40男の剣道入門講座(3) …… やっと剣道っぽくなってきたぞ編

                               Written by カメ山カメ吉

 という事で、苦節一ヵ月の末にやっと面を着けられるようになった私であります。
 面の着け方は、買ったお店でくれたパンフレットに詳しく書いてあったので、密
 かに家で練習していました。
 最初に手拭いを被り、両手で面布団を広げて顔を突っ込みます。このときにうま
 く頭を入れないと、せっかく被った手拭いがずれたり、すぽっと取れてしまうん
 ですよ。
 さんざん練習したけど、なかなかうまく行きません。(いまだに取れてしまう事
 があるという……)
 さらに、紐をしっかりと縛るのが難しいんですよね〜。
 手探りで紐をたぐって、面が弛まないようにぐいぐい締めて、後頭部でぎゅっと
 蝶結びにするんだけど、うまいことたぐらないと、押さえている最初の結び目が
 ずるっと緩んでしまうのです。
 あまりにも緩みすぎると面がすぐにぐらぐらになるので、もう一度縛り直すしか
 ありません。
 あまりぐずぐすしてもいられないので、多少緩んでいてもそのまま我慢してしま
 うこともあります。
 私が最初に面を着けたときは、先輩のオバさんが面倒を見てくれました。
 ヒーヒー唸りながら教えられる通りに後頭部でぎゅっと縛り、紐は長さを揃えて
 背中に垂らします。
 垂らす紐の長さは一応40センチ以内に決まっています。
 締め終わったら紐の捩れを直し、綺麗に額から後ろまでを揃えます。
 さらに面垂れを両手で持ってぐいと広げ、耳の辺りに隙間を作ります。これをし
 ておかないと、間違って耳を打たれときに鼓膜が破れる恐れが有るんだそうです。
 さて、いよいよ面を被りました。
 「どう? 耳は痛くない?」とオバさんが聞くのですが、痛いんだけど痛いとも
 言いにくいので我慢するしかありません。
 家で何度か練習してはいたものの、いざ道場で着けてみると……驚くほどの視野
 の狭さなんですよ。ほとんど正面しか見えない。角度にして30度くらいしか見
 えないんじゃないか?
 お店のオヤジさんが「2メートル先が見えれば充分ですよ」というのでメガネを
 用意してなかったのも失敗でした。
 「何も見えねえぞ俺には……」ってとこでしょうか。
 私の視力は両目とも0.3くらいです。オヤジさんのいう2メートルぐらいなら
 見えるには見えるんだけど、普段の半分も見えないのはやはり怖いですね。
 その日はしょうがないからそのまま稽古をしました。
 もう一つ不安材料がありました。視野が狭い上にしっかりと紐で縛るので、耳が
 よく聞こえなくなります。これまた怖いものです。
 さらにさらに、面金がくせ者なんですよね〜。
 剣道の面といえば皆さん見たことあると思うけど、縦に一本金属の桟が通ってい
 て、横に丸い金属の棒が何本も渡してあります。高い物だとチタンとかですが、
 私の買った特価品はジュラルミンで出来ています。
 面金と面金の間は指が入らないくらいの狭さで、気分的にいうと正面の半分が面
 金になっている、といったところでしょうか。
 目の部分には物見という若干広い隙間が有るんですが、初体験の感想を言わせて
 もらうと、「面金が邪魔で何も見えないじゃないか〜!」って感じです。
 壁の隙間から覗いているみたいで、こんなんじゃとてもじゃないけど怖くて動け
 ないぞ、と思ったものです。
 それでもまあ、素振りくらいしてみようかと思ってしてみたんですが、竹刀を掴
 むにしても大変でした。正座して面を着けるんですけど、膝元に置いてある竹刀
 がそのままでは見えないのですね。
 で、首を傾けて位置を確認し、掴む訳です。この辺の窮屈さは、バイクのフルフェ
 イスのヘルメットに似たものがあります。何を見るにも目だけではなく、顔全体
 を目標物に向けないと見られないわけです。
 で、掴んで、さて、ちょっくら振ってみるか、と振ってみました。すると……肩
 を保護する面垂れがしっかりと肩を保護してくれているものだから、振り上げる
 ときに邪魔になって腕が上がらないんですよ。
 これはどうにもならないな〜と唸りながら、せっせと振ってみるのですが、目いっ
 ぱい振り上げると今度は面の頭の部分が両腕の甲手の内側に当たってやたらと邪
 魔になる。
 面なしだとけっこう後頭部の辺りまで振り上げられていた腕が、垂れと布団が邪
 魔になってまったく上がらないのです。
 こんなに窮屈なものだとは思いませんでした。
 下手すれば、振り上げた腕の間に面がズボっとハマってしまうみたいな感じです。
 それでもドスコイドスコイと振っていたら、先生からお声が掛かりました。
 「どうですか? 面はうまく着けられましたか?」
 「はい、でも、窮屈ですね〜。狭くて何も見えません」
 「最初はそうでしょう。それでは面打ちをしてみましょう」
 てな具合で、先生の面を打たせていただきました。しかし腕が上がらない……。
 「もっと大きく振り上げてっ」
 「はい……」でも上がらない。
 「まだまだ小さいっ」
 「はい……」でもでも上がらない。
 しばらく打つと先生が、
 「今度は私が打たせてもらいますよ。いいですか、打ちますからね」
 先生が軽く面を打ってきました。
 これまた打たれる初体験だったのですが、感想は……パシっと額の上で竹刀が弾
 けたような気がしました。
 「もう一本打ちますよ」ともう一本パシっ。
 軽く打ってくれるから痛みは無いんですが、何だか妙な気分でした。打たれる度
 に、頭の上で、乾いた衝撃が弾けます。思わず瞬きをしてしまうような弾け方。
 その後はそれまでに教わった基本の復習です。
 面打ちや切り返しも、面なしと面を着けた時ではまるきり違うんですよ。
 窮屈で視野が狭いのがとにかく気になって仕方ない。何が何でも首を巡らさない
 と見えないのが気分が悪い。

 その日の稽古でやはりメガネの必要を感じたので、次の休みの日に眼鏡屋さんに
 出かけて調達することにしました。
 剣道用メガネというのが有るんですけど、それだと普通のメガネの予備に使えな
 いので、面を着けたまま掛けられる幅の狭い物を探してみました。
 狭いものは限られてしまうので選びようも無かったのですが、とにかく持参した
 面に入る物を見付けて注文。いつ壊れるか分からないので一番安いレンズを入れ
 る事にしました。これがまた失敗だったという……。
 次の稽古に何とか間に合ったので使ってみましたが、やはりいいですね。
 視野が狭いのは仕方ないけど、よく見えるとそれだけで不安が半分くらいになる。
 いよいよ本格的な剣道の稽古みたいな気分になってきたので、とにかく面に慣れ
 る事に専念しました。
 窮屈で、腕が思うように上がらなくて、その上に重いんです。動くたびに首が振
 られるというか、首の筋が疲れるような気がします。
 安物だから具合がよくないということもありますか?
 何をやるにしても頭が邪魔をして動きがぎこちないんですよ。まるでロボットに
 でもなったような気分。慣れるまでには時間が掛かるぞ〜、と思いました。
 それから、意外というか、予期せぬ現象が有りました。汗が出るんです。驚くほ
 ど汗が出る。
 これはなぜなんでしょうか? 少し動くと呆れるくらいにジュワーっと汗が噴き
 出してきます。同じ運動量でも、面を着けていると汗の出が10倍くらいになる
 ような気がしました。
 紐でしっかりと縛っているせいなのでしょうか? 面布団で頭が圧迫され、汗が
 出やすくなるような働きがあるのかどうか?
 極端な言い方をしますと、「まるで頭にコタツを被って運動している」ような感
 じなんですね。
 汗は、稽古のあとで面を取ってみるとよく分かります。被っている手ぬぐいがも
 うグチョグチョ。さらに染みだした汗は面布団まで行って汗の染みになるくらい
 なんです。驚くほどの汗が出ているのが分かりますね。

 一通り面打ちと切り返しをやったところで、小手打ちです。
 面打ちより小さく、振り上げた手の下に相手の小手が見えるくらいまで振り上げ
 てから鋭く打ち降ろします。
 この、鋭く打つのも、防具が邪魔でビシっと決まらない。
 そして小手面。これは自分でいうのも何ですが、スローモーションですよ。
 出来るのはこのくらいの事ですが、面を着けたのでやっと本格的に他の先生方に
 もみてもらえるようになりました。
 面を打って大きく駆け抜ける。ふりかえって素早く面打ち。さらに小手から面打
 ち。振り返って素早く小手面打ち。
 切り返しも本格的に受けてもらえます。
 一人の先生にみてもらったら、他の先生の所にいって待ちます。
 よくよく観察していると、元に立って受ける先生方は、相手のレベルとかその時
 の身体のほぐれ具合をみて、やらせる内容を考えているようです。
 基本打ちを何度も何度もやらせる相手もいれば、いきなり稽古に入る相手もいま
 す。
 もちろん私の場合は、まだ面打ちと小手打ちと切り返しのみです。
 基本の段階では、とにかく大きく打つことが一番大事な事みたいです。最初のう
 ちにいい姿勢で大きく打つ癖をつけないと、直すのが大変なんだそうです。
 地稽古(互角に稽古することです)などを始めると、どうしても打ちたい一心で
 打ちも振りかぶりも小さくなってしまうんですね。だから、基本を覚える段階で
 しっかりした打ちと姿勢と大きな振りかぶりを身につけなさいと、どの先生も同
 じような事を言っておられました。
 それから、私のように歳がいってから始めた人は特に変な癖が付きやすく、直す
 のがとても大変なのでしっかりと基本をやりなさい、とも言われました。

 その後、掛かり稽古というハードな稽古をしました。これをやると体力のない私
 などはいちころです。
 どんな稽古かといいますと、元立ちに向かってとにかく技を出し続けます。
 面、小手、小手面、面、面、小手、小手面……出せる技を次々に、先生に向かっ
 てひたすら出し続ける。休む間もなく出し続ける。
 これはもう、すぐに息が上がります。ヒーヒーですよ。
 陸上などのダッシュの繰り返しをしているようなものでしょうか。頭の、手拭い
 のあたりに汗がジュワーっと噴き出してくるのが分かります。息が苦しくて目ま
 いがしてきます。
 もう、大変な苦しさであります。本当に苦しい。心臓というか、肺というかが破
 裂するのではないかと思うくらいに苦しい。
 最初のうちはうまく行かないので、先生が竹刀をすっと外してくれます。
 剣先が開いたら面打ち。小手が空いたら小手打ちか、小手面打ち。
 ほとんど技を知らない私の掛かり稽古は、どちらかというと約束稽古とか打ち込
 みとか言ったほうが適切かもしれません。
 面を打った後は、基本で教わった通りに大きく腕を伸ばして気合いいっぱいに送
 り足で駆け抜けます。ノタノタしているとすれ違いながらバコバコと面を打たれ
 るので、気迫いっぱいに打ち伸ばしたらすぐに相手を内側にして向き直り、中段
 の構えに戻ります。構えがしっかりしてないとやはりバコバコ打たれます。
 掛かり稽古は、休んではいけません。面、小手面、小手、面、面……打ち続けな
 くてはいけない。
 この時点で、私の知っている技はといえば、面、小手、小手面だけなのですから、
 この三つの技をとにかく出す。
 その都度先生が、こっちの面とか胴を打ちながらアドバイスをくれます。
 「しっかり構えてっ」バシバシ。
 「肩に力がはいってますよっ」バコッ。
 「もっと大きく振り上げてっ」バコーッ。
 「踏み込みが浅いっ」ビシッ。
 「的確に打つっ」ビシバシッ。
 「腰から出なさいっ」ボコッ。
 てな具合です。
 基本の立ち方からすっと右足を出し、大きく振りかぶって正面を打つんですけど、
 大きく踏み出している積もりが、大して前に進んでいないんです。
 気持ちは009の加速装置みたいにススっと出ているんですが、実際にはカバが
 のたっと足踏みをしたくらいしか出ていない。
 自分ではもっと飛び出せているはずなのに、本当は少ししか前に出られていない
 のが不思議でした。ジャンプ力には自信が有ったのに、おかしいな〜……。
 飛ぶには飛ぶんですけど、高く飛ぶ必要はなく、前に出るような飛び方がいいん
 ですよね。その飛び方のコツが掴めていないのかも知れません。
 だから、先生がすっと引くと届きません。
 いわゆる一足一刀の間合から思い切り飛び込んでも、先生にすっと半歩引かれた
 だけでまったく届かなくなるのです。
 「大きく出てっ」と言われても、出てるだろ? 出てないか? 出られていない?
 どうしても届かないので、継ぎ足で距離を稼ぐと叱責が飛んできます。
 「足を継がないで、そのままの位置から大きく出なさい」というのです。
 継ぎ足というのは、構えたところから左足を右足と並ぶくらいまで引き付け、そ
 こから踏み出すことです。これだと距離は稼げるけど、1テンポ遅れることにな
 ってしまいますね。
 あくまでも基本の通りに「構えたその場から大きく出て、大きく身体を使って打
 ち伸ばせば届きます」ということなんですが、左足がな〜。
 足には効き足というのは有るんですかね? 私としては、手も足も右の方が効き
 側だと思うので、右足が後ろの方が遠くまで出られる気がするんですが、竹刀の
 握りはこのままでいいから、打ち伸ばすときには逆になるのでこの基本の立ち方
 でいいというか、仕方ないのかなとも思うのですが、とにかく、左足ではしっか
 りと踏み出せないのは確かなんですよ。
 前々から足が逆なんじゃないか? と思ってはいたのですが、懸かり稽古をして
 みて左足にかかる負担が実感できました。
 アキレス腱がつるというか、張るというか、その日も、次の日もぱんぱんに突っ
 張って痛いったらありゃしない。
 考えてみれば、立ち方でも後ろの左足は常に踵を浮かせていないといけないし、
 出るときには目いっぱい床を蹴って大きく踏み出さなくてはいけないし、負担が
 モロに掛かっている訳ですよね。
 さらに、アキレス腱だけでなく、足の裏の、親指の付け根辺りが焼けるように痛
 むんです。
 これには参りました。豆が出来たんです。それも、10円玉くらいのでっかい血
 豆が出来てしまったんですね。
 週に二回だからいいけど、毎日稽古が有ったら足の裏は持たないかもしれないな
 とか思いながら、針で刺して中の水を出したりしました。
 そのうちにタコみたいになって少し楽になりましたが、この痛みにいまでも時々
 悩まされています。

 てな具合で、面打ち、切り返し、懸かり稽古が続いたのですが、せっかく作った
 メガネに問題が起きました。ジュワーっと噴き出る汗と息で曇って、何も見えな
 くなるんです。
 垂れてくる汗が滴る滴る。見えないとどうにもならないから手で扇いだりしてる
 と何やってるの、と言われるしで、こいつは困った私は再度メガネ屋さんに行き
 曇り止めを購入。
 こんなことなら、ちょっと高くなるけど曇り止め用のレンズにすればよかったな〜
 と反省。
 それから、長時間面を着けているとメガネのツルが食い込んでちょっと痛い。こ
 れも失敗でした。
 やはり、専用の剣道用メガネにはそれなりの利点が有るんですよね。
 普段でも使えるように、なんてケチ臭い事を考えたのが失敗でした。剣道用のメ
 ガネはツルの部分がバンドになっていて、面紐で縛っても痛くないように出来て
 るんです。
 安いものではないのでしばらくはこのまま使うとして、もし壊れたら次に作ると
 きは剣道用メガネに曇り止め用のレンズを入れることにしよう。いい教訓になり
 ました。
 ともあれ、曇り止めスプレーを使うと、一応の曇りは解消出来ました。長持ちは
 しないので稽古に出かける前にシュッとやるんだけど、これもちょっと面倒臭い。
 垂れてくる汗は、手ぬぐいをあまり浅く被らないようにして額の下辺りで止めた
 らだいぶ解消できました。

 稽古らしい稽古になったら他にも問題発生。胴の紐がよく緩むんです。結構しっ
 かりと結んだ積もりが、激しく動いているうちに解けてしまうんですね。
 これは、最初はとにかくしっかり縛るしかないと思っていたんですが、しばらく
 してコツが分かりました。縛ってから、縛った部分ではなくその両側の方を持っ
 てギュギュっと引っ張っておけばいいんです。その方がしっかり縛れる。
 これに気がついてからは解けなくなりました。こんなのもノウハウですね。
 さらに、袴が緩んで下がってくる。これは……これだけはいまだにどうにもなり
 ません。
 腹が減るので、稽古にいく前に軽くご飯を済ませます。そして袴を穿くのですが、
 しばらくすると腹の部分がへこんできて袴がずり下がってきます。裾が下がって
 くると危ないんですよ。自分で踏ん付けて転びそうになる。踏ん付けるとまた一
 気に裾が下がってしまいます。これは〜、どうしたものでしょうか? いまもあ
 れこれ試行錯誤を繰り返しています。
 テトロンだからいけないのかな? 一番いいのは綿ですが、綿はシワになりやす
 く、袴の折り目が消えやすいから手入れが大変なのだそうです。それに値段が高
 い。1万以上、2万くらいするんじゃないか? 先生方は皆さん綿ですね。
 テトロンは安い(5〜6千円か)しシワになりにくく、折り目が消えにくい。で
 も、汗をまったく吸わないので夏はダメですね。通気性が悪いし足にまとわり付
 くんですよ。

 それから、いわゆる本格的な剣道らしい稽古をするようになって、竹刀の傷みが
 半端じゃなくなりました。
 特に面金の部分を叩いてしまうとすぐに傷みます。最初はガサガサになって細か
 く欠けたようになるので、ペーパーヤスリで磨く程度で綺麗になります。しかし、
 段々と欠けが大きくなって、ときには酷いササクレが出来たりします。こうなる
 と磨いただけでは取れないので、ナイフで削り取ってからペーパーを掛けます。
 さらにひどくなると大きなササクレが出るので、削りきれなくなります。何度も
 削って痩せてしまったら、諦めて新しい竹刀に替えるしかないですね。
 竹が乾かないように椿油などを使って磨き込むのですが、寿命はどうにもなりま
 せん。
 竹だけでなく、先革とか中結いの革も傷んでボロボロになってきます。これらが
 傷むと危険なので取り替えなければいけません。
 竹刀は、安いもので3000円くらいですが、ちょっといい物とかだと5〜60
 00円くらいするので、手入れの手間なども考えて思い切ってカーボン竹刀を購
 入しました。
 カーボンで出来ている竹刀で、面金などを叩くとへこみはするけれど、竹のよう
 にササクレたり折れたりはしないので手入れがほとんどいりません。手間がかか
 らなくていいんですけど、2万円もしました。
 普通の竹刀の10倍は長持ちするそうだから、まあもとは取れるでしょう。
 使ってみた感触は、やはり本物の竹刀より多少落ちます。柔らかすぎるというか、
 しなり過ぎるような気がする。竹のようにガシンッと弾ける感触ではなく、なん
 と言えばいいのか……、クシャッと潰れるような感じでしょうか。
 でもまあ、稽古の度に削ったり磨いたりしなくてもいいのは有り難いですね。
 お金といえば、月謝のことについて書いてみましょうか。
 私が通っているところは、前にも書いたように個人の道場ではなく、体育館の中
 にある武道場でやっています。
 先生方はプロではなく、ボランティアで教えてくださっているわけです。で、月
 謝ではなくその剣道協会の年会費という形で年間に6000円を払います。
 父兄会の方が役員をしていて、皆の会費で武道場の使用料を払ったり、時々の行
 事費にあてるわけです。
 この金額は安いですね。年にこの金額だから、月に直せばなんと500円。
 他の協会などの話を聞くと、月に2000円くらいが相場のようです。町道場だ
 ともうすこし掛かるかも知れません。私はラッキーみたいですね。
 入会金が3000円なんですが、会計さんが忘れているのか、ウヤムヤになって
 しまって払ってません。
 それから、私を剣道協会に紹介してくれたF君ですが、彼はこの1年惨憺たる有
 様でした。
 体調を崩して、胃潰瘍になってしまいました。その後十二指腸潰瘍が併発。
 入院こそしないものの会社は休みがちになり、通院で大変みたいでした。
 長いこと掛かってだいぶよくなってきたと思ったら、冬の大雪で靭帯を損傷。し
 ばらく会社を休んで松葉杖生活を強いられたりで、とてもじゃないけど剣道どこ
 ろではないという状態でした。
 今年は頑張ります、と言っているけどどうかな〜? このまま立直れずに終わる
 かもしれませんね。

 てな具合で、私の方は順調に稽古を続け、やがて地稽古をさせてもらえるように
 なりました。
 これは、お互いに好きなように打ち込む稽古です。
 といっても、なんせ私の場合は使える技が面と小手と小手面の三つだけなので、
 この三つを使って好きなように打ち込むわけです。
 これがね〜、なかなか思うように行かないのですよ。
 まず、遠間から大きく踏み込んで面を打つじゃないですか。これを軽く返される。
 次は鋭く小手を打つ。これはすっと抜かれます。次はすすっと出て小手面を打つ。
 これはさっとさばかれてうまく打てません。
 問題は、さて、次はどうする? しょうがないから……また大きく踏み込んで面
 を打つか、逆に小手面から戻るか……。
 パターンが三つしかないから、順番を変えたり変えなかったりして、繰り返し繰
 り返し続けるしかないわけです。
 これでは、掛かり稽古とまったく変わり有りませんね。
 でも、一応は自由に打ち合う地稽古(あはは大笑い)で、先生もたまには先に仕
 掛けてきたりします。
 本来なら、その仕掛けを返したりさばいたりして打ち返す応じ技があるんですけ
 ど、知らないからどうにもならない。見よう見真似で適当に竹刀で受けたり避け
 たりするんだけど、うまくいきませんね。
 最初はこんなもんでしょう。このお粗末な3パターンの攻めを繰り返し、バコバ
 コと打たれまくる地稽古を、エッサホイサとやるわけです。
 今思えば笑っちゃうけど、なんせ最初ですからね。
 剣道の打突部は、面、小手、胴、突きがあります。お気付きの方もいると思いま
 すが、突きは危険だからまだ無理にしろ、この時点でまだ私は胴打ちを教わって
 いません。
 胴を打つのはかなり難しいので、面打ちと小手打ちがある程度出来るようになる
 まで胴は教えない、というのが私の先生の方針なのでした。
 最初のうちは、先生方はあまり多くを教えてはくれません。
 一度にいっぱい詰め込みすぎても、身につくはずもないですからね〜。
 その都度、少しずつ教えてくれるわけです。
 まずは中心の取り合い。これはとっても大事な事です。
 構えたままの状態だと、お互いの剣先が相手の喉元に向いているわけです。
 ですから、そのまま飛び込んで面を打とうとしても、相手が剣先を退けてくれな
 い限りこちらが先に喉を突かれてしまいます。
 ではどうしたらいいかというと、相手の剣先を中心から外せばいいのです。
 どうやって退かすかというと、押さえたり、払ったり、弾いたりすればいいので
 す。
 しかししかし、払った瞬間に相手が竹刀をすっと退かしたら、こちらの剣先だけ
 が大きく中心を外れてしまうわけです。
 ですから、払ったり押さえたりするときはこちらの竹刀は中心を外れず、相手の
 竹刀だけが大きく外れるようにしなければいけません。また、払った瞬間に竹刀
 を外された場合でも、こちらの竹刀が大きくあっちに行ってしまわないように常
 に中心を中心にして動かさなければならないのです。分かります?
 え〜と、つまり、いろいろと工夫するんですが、あくまでも自分の竹刀が中心か
 ら外れないように動かさなくてはいけないんですね。
 この剣先の探り合いをお互いにするわけで、自分の竹刀が中心に有って相手の竹
 刀が中心から外れたときが打って出る好機というわけです。
 また、起こりを打つ出端技というのも有効な技です。
 起こりというのは、相手が打とうとして動く瞬間のことです。つまり〜、相手が
 打つ動作を起こした瞬間に、こちらが先に打って出るという事。
 これは難しいです。だって、相手が打とうとして動作を起こすわけですから、物
 理的にいえば相手の方が先に当たるじゃないですか。起こりをとらえてからこち
 らが打ちにいけば、こちらの方が遅れるのが道理。
 とすれば出端技は成立しないのかというと、そうでもありません。これにも実は
 種明かしがあるわけです。
 先の気とか、先々の気とかありまして、常に相手より先に打とうとするのが先の
 気。相手の隙をみて打ち込んだり、剣先で攻め崩して打って出ます。
 待ってはいるけれど、相手が動く素振りを見せたらすかさず打てるように常に準
 備しているのが先々の気。待っているけれど、気持ちは相手より先の積もりでい
 るわけです。
 この辺、深いですよね〜。
 実際に相手が技を起こしてからでは間に合うはずはないですから、「相手が技を
 起こす素振りを見せた瞬間」にこちらが先に起きるんですね。
 ちょっと(かなりか)難しいけど、気持ちと身体がいつでも打ち出せる準備が出
 来てさえいれば、あとは起こりを捉えられれば打てる、ということです。
 常に相手より気持ちを充実させていればいいわけですね。充実が足りなければ捉
 えられないから先に動いた相手に打たれてしまいます。
 ここで問題なのは、やはり、相手もこちらの起こりを狙っているという事です。
 お互いにお互いの起こりを狙い合っているわけですから、なかなかうまいことは
 いきませんやな。
 特に出端面は難しいです。相手が面を打ってくるところに乗るようにして面を打っ
 て出るわけですから、距離的にいってもやはり相手の方が早い。
 しかし、小手の場合は割りとうまくは行きます。相手が面を打ってくるその途中
 の小手を打つわけです。これだと物理的にも問題なし。といっても、私はうまく
 は出来ません。うまく打たれる一方です。
 それこそ、面白いように、面を打って出るところに出小手を決められます。
 どの先生にもビシバシと決められます。
 これは、私の起こりをしっかり見られていて、その出端を捉えられているという
 ことでしょう。
 気力が出たところで、精神の事も少し書いてみましょう。
 私は毎日素振りをしています。もちろん、腕の力を付けることと楽に竹刀を振れ
 るようになるためですが、実は、剣道において力はあまり重要視されていません。
 大切な物を順番に並べてみると、
 「目、肚、足、力」
 この順番になるそうです。
 目はいうまでもなく、相手の動きをみる事です。肉眼で見ることだけでなく、心
 で相手の動きをみる(読める)ようにならなくてはいけません。う〜む……。
 肚は、度胸でしょうか。何事にも同じない肝っ玉。好機と思ったらズバっと打っ
 て出ること。
 足はそのまま足です。
 そして最後にくるのが力。
 前に書きましたが、剣道の場合割りと高齢の先生が平気で若い人に稽古を付けて
 います。私なども、70を越えた先生に稽古をお願いしてバコバコと打ち込まれ
 るわけですが、これが不思議でならなかったんです。
 例えば……、100メートルの競争をしても、腕相撲をしても、長距離を走って
 も、間違いなく私が勝つと思います。力もスピードも私の方がそう劣るはずはな
 いのに、竹刀を持つとなぜこうも一方的に打ち込まれて避けることも出来ないの
 か……。
 この辺の答えが「目、肚、足、力」にあるような気がします。
 私の動きは、おそらく先生にしてみれば、手に取るように分かるのだと思います。
 大きく面にいくとすれば、起こりからそれが分かる。となると、竹刀を少し動か
 すだけで楽に受けられる。大きく避ける必要も、力いっぱい受ける必要もない。
 私が力いっぱい打ち込んでも、来る場所とタイミングが分かっているので、すっ
 と竹刀を出して軌道を変えてやるだけで簡単に避けられるわけです。
 逆に私を打ち込む場合は、先生の動きにつられて私が慌てて竹刀を動かしたり手
 元を上げたりします。すると大きな隙が出来ます。それが先生には、隙が出来る
 前から手に取るように分かるので、その大きな隙に向けて竹刀をヒュッと振り降
 ろせば簡単に打てるわけです。
 このやりとりで、私は力いっぱい大きく動くけれど、先生はほとんど力なんか使
 わず、動きもほとんどないのが分かります。
 つまり、「目」と「肚」の違いです。
 目と肚を養うには、やはり経験が必要なんだろうな〜……。
 剣道は他の武道やスポーツと違い、経験が物を言うのだという所以でありましょ
 う。
 竹刀を媒体として戦うという事もあげられますかね。竹刀を振るのには、そんな
 に力はいらないんです。普通に扱えれば充分で、逆に力を上手に抜いて振ること
 が大切だと言われています。(でもまあ、私の今のレベルだともっと腕力が欲し
 い気がしています。ある程度軽々と振れた方がいいんじゃないかな〜。でも、本
 当は余分な力が抜けて初めていい振りが出来るんだそうで、この辺はまだよく分
 かりません。そのうち分かるとは思いますが)

 地稽古をしてみて分かったのですが、剣道は防具を着けるから痛くないと思って
 いたのは間違いでした。
 小手を打たれたときの痛みは大変なものです。
 面はよほどうまい具合に(マズい具合に、ですか)脳天でも打たれなければそん
 なに痛くはないです。調子が悪くて頭痛がしたりしていると痛いですけど、額で
 受けているぶんにはまあ大したことはない。
 でも、小手を打たれると物凄い痛みが脳天まで駆け上りますね。
 防具といってもそれほど厚いものでは有りませんから、ビシっと打たれると飛び
 上がりそうになります。
 何度も何度も打たれると、疼くような痛みにその晩眠れないほどです。湿布した
 くらいでは腫れが引かないですよ。
 甲手を外れて、直接肘とかを打たれるとさらに痛い! でもまあお互い様だから
 我慢するのですが、あとで見てみると血が滲んでいたり紫色に大きく腫れ上がっ
 ていたりします。
 漫画の「龍」で、打たれ続けた右腕が腫れ上がって眠れないというエピソードが
 有りましたが、あれは本当ですね。
 最近こそそれほど打たれなくなりましたが、最初の頃は小手ばかりバッコんバッ
 コん打たれまくって、拳から肩まで呆れるほど腫れて湿布でビタビタにしてまし
 た。

 あ、だいぶ行数が掛かったので今回はこの辺にしますか。
 順を追って書いているのでこの駄文はかなり遅れています。
 現在私は、昇段審査会に合格して初段を頂いてます。
 その辺のあれこれはまた次回に(次回の次くらいになるかな?)書かせてもらう
 事にします。

Copyright (C) 1998 by カメ山カメ吉   FCA18598@biglobe.ne.jp
 


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