小春日和
インディアンサマー
老婦人の夏
枯れ葉舞い散る秋の日が自分の季節を忘れてしまったのか
一時だけ夏を思い出す
それは夏の最後の残り香かそれとも、ただの幻なのか
「小春日和…ううん、インディアンサマー…終わらない…夏。」
窓から差し込む朝日だけがたよりの、明かりのついていない部屋の中、姿見の前に立つ彼女は、そこに映る制服姿の自分の姿を見ているのかいないのか。姿見を直視しているようでいて、実際には、まるで見ていないようにも思える。
良い電波を取るためだろうか、窓辺に置かれたラジオからは、今日の天気などが流れていた。
もう枯れ葉もハラハラと落ちている秋の真中だというのに、日中は夏の陽気になるとか。
そんな内容の天気予報。
彼女は、独りうなずくと、手早く着たばかりの学校の制服を脱ぎだした。
――― バサッバサッ
勢い良くベッドに投げ出される脱ぎたての学生服。あられもない下着姿が姿見に映ると、彼女はごそごそとタンスから何かを取り出す。
そして今度は、あまり手早く、とは言えない手つきでそれを着た。
着替えて、自分の姿を姿見で見る。
気に入ったのか、独りごつと、今度は机の中から袋を取り出して、それをバックパックにいれて、そのまま部屋を出ていった。
部屋の窓から差し込む日差しは、ますます強くなっていった。
...with Asuka
"Eternal Summer"
小春日和という言葉がある。
小春というのが陰暦十月の異称であるところからもわかるように、この頃にたまにある、春のように穏やかな陽気の日をあらわす言葉だ。
実際、そのような日は、とても暖かく、上着どころか長袖のシャツですらいらないような陽気になることがある。
そんな日は、『小春日和』というよりも『小夏日和』と呼びたくなってしまうくらいだ。
現に、沖縄辺りでは『小夏日和』と呼ぶらしいし、他の国々でも、夏を使った言葉で呼ばれることが多いらしい。
たとえばアメリカでは『インディアン・サマー』。
ドイツでは『老婦人の夏』。
フランスでは『サン・マルタンの夏』。
ロシアでは『女の夏』。
など、様々だ。
しかし、そんな夏を思いかえらせるような陽気でも、やはり秋は秋なのだろうか。秋という季節は、涙とため息で出来ている、と聞いた事があるが、まさにここに、その表現を体現したような様子の人物がいたからだ。
天高く、馬肥ゆる秋。秋の天気は、女心と比べられるほど変わり易いが、晴れた時には本当に突き抜けるような青空になる。
そんな空を流れる雲を、シンジは眺めるともなく眺めていた。
ここは教室。
今は授業中。
自習などではなく、ちゃんと教師が教壇に立っている。
本当なら、授業に集中していなければならないのだが、シンジは頬杖をつきながら、教室の窓の外に、その視線を向けていた。
――― ふぅ。
ため息をつくシンジ。まことに秋らしい、愁いを帯びたため息だったが、それは秋のせいではなかった。
キーンコーンカーンコーン
響く鐘の音。午前中の授業終了と昼休みの始まりを知らせる鐘。
いつもなら昼食の用意をしだすところだが、シンジはぼんやりと席に座ったまま。
それは、
「どうしちゃったんだろう…アスカ……。」
そう、彼女のせいだ。シンジが見やる彼女の席には誰もいない。
昼休みになったから席を立ったわけではない。
今朝から、その席は空いたままだった。
そんな、昼になっても学校に出てこないアスカをシンジが心配するのは当たり前だろう。
思えばここ一、二ヶ月ほど、彼女の様子は少しおかしかったように思える。夏休みが終わって、二学期が始まってから、彼女から快活さが消えているような気がした。
はじめは、夏休みが終わってしまったからだと思っていた。
なぜなら彼女は、まさに夏の精のようで、夏こそが彼女の季節だと、誰もが思っていたからだ。
だからこそ、その夏が、夏休みが、過ぎてしまって寂しく思っているのだろう、と思っていたのだ。
だが、それもこれだけ長く続くと心配にもなる。
しかも、今日は学校にも出てこない。
ケータイに電話しても、家に電話しても、誰も出ない。
シンジは、どんどん自分の思考の中に入り込んでいってしまった。
「おーい、シンジ。どうしたんだ?」「なに辛気臭い顔しとんのや。今は一日でいっちゃん重要な昼飯の時間やで。」
そんなシンジを現実に引き戻したのは、いつもお昼を一緒にしているケンスケとトウジだった。
「――― っえ、あ…うん。」
二人が近づいてきていたことにも気づいていなかったシンジは、驚いて顔を上げた。その驚きように、シンジがいかにイッテしまっていたか悟った二人は、眉をひそめて、あるいは目を少し大きく見開いて、互いに顔を見合わせた。
かすかにため息をつく二人。
「あのなあシンジ。別にそんな気にすることないんやないか?」「そうそう、惣流だってちょっとサボリたい日もあるだろう。」
「とにかくメシやメシ!」
「今日は暖かいから屋上にでも行こうぜ。」
明るい声を出して、シンジの気を盛り上げようとでもしているのか、少しばかり不自然な口調の二人。
「そ、そうだね……。」
だが、そんな二人の努力は、あまり実を結んでいるとは言えないようだ。シンジは、返事をしたものの、その口調はどこか上の空で、視線はしっかりと例の空いた席に固定されていた。
「「……。」」
そんなシンジに、どうしたら良いのかわからない二人。
「…あ、昼メシ…」「…えっと、屋上…」
困ったように二人が口を開くが、言葉を続ける事が出来ない。なぜなら途端にシンジが、勢い良く立ち上がったからだ。
「ボク! 気分が悪くなって早退するからヨロシク!!」
立ち上がるやいなや、すばやく荷物を片づけて、シンジは教室を去っていった。
「「……。」」
あまりの素早さに、二人とも声もなく呆然としてしまっていた。しかし、しばしの後、再起動した二人は、顔を見合わせてコクリ頷く、教室の窓にダッシュで駆け寄る。
そこには、校門に向かって駆けているシンジの姿が見える。
「なんだかんだ言っても……」「……ま、そんなもんなんやろうな。」
駆け去る親友の姿を見ながら、思わず頬が緩んでしまうのを隠せない二人だった。
しかし彼らは知らない。窓際に座っているショートカットの少女の、いつもはあまり表情を見せない彼女の表情が、あまり面白そうではないように見えたのを。
そして、教室中央辺りに座っている、おさげの少女の表情が、なんとも複雑なものになっていたのを。
彼らは知らなかった。
……知らない方が幸せであっただろうけど。
昼休み、とうとう我慢できなくなって学校を飛び出したシンジ。まずは一直線、目指すはアスカの部屋だ。
――― ぴんぽーんぴんぽーん
ドアベルを鳴らす。モチロン、といったカンジで返事はない。
シンジは、ジャラジャラとしたいくつもの違う家の鍵のついたキーチェーンを取り出すと、手慣れた手つきで鍵を開け、当たり前のように入っていった。
なぜそんなに手慣れているのか?なぜそんなに違う家の鍵を持っているのか?
そんなことは、この際気にしないことにしておこう。
アスカの部屋に入ったシンジだが、やはり彼女の姿は無い。
「ホントにどうしたんだ…アスカ……。」
部屋の中は整然としていて、別段おかしなところはない。そして、彼女の行き先を知らせるようなものもなかった。
だが、
「……制服。」
ベッドに投げ出されたままになっている彼女の制服を見つけて、彼女がはじめから学校に来る気が無かったことを知った。思わずその、投げ出されたままの制服を手に取るシンジ。
冷たいブラウスの感触に、心まで不安で凍えそうになってしまう。
「アスカ……。」
不安げな視線を手に持ったブラウスに投げかけていたシンジだったが、勢い良く顔を上げると、真剣な表情をして、
「……。」
独り無言で頷くと、その部屋を後にした。
街中を走り回るシンジ。少しでも可能性のある場所を一つ一つ。
しらみつぶしに捜していく。
コンビニだとか、高台の公園だとか、
ゲーセンだとか、
はたまた駅前だとか。
彼女のいそうな場所はみんな捜した。
「ホントに…どこに行っちゃったんだアスカ……。」
考えうる場所は捜した。しかし、見つける事が出来ない。
シンジは、トボトボと、あても無く歩いていた。
そうこうしているうちに、シンジは自分の部屋まで程近い場所まで来ていた。
こういうのを、帰巣本能とでも言うのだろうか。
自分の現在地を知り、そんなことを思ってしまい苦笑する。
苦笑して、疲れを感じて。
シンジは通りかかった自分の部屋のすぐ側の、小さな公園に入って、近くのベンチに腰を下ろした。
「ふう……。」
座った途端に、なんだか体中から力が抜けていくような感じがした。よほど気が張っていたのだろう。
だが、まだ気を抜くわけにはいかない。
アスカを見つけない事には、心配で気が休まる事はないのだから。
もう一度原点に、アスカの部屋に帰ってみよう、と決めて、シンジは勢い良く立ち上がった。
「……!?」
しかし、立ち上がったはいいが、そこで止まってしまう。シンジは、立ち上がったままの姿で固まってしまっている。
両目は大きく見開かれていて、口もポカンと開いている。
なんとも間の抜けた表情であったかもしれない。
なぜなら、距離はかなり離れていたが、シンジの座っていたベンチのちょうど向かい側のベンチに、捜していた彼女の姿があったからだ。
捜して捜して、やっと見つけた彼女。しかも、彼女は、なんと浴衣姿だ。
いくら今日が暖かいといっても、季節はしっかり秋。
枯れ葉が落ちはじめている秋。
シンジが唖然としてもしょうがないだろう。
そんなシンジをどう思っているのかわからないが、アスカは、とてもきちんとした姿勢でベンチに座っていて、その瞳は、真っ直ぐシンジに向かっていた。
もしかしたら、シンジがこの公園に入って来た時からずっと見られていたのかもしれない。
だが、今シンジの頭の中にあるのは、
『なんで?』
これだけだった。
「あ…アス…カ……。」
ポテポテとアスカに近づいていくシンジ。シンジが近づいて来ても、アスカはただ、シンジをじっと見ているだけだ。
「あの…アスカ。どうしたの、今日は一体……。」
困惑げな、そして心配げな声を出すシンジ。シンジがそんな気持ちになるも当たり前だ。
しかし、彼女は、黙ってシンジに向けていた視線を外すと、
「はい。」
彼女は言葉少なにただ持っていたバックパックをシンジに手渡す。そして、何も言わずに歩き出した。
――― からんころんからんころん――― テクテクテクテク
トーンの全く違う二つの足音。アスファルトに響く、木とゴム底の音。
目の前に、規則正しく揺れる長い髪。
本当なら、見惚れてしまうような後ろ姿だが、今はそんな事を思いやる余裕はない。
「アスカ。」「……。」
「あの…アスカ……。」
「……。」
幾ら話し掛けても返事もしてくれない。横に並んで顔を覗き込んでみてもこちらをチラリとも見てくれない。
でも、彼女の荷物は自分が持っているし、心配でもあるので、そのままサヨナラするわけにもいかない。
シンジは、まるで前時代の日本の奥方のように、彼女の三歩ほど後ろをついていくことしか出来なかった。
そんな彼女がやっと足を止めたのはバス停だった。駅前の、ロータリーになっている所に幾つもあるバス停の内の一つ。
アスカは、迷うことなくそのバス停の前に立ち、間を置かずに来たバスに、これまた迷うことなく乗り込んだ。
「…え、あ、ちょちょ…ちょっとアスカ……!?」
シンジの乗ったこともないバスに乗り込むアスカ。シンジを振り向きもしない。
シンジは、そのバスの行き先を確かめる事も出来ずに、ただアスカの後を付いて行くしかなかった。
揺れるバスに揺られる二人。バスの後ろの方。
二人乗りの席に座っている。
真っ昼間のバスは閑散としていて、他の乗客は少ない。
きっと、主要路線のバスではないのだろう。
そんな事を思うシンジ。
隣の、窓側を見れば、連れの少女が窓の外に目を向けているのが見える。
とはいえ、このバスに乗ってからずっと同じ姿勢で窓に顔を向けているので、実際に外を見ているのかは分からない。
ただ目を向けているだけなのかもれない。
彼女の行動の意味も、なぜ無言なのかも、なにもかもわからなかった。
シンジに出来たことは、斜め後ろから窓に向く彼女の横顔を見つめる事くらいなものだった。
そしてそれは、
彼女の、端整という表現がとても合っている横顔を見ていることは、不思議とあきることがなかった。
もともと少なかった乗客が、一人降り、また一人降りてゆき。
乗ってくる乗客もなく、いつしか乗客は二人だけになっていた。
そんな二人だけを乗せたバスが終着地点に着いたのは、もう日が落ちる頃の事だった。
――― キキキバタン!
カランコロン…テクテク……
ブロロロロロロ……
最後の乗客であった二人が降りると、バスはそのままUターンして元来た道を戻っていく。バスの終着地・イコール・折り返し地点。
人気の無い、なんとも殺風景な道端に、ポツリ、立っているバス停。
とても寂しく感じてしまう、そんな場所。
見えるのは、海、海岸。
聞こえるのは、潮騒と海鳥の鳴き声だけ。
海岸。かつて、ミサトさんと、そして、マヤさんと、訪れた海岸。
マヤさんと訪れた時は、あんなにも盛況で、夏の喜びに満ちていたのに。
今は、とても寂しい。
しかし、同時に美しい。
広がる砂浜と広大な海は、沈み行く夕日に、そのすべてを染められて。
すべてがオレンジに染まった世界。
二人もやはり、オレンジに染まっている。
そんな世界と同化しながら、二人はただ、沈みゆく夕日を眺めていた。
しかし、太陽が完全に沈み、辺りが闇に包まれると、シンジとしても心配になってくる。というか、今までも十分心配していたのだ、アスカのことを。
それが、暗くなってきても海岸にたたずんでいるアスカを見ると、その心配がもっと大きくなってくる。
「あの、アス……」
シンジが思い切って声をかけようとするが、同時にアスカはシンジの横から歩き出してしまう。そして、アスカは砂浜の真ん中まで歩みを進めると、シンジに手を差し出した。
バックパックをよこせという仕草だ。
困惑するシンジ。
だが、アスカはシンジに向かって手を差し出したまま動かない。
シンジは、困惑したままそのバックパックを渡すしかなかった。
シンジがバックパックを渡すと、アスカは中身を取り出す。そこから出て来たのは、コンビニで売れ残り、特価セールのサインのついていた花火セットだった。
コンビニで花火の特価セールなどということをやっていたのは、夏休み終盤のことだったような記憶がある。
ということは、アスカはその頃に、この花火を買い求めて、今まで持っていたということにもなる。
シンジの困惑は深まった。
深まるばかりだった。
花火を夏にしなかったわけではない。
高原にみんなで行ったときには、みんなで花火を楽しんだ。
一般家庭向けとしては、結構派手な打ち上げ花火などもその中に含まれていた。
地元の自治体主催の『納涼 大花火大会』にもみんなで行った。
みんなで河原に雄大な花火を見に行った。
みんなで楽しんだ。
一緒に楽しんだ。
とっても楽しかった。
アスカだって笑ってた。
アスカだって楽しんでいた。
そのはずだ。
と、シンジは思っていた。
だが、
「ねえ….しよっ……!」
花火セットを両手に持って、ニコリ微笑むアスカ。ズキューン…と、思春期の男子なら胸を貫かれてしまいそうな、そんな笑顔だった。
そしてそれは、シンジも例外ではなく、
「…う、うん。」
その笑顔に魅せられて、知らぬうちに頷いていた。
――― だが、シンジは知らない。これは、アスカにとって、気持ちの上で、初めての花火なのだということを。
売れ残っていた花火は、売れ残っていただけあって、あまり買い手のつきそうにないセットだった。派手めの花火など一つも入っていない。
入っているのはすべて手持ちのタイプの花火。
一本だけ入っていたロウソクに、きっと一緒に買い求めたのであろう使い捨てのライターで火をつける。
束になっていたり、台紙に固定されたりしている花火を一つ一つバラバラにして、
「はい。」
いくつかの花火をシンジに差し出す。頼りなげな小さなロウソクの火。
それでも、花火に火をつけることは出来る。
火がつくと、良く言えば上品な、悪く言えば質素な火花が飛び散る。
でも、それはこの雰囲気にとてもあっているように思えた。
噴き出し飛び散る花火の火は、赤かったり青かったり、はたまた緑だったり。
決して派手ではないけれど、さまざまな色と光の共演は、十分に目を楽しませてくれる。
そして、その色と光が、二人の姿を海辺に浮かばせていた。
様々な淡い色の光に浮かび上がった二人の姿。
その横顔。
彼女の横顔は驚くほどに穏やかな表情で、とりどりの淡い光が、幻想的な雰囲気さえ醸し出していた。
思わずはっとしてしまうほどに。
おもわず見惚れてしまうように。
じっと彼女を見つめてしまっているシンジの手の花火は、いつしか消えてしまっていた。
そんなことにも気づくことなく、シンジは彼女に魅せられていたのだ。
しかし、
「どうしたの?」
彼女は、そんなシンジの顔を覗き込んできた。
「っえ!? わ、わぁ……!!」
くりくりとした大きな瞳を、いきなり間近に見て、不自然なほどのオーバーアクションで驚き、あとずさってしまうシンジ。
「……?」
シンジのオーバーなリアクションに一瞬目を丸くするアスカだったが、すぐにクスクスと笑い出してしまう。
「なにをボケっとしてるのよ、シンジは。」
さも可笑しそうに笑うアスカを、シンジは、少しバツが悪そうに、でもちょっとだけ恨めしそうに、上目遣いで見てしまう。口先を少しとんがらかして、すねているのだろうか。
「ほらほら、そんな顔しないで。」
そう言うアスカは、やはり微笑んでいたが、その笑みはどちらかというと、しょうがない子だなあ、といった感じの優しい笑みだった。
「花火消えちゃってるじゃないの。ほら、これ持って。」
シンジに一本花火を持たせるとアスカは、自分は自分で手に持った花火をロウソクにかざして火をつけた。そして、
「シンジ、こっちに花火向けて!」
火花の飛び散っている自分の花火で、シンジの花火に火をつける。
シュワー……!!
同じ花火の火花が飛び散る。アスカはそのまま、手に持った花火をかざしてみたり回転させたり。
その姿はまるで新体操のごとくだ。
花火を手に、片手に、あるいは両手にもって踊るアスカを見ていると、いつしかシンジも同じようにはしゃいでいた。
花火を手に踊る二人は、押しては引き、近づいては離れる。
優雅に、あるいはコミカルに。
海辺の二人は、まさにベストパートナーだった。
いつしか手に持っていた花火もみな消える。同時に、一つ少し強い風が吹く。
日中は、確かに夏のような日和だったが、一旦日が落ちてしまうと、気温が下がるのは早い。
やはり、秋なのだ。
ぶるっ、震えるアスカ。浴衣姿では寒いのは当たり前だ。
シンジは、自分の上着をアスカの肩にかける。
「似合わないことしてるんじゃないわよ。」
憎まれ口を叩くアスカだが、その表情には笑みが浮かんでいた。
ロウソクの側。殆ど空になった花火の袋にしゃがみこむ二人。
袋の中に唯一残っていた、最後の花火の束。
こよりのように縒ってある、それは線香花火。
とても静かで。とても小さくて。
とても心細くて。
でも、なぜか温かい。
向かい合う二人を照らす、穏やかな表情の二人を照らす。潮騒と小さな花火の音と共に、二人の時は過ぎてゆく。
線香花火のささやかな明かりとともに、この夏は永遠になった。
"Summer with..." Fin.
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