担任雑記No,20「ヨーロッパ旅行記10」 フィレンツェという街は、観光客が落として行く観光税で潤って居るので、通りはとてもきれいで整然とした街になった。もちろん中世の時代からある石積の建物や石畳の通りを壊さず生かしてメディチの繁栄を消さない努力はして居る。それに加えて、街を走るバスは最新式だし、始終清掃車が動き回っていて、通りに散らかったごみを一つのこらず片付けて居る。伝統とモダンが一体となった、おしゃれな街である。おしゃれな街の代名詞と言えば「ミラノ」もあるが、私はどちらかと言えばフィレンツェのほうがいい。つまり、素朴な南部イタリアと、都会的な北部イタリアの中間点でうまく両方の文化が融合して居る街がここ、フィレンツェなのだ。
「花の都」と言う意味のフィレンツェ(フローレンス)と言えば、ルネッサンスの薫り高き街である。この街に君臨して、芸術をこよなく愛し、擁護、振興した名門、「メディチ家」が、パトロンとなった芸術家は挙げれば限がない。また、ルネッサンス芸術の集大成ともいえる芸術群の数々。ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ボッティチェルリ、ドナテッルロ、フラ・アンジェリコ…。この街に来てこれらを見逃す手はない。
が、フィレンツェと言えば「金製品」、「皮革製品」と言う人もいる。フィレンツェの「フィ」だけ聞くだけで、唾が垂れてくるという人も居るくらいだ。この街は昔から金製品と皮革製品のような工芸品の生産が盛んで、通りには専門店がずらっと並んでいる。堀り出し物を探したければ、蚤の市が広場や通りで開かれているのでそこを歩くのもいい。革のジャケットが値段交渉の腕次第でかなり安く手に入る。そして、デザインの国イタリアで作られたものであるから、センスは抜群、保証付である。町の中心を流れるアルノ川に架かる「ヴェッキオ橋」のそのような店が所狭しと並んで居る様は壮観であり、一種の名所になって居る。
私の妻はどちらかというと芸術を眺めるよりもショウウインドウを眺めるほうが性に合って居るようで、今回はそちらに70パーセント重点が置かれた。従って、私は妻の荷物持ちに徹し、“三歩後から”ついて行く形だった。
こんな街の中を妻と私はお土産の物色にさまよい歩いた。やはりこちらは日本のように湿気が多いので、ムシムシする。5分も歩けば汗が玉のように噴き出てくたびれてしまう。が、ヴェッキオ橋の金銀財宝を目の前にした妻の顔付きが一瞬にして輝き出したのを私は見逃さなかった。歩みがどんどん早くなって行く。力強さも増した感じだ。珊瑚を使った工芸品や金の装飾品は色とりどり、竜宮城の様。皮革製品はデザインの国イタリアならではの抜群のセンス。目移りするなと言うことに無理がある。橋のたもとの小さな皮革製品のお店でかわいいポシェットと財布などを購入。まるで昔からの常連客のような巧みな話術で店員の心をつかみ、気づかれないようにまた、気分を損ねないようにディスカウントさせる(値切らせる)。妻の英語力がこんなところで遺憾なく発揮されるとは、改めて見直してしまった。ディスカウントさせるなら計算も早くなければならない。暗算力がこれ程までに凄かったとは知らなかった。
妻の物色の最中、悪い癖がでて、暇つぶしに私は店に入って来た日本人の行動を観察して居た。なかなか面白いものである。若い女性に多いのは、電卓片手に、値札とにらめっこして、計算ばかりしている人。中年男性に多いのは、英語で話しかけられただけで店をでて行ってしまう人。でも、特に多くて鼻に衝いたのは、店に入って、店員に挨拶するでもなく、なるべく目を合わせないようにし、何も言わずにでて行く人。常識的に、お店に入ると、店員は必ず“Hello”(いらっしゃいませに近い)と声をかける。客も礼儀として、“Hi.”位は返事を返すのが普通だ。冷やかしでも、店をでるときは“Thank you.”位は言うのが本当だろう。店員だって、いやな顔ひとつせずに笑顔で“Welcome.”と返してくるであろう。が、仏丁面の日本人を見て、どこの店の店員も怪訝そうな顔をする。時たま私と目が合うと、「参ったネ、」と肩を竦める仕草をする。こっちも苦笑いし肩を竦める他なかった。自動販売機の台頭する日本社会にあって人と人とのコミュニケーションの断絶がここまでも深刻なのか、あまり見たくない一面を見せつけられたような気がして、悲しい気分になった。が、嘆いてばかりいても仕方ない。これからもっともっと海外旅行が盛んになり、もっと日本人もいろんな国に訪れるようになれば、そんなことも自然と消えて行くだろうと思いたいし、これから大いに期待したいのだ。
予定通りだったとは言え、だいぶお土産を買い込んでしまった。合計金額は、92万8756リラ。現金の持ち合わせなどもちろんなく、3分の2くらいはクレジットカードのお世話になった。こんな金額であるし、現金で支払ったと言う確実な保証がないから、数字はそのままで“リラ”を“円”に替えるだけにされてしまうのではと、要らぬ心配をして、妻と笑った。帰国後、クレジットの支払い明細を見たところ、きちんとやってあって、案外信用おけるものだなと変な関心をしてしまった。
買い物をして居る最中、ずっと1リラ=0,08円だと思って居た。が、ふと気になって、店員に今の為替の相場をたずねたところ、1円=15.3リラと教えてくれた。換算すると、1リラ=0.065円だ。と、言うことは、10,000リラの品物を買っても、800円と思っていたものが、650円にしかならないのだ。この150円の差は大きい。これははっきり言ってうれしい誤算であり、また今思うと“火の車の台所”に“油を注ぐ”ような結果だったと言えよう。結局、6万円分も買ったのだから。
次の日、水の都ヴェネツィアへ向かう。そこで小さな感動と大きな災難の両方が二人に降りかかり、史上最悪の夜となってしまうのだが、それはまた別のお話し。