サンサンサン照らしているよ
まぶしい光で照らしているよ
サンサンサン導いてるよ
まぶしい光で導いてるよ
そんなお日様いっぱいあびて
ぴんっと背筋を伸ばしてる
恥ずかしがることなんてない
隠すこともなにもない
顔をまっすぐお日様に向けて
黄色い笑顔がまぶしいね
サンサンサン照らされてるよ
まぶしい黄色に照らされてるよ
「暮れゆく夏か・・・。」
青空の下、その少女は眩しい太陽をつばの広い麦藁帽子に受けながら、その高原に立っていた。
空はどこまでも青く。
遥か遠くの空から沸き上がってくる入道雲はどこまでも白い。
太陽も、そのサンサンとした日差しで世界を照らしている。
それは、まさに夏の空。
残暑と暦の上では呼ばれても、それは、まさに夏の空だった。
「・・・でも、」
彼女は、自分のすぐ横に目をやる。
そこには、彼女と同じく太陽の日差しを一身に受けている一本の大きなひまわりの姿があった。
しっかりとした幹に青々とした葉をたたえ、目に染みるほどに眩しい黄色の大きな花を咲かせている。
太陽に向かう花。
精いっぱいに背伸びをしてまっすぐ太陽を見上げている。
そんなひまわりにならってか、彼女も空を見上げた。
2人並んで太陽を見上げる。
太陽の恵みを一身に浴びる。
「そうよね。」
眩しい太陽に目を細めていた彼女は、隣のひまわりをチラリと見て微笑んだ。
そして、その微笑みをそのままに、彼女はワンピースのすそを揺らしながら、その場を軽やかなステップで去っていった。
...with Hikari-chan
"Late Summer"
残暑という言葉がある。
暑中見舞いや残暑見舞いを送りあったりしなければならない理由から、誰でも知っている言葉だ。
一般の人なら、暑中見舞いを受け取って『ああ夏だなあ』などと思ったり、
残暑見舞いを受け取って『ああ、まだ暑いなぁ』などと思ったりするのかもしれない。
だが、そういった気持ちになれない者達もいる。
多分、大部分の学生たちはそうだろう。
学生たちにとっての夏は、あくまでも『夏休み』だ。
そんな彼らが、夏休み前に暑中見舞いをもらって、夏休みの真っ只中に残暑見舞いをもらっても、首を傾げてしまうだけだろう。
後半に入ろうが、夏休みの内は夏なのだ。
しかし、それでもやはり夏休みの前半と後半では違いは出てくる。
たとえば海。
夏と言えば海水浴、と言えないこともないが、夏休みも後半に入ってくると海で泳ぐのは難しくなってくる。
気温も水温も海水浴にはまったく問題の無い温度だが、夏休み後半頃になると、海には邪魔物が出てくるのだ。
そのために、海水浴を断念しなければならないこともよくある。
そしてここにも、そうした事情で海水浴を断念した者達がいた。
「えっえぇぇぇ・・・!!?? 『2人だけ』で海水浴に行ってきたですってえぇぇぇ・・・!!!」
マヤさんと2人だけで海水浴に行った事実がアスカにばれたのは、夏休みも後半に入ったある日のことだった。
アスカにばれる。
それは、イコールみんなにばれる、を意味していた。
当事者であるマヤさんとシンジの2人と、2人がそれを予定していた事を知っていたリツコさんとミサトさんの4人を除いたみんなの反応はさまざまだった。
一番初めにその事実を知ったアスカは、その顔を真っ赤にしながら怒り狂い部屋は半壊。
煽りを食ったシンジは、まる一日意識を回復しなかったという。
レイは、シンジが意識を回復するまで、シンジの枕元についてシンジの手を握り締めていた。
彼女がどんな思いでシンジの手を握り締めていたのかはわからないが、その表情は、見かけ無表情だった。
ただし、意識の無いはずのシンジの表情が、その間、悪夢に魘されているように見えたという。
トウジとケンスケの2人は、いつものように
「「・・・いや〜んなカンジ!!」」
と言ったまま固まり、
ヒカリちゃんもまた、
「五戒もモーゼの十戒もないわよ!!」
と、いつものように両手で顔を覆いながらイヤンイヤンと全身をくねらせていた。
・・・まあ、ちょっとアレンジは入っていたようだが。
さて、シンジの意識が回復すると、アスカは、
「アタシ達も海に行くのよっっ!!」
と、思いっきり力を込めて宣言した。
レイもそれに賛成の意を示したが、アスカの言った『アタシ達』というのが、本当は、特定の2人だけを指していたので、それはそれでまた問題だった し、戦々恐々とした雰囲気も醸し出していた。
だが、リツコさんの、
「こんな時期じゃ、もうクラゲでいっぱいで泳げやしないわよ。」
との冷静なお言葉と、
「海がだめでも山があるじゃない。み〜んなで行きましょ!」
との、イベント部長のミサトさんの言葉により、事態は収束を迎える。
結局、さすがに山ではないが、高原の避暑地にみんな連れだって行く事になった。
シンジにとって幸運だったのは、マヤさんと海に行く前に、ミサトさんと海に行った事実が発覚しなかったことだろう。
もしもそれが発覚していたら・・・。
・・・おおう! 想像するだに恐ろしひ。
そんなこんなでシンジ達一行は高原の避暑地にやって来ていた。
ちなみにメンバーは、
男性陣は、シンジ、トウジ、ケンスケの3バカトリオ。
対する(?)女性陣は、アスカ、レイ、ヒカリちゃん、及びミサトさん、リツコさん、マヤさんの、"...with シリーズ"主役6人衆(笑)だった。
ペンションなどではなく、自炊の出来る別荘タイプに宿泊を決めたのは、シンジとヒカリちゃんという、2人の料理の鉄人がいたからだ。
まあ、某少女達の、シンジに対する罰だ、という見方も出来なくはなかったが・・・。
タッタッタッタ・・・。
ちょっと駆け足で廊下を走る少女。
お下げを揺らしながら走っている彼女は、ヒカリちゃんだ。
先ほどまでのワンピース姿ではなく、今はもっと活動的なパンツルックでいる。
夕方近くなっている今、彼女の向かっているのは厨房だった。
「ごめんなさい、遅くなって。」
そう言いながらヒカリちゃんは厨房に入ってきた。
厨房の中には、もうすでにシンジがいて、下ごしらえを始めている。
そんなシンジの姿から視線をはずして、壁に掛けてあるエプロンを手に取る。
「ホントにゴメンなさいね、ちょっとゆっくりしちゃったみたいで・・・。」
言いつつエプロンを身につけると、シンジに振り向いた。
ヒカリちゃんの表情は、『ゴメンね、てへっ』というカンジの、なかなかに可愛らしいものだったが、どうやらシンジは見ていなかったようだ。
「ううん、それはいいんだけど・・・。」
下ごしらえをしていた手を止めたシンジは、うつむいたままでいる。
「どうかしたの?」
シンジの様子にやっと気づいたヒカリちゃんは、シンジを見つめた。
「・・・ん、んん。」
シンジは、エプロン姿で、さっきまで仕込みをしていた手をテーブルから下ろすと、なんとも言いがたい苦笑を浮かべた。
そんなシンジを訝しげに見るヒカリちゃん。
だが、
「・・・ん?」
シンジの目の前のテーブルにのっているものが目に入ると、
「どうしたの・・・それ!?」
彼女は、ちょっと驚いた表情を浮かべながらシンジに近寄った。
彼女が驚いたのも無理は無い。
なぜならそこには、今晩と明日の晩、両方の材料が用意されていたからだ。
まじまじとシンジとその材料を見比べてしまうヒカリちゃん。
シンジは、その視線に耐えられなくなったのか、
それとも自分自身、なにか思うところがあったのか、
「実は・・・。」
口を開いた。
「はぁ・・・。しょうがないわね、アスカは・・・。」
シンジの話を聞いて、大きくため息をついてしまうヒカリちゃん。
「・・・ごめん。」
シンジは、ただただうつむくばかりだ。
シンジの話を彼女なりに意訳してみると、ようはこういうことだったらしい。
いまだに肉の食べれないレイのために、シンジは特別メニューを考えていたらしい。
この特別メニューのことはヒカリちゃんも知らなかったので、シンジが独りで考えていたことなのだろう。
今晩は、確かに肉中心のメニューなので、シンジの考えも理解できる。
だが、彼のいたらなかった点は、それを前もって誰にも言っていなかったことと、不覚にも(?)そのことを、りにもよってアスカに知られてしまったことだった。
更に、その事実が発覚したとき、一緒にいたのがレイ、アスカ、シンジの3人だけでレイが思いきり嬉しそうな幸せそうな表情でシンジに擦り寄り、シンジがちょっと(?)デレっとした表情をしてしまったのをアスカに見られてしまったのが決定打になったようだ。
ただでさえ例のマヤさんとの海の件でアレだったのを、2人っきりの旅行で埋め合わせ、と思ったら、みーんなで行くことになって、更にはレイに特別メニューと聞けば、これはもう生命の危機を感じてもおかしくはないだろう。
そして、そんなアスカの怒りを静めるためにも、シンジがアスカにも特別メニューを用意することを約束せざるをえなくても、それはそれで仕方の無いことだったのではないだろうか。
ヒカリちゃんは仕方が無い、といった表情を浮かべ、
「別に碇くんのせいじゃないわ・・・多分。」
と、『多分』のところで悪戯っぽそうに微笑んだ。
「ごめん。」
ヒカリちゃんの『多分』のパートに更に落ち込んでしまうシンジ。
「あら、やだ碇くんってば、冗談よジョーダン。」
落ち込んでしまったシンジにちょっと焦ったのか、ヒカリちゃんは、アハハ、と笑いながらパタパタと手を振った。
「・・・。」
でも、シンジの落ち込んだ雰囲気は晴れない。
ヒカリちゃんは、『困っちゃったなぁー』とか『あっちゃぁー』とかいったカンジの苦笑を浮かべた。
マンガ的な表現を借りると、後頭部に大きな汗の粒を背負っているといったところだろうか。
パタパタと振っていた手も、今では固まっている。
なにやらジトーっとした雰囲気が2人を覆っていた。
少しの間、気まずさで固まっていたヒカリちゃんだったが、なんとか立ち直り、また、
・・・アハハハハ、
と、ちょこっと白々しかったかもしれないが、笑って、
「いいからいいから。さっさとやっちゃいましょ。」
シンジの横に擦り寄るように近づいて、うつむいているシンジの顔を下から覗き込んだ。
「・・・ねっ!」
上目遣いでシンジを見て、にっこりと笑う。
大輪のひまわりのような笑顔は、なかなか破壊力抜群だ。
シンジは顔を真っ赤に染め上げてしまう。
「・・・!?」
色々な感情が混じって、恥ずかしくなってしまって、下から覗き込まれている、その上目遣いの視線に耐えられなくなって、顔を上げてそっぽを向いてしまう。
「・・・う、うん。ありがとう。」
「・・・??」
いきなりそっぽを向いてしまったシンジがちょっと気になったが、気を取り直して、
「・・・じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいましょう!」
ヒカリちゃんは、笑顔で食材に向かう。
シンジも、そんな彼女の元気な笑顔に誘われて、
「うん。」
にっこり笑顔で答えた。
元気が出れば、調子が出てくれば、後はこの料理の鉄人たる2人。
何の問題もなく、手際よく作業をこなして行く。
2人の息もピッタリで、キッチンには、2人の料理のメロディーが流れていた。
・・・ガチャガチャガチャ。
キッチンに食器を片付ける音が響く。
食事も終わり、このキッチンにいる人間以外は、みんな食後の団欒を楽しんでいるはずだ。
キッチンにいるのは、料理を作っていたときと同じ。
ヒカリちゃんとシンジ。
2人は積み上げられた、汚れた食器を相手にがんばっている。
その食器の数はものすごいものがある。
だが、それも仕方の無いこと。
例の、レイとアスカに特別メニューを作る、という話。
あれが、実はそれだけではすまなかったからだ。
あの2人だけが特別メニューを作ってもらうのは不公平だ、という話になってしまったのだ。
特に、トウジとマヤさんの恨めしそうな表情。
トウジは、食い物の恨みを体現し、
マヤさんは、またちょっと違った恨み・・・というか、拗ねていたのだろう、あれは。
とにかく、この2人のそんな様子に、ヒカリちゃんとシンジが抗うことは不可能だっただろう。
事実、不可能だった。
結局、みんなに個人メニューを作らざるをえない状況に陥ってしまったのだ。
それで、ヒカリちゃんが、トウジ、ケンスケ、ミサトさん。
シンジが、レイ、アスカ、マヤさん、リツコさんの料理を作ることになった。
みんながみんな別のメニュー。
それは作り手にとって、かなりジゴクだったし、他の人間がその状況を見たら、変に思ったことだろう。
ちなみに、みんながみんな別のメニューではあったが、唯一例外として、それら料理の作り手たるヒカリちゃんとシンジの2人だけは、ヒカリちゃんの手による同じ料理を食べていた。
まあ、これはこれでまた、一部の人間に不評だったようだが・・・。
さて、それはそれとして、2人は汚れた食器の山に挑んでいた。
食器洗い機があるので、そんなにひどいことにはなっていなかったが、それでもやはりこの山積みは見るだけでこたえる。
普通なら、2人は料理をしたのだから、後片付けは別の人が、という考えが浮かんできてもおかしくないのだが、ここではそうではないようだ。
いや、実際には、後片付けくらい出来る、後片付けくらいやろう、と思った人たちもいたのだが、よりにもよってその全員が、同じ料理を食べるヒカリちゃんとシンジの2人を見て、その考えを投げ捨てたのだった。
2人が、とても嬉しそうに同じ料理を食べていたように見えたらしい。
・・・少なくとも、彼女たちには。
そして、残ったのは、片付けた後に、更に他の人間による掃除が必要な者達だけだったのだ。
そんなわけで、ヒカリちゃんとシンジの2人はせっせと食器をすすいで、食器洗い機の中に入れていっていた。
食器洗い機というものは、決して万能ではない。
汚れた食器は、入れる前にすすがなければならないし、食器の入れ方も、ちゃんとうまく入れなければキレイに洗われない。
特に今回のように大量の食器がある場合は、かなりうまく入れないとダメだろう。
2人は共に頭をひねり、あれを試しこれを試し、試行錯誤を繰り返して、やっとすべての食器をまとめて入れた。
もちろん、ただ入れただけではない。
洗浄液のジェット水流が通る隙間を適度に開けて、全体がまんべんなく洗われるように心がけている。
・・・ギギギ・・・バンっ。
パチン。
グヲングヲングヲン・・・。
食器洗い機を閉め、スイッチを入れ、洗い始めたのを確認すると、2人は、
「「・・・はぁぁぁ。」」
ふかーい息をした。
そして、
「「・・・!?」」
2人はビックリしたように互いを見合って、
「・・・あはは。」
「・・・クス。」
訳も無く笑った。
・・・グウォングウォングウォン。
食器洗い機の低い音がキッチンに響く。
そんな中、2人はいかにも疲れたといったカンジでイスに座り込んでいた。
テーブルを挟んで向かい合っている2人。
2人とも、同じように両肘をテーブルについて自分の頭を支えている。
実際、支えなければテーブルに突っ伏していただろう。
瞳も、かろうじて開いているが、ただ開いているだけで、視線はどことも知れぬところに向けられ、その焦点も合っていはしまい。
そんな、ボー・・・っとした空間。
そんな、ねむねむとした空間。
そんな空間を破り、先に口を開いたのは、ヒカリちゃんの方だった。
「これは明日、買い出しに行かなきゃダメみたいね。」
彼女はポツリつぶやく。
口をついで出て来た言葉だったが、別に何を意識して紡がれた言葉でもない。
その証拠に、というか、彼女の視線はいまだ霧の中だ。
シンジの方もあまり変わらず、やはり目の焦点は合っていないように思える。
しかし、それでもちゃんと返事だけはした。
「僕独りで行ってくるよ。僕のせいだし。洞木さんまでつきあわせるわけにはいかないよ。」
ぽやぽやっとしながらも、口調は柔らかい。
それはシンジの思いやりだったのかもしれないが、ヒカリちゃんは一言。
「私も行くわ。」
「・・・。」
「・・・。」
しばしの沈黙が流れ。
「・・・そう。」
「・・・うん、そう。」
「・・・じゃ、一緒に行こっか。」
「・・・うん。」
「・・・。」
「・・・。」
ぽやぽやとした2人。
ねむねむとした空間には、食器洗い機の音だけが響いていた。
次の日の午後。
ヒカリちゃんとシンジの2人は買い出しに出かけた。
昨夜の特別個人メニューのおかげで、冷蔵庫もなにも空っぽになってしまていたからだ。
朝とお昼は、残り物を利用して何とかしのぐことできたが、夜はそういうわけにはいかない。
そんなわけで、2人は、他のみんなが思い思いに楽しんでいる中を抜け出して(?)来たのだ。
大人数で行っても邪魔になるだけだし、この2人で行くのが一番手早く合理的に買い物出来ると思われたからだ。
ただ一点、このメンバーに不足なのは車という足であり、それはそれでかなりイタイのだが、2人はそれを自転車を出すことで補うことにした。
とはいえ、自転車もママさん自転車一台しかなかった。
だがそれでも、2人で行った方が楽だと判断したのだ。
それはそれで正しい判断だったのだろうが、この2人は、残された人間がどのように思うかを考慮してはいなかったのだろうか・・・?
その午後は、澄み切った青空が広がり、心地よい風の吹く、そんな午後だった。
そんな中、2人はスイスイと風を切りながら、高原の小道を一台の自転車で進んでいた。
その自転車は、典型的なママさん自転車で、前に籠が付いていて、後ろには荷台が付いている。
3段変速のギアと、竹で編まれた前の籠が、特徴だ。
『高・中・低』とあるギアを『高』にあわせて自転車を漕いでいるのがシンジ。
後ろの荷台には、ヒカリちゃんが乗っている。
エプロンドレスのようにも見えるワンピースに麦藁帽子をかぶっているヒカリちゃんは、荷台に横に座り、片腕をシンジの腰にまわし、もう片方の手で、帽子が飛ばないように押さえている。
ワンピースの裾は風になびいていた。
「ゴメンね、ホントだったら僕独りで行くべきだったのに。」
自転車を漕ぎながらシンジは、後ろに声をかけた。
「またそんなこと言って。気にしないでって言ったでしょ。」
ヒカリちゃんはちょっと苦笑ぎみだ。
「う、うん。」
シンジは、それでもまだ気にしているようだ。
「サイクリングに来たと思えばいいじゃないの。」
ヒカリちゃんはニッコリ微笑んで、シンジの腰にまわしている腕に力を入れた。
「・・・!」
後ろに乗っている彼女の表情は見えないものの、腰にまわされた彼女の腕にギュっとされて、背中に彼女の存在をもっとヴィヴィッドに感じたシンジは、自分の顔が熱くなってくるのを感じた。
そして、
「・・・2人で一緒に自転車に乗って、なんだかデートみたいね。」
ポツリと呟かれたヒカリちゃんの言葉に、
「・・・!!??」
まるで、『ピーッ』と沸騰したヤカンのように、顔を真っ赤に染めた。
「・・・なっ・・・なっ・・・なっ・・・!?」
思いっきりどもりまくっているシンジ。
気が動転しているためか、自転車のスピードもかなり落ちている。
そんなシンジの様子に、
「・・・クスクスクス。」
笑みをもらしてしまうヒカリちゃん。
「・・・ひどいなぁ笑うなんて。」
「・・・ごめんなさい、でも・・・クウクスクス・・・。」
ちょっとむくれるシンジに、更に笑いが止まらなくなってしまったヒカリちゃん。
「・・・むー。」
シンジも更にむくれる。
「まーまー、機嫌直して・・・ね。」
やはりクスクス笑みを隠せないまま、ヒカリちゃんは、もっとシンジの腰にまわした腕をギュっとする。
「・・・っ!」
ヒカリちゃんは、シンジの背中に完全密着状態。
シンジは、背中に感じる体温に、ドキドキだ。
ドキドキと、ちょっとにやけたようなカンジがない交ぜになったような表情のシンジ。
「・・も、もう、からかわないでよ洞木さん。なんだかアスカとかミサトさんに似てきたんじゃないの。」
シンジは、恥ずかしさをごまかすように呟く。
「あーら、どういう意味なのかしら? 私、わからないから2人に聞いてみようかなぁ〜・・・?」
澄まし顔のヒカリちゃん。
でも、その目は笑っている。
「・・・っえ!? いやっ、それは・・・!」
かなり焦ってしまうシンジだったが、そのすぐ後に聞こえてきた、
「・・・っぷ・・・クス・・・クスクスクス!」
ヒカリちゃんの笑い声に、
「・・・っちぇー。かなわないよな、まったく。」
すねたような顔をしてみせると、一緒になって笑い出した。
「・・・フフフフフ。」
「・・・アハハハハ。」
ひとしきり笑いあった後、ヒカリちゃんは言った。
「からかっちゃったお詫びにとっておきの場所を教えてあげるわ!」
「・・・とっておきの場所?」
「昨日、独りで散歩してた時に見つけたの。」
「へぇ・・・。」
「もうちょっと行ったところでね、おーきなひまわりが咲いてるの!」
2人を乗せた自転車の通ってきた小道はなだらかな上り坂になっていた。
それは本当になだらかなもので、自転車で2人乗りをしていてもまったく苦にならないような坂道だ。
そして今、2人はちょうどその坂の終わりに差し掛かっていた。
「ここから少しそれたところにあるのよ。」
ヒカリちゃんは横を指差し、シンジを誘導する。
シンジは、彼女に言われた通りの方向に自転車を向かわせる。
道をはずれ、野原を行く2人。
さすがに道ではないので少しガタガタしていたが、それも二人乗りの自転車で進めないわけではない。
少し行くと、大きな木が一本。
まさに『大樹』という言葉がぴったりの、青々とした葉を茂らせた木があった。
そして、そのすぐ側に、
「ほら、ここよ。」
一輪の大きなひまわりが咲いていた。
「ホントに大きなひまわりだね。」
シンジは、ヒカリちゃんが降りるのを確認すると、自分も降りて自転車を止める。
その間も、シンジの目はそのひまわりに釘付けだ。
シンジが思わず声を漏らしたように、ヒカリちゃんの言う、その『おーきな』ひまわりは、とても立派なものだった。
眩しい黄色のひまわり。
緑の葉をいっぱいに広げて。
真っ黄色い顔を誇らしく上げて、真っ直ぐ太陽を見ている。
「ね、すごいでしょ。」
「・・・う、うん。」
少し興奮したようなヒカリちゃんの言葉も、今のシンジの耳には、あまり入っていないようだ。
だが、
「でも、これだけじゃないのよ・・・来て!」
ヒカリちゃんはシンジの腕を引っ張って、その大樹の根元まで連れて行く。
そして、
「ほら!」
ヒカリちゃんは腕を広げた。
「・・・!!」
そこには、一大パノラマが広がっていた。
シンジは息を呑んだ。
言葉は無かった。
それを表現するだけの言葉など、シンジは持っていなかった。
この場所は、ちょっとした丘のような所にあるらしく、眼下に森と湖の全景を眺めることが出来るのだ。
どこまでも広がるかのような深い緑の森。
そして、その中に隠れるように、だが絶対の存在感を持った、どこまでもどこまでも深く濃く蒼い湖。
下界すべてを照らす太陽の日差しに、揺れる水面が輝く。
キラキラきらきらと森を湖を浮かび上がらせる。
シンジはそのまま、大樹の根元に座り込んでしまった。
シンジは感じていた。
その自然を感じていた。
自分の寄りかかり座っている大樹の根元から、自然の息吹を感じていた。
眼下に広がる森から、自然の広がりを感じていた。
たゆたう湖から、自然の深さを感じていた。
そして、たった一本、真っ直ぐ太陽に向かって咲いているひまわりに、自然の力強さを感じていた。
鮮烈さにシンジが包み込まれていると、ふと、片手に温かいものが触れているのを感じた。
シンジは、そちらを向く。
そこには、自分の手に重ねられたもう一つの手。
何時の間にか隣に座っていた彼女。
ヒカリちゃんの手。
シンジは、少し呆けたようにその手の主の顔を見る。
ヒカリちゃんは、やわらかに微笑んでいた。
そしてシンジも、やわらかく微笑んだ。
シンジは、また森に、湖に、ひまわりに視線を走らせる。
そして、
「・・・。」
顔を上げた。
木漏れ日がちらちらと目に入ると、そのままゆっくりと瞳を閉じた。
自然の中に育まれた温もりと、すぐ隣にいる人の温もりを直接感じながら。
「・・・りくん・・・かりくん・・・」
「・・・ん・・んん・・・」
「・・・碇くん・・・碇くん・・・」
「・・・んんん・・・ん!?」
何者かに呼ばれてシンジは目を覚ました。
シンジを起こしていたのは、
「あれ・・・洞木さん・・・どうしたの?」
ヒカリちゃんだ。
「『どうしたの?』じゃないわよ!」
少し寝ぼけ眼のシンジだったが、彼女の真剣みのある表情と言葉にしっかり目を覚ました。
「見てよ!」
そして、ヒカリちゃんに言われるまま視線を上げると、
「・・・!!??」
今度は完全に飛びあがった。
そこには夕焼け空が広がっていたのだ。
「私達、寝過ごしちゃったのよ、どうしよう・・・。」
「・・・え、えっと、えっと・・・。」
慌てているというか心配しているというか、そんな感情が入り混じった表情をしているヒカリちゃん。
シンジはシンジで、頭の中が回っていないようだ。
「と、とにかく、い、急ごう! は、早く買い物して帰らないと・・・!」
とりあえずそれだけ口にすると、シンジは自転車に向かおうとする。
だが、
「「・・・!?」」
片腕が進まない。
2人の手が、まだ繋がれたままだったのだ。
「「・・・あ。」」
2人は同時に気づいて、同時に手を放す。
2人とも、どんな表情をするべきなのかもわからずに戸惑い照れている。
だが2人とも、次第に照れ笑いを浮かべ、
2人同時に手を伸ばして、しっかりと握り合った。
互いに微笑む2人。
「行こう!」
「うん!」
そして2人は、自転車へ駆け寄っていった。
暮れゆく夕日は世界を染める。
オレンジ色に世界を染め上げる。
青い空も。
白い雲も。
緑の大樹も。
深蒼の湖も。
そして、眩しいほどに黄色いひまわりも。
すべて、オレンジに染め上げる。
カナカナカナ・・・と響く蝉時雨。
響き渡り、染みてゆく。
心に響き、染みてゆく。
それは暮れゆく日。
それは暮れゆく夏。
ゆっくりとゆっくりと。
暮れてゆく。
そんな中、
オレンジ色に染まった大輪のひまわりは、しっかりと前を見据えていた。
沈みゆく夕日を。
暮れゆく夏を。
しっかりと、最後まで見届けるかのように。
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…Rei."
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