担任雑記No.18 「キャンプ雑感」 朝からよい天気。キャンプには絶好の日和。早めに学校にいた私は夕方に行われるキャンプファイアーの準備が一段落し、ふと窓の外に視線を移すと、大きな荷物をゆさゆさと揺らしながら汗をかきかき登校してくる生徒。その姿が微笑ましくも一生懸命重いリュックサックをかついで、なおかつ楽しげなその姿を見て、今夜のキャンプファイアーは盛り上げてやるぞと気合が入った。
バスに乗り込み、幼顔でぽっちゃりタイプのバスガイドさんの自己紹介から約2時間キャンプのプロローグである。レク係の計画に従い、レクを行うことになった。我がクラスはバス酔いを起こす生徒が割合多く、大きな心配の種のひとつだった。だから、レクで大いに盛り上がってバス酔いを極力少なくして欲しかった。「これからクイズをします」いよいよだ、ちょっと期待をしながら出題を待つ。しばらくの沈黙。後ろの方でドタバタ。彼らも緊張しているのだろうし、初めてのことだからうまく行かないのは無理もないことだ、ウブな奴。とおおらかな気持ちで第一声を待つ。
「えーと…、…だれかクイズ出してくれる人いませんか」
首を支えていた力が抜け、頭が右に倒れ、窓ガラスにぶつかる。隣に乗っていた太田先生と顔を見合わせて「何じゃそりゃー」とハモってしまう。プリティーなガイドさんや、運転手さんまでもが「ぷっ」と吹いている。予想もしなかった展開に、バスの中の何とも言えない緊張した空気が和らいだ気がした。さて、そう言ったレク係の呼びかけに応える人物がいるというところがこのクラスのおもしろい所である。1つ2つ、他愛もないクイズが出題される。だが、そのネタも尽きてしまったのか、またしばらく沈黙。恐らくひどく困ったであろう末にレク係から出された一言が忘れられない。
「ガイドさん、何かやってください。」
またも、力が抜けた。今度は上半身である。体を支えていた肘がズルッと滑った。
…その後、血液型O型で、夜寝るときは枕を抱いて寝る寂しがりやの、「3分間ネーちゃん」に中学生に間違えられたバスガイドさんは、一生懸命君たちのためにクイズを出してくれたのである。一部カラオケをやりたかった生徒もいるだろうが、小林先生もチェックを入れていたというプリティーさに免じて許して欲しい。お陰でたいしたバス酔いする者もおらず、無事、戸隠神社奥社入り口に到着することができた。
さて、バスガイドさんと別れを惜しむ間もなく、慌ただしく集合写真撮影、昼食を摂る。これから奥社へ向け約1時間ほどハイキングをする。体力の差は歴然、私の歩くペースには付き合っていられずダッシュで駆ける男共と、お尻が重くなって来たのか、休みをやたらと取りたがる女の子組。ここまで来れば一本道なので、放っておいた。途中よく尋ねられた「奥社行って何すんの?」の言葉、非常に気になったが、まあ、よいだろう。2年後、ここでよくお祈りしておけばよかったと思う日が必ず来るはずだ。
奥社からキャンプ場まで、一時間半の行程で歩く。一応、隊列を組み、ゆるやかな道をひたすら標識をたどり歩く。すると、何か雲行きが怪しくなって来た。遠くのほうでゴロゴロやっているかと思うとぽつり、ポツリ。やばい、雨具をに着替えようと指示を出したとたん、バケツをひっくりかえしたような大粒の雨。何とか全員着替え終わったものの、勢いがすごくて、カッパの中にまで雨が吹き込むは、Gパンはびしょ濡れで重くはなるはで、散々な思いをしてようやくキャンプ場に到着。すると、涼しげな顔で我々を待つ先生方の顔。奥のほうでは悠々と遊んでいる生徒達。こんなとき、8組というクラス順を恨みたくなるものだ。散々罵って、漸く気が収まった。
どうやら通り雨のようだ。30分もすると小康状態になり、予定通り食事の準備に入る。問題は今日のメインイベントであるキャンプファイアーだ。櫓はもう立ててあるし、いつでも火がつくようにはなっているが、地面が濡れているので地べたに座る訳にも行かない。2時間半立ったままはつらいだろう。ジェンカをやって滑って転んだとなれば、一大事だ。迷ったあげく、独断でクラス毎の発表とジェンカはカット。今まで計画して来たことはすべて水の泡になるが、身を切る思いで決断した。ただし、点火式と、退火式は予定通りに行おうと決め、入念にリハーサルを行った。後は、予定時間を待つばかりである。
さて、食事であるが、想像していたよりもみんな頑張っていた。カレーライス、若しくはハッシュドビーフという単純メニューだったが、ご飯の炊き具合ですべてが決まる事をみんなよくよく知っているらしく、炊き加減も慎重だった。どこのどいつのように、表面はうまく行っても中身は全てお焦げだという失敗もなく、うまいカレーを食わせてもらった。ただ、全てがこんなに順調に行った訳ではない。苦労に苦労を重ねて、やっとの思いで火を焚くことができ、皆にジロジロ見られながらも視線に耐えてやっと食事ができあがった所だってある。そんな人達の方が、ずっとおいしい食事になっただろうし、経験的にもずっといい教訓を得たはずである。全てが順調に行くことほどつまらないものはない。特にアウトドアで自然と親しむ場合、ハプニングがあればあるほど豊かな経験を得、人間的に深みが出てくるものだ。彼らはその場ではつらかっただろうが、10年後、20年後になってぐっと思いで深くなるものを得たのである。
さて、1時間遅れでキャンプファイアー開催の運びになった。今回は私が企画運営を担当したので、ちょっと演出に凝ってみた。点火式に、「山の神」「火の神」を登場させるという腹積もりである。これを考えつくのに、キャンプ準備が本格的に始まる前から台本を考え、キャスティングを練り、資料を集めに奔走した。アイデアの基本となったのは中学校時代のキャンプの思い出である。妙に幻想的な思い出が記憶の中にある。それは霧煙るカラマツ林の向こうに、松明の明かりが赤々と浮かび上る所から始まる。白い衣に身を包んだ一団が音も無げにまるで浮遊するが如く近づいてくる。そして、静寂の中に朗々と響き渡る神の声。信じられないほど勢いよく燃え上がる炎。そんな厳粛な空気を演出したかった。だから、「山の神」は旅行隊長:深沢先生、「火の神」に学年主任:山中先生という渋目のキャスティングにした。「山の神」には柄杓の形をした祝詞のアンチョコを、「火の神」には松明を渡す。この2人だけではつまらないので、エスコート役に男の子一人、女の子一人を「神の遣い」としてつけた。この4人は白装束に身を包んでいる。夏休み前、極秘裏に作っておいたものと言えば聞こえがよいが、実は、保健室で要らなくなったカーテンを流用して、真ん中に穴を空け、被って腰紐で縛るという単純極まりないものである。果たしてそこまで分かった生徒はいくらいるだろうか?「山の神」は緑の頭巾、「火の神」は赤の頭巾を被り、スタンバイOK。
静まり返った学年一同を遠くにみて深沢先生が祝詞を恭しく述べ始める。生徒の間にどよめきがおこる。「やった」計算どおりの展開だ。松明に火を点け、しずしずと輪の中に進み、一礼。「火の神」先導で、各クラスの代表がもっている松明に火を分ける。そして、点火。火がついたとたん生徒の周りで3尺玉が連発され雰囲気を盛り上げた。ここまでは順調だし、成功と言っていいだろう。イメージどおりである。
だが、クラスの出し物も、ジェンカもカットであった。すぐに神様の退場の儀式を執り行わなければならない。この日のために毎日毎日練習して来たクラスからはブーイング。つらいが、仕方ない。退場の儀式を行うときは騒がしい中行わなければならなかった。涙が出そうなのをこらえた。
これで全てが終わった。全くの不完全燃焼だ。我がクラスの出し物の台本も演出も手掛けただけに、非常にもったいなく、やる瀬ない気持ちになる。この後、勢いが増したキャンプファイアーの炎を呆然と見つめ、その気持ちを振り払うために衣装を皆炎に放り込んだ。そして、怒涛の一日が終わって行った。
その夜、深夜に生徒のテントが一つだけ原因不明で倒れたということがあった以外は平穏な夜だった。大きな病人が一人も出ないということは、全く奇跡と言っていい。
翌日、元気な生徒達の騒ぎ声で朝の5時頃目が覚める。2日目の始まりだ。6時起床、ラジオ体操を行って食事の準備にかかる。昼食まで作らなければならないので、結構大変だったが、ゆうべの作業の様子でノウハウを身につけたのか、協力しながら、手早く仕事を進めていた姿がとても印象的であった。そして、昨日にも増しておいしい食事だったことも付け加えなければならないであろう。
学級別行動は我がクラスはソバ打ち体験と竹細工。案外どちらも皆楽しみ、かつ真剣になってくれたようである。帰りのバスでは映画を鑑賞。私は夢の中だった。
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