いけずな街「京都」の文化
「日本人の心のふるさと」だの、日本の文化の象徴だのと、テレビや雑誌で頻繁に取り上げられる「古都・京都」
北東西を山に囲まれた、京都盆地。この街は、1200年の歴史をもつ。
そしてその古き良き面影を「古都」ともてはやされる。
そして「京都人」の印象は?と聞かれると、口をそろえて、
「冷たい・閉鎖的・排他的」とささやかれる。
昨日、今日知り合った者に心を開かない、親密な話しや取引が出来ない、
こんな事は人間として、大人として当たり前の常識である。面と向かって本音を言わない、腹を見せない、こんな駆け引きも、大人なら当然常識だ。
ここで言いたい京都人の『性質・文化』は、
「段取りや、順序、立場をわきまえ、筋を立てた人付き合い」
という、日本人の持つべき、本来大切な伝統と価値観だと思います。
『京都生まれ、京都育ちの純・京都人』の私が言うのも何ですが、大げさに言うと、
京都らしく、非常に日本的で、大人の文化だと、理解しています。
ただ、どう解釈しようと、どうお考えだろうと、それは個人の自由ですので私の知った事じゃありませんが、
大人としての、最低限の常識が分かる人なら理解出来る事ばかりだと思います。
ただ最近は『子供』と言われる世代のみならず、いい歳をした大人でさえ、常識をわきまえた、
この大事な文化が理解出来ないようです。
また、良い、悪いは別として、京都には京都の、他府県には他府県の独自の考え方や文化、価値観、地域性があり、
年代によっても違いは大きいと思います。
ただ残念なことに、京都人であれど年々、若い世代ではこの様な文化・考え方・価値観は失われつつあります。
全て理解し、受け入れることは困難でしょうが、少なくとも、「本来の京都人を語る」一つの考えとして頂ければと思います。
・・・なのに、なぜ皆「いけず」と言うのか?
京都人には(特に若いと)何となく分かっても、よく分からない。
古い伝統や格式だけに縛られた街なのか?
こうも言える。
この街の人々は、古い伝統を守りながら、常に歴史の「第一人者」
としての気風を自負する。
この街並みは、今も日本を代表する観光名所。
京都では、常に住民と行政、財界が入り乱れ、
景観をめぐる文化論争が行われている。
しかしこんな考えを聞いたある他府県の方は言った。
「それが、自意識過剰なんです!」
だが、確かに京都はある意味で、伝統的文化を重んじる一面を持ち、更に昔から革新的な事に挑戦的だ。
堅苦しい一面や、高飛車な一面ばかりが表面化されるが、その反面、新たな事にもチャレンジしてきた歴史も持つ。
市電や、琵琶湖疎水・・・などもその例である。
古くさい伝統の反面、京セラなどのベンチャー企業などの存在も有名だ。
京大出身者には「研究者」や「技術者」が多いのも有名である。学生が研究に集中出来る「自由な学風」という環境が影響しているのか。そして彼らが、その成果を京都から発信しようとするのも、自然の流れか?
「ベンチャー企業」が発生する土壌は、これらの要素に関係あることは否定出来ない。
またここ数年、景観論争が盛んだ。「京都ホテル・京都駅ビル」、そして今度は、祇園〜先斗町間に架けられる歩道橋をめぐり、色んな議論が交わされた事などが有名。
京都は観光の他に大学が多く、また京都の大学に憧れて(?)くる若者が多い事で も知られる。
しかし今、この大学が京都市外へ移転を始めた。これが今ちまたでは話題になっている。
京都は今になって、やっと重い腰をあげ、「大学の街・京都」の復活(?)に必死だ。
こんな街のあり方が、京都内外に色んな「波紋」を呼び、京都の「保存と発展」を悩ませている。
また「街のあり方」なんて、この手の論争に内外が敏感なのは、京都ならでは?じゃないでしょうか。
こんな京都人を、「自意識過剰!」なんて言うけど、そう言わしているのは、実は他府県の方だとも言える。
−−−私のホームページに来たお便りに、こんなのがある−−−
転勤で北海道、九州以外のあちらこちらに住みましたが、引っ越した際、どこから来たの?と聞かれて大阪というと、
よその人(特に関東人・東北人)はそれだけでかなり固定されたイメージを持つようです。
特に、東北の人などは、ビジネスの上では大阪人に対しては必要以上に警戒心が強い。
うまいこと関西弁で丸め込まれて、騙されるんじゃないか、と思っているみたいです。
その点、京都から来ましたというと、警戒心より、文化的な憧れの方が強いのか、ビジネスがうまく行く事が
多いようです(会社の後輩対東北人のやり取りを見て、そう感じる)。
その辺のよその人のリアクションが、京都人の変なプライドを作ってしまうんやろなあ。
−−−
やはり京都を外から見ないと分からない部分もあるもんだ。
話しは変わるが、以前大阪で数年間暮らした。
しかし正直言って、たった50キロしか離れていないこの街で、こんなに人間の価値観や文化が違うとは思わなかった。
京都に居ながら見た大阪と、実際に住んで見た大阪とは、全く別のものだった。表面だけでなく、本質に触れると、この色んな価値観などの違いに悩まされた。もちろんこれは、各々の性格、職業や環境により感じる度合いは違うと思いますけど。
しかし、これは大阪の人が悪いのではなく、この「京都人」と、「大阪人」との、性質の違いを理解することが必要だっただけ。
京都では当たり前の理屈を持ち込んでも、大阪では違う(特にビジネス感覚は違う事が多い)。
当然、相手に悪気がないことは歴然。
でも、これは逆に私たち京都人が、京都では日常当たり前のことと(勿論、気付かないし、考えもしない)し、
言った言葉、理屈が、よそから来た人を悩ますんでしょう。
また、京都に居るのが当たり前だった時に感じた「京都」と、大阪へ引っ越し、また帰って来た時の「京都」ってのは、
やはり違った。
何が違ったって言うと、京都に居る時にはよく分からなかった「いけずな京都人」って意味が、よく分かった、ってことです。
仕事への復帰から、何から何まで、私は「大阪ナイズされた奴」呼ばわり。
確かにそんな要素もあったかも知れないが、やはり京都しか帰るところはなかった。
京都人のこんな「いけずな一面」を垣間見た。
「なあなあ」で通る身内的な「ブレーン」に割り込まれる事を恐れる。
まして京都以外の街からの出戻りには厳しい。
で、京都以外で磨かれた能力へは、
「ここは、京都や」と一蹴、葬り去ろうとする。
違う空気を取り入れるのは、自分達より劣っている事が大前提だ。
実際にはそうじゃなくても、そういう立場に収まってくれる相手に限る。
実際には窮屈に感じている者も多い。
京都で生きていく選択以外は「負け犬扱い」。
一瞬、帰って来るんじゃなかった・・・って思った。
ここ数年盛んな景観論争に、大学の京都離れ・・・
この街についての課題は、ヨソからの「文化的憧れ」の念に支えられてきた事に対する
「京都人のおごり」から出た錆ばかり。
「敷居が高く、そう簡単にはモノにならない」って格式や、権威も大切だが、
ヨソ者に支えられている事に対する認識の低さを思い知る事も大事。
この相反する要素を「文化」と称するこの街で、生きていく事は難しい。
しかし、この両面を見てきた私は、過去の教訓と京都人の性質を理解し、京都人でのブレーンに恵まれ、
今、やっと京都で生きていく自信がついた。
そして、この「いけずな」で高飛車な一面も持ち合わせた京都人のプライドと、
ヨソから見た京都人の両方を大切にしていきたい。
そして、この京都で生きるヨソ者としての気持ちを味わった事を忘れない。
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