が、圧倒的に客数が多いのは確かだったが、それは、音楽を聴く人間の方がやる人間よりも圧倒的に多いのだから、当たり前と言えば当たり前でもあった。

 

そんな中で2人は、両方のセクションを見てまわった。

シンジの見たかったもののメインは、楽譜だったからだ。

シンジは、近づきつつある夏休みの目標として、何か一曲、と思っていたのだ。

とはいえ、メインにはなりにくいチェロ、シンジは、無難な練習曲集を一冊選ぶだけにとどまった。

音楽DVDも買わなかった。

楽譜は結構高いのである。

そうして2人は、昼食をとることにした。





昼食は、軽くフードスタンドで、と歩く2人。

ちゃんとしたレストランもたくさんあったが、こっちの方が、なんだかモールらしい気がした。

 

「それで、マヤさんはどこから見てまわりたいんですか?」

フードスタンドに囲まれたホールにならべられたテーブルの一つに落ち着いた2人。

テーブルには、6インチのサブマリンサンドウィッチとアイスティーが2つづつ置かれている。

そのアイスティーのストローに手を添えていたマヤさんは、そのままストローをもてあそぶ。

「そうねえ、モールを歩きながら一つづつっていうのもいいし、デパートに入っちゃうのもよさそうよねぇ・・・。」

「ボクはどちらでもお付き合いしますよ。」

にっこりと微笑みながらストローに口をつけるシンジ。

マヤさんは、うーん・・・、と小首をひねりながら考えている。

真剣になって考えている姿が何か愛らしくも感じる。

シンジが、内心そんな事を思いながら、和やかな気分になっていると、マヤさんは考えがまとまったのか、上目遣いでシンジを見やる。

そんなマヤさんにシンジが微笑むとマヤさんはおずおずと、といったカンジで口を開く。

「せっかくモールに来たんだから、やっぱり一周はしたいと思うの。・・・どうかしら。」

「もちろんかまいませんよ。せっかく2人で来たんですし、散歩気分で周ってみるのもいいんじゃないですか。」

シンジが言うと、マヤさんは、ポンっと花が咲いたように明るい笑顔になって、

「そうよね、いいわよね!」

ニコニコ顔でサンドウィッチにカプっとかぶりついた。

そしてシンジも、それにならってサンドウィッチに口をつけた。

ゆったりと穏やかな時間だった。











マヤさんの目的は、夏物を買い揃えることだった。

だからして、見てまわる店も衣料品や靴などを扱っている店が中心になる。

店の数が多いので、さすがに一店一店しらみつぶしに入っていくようなことはしないが、それでも外から見てよさそうな店は必ず覗いてみた。

 

「これどうかしら?」

そう言ってマヤさんが自分の前にあててみたのは、うすい黄色のノースリーブのワンピースだった。

「あ、いいですね。試着してみたらどうですか。」

シンジは、この昔どこかで似たような物を見たことがあるような気がするワンピースを、一目で気に入ってしまった。

スタイルもそうだが、その淡い色が、マヤさんにぴったりのように思えたのだ。

「そう? じゃ、ちょっと待っててね。」

なんだか後ろにハートマークでもついていそうな口調でそう言って、マヤさんは試着室に向かっていった。

 

しばらくして、

「シンジくーん!」

出て来たマヤさん。

「わぁ・・・。」

その姿にシンジは息を呑む。

「どうかしら・・・?」

ちょっとポーズをつけながらシンジの前に立つマヤさん。

淡い黄色。

クリーム色に近いかもしれないスリムなノースリーブのワンピース。

そして、その半ば剥き出しの肩から伸びるほっそりした色白の腕。

シンジが思わす息を呑むほどに、そのワンピースは彼女に似合っていた。

「・・・。」

しばし、ポー、っとなってしまうシンジ。

「シンジ君・・・?」

そんなシンジを、マヤさんはちょっと心配げに覗き込んだ。

「わっ・・・!?」

ポー、っとしていたところにいきなりマヤさんのどアップな顔を見てしまったシンジは、驚いてあとずさってしまう。

シンジは、さすがに肩で息をしているほどではないが、真っ赤な顔で胸に手をやっている。

ドキドキと鼓動が自分の手から伝わっていた。

マヤさんは、ちょっとビックリといった表情で、目を丸くしている。

「大丈夫・・・シンジ君・・・?」

「だ・・・大丈夫です・・・はい・・・。」

あはははは・・・、と笑って誤魔化すしかないシンジ。

真っ赤な顔でポリポリと後頭部を掻いていた。

そして、

「あ、あんまり、可憐だったもので・・・。」

動転したまま、そんなことまで口走っていた。

それを聞いたマヤさんは、

「え・・・!?」

こちらもまた、思いも寄らない言葉をかけられて、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「・・・あ。」

シンジもシンジで、うつむいてしまったマヤさんを見て、初めて自分の言った言葉に気がついて、口をパクパクとしている。

「そ、そんなこと言ってもらえるような歳じゃないと思うけど・・・、」

マヤさんは、うつむいたままそこまで言って言葉を切ると、目だけをチラっとシンジに向けて、

「・・・う、うれしいな。」

と、小さくつぶやいた。

2人は、しばらくの間お見合い状態にあった。

しかし、

チラチラ・・・。

ヒソヒソ・・・。

次第に耳に入ってくる人々の囁きと、自分に向けられた多くの視線を感じると、周りの注目を一身に(2人だが)浴びていることに気づいた。

そして、

「あ、あの・・・。」

この事態を打開しようという意識があったかどうかは分からないが、シンジが何とか声を絞り出そうとすると、

「せ、せっかくシンジ君も気に入ってくれたみたいだから、こ、これ買ってくるわね・・・!」

顔を赤くしたまま、ちょっとどもりながらもマヤさんは早足でレジに向かった。

会計を済ませた2人が、ソッコーでこの店を出ていったのは言うまでもない。











なんだか少し気まずいような雰囲気を残しながらも、2人はモールを歩き続けた。

そんな中、シンジは一軒の靴屋さんの店頭に目を止めた。

シンジの目を引いたのは、店頭にならべてある女性用のサンダルの内の一つ。

あまり飾りっ気のない、シンプルな白いサンダルだった。

一目見て、先ほどマヤさんが買ったワンピースとリンクした。

スマートな淡い黄色のワンピースに身を包み、そのシンプルな白いサンダルを履いた彼女の姿が思い浮かぶ。

シンジは思わずそのサンダルを手に取っていた。

そのサンダルは、今流行のブランドのサンダルだった。

だからこそ店頭に置かれていたのだが、シンジはそんなことは知らない。

ただ、『さっきのワンピースと合ってるなー』と、それだけしか考えてはいなかった。

 

「・・・ん?」

いきなり立ち止まって女物のサンダルを手に取ったシンジを横から覗き込むマヤさん。

「どうしたの、シンジ君?」

「え、あの・・・。」

マヤさんの言葉に思考を中断されたシンジは、少しどもりながらもサンダルを手に取ったまま彼女の方を向いた。

「これ・・・なんか、さっきのワンピースに合ってるなー・・・って思って・・・。」

シンジの持つサンダルをマヤさんも見る。

「あら、ホントね。とっても合いそうだわ。」

興味深げにサンダルを見て、ついている値札を手に取ってみる。

「・・・!?」

途端に、マヤさんの動きが一瞬硬直した。

「どうしました?」

そんなマヤさんを見て、シンジもその値札に目をやる。

「・・・え!?」

そこには、桁が一つ違っているのではないかと疑ってしまうような値段がついていた。

少なくとも、シンジはそんなサンダルを持ってはいないし買う気もないだろう。

だが、ディスカウントなしのブランド物の靴だと考えれば、有り得る値段ではあった。

「うーん・・・。折角シンジ君が見立ててくれたけど、この値段はちょっとね・・・。」

マヤさんは、ちょっと困ったような笑みを浮かべていた。

「そ、そうですね・・・。」

シンジも似たような表情を浮かべている。

2人とも、思いは同じというわけだ。

 

しかし、とシンジは思う。

しかし、シンジが先ほど頭に思い浮かべたマヤさんの姿はとても素敵だった。

こんな言い方はおかしかったかもしれないが、シンジのツボを的確についていた。

実際にその姿をした彼女を見てみたいと思った。

そして、それはこれぐらいの価値はあるのではないか、とも思った。

だから、

「あの・・・。これ、僕にプレゼントさせてください。」

シンジはそんな言葉を口にしていた。

「え?」

驚くマヤさん。

「そんな・・・。だめよ、そんな、受け取れないわ・・・。」

彼女は、戸惑った表情で首を横に振る。

自分でも高いと思ったものをシンジがプレゼントしたいと言ってきたのだから、戸惑うのも当たり前だ。

でも、今回のシンジはちょっと強引だ。

「僕があのワンピースとこれを履いたマヤさんの姿を見てみたいだけなんです。僕の我が侭なんです、プレゼントさせてください。」

そんなことまで言ってしまう。

ここまで言われると、マヤさんとしても無下には断れない。

まして、シンジからプレゼントを贈ってくれると言っているのだ。

彼女としても、とても嬉しいことだった。

嬉しいけれども受け取れない。

かといって、無下にも断れない。

悩み所だ。

嬉しいのと困ったのとが混ざり合った思案顔。

そんな表情を彼女はしていた。

 

返答に困ってきょろきょろしてしまう彼女の目に、それが入ってきたのはそんな時だ。

「・・・!」

何か妙案がひらめいたかのように表情を明るくするマヤさん。

彼女の視線は、そのサンダルの置いてあった棚の隣に向けられていた。

「じゃあ、こうしましょう!」

彼女は、その棚に手を伸ばす。

「・・・?」

シンジが見ると、マヤさんの手には、これまたサンダルがあった。

とはいえ女物ではない。

男物のベージュ色のサンダルだった。

ちなみに同じブランドのものだ。

「シンジ君がそれを私に買ってくれるかわりに、私はこれをシンジ君にあげるの!」

マヤさんは、『我ながら名案!』と言わんばかりの表情をしている。

一方でシンジは、暫し呆気にとられてしまった。

「だめかしら・・・。」

色よい反応をしめしてくれないシンジに不安になったのか、少し表情を曇らせるマヤさん。

「い、い、いえっ、そんな事ないですよもちろんっ!ぷ、プレゼント交換しましょう!」

表情を曇らせるマヤさんに焦って、シンジはそんな事をのたまわってしまう。

「プレゼント交換・・・?」

案の定、マヤさんはキョトンとした顔になる。

「あ、いや、あの!」

シンジは更に焦るだけだ。

「・・・。」

「・・・え、えっと!」

「・・・。」

「・・・その。」

「・・・。」

「・・・。」

黙り込んでしまう2人。

だが、

「・・・プレゼント交換か・・・。・・・いいわねっ!」

「・・・はい?」

いきなりにっこり笑顔になるマヤさんに、今度はシンジが戸惑ってしまう。

でも、そんなシンジとは別に、マヤさんはもう一度確認するように、

「プレゼント交換でしょ、しましょ!」

更に笑みを深めた。

そしてシンジも、

「・・・は、はい!」

と笑顔になった。

そうして2人は、一緒にレジの方に向かって行った。













モールを歩く2人の手には、同じ靴屋の袋があった。

それは、先ほど2人が買い求め、

「「はい、ぷーれぜんとこーかん!」」

と言いながら交換した同じブランドの、おそろい同然のサンダルだった。

シンジが、荷物はみんな自分が持つと言ったのだが、

「これだけは自分で持ちたいの!」

と、これだけはマヤさんが譲らなかったのだ。

というわけで、シンジはそれ以外のもの、つまり、自分の荷物にマヤさんのワンピースの袋を持っていた。

「えへへ、シンジ君ありがとう。」

マヤさんは、シンジに買ってもらったサンダルの袋を大事そうに抱えている。

その表情は、世界中の幸せを一人占め、といったカンジだ。

「こちらこそ、ありがとうございます。」

シンジもシンジで、やはり嬉しそうにしている。

ただし、シンジの場合は少し頬を赤く染めてうつむいていたが。

「ねえシンジ君。折角だから、夏になったらこれ履いて一緒にどこかに出かけない?」

マヤさんは、幸せそうな表情を崩さずにそう聞いてきた。

少し口調にはしゃいでいるような気持ちが感じられる。

シンジは、「え?」といったカンジで顔を上げて一瞬マヤさんを驚いたような目で見るが、

「いいですね!どこ行きましょうか!?」

すぐに顔をほころばせた。

そんなシンジにマヤさんは、

「私は別に・・・シンジ君と一緒ならどこでもいいんだけどな・・・。」

なんてことを考え無しに口走る。

「・・・え!?」

「・・・あ!?」

言われた意味を理解したシンジと、自分の口走った言葉の意味を理解したマヤさんは、一緒に声を上げ、

「・・・。」

「・・・。」

一緒に沈黙してしまった。

ちなみに2人とも顔は真っ赤だ。

そんな中でもちゃんと足だけは動いている2人。

ちょっとした沈黙の後、先に口を開いたのはシンジの方だった。

「・・・海・・・なんか、いいですねぇ・・・。」

シンジはそうつぶやきながら足を止めていた。

シンジのつぶやきに、シンジが足を止めた事に気づくと、マヤさんも慌てて足を止めて、シンジを振り返った。

シンジは、立ち止まった場所にある店に目を向けている。

マヤさんも、シンジの視線に気づいて、そちらに目をやる。

2人が立っていたのはスポーツ用品店の前。

そして、そこでは今、夏に向けての水着のセールの真っ最中だった。

色とりどりの水着が、華やかに店内を彩っていた。

2人は同時にお互いに向き合うう。

シンジが微笑み、マヤさんもニッコリ微笑むと、

「そうね、ついでに水着も新調しちゃおうかしら。」

そう言って、2人は店の中に入って行った。










「はあ・・・。」

シンジは一つため息を吐いた。

それは、

「シンジくーん。今度はこれ試してみて!」

にこにこしながらシンジに水着を差し出す彼女に原因があった。

店に入って、あまりの水着の数の多さにちょっと驚いてしまったシンジ。

そんなシンジに、マヤさんの、

「私がシンジ君の水着を選んであげる!」

とのお言葉は嬉しいものだった。

だから快くその申し出を受けたのだったが、

「ね、早く早く!」

それがこのような結果になるとは、さすがに予想できなかった。

「・・・は、はい。」

少し引きつったような表情で水着を受け取るシンジ。

それもそのはずだ。

なぜなら、シンジのいる試着室は、もはや足の踏み場もないほど水着であふれかえっていたからだ。

だが、ここまでくると流石にまずいと思ったのか、シンジは、恐る恐るながらもマヤさんに声をかける。

「あ、あの・・・、もう僕はこれくらいでいいですから、後はマヤさん、自分のを探してください。」

「えー・・・。でも、シンジ君のがまだ決まってないしー・・・。」

シンジの言葉にマヤさんはご不満のようだ。

そんなマヤさんに、シンジは乾いた笑みを浮かべながら、

「い、いえ! 実は僕、これなんか良いんじゃないかなぁー、なんて思ってりししたんですよ・・・!」

試着室に詰まれている水着の山から見もせずに一つ抜き取ってマヤさんに見せる。

シンジの差し出した水着は、ブルーとグリーンの間のような色を基調としたトランクスタイプだった。

「あら、そうなの?それならいいんだけど・・・。」

「はい、はい! これでいいんですっっ!!」

そこはかとなく納得がいっていない様子のマヤさんに、シンジは、ここで挫けてはならじ、とまくしたてる。

するとマヤさんは、

「じゃあ、私、自分の探すから。」

やっぱり少し合点が行かないような表情をしながらも、女性用の水着売り場に向かった。

「・・・はぁ。」

そんなマヤさんを見送って、シンジは、ほっと一息つくのであった。

 

さて、シンジの水着選びにはそんなだったマヤさんだったが、自分の水着を選ぶのには、そうでもないようだった。

マヤさんは、何枚かちょこちょこっと選ぶと、それらを持って試着室に入って行った。

その間に、シンジは自分の選んだ水着を買ってしまっていた。

そして、ぶらぶらしながらマヤさんを待つ。

暇なので、女性用の水着なんかもちょっと見てしまう。

心の中では、さっきはマヤさんが色々と選んでくれたんだから、という気持ちが働いていたようだ。

そのうち、

「あ・・・。」

シンジは、一つの水着の前で立ち止まる。

マネキンではなく、女性のラインを模した形のクリアなプラスティックの板にあわせられて展示してあるその水着は、先ほどのワンピースのように、うすい黄色を基調としたパレオ付きのワンピースタイプだった。

シンジの頭は、自然に想像力を総動員して、これを身につけたマヤさんを思い浮かべる。

抜けるような青い空と夏の日差し、エメラルドグリーンの海と白い砂浜。

そんな中を、この水着を身につけたマヤさんが走ってくる。

「シンジくーん・・・!」

逞しい想像力は、音声までも再現する。

顔の緩んでしまうシンジ。

「シンジ君?」

だが、

「シンジ君、シンジ君!?」

シンジは突然肩をゆすられて、現実世界へと引き戻された。

「・・・えっ!?」

気が付くと、前にはマヤさんんが心配そうに立っていた。

「シンジ君どうしたの・・・?」

「あっ、いっ、いえ、なんでもないです・・・なんでも・・・。」

ははははは、と乾いた笑いを浮かべるシンジ。

どうやらシンジが想像力を総動員して作り上げたマヤさんの声は、どうやら想像力だけの賜物ではなかったようだ。

そんな恥ずかしい思いを誤魔化すために、シンジは先ほどまでの想像を駆り立てた例の水着に目を向ける。

「ただ、これなんかマヤさんにどうかな、って考えていたんです。」

シンジの言葉にマヤさんもその水着に目を向ける。

「そ、そうかしら・・・。」

別に普通の水着なのだが、シンジに言われたせいか、なんだか照れてしまう。

「じゃ、じゃあ、ちょっと試してみようかしら。」

「はい。」

マヤさんは、照れ隠しにかそう言って、飾ってあるのと同じ水着の自分のサイズを探すと、そそくさと試着室に入って行った。

そして、

「シンジ君・・・。」

試着室からマヤさんが顔だけ出す。

「あ、はい。」

近くに居たシンジは、すぐに彼女の入っている試着室の前まで来た。

「どうかしましたか?」

シンジがたずねると、

「う、うん・・・。」

マヤさんは、一度躊躇したようにうつむくと、今度はゆっくりと試着室のカーテンを開ける。

そして、先ほどシンジが選んだ水着に身を包んだマヤさんの姿が現れた。

「・・・!」

シンジは息を呑んだ。

そこにいるマヤさんは、先ほどシンジが想像した以上に素敵だったからだ。

「ど、どうかしら・・・。」

恥ずかしそうにうつむいたままたずねるマヤさんに、シンジはただ一言、

「素敵だ・・・。」

惚けたようにつぶやく。

「え、そ、そう・・・。恥ずかしけど・・・嬉しいな・・・。」

マヤさんは、恥ずかしさの中にも嬉しさを隠せない微笑みを浮かべた。

2人の間には、ぎこちない・・・というか、初々しい、といった雰囲気が流れていた。

そんなお見合い状態が少し続いたが、マヤさんが、

「じゃ、じゃあこれに決めちゃうね。」

といって、試着室のカーテンを閉めると、シンジも金縛りから解けたように動き出した。

試着室から離れるシンジ。

何とはなしに店の中を見まわす。

夏を目の前にしたスポーツ用品店はマリンスポーツ関係でうまっている。

そんななか、シンジの視点が一個所に止ると、自然と笑みが浮かぶ。

「・・・楽しみだな。」

そこには、青い海と白い砂浜の広がるビーチのポスターが貼られていた。

 














・・・ブーン、とエンジン音が下がって、道端にその車は停まった。

ガチャ、と音がしてドアが開き、人が一人出てくる。

「本当にここまでで良いの?家までちゃんと送っていくのに・・・。」

車は黄色いビートル。

声をかけたのはマヤさん。

車から降りてきたのはシンジ。

そして、ここは今朝、2人が出会った公園の前だった。

 

マヤさんは、車の窓から少し心配げな表情を見せている。

まだ雨は降り続いていたので、それも仕方のない事だっただろう。

だがシンジは、今朝と同じようにカサをさしながら、

まあ、荷物があったから、まったく同じ、というわけではなかったが・・・、

歩道から、マヤさんの車の窓に、マヤさんの顔に、自分の顔を近づける。

「いえ、ここまで送ってもらえれば十分です。どうもありがとうございました。」

ニッコリ微笑むシンジ。

「そ、そんな・・・いいのよ。こっちこそ、付き合ってもらっちゃって、ありがとう。」

マヤさんも、少し頬を赤くしながら微笑んだ。

「夏・・・待ち遠しいですね・・・。」

カサを少し高く上げて、空を見上げるシンジ。

長く続いた梅雨が鬱陶しいのは確かだが、この場合、シンジの意図は他にある。

空を見上げている目は、もっと遠くを見ている。

そしてマヤさんも、その事は重々承知している。

「約束・・・だもんね・・・。」

そうつぶやいて、マヤさんも空を見上げた。

 

・・・そう、約束。

 

2人の荷物の中には、約束の証がある。

夏まで出番を待ち続ける、

2人の約束の日まで出番を待ち続けるであろう水着とサンダル。

しかし、未だ降り続ける雨と鮮やかに咲き誇る紫陽花。

出番が来るのは、もう少しばかり先の事のように思える。

「紫陽花も良いですけど、そろそろ梅雨、明けて欲しいですよね・・・。」

しみじみ言うシンジ。

今朝も見た、公園に咲く紫陽花が、綺麗に咲き誇っているだけに、今は少しだけ恨めしい。

でも、

「大丈夫よ!」

「・・・へ?」

マヤさんは明るい声を上げた。

「大丈夫よ。ほら、あの紫陽花を見て!」

2人の視線は紫陽花に向かう。

降りしきる雨に濡れる紫陽花は、限りなく深く濃い青に、その身を染め上げて咲き誇っている。

「ね! 紫陽花の色、すっごく深い青色をしているでしょ!」

「そうですね。」

「紫陽花はね、七色にその花の色を変えていくの。

「・・・?」

「初めは葉の緑から、うすい黄色に、そして赤みがかってピンク、赤。それに青が混じって小豆色から紫。そして最後には赤みが取れて、深い青色に変わるの。」

「・・・!?」

「ね、ほら、あの紫陽花。きっと梅雨明けも近いよ。」

2人の見ている紫陽花は、まさにマヤさんが説明した通りの、深い青色をしていた。

だから、

「そうですね・・・きっと!」

2人はにこやかにうなずきあった。

 

すると・・・。

 

「・・・え!?」

「・・・ん!?」

2人の頭上に、光の筋が一筋のびてくる。

「・・・あ!」

「わぁ・・・。」

見上げると、雨脚は弱まり、弱まり、消えていき、

雲の切れ間から2人の頭上にのびてきていた光の筋は、だんだんと広くなってゆく。

いたるところに雲の切れ間が出来、幾筋もの光が雲間からのびてくる。

降り注ぐ光の筋は、次第に多くなり、広くなり、

そして・・・。

いつしか、雨雲は消え去っていた。

 

そこにあるのは、澄み切った青空と、

「マヤさん、あれ!!」

「綺麗・・・。」

空に架る大きな虹の架け橋。

 

2人は、しばらくの間、七色の虹をぼんやりと眺めていると、どちらからともなくお互いに向き合って、

「シンジ君!」

「マヤさん!」

「「約束(ね)!!!」」

2人とも、満面の笑顔を見せた。









晴れ渡る空。

そんな青空に架る七色の虹。

眩しい日差しは、黄色いビートルを覆う雨露にはじかれて、

光の乱反射が2人を包む。

夏は、もうすぐそこまで来ていた。







To Be Continued to "Ritsuko-san."







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