40男の剣道入門講座6、二段の審査を落ちてみた……?

                                         Written by カメ山カメ吉

 という事で、入門1年目で無事に初段を獲得した私でしたが、年末ころに先生か
 ら、「三月に昇段審査がありますが、どうです受けてみますか?」と打診があり
 ました。
 初段を取って1年過ぎていれば、二段を受けられるのだそうです。
 まだ当分受けられないと思っていたので、寝耳に水。
 その時点では9ヵ月しかたっていなくて、考えてもいなかったのですが、3月に
 なれば1年過ぎて受けられるんですね。
 どうしようか慌てて考えてみましたが、あまり自信はありませんでした。
 前にも書いたように、私が通っているところは先生の他は子供が主体で、一般は
 私の他にオバさんが二人くらいしかいません。
 稽古はもっぱら先生方に付けてもらうわけでして、必死でやってもいつもバカス
 カ打たれるわけです。
 それが常ですから、実際に自分の力がどの程度なのかよく分かりません。二段に
 受かる実力が付いているのかどうか、どうなんだろ?。
 考えてみれば、他の人と立ち合ったのなんて昇段審査だけですね。
 早い話が、自分のレベルがさっぱり分からない、っちゅう事です。
 で、年末の忙しさにかまけてそのまま話はうやむやになっていたのですが、年が
 明けて、先生から「思い切って受けてみましょう」と正式にお話が有りました。
 先生が言うには、剣道に年齢は関係無いとは言っても、50歳を過ぎればさすが
 に気力も体力も衰えるので、40代のうちに頑張って上れるところまで上る努力
 をしなさい、という事でした。
 「少しでも上を目ざして頑張りましょう」、と。
 とりあえず、受けられるというのなら、受けるだけ受けてみましょうかしらん?
 てな事で、正月明けから本格的に昇段審査に向けての稽古を始めたのでした。
 しかし、しかし二段か〜。いい響きですよね。初段と大違い。
 受かればの話しなんだけど、いまいち気が乗らなくもない。
 なんせ私としては、二段は秋頃に……と思っていた訳です。それが、気持ちを高
 める期間はわずか二ヵ月。
 さらに悪いことに、会社で配置転換がありまして、技術から設計に移動になりま
 した。
 今までは割と仕事量の計算できる職場で、忙しさをコントロールして稽古優先で
 きたのですが、今度からそうはいかない。のべつ幕無しタラタラと忙しい訳です。
 基本的には毎日残業が有るので、今までのように稽古の日は急いで帰宅して一眠
 りし、気合いいっぱいで稽古に望むという理想的なパターンは取れなくなりました。
 仕事もCADをいじって一日が終わるので、精神的に疲れるし目が疲れるという、
 私には向いてない(と私は思うぞ〜>課長)職種?
 これから先充分な稽古時間が取れるのかどうか、心配ではあります。
 ともあれ、あまり日が無いので、先生方から審査心得みたいなのを伝授して頂き
 ました。
 「もう一度基本を見直すこと」
 「大きくしっかりした打ちをすること」
 「打たれてもいいから自分の打ちを出すこと」
 「無駄打ちはしないこと」
 「剣先でしっかりと中心を取り、機会を見定めて打つこと」
 「打ち急がず、これが自分の技だと言える一本を取ること」
 「近間でガシャガシャせずに、遠間から大きく踏み込んで打つこと」
 基本をみてもらうと、そのたびに出来ていないのが分かるんです。
 一つ一つ直すんだけど、一つ直すと他が崩れる。崩れた方を直すとまた他が崩れ
 る。この繰り返し。
 どこかで体験したような気がしたら、初段を受けたときにまったくこれと同じ事
 をしていました。
 結局は、基本は難しいという事なのでしょう。
 ちなみに私の先生は、その昔の「師範学校」というところを出ているそうです。
 これは、剣道の専門家を育てる学校なのかな? 漫画の「龍」に出てくる武道専
 門学校みたいなものでしょうか。
 卒業すると教員の資格も得られる学校、ということで、昔のその手の学校は基本
 をかなり厳しく叩き込まれたような話を聞きました。
 私のように趣味でやっている者とは次元が違うのかもしれません。なかなか先生
 の納得するような打ちが出来ません。困ったものです。
 そんなこんなで、基本に則った正しい剣道を心がける日々が続きました。
 F先生は基本の勉強になるだろう、と、ビデオを貸してくれました。
 国士館の先生の出されたビデオで、初歩から試合での技まで網羅されていて、勉
 強になりました。
 家で素振りをしながら、このビデオを何度も見ました。
 見ている分には簡単に出来そうなんだけど、それを稽古で出そうとすると思うよ
 うにいかない。
 受かるかな〜、落ちるかな〜……というジレンマとの闘いの日々。
 先生方の意見は楽観的というか、「大丈夫、普段通りに出来れば受かるでしょう」
 と言うんですが、本当にそううまく行くのかどうか、さて……。
 また、「落ちてもいいから積極的に受けてみましょう」という先生もいる。
 これは逆に言えば、実力はともかく、受かればラッキー! っちゅう事か?
 「精一杯やってさ、自分の技を出し切ればいいじゃないか。問題は当たる相手だ
 が、こればかりは運次第だね。そこそこの相手に当たれば運がいいし、もし強い
 相手に当たったら、これはもうしょうがない」という先生もいました。
 この辺が一番現実的な意見なのかも知れません。
 二段を受ける人は同じ初段の人と立会いをする訳ですが、初段は初段でもいろい
 ろいます。私みたいなオジさんもいればオバさんもいる。高校生もいれば中学生
 もいるわけです。
 年の上から当たりますから、私くらいの年齢だとまさか中学生や高校生、大学生
 と当たる事はないにしろ、当日受ける年齢層によっては30歳くらいの男性と当
 たる事もあるわけです。
 この辺はもう本当に運次第……と、漠然と考えていたのですが、実際に審査で最
 悪の外れクジを引かされる事になろうとは、この時点では予想も付かなかった私
 でありました。あ〜あ。
 そんなこんなでイジイジしているうちに、日々はどんどんと過ぎていき、2月、
 3月と春が来た?
 割りと暖かな日々が続いたので、身体も楽に動かせるようになりました。
 なんせ腰にヘルニアの持病があるから、寒いと動くのが辛いんですよね。
 しかし、マズい事に、気持ちが一向に乗って来ませんでした。
 まだ無理なんじゃないか? という気分を引きずったまま、仕事の忙しさも手伝っ
 て、「さあ審査を受けるぞー!」という高ぶりが来ないのさ。
 「何だか乗らねえな〜」なんてぶつぶつ言いつつ、審査の前日は総会でした。
 今年度の反省や来年度の方針を、先生と父母会、それに私のような会員とで話し
 合ったりする訳です。
 その後で宴会。
 ところが〜、それまで暖かかったのに朝から雪降りになりました。やたら寒くな
 いか? 結構降り積もり、中央道が通行止めになってたりしました。
 なんだよ……、もう3月も下旬だぞ……。
 明日審査の私としては、寒いのはやだな〜とそれだけ。
 私が二段を受けるというのはみんな知ってるから、前祝いだなんて言って盛り上
 げてくれました。これって逆にプレッシャーになるぞ。こんなに盛り上げてくれ
 たのに、落ちたらどうしよう……。ちょっとヤバいな、と思ったものです。

 さてさて、いよいよ当日の朝が来ました。
 その朝も寒かったです。雪が舞ってたし……おいおい……。
 出がけに玄関の外の温度計を見たら、マイナス4度でした。本当に3月か? 道
 なんかアイスバーンでツルツル。
 思えばこれが、その日の私の悲惨な運の悪さを暗示していたのか?
 会場は初段を受けたときと同じ××武道館。
 まだ1年しかたってないから、場所も手順も分かっていました。
 予定通りに会場に入り、さっさと受付を済ませます。
 主催が地元なので、知り合いの先生とかF先生の顔も見え、多少の気持ちの余裕
 はありました。
 問題は寒さです。古い武道館にはもちろん暖房などは有りません。隙間風も嫌と
 いうほど吹き込んで、なんちゅう寒さだ……。
 私の通っている道場からの受審者は私一人でした。これも前と同じ。
 他の受審者に一人、見た顔がありました。
 去年の秋に行われた三つの道場の合同稽古(子供が主体で試合などをしたのです)
 に来ていた方です。
 同じコートで一緒に審判をさせられたので(私は審判などとても出来ませんと拒
 否したんだけど、何事も経験だと言われて強引にさせられてしまったのです)覚
 えてました。
 その人は現在二段で、今回三段を受けると言ってました。
 しかし、口をついて出るのは「寒いですね〜」こればっか。
 武道館の床はまるで氷みたいに冷え込んでいるんです。
 もう受けないで帰りたいな〜と、半分本気で思ったものです。
 受審者は全部で75人いました。前回よりは少なめです。
 オジさんやオバさん、高校生や中学生。
 それぞれに隣の柔道場で着替えます。女性は更衣室で着替えます。
 着替えたら各自素振りなどをして待ちます。しかし寒い。
 みんなガタガタ震えながら素振りをしていました。
 審査は、基本の切り返しから始まります。
 受ける段位ごとに集まって、年齢順にチョークで垂れに番号を書くのですが、私
 の番号は15番。初段を受けたときは37番だったからだいぶ若い。
 二段を受ける人の中に私の相手がいるわけです。
 オジさん、オバさん、高校生もいます。ざっと見渡すと、一人、随分と体格のい
 いお兄さんが居りました。
 背丈は軽く180以上は有るでしょう。30歳過ぎくらいのいかにも強そうな、
 こいつ本当に初段なのか? と思うくらいの彼でした。
 こんなのと当たったら悲惨です。下手すりゃ面まで竹刀が届かないぞ。彼と当た
 る相手は気の毒だよな〜。
 で、彼の呼ばれた順番が……16番……嘘……私の相手じゃないか……。
 こんなのとやらされるのか? オレが? やだよ……。
 途端に凄え憂鬱になった私でした。
 あんなデカいのとやったって面まで竹刀が届かないぞ……。
 そうでなくても寒さで腰や膝が痛いのに、あんなのとまともに戦えるわけねえじゃ
 ないか……。
 半分以上本気で、受けるのやめて帰りたくなりました。
 審査は、奇数と偶数に別れて座り、一組ずつ審査員の前に出て行います。
 私は8組目。手頃な番でした。
 基本の切返しは、前にも書きましたが、その昔の大先生方が奨励してガンガンや
 らせたという剣道の基本中の基本です。
 大きく正面打ちをして体当たり。出ながら左右面を4本、さがりながらの左右面
 を5本、そして大きく正面打ち。この繰り返しです。
 正しい姿勢で大きく振りかぶり、右手を柔らかく返して打たなくてはいけません。
 四段を受ける三段クラスでもなかなか難しいものです。二人いましたが、あれこ
 れと注意されていました。
 三段を受ける人は10人。中に一人、実に印象的な方がおりました。けっこう歳
 のいった方で、67歳だそうです。あの歳で頑張ってるんだな〜と感動しました。
 最初誰かの付き添いで来たのかと思ったら、本人が受審者なのでびっくり。
 見た目はもうしっかり爺さん。頭なんか真っ白で、どっから見ても本当に爺さん。
 寒さにぶるぶる震えているんだけど、大したものですね。あの歳で若いものに混
 じって審査を受けるという気持ちは。
 私もあんな爺さんになりたいものです。
 なんていってるうちに、やがて私の番。
 床の板の上に座っているので、両足が痺れて参りました。腰から来るのだと思い
 ますが、寒いと膝の裏が痺れて来るんです。
 立とうとしたらジンジンして、グラっとして……むむ……。
 で、さっきのデカい彼と向かい合い、蹲踞して、ととと……ここで思わぬトラブ
 ル発生。足の感覚がないぞ。ぐらつくぐらつく。
 普段ならこんな事はないんだが……。
 何とか堪えて、立ちました。そして気合い一発。
 ところが〜、おろろろろ? またもトラブル。声が出ない、ぞ。なぜだ?
 いや〜焦りました。寒さのせいでしょうか、喉が詰まったようになって声が出な
 いんですよ。
 寒いのはみんな一緒だから泣き言も言えないんだけど、なぜに私は声が出ない?
 もうメロメロでしたね。
 しょうがないから気合いを長く引っ張らず、一本ごとに「メン、メン、メン……」
 と誤魔化しながらやりました。
 基本の形だけは一生懸命守ったので、切り返し4回くらいで交替になり、今度は
 相手の彼が打って私が受ける番です。
 最初の面を受けた時に、これは凄いパワーだ、と感心しましたね〜。
 大きな身体と長い腕で、叩き潰すように振り下ろしてきます。そして伸びがある。
 小柄な私には羨ましいくらいの迫力です。
 受けながら、竹刀が押し込まれて止まらないくらいでした。大したものです。
 彼もけっこう上手くて、数回で終了になりました。
 中には、あれこれと注意され続け、10回どころか20回もやらされた人もいた
 から、4〜5回で終われば順調といえるでしょう。
 しかし、基本に受かれば次の実技で彼と立会わなくてはなりません。
 審査員の先生は七段以上の先生が7人です。
 一組ずつしっかりと見るから時間が掛る。中学生などはやはり、基本があまりに
 もお粗末な子が多い。
 そんな子はかなり厳しい事を言われていました。可哀相なくらいです。
 合格発表どころか、基本をやってるのに「次はもっと練習して来なさい」なんて
 言われたりします。って事は不合格……だよな〜。
 そんな様子を見ながら、両隣のオジさんとオバさんと仲良くなって、お話をさせ
 てもらいました。
 お二人は同じ道場から来ているという事で、お二人とも去年の秋に二段を受け、
 落ちたそうです。
 その時は全部で120人以上受けて、合格が40人に満たなかったとか。特に二
 段を受けた一般はなんと全滅だったそうです。
 私も今回は落ちるんだろうかな〜、とか、ふと思ってしまいました。
 長い長い基本審査が終わりました。
 ここで実は、一つの期待が有ったのです。順番が変わらなければ実技の立会いは
 私とあのデカい彼なのですが、もし上の方の人が奇数で落ちればズレるわけです。
 そうすれば他の人と当たるかもしれない。
 我ながらセコいけど、あの彼にはとてもじゃないけど勝てそうにないので、上手
 いこと順番がズレてくれればありがたい……と思ったものでした。
 発表まで間があり、時間が有ったのでトイレに行きました。するとそこにあの彼
 も来ました。
 目が合ったから挨拶を一つ。
 「寒いですね〜」
 「まったく、寒くて居られないですよ」
 さり気なく観察する私。近くで見るとやはりデカいな。
 体格じゃ分からないけど、見ためは三段くらい有りそうです。ほんとにこいつ初
 段なのか?
 そして発表。
 四段を受けたお二人は、なんと基本で落ちてしまいました。厳しいですね〜。
 逆に言えば、上の段ほど厳しくても仕方ないのかもしれません。
 続いて三段の受審者ですが、全員合格。ふむ……。さらに二段は、これまた全員
 合格……ってことは、落ちたのは二人。順番はズレないということなのか……。
 どどっとやる気が無くなりました。やはり私の相手はあのデカい彼なんだ。
 基本でかなり時間が掛かったので、実技の審査は昼飯の後になりました。
 元気な爺さんには感動したけど、実のところ私は、もう寒さで嫌になっていまし
 た。なんでこんな寒い中、審査なんか受けなくてはならんのだ?
 車の中で飯を食いながら、ヒーターガンガン効かせても足の痺れが治まらない。
 家に帰って風呂に入る事ばかり考えていたのです。
 立会いの相手があのいかにも強そうなでっかい彼ってのも憂鬱だし、この時点で
 既に気持ちで負けていたと言えるかもしれません。
 午後、いよいよ実技審査です。
 立会いは、落ちた人を抜かして基本と同じように半分に分かれて座り、一組ずつ
 行います。
 やたら攻めればいいというものでもなく、充分に剣先を使って機会をつかみ、しっ
 かりした打ちを出さなくてはいけません。
 審査員を納得させられる技が何本か出せれば、本数で負けていても合格(という
 事らしい)です。
 上の段の人から立会いが始まりました。
 さっきの爺さんは、構えが爺さん臭いけど、なかなかいい攻めをしていました。
 気持ちだけでなく、技も充分に若いですね。
 それにつけても今日の寒さよ……。
 板の間から伝わってくる寒さで、腰の痛みと足の痛みは、もう限界近かったです。
 正座していても、胡座をかいていても両膝が感覚がないくらい。立てるかな……。
 ここまで来たら帰るわけにも行かないし、う〜ん。
 私の番が来て、立ったのですが、正直なところ動きたくない気分。
 あのでかい彼と向かい合い、憂鬱も最高潮になりました。
 抜刀して蹲踞して……なんとなんと、しゃがんだ途端に左の膝が大笑いしやがっ
 たのです。
 本来なら踵は上げていなくてはならないのに、ぐらっとよろめき、もう少しで後
 ろにひっくり返るところでした。まいったぜぇ。
 ここでコケたらお終いだから、ヤンキー座りで懸命にこらえ、何とか転倒だけは
 免れたものの、よっこらしょっと立ち上がったときには既に彼は構えている。
 こりゃもうダメだ、と諦め気分の私。
 せめて気合いだけでも、と、気合いを入れ……た積もりが入らない……。
 気持ちで負けているとどうにもなりませんね。攻めようという気分が盛り上がっ
 てこないんです。
 対する彼はやる気充分。
 デカいし手足も長いから、いきなり遠間から伸びのある面を打ってきます。
 これを何とか受けるんだけど、その後の体当たりの強烈なこと。吹っ飛ばされな
 いように踏んばるのがやっとでした。こっちは足が痺れているというのに……。
 前半はまったくこのパターンの繰り返しで、伸びてくる面を懸命に受け止め、強
 烈な体当たりを堪えるのがやっとでした。
 そのうちに、焦って前に出たところをいい出ばな面を一本決められました。
 見た目だけでなく、強い相手でしたよ。
 このままではじり貧なので、攻めなくてはいけません。
 とにかく攻めるしかない。
 で、剣先でズイズイと攻め込み、面を打ってみます。しかし、背の高い彼は面の
 位置も高い訳です。届かない……。
 届かなければもう一本、二本、三本、面を打ってみたけどダメでした。まったく
 届かない。
 出ばなを狙って出てみたけど、面が二階にあるような遠さでまったく届きません。
 仕方ないので出ばなの小手を打とうとしたら、彼、いい反応でした。狙ったこち
 らが逆に小手を打たれてしまったのです。いい出小手だ。強いな〜。
 これで二本取られた、さあどうする? しつこく出ばなの面に合わせるか。と思っ
 て出たところ、あちらも出ばなを狙っていたらしく、これまた逆に絵に描いたよ
 うな出ばなの面を打たれてしまいました。強い強い。あんた本当に初段か?
 ちきしょう……このままでは私は落ちてしまうぞ……っと結構焦ったところで止
 めが掛かりました。一本も取れずに終わったのです。
 力が抜けたというか、がっくりきました。
 発表を待つまでもなく、不合格は確実ですね。
 その後も二段の審査は続いたのですが、やられたから言うんじゃなく、私の相手
 の彼は別格の強さに見えましたね〜。
 私の実力ではとてもじゃないけど勝てないでしょう。
 実技審査の後、F先生がぽつりといいました。
 「押されたね〜、攻め込まれすぎだよ」と。その通りです。あ〜……。
 発表までの間ぼ〜っとしてたら、その彼がやってきて、
 「どうもありがとうございました」と言いました。余裕の表情です。
 私はもう悔しいったらなかったんだけど、しょうがないから、
 「強いですね〜、やられました」と言ったのですが、内心は、
 「お前本当に初段か? ええ? 本当は3段くらいじゃないのか?」と悪態をつ
 いていたのです。
 さて、発表です。
 三段は全員合格。あの爺さんも合格してました。よかったね。
 二段は、合格が続いて、私の番号で初めて落ちて、また合格が続いて、高校生に
 なってからまたぽつぽつと落ちていて、初段になるとやはりぽつぽつと落ちてい
 て、全部で数十人落ちたでしょうか。
 私の両隣のオジさんとオバさんは受かってました。
 くどいようですが負け惜しみを言わせてもらうと、他の人とやったら私も受かる
 自信はありました。しかし、私がやらされた彼は強かったですね。完敗といって
 もいいでしょう。
 またやっても負けると思います。
 先生が言っていた、強い相手に当たったら運が悪いってのは、まさにこの日の私
 の事。それに寒かったし。
 受かった人はそのまま次の剣道形の審査に移ります。
 落ちた人はすごすごと退場し、着替えて帰る訳です。
 落ちるべくして落ちた私としては、この時点では大して悔しさもなく、仲良くし
 て頂いた両隣のお二人に「頑張って下さいね」と挨拶して出て来ました。
 着替えに使っている柔道場では、外人さん達が(たぶんブラジル人)何人かで柔
 術(だと思う)の稽古なんぞをしておりました。
 受かっていれば疲れもまた心地好いかもしれませんけど、落ちて帰る気分は最悪
 ですね。疲れがドドッと出てきます。
 何かの審査に落ちるなんてぇ事は何年ぶりでしょうか?
 受かればラッキーなどといい加減な気持ちで受けたから、こうなったとも言えま
 すか、ね?
 落ちた連中は、そりゃもう惨めなもんですよ。
 着替えながらあちこちで、「ちきしょう……」なんて呟きが聞こえました。
 雪の中を帰って来て、家族に落ちた事を報告し、風呂に入りました。
 悔しさがこみ上げてきたのは、夜になってからです。
 悔しい……悔しいじゃねえか〜! ちきしょう落ちちまったぞ!!
 雪は次の日まで降り続き、半日も雪かきをしましたが、汗をかいたら少し気が晴
 れました。
 落ちてしまったのは仕方ない。また頑張るしかないですね。
 もう少し暖かなら調子良く動けるし、そこそこの相手と当たるかもしれないから、
 頑張って精進しよう。

 次の稽古の日は、さすがに気恥ずかしかったです。
 前日の総会で散々励ましてもらい、受かったような浮かれた気分でいたのでちょっ
 とね〜……。
 先生方が一人ずつ「どうだった、受かったかい?」とか、「受かりましたか?」
 と聞きに来る。
 そのたびに「落ちました。全然動けなくて……」とか、「一本も打てずにやられ
 ました」とか報告に明け暮れたわけです。
 悔しさはあの辺がピークでしたけど、今でもまだ悔しい事は悔しいです。
 もう少し暖かで膝が痺れさえしなかったらな〜とか、もっと積極的に仕掛ければ
 良かったな〜とか、あれこれ思う訳です。
 そうすれば受かっていたかもしれない。受かっていれば私も二段になっていたの
 に、と、今頃になってやたらと悔やんでいるわけです。
 負け惜しみだぞもちろん。
 でも、また頑張るもんね〜だ。
 という事で、修行の道は果てしないと、しみじみ思う今日この頃であります。

 Copyright (C) 1999 by カメ山カメ吉



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