太陽は、頂点から少しだけ傾いていたけれど、夏の陽射しはやっぱり強い。 その陽射しを、買ったばかりの麦藁帽子に受けながら、弥生は一人、街を歩いて いた。 如奈と生静に気を使って二人と別れた後、一度は家にまっすぐ帰ろう、と思った 弥生だった。 でも、澄みきった空の青さと、まぶしいほどの陽の光が、弥生の足を引き止めた。 滅多に無いこんな休日を、有効に使わない手はない、と思ったからだ。 そして、こんな美しい日は、自然の中で過ごしたいと思った。 だから弥生は、公園に向かった。 その街の公園に近づいて、一番んに目につくのは時計台だ。 回りに絡まっているツタが、その古さを物語っている。 その時計台を仰ぎ見ながら公園に入った弥生は、豊かな自然に包みこまれた。 木々の生み出す優しい大気が肌に心地好く、安らぎを与えてくれる。 そんな自然の中を抜けて、ボートにも乗れる池を回り、自由を満喫しながら時計 台の所まで来た。 時計台の周辺は、他とはちょっと違って、レンガが敷いてあり、花壇があり、と いう広場になっている。 そして、そこは家族連れやカップルでいっぱいだった。 その一角に、ちょっとした人だかりが出来ている。 一体なんだろう? そう思って近づいてみると、その人だかりの中心には一人の人がいた。 「ピエロ・・・?」 弥生は、そうつぶやいていた。 ピエロが、独りでパフォーマンスを行っているのだ。 いくつもの玉を操り、輪を操り。 滑稽な仕草で人々を笑わせていた。 そして弥生も、そのピエロの様々な技に、魅了されずにはいられなかった。 それらの芸の後、そのピエロは、長細い風船を使って色々な動物を作りはじめた。 キリン、ゾウ、カバ、ライオン・・・。 一つ作っては、子供達に、その風船動物をあげていた。 (少し、その子供達がうらやましいな。) なんて思っていた弥生と、そのピエロの視線が突然交差した。 (あ・・・。目が合っちゃった・・・。) そんな弥生に、ピエロはニッコリ笑いかけると、 「そこのカワイイ帽子のお嬢さん。」 と、手招きをする。 (エッ・・・、わたし・・・!?) 疑問符を浮べながら、確認するように自分を指差す弥生。 ピエロはうなずくと、 「さて、お嬢さんにも何か作ってさし上げましょう。」 と、風船をこねくり始める。 「あなたのようなカワイイ方には・・・。」 作り終えた風船動物の形を整え、前に差し出す。 「はい!! カワイイカワイイ、フレンチ・プードル・・・!!」 ピエロは、その風船プードルの足を動かしながら、鳴き真似までしてみせた。 「わぁ・・・!!」 声にも表情にも喜びを浮かべながら、弥生はそれを受け取った。 すると、ピエロは、 「本日は、これにてオシマイ!!」 と、両腕を広げて、ペコリとお辞儀をした。 周りを囲む人々が一斉に拍手をする。 みんな、とても楽しんだ、という顔をしていた。 観客は、バラバラに散っていき、弥生も歩み去り始めたが、目は、そのピエロの 方を向いたままだった。 なぜか、彼から目をはなすことが出来なかった。 使った道具を片付け出している彼は、その弥生の視線を感じたのか、弥生の方を 向いた。 二人の視線が合う。 その途端に、弥生は、自分の自分の頬が熱くなっていくのを感じた。 そして、そのまま動けなかった。 (なぜ・・・!?) との疑問で、頭はいっぱいだった。 でも、その固まったままの弥生に、 「来週もまた来てね!!」 と、彼がニッコリ笑いかけると、弥生にかかっていた金縛りが解けたのか、弥生 の首は高速で縦に何度も振られた。 そして、それと同じくらいの早さで、弥生はその場を離れた。 「来週もまた来てね、か・・・。」 弥生は独り、先程の言葉を繰り返していた。 あのピエロのドーラン顔が。 一生懸命のパフォーマンスが。 もらった風船のプードルが。 そして、彼の言葉が。 弥生の頭から離れなかった。 ボーーー・・・。 ・・・と、彼の事を考えていた弥生は、次の日に学校に行ってからもやっぱり、 ボーーー・・・。 ・・・としていた。 頬杖をつきながら、教室の窓の外に目を向けている弥生。 でもその目は、そんな外の景色なんて、ちっとも気にしているようじゃなくて、 焦点も定まっていないようだった。 「弥生。」 如奈がいつものように近づいてくる。 しかし、その弥生からの返事はなくて、ただ、 ボーーー・・・。 ・・・と外を向いているだけだった。 「・・・弥生・・・?」 もう一度・・・、しかし、今度はちょっと疑問を含んだ調子で名前を呼びながら、 弥生の顔を覗きこむ如奈。 それでも、弥生からの返事はなくて、 ボーーー・・・。 ・・・と、外を向いたまま、如奈の存在にすら気付いていない、といったカンジ。 如奈は、 「フム・・・。」 と独りごつと、今度は、 「や・よ・いっっっっっ・・・!!!」 と、弥生の耳元で怒鳴った。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・!!!???」 弥生の身体が大きく弾む。 高速で振り向いた弥生の目は、大きく見開かれていた。 そして、如奈の姿を確認すると、 「なにそんのよ!! 耳がキーンとしちゃってるじゃないの!!」 と、怒鳴りつけた。 でも、如奈も負けてはいない、 「なんど呼んでも気付いてくれないからでしょ・・・。」 と、勤めて冷静に反論する。 「エッ・・・!?」 如奈の言葉に弥生は、 「・・・そう、だった・・・?」 後頭部に汗をかきながら、そうきいた。 弥生は、ウンウンとうなずくと、 「そうよ、呼んでも返事はしないし、顔を覗きこんでも気付かないし・・・。」 如奈は、まったく呆れた、とでもいったカンジだろうか・・・。 「・・・。」 弥生は、言葉なくうつむいてしまった。 如奈は、そんな弥生の様子を見ると、 「どうしたの、一体・・・?」 座っている弥生の視線に、自分の視線を合わせた。 弥生の態度が、どう見ても「何かある」、としか見えなかったからだ。