タイで働きたいんです!
二か月ほど前、ある関西の大学の経営学の研究室の皆さんが私の会社を訪問しました。日本の夏休みのシーズンにはこうした訪問が毎年1〜2件あります。
私も自分が大学生だったころは、研究会に入って毎年夏休みには日本国内のいろいろな地方の工場を見学したものですが、今はこうして海外をまわるわけでこれは日本が豊かになっている証でもあり、国際化の証明でもありましょう。こうして海外でオペレーションする日系企業を訪問していろいろと勉強されるのは良いことですが、これからは現地の企業なども訪問し、日系企業と比較するとか、現地の人の日本人や日系企業に対する意識などと比較してみるのも、より日本企業の国際化研究の糧になることでしょう。
また、こうしたツアーの計画をたてる際、日本から現地の企業や役所に英語で電話をかけたり、手紙を書いたりしてアポイントをとったりすることが、学生の実社会での能力を非常に高める効果があります。諸外国の大学生はこうしてサマー・ステューデントとして実習を通じて実社会に触れる機会を持ちますが、私が見る限り日本人はこういうトレーニングを積む場があまりないため内弁慶を量産してしまう傾向にあり、これが会社人間を生む一つの要素になっているとも思います。この間もオランダの工学修士課程の女子学生が二人、なんの紹介もなくバンコクのゲストハウスから手書きのFAXを送ってアポをとって調べものにきましたが、欧米の学生のビジネス修行も見ていて楽しいです。よらば大樹とは違うものを確かに感じます。
話がそれましたが、今回の学生さんたちもたいへん興味深く工場を見学していただいたようです。いつもせいぜい2時間位しか時間がないため、あまりつっこんだ話もできないのが残念です。
さて今回は15人ほどの学生さんが教授に引率されて来訪された来ましたが、工場見学も終わって、会議室で質疑応答しているときにある男子学生さんが「自分はタイで好きで、会社に入ってからタイに派遣されてタイで働きたいのだけれど、どうしたら希望にそうようになるだろうか」という質問をしました。学生に限らずこういうことを聞かれるのは少なくないので、いつもと同じ話をしたのですがそれはおおむね次のようなことです。
まずは「動機」です。
「タイが好き」とか「タイで働きたい」のは「どうして」なのかということです。これ次第で、たとえタイで働くことができても自分が幸せになれるかどうかが変わってしまうことが多いのです。
タイで働きたい理由が、タイの文化をもっと深く知りたいとか、タイの人ともっと交流したいとか、タイの人達の様な気持ちで生活したいということであると、日本企業の一員としてタイで働くことは必ずしもよい選択とはならないかもしれません。「行きたい奴には要注意」という言葉も実は存在しているのです。
企業が駐在員を派遣する際に期待する能力と成果とのミスマッチを起こすと本人も会社も不幸せということになってしまいます。
では、日本の企業が日本人のタイ駐在にもとめるものとは何か、
などでしょう。タイ駐在員にもとめられる資質や態度についてはまた機会をあらためて述べてみたいと思いますが、ここでひとつだけ申し述べておくと、「日本人駐在であるからには『タイの人が持っていない、あるいはタイの人が苦労して乗り越えるととてもタイの人のためになるような日本人が持っている役に立ついいもの』を付加価値として残して行くことが求められる」のだから軋轢があって当然、それを乗り越えて成果を出すのが仕事、ということです。(逆もまたしかり) 最初から最後まで和気あいあいで、普通にタイの国内の会社が事業をして適当な利益をあげているだけでは日本人が高い給料で働いている意味が説明できないということがあります。
「タイなんかいやだ。タイ人なんて嫌いだ。」と言っていた人間が、しかし実は業務でも目覚ましい実績をあげ(早く帰りたいからもあるでしょう)またタイの人達自身に目から鱗がおちるような発見や体験をさせて感謝され、すばらしい付加価値を残していくこともあります。
一言でいえば、駐在業務は激務です。その激務に追われタイ人を理解しない(様に見える)上司、タイを知らない本社からの無情の指示に反発しながら、欲求不満をかかえ、仲良くやってるはずのタイ人の同僚や部下は仕事では協力してもらえず、そのいらだちをかえって彼等から疎まれるようになります。疎外感を募らせていゆき、「自分だけが心からお互いを理解しよい関係を作るために努力している」と思いつつ、かえってだれにも理解されなくなり、爆発する者いれば、落ち込んでしまう人もいます。
これは何もタイに限った話ではありません。欧米に駐在した若い人でこういうことで精神的にまいって送り帰されてくるのを私も何回か目にしています。日本ではきめ細かく精神面のケアや人を育てるためのフォローしてくれるような上司であっても、海外では少ない戦力と山積みの業務にそんな余裕はなく、足手まといはみんなを沈没から救うためにかわいそうでも放り出すしかないのです。
今回はあえてその男子学生さんにタイで働きたい理由は尋ねませんでした。きっと彼は私が心配するような動機でタイ勤務を志望しているのではなかったのではないかと思います。彼のかすかに不服そうな顔にそれが現われていたような気がします。ちょっと冷たい言い方をしたかなという気もしました。がんばってほしいなと思いました。私も学生のころいろいろな会社を訪問していろいろな人に言われた「なるほど」ということや、「そうかなあ」とか「こんなこというのかなあ」ということを覚えています。きっとこんな変なこと言った奴がいる位にはしばらくは覚えていてくれることでしょう。
さて、短い訪問を終えて建物の外で記念写真を撮り、みなさんがバスに向かっていくところを見送るために歩いているとき、二人の女子学生が私のところに近づいてました。そのうちの一人の小柄な女子学生が「私タイで働きたいんです。現地採用でも。」と話しかけてきました。さっきの話を聞いていたと思いましたので、「タイが好きなの?」と聞くと、「4回来ました。また年末に来るつもりなんです。」という返事です。「厳しいよ。」といろいろな意味を口調とまなざしに込めていうと、「はい。がんばります。」ですって。「じゃ、今度きたときに現地採用で働いている人とかの話とか聞いて見る?」というと目を輝かせて「はい!」です。隣の友達はあきれたような顔で彼女を見ていました。「じゃ、来たときにまだその気があったら私に連絡しなさい。」と私は答えました。
「○○○にするにはどうすればいいですか?」もいいけど、「○○させてください」っていうのはまたずっといいですね。苦労や失望はあるでしょうが、それを自分で乗り越えて行く人のが持つ共通の態度を彼女の勢いの中に感じました。
連絡はきっと来ないでしょう。それもまた若者らしい。しかしここで白状しておきましょう。 毎日のルーチンに疲れた仕事場の机の上の電話にふと目がとまったとき、ある日その電話が鳴ってそのむこうから元気な声が聞こえてくることを思うと、私はなぜかとても楽しみな気持ちになるのです。(註1) 若い人には他人を勇気づける力が確かにあるのですね。
不平や不満をもらして自から不幸になって行くことも多いかもしれないが、結局は皆自分の人生を切り開いて行くに決まっています。中年サラリーマンが何を言おうと、それを自分で飲み込んで進んでゆく者がいる限り本当は心配など何もないのでしょう。
(註1)相手が女子学生だったからでしょうって?
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