担任雑記No,17 「ラーメン探訪」 我がクラスの帰りの学活のワンコーナーに「1分間スピーチ」がある。一日一人づつ一つのテーマを全員がそれぞれに持つ意見や考えを、1分間の中にまとめてスピーチする。今回のテーマは「うまいラーメン屋について」であり、みんなそれぞれ楽しいスピーチをしてくれた。よく考えてくれて、とてもうれしかった。
さて、スピーチさせておいて、私だけ何も述べないという訳も行かないので、私の少ない経験をご披露しようと思う。
前任校が佐久だったので、そちらの方面の話が中心になるが、始めにご了承願いたい。佐久方面はレベルの高いラーメン屋が多いので、この夏休み、ぜひ足を延ばしていただくのもよかろう。
佐久で割合有名なラーメン屋は「屯珍館(とんちんかん)」である。何度かラジオ番組やテレビ番組に取り上げられたことがあるらしいが、それを示す色紙は、トイレの扉に申し訳程度に飾ってあるだけ。店の広さは20人も入れば一杯になってしまう。昼飯時から、2:00頃までのピーク時はしばらく待たないと入れない。いつ行っても、必ず客が10人はいて、暇しているときはない。駅前にあるという立地条件に有るので、老若男女、いろんな人がラーメンを楽しんでいる。
店の入り口には店の看板にもなっているおじさんが座っている。このおじさん、店主で社長であるらしいのだが、何にもしない。時たま、常連らしい年配のおじさんとだべっていることもある。それでも店が混んでくると、待ちの客にメニューを配り、注文は取って、席の配分指揮を取るのだが、日曜日、息子や娘が手伝っている時などは、忙しいにもかかわらず、安心して呑気に座って客とだべっている。でも、なんだか、憎めないような、優しい顔付きのこのおじさんが、実はこの店の名物であるチャーシューの製法の特許を取ったと言う、侮れない人なのである。
さて、私がいつも頼むのは「塩野菜トンチンラーメン」である。トンチンというのは先ほど述べた店の目玉である大きなチャーシューの事である。厚みは2,5cm、長細い格好をしていて、12〜3cmの大きさのもの。味がよく染みていて、ラーメンの上に乗せておくと、熱で脂身が溶け出し、ラーメンのスープと混ざると絶妙な味を醸し出すという一品。わたしが塩味のラーメンを頼む理由の一つに、そのトンチンの味がスープの塩味に絡まり、醤油味とは一味違った風味を醸し出すのが好きだからである。運ばれて来たときのやや白身がかったスープの色が、食べ終わるころには美しく深みのある醤油色になっている。視覚的、味覚的なグラデーション効果と言ってもよい。
さらに、このラーメンの魅力は、野菜がたっぷり入っているということである。つい先日、長野市のとあるラーメン屋で食べたラーメンは、野菜がたっぷり入っており、ここのラーメンに近いものを感じたが、ひとつ決定的な違いがある。それは、調理工程の差ではないかと思う。長野で食べたラーメンの傾向として、ゆでた麺にスープをかけ、そのうえに野菜炒めを乗せできあがり、という、「野菜炒め分離型(後乗せ型)ラーメン」が多いことが判明した。篠ノ井近辺では川中島の「城門」がその代表格である。この調理工程の一つの欠点として、始めに口に入ることになる野菜が脂っぽく、炒めたまんまの温度なので、下手をすれば火傷を負うのではないかと思わせる程熱いのだ。猫舌の人にはちょっと厳しいラーメンになってしまう。
だが、屯珍館のラーメンは、一度炒めた野菜(もちろん旨みだしに豚肉も炒めている)に水を加え、暫く煮立たせる。そして、予めベースと塩胡椒をどんぶりに入れ麺入れておいた所に、煮立たせた野菜をかける。チャーシューを乗せてできあがりという訳だ。いわゆる「野菜スープ融合型(煮込み型)ラーメン」である。長野近辺だと、SBC通りにある「蕃龍」がこのタイプだ。この調理方法だと、野菜がスープと同じ温度なので、すんなりと口の中に入り、野菜のうまみを楽しむことができるのだ。しかも脂っこくないので、ヘルシー。一度食べれば病み付きになること間違い無し、と言っても過言ではない。だが、旨みの秘密には、こっそりと、でもたっぷりと入ったニンニクの効果もあることを忘れてはならない。匂いに敏感な我が父は、私がここのラーメンを食べているのを何も言わなくてもすぐに判ってしまう。あの強烈なニンニクの匂いを食べている本人には気づかせないテクニック、なかなかのテクニシャンである。
カウンター越しで忙しそうに作っているテクニシャンは、何と、おばちゃん。社長の奥さんと、長年一緒にやって来たおばちゃんの2人。狭い厨房を横幅なら私だってかなわないこの2人の達人が、忙しそうに炒めたり茹でたり煮込んだりする姿を見るのがなかなか楽しい。そして、私も常連の仲間入りさせてもらい、この店の息子さんに顔を覚えてもらった。彼と交わす二こと三ことが、ラーメンのおいしさを一層引き立たせる。ラーメン屋は常連になった方が何かと楽しいことも多いものだ。
さて、「屯珍館」はうまいラーメン屋だが、まだ「究極のラーメン屋」がある。ここは前任校のとき、マニアと言ってもいいほどのラーメン通の美術科の先生に教えてもらった。「屯珍館」をまだまだ、二流のラーメン屋と評していた先生であるが、この“究極のラーメン屋”の事はべたぼめ。確かに、私が初めて食べたときの衝撃と言ったら、文章に表し様が無いほどである。そして、一度口にしたら、その魅力から離れられることができなくなってしまう。食べて一週間経つと、「あのラーメンをくれ、ニンニクパワーが切れたぁっ」と禁断症状が現れる。ただし、そのラーメンを作れるのは、教養豊かで冷静沈着、ラーメンに独特の哲学をもつ店長ただ一人。この店は、本当にラーメンを愛する通の店である。場所は、紙面の都合上残念ながらお伝えできない。悪しからず。